第111話 ちょっと気になる事と祭りの準備

 その日最後となった精霊の来訪をどうにか捌き、リカルドは館を閉めた。

 そして日本版の姿に戻ってよろよろと階段を登ると居間のソファに腰掛け、そのままパタリと倒れた。


(口が……口裂けが……目の前に……ムリ……客だと思い込んでもムリ……)


 最後に来た精霊が壊して欲しいと丸い物体を取り出したのだが、その取り出し方があまりにもホラーで(人型の頭部に出来た口のような裂け目に棒状の手を突っ込んで取り出した)、そしてコワシテ……コワシテ……と迫って来るのがあまりにも怖くて、頭からその光景が離れないリカルド。

 ソファに置かれていた花の香りのするクッションを抱きしめ、なんであんなとこから出すの?なんであんな出し方になるの?なんで口裂けたまま迫ってくるの?としくしく泣いた(涙は出ないが)。


 しばらくそうしているとお茶のいい匂いがしてきて、目を開ければシルキーがお茶と蒸しパンのようなものをお盆に乗せて来る姿が見えた。


〝お疲れ様でした〟


 秒で姿勢を正したリカルドはシルキーにお礼を言い、目の前のテーブルに並べられるなり早速いただきますと蒸しパンみたいなものに手を伸ばしてかぶりついた。


(あ、白餡が入ってる)


 中には前にも食べた白餡が入っていた。生地は蒸しパンよりももう少ししっとりした饅頭みたいな食べ応えで、疲弊した心にはその懐かしさを感じる食感と白餡の優しい甘さが染みた。


「シルキー、これってまだある?」


 なんとなく王太子も好きそうだなと思って尋ねるリカルド。


〝ありますよ〟

「お客さん用にちょっともらってもいいかな?」


 下で出す用にとリカルドが言えば、シルキーは察してお茶とセットで用意しますねとキッチンに戻った。


(来るかどうかはわからないけど……ま、入れとけばいつまでも持つし)


 そう考えながら饅頭もどきを頬張った。


(にしても……最後のあれ、やっぱりまずかったかなぁ……)


 もぐもぐと幸せ成分を吸収し、あったかいお茶で少し余裕を取り戻してくるとリカルドはつい先程対応した精霊の事が気になってきた。

 正確には精霊の事ではなくその精霊が取り出した物についてなのだが、実は精霊の希望通り壊してしまっても問題のない物なのか虚空検索アカシックレコードで確認しようとした瞬間、パーンしたのだ。

 最初はリカルドも調べ方を間違えたのかと思ったのだが二度目の確認でもパーン。嫌な予感がしつつ、パーンする確率が低そうな条件を加えていろいろと調べてみたが、全てパーン。鑑定を使うことで辛うじて『創造主の遺物』という名称が判明した。

 この時点でほぼほぼ管理者か管理者同様位相の違う相手が関わっている代物だと直感したリカルド。鑑定で出て来た創造主というのが何の創造主なのかまではわからないが、大抵創造主とくれば世界の創造主がテッパンだろうと予想し、それも踏まえてお断り案件だと判断を下した——のだが、ちょっといろいろあって(口裂け女状態の精霊に迫られて恐怖に負けたヘタレ)壊す結果となってしまったのだ。


(いや、だってあんなのに迫られるとか無理だって……)


 妙に押しが強い奴だったし……と、精霊の姿を思い出しかけ慌てて饅頭もどきにかぶりつく。


(めっちゃ硬くて攻撃が全然通らなかったし……さすがに人が作った物でした。とかってオチは……無いよなぁ)


 希望的観測を思い浮かべるが、リカルドが力任せに壊そうとしても凹みもせず、雷撃を加えても傷もつかず焦げもせず、消滅魔法を使ってもダメで、最終的に全力で魔力を練った消滅魔法でどうにか消せた代物である。規格外のリカルドがそこまで苦労する物を人間が作れる筈もなかった。


(何のために作られた物なのかぐらいわかれば良かったんだけど……っていうか、位相の違う相手あちら側が壊された事に気づいたら、俺やばくね?)


 遅まきながらそこに気づいたリカルド。

 いやでも俺頼まれただけだし。壊してって言ったの精霊だし。などと子供の言い訳のような事を頭の中で並べるが手を出した時点で同罪だ。


(えー……どうしよ)


 今更どうしようもないのが現実である。


(……ま。いっか。今のところ何も起きてないし。遺物って事はもう使われなくなったものって事だろ? だったら、大丈夫大丈夫)


 そして安定の精神耐性である。


 饅頭もどきの最後の一口をゆっくり味わって、少し残していたお茶もゆっくり啜って、よしと立ち上がる。


「シルキー、ご馳走様。おいしかったよ」


 シルキーはそれは良かったですと微笑み、使った食器を流しに入れるリカルドからその後の片づけを引き受けた。


〝お客様用はそちらにありますから〟

「あ。ありがと」


 テーブルに用意されていたセットを空間の狭間に仕舞いながら、そうだと思い出すリカルド。


「シルキー、リズさんに刺繍の仕事を頼みたいんだけどどう思う?」

〝刺繍のお仕事ですか? 喜ばれるでしょうが、そればかりに没頭されて体調を崩されるかもしれません。どの程度の刺繍をするのかにもよるとは思いますが……〟

 

 手を止めて考えるように首を傾げたシルキーに、やっぱ体調面そっちが問題だよなと思うリカルド。


「ええと、このぐらいの帯に入れて欲しいんだけど……ちょっと待って」


 紙を取り出してフリーハンドで書き出すリカルドに、シルキーは紙を覗き込んだ。


「全体に入れられたらいいけど、そうじゃなくてもある程度効果は出る筈だから……中心の部分と端の部分にこういう感じで……帯の幅はこのぐらいで。こういう模様って時間が掛かる? 作業量としてきついかな?」

〝……刺繍の種類に指定はありますか?〟

「種類? 種類は何でもいいと思う。たぶん模様の形がこれで刺し手がリズさんであればそれでいい筈」

〝であればそれ程作業としては大変ではないと思います。期限はありますか?〟

「今日から十三日後なんだけど……」


 虚空検索アカシックレコードでは可能と出ていたが疲労度合いから考えると少々短い気もして、やっぱり無理かなぁと思いつつリカルドが窺えば、シルキーは考えるようにじっと紙を見つめてから頷いた。


〝大丈夫だと思います。無理をしたとしても数日でしょうから。これからお仕事にされるなら、どこまで出来るのか感覚を掴まれるいい機会になると思います〟

「本当? じゃあ頼もうかな」

〝このお話はリカルド様から直接リズさんにお話しいただけますか? その方が私が伝えるよりも、より仕事としての意識を強く持てると思います〟

「わかった。代金の話もしないといけないし話してみる」

〝あと原寸大の正確な図案もお願いします〟

「うん。それもすぐに準備する」


 リカルドは頷き、さっそく図案の作成に取り掛かかった。

 と言っても虚空検索アカシックレコードから写すだけなので時間は然程かからない。

 作業を終えると出来上がった図案を仕舞って朝市に出掛け、戻ってきたら水やりをして。そうしていつものルーチンをこなし、さあ朝ごはんだと家に戻ろうとしたリカルド――の、足をがしりと掴む者が居た。見れば今の今まで姿を現さなかったウリドールが恨めしそうな顔をして地面から頭と手を生やしていた。


「やめろ生首みたいな出かたは」


 精霊達のせいでさんざん精神を削られたばかりのリカルドである。思わず踏んづけたくなるが、その前にウリドールはするりと姿を見せてさめざめとした泣き真似を始めた。


〝私はこんなに神様の事を想っているのに、神様は私の事なんて都合のいい女扱いなんですね〟

「……は?」


 急に何を言い出すんだコイツは、と思うリカルド。

 水やりはちゃんとしているし、ウリドールが不満に思うような事をしているつもりもない。ウリドールの言う事に思い当たる節はなかった。

 そんな何を言っているのかわからないという態度のリカルドに、ウリドールはキッと鋭い眼差しを向けて糾弾した。


〝しらばっくれても無駄ですよ! 私にはわかるんです! 神様の浮気者!〟

「浮気?」

庭木の定番グリードアラルに魔力あげたでしょ! 私がわからないとでも思ったんですか!?〟

「ぐ……え、なに?」


 早口過ぎて聞き取れず、若者言葉がわからないおじさんみたいになるリカルド。


〝グリードアラル! 常緑樹! 昨日おっきくしたでしょ! あとその辺の一年草とかも!〟


 ぶんぶん拳を振って主張するウリドールに、ようやくあぁ!と話が見えて来たリカルド。


「大きくしたって言っても根っこだけだろ。草はちょっと成長させただけで」


 昨日、植物の精霊の振りをして木の根っこを巨大化させた事や、草花を活性化して大きく成長させた事を言っているのだろうと想像がついた。


「それに魔力をあげたとか言うけど、ただ形を変化させたり活性化させるために流しただけだからあげたのとは違うと思うし」

〝どういう理由でどういう目的であれ、あげた事には変わりありません! これは浮気です!〟

「いやだから浮気って……」

〝卵にあげたのは我慢します。羨ましかったですけど、あれは違うものですから。でもなんでグリードアラルとかその辺の草にあげちゃうんですか!〟


 もう!もう!と憤っているウリドールなのだが、どうにもいまいちその思考の流れが理解出来ないリカルド。


「なんでって……そこにあったからだけど……いや、その前に別に俺がその辺の植物に魔力を注いだっていいだろ。お前には毎朝ちゃんと水やりしてるし、それで足りないって事はないだろ?」

〝酷い! 私、世界樹なんですよ!? 私をそうしたのは神様なのに! グリードアラルやその辺の草よりも私が劣るって事ですか!?〟

「いや、劣るとか劣らないとかじゃなくて……あー……んー……」


 これは植物界の上下関係的な話なのか?とリカルドは首を捻った。

 首を捻ったところでサッパリなので時を止めて虚空検索アカシックレコードに通訳をお願いすると、概ねそういう事であった。

 全ての植物を支配下に置く事も可能な世界樹自分を差し置いて、何の変哲もないただの木や草にリカルドが魔力を与えて操った事が、お前は役立たずだと突きつけられたようにウリドールは感じたのだ。浮気だとか言っているのも傷ついたと自分で言うのがなんだか悲しくて誤魔化そうとして出てきた言葉だった。

 意外と繊細な奴である。


「えーと、ウリドール。別にお前の事を蔑ろにしたつもりはなくてだな、ただ本当にそこに在ったから丁度いいと思って拝借しただけで、存在としてはウリドールの方が上だってわかってるから。すごいってのもちゃんと知ってるから」

〝口ではそんな事言いながら、次があればどうせ私の事忘れてその辺の子を使うんでしょ!〟

「あー……」


 忘れっぽいリカルドの事をよく理解しているウリドールに、リカルドは言葉を濁した。確かにヒルデリアでも規模は違うが似たような事をしたので、急いでいたらちゃちゃっと自分でやってしまいそうだな……と、そこまで考えてリカルドはある事に気が付いた。


「あれ? お前距離があるとわからなかったりするの?」


 ヒルデリアでの事を指摘されなかったのでそう言ったのだが、その不用意な一言でウリドールはハッとした顔をして、ブワっとその目に涙を溢れさせ顔を覆ってその場にしゃがみ込んだ。


〝神様が現地妻作ってたー! 私はじっとここで待ってたのに! ちゃんと動かずに待ってたのに!〟

「おまっ――現地妻って、お前ほんとにどこからそんな言葉覚えて来るんだよ。まさか樹くんじゃないだろうな?」

〝聖樹のとこで聞きました! 人はそういう事をするんだよって!〟


 また聖樹の精霊あいつか……と頭が痛くなる(妄想)リカルド。

 前は泣き真似を覚えて来たんだっけ?とリカルドが額を押さえていると、ウリドールはしゃがみ込んだまま、じっとして神様の事を待ってたのに、余所で魔力あげるなんて酷い、私に言ってくれればちゃんと働くのに、もっとすごい事をして見せるのに、と本当にえぐえぐ泣き出した。


(あー……)


 子供のように泣く姿を前に、なんとなく自分が酷い事をしたような気になってくるリカルド。

 別にウリドールとリカルドは何の契約も約束もしていないのでウリドールが勝手に悲しんでいるだけとは言えるのだが、こうも本気で泣かれるとリカルドは弱かった。


「……その、悪かった。ちょっとなんていうのか、植物の感覚的な事(?)が、よくわからなくてだな。今後植物を使う必要が出たらウリドールにちゃんと頼むから。他の植物に魔力を渡すような事はもうしないから」


 ウリドールの前にしゃがんで、な?と泣き止ませようとするリカルドに、ウリドールは顔を覆った手の隙間からちらりとリカルドを見た。


〝……ほんとに?〟

「うん、ほんとに」

〝…………じゃあこれを持っててください〟


 そう言ってウリドールは両手を合わせてそこに何かを作ると、リカルドの首にそれを掛けた。

 なんだ?と鑑定してみれば『世界樹の首輪』と出てリカルドは固まった。

 見た目は糸のように細い金の蔓の首飾りに見えるのだが、名前が酷かった。


〝これがあれば神様がどこに居ようと行けます〟


 つけていてくれますよね?と純粋な目で聞いてくるウリドールに、リカルドは内心頬を引き攣らせた。しかしここで外していいですかなどと言ったらまた泣かれるのは目に見えている。


「う、うん……」


 ぎこちなく頷くリカルドだったが、ウリドールはパッと表情を明るくして、じゃあお願いしたい事があったら何でも言ってくださいね、何でもしますから!と重たい彼女みたいな事を言って消えた。

 後に残ったのは世界樹に首輪を付けられた死霊魔導士リッチが一体。

 立場的に飼っていたのはリカルドの筈なのに、なぜか首輪を付けられている飼い主の図である。


 リカルドはしゃがんだままの姿勢で固まっていたが、そっと首輪と言う名の首飾りを服の下に仕舞って立ち上がった。

 考えないようにしよう。という事にした。


 そして朝ごはんを食べて首輪の事はすっかり忘れ、樹が仕事に出かけるのを見送ってから二階のリズの所へとお邪魔して仕事の話をし、引き受けて貰えたのでちゃんとした仕事として依頼書(代金は相場を調べて記載)を作ってお願いした。

 尚、退室間際にハンカチのお礼の事を思い出してぎこちなくお礼を言って、何でそんなに恥ずかしそうにするのだろうかとリズに不思議がられたのは余談である。


 そうして暇になったところでリカルドは庭に出て剣舞の練習に入った。

 得物がないと型の練習も出来ないので、その場で祭りに使用されている三日月刀シミターのような剣を作り、そしてどちらから覚えようかなと考えて(舞は左演者と右演者の二種類ある)、どちらも難易度は同じかと適当に一方を選んで始めた。


(考えてみればまともに武器を使うのってこれが初めてかも……)


 一つ一つの動きをトレースして頭に叩き込みながら、そんな事を思う。

 護衛騎士の真似事をするために剣を腰に履いたりデモンストレーションをしたが、まともに扱ったとは言い難い。それから相手の短剣を拝借して迎撃したのは昨日の事だが、あれも武器として使ったのではなく防具として使ったに過ぎなかった。


(まぁこれで戦えって言われても無理な話なんだけど)


 あくまでも剣舞だから抵抗が無いのであって、剣で生き物を切るという事は出来ないリカルドである。

 一人で黙々と練習をし、昼食を挟んで再び庭に出てウリドールが座って眺めているのを横に真面目に舞い続け、一通り覚えたところで練習相手が要ると気が付いた。

 この竜人の剣舞は二人一組となって踊るのだが、剣を打ち鳴らす型が多く一人で練習をしていてもなかなか感覚が掴みづらいというか、想像でやるには限界があったのだ。


(里に行って里長さんに相手してもらうか? ……いや、準備で忙しいから邪魔はしたくないしな……このままでも出来ない事はないとは思うけど……)


 念動力ネルスで剣を操って相手と見なすかな……と考えながら、もう一度動きを確認するために頭から始めた。

 そこにちょうど樹が帰って来たのだが、リカルドの姿が見えず出掛けてるのかな?と何気なく窓へと視線を向けて目を丸くした。

 白い雪の上、真剣な表情で三日月刀シミターを振るうリカルドの姿がそこにあり、樹は誘われるように庭に出ると雪の上に座っているウリドールの横に並んだ。

 震脚によって固められた雪の上で力強く舞うリカルドは――お世辞抜きに恰好良かった。そして最後にザッと雪を踏みしめ突きの型で動きを止め、剣を降ろしたリカルドに気づけば手を叩いていた。


「っ! びっくりした。樹くん、いつからいたの?」


 集中していて樹の存在に気づかなかったリカルドは拍手の音に驚いて振り向き、見られていたのがちょっと恥ずかしくて剣を仕舞って――あ、息白くしてなかった。と慌ててそう見えるように調整した。


「ついさっきです。すごく綺麗でした。剣が使えないって嘘じゃないですか」

「いやいや本当に使えないよ。これは剣舞で型をなぞってるだけ……」


 リカルドはキラキラした目を向けてくる樹に、ふと樹くんなら相手になってもらえるんじゃ?と思った。


「リカルドさん?」


 急に言葉を途切れさせたリカルドに首を傾げる樹。

 いや、しかしなとリカルドは頭を振った。樹には樹の予定があるだろうし、こちらの都合に時間を取らせるのは申し訳なかった。


「ううん。何でもない。寒いから中に入ろ」

「はい」


 樹は素直に頷き、剣舞っていうの初めて生で見ました。と、ちょっと興奮した様子で手を動かし足でトントンと型をなぞるようにその場で回った。


 その動きを見て思わず足を止めるリカルド。


「……樹くん、ちょっといい?」

「はい?」

「もしかして、今見ただけで舞を覚えたの?」

「覚えたっていうか、なんとなくこんな感じかな? っていうぐらいですけど」


 と言いながら、実際に軽くステップを踏んで剣を手にしているつもりでリカルドが踊った型を次々になぞっていく樹。

 丸一日かけてどうにか覚えたそれを、見ただけで覚えられてしまったリカルドは若いってすごい……と呆然としたが、いやそうじゃなくてこれならそこまで時間取らせないかもと思考を戻した。


「ええと……あのさ、樹くんが良ければなんだけど、ちょっと剣舞の相手役になって貰えたりしないかな?」

「相手役ですか? でも俺剣舞とかやった事が無いから上手く出来ないかもしれないですけど」

「いやいや、俺もやった事ないし、そこは大丈夫」


 何が大丈夫なのか。

 普通ならば素人二人が真剣を使って剣舞を(しかも打ち鳴らすような激しいものを)するとなれば怪我は必至である。ただまぁこの組み合わせに限っては無用の心配ではあるのだが(片や攻撃無効、片や絶対防御の腕輪持ち)。


 じゃあと頷いた樹にリカルドはさっきまで使っていた剣を渡し、その場でもう一本作ると再び庭の中央に戻った。


 舞は互いが同じ動きを取っているところが多いので、ひとまずゆっくりやってみようと声を掛けて始めるリカルド。

 だが始めてすぐにリカルドは樹のポテンシャルの高さに脱帽した。

 互いの動きに差が出るところに差し掛かると、樹は型通りにトレースしているリカルドの動きに合わせ、教えていない筈のもう一つの型に近い動きを見せたのだ。向かいのリカルドがこう剣を振るうのなら、相手である自分はこう振るうのだろう、と。

 ただただ暗記しているリカルドとは雲泥の差の恐ろしいまでの戦闘センスである。


「樹くん。仕事帰りで疲れてるとは思うんだけど、しばらく付き合って貰えないかな?」


 二回踊ったところでリカルドは改めてそうお願いした。この逸材を逃してはならぬと直感でなくともわかった。


「はい! 俺も楽しいので」


 樹は単純にリカルドと剣を合わせられるのが楽しくて喜んで了承した。

 ひとまず今日はここまでという事で家に入ったが、どうして急に剣舞なんて始めたんですか?という樹の至極当然の問いにリカルドは、ちょっと知り合いに頼まれて。と適当にはぐらかした。

 リカルドの言葉数の少なさから、何となく言えない事かな?と察した樹は、そうなんですねとそれ以上尋ねる事はしなかった。樹としてはリカルドと一緒に何か出来る事の方が嬉しかったので、理由は大して重要ではなかったのだ。

 毎度、樹の優しさに救われるリカルドである。

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