第113話 ものを教える大変さと、急な展開
空間の接続を切ったところでリカルドは椅子にもたれ、んーと背伸びをした。
それから食器と一緒くたに入れてしまった水晶を取り出して元通りに設置。今日はあんまり疲れなかったなーと日本版の姿に戻るリカルドだが、ほとんど女神と酒盛りで楽しんでいたので当然である。最後に来た
階段を上って廊下の窓から見えた外は随分と明るくなっており、朝市に行かないとなーとキッチンに足速に向かえば、既に樹が代わりに出掛けてくれたとシルキーに聞き、出遅れたかと頭を掻いた。
じゃあもう時間も時間だし軽食タイムは無しにして水やりするかと勝手口から庭へと出て、夜の間に降ったらしい柔らかい新雪に足跡をつけながら世界樹に近づいた。ら、その根元で正座しているウリドールを見つけた。
「……なにしてるの?」
昨日の事もあって数歩手前で足を止め、警戒するリカルド。だがウリドールは難しい顔をしたまま動かなかった。
さすがに様子がおかしいと思うリカルド。
「ウリドール? どうしたんだ?」
近づいて尋ねるがウリドールは答えない。リカルドはウリドールの前にしゃがみ、視線を合わせた。
「何かあったのか?」
〝…………考え中です〟
間を空けて答えたのはそんな言葉で、考え中?とオウム返しに聞くリカルドにウリドールは再び無言となった。
何を考え中なのかサッパリわからないリカルド。また変な事でも考えてるんだろうかと時を止めて
シルキーがウリドールにお願いをしていたのだ。浮気者といった言葉を使わないで欲しい、と。
リカルドは昨日のあれを聞かれてたのかと悟るのと同時に、何でシルキーがそんな事を?と思わず調べて、その理由を知って——シルキーの優しさが胸にきた。
結論から言えばシルキーがそんな事をウリドールにお願いしたのは、リカルドに思い悩んで欲しくなかったからだった。
出会った当初からリカルドは人に擬態し人のようにご飯を食べ、人のように振る舞っていた。そのように見せているというより、それがリカルドにとっての当たり前で自然な事だからそうしているように見え、シルキーはリカルドが普通の不死者では無く極めて人の精神に近い特殊な不死者だと理解した。
人としか暮らした事が無かったシルキーにとってはそれはむしろ対応し易い特性なので良かったのだが、それは逆に不安要素にもなった。言動からリカルドが不死者になって日が浅い事が窺え、ひょっとするとまだ不死者の自覚が持てていないのではないか?と。不死者である限り決定的に人とは違う事――永遠に続く存在は心を許した相手との死別を生み、そして生者ではない身体では愛した人を伴侶にする事も出来ない事を理解していないのかもしれないと。
人の精神は強いように見えて脆い事を今までの主人を見てきてシルキーはよくわかっていた。だからそこにリカルドが気づいてしまったらどうなるのか。立ち直ってくれるのならいいが、そうならなかったらどうしていいのかわからなかった。主人として支えるつもりではあったが、自分は所詮家憑き妖精。荒れた心のまま気まぐれにこの家を壊されたら存在を保てず、リカルドを支える事は出来なくなってしまう。そうなった後のリカルドが心配だった。
誰がいつも嬉しそうに食べてくれるご飯やお菓子を用意してくれるのだろう。誰がほっとしたように口にするお茶を淹れてくれるのだろう。誰が横になって休んでいる時に抱えるクッションを作ってくれるのだろう。誰がふらっと出掛けて無くしてくる外套を仕立ててくれるのだろう。誰がおかえりなさいと言ってどこにでもどこまでも行ってしまいそうなあの人を出迎えてくれるのだろう。
上げればキリが無い程の心配が生まれて、どうか気づかないまま、このまま穏やかな時が流れて欲しいとそう思っていた。
そんな時、それを意識させるような事をウリドールが言ったのだ。
以前にも一度クシュナが『奥さん』と口にした事があったが、クシュナは常識的な人間だったのでその一度きりで終わったし、幸いリカルドが反応する事もなかった。けれどウリドールはその言葉の意味もさして理解する事なく何度でも言ってしまう恐れがあった。
ただ、あくまでもこれは自分の不安であってどうなるのか不明瞭な事柄。それでウリドールの言動を束縛するのはどうかと思いシルキーは一度は飲み込んだ。
けれど、どうしても気掛かりでお願いしてしまったのだ。お願いしたところで単なる時間稼ぎにしかならないかもしれないし、樹木が本体のウリドールにどこまで人の機微がわかるのかもわからない。それでも少しでもリカルドが悩む未来が遠のいて欲しいと思い、伴侶や寿命といった人ならざる存在である事を意識させる言葉を使わないで欲しいと願ったのだ。そして合わせて自分がそう願った事をリカルドには決して明かさないで欲しいと。
シルキーのその思考は、この家の主人を失いたくない家憑き妖精としての本能から来る部分もあった。だが自分が消えてしまった後の事を心配するのは紛れもなくシルキー固有の優しさだった。
リカルドはその優しさをただただ有難く思うのと同時に、どれ程心が動いても顔は動かさなければ動かないし涙も魔法を使わなければ見せる事は出来ない。あぁ俺ってやっぱ
ただしシルキーの予想とは違い、それで悲観するような精神ではないのがリカルドである。
今までシルキーの前では血にやられたりお化け的なビジュアルのアレコレにやられて弱った姿を晒しているが、それ以外は本当に大した問題はない。シルキーが気にしている伴侶についても確かに綺麗なお姉さんや可愛い子を見れば心惹かれたりはするが、だからと言って俺はもう彼女を望む事も出来ないんだ……と落ち込む事も無い。俺
そして寿命による死別についてはリカルドもなってみないとわからない部分はあるが、たぶん沢山楽しめたら、悲しいだろうけど笑って送れるような気がしていた。
だから大丈夫だってシルキーにはその辺を伝えないとな……と思考をそこで終わらせ、リカルドは今度は目の前でずっと難しい顔をしているウリドールに視線を向けた。
(こいつもいつの間に
まだ世界樹の苗から世界樹として成長したばかりの頃はリカルドの事を神様と言いつつ、実際はただのご飯だと認識していた節があるウリドール。それが今、シルキーがいつもと様子が違った、なんとなく悲しそうな感じがするのはなんでだろうかと考えているのだ。以前のウリドールにシルキーがお願いをしてもそんな事など考えず〝なんでです?〟で終わってしまっていただろう。
(なんにも考えてないように見えて実は俺に合わせようとしてくれてたのかね……)
人の事を聖樹の精霊や樹くんに聞いたりするのも、そういう事なのかもしれないと思いながらリカルドは口を開いた。
「なぁウリドール。人や人に近い精神をしている存在っていうのは、言葉一つでいろいろな事を想像して悲しんだり不安になったりするんだよ」
ウリドールは下がっていた視線をリカルドに向けた。
〝……言っちゃ駄目だって言われてるんですけど、言っちゃったんですか?〟
誰が何をと言わず、シルキーにお願いされた事を守るウリドールにリカルドは笑った。
「いや、何も聞いてないよ」
〝……神様ですもんね。言わなくてもわかりますか。じゃあなんでもわかる神様に聞きますけど、私は悲しませてしまったという事なんでしょうか?〟
なんでもはわからないからな?とリカルドは前置きしてからウリドールの問いに答えた。
「結果的に言うとそういう事になるな。でも今回は俺も、俺は平気だって伝えて来なかったのも原因だから、ウリドールだけのせいってわけじゃないよ」
〝そうなんですか?〟
「そう。だからそこまで落ち込まなくていいよ」
〝……落ち込む〟
ウリドールはキョロキョロと自分の周りを見回した。
〝沈んではないですけど……?〟
「物理的な話じゃなくて、気持ちの話」
〝気持ち……〟
「嫌だとか辛いとか悲しいとか、そういう気持ちになる事を落ち込むって人は言うんだよ」
〝……確かにああいう姿を見るのは嫌だなぁって思いました。魔族はたかが言葉であんな風になる事は無かったので、なんでああなるのかよくわからないんですけど〟
首を傾げるウリドールに、そりゃあ魔族はねと内心苦笑するリカルド。
「まぁ完全に理解するのは難しいと思う。俺も相手が何考えてるのかわからない時があるからさ」
〝神様なのにですか?〟
「神様じゃないって最初から俺は言ってるからな?」
〝……じゃあ神様って言うと、神様は悲しいんですか?〟
始めてリカルドの気持ちの事を聞いてきたウリドールに、リカルドは正直に答えた。
「悲しいとは思わないけど、疲れはしたかな。もう慣れたけど」
〝疲れ……じゃあ本当は何て言えば良かったんですか?〟
「普通に名前で良かったよ」
〝名前……でも、神様は私にとっては本当に神様だったんですよ?〟
「あぁうん。まぁウリドールがそう思ってるっていうのはわかってたから、今となっては名前で呼んでくれたら良かったんだけどって程度にしか思ってないよ。今はもう慣れたからウリドールの好きなように呼んでくれたらいいから」
〝……そんな適当でいいんですか?〟
どこか釈然としないというか納得しきれない顔をするウリドールに、ウリドールにとっては呼び方は結構重要なポイントだったんだなとリカルドは苦笑した。
「なんていうかさ、俺もお前の事を世界樹だからこの辺の事は理解出来ないだろうなって流してたところがあるんだけど。でもこうやってちゃんと話してれば、お互いが何を考えてどう感じているのか理解は出来なくても知る事は出来るから、そうすべきだったのかなって……今、ちょっと反省したわ」
話してればウリドールも言葉を選んで使うようになってたかもしれないし、と言うリカルドにウリドールはむむっと眉間に皺を寄せた。
〝それはもう駄目って事ですか?〟
「いや、今からやっていってもいいと俺は思うよ。ウリドールはどう思う?」
〝ああいうのは嫌だなって思うので、そうしないでいられるならやりたいと思いますよ〟
私、被虐趣味じゃないですもん。と口を尖らせるウリドールに、リカルドは額を押さえた。
「ウリドール、その被虐趣味ってのはあれだろ、聖樹のとこで聞いたんだろ」
〝そうですよ〟
「その言葉はあんまりいい意味じゃないから昼間から使わない方がいいぞ」
〝夜になったら使っていいんですか?〟
言い方を間違えた。と思うリカルド。
「あー……あのな――」
頭の中で説明を考えてウリドールに伝えるリカルド。
だが、段々内容が子供を持つ親が悩む問題にぶち当たり始めて、俺はいったい何を説明しているんだろうか……と疲労を感じつつ、ここで諦めたらまたえらい言葉を使ってくる可能性もあるしとどうにか頑張った。結果、芋づる式にアレな言葉をほとんど説明する羽目になってごっそり精神力を消耗してしまったが、どうにか人が居るところでは使わない方がいいという事を教える事には成功した。
そうやってウリドールが納得してくれたところで、今日はここまで!とリカルドはギブアップし時を戻した。そして水やりを終えてから家へと戻り、勝手口の前でやれやれと靴についた雪を払った。
(で、こっからが本番っていうか……)
シルキーに何と言おうかと考えるリカルド。
要らぬ心配をさせ続けるのは申し訳ないので平気な事を伝えるのは前提なのだが、ウリドールにシルキーがお願いした事には触れずにナチュラルに話を持って行きたかった。
切り出し方は……とリカルドは想像して——
(この間、街で可愛い子を見かけたんだけど、まーでも別にああいう子を彼女にしたいとかあんまり思わないよね。っていうかそもそもいらないって言うか?)
「……ないな」
己の話運びの無理さに勝手口に伸ばした手が止まるリカルド。唐突過ぎるし脈絡がないし取ってつけた感じしかしない。
占いの館ではもう少し上手くできていると自分でも思うリカルドだが、どうも自分の事となるとポンコツになるようであった。
どうしたものかと悩んでいると勝手口が開いて、どうされました?とシルキーが顔を覗かせた。
「ちょっと昨夜のお客さんがうまくやってるかなって思い出してて」
今入るよ。といつもの微笑みを浮かべて何でもない振りして中に入るリカルド。シルキーはやや疑問そうな様子を見せたが、リカルドが何も言わずとも朝ごはんの準備を手伝い始めたのでそちらの作業に戻った。
(あー……全然思い浮かばない……)
頭を悩ませながら手を動かすリカルドだが、そう簡単には思いつかずどういう話からそちらに繋げていいのか全くわからなかった。男同士なら猥談的にさらっと話せるのだが、さすがにそういうノリでシルキーには話せない。
そうこうしている内に小鳥が鳴く声がして、樹が戻った事を知った。
(――あ。そうか、樹くんに協力して貰えばいけるかも。好きな子とか居るのかとか聞けばそっちの話に持っていけるんじゃ?)
閃いたリカルドは、樹くんが戻ってきたみたいだね〜とか言いながら足早に玄関に向かい、そこで靴についた雪を落としている樹を見つけた。
「おかえり樹くん」
「あ、リカルドさん。ちょうどよかった」
樹に荷物を受け取るよと手を出そうとしていたリカルドは、樹の後ろに誰か居る事に気づいて視線を向け——変な声が出かけた。
「市で偶々一緒になって、それでリカルドさんに会ってみたいって言われて。前に話したと思うんですけど、今俺がお世話になってるパーティーのケイオスさんです」
黒髪を高いところで結っている目元に傷のある男、ケイオスは樹の紹介に姿勢良く頭を下げた。
「ケイオスという。朝早くから申し訳ない。どうしてもイツキの居候先の主に会ってみたく、無理を言って連れてきてもらったのだ」
「そうでしたか……貴方がケイオスさん。
リカルドと申します。ケイオスさんの事は樹くんから聞いています。どうぞ外は寒いでしょうからお上がりください」
どうにか体面を保ってにこやかに応対するリカルド。
ちなみに外側を取り繕っただけで頭の中は、え?なんでうちに来るの?市で偶然とかどんな確率?俺に会いたいって何で?なんかした?なんかした事はしたけどこの姿では面識ないよね?大丈夫だよね?と大慌てである。
居間へと案内してからも、一緒に移動した樹が買ったものを仕舞うためキッチンに行ってしまい、ケイオスと二人きりになったリカルドはコンビニの車止めに繋がれる犬の気分を味わっていた。
(いやいや、落ち着こう。目的を聞いて対応すればいいだけだから。初対面初対面。俺はこの人とは初対面)
当たり前だがケイオスはリカルドが占い師だとは露ほども気づいていない。変に意識してしまうのはリカルド側の問題なので、リカルドが気にしなければ済む話である。大丈夫、いける俺。と自分を落ち着かせリカルドはケイオスに椅子を勧め、そして自分も向かいに座ったところでどのような御用件でしょうか?と話を聞いた。
「まずは突然の訪問にも関わらず受け入れていただいた事、感謝する」
膝に手を置いて、再び姿勢正しく頭を下げるケイオスにいえいえとリカルドは手を振った。
「お世話になっている方だと聞いていましたから」
「かたじけない。実はリカルド殿に聞きたい事があってこうして参ったのだ」
「聞きたい事?」
単刀直入に切り込んだケイオスに、何を聞かれるんだと内心身構えるリカルド。
真剣な面持ちでケイオスは膝に置いた手を握りしめ、声を潜めた。
「……イツキは、双子なのだろうか?」
「双子? いえ、樹くんは双子ではないと思いますが」
「では兄弟は?」
「それも居ないと思います。本人が兄弟の話をした事はありませんから」
「そうか……」
がっかりしたような、それでいて安心したような表情を見せるケイオスに、あぁなるほどとリカルドは理解した。おそらくだが、樹の兄弟があの時の少年ではないかと思ったのだろうと。
「生き別れた場合もあるか……他人の空似にしては似すぎて……」
腕を組み小声で呟いていたケイオスはハッとしてリカルドに視線を戻した。
「リカルド殿。つかぬ事を尋ねるが、子はお持ちか?」
「子供ですか? いえ、いませんが」
「そうか……」
そして再び同じような表情をしてまた考え込むケイオス。
もしかして俺が黒い髪で樹くんの親族だと思ったから、黒髪で顔が似てる子がいるかもって思ったのかな?と想像するリカルド。
ちなみにだが、正解である。ケイオスの頭の中ではいろいろな可能性が検討され(リカルドの兄弟の子供、イツキの知らないイツキの兄弟、イツキの親の兄弟またはその子供など)、いずれにしても自分が情報を得るためにあの時の少年の事を親族かもしれない相手に話してしまっていいのだろうか、知らないままどこかで生きていると思っていた方が幸せなのではないだろうか、しかしそれはそれで少年からすると自分の最期を知って貰えないという無念になるのではないだろうか、と無駄に悩み葛藤が渦巻いていた。
無言の時間が長いケイオスに、リカルドはちらっとキッチンを見てから時を止めて大丈夫だろうかと調べ――無駄に悩ませてしまっている事がわかって顔を覆った。
(あぁもぅ強面の癖に何でそこまでいい奴なんだよ! お前この間までスキンヘッドでモテないとか嘆いてた奴なのに!)
「ケイオスさん、樹くんの事で何か気になる事が?」
リカルドは時を戻して、もう聞きたいなら聞いてくれ!大丈夫だから!という気持ちで話を振った。
「……そう、だな。リカルド殿からすれば何の話か見えぬ話だったな」
すまぬ。と謝るケイオスに、謝らないでください、本当に。と微笑み固定で首を振るリカルド。
「実は――」
言いかけてケイオスは言葉を切った。樹がお茶を持って来たからだ。
「樹くんありがとう。ちょっと込み入った話になりそうだから朝ごはん出来たら先に食べていてくれる?」
「えっと、わかりました」
一瞬樹はケイオスの方を気にしたように見たが、ケイオスが頷くのを見て素直にキッチンへと戻って行った。
「……どうぞ続きを。防音魔法も張りましたから」
気にせず話して貰って大丈夫だとサポートするリカルドに、かたじけないと目礼しケイオスは先ほどの続きを話した。
その内容は当然というかリカルドのよく知るもので、最後にその命を救えず遺体すら残らなかったと懺悔するように言われた時にはリカルドも一緒に懺悔したくなった。
「……その亡くなった少年と樹くんがそっくりという事なんですね」
だがケイオスに、それ俺です。と懺悔するわけにもいかないので神妙な顔を作り話を進めるリカルド。
「そうだ。他人の空似などではなく生き写しと言っていい程似ているのだ」
それはそうである。リカルドはディアードを欺くため全く同じにしたのだ。
「なるほど……ケイオスさんが樹くんに双子がいるのかと聞いた理由がわかりました。樹くんの親族の中にその少年に該当するような子が居るとわかったら、私からその子のご両親に話をしてみたいと思います」
「リカルド殿、それは――」
「大丈夫です。該当の子がその少年だった場合、亡くなった事を伝えるのは確かに心苦しいです。ですがそれでもきっとその少年は自分の身に起きた事を知ってもらいたいと思うでしょうから」
ケイオスさんもその少年の無念さを感じてどうにかしてやりたいと思われたのではないですか?と尋ねたリカルドに、ケイオスは口を引き結んで目を伏せ、深く頭を下げた。
「――感謝する」
心からの礼に良心がザクザクやられるリカルド。
「ケイオスさん。きっと同じ顔の樹くんが居るから意識してしまうのだと思いますが、今を生きているのはケイオスさんです。あまりその事に囚われず、ケイオスさんらしく自由に生きられた方がその少年も喜ぶのではないかと思うのですが」
喜ぶというか、もう本当に忘れてしまってくださいお願いします。と頭を下げたいリカルドである。
ケイオスは初対面にも関わらず踏み込んできたリカルドに驚いたような顔をしたが、少し笑って肩の力を抜いた。
「リカルド殿は占い師殿のようだな」
「……はい?」
一瞬、心臓が止まるかと(止まる以前に無いが)思ったリカルド。
どうにか占い師?という顔を作って首を傾げたが、どの辺の発言がそっちに繋がったんだと冷や汗(妄想)が出た。
「いや、こちらの話だ」
「はぁ。あ、どうぞお茶を冷める前に」
流してくれるならそのままお茶と一緒に流してくれと、すかさず勧めるリカルド。
ケイオスは勧めに応じてお茶に口をつけ、茶請けもどうぞと焼き菓子を進めるリカルドに素直に手を伸ばした。
ひとまずこれで黒髪の方からの話は終わりかな。とリカルドが胸を撫でおろした時、廊下側からノック無しにドアが開いてリズが入ってきた。
「リカルドさん、この部分の図案について少し確認したいのだけ…ど……」
図案を手にリカルドに近づいたリズは途中で客が居る事に気づいて固まり、そして突如乱入してきたリズにケイオスの方はつまんでいた焼き菓子をポロリと落とした。
「ご、ごめんなさい! お客様がいるとは思わなくて!」
慌てたように頭を下げて廊下へ引っ込み、足音を立てて二階へ駆け上るリズ。
まぁ黒髪は強面の部類だからまだリズさんには怖いかもなぁ……と思いながら、うちの者がすみませんとリカルドはケイオスに謝った。
「うちの者……奥方なのか?」
「いえ、知人から預かっている客人ですよ」
「客人……と言う事はその知人の奥方?」
「いえ、彼女は独身ですが」
何でそんな奥方に拘るんだ……と思ったリカルドだが、ケイオスの顔を見て気づいた。
(え……え。うそ。これってまさかリズさんに一目惚れ?)
リズが消えたドアから視線を離せず、そちらを見っぱなしのケイオス。
ちょっと待て、お前の趣味ってリズさんみたいな人だっけ?とリカルドは記憶を漁るが昔過ぎて思い出せない。微かに綺麗系のお姉さまが好みだったような?と薄っすら蘇って、確かにリズさん綺麗系のお姉さまだけど……いやでも、えー?と、急すぎて思考が追いつかない。
だがここでリカルドはふと気づいた。この事をハインツが知ったらどうなるのか。
(……やばくない? 黒髪の命、風前の灯になってない? わかんないけど、リズさんに近寄る男とか切り刻みそうな予感がするようなしないような……)
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