第98話 俺も世話になったから(建前)
「あ、そうだ。あの龍の事なんだけど」
ラドバウトの即拒否にちょっとショックを受けたリカルドだったが、今急いで聞き出さなくてもいいかと切り替え(諦める気ゼロ)、伝えておくべき事に話題を移した。
「なんだ?」
ラドバウトも砦で目下最大の関心事となっている龍の話題に、表情を真剣なものに戻した。
「あの場所に留まるようにお願いしたから、こちら側から手を出さないようにしてもらえないかな? そうすれば今後はあの龍が魔族との壁役になってくれると思うから」
一時でも魔族と戦わせただけでなく、そこに定住させたと言うリカルドにもう呆れるラドバウト。
「お前すごいお願いをしたな……というか、よく龍がそれを聞いたな」
「ごはんと引き換えだよ」
軽く言うリカルドに、ごはん……と呟くラドバウト。またごはんか。と思うものの気にしたら話が進まないと思い流した。着実にリカルドへの対応力が上がっているラドバウトである。
「まぁ魔族との壁になってくれるっていうなら有り難いが……遠目に確認するのはいいか?」
壁になるというのなら、ヒルデリアはそこに龍が居るという事を定期的に確認したいだろうと予想しラドバウトが問えば、リカルドは腕を組み思案した。
「そうだな……遠目でもよく目立つだろうから……姿が見えたところで止まれば大丈夫だと思う。それぐらいの距離ならあの龍の方からわざわざ人間に手を出して来る事はないと思うから。あ、でもラドは近づかないで」
「俺はダメなのか?」
「うん。また父だとかって思念を誰かれ構わず送られて面倒な事になると思うから」
ラドバウトは思わずへの字になりそうになる口元を押さえ、わかったと頷いた。
「他には何か注意する事はあるか?」
「んー………」
魔族は龍の方に意識が向いているので特段気を付ける事はない。天使族と吸血鬼のドンパチも地理的に人間領側に影響が出るような場所ではないので気にする必要はない。大丈夫だよなとリカルドは頷いた。
「特にないかな」
「そうか」
ならそろそろ戻るかと腰を上げるラドバウトに、晩御飯食べて行かない?とリカルドは提案した。が、ラドバウトは首を横に振った。反則技のような札を使ってここに来ているので、未だ砦に詰めて不自由を強いられている他の者に悪いと思ってだ。ハインツあたりは全く気にしないのだが、ラドバウトは律儀というか馬鹿正直というか相変わらず少々損をする性格をしている。
じゃあ戻ってきた時にと言い換えたリカルドに、それならと頷いてそのままラドバウトは札を使って消えた。
誰もいなくなった部屋で、ぽすり。とベッドに倒れ込むリカルド。
「……………はー」
天井の木目を無意味に眺めて息を吐いた。
何も考えずボーッとするのは本当に久しぶりだった。
「……………あ。ルゼ忘れてた」
ふと浮かんだ約束に、あちゃーと目を閉じる。
ルゼを指導する約束の日がもう随分と過ぎていた。予定ではラドバウトが龍に咥えられてやってきたあの日の次の日の夜だったのだが、魔族とのゴタゴタですっかり頭から抜けてリスケするのも忘れてしまっていた。
「ラドが聞いてこないって事は、ラドも忘れてるのかな……」
日程調整をラドバウトを介してやっているので、何も言ってこないという事はそうなのかな?と思うリカルド。
ルゼ、怒ってるよなぁと枕を掴んで抱え込むように転がればふわっと花の香りがした。大して使ってもないのにちゃんと整えてくれているシルキーの優しさに嬉しくなり顔を埋めるリカルド。手入れされた枕カバーの乾いた肌触りと花の香りが癒しだ。
(……何か詫びでも考えとこう)
よいしょと枕を抱えたまま起き上がりリカルドは何気なく窓の外に目をやって、ん?と止まった。
庭のごく小さな一角にシルキーの菜園があったのだが、何故か季節外れっぽい野菜が青々と茂っていた。
少なくともリカルドがヒルデリアに行く前にはそんなものは無かったのだが、目の錯覚か?と目を擦っても(
そういう品種?と調べれば品種の問題ではなく、ウリドールの力によって季節関係なく植物が成長するように整えられていた。ただし、整えるといっても温室のように空間を整えるのではなく、植物自体の寒さに対する耐性だとか反応だとかを調整しているので、遺伝子操作された植物のような感じになっている。人体に影響はないので問題はないのだが、何で急にこんな事をしたのかと思ってもう少し調べると、シルキーが買い出しに躊躇していたのが発端だった。
いつもは樹かリカルドが買い出しに行くのだが、二人とも家を空けてしまったので行ける者がおらず、肉などの冷凍ものはともかく生野菜などは市に行って購入してこなければ無い。無いなら無いで日持ちする野菜はあったのだが、シルキーはリズのために出来るだけ見栄えのいいものを出したいと思って、以前リカルドが見せた
その後、シルキーが驚いてお礼を言ったものだからウリドールは気を良くしていろいろな野菜を成長させ、菜園から緑をあふれさせた(庭の三分の一を浸食)。さすがにやり過ぎだとシルキーに嗜められたので、今はこじんまりとした菜園スペースの中だけで育てているという状況だ。
リカルドは途中で調子に乗るところはウリドールらしいと小さく笑い、でもシルキーの為にやってくれたんだなと感謝した。
そんな事を考えていたら、にょきっと窓の外に件のウリドールが生えた。
〝あ、神様。もうお話はいいんですか?〟
言いながらそのまま部屋に入ってくるウリドール。
「あぁ、話は終わってるよ。待ってたのか?」
〝長引いてもいいかな~と思ってましたけど。ぽこぽこ実が出来てるのでさすがに言わないとダメかな~って〟
「ぽこぽこ……実!?」
ハッとして我に返ったリカルド。ずっと世界樹の上から降らせていた水を止めた。完全に忘れていたが、出しっぱなしだった。
「………何個?」
〝さ——あ、増えた。四個です〟
よんこ。と呟きリカルドは考えるのを止めた。どうせ不良在庫。仕舞って放置するのだから一個も二個も……四個も変わらない。と、思いたかった。
〝あ〟
世界樹の方に視線を向けていきなり声を出すウリドール。
なんだ?とリカルドが疑問の視線を向ければ、ウリドールは何でもない事のように答えた。
〝あの小さいのが食べました〟
「……あの小さい?」
〝神様が拾ってきた子ですよ"
あぁ。
「まさか食べたって、
〝はい。ぺろっと〟
ウリドールの言葉に、ぺろっとじゃないだろ?!と即座に窓を開けて飛び出し、
「……お前、コレが何かわかって食ったな?」
尻尾を股の間に入れて身体を丸め、ブルブルと身体を震わせている
うわぁ面倒な……と思うリカルド。
樹との対応の差が酷いが、リカルドが食べさせたわけでもないし自分を嫌う相手を好きになる程リカルドはMでは無いので仕方がない。
「……自業自得だからな?」
ひとまず説教というか文句というか、そういうのは後にしてバチバチ静電気のように漏れている魔力を奪い取って
暴走を起こす可能性があるならどれだけ本獣が嫌がろうともリカルドが常に傍に居て防がなければ他へ被害が出かねない。
それから残っている果実も回収して空間の狭間にポイした。
「ウリドール、何で食わせたんだよ……」
世界樹の根本に降りたリカルドが疲れが滲む声で聞けば、ウリドールはこてんと首を傾げた。
〝
「………」
そういやこいつ木だったわ。と当たり前の事を思い出すリカルド。
それを前提とすればウリドールが生ったものを食べてもらうと言うのは正論だ。そうやって種を運んでもらうという植物の生存戦略なのだから。この場合、何で食べさせたんだと言うリカルドの方が理に反している。
まぁ、
「あー……頼むから出来たものを誰彼構わず食べさせないでくれないか? 植物であるウリドールからすれば摂理に反しているとは思うけど」
〝それは構いませんけど……もしかして神様、そんなに私の実を食べたかったんですか? それならごはんくれたらすぐに作りますよ。今なら簡単に出来ますから〟
まったくもうしょうがないですね、さあどうぞと胸を張るウリドールに、さっき残りの三個を空間の狭間にポイしたのを見てなかったんだろうかこのポンコツは、と頭痛(妄想)を覚える水を止め忘れた
いや、食べたいわけじゃないから。とそれだけ言って何やら言っているウリドールを放置し疲れた気持ちで勝手口から家に戻れば、キッチンで先ほど食べたおやつの食器を洗い晩御飯の下拵えをしていた樹があれ?と首を傾げた。
「ラドバウトさんは」
「あぁ。ラドはあっちに戻ったよ」
「ギルドの事、何か言ってたりとか……」
「大丈夫だよ。ラドは怒ってなかったから」
自分のせいでリカルドを巻き込んだと思っている樹に、リカルドは微笑み心配要らないと首を横に振った。実際、それに関しては怒られていない。
樹はほっとしたように肩の力を抜き、それからリカルドが肩に掛けて下げているスリングに視線を向けた。日本で偶に見かけた赤ちゃんを抱っこしている女性の姿に似ていて、……え?まさか?とその目が言っていた。
「
察したリカルドが少し布を開いて見せれば、あ。と声を出す樹。
「どうしたんですか? 具合悪そうですけど」
「ウリドールの実を食べたんだよ」
「……アレを?!」
ぎょっとする樹に、頷くリカルド。
「そう。アレを。で、痛くて震えてる」
「大丈夫なんですか? 何個食べたんです?」
「一個だよ。樹くんよりも楽だと思うけど、まあ自業自得だよ。狙って食べたっぽいからねこの子」
「狙って?」
「早く強くなってここから出て行きたいって思ってたみたいだから」
樹は、え?という顔になり、リカルドはさもありなんと肩を竦めた。リカルド以外に対しては非常に人懐っこい態度をとっていたのだ。まさか早く出て行きたいと思っているとは思わないだろう。
「魔力だけ強くなってもそれを有効に使う技術も思考も追いついてないんだからダメなんだけどね」
俺が怖くて焦ったんだろうけど……と、そこは胸の内だけで呟くリカルド。
「樹くんの時と同じで時間経過で回復するから心配は要らないよ」
「そうですか……」
なんとも言えない表情で返す樹に、それより晩御飯の準備なら俺も手伝うよと言ってリカルドは籠に分けられていた芋の皮むきを請け負った。
作業をする前に
「こっちに戻ってから魔法の練習をしていたんですけど、大分元に戻せたと思うんです」
「もう戻せたんだ、すごいね」
なんやかんやで練習する時間無かっただろうにと見ても無いのに手放しで褒めるリカルドに、いや思うだけで本当に出来てるかは……と手の甲で頭を擦る樹。
「ちょっと見て貰えますか?」
「うん、見る見る」
樹は流し台の上で手のひらを上にして、目を細めた。するとすぐに手のひらからじわりと水が染みだすように生まれて、そのまま手のひらから上に伸びるように細い水の軌跡を描いて星を形作った。
「おお、出来てる出来てる」
ナイフと芋を置いて拍手して褒めるリカルドに、樹の集中が切れてぱしゃりと水が流し台の中に落ちて行った。
「前よりもちょっと集中が必要なんですけど、でももう少ししたらそれにも慣れるかなって」
「うん、それだけ出来れば暴走も心配も無いと思うし、練習を続ければ前以上に使い勝手は良くなっていくと思うよ」
「じゃあ他の魔法を使っても大丈夫ですか?」
「もちろん。あ、でも一応効果範囲の大きい魔法は人の居ないところで試し打ちをしてからね?」
樹はリカルドの助言に頷き、それからここのところ調べていた事を聞いた。
「リカルドさん、剣に詳しい人を知りませんか?」
「剣? 剣ならハインツとかラドバウトが詳しいと思うけど」
「あの二人以外で、なんですけど……」
「以外で?」
さして交友関係が広くないリカルド。思い浮かぶのは教会騎士のジョルジュと鍛冶師のリッテンマイグスぐらいだった。
「居るには居るけど、どうしたの?」
己の知り合いの少なさは置いといて、ハインツとラドバウト以外という時点で何やら訳ありだと思い心配になるリカルド。だが樹の答えにあぁなるほどと納得した。
「実はハインツさんが愛用していた剣と予備にしていた剣が壊れたんです。ほら、
でもやっぱり難しいですよね……と言葉を濁す樹に、リカルドは慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
「ちなみにハインツが愛用してた剣ってどういうのかわかる?」
「ミスリルとダマスカスで作られた剣で、戦闘中は火の魔法付与をして使っていたそうです」
「魔法付与……なるほどなるほど……」
って事はその戦闘方法が出来る事がマストだとして、追加でいろいろくっつけられそうだなと思うリカルド。
世話になったのは自分もなのだからと完全に作る気満々である。頭の中では様々な漫画、アニメ、ゲームの伝説の武器が駆け巡っており(刀身が分解されて必殺技を放つものや、刀身自体が光そのものだったり、精神体の敵に絶大な効果を及ぼすもの、切れ味が良すぎて地面に落としただけでどんどん切り裂いていくものなどなど)、集中しすぎて顔が真顔になっていた。
「リカルドさん?」
「あ、ごめん。どんなのがいいのかちょっと考えてた。
あのさ樹くん、もしリッテンマイグスさんっていう知り合いの鍛冶師の人が引き受けてくれたらなんだけど、俺とその人で御礼の剣作っていい?」
「リカルドさんが?」
アク抜きに切った野菜を水に浸けて振り返る樹。
「そう。俺は魔法付与の部分になるんだけど、そこそこいいものが作れると思うんだよ。どうかな?」
言われて樹はリカルドに借りた剣の事を思い出した。
カッサとラクサに事情を説明した時に、その剣が元々ラクサから借りていた剣だと聞かされてすぐに返却したのだが、ラクサが剣に付与されていた魔法が変わっている事に気づき、それがまたかなり手の込んだ強い付与だった事から何をどこまで出来るんだと脱帽されていたのだ。
下手に自分で剣を探し出すより、リカルドに頼めるならその方がいいような気がする樹だが、でも手間になるしいいのかな?と遠慮もあった。
「……大変だったりしませんか?」
「全然。俺も世話になったからね」
爽やかに答えるリカルドだが、内心はラドバウトの時に作れなかった武器を作ってみたいという自己都合の欲求で溢れている。
「じゃあ、お願いしてもいいですか?」
「もちろん」
残念ながら
そこから費用はリカルドの持つ素材を差っ引いた技術代を樹が受け持つ事で合意。普通にいい剣を一本買う程度の値段はするので樹のお財布的にはギリギリだが、出来上がるだろうものに比べれば大した金額では無いだろう。
じゃあ俺リッテンマイグスさんのとこに行って出来るかどうか確認してくるよと軽くコートを羽織って
ちなみに剣を作る場合、一般的には本人の意見を聞くのが大前提である。好みの問題もあるが、ものによって戦闘スタイルと全く合わなかったり、重さやバランスが悪くて最終的に使えないとなったりするからだ。
リッテンマイグスもそのぐらいの事はわかっているのだが、何度かハインツの剣を打った事があるので問題ないだろうと判断されてしまった。作りたいという欲望によるバイアスが掛かっているのだが、残念な事に止める者は居なかった。
尚、その日の夜。さっくさくでジューシーなチキンカツを食べて幸せを感じていたリカルドに、ラドバウトから『虹色の龍がいるんだがお前知ってるか?!』と慌てたような問い合わせが来て「あぁあの白龍が虹龍になったんだよ。龍の中でも最高位だから魔族との壁としては心強いでしょ」と返したら、そういう事は先に言えと怒られた事は余談である。
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