第95話 後で謝るから協力して!

 見覚えのあり過ぎる鎧姿にリカルドとハインツと樹は固まった。

 そしてそこに龍の唾液と思われるぬるっとしたものにまみれた姿でどちゃっと地面に着地した暗黒騎士。緩慢な動きで上体を起こすと兜を消し、大きく息を吐いた。その顔はやはり紛れもなくラドバウトだった。


「やっと出れた……」


 げっそり。という様子で呟くラドバウト。


「「「ラド(バウトさん)?」」」


 思わず三人ともに出した声が重なり、その声にラドバウトが気づいて顔を上げて「ハインツ?」と言って、それからリカルド(リサ)見知らぬ女見知らぬ少年に、誰?となった。

 そこではっと我に返ったリカルド。反射的に時を止めた。


(なにこれ。どういう状況? なんでラドが龍の口から出てくるの?)


 何故デルク王国へと向かった筈のラドバウトがここに居るのか。しかも何故口の中から出てくるのか。さっぱりわからず虚空検索アカシックレコードで混乱したまま調べて曖昧検索をしてしまい、久しぶりにパーンとなった。ちょっと冷静になった。

 復活した頭に手を添えて、一呼吸。

 もう一度明確に調べる事を決めて確認を始め、謎を紐解くように状況を理解していったリカルドは、全容を把握出来したところで、あー……と声が漏れた。


 説明すると非常に長くなるので割愛するが、結論から言うとラドバウトは完全に巻き込まれた形でここまで運ばれていた。別に龍の口に入りたかったわけでも、運んで欲しかったわけでもなく、なんならデルク王国に取り残されている他のパーティーメンバーは状況が呑み込めなくて困惑しているし、ラドバウト自身もなんで自分が咥えられ連れて来られたのか何となくの予想しか持っていない。そんな状態だ。


(ある意味これは俺のせいか……)


 ある意味も何も全面的にリカルドのせいなのだが、その辺も長くなるので一旦割愛する。

 とりあえずラドバウトの鎧に空気がない環境でも息が出来るようにしておいたり、鎧の中だけでも快適な環境を保てるようになんやかんややっておいて良かったと思うリカルド。龍の口の中でフライトをする想定なんてしていなかったが、やっていなければ今頃酸欠と口臭とぬめっとした悪環境で物理的にも精神的にもラドバウトは死にかけていただろう。


(……まぁ…ラドには後で謝ろう。それより)


 今ここで問題なのは、人間対魔族(オグル)の戦場に白い龍、白龍が乱入してしまった事だと早々に切り替えるリカルド。

 己のせいなのにその切り替えの早さはさすがの精神耐性であったが、状況は本当に良くなかった。

 どういう事かというと、オグル達の中で最も強い喰鬼トロゴ・オグルを白龍が一撃で消してしまった事で(至近距離に居たリカルドも何気に巻き込まれていたが魔力で受けて被弾回避した)、見ていただけの魔族が俄かに騒ぎ出したのだ。

 つまり、高位魔族による大乱闘開幕のお知らせである。

 何もしなければこの場は異種格闘戦ならぬ多種魔族格闘戦(魔法もあるよ)が開催され、砦だとか関係なくここら一帯が跡形もなく破壊される。人の被害はいわずもがなだ。


(核になってる白龍こいつを移動させれば被害の回避は可能だけど……)


 幸い魔族達の目的は喰鬼トロゴ・オグルを消した白龍とやり合う事なので、白龍をこの場からどかしてしまえば人間側の被害はほぼ無い。対策は簡単と言えば簡単なのだが、一つ困った事があった。


(こいつ俺の魔力狙いなんだよなぁ)


 この白龍はとある理由からリカルドの魔力が欲しくてリカルドから離れる気が無いのだ。

 そうなると必然的にリカルドは白龍と一緒に被害が出ないところまで行かなければならなくなるのだが、それをやると周りからリカルドが白龍を従えているように見えてしまうのだ。

 人間側に白龍を従えているように見える事は目立って嫌だが、まぁまだいい。

 問題なのは魔族側にそのように見えてしまうという事だ。喰鬼トロゴ・オグルを消した白龍を従えている人間。そんなの魔族の目に付かないわけがない。

 そんな状態でリカルド(リサ)が日本版リカルドに戻れば、リサという人間を見失った魔族達が探し出そうとする可能性があり、それは即ち人間領に今まで興味の無かった魔族達が入り込んでくるという事だった。控え目に言っても人にとっては悪夢である。

 そうさせないためには白龍がリカルド(リサ)に従っているように見せないか、またはリカルド(リサ)の存在をここで完全に消す――死んだ事にするかだ。

 前者は既に白龍がリカルド(リサ)を助けている事から難しく、そうなると後者の死んだ事にするという方が無難だった。


(んー……でも死んだ振りするとして、どのタイミングでやるか……白龍を動かさないといけないからその後……いや、どうせやるなら人間こっち側にも俺が死んだように見せた方が後が楽だな。だとするとここで口の中にでも飛び込めばいいか。死体も作らなくて済むから簡単だし……魔族を倒してもらう代わりに自分を犠牲にするみたいな事にすれば、死ぬ理由としても十分かな………安いサーガみたいな設定だな)


 己で考えて己で突っ込むリカルド。だがとやかく言っている場合ではない。辻褄が合えばこの際なんでもいいのだ。


(魔族を倒してもらう代わりに犠牲になるって流れでいくと、俺が白龍こいつを呼んだって言う方が自然だよな……偶々居合わせた龍に助けを求めるとか偶然が過ぎるし、そもそも白龍こいつが何で喰鬼トロゴ・オグルを倒したんだ?って疑問になっちゃうし)


 だとするとフルールの人間だと思わせている現状、その情報を利用すれば実は精霊使いでしたっていう線もいけるか?とストーリーを組み立てていくリカルド。

 ラドバウトが現れた理由も作って組み込み、全体の流れに齟齬が出ないように整えて、これで行けるか?と確認。どうにか行けそうだと判断して、樹を止めた時の中に引っ張り込んだ。


 ディアードでもファガットでも一人で計画して一人で死んだ振りを行ってきたリカルドだが、今回ばかりは協力して貰わなければすぐに破綻してしまう。特にラドバウトはここがどこなのか、どういう状況なのかも全くわかっていないので、それをフォローする人間が必要だ。

 残念ながらリカルドは早々に白龍の口にお邪魔してここから離れなければならず、代わりを務めてくれそうなのはもう樹しか居なかった(単純に止めた時の中にひっぱりこんでもいいと思える相手が樹しか居ない)。

 いきなり止めた時の中に引っ張り込まれた樹は驚いていたが二度目という事もありすぐに順応。リカルドが始めた説明に驚いたり、ええ?と戸惑ったり、大丈夫なんですか?と心配したり忙しかったが、どうにか同意を得られた。二人して頭を付き合わせて話の流れを復唱して確認し、こういう場合はこうするとテストのように想定問答を繰り返し、行けるかな?となったところで二人で視線を合わせて頑張ろうと頷きあった。


 そうしてリカルドは時を戻そうとして、龍による口腔フライトによって疲れた様子のラドバウトに視線を向けた。

 いろいろと考えて話を作ったのだが、どう頑張ってもラドバウトへの風評被害がそこそこ生まれてしまいそうなのだ。追加で謝る事が増えていく事に、怒られる未来を想像してちょっと怖くなるが、他に思いつかないからしょうがないと頬を叩いて気合いを入れ、樹に合図して時を戻した。


「ラド! 龍を連れて来てくれたのね!」


 リカルドは女性の口調で素早くラドバウトに抱き着きつつラドバウトの身体を砦が背になるように動かした。あとついでに生臭かったので魔法で綺麗にした。

 ラドバウトの方はいきなりリカルド(リサ)見知らぬ女に抱き着かれてギョッとしたが、ラドバウト以上の力でもって固定して逃さないリカルド。見た目からは想像できないほどの力に、なんだこいつ!?とラドバウトは慌てた。

 側から見るとただのハグだが内情はプロレスである。


「ラド、ラド! 俺、リカルド! いきなりだけどちょっと協力して!」


 抱き着いたまま声だけ日本版リカルドに戻して小声で呼びかけるリカルドに、ラドバウトは目を見開いた。


「おま――」

「ここヒルデリアの最南端で、今オグルとの最終決戦中だったんだけど、そこの龍が一番強いオグルを一撃で葬っちゃったから、他のやばい魔族が興味津々で俺も俺もって集まって来てるんだ。前に吸血鬼がグリンモアに侵入した事があったろ? それに近いレベルなんだよ。そうなったらもうここは確実に壊滅する」


 大きな声を出しそうになったラドバウトの口を手で塞いで早口でまくし立てるリカルド。


「で、そこの龍の狙いは俺の魔力だから俺がここから別のとこに連れていって、集まってきてるやばい魔族をどうにかしてくる。ただそれをやったら今度は俺が魔族から狙われて人間領に魔族が侵入してくるようになるから、俺はここで死んだことにして欲しいんだ」


 ぱしぱしと口を押さえるリカルドの手を叩くラドバウトに、リカルドは片手で抱き着いたまま口を押さえていた手を離した。


「死んだことってどうするつもりだ」


 状況を十全に理解出来ていないラドバウトだが、それでもリカルドのいつになく焦った様子に一旦疑問を捨てて話を聞いた。この辺りの判断力はさすが第一線で活躍している冒険者だった。


「魔族を倒してもらう代わりに生贄になる振りしてあの龍の口お邪魔する。但し、それだけだとラドバウトがここにいる理由に説明が付かないから、ラドバウトは俺が精霊に頼んで魔族を倒す交渉をしてもらった龍を案内するよう頼まれた事にして」

「精霊に頼んで龍と交渉……いや、まて、俺は眠る森の異変調査に出てたんだ。結構な人間がそれを知ってるぞ」


 そんな目的で動いていなかった事は少し調べられたらすぐにバレるぞと暗に言うラドバウトに、リカルドは小さく頷いた。


「そこは精霊から俺の伝言を聞いて動いた事にしといて。あそこ本当に精霊が居たでしょ? っていうかその精霊のせいでラドは咥えられてきたんだろうし。だからあながち精霊のせいでここに来たってのは間違ってないでしょ」

「お前……やっぱりこの龍になんか関わってたな?」


 軽く睨んでくるラドバウトに、申し開きのしようもないリカルドは謝った。


「それはごめんって。その辺の事は後でちゃんと謝るから。とにかくラドはこの姿の俺、リサの知り合いって事で。それで龍に自分を生贄にして魔族を倒すつもりの俺を引き留める演技して。そうしとかないとちょっと風評被害がえぐい事になるから」

「なんだよ風評被害って」

「とにかく頼むよ、お願い」


 抱き着いたまま内緒話をしているラドバウトとリカルドだが、その傍で樹もハインツの口を塞いで大急ぎで事情説明と筋書きを伝えていた。

 砦の外壁の上にいる人間から目につくのは、そこにデンと浮いている龍と、あわや殺されそうになっていたリカルド(リサ)を助けた(ように見える)暗黒騎士が抱き合っている姿なので、ハインツと樹のこそこそした様子はうまく人の意識から外れていた。


「――わかってる! だけどもうこれしか手が無いの!」


 そして唐突に始まる寸劇。

 いきなりリカルドは声をリサに戻してラドバウトを突き放す様にして離れた。ついでに声がよく聞こえるように少しだけ風の魔法を使っている。

 一瞬ラドバウトは出遅れたが、リカルドの演技!という視線に足を前に出してリカルドの手を掴んだ。


「待て! 考え直せ!」


 何を言ったらいいのか咄嗟に言葉が出なかったので、ありきたりな事しか言えないラドバウト。戦闘能力も状況判断力も非凡だが、演者としては凡人であった。


「一番強いオグルを倒したから、直にここに奥に隠れていた他の魔族達が集まって来くるの! その魔族達は強すぎて今の私たちではどう頑張っても勝てない! だから止めないで!」


 ものすごい説明口調で言い返すリカルド。最終回間近のボスとか幹部のような事になっているが、説明しないとこれからやる事を理解してもらえないので仕方がない。


「どうせあと僅かしか生きられないんだからここで人が生きるための礎になるわ!」


 そして余命僅かという設定がいきなり加えられた。

 聞いてないぞ?!という顔をするラドバウトに、言うの忘れてたごめん!と思うリカルド。余命僅かな方が生贄になる人っぽいかなという安易な考えなのだが突貫でストーリーを作っている上に、打ち合わせも十数秒という短い時間なのでボロが出る。


「あ、諦めるな!」


 どうにか立て直すもののやっぱりセリフが思いつかず続かないラドバウト。セリフの代わりにヤケクソになってリカルド(リサ)を引っ張って腕の中に閉じ込めた。

 その様子を男同士と中身がわかっている樹とハインツが、わぁ……という顔で見ているのだが、砦の外壁から状況を把握しようと身を乗り出している者達は、何か大変な事が起きようとしているんじゃないかとザワザワし始めていた。あとその中にリカルド(リサ)が殺されそうになっていると聞いて慌てて出て来ていたバルバラも居たのだが、え?リカルドあの人って男の人よね?もしかしてあちらの黒い鎧の方は女性?それともそういう方向の方なの?と頭の中が混乱していた。


「諦めるんじゃないの、貴方の――人の未来を信じてるから私は行くの」


 お前人格変わった?というぐらいにノリノリで演技を続けているリカルド。どうせリサというキャラはここまでなので旅の恥はかき捨てとばかりにはっちゃけてやっている。目の前でそれを直視しているラドバウトの方がどことなく恥ずかしそうで、それを至近距離で見ている樹とハインツまで共感性羞恥によってむず痒い思いを味わうはめになっていた。


 変なところでダメージを与えているとも知らず、リカルド(リサ)はどことなく哀愁を帯びたような笑みを浮かべてそっとラドバウトの胸を押して……全然びくともしなかったのでフンと力を込めて、ここは自然と離すとこだろ!と思いつつ無理矢理抜け出し、白龍に向き直る。


 ちなみにここに至るまで白龍から垂れ流されている〝母よ、何を言っているのだ?〟とか〝病なのか? そうは見えないが〟とか〝ところで魔力が欲しいのだがいいだろうか?〟とか〝父よ、母が無視するのだが〟とか〝父よ母に頼んでくれないか?〟とか〝父も聞こえていないのか?〟というような内容の思念は全てリカルドがジャミングして、誰の頭にも届かないようにしている。


「白龍、魔力望むものを渡します、その代わり願いを聞き入れてください」

〝願い? まぁ可能な範囲ならば出来るが(ジャミング中)〟


 白龍はようやく自分の方に意識を移して貰えたと喜んでちょっと尻尾を振って地面を抉った。図体が大きいだけに感情表現も大きい。

 あとはここに集まってきている魔族を倒して欲しいとそう言うだけだった。だがそこに滑り込んできた声があった。


「お前ら何してんだ!」


 あ。という顔をするラドバウトとハインツ。そしてやっぱり来たかと思うリカルド。リカルドに面識は無いが虚空検索アカシックレコードで何度も確認しているので誰かわかっている。アーヴァインだ。


「ラド何ぼさっとしてんだ! 恋人大事な奴ならちゃんと止めろ! ハインツ、お前も見てないで止めろ!」


 外壁から飛び降りてくるアーヴァインに、え。どうすんの?アーヴァイン止めるの?っていうか止められるの?という顔をするハインツと、大事な奴じゃないんだが……と思いつつもどんな顔をしていいのか分からず固まっているラドバウト。


「白龍、どうか魔族を倒して!」


 とりあえずリカルドはアーヴァインを無視して足場を作って駆けあがり〝魔力あげるから口を開けて!〟と白龍に念話で伝え、開いた口に飛び込んだ。そしてすぐに物理結界を張って、人外の速度で一息に接近したアーヴァインから放たれる重い回し蹴りから白龍を守った。

 攻撃自体は全然問題なく防げるのだが、白龍の意識がそっちに向くのは困ると急ぎ手に魔力を集めてぬめる舌に押し当てるリカルド。


〝こっちに近づいてきてる魔族がわかりますか? わかりますよね? そっちに飛んでください! そしたらもっと魔力あげます!〟

〝む? あちらに行けばいいのか?〟

〝そうです! 急ぎでお願いします!〟


 急ぎ?と白龍は首を傾げつつ、リカルドのお願いに従って浮かび上がった。


 そして地上は地上で樹がハインツとラドバウトを促してアーヴァインを止め、急いで説得を開始していた。


「すみません! リサさんを守るためにもここは龍に喰われたように見せないといけないんです! だから止まってください! お願いします!」


 三人がかり(内二人は最大まで身体強化を使用)で止めて、樹が小声で必死に訴えた事でアーヴァインの力が緩んだ。


「ように?」


 七色の光がちらついているように見える独特な目を樹に向けるアーヴァイン。


「はい」


 短く言ってその目を見つめ返す樹に、僅かに眉間に皺を寄せ――アーヴァインは完全に力を抜いた。その頃には飛び立った白龍の姿は随分と小さくなっていたので、実質どうにかする事は不可能になっていた。

 

「説明してもらうぞ。ラド、ハインツ、お前らもだ」


 アーヴァインの鋭い視線にラドバウトとハインツは視線を交わし、まだ他の視線がある中だったので神妙な顔を作って静かに頷いた。


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