第114話 方針決定した日に方針変更

 それとなく止めとけと言うべきか言わざるべきか……いやその前に俺のただの勘違いの可能性も……あーでも……とリカルドが判断に迷っている間にケイオスは我に返った。

 ハッとしたように視線をリカルドへと戻したケイオスはちょっと気まずげで、軽く咳払いをしてお茶を飲むとそろそろこれで失礼すると言って立ち上がった。

 リカルドは答えが出ないまま玄関まで見送ったのだが(ついでに食べ損ねたお菓子は布に包んであげた)、ケイオスは玄関までずっと手と足が一緒に出ていた。なんでもない振りをしていたが、動揺しているのがバレバレだった。

 侍に憧れ、その精神も言動も随分と変わったようにリカルドには見えていたのだが、根っこの部分はあんまり変わってないのかもなぁ……と、リカルドはそんな風に思った。


(で、どうしよ……)


 うーんと考えながら居間に戻ると、樹が飲み終わったお茶のカップを片づけていた。


「あぁありがと樹くん」

「いえ。……あの、リカルドさん。さっきのケイオスさんって……」


 一緒に片付けを始めたリカルドに言いかけ、途中で言葉を濁した樹。

 リカルドはどうしたの?と聞き返そうとしてその顔を見て、そのなんとも言えない顔で大体察した。

 キッチンと居間は特に仕切るものがないので見ようと思えば見えるのだが、つまり見ていたんだろう、と。


「見てた?」

「……ちらっと」

「あの反応、そう思う?」

「……たぶん、そうですよね?」


 樹くんからもそう見えたって事は俺の勘違いの線は薄いよなぁと、リカルドは頭を掻いた。


「ハインツに言ったらなんて言うかな……」

「さすがに今の段階では何も言わないと思いますけど……でもリズさんは療養中なんですよね? ケイオスさんがアプローチするようになったら遠慮してくれって言うかも……」


 樹はリズの具体的な病状について知らないのだが、元気そうにしている今でも外に出ない様子から、もともと身体が強くないのかな?とそんな風に考えていた。


「まぁ……そうだね」


(リズさんの場合まだ男に対する恐怖心が消えたわけじゃないしなぁ……顔を合わせるぐらいはともかく、そういう方面は厳しいだろうし……)


 冷静になって考えるとハインツという障壁が無かったとしても無理よりの無理な気がしてきたリカルド。


「俺はリズさんが良ければケイオスさん、いいと思うんですけど……」


 凄くいい人なんですよと言う樹に、確かにいい奴だよねとそこは内心同意するリカルド。とはいえ、いい人だからそういう対象になるかと言えばそういう話でもないのが恋愛だ。


「まぁこういうのは相性の問題もあるから。それにまだケイオスさんがどう動くのかもわからないし……ひとまず静観しよう。ハインツにも今の時点で言って過剰防衛されても困るし、そっちも知らせない方向で」


 穏便に行こう穏便に。と方針決定するリカルドに樹は、そんな過剰防衛って……と笑おうとして——リカルドがマジな目(いろいろなケースを考えているせいで表情に気が回っていない)をしているのを見て言葉を飲み込んだ。

 リカルドとしては確度の高い話ではなく、そういう可能性もあるよね。という程度で口にした単語だったのだが、あ。これ本当にやりかねないやつだと樹は理解(誤解)し、早急にケイオスの耐久を上げなければやばいと直感(勘違い)した。

 とりあえずこの件は二人の胸だけに納めておこうと話すリカルドに頷いて、樹はカップを片付けながら頭の中でどうしたらケイオスの耐久を上げる事が出来るのかを考え、朝ごはん中もクロワッサンのような軽い食感のパンで作ったサンドイッチに先程までの悩みを忘れてご機嫌になるリカルドの横で、ひたすらその事について考えていた。ハインツと手合わせした事があるからこその危機感なのだが、落ち着いて考えれば常識を持ち合わせているハインツがいきなり斬りかかるなんて真似はしないとわかるだろうに、リカルド補正デバフが掛かったせいで変な方に暴走し始めている樹。リカルドのポンコツ具合は空気感染しない筈なのだが、共に暮らしている内にその属性が移り始めているのかもしれなかった。


 食後の後片付けも倍速で終わらせた樹は風のように出掛けていってしまい、それを見送ったリカルドは、今日は朝から始まる依頼でも受けるのかな?と己が原因である事に全く気付かず呑気に居間のソファに転がった。 

 剣舞の練習は樹が戻ってからやる予定なので、日中は特にやる事が無かった。


(どうしようかなー………………って、シルキーに話せてないじゃん)


 一番重要だった事を思い出し、がばりと身体を起こすリカルド。


(黒髪が来て完全に飛んじゃってたわ……)


 話のきっかけになってもらう予定の樹が出掛けてしまったので、これはもう樹くんが帰ってきてからだなと諦め再びソファに倒れ、そこにふわりとシルキーが現れた。


「あ、シルキー。リズさんのとこに?」


 キッチンにも居なかったので、たぶんリズさんのフォローをしてくれているんだろうなと思っていたリカルド。

 よいしょと再び身体を起こして尋ねれば、シルキーは視線を二階の方へと向けたまま頷いた。


〝発作とまではいきませんが、少し動揺されていたので安らぎの雫を飲んでいただいていました〟

「あー……そっか。ありがとう。初対面の相手はまだ無理だったか……」


 顔を合わせるだけならいけるかなって思ってたけど……と呟いたリカルドに、シルキーは少し申し訳なさそうな顔をした。


〝初対面といいますか、おそらくあの方が少々男らしい顔立ちの方なので、それで余計にというのもあるかと……〟


 控えめな表現だったが、つまり顔が怖かったという事だ。理解したリカルドは額を押さえ、黒髪……と同情した。

 ケイオスは何も悪くないのだが、事情が事情なので仕方がない。リカルドが優先するのはリズの精神状態だ。


「じゃあもしケイオスさんが会いたいと言っても断る方向だな」

〝確認するぐらいであれば大丈夫かと思いますが、色良いお返事はいただけないかもしれません〟

「うん、そこはしょうがない」


 樹くんが残念がりそうだけど、こればっかりはなぁ……と頬杖をつき溜息をつくリカルド。

 そこでふと、シルキーにじっと視線を向けられている事にリカルドは気がついた。何だろう?と思ったが、すぐに黒髪の恋話これが原因かと察し、しかし樹も居ない今、そちら方面の話に繋げるうまい言葉が出なかった。


「シルキー?」


 不自然ではない反応を返す事しか出来なかったリカルドに、シルキーは淡く微笑んでゆるく首を振った。


〝いえ、なんでも——〟

「もしかして、俺もリズさんに懸想してるとか思ってる?」


 なんでもありません。そう言おうとしたシルキーに気づき、咄嗟にそんな言葉が出たリカルド。

 もちろんリカルドはリズをそういう対象として見た事は一度もない。ハインツの妹という認識がまず来る相手だ。ただ、言葉と感情を呑み込もうとしたシルキーを止めたいと思ったら、そう言ってしまっていた。

 そしてシルキーの方はというと、リカルドがリズをそういう目で見ていないと承知していたのだが、唐突にそんな事を言われてきょとんとしていた。

 急に何を言われるんですか?とその顔が雄弁に語っていたのだが、もう口に出してしまったものは引っ込められない。ええい!もうこのまま行こう!とリカルドは突っ走る事にした。


「ないない。俺はほら、死霊魔導士アレだから。そういう相手は不可能だってわかってるし、そこまで欲しいとも思わないんだよね」


 軽く手を振って笑うリカルドに、シルキーは目を丸くした。


〝そうなの、ですか……?〟

「うん。そもそも流れてる時が違うからね」

〝時……あの、ではどうして人の国ここに来られたのですか?〟


 流れる時が違うとわかっているのなら、殊更それを意識してしまうような場所にどうしてと尋ねるシルキーに、リカルドは苦笑した。


「単純に人の暮らしがしたかっただけだよ。そりゃ家も何も無くても平気と言えば平気だけどさ。文明的な暮らしがしたいし、一人でどっかの山とか篭ってたらそれこそ暇だし面白くないから。

 実際ここに来ていろんな人と出会えたし、いろんな事があって……楽しい事ばかりじゃない事もあったけど、でもまぁそれも含めて人生ってものじゃない?」

〝人生……〟

「いやまぁ俺が人生って言うのは変だろうけど、いつかは俺も消えるだろうからって意味で。人よりちょっと長いけど」


 ちょっとどころの長さでは無いのだが、シルキーが気にしたのはそこではなかった。


〝消えるというのは……〟


 消えてしまうのですか?と不安そうな顔をされて慌ててリカルドは違う違うと手を振った。


「理由があって消えるって話じゃなくて、世にあるものはいつかは朽ち果てるでしょ? だから本当にいつかはって話」


 気が遠くなるような時間が掛かるだろうけどねと話すリカルドに、シルキーの表情は不安そうなものから今度は気遣うようなものへと変わった。

 その表情から気が遠くなるような時間を耐えられるのですか?と心配されているのがわかったリカルドは、そうやって心配してくれるシルキーに微笑んだ。


「たぶん大丈夫だよ。この身体になってから想像出来る事は想像したから。今のところの予想でしかないけど、時の長さに気が狂う事はないと思う」

〝……そう、なのですか〟

「少なくともシルキーが居てくれる限りは平気だと思うよ」


 リカルドとしてはわりと真面目に言ったつもりだったのだが、冗談だと受け取ったのかシルキーはくすりと笑った。


〝でしたら、この家がある限り私はいますから〟

「うん。これからもよろしく」

〝……はい。よろしくお願いします〟


 シルキーは自分の心配が杞憂だったとわかってかほんの少し恥ずかしそうに微笑むと、リズさんのお手伝いをしてきますと二階へと戻った。


(……何とかなった、かな?)


 ふーと息を吐いて、緊張したぁぁ……とリカルドはソファに倒れた。

 自然とそこにあったクッションを腕に抱えていい香りのするそれをくんくん嗅いで、これもシルキーが作ってくれたんだよなぁ……と顔を埋めた。


(シルキーが居なくなったら……本当に無理かもなぁ)


 その時はもう潔く消滅するか……と、ぼんやりそんな考えがよぎった。きっとその頃にはこの世界を楽しみつくしてしまっているだろうし、と。


 暫くクッションを抱えたままぼーっとしていたリカルドは、そういえば……と精霊の振りをして助けた子供の事を思い出した。

 事前確認では問題なく王太子に保護される予定であったが、あれからどうなったのかと時を止めて確認してみると、警邏に保護された後、護衛の騎士二人がその身分を明かして正式にグリンモアに保護を求め、精霊の関与が疑われる事案だとして警邏からすぐに奏上され王太子が直接確認、保護の承認を王からもぎ取り無事その保護下に入っていた。

 現在は要人警護部隊である第二師団の王太子直轄、第二連隊がその警護に当たっており、精神的疲労を鑑みて人目に付かない離宮に隔離されている。

 今までの疲れが出たのか昨日まで熱を出していたようだが、リカルドが首に掛けた精霊の欠片ブルーベリー精霊のお礼が仕事をして(所持しているだけで安眠と鎮静の効果がある)今朝から起き上がれるようになっており、まだ状況を理解出来ていないものの錯乱するような様子は見られなかった。最後に見た母親の姿を探しているので、その死を悟ったらまた別だろうが今はひとまず元気そうであった。


(……護衛の騎士の方は母親が亡くなっている事は気づいてるから……今はタイミングを見計らっている感じか……)


 なるべくショックが少ない方法で伝えて貰えたらと思うが、あの時の様子からしてショックが少ない方法なんてないだろうなと冷静に考えるリカルド。

 部外者の自分がいつまでも手を出すのも無責任であろうし、確認するのはここまでにしとくか。とリカルドは時を戻し天井を見上げた。


「……暇だ。何かしよっかなぁ……」


 早々にぼーっとするのに飽きてそんな事を呟き、あっ。と、今度はウリドール用に非常食を作ろうとしていた事を思い出した。

 そうだそうだ、そんな事考えてたわ。とリカルドはまた時を止め、虚空検索アカシックレコードで作成可能かどうか確認して、出来そうだとわかると自分の部屋に移動して作業に入った。

 ものとしては魔力回復薬に近く、人用のそれの何万倍も濃度の高いものになる(鑑定で見ると魔力回復薬ではなく高濃度魔力混入水という名称)。適量であれば魔力回復薬として使えない事も無いが、普通の人間が口にしたら一滴で魔力酔いを起こし下手したらそのまま過剰な魔力が暴走を起こして死にかねない劇薬だ。それをお手軽クッキングのようにホイホイ作って空間の狭間に放り込んでいくリカルド。

 ダース単位で作ったところでまぁこのぐらいでいいかと作業を止め、ついでに空間の狭間に放り込みっぱなしの物資の整理に取り掛かった。

 整理と言っても倉庫整理のように中の物を移動させるとかそういう作業ではなく、何が入っていたっけ?と内容確認が主な作業だ。ヒヒイロカネを作る過程で出たゴミだとかもそのまま放り込んでいたので、人が足を踏み入れない場所まで転移して捨てて、そんな事をしているうちに昼になり家に戻ってお昼ご飯を食べて、午後は復調したリズに刺繍の図案についての確認と相談を受けた。

 それからまた整理作業に戻ってゴミ捨てと使い勝手のいい素材の補充に時間を使ったり、リズの能力の事も考えて特殊な素材もあった方がいいかな?と魔物(虫系)から取れる素材も回収したりもした。使わないかもしれないが、まぁあっても場所取らないしという安定の雑な考えである。

 そうして樹が帰ってくるまではせっせと素材の加工に精を出し出来上がったものをシルキーに預け、日が暮れてから帰ってきた樹と剣舞の練習を行い、それが終われば晩御飯を食べて今度はルゼのところへと飛んで訓練を見てとルーチンをこなして占いの館へと戻ってきた。


 さて本業だとリカルドは意識を切り替えて椅子に座り、いつもの微笑みを浮かべて空間を接続させ――る前に、そっと虚空検索アカシックレコード精霊奴らが来ないか確認した。完全にトラウマ化しているリカルドである。

 ひとまず今日も来る可能性が低い事がわかりほっとして路地裏に接続、札を起動した。

 瞬間、路地裏から繋がる気配がして早速お客さんだとリカルドは居住まいを正し――現れた客に吹き出しそうになった。


「店主、久しぶりだな」


 客として現れたのは朝方、上の自宅にも来訪したケイオスだった。

 おまっ!どうやってここに?!と内心思いっきり動揺するリカルド。

 この占いの館は悩みを持っている者ならば誰でも入れるようになっているが、繋げている路地裏は毎回場所を変えており意図的に来ようと思ってもそう簡単には来れない。王太子ですら人海戦術を使って数日を要しているのだ。それを路地裏に繋げた瞬間に来るというのは明らかに不自然だった。

 ただ、さすがにこのケイオスが魔術的な介入によってここに来ているとは思えず(そのような感覚もなかった)、ひとまず微笑み固定で動揺を隠しどうぞとリカルドは椅子を勧めた。


「お久しぶりです。今宵はどのようなお悩みでしょう?」


 いつもの流れでそう尋ねたリカルドだが、しかし尋ねた後のケイオスの顔を見て、あ、これやばい。無理難題が来ると理解してしまった。 


「……本来であれば店主の力を借りずとも己の力でどうにかすべき事だとわかっているのだが……恥ずかしながら、どうすれば良いのか皆目見当もつかず……」


 視線を下に落としたまま強張った顔をちょっと赤くして話すケイオス。


「あ、ある女性に話かけたいのだが、なかなか会える相手では無さそうで……どうしたら、よいだろうか」


 リカルドは時を止めた。

 無理です。リズさんその人は無理です。と言いたい個人的な自分と、可能な限りの支援を。と囁く占い師としての自分がせめぎ合っていた。


(………………他、他の人は?)


 過去にも質の悪い男に惚れてえらい事になりかけていた女性を別の男性へと嗾けた事があるリカルドだ。

 リズが悪いとは言わないが、もうちょっと無難というか、黒髪も平穏な幸せを得られそうならばいいのではないか?と言い訳をしてそちらの方を調べて、結構該当する女性がいてちょっと驚いた。

 モテないと嘆いていたのは完全に過去の話で、今のケイオスは確かに想いを寄せられる側の人間となっていた。


「お客様。その方以外にもご縁のありそうな方が周りに居られるのですが、お気づきでしょうか?」


 時を戻してそう言ったリカルドに、ケイオスは訝し気な顔をした。


「縁?」

「はい。お客様を好ましいと思われている女性の方です」

「……?」


 モテない歴が長すぎて言われた意味がわからなかったのか、ケイオスは目を瞬かせた。


「お客様の今の立ち居振る舞い、ちょっとした優しさや心遣いをきちんと見ておられる方がいます。お客様が声を掛ければそれだけで嬉しく思ってくださる方です。そちらに目を向けてみてはいかがでしょうか」


 ケイオスはまさか自分に?と漸く意味が頭に浸透したのか、戸惑うように一体誰だろうかと視線が下がった。が、すぐに頭を一つ振って苦笑を零し、顔をあげるとリカルドを正面から見た。


「何故そのような事を店主が言うのか、なんとなくわかるような気もする……しかし店主は言ったではないか。私の思うままに突き進め、と。私の心はどうしてもあの女性にもう一度会いたいと言うのだ。それ以外は今、私の心にない。すまぬ」

 

 先ほど顔を赤らめて口ごもっていた男と同一人物とは思えない程、真っ直ぐにその心を伝えてくるケイオス。


 確かに思うままに突き進めと言ったのはリカルドだ。リカルド(樹)少年を助けられなかったと気力を無くしてしまったケイオスに、そんな風に自暴自棄にならず思うままに突き進め、いつかどこかで出会うかもしれない生まれ直した少年と出会った時に胸を張れるように、と。

 加えて、ここまで真っ直ぐな気持を伝えられて一体何を返せると言うのか。

 リカルドの完敗だった。

 

 わかった。もうわかったよ。それなら俺も腹を括る。いざという時は一緒にハインツに刻まれてやるからと覚悟を決めたリカルド。

 時を止めて、虚空検索アカシックレコードをフルに使って本当にケイオスとリズの間で可能性が無いのか、そもそも相性的にどうなのか、一つ一つ確認していった。


(顔の問題はあるけど……相性自体は悪くない……って言うか、いい部類だな……って事は距離を置いて交流を始められれば……あぁやっぱり。重要なのは距離だ。そこさえ気をつければいけそうな気がする)


 リズにとって最も負担になるのは不意打ちの接近と許可していない状況での接近。この二つだ。まずはケイオスという人物をリズに知ってもらって、それから顔を合わせて徐々に慣れてもらって、そういう段階を踏ませれば可能性があった。ただ、それには酷く時間が掛かる。それがケイオスに待てるのだろうかとリカルドは考え、愚問かと振り払った。


「お客様。それでしたら、手紙を書かれてはどうでしょうか?」


 時を戻し、リカルドは一つ提案をした。


「手紙?」

「はい。お相手の方は非常に繊細な方です。初めて会う方と話をするのも負担になります。ですからまずは手紙からお客様の事を知っていただいてはどうでしょうか?」

「手紙……手紙か……」

 

 今まで手紙など書いた事もないケイオス。

 知人にも家族にも書いた事がないそれを、一度しか顔を見た事が無い相手に書くというのは相当ハードルが高い事だった。だが、


「わかった。なんとか書いてみよう」


 難しい、出来るかどうかわからないといった後ろ向きな言葉は一切言わずケイオスは頷いた。

 リカルドは内心、お前もうほんといい男だと思うよ。となんだか無駄に泣きたくなった。頑張れよ、うまくいってくれよ、駄目だったら一緒に酒飲もうな!とダチの気分で応援しながら、立ち上がり代金を置いて「世話になった」と館を後にするケイオスのどこか頼もしい背を見送った。



 ちなみにだが、ケイオスが占いの館に来れたのはただの運である。

 明確に占いの館に行きたいと思っていたわけではないのだが、目の前に現れた見覚えのある天幕にこれが天の助けかと足を運んだのだ。

 ケイオスのLukは他の者に比べて些か高いためこういう幸運が度々あり、その辺の事情もあってパーティーのリーダーをやっているのだが、残念ながらLukが一桁のリカルドには全く思いも付かない理由であった。

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