第93話 軌道修正

 ルマンシラの作戦本部へと戻ってきたリカルドは息を吐いて時を戻した。

 目の前には結界を張ったまま、何かあればすぐに指示を受けられるようにと中央の机から一歩下がって待機しているクシュナの背がある。


(とりあえず、これで戦力的には揃えられたと思うけど……)


 なにせ確定の未来なんてものは無いので、リカルドにも何がどうなるのか未来になればなるほど詳しい事は把握しきれない。わかるのはせいぜいそれぞれの戦闘の勝敗確率ぐらいなものだ。その勝敗の確率にしてみても前提条件が覆れば変化するので気も抜けない。

 一応順当に行けば、アウローラの結界を破った能鬼ディズナグ・オグルとアーヴァインが戦闘に入る。その次にカルサとルドラに近づいている明鬼ニュルド・オグル暗鬼バグズル・オグルに気づいてそれぞれで迎撃班が組まれて砦から出撃し、そしてその後に樹がルドラに到着する。そんな流れだ。その後は未来が多すぎてどう転ぶか判然としない部分が多いが、とにかくその一戦を乗り越えてからまた確認しようとリカルドは考えていた。


「っ! 結界が破られました!」


 アウローラと交代して結界を張っていたクシュナが声を上げた。

 だが予想していたためか顔を突き合わせていた師団長のカッサと騎士団長のラクサ、ギルドマスターのロドリクはさほど動揺を見せなかった。


「アウローラ殿をここへ、それからエイムの砦に迎撃準備が完了しているか確認を」


 カッサの言葉にラクサが頷いて背後の神官に指示を出し、また軍服姿の青年が隣の部屋へと消えてすぐに戻ってきた。


「アーヴァイン殿が単独で出られるそうです」

「一人でだと?」


 怪訝な声を出すカッサにすぐさま言葉を挟んだのはロドリク。


「ここだけの話、あれはチームで戦う事を好みますが実際は周りに人が居ない方が強いのです。アウローラ様が甲牙鬼ディーグ・オグルよりもかなり上の相手だと言われたので一人で出る判断をしたのでしょう」

「だが仮にそうだとしても、一人では敗れた時にそれを知らせる事も足止めをする事も出来ないのでは?」


 ラクサの指摘にロドリクは首を横に振った。


「アーヴァインが本気になった時の戦い方は派手で遠目でもよくそれがわかります。下手に近くに行けば巻き込まれるだけです。それに足止めをしようにもアーヴァインが破れるという時点で、あの砦にいる者全員で掛かってもそれは無理でしょう。それだけ奴の実力は飛び抜けています」

「つまり、破れた場合はエイムが落ちると言う事か」


 ロドリクの言葉の先を拾ったカッサが睨むように地図上に視線を落とした。それほどまでの相手が今まで現れた事がなかったため、初めて経験する危機に居合わせた者達の間に重苦しい空気が流れる。


「ではそれに備えて他の砦、一番近いカルサから戦力を向かわせ備えた方がよいかと」


 何もせず眺めている事など出来る筈もないでしょうと現実的な事をラクサが口にすれば、カッサは難しい顔をしてそれもやむなしかと首を振った。


「手薄になるカルサにはこのルマンシラの防衛戦力を向かわせる。ラクサ殿、ロドリク殿そちらはいくら出せる?」

「数ならば50程、要請していただければ私も出ます」

「ルマンシラに到着した冒険者36名はすぐに、手前の街道まで来ている23名にもすぐにこちらへ来るよう伝達を出します」


 クシュナの後ろで話の流れに耳を傾けていたリカルドは、待て待て待てそれはまずいと、咄嗟に次の指示を待っているクシュナに囁いた。


「クシュナ様、聖結界をこの先の砦を抜けて魔族側の奥深くまで広げられますか?」

「え?」

「他に危険な相手が居ないか確認してもらいたいのです。強い魔族になればなるほど聖結界への反動が強く出るので、きっとわかると思います」


 今ここでカルサの要となるハインツを別のところへ移されたりすると不味いのだ。勝敗の前提条件も今の時点の布陣で確認しているので、リカルドとしてはずらして欲しくない。


「あ、はい」


 一度七首鎌竜ニーヂェズをそれで捉えた事があるクシュナは、リカルドの意図を理解してすぐに聖結界を張った。

 リカルドが教えていた頃に比べてこちらも格段に速く安定して発動させたクシュナは、数秒後にはっとしたように息を呑んだ。


「そのまま奥まで」


 集中を切らさないようタイミングを見て声を掛ければクシュナは頷き、そして十数秒後には胸の前で組んでいた手を震えさせていた。


「リ……サ、さん」


 一瞬リカルドと言いそうになるほど狼狽えたクシュナに、その情報が必要なので伝えてくださいと頷くリカルド。


「あ、の」


 萎縮でというより、知った事実に対する動揺で声が小さいクシュナ。その背に手を当てて頑張ってとリカルドは応援した。


「あの! 他にも同じぐらいの魔族が来ています!」


 リカルドの手に支えられるように声を張ったクシュナに視線が集まった。だがその情報が重要な事だと理解出来たクシュナは怯まずに伝えた。


「エイムの砦に向かってきているものの他に二つ、反応があります。それからさらに奥に、それ以上の反応が三つありました」

「クシュナ殿、何故貴女にそんな事がわかるのだ」


 一番に反応したのはラクサだった。カッサとロドリクは耳を疑うような情報に一拍固まったが、ラクサは情報そのものの真偽を疑っているからこその反応の速さだった。

 頭から疑ってかかるラクサの対応だが、まぁそれも無理はないわなとリカルドは思う。クシュナはこれまで一度も魔族の接近を知らせた事は無いのだ、それがいきなり言い出せば恐怖で混乱していると思われても仕方がない。


「聖結界です」


 動揺しているクシュナの代わりに答えようと口を開いたリカルド。だが、実際答えたのはクシュナでもリカルドでもなく、丁度部屋に入ってきたアウローラだった。


「先ほど聖結界の気配を感じました。グリンモアはその地を聖結界で守り続けている特殊な土地です。私が破邪結界に特化しているようにクシュナさんは聖結界の扱いに長けていますから、それで敵の気配を探られたのではないですか?」


 どうでしょう?と視線を向けられたクシュナは自分が聖結界の扱いに長けているとは思っていなかったが、それが助け舟だとわかって迷わず頷いた。


「具体的な位置はわかりますか?」

「は、はい!」


 アウローラに促されて地図上に、ここに一つとたぶんですがこの辺りに一つ、それからこちらの方に三つですと示して行くクシュナ。

 その指の先を追って、みな一様に呻いた。ルドラとカルサ、両砦にそれぞれ一体ずつ向かっていると思われる位置関係と、そして残る三体が控えている状況は控えめに言っても絶望的と言わざる得なかった。


「至急カルサとルドラに強敵が接近している事を伝えろ、破邪結界は――」

「無理です。先ほどと同格であれば持ちません」


 カッサの視線にキッパリと答えるアウローラ。いっそ潔い程のお手上げに逆にカッサの覚悟は決まった。


「結界で留められない、倒す以外に道はないと伝えろ。それから王都に向けてルマンシラ陥落の可能性を報告し急ぎ第二の防衛線を張るよう私の名で進言するように」


 頭を下げた部下が部屋から出るのを待たず、続けて指示を出すカッサ。


「緊急出動する。どの砦が突破されるかはわからないが、補給基地としているこの地点で待機する。通信の魔道具は持っていくが後の指揮はネルマート、貴様とロドリク殿に任せる。残っている住民を逃せ。さらに後方の街にも避難を勧告しろ。ラクサ殿はアウローラ聖女殿とこちらのクシュナ聖女殿を連れて次に築かれる防衛線を」


 途中から思っていない方向に話が転がり出して真面目な顔の下で、え?え?え?となるリカルド。

 各砦の戦力を一か所に集めさせないように状況を伝えたつもりだったのだが、予想以上に悪い状況だと受け取られてしまい(実際悪いのだが、リカルドは勝敗確率がわかっている己の認識と知らない者との認識にずれがある事まで考慮出来ていなかった)、まさかの撤退戦になりそうだった。

 確かに破邪結界を壊してきたような魔族は強いし相応の実力者で対応する必要があるが、それ以外の低位の魔族だって数でこられればそれだけで脅威になる。そういうのを破邪結界で弾いておく事は重要な事なので、今ここで聖女に抜けられると戦況が大きく変わってしまう。


 事前に何を言えばどうなるのか確認しておけばある程度こうなる事もわかっただろうが、残念ながらリカルドの処理能力キャパはそんなに大きくない。既に頭の中は三つある最前線の状況把握で埋められており、他に思考を割く余裕がないのは前述の通りだ。加えて今は樹が参戦する事になってそちらも気にして結構テンパっていたりする。


 慌てて時を止めて何をどうしたら撤退戦の流れから元に戻せるか調べたのだが、普通に話したところで流れを変える事は出来なかった。人は人が語った内容よりも誰がそれを語ったのかに重きを置く性質がある。だから素性のよくわからないリサという人物がどれだけ本当の事を話してもその言葉に重みはない。免罪符というアイテムもあるにはあるが、ルマンシラの特殊な地域性でそこまでの効力を発揮できず逆に教会関係には逆効果にもなり得た。

 そのため、虚空検索アカシックレコードが示した方法はその辺をどうにかする事だった。


(だけどこれ、やったら絶対この姿二度と取れないぞ………いや別に取る必要なんてないし別にいいのか。クシュナさん達の方には適当に誤魔化せばいいし)


 目立つ事になると二の足を踏んだリカルドだが、どのみちリサというキャラクターは今回クシュナに帯同するために作られたキャラクターだ。占い師のように使い続ける予定でもないし、そもそも女装(?)趣味もないので今回限りのキャラになったとしても別に構わないかと自問自答して答えが出た。


「お待ちください。ここで聖女様方を後方に下がらせるのは悪手です。敵はその強い個体だけではないのですから、破邪結界の支援を失えば強い個体を討伐してもその後が持ちません」

「だがここで破邪結界を使える聖女を失うわけにはいかないのだ」


 余計な口を挟むなと怒鳴る事なくカッサはリカルドに返した。

 こういう冷静なところがここを任されている理由なのだろうなと思いながらリカルドは微笑んだ。


「失わせません。私はそのためにここに来たのですから」


 なに?と返すカッサに、リカルドは姿勢を正して両手をお腹の前で重ね背筋を伸ばしたまま腰を折った。フルール式の挨拶だ。


「申し遅れましたが、私はリサ・タナベと申します。そちらにおられるラクサ・クロサワ様と元を辿れは同じ祖を持つ者です」


 タナベというのはフルール王国で魔導士家系として有名だった家だ。残念ながら今はもうその血筋は絶えているのだが、だからこそリカルドはそれを利用させてもらう事にした。

 ちなみにラクサと元をたどれば同じ祖というのは完全に間違いではない。フルールを起こした勇者の子孫というのはリカルドと同じ日本人出身の勇者の子孫なので、辿っていけば同じ弥生人だろうし、もっと辿ればアウストラロピテクスとかその辺になる。ここまでくればもはや人類みな兄弟となり、だいたいの人はそれを詐欺と呼ぶだろうが。


「タナベだと?」


 確かに仕草はフルールのそれだが……とラクサが眉をひそめたが、リカルドは微笑みを浮かべたまま答えた。


「祖母の名はエマ、祖父の名はオウキ。最後までフルールの民を守ろうとし命を落とした魔導士です」


 リカルドの言葉に、ラクサはハッとしたように目を見開いた。


「まさか、護国炎華のエマとオウキ?」


 ラクサはまだ若かった頃にその二人を見た事があった。どちらも朗らかな人柄で、戦場で勇猛果敢と称される噂話からはかけ離れた人物であるように思えた記憶がある。その後諸事情あって教会に入って騎士となっていたのだが、フルールが落ちたと聞いた時に同胞を助けに向かって、そこでその二人が人々を逃がすために最後まで残ったという話は聞いていた。

 微笑みを浮かべた目の前のリカルド(リサ)女性騎士は微かに口元を歪めるとラクサの問いに答えた。


「自分達が盾になって少しでも生き延びる者が居れば本望だったのでしょうが、残された者からすれば生き延びて欲しかったというのが本心だったでしょう。そのため私は魔族についての知識を叩き込まれました」

「魔族の……」


 ラクサの呟きにリカルドは、よし半分ぐらいは信じたなと判断して視線をこの場で決定権のあるカッサに移した。情緒もへったくれもないが時間は有限。さくさく行かねばならない。


「フルール王国が滅びた時は悪魔が関わっていました。今回もそうであるならばこんな風に話をしている余裕などなかったでしょう。あれはそんな余裕を与えてくれるような輩ではありませんから。

 幸いな事に今ちょっかいをかけてきているのはオグルのみ。個体の脅威度としてはさほど高くない相手です。しかも魔族は上位になればなるほど徒党を組んで戦うという事をしません」


 リカルドは地図上に指を乗せ、三つある砦と近づいている個体との位置を見るように示した。


「先ほど皆さんが判断された通り、この位置関係であればそれぞれに一体ずつが向かっているのは明白です。一つの砦に二体が同時に現れる事はありません。落ち着いて対処すれば倒せない敵ではないのです」

「……だが、後方に控えている三体がいつ動くかなど誰にも予想出来ないのではないか?」


 カッサの指摘にリカルドは首を横に振った。


「何度も言いますが上位になればなるほど魔族は単独で戦います。ですからこの砦に向かっている三体のうち一体でも倒れなければまず絶対に動きません。言い方は悪いですが、人間ごときに徒党を組むなど奴らにとっては屈辱でしかないのです」


 屈辱?と幾人かが顔を歪める者が居たが、リカルドは事実なので無視して話を続ける。


「そもそもですよ? 奴らがどんな手段をもってしても人間を滅ぼそうとしているのなら、最初から全力で潰しに掛かっています。それこそこの奥の三体が纏まって一つの砦を襲っていれば一瞬と持たなかったでしょう」


 リカルドの指摘はカッサも気になっているところだった。

 後からこの強い個体が加わったという話ならば別だが、最初から控えていたというのなら、いつでもこちらを蹴散らせたという話になる。だがそうはならなかったという理由がわからなかったのだ。

 カッサは数秒考え、リカルドの話を信憑性が高いと判断した。


「なるほど、確かに筋は通る。だが一体ずつ来るとして、其方は確実に勝てると見ているのか?」

「根拠を示せと言われると無理です。

 ただ私はアーヴァイン殿を始めとする冒険者達の強さを知っておりますから、甲牙鬼ディーグ・オグルよりも強いという程度のオグルに後れを取る事は無いと思っているのです」

甲牙鬼ディーグ・オグルを引き合いに程度と言うか」


 くくっとカッサは頬に皺を作って笑った。


「確かに……其方はオウキの孫かもしれぬな。あれも酒の席ではよく嘯いていた」


 懐かし気な眼差しを一瞬向けられたリカルドは、さすがに内心他人ですみませんと謝った。残念ながらそのタナベさんの血筋はもうどこにも居ない。彼らの子供もみな、一緒に民を守って命を落としているのだ。


「伝令、避難誘導と第二の防衛線についてはそのまま伝えろ。ロドリク殿は先ほどの話通り冒険者を至急集めてくれ。ラクサ殿はここで聖女のお二方をお守りしていただきたい」


 カッサの指示に、よし!と思わずガッツポーズ取りそうになるリカルド。

 

「カッサ殿はいかがされるのですか」

「私はに備えて補給基地で部隊を率いて待機する。落とされそうな砦が出ればすぐにそちらに向かうつもりだ」

「そういう事であれば私も出ます」


 ラクサは己も戦力として出ると言って、そしてリカルドに視線を向けた。


「……其方はどうする」


 聞いておきながらその覇気は今までよりも弱かった。たぶんどこの馬の骨とも知らないと思っていた相手が、実は自分と同じ境遇の人間だったと知って複雑なんだろうなと推測するリカルド。嘘なので気に病む事は無いのだが。


「お許しいただけるなら出たいと思います」

「そうか……」


 出ると言えばむしろ気まずそうな顔をするのだから、仲間と判断した者に対しては優しいんだろうとそんな事を思うリカルド。


「あの、もし私も許可いただけるなら一緒に行きたいと思います」


 閉鎖的な田舎じゃないんだから、もっと頭を柔らかくすればいいものをと思っていたら、いきなりクシュナが手を上げてそんな事を言った。


「私、欠損の治癒が出来ます。今の話から、たぶん結界よりも負傷者の治療に回った方がいいと思ったのです……が」


 聖女が出るなんて何を言っているんだ?という視線を八方から受けたクシュナは尻すぼみに声を小さくしたが、リカルドは手を叩いた。


「それは素晴らしい。そこまで回復魔法の腕を上げられていたんですか」


 もしアーヴァインが致命的な怪我を負ったとしても欠損を治癒出来るクシュナが控えているならかなり強い。このルマンシラにも欠損治癒が可能な回復魔法の使い手は二人居るのだが、どちらもご高齢でとても前に出せる様な身体能力では無かったのだ。それからアウローラも一応その力はあるのだが、彼女の場合腕輪のような身を守る物が無いので安全面で不安が残り除外していた。


「毎日教本あれを見て勉強していましたから」


 えへへとリカルドに褒められて思わず照れるクシュナ。さっきまで強い魔族が複数居ると震えていたのに、クシュナも大概豪胆な性格である。まぁそれもリカルドに対する絶対的な信頼があるからこそだ。


「まて、さすがにそれは――」

「問題ありません。必ず私が守ります」


 止めようとするラクサの言葉を遮ってリカルドは宣言した。

 状況が状況なのにその力強い言葉にちょっと頬を染めるクシュナ。花畑は相変わらずだった。

 一方ラクサはそのリカルドの、誰かと競うというわけでも強がるというわけでもなく、それが当たり前の事だと言わんばかりの自然な態度に言葉を失った。自分であれば、前に出ると言うアウローラを必ず守るとは言い切れなかった。そこまでの自信は無かった。


「と言っても信用ならないでしょうね。クシュナ様、申し訳ありませんが腕を出していただけますか?」

「はい」


 リカルドが何をしようとしているのか理解してすぐに元気よく右手を前に出すクシュナ。

 リカルドは周囲に止められる前に素早く剣を引き抜いてそれをクシュナの腕に振り下ろした。

 剣が折れる耳障りな音がして、リカルドの手にしていた細剣が途中からその先を無くしていた(ちなみに飛んだ剣先は高速でつかみ取って後ろに放っているリカルド)。


「御覧の通り、クシュナ様には身を守るための魔道具を付けていただいております」


 傷一つ、衝撃一つ受けていないクシュナの様子に唖然とする周囲。

 もちろんその守りの力の強さに驚いてはいたのだが、それよりも一切の躊躇いもなく剣を振り下ろしたリカルドに対して、そして全く怖がることなく腕を差し出したクシュナに対しても、こいつらやばいと思っていた。


 こうしてクシュナとリカルドはカッサやラクサらと共に三つの砦の手前にある補給基地に移動する事となったのだが、グリンモアからついてきた者達もバルバラを含めて全員がクシュナについて行くと宣言して一緒に行く事に。バルバラなどは本当に戦う力を持たないのだが、治療の手伝いぐらいは出来ると言って聞かなかったのだ。


「リサさん、フルールの人だったんですか?」


 部屋で魔力回復薬を自分でも腰元に取り付ける小さな鞄に入れて準備しながらクシュナはリカルドに聞いた。先ほど話の中でいきなり出て来たリカルドの素性にちょっと驚いてはいたが、でもそうであっても不思議じゃないかなと思っていたクシュナ。それだけリカルドの聖魔法の指導は優れていたし、なんなら勇者の子孫だと言われてもあぁそうかもと思ってしまうような不思議な安心感をリカルドに感じていたからだ。


「厳密に言うと私はフルールの人間ではありませんよ。でも同じ血の流れを有しているのは本当です(生前は)」

「うーん……なんだか謎々みたいですね」

「それよりもクシュナさん、思わず連れて行った方が効率がいいなと頷いてしまいましたけど、ここから前に出るのは怖くないですか?」


 今更怖くないのかなどと確認してくるリカルドにクシュナは笑った。


「全く怖くないわけじゃないですけど、腕輪これがあるので。どちらかというと自分よりバルバラさんやブライさん達が一緒に来る方が怖いです……」


 彼らにはクシュナのような守りが無いので、何かあったとき負傷する可能性は高い。そこだけは早まったかなと思っていたクシュナ。


「まぁそこは各々覚悟の上だと思いますが……なるべく危険が無いようにしますよ」


 絶対とは言い切れないが、さすがに顔見知りが倒れる姿は堪えるのでそう答えるリカルド。


「リカルドさんも無茶はしないでくださいね。私のせいで付き合わせてしまったのに何かあったら……」

「ないない。そこは大丈夫です」


 むしろヘマして余計な事を引き起こさないかの心配の方が己の心配よりも上であった。

 準備を終えてルマンシラから出発し(途中アウローラも私も行きますと言ったが、これにはリカルドも反対した。今すぐ腕輪を作る事は可能なのだが、さすがに何でそんなものをすぐに出せるんだという問題になるし、そもそも誰彼構わず他人に作る気も無いので、ラクサやカッサと共に破邪結界で後ろの下位の魔族を押さえて貰うように頼んだ)、目標の地点である補給基地に辿り着いた時には既にアーヴァインと能鬼ディズナグ・オグルが交戦中であり、またカルサの方でも明鬼ニュルド・オグルとの戦いが、ルドラでも暗鬼バグズル・オグルとの戦いが始まっていた。

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