第103話 認識の違いと殺気立った獣人達

「だけど意外だな……」


 そろそろ晩御飯の準備手伝ってきますと言って樹が席を外した後、ハインツはぽつりと呟いた。

 リカルドが何が?と視線で尋ねるとハインツは、んー……と少し迷ってから口にした。


「……本音を言うと、龍が戦ってた魔族とかもお前ならまとめて倒せるんじゃないかなーとか思ってたからさ。そんな風に警戒してたっていうのがちょっと意外で」


 頰を掻いて言うハインツに、え……まさか正体に勘付かれた??と一瞬身を固くするリカルド。

 だが緩い雰囲気のハインツにすぐに違うと気づき、そこで意外だっだから過去形かと理解して内心息を吐いた。

 そもそも使い手の少ない転移魔法だとかは見せているがハインツの前で魔族をぶちのめした記憶などなく、ハインツと手合わせこそしたがそこまで人外の動きをした自覚もない。考えてみればなんでそんな風に考えるのか疑問だった。


「意外ってなんで?」

「一人で国を落とす奴なんてそう居ないだろ?」


 参考までに理由を聞けばディアードの件を言われ、余計に疑問符が浮かぶリカルド。

 ディアードでリカルドが行使した力はあくまでも呪術であり、戦闘能力とは直結しない。そのためリカルドは何か勘違いされてる?と思い、その辺の事を説明しようと口を開き、


「あそこは今、女神の怒りに触れた国って裏では言われてるからな」


(は?)


 口を半開きにしたまま、内心、目が点になった。


「……女神って……また、なんでそんな事に」

「それはまぁ狙ったように勇者を利用しようとしてた奴らが呪いで倒れたっていうのと、教会が総力上げてもその呪いが解けなくて、最終的に神柱ラプタスが直々に見てこれは普通の呪いじゃない、人知を超えたものだって言ったらしくて。呪いの意図から鑑みてもおそらくはだろうって」

 

 ってどういう事ですか神柱ラプタスさん、と内心突っ込むリカルド。

 思わず樹がキッチンにいるのを確認してから時を止めて調べてみれば、意外にもグリンモアの王太子の仕業であった。

 王太子はディアードの勇者騒動に関わっていなかった第三国から、アドーシャ、フロリア、ブロマンテ、バモス(いずれの国もグリンモアと協力してリカルド率いる工作員を追っていた)と共謀し世界で最も魔法に長けた国の技術を奪うための足掛かりにしているのでは?と突っかかられ、煩わしいそれを黙らせるため自分達が追っていた存在が悪だったという誰が見ても明らかな大義名分を神柱ラプタスと交渉して作ったのだ。

 もちろん神柱ラプタスに対しては馬鹿正直にそんな事情は言わず、今後ディアードのように召喚を行なう者が出ないよう協力してほしいと言葉を変えてした。

 神柱ラプタスの方はといえば、この召喚劇に関しては心を痛めており、犠牲になってしまった異世界の子供のためにも抑止力になればと王太子のは別として協力した。温和そうに見えて神の威を借る事に躊躇いが無い、かつ王太子に対しても教会の矜持を貫ける太い神経のご婦人である。

 ちなみに神の怒りについてはともかく、呪いを見た時に人知を超えていると神柱ラプタスが感じたのは事実である。

 まぁ何にせよ、そのような経緯で事情を知る者にはリカルド=神の構図が出来上がってしまっていた。

 王太子の行動を非難するつもりはないが、何とも言えず唸るリカルド。


「……一応言うけど俺、神じゃないからね? きっとあれじゃない? 解けないってなると教会の権威が下がるからそういう事にしたんじゃない?」

「まぁその辺なんだろうな」


 時を戻して、さすがに神だと思われてる訳じゃないだろうけどと思いつつ、違うからねと主張するリカラドにハインツはわかってると頷いた。


「だけど教会以上の実力はあるって事は確かだろ?」

「それは……まぁ。そうなるのか……。あれだ、得意なんだよ呪術。昔から凝り性っていうか」


 残念ながら凝り性で人知を超える奴はいない。

 当然ハインツも下手な言い訳に生暖かい目になって、椅子に肘をついて頬を手の甲に乗せた。


「得意なのは呪術だけじゃないだろ? 教会が諦めた死霊屋敷を浄化してるんだから、それだって教会以上って事になる」

「あー……」


 そういやそんな事もしたなと随分昔の事のように思い出すリカルド。

 

「それに空間魔法の使い手ってだけで数が少ないのにお前の転移って馬鹿げてたからな。初めて一緒に転移した時なんて、なんでここからローワンまで一気に行けるんだってかなり驚いたからな?」


 あの時はリズの事があって気を回す余裕が無かったけど。と続けるハインツ。


「他にも回復魔法、闇魔法、重力魔法に四大属性魔法。その辺も全部相当な水準じゃないか? 魔法の技術だけじゃなくてお前が出してくる魔道具もおかしいものが多いし、っていうかおかしいのしか無いし。ラドにって作ってもらった鎧も正直何だアレって思ったわ。何でヒヒイロカネを使った鎧って話で伝説級の魔法鎧が完成するんだよ。ヒヒイロカネってそもそも魔法を遮断する性能があるからあんな魔法鎧になんて出来る筈がないんだぞ?」


 魔法の水準についてはともかく、魔道具と鎧に関しては確かにちょっと人が実現するには難しい部分もあるかも?と思うリカルド。

 なるほど、そういうところを見ているのか……と考えるリカルドに、あとなとハインツはさらに続けた。


「ディアードからお前が戻ってきた時、イツキが怒って泣いちゃっただろ? その時、悪魔が相手でも完勝できるぐらいの力はあるって自分で言ってたんだよ」


 魔族の中でも悪魔なんて特に厄介な奴だってのにな。と肩を竦めるハインツ。

 それに対してリカルドは、俺そんな事言った?と素で思っていた。

 全くそんな記憶は無く、とりあえず虚空検索アカシックレコードで確認すればハッキリ違うと言えるしなというつもりで見てみて――ちゃんと言ってて固まった。


「さすがに女神の攻撃を防げるってのは何かの比喩だとは思うけどさ」


 しかも、まぁ言い間違いって事もあるでしょ?と言うつもりで時を戻せば、まさかの言葉を追加で言われ、即座に時を止めて調べればそれも確かに言っていた。気が遠くなったリカルド。

 ハインツが比喩だと思ってくれたからいいものの、そうでなければその時点で人外バレしてもおかしくない場面だった。


「ま、そういうのがあってやれるんじゃないかなーって思ってたの」


 違ったみたいだけどな。と話すハインツにぐったりした気持ちで、それでも顔を真面目なままで固定させるリカルド。

 違うと思ってくれて本当に何よりなのだが、ずっと話を聞いていて一つ気になったのだ。


「あのさハインツ。ちょっと聞きたいんだけど、魔族ってどのくらいの強さだと思ってる?」

「どのくらい?」


 どのくらいも何も今回戦ったオグルも魔族だ。当然ながらその強さについては十分理解しているつもりのハインツ。質問の意図がわからず首を傾げた。

 リカルドも質問の仕方が悪かったなと頭を掻いて言い直した。


「ええとね、仮に王級の魔族をSランクとするなら、あの一番強かったオグルはどのランクだと思う?」

「王級って、天災クラスだろ? そんな見た事も無い奴と比べろって言われてもな……」

「主観でいいから。強すぎて手も足も出ないのがSだとして」

「んー……じゃあAと言いたいところだけど、龍と戦ってた奴らの方が上っぽいし………Bの上あたり?」


 あ。やっぱり。と思うリカルド。

 ハインツの話しぶりから、実力の測り方の基準が人に寄せられていると感じたのだ。

 教会よりも上。魔法の水準は相当。見た事もない魔道具の作成。リカルドのポロリ発言は一旦置いておくとして、これらを評価するのは全て人であればという前提がつく話だ。

 ハインツは人間なので当然と言えば当然なのだが、残念な事に魔族の能力は人の能力を容易く超える。いくら人の世界で凄い実力と目されていても、それが魔族領で通用するかは別の話なのだ。

 実際の所リカルドの実力が魔族領で通用するのは事実ではあるが、そういう事ではなく、リカルドの実力がハインツが想像通りの能力だと仮定した場合それは魔族領では通用しないという事を理解していない事が、リカルドは危険だと感じた。


「あれ、Dです」

「……D……D!?」


 思わず声が高くなるハインツに沈痛な表情を作りこっくりと頷くリカルド。


「王級をSとするなら、あれはD」

「D……」

「それであの時見物してた他の魔族っていうのがC。さらに追加で龍に挑んで来たのがBとBよりのA。そこで打ち止めになってくれたから良かったけど、もっと上が来てたらあの地帯一帯が更地どころか人が近寄れない土地になってたかもしれない」


 上には上が居るんだよ。ハインツが考えている魔術師のレベルでは勝てるような強さじゃないんだよ。それだけ魔族って危険なんだよと言いたいリカルド。

 誤った認識でいたらあっさり死んでしまいそうで、本当に注意して欲しかった。


「………マジか」

「うん。俺が警戒する理由がわかってもらえる?」


 ちなみにリカルドが警戒しているのは周辺の環境を変質させる魔族や、時に干渉可能な一部の魔族、ビジュアル的にきつい魔族ぐらいなのだが、そんな事は言わない。今はとにかく安全のために危機意識を持ってもらいたかった。


「……あぁ」

「種族的に人の何十倍も強いからあいつら。間違っても魔族領になんか絶対行かないで」

「行かないけど……」


 言葉を途切れさせ、マジか……とまた呟くハインツ。喰鬼トロゴ・オグルがDだったのが衝撃過ぎてなかなか思考が戻ってこなかった。

 黙って考え込むハインツにリカルドは余計な事を言ったかなと思ったが、いやでもリスク管理間違えて死なれるよりはいいと思い直した。

 そうして考え込んだままハインツは二階でリズと夕食を共にし、また砦へと戻っていった。


 少々心配ではあったが、魔族の急襲があるわけでもないしラドバウトもいるので大丈夫だろうと思い、リカルドも樹と夕食(本日のメインは塩とスパイスで作った液体に付け込んだ豚肉をコトコト煮込んだアイスバインっぽいもので、付け合わせはじゃがいもを蒸かして塩とバターで味付けしたほくほくの粉ふきいもと、冬野菜の浅漬け風サラダ)を食べた後に仮眠は取れたよね?と薄羽狼フロウビッドを連れて森へと移動した。

 強制覚醒させられた薄羽狼フロウビッドは日中に来ていた森だと気づいて、またやるのかと項垂れたがリカルドはお構いなしだ。


「もうほとんど問題ないように見えるから今回で卒業試験にしようと思います。卒業試験っていうのは、俺が良いと判断したらこのままここで解放するって事。いい?」


 薄羽狼フロウビッドはその言葉にピクリと反応し、リカルドを見上げた。その目はこれまでの死んだ魚のような目ではなく、喜びとやる気に満ちている目だった。


「俺は後から付いて行くから、魔物に襲われたらちゃんと応戦出来る事を見せて」


 フンフンと薄羽狼フロウビッドは鼻を鳴らしすぐに走り出した。目についた魔物全部やってやんぜ!みたいなノリでダッシュされて、リカルドは慌てて追いかけた。


「まてまてまて! 襲われたらって言っただろ!? 襲われたら! 襲うな!」


 ラドバウトに魔物の死骸を放置した事を怒られて結構気にしているリカルド。薄羽狼フロウビッドを捕まえて無駄な殺生はするなと、あんまりやり過ぎるとそれが不死者化するかもしれないからとお話をして、理解を得たところで再スタートした。

 今度は普通にトントンと枝から枝へと飛び移っていく薄羽狼フロウビッド。時折蛇のような魔物や、蜘蛛のような夜行性の魔物に襲われたがくるりと空を舞って攻撃を避けると逆に風の刃でその身体を難なく切断していた。

 後ろでその様子を見守っていたリカルドは口元を押さえ目を細めながら(頑張って血を見ないようにしている)死骸を燃やしていき、危なげない様子にもう少し見たらそのまま解放して帰ろうと思った。


 これでようやく占いの館が再開できるわー。とそんな事を考えていた矢先、月の光が届かない暗い森の中に何者かが潜んでいるような息遣いというか、擦れるような音というか、そういう気配を察知してリカルドは訓練を中断した。

 いきなり後ろから抱えられた薄羽狼フロウビッドが駄目なの?という視線をリカルドに向けた時、距離を保っていた気配が急速に近づいてきた。

 反射的に時を止めるリカルド。

 なんだ?と思い調べてみると、結構な数の獣人に取り囲まれていた。彼らの縄張りにでも入っちゃったのかなと思ったのだが、理由は違った。

 どうやら彼らの目的はリカルドの確保にあるらしく、リカルドを確保して自分達の村の子供たちを救わせようとしていた。

 助けてもらおうではなく、救わせよう。この辺に人と距離を置く獣人の価値観が現れているのだが、ひとまずそれは置いといて。事の経緯を遡って調べていったリカルドは内心眉を顰めた。


(…………これはちょっと厄介だな)


 まず経緯から説明すると、彼らの村では一ヶ月前から子供たちが原因不明の病で次々と倒れ、そのままどんどん弱っていっていた。他の獣人の里に助けを求めたのだが、実はそちらでも子供たちが倒れており、同じく原因不明のそれに手をこまねいている状態だった。

 最初は人間に助けを求めようとした者も居たのだが、運悪く当たった人間が流行り病だと思って追い返してしまい現在は没交渉。

 やはり人間は役に立たない。信用出来ない。とヘイトは溜まる一方で、しかし里の者に回復魔法を使える者もその病を解明出来る者もいない。そんな中、命を落としそうになっている我が子に少しでも何か出来ないかと親たちは森の奥にある薬草(滋養剤)を探しに出かけ、そうしてその内の一人が日中に薄羽狼フロウビッドと訓練をしているリカルドを見かけたのだ。

 その時リカルドは薄羽狼フロウビッドに魔物の特徴を教えて戦い方や注意するポイントを伝えていた。そして怪我をすれば当然(血を嗅ぎたくも見たくも無いので)治療していた。

 その様子を見ていた親は、あっと思ったのだ。連れて帰って子供を見せたら、何かわかるかもしれない。回復魔法を掛けさせれば助かるかもしれない。薄羽狼フロウビッドに対してあれだけ丁寧な対応(血を見たくない故の即行回復)をしているのだから、獣人に対しても隔意は無いかもしれない。そう思うのと同時に、薄羽狼フロウビッドが倒した魔物を一瞬で消し炭にする程の魔法の使い手だと、曲がり間違って敵対した時にどうなるか……という恐れがあった。

 そういう気持ちの迷いに身動きが取れなくなっている内にリカルドは転移でグリンモアへと戻り、姿を見失った獣人は落胆した。そして村へと戻ってその事を話すと、またそいつは来るんじゃないかという話になり、街中で人一人を攫ってくるよりはそいつを捕まえる方が簡単じゃないかという物騒な方向に意見がどんどん傾いていった。

 人間なんて脅せば言う事を聞く。そう考えている獣人が多い事がこの決断の根底にあるのだが。残念ながら相手は人間などではなく歴戦格の死霊魔導士リッチ。脅す前に敵対すればその時点で終わる存在である。


 とまあ彼ら獣人側の経緯は以上になるが、リカルドはその先、病の原因と治療法を確認して唸っていた。

 簡単に言うと鉱毒に近いのだ。

 彼ら獣人の村が点在してしている森に流れる水脈の上流にあたる山で、光緑石と言われる宝石(エメラルドに似ており中に金粉のようなラメが入っている。世間的には数の少ない宝石だがその実態は魔石)が採掘されており、その影響で水にあるものが混じって子供らの身体をおかしくしていた。

 治療すること自体はリカルドからするとそこまで難しくはないのだが、問題は治療しても環境が変わらなければまたすぐに再発するという事だった。

 山で採掘をしているのはアラアス王国のウーゲルダン伯という人物なのだが、獣人が困っているので止めてくださいと言おうとしても、誰だお前?となって話すら聞いてもらえない。仮に言えたところでやっと金になる事業を見つけたばかりの伯は止めないし、事業提携をしている他の家との契約もあって止められない。そして何でその事を知っているんだと捕まる。

 かと言って獣人達に事情を伝えれば獣人と人の戦争になりかねない。


(山ごと封鎖はなぁ……そこで仕事してる人も困っちゃうだろうし。領内の産業が無さすぎて困窮してるもんなぁ)


 影響が出ないように丸ごと封鎖。と単純明快な解決法を示す虚空検索アカシックレコードに、そっち方面じゃない解決策は?と条件を変えて確認し、まぁ獣人的には納得がいかないかもしれないけどこれかなぁ?という方法を見つけた。

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