第91話 段々想定と違う事に……

 その後リカルドはいつでも引き分けにしますよと構えていたのだが、結局声が掛からないまま前線の街ルマンシラに到着してしまった。

 道中ヒルデリア側の騎士達の間に漂う妙に気まずそうな空気には気づいていたが、まさか挑んでこないとは思っていなかったリカルド。

 今はもうなんともない筈なんだけど……と思っていたのだが、彼らにとって体調管理が出来ないというのはかなりの減点対象なのだ(場合によっては階級を落とされる)。そのため、部隊長はもしまたアレが来たらと考えると言い出せなかった。あんな事になる心当たりがないだけに次が無いとも言い切れず、二度ともなればさすがに言い逃れが出来ないという自覚があった。

 そんな騎士の葛藤など知らないリカルドは、まぁ来ないなら来ないでいいかと呑気に考えていた。

 

 事前の話ではルマンシラに到着すればヒルデリアの聖女と顔合わせをして、ヒルデリアのやり方(結界の規模、維持時間の目安など)を確認する予定だったのだが、出迎えに出た神官たちは馬車から降りたクシュナを、そのまま城塞と見間違えそうな教会の三階にある作戦本部へと連れて行った(傍を離れないのが仕事のリカルドと部隊長のブライは一緒について行き、他の者は荷下ろしに残った)。


 その対応に、何でこんな到着早々作戦本部に?と疑問に思うリカルド。

 戦況は結構こまめに確認しているリカルドなのだが、教会の考えは大して確認していなかった(というか戦況だけで頭がパンクしそうなのでそっちまで見ている余裕が無い)。なので確認してみれば、どれほどの実力があるのか確かめたい思惑がある事がわかった。

 正確に言うと、教会の人間がクシュナの実力を確認する必要があると提言して、ヒルデリア王国の防衛指揮官とこの地の冒険者ギルドのギルドマスターが同意した形だ。彼らにしてみても、どれ程使えるのか事前に確認したいという気持ちがあったため特に拒否する理由もなく受け入れられ、急遽クシュナが呼びつけられる流れとなっていた。

 要は抜き打ちテストなのだが、リカルドとしてはそのやり方自体はありだなと思う。実際それで実力をお互いに確認する事が出来るし、いざという時にどういう行動を取るのか確認する事も出来るからだ。社会でも出来ますと元気よく言っておいて結局出来ない人間がいたりするので(本人に悪気がなくとも)、口頭確認よりもこうして実地確認出来る場合はそれをやった方が不足の事態が起こりにくい。


(ただ、着いた直後ってのだけが微妙だけど。せめて三十分でも休憩出来ればなぁ……)


 何にしてもここでリカルドもブライも、そしてクシュナもあちらの要請を拒否する事は出来ない。


「グリンモアの聖女様をお連れいたしました」


 中からの許可を待たずに入る神官に続いてブライ、クシュナ、リカルドの順で入れば、大きな机に広げた地図を囲んでいる男達の視線が一斉にこちらに向いた。

 お誕生日席で全体の指揮をとっているのが、白い顎髭を生やした五十代ぐらいの紺色の軍服姿の男性、ヒルデリア王国南方防衛師団、師団長カッサ・ラントン。その右側の教会騎士姿の四十代ぐらいの黒髪の男性が教会本部直属南方防衛騎士団、団長ラクサ・クロサワ(元フルール王国の貴族の血筋)。反対の左側にいる動きやすそうなラフな服装をした、ちょっとお腹の出た三十代後半の男性が冒険者ギルドのルマンシラ支部ギルドマスター、ロドリクだ。

 それぞれが長年この地を支えてきた人物で、今回の事も彼らが協力し合っているからこそ耐えられたという経緯がある。

 その経験分の重み故か、放たれる威圧感がこれまで経験してきたものと違い、クシュナは思わずビクッとしてしまった。

 同じく部屋の雰囲気に呑まれて内心びくっとしていたリカルド(事前に誰が居るのかわかっていた癖に)は、前から見えないようにそっとクシュナの背に手を添えた。わかるよ、怖いよねと。

 クシュナは心配するなと手を添えてくれたリカルドに(違う)、僅かに視線を向けてほっとしたように小さく頷いてから前を向いた。


「グリンモアより参りました、クシュナと申します」

「申し訳ないが悠長に挨拶をしている暇がない、こちらに来て地図を見てもらえるか?」


 師団長のカッサが、己の孫娘程年の差があるクシュナに厳めしい顔を緩める事も無く自分の横を示して言った。

 クシュナは「はい」と頷いてカッサの横に立ち地図を覗き込み、リカルドもブライもそれに従ってクシュナの後ろについた。


「我々のいる街はここ、最前線となっているのはルドラここカルサここエイムここの三か所だ。

 現状拮抗をどうにか保っているが、損耗度合いが酷い。だがこちらの戦力が足りず押し返して息をつく暇を作る事も出来ていない」


 地図を指さし説明するカッサに、あ。嘘だ。と思うリカルド。

 ここのところずっとチェックしているのでリカルドの頭の中には各地点の戦闘スタイル別戦闘可能人数と物資の残存数、魔族側の種族別地点別個体数が入っている。それから考えると確かに少し前まで拮抗を保っていたのは事実だが、今はもう戦闘を安定継続するだけの人数が集まり出しており、特に各地から一番に送られてきたA級以上の冒険者達が奮戦し、各砦に張り付かれていたギリギリの状況から立て直してかなり押し返しているのだ。加えて、ヒルデリア中から集められた工作部隊が被害を受けた砦の修復に着手しており、あと数日もあれば元の姿を取り戻すところまで来ている。


(破邪結界があれば嬉しいけど失敗しても大した影響がないタイミングって事かな)


「ここから一番離れているのはエイムここで距離は三千デルテ。可能だろうか?」


 問われたクシュナは両手をお腹の前で組んで真っ直ぐに見つめ返した。


「可能です」

「持続時間は?」

「……保って半日。それ以上は不安定になると思います」

「それは重畳。ひとまず二刻耐えていただきたい」

「わかりました」


 今から始めても宜しいですか?というクシュナの問いにカッサが首肯し、それでは始めますとクシュナは宣言してその場で両手を胸の前で組み、静かに目を閉じた。


(あ。すごく上手くなってる)


 淀みなく展開されていく結界に思わずそんな感想を抱くリカルド。教会に戻ってからも真面目に練習を続けていたのが透けて見えて、努力家だもんなぁと教師目線で嬉しくなった。


(それにかなり歳上のいかにも偉そうな相手に物怖じせず確認出来てるのも偉いし、自分の限界をちゃんと伝えられるのも偉い。これだけ注目されてる中で落ち着いて結界張れるのも偉い)


 うちの生徒さんマジで偉いわと真面目な顔のまま内心では笑み崩れるリカルド。親バカならぬ教師バカである。


「砦に確認させろ」


 様子を見ていた後ろの軍服姿の長身の男がすかさず指示を出して別の青年が隣の部屋に消えた。

 そして程なくして、隣の部屋から先ほどの青年が戻ってきて報告した。


「ルドラ、カルサ、エイム、いずれの地点にも結界が到達したそうです」

「強度は」

「問題ないとのことです」

「エイムには甲牙鬼ディーグ・オグルが出ていた筈だったな?」

「はい。そちらも問題なく弾いていると」


 カッサの確認に青年が答えた瞬間、ほぅとその場に感心するような声が漏れた。

 甲牙鬼ディーグ・オグルというのはAランクの冒険者が数名組んで討伐するレベルの魔族で、硬い身体から生えた刃のような牙を使い何度か破邪結界を破ってきた相手だった。

 話を聞いていたリカルドは、あぁだから途中で物理結界を追加したのかと納得し、状況に応じて対策をすぐに取ったクシュナの成長ぶりにさらにすごいなぁと感心した。

 そうしてクシュナが結界を維持する間に警戒態勢を敷いたまま休息を取らせるよう指示が出され、反対に現場からは余裕が出来た間にと物資の残数と死傷者の数が報告されていった。


「今回も思ったより少ないな……回復薬の持ちもいい」


 報告を受けたカッサの呟きに笑みを浮かべたのはギルドマスターのロドリク。


「良いことではありませんか」

「いや、ロドリク殿。ここ数日の減少度合いは少々出来過ぎているようにも思える。魔族どもが何かを企んでいるかもしれず、楽観視は出来ない」


 否定的、というより警戒を崩さないのは教会の騎士団長のラクサ。


「そうは言いますが、討伐数も昇っているのです。純粋に戦っている者たちの奮闘の結果である事は間違いありませんよ。それにジュレのマスター、アーヴァインとそのクランメンバー七名が集っているのです。彼らが居て勝てない敵などまず居ない。死者の多くはランクの高い魔族にやられているのですから、彼らがいればこうなる事も当然でしょう」

「それはあくまでも点での話。面で考えれば彼らの影響もそこまでではないのでは?」

「いいえアーヴァインやザック、フェルマーは戦略級の攻撃も可能です。明日になれば氷結の魔女も到着しますから、これからますます状況は好転するでしょう」

「……もちろん、そうなれば喜ばしい事ではあるが……カッサ殿はどう思われる?」


 ラクサに話を振られ、カッサは地図に視線を落としたまま眉を寄せた。


「今まで鬼どもが策を弄してきた試しがないのでな……かと言って見過ごすのも……ディアードが何かを仕組んでいた可能性もある。ロドリク殿、斥候を頼みたい」

「……わかりました。エイムにいる虹時雨ハルピュアラ達を向かわせましょう」


 虹時雨ハルピュアラはBランクとAランクのメンバーで構成されたパーティーなのだが、情報収集能力に長けておりその分野でランクを上げていった者達だ。

 その名を知っていたカッサは彼らなら問題ないだろうと頷き、またラクサも同意するように頷いた。


 目の前で繰り広げられる真剣な話し合いなのだが、リカルドはうちの生徒さん周りであーだこーだ話されててもしっかり集中出来てて偉いわ~と途中から完全に聞き流していた。何せ彼らが問題視している内容は大概がリカルドの工作が原因だからだ。

 リカルドは副ギルド長から話を聞いてからというもの、地形と自然を利用した足場のトラップを多段的に用いて魔族側の速度を乱れさせ纏まった数の襲撃が起きないよう調整し、回復薬などの消費アイテムを今日に至るまでこっそりと補充して回っていた。

 なので死傷者が目に見えて減っているのはリカルドが襲撃に加わる魔族の数を調整していたからという理由が一番大きく、物資の消耗度合いが低く抑えられているのは単純にリカルドが使ったそばから補充していたからだ。

 人間追い込まれた環境だと、ある筈のものが無くなると騒ぎになるが、数本程度の回復薬が増えたところで誰も気にしない。それを細かく何度も繰り返せば塵も積もればという形でかなりの数を補充出来、裂傷打撲骨折程度なら現場で回復薬を使わせ継続戦闘を可能にさせると共に、後方で怪我人の治療あたる神官達の負担を減らしていた。

 それ以外にも、飲み水としている井戸に安らぎの雫をだばだば投入して精神状況を改善したり(素材が足りなかったので聖樹の精霊に一発芸を披露して恵んでもらったリカルド。しみじみ観察されて精神的に死んだ)、逆に魔族側には僅かに身体の調子がおかしくなる程度の毒を散布して少しでも戦闘能力を削ぐようにしたり、思いつく限りの小細工を施している。


 ちなみにカッサがディアードが――と言っていたのは、ディアードが勇者を召喚したという話がここヒルデリアまで届いていたのだが、この侵攻とほぼ同時期に聞こえてきたため、ディアードが影でこの侵攻の糸を引いているのではないかと疑っていたのだ。

 わざと侵攻を起こしてそこで勇者を投入させ活躍させればヒルデリアを始めとする多くの国に貸し作る事が出来る。そんな狙いがあるのではないかという疑いがあったから、実はしばらくこの急な侵攻について公表しなかったという裏話もあった。

 結局それは何の関係も無い事なのだが、リカルドとしては理由はどうあれ斥候を出して敵勢力の数を把握してもらう事は有益だと思ったので何の問題も無いと考えている。


(妨害工作もそろそろやらなくても耐えられそうな人数が揃ったし、今度は普通の人間が対処出来ない魔族を上手くSランクの冒険者に当てる事が中心になりそうだな……)


 ひとしきりクシュナの成長を観察して満足したリカルドは、自身の細工の方針転換を考えた。

 今まで押され気味だった人間側が盛り返してきた事で、今後は後方で高みの見物をしていた高位のオグルが前に出てくる事が予想されるのだ。


(一番うまく倒してくれそうなのはアーヴァインって人だけど……)


 二日前に到着したにも関わらず、最も討伐数が多いのがジュレのクランマスターと言われているアーヴァインだ。その戦いはまさに一騎当千、雷の魔法を使用した特攻。早過ぎて誰も付いて行けないままに刀剣から雷撃を放ちながら一振りで十数体を一度に屠るのは何かのゲームのキャラのようでもある(残念ながらグロ映像のためリカルドは映像での確認は不可能であった)。

 ただこの人物、やたらと勘が鋭く虚空検索アカシックレコードで確認しているとリカルドが魔族を誘導したり、新魔法で戦いぶりを覗いたりしようものなら気づかれる可能性が非常に高かったのだ。


(やっぱ無難な人にしとこ……)


 バレるのは怖いと安牌を選ぶリカルド。

 そんな事を考えている間にも話は続いて各国からの支援物資がいつ届くのかの確認や、三地点の戦力の分布状況、手薄になっているところがないかの確認が行われた。

 そうして求められた二刻の時が過ぎ、やっと解除の指示が出されたクシュナはそこで一旦休憩を取るように言われ、漸く部屋に案内されて休む事が出来た。


「っと」


 部屋に入ってドアを閉め、クシュナとリカルド、それから前もって部屋に荷物を入れて環境を整えていたバルバラの三人になった瞬間、クシュナは気が抜けて座り込みそうになってリカルドに支えられた。


「クシュナ様!」

「だ、大丈夫です、ちょっと気が抜けて」


 慌てて駆け寄ったバルバラにリカルドはクシュナの手を預けた。


「いきなり引き継ぎも無しに作戦に組み込むなど、一体ここの人間は何を考えているのか……」


 ぶつぶつ言いながらバルバラがクシュナをソファに座らせて、心配そうにクシュナの顔色を確認した。


「実力の確認ですよ。クシュナさんが本番でもちゃんと出来るかどうか」

「それは……試したという事ですか?」


 眦を釣り上げてリカルドを見上げるバルバラに、俺が指示したわけじゃないんだけどとリカルドは内心苦笑しながら頷いた。


「もしもの時に頼りにしてもらえる程度には高評価を得られたと思いますよ」

「本当ですか?」


 高評価というところで顔色を明るくするクシュナに、前向きだなぁとリカルドは破顔した。


「あの場の空気に呑まれずしっかりと役目を果たされたと思います。少なくとも私が同じ年の頃に同じ事をやれと言われても無理だったと思います。尊敬しますよ」


 これは本当に。と本心でリカルドはクシュナを褒めた。

 褒められたクシュナはテレテレと頭を掻いて、バルバラに差し出されたお茶を受け取り啜った。


「はー……落ち着く。ありがとうございますバルバラさん」

「いえ。こちらには茶葉ぐらいしか日持ちするものが持ち込めなかったので」


 出来れば疲れが取れるものも用意したかったのですが……と言葉を濁すバルバラ。生活環境を整えるべく、この部屋だけでなく食事を作る厨房やその他いろいろなところに顔を出してきたバルバラなのだが、さっそくこちらの洗礼を受けていた。

 客分は客分らしく大人しくしていていただけますか。という無言の圧があり、食材を分けて貰う事も出来なかったのだ。


「あ、忘れてました。バルバラさん、これどうぞ」


 そうだったと、リカルドは腰のベルトに結んでいた薄い袋を外し、立ち上がったバルバラに袋の口を広げて見せた。


「……なんですこれは」


 袋の口から見えたのは、何故か真っ暗な闇だった。あからさまに怪しく、そして不気味である。


「空間魔法が付与された袋です。中にいろいろお菓子突っ込んでるんで」

「……空間魔法?」

「私、こう見えてもいろんな伝手があるんです」


 にっこり微笑むリカルドに、物凄くうさん臭さを感じるバルバラ。空間魔法なんて相当レアな魔法だ。それが付与された袋などどれだけの価値が付くのか天井知らずの品物であるのに、中に入っているのがお菓子な上、それをどうぞと差し出してくる男の神経が知れなかった。


「まさか……あなた空間魔法を」

冒険者私たちに詮索はご法度ですよ」

「………わかりました。ありがたくいただきます」


 そう言って受け取ったバルバラは早速、おそるおそる手を中へと入れて、カサリと触れたものを取り出せばグリンモアの王都でよく売られている鈴カステラのようなお菓子だった。


「中は時間が止まっているので出来たてですよ」


 リカルドの言う通り、紙包みは暖かい。

 念のため一つ口に入れると、ジュワっと強い甘味が口に広がり噛むにつれて生地と混ざって爽やかな果物の風味に変わっていった。


「バ、バルバラさん……」


 既にその出来立ての匂いを感じて涎が出そうになっているクシュナ(旅の道中甘味なんて無かった)。バルバラはコホンと咳ばらいをして、恭しくクシュナにその紙包みを差し出した。

 わあ!と嬉しそうに受け取って一つつまんで口に放り込んで、その強い甘味と次にくる爽やかな果実のさっぱりとした馴染みのある甘みに笑み崩れた。


「一緒に食べましょ、おいしいのは一緒に食べないと」

「じゃあ私は一つだけ。あとはバルバラさんと食べてください。ちょっと部屋に防御魔法を掛けていますから」


 直接的な嫌がらせは、おそらく無いだろうと思われたが警戒しておくに越したことはない。クシュナが差し出した包みから一つ取って口に入れ、あーシルキーのおやつ食べたい……と思いながら、リカルドは部屋のドアから壁に沿ってゆっくりと歩いて陣をそこに敷いていった。盗聴を始めとする諜報活動に使われる魔法の妨害と、仕掛けて来た術者に対する嫌がらせの仕込みを行い、一周したところ窓には外から中が見えないようにマジックミラーのような魔法を掛けた。


「そういえばブライ殿はどうされたのです?」

「ブライさんはこちらの騎士の方から話があるとかで呼び止められて、そのままです」


 クシュナはこの部屋に案内される前に呼び止められたブライを思い出して、話し込んでいるのかな?と首を傾げた。


「何を話しているんですかね?」


コンコンコン


 ドアを叩く音に、リカルドはバルバラに手を上げて自分が出ると示し、ドアに近づいた。


「どなたでしょう」

「ブライだ。お前に話がある」


 噂をすれば、だった。

 ドアを開けた向こうにはブライと、そしてこちらの教会関係者のトップである騎士団長のラクサ、そして固い表情をしている案内役だった部隊長のヘッケンと女性騎士のカリーシャが並んでいた。


「何でしょう?」


 後ろ手にドアを閉めてリカルドが尋ねれば答えたのはラクサだった。


「護衛の騎士はこちらのカリーシャに引き継ぎ、そちらは通常任務に戻るように」


 にべもない言葉に、リカルドは口を開こうとするブライを制して微笑みを浮かべた。


「私の直属の上司はエヒャルト神官長ですので、こちらのどなたに命じられたとしても私はクシュナ様の傍を離れる事は出来ません」

「この地を担っているのは私だ。規律を乱すというのなら即刻ここから立ち去ってもらう」


(………あれ?)


 なんか予定と違う言葉が返ってきて、思わず時を止めるリカルド。

 想定では、そう言うのなら実力を示してみろ。みたいな感じで手合わせをする流れになると思っていたのだが、まさかいきなり退去を言ってくるとは予想外だった。

 なんで?と虚空検索アカシックレコードで調べてみると、どうやらクシュナが初っ端から周りに委縮せず結界を展開して魔族の侵攻を防いだ事がかなり評価され、そこそこ使えそうなその聖女を平和ボケしているグリンモアの騎士なんかに任せておけないという思考にまで発展したようだった。

 リカルドが下痢魔法を仕掛けていなければ、カリーシャと手合わせをして引き分けにしていれば、ある程度腕を認められて擁護してもらえるルートもあったのだが、残念ながらそのルートは流れてしまった。


(ええ……どうすんの。退去まで命じられるものなのか??)


 所属が違ったらさすがに出て行けなんて無理だと思うんだけどと考えるリカルドはまだまだこの世界では甘い考えの持ち主だ。目が届かない遠方になれば、そちらの地で幅を利かせている者が実権を握るのがこの世界の常。

 リカルドの場合、本気になれば全ての騎士が排除に乗り出したところで返り討ちにする事は可能なのだが、そんな事をしたら大問題なのは考えなくてもわかる。

 どうにか穏便に、せめてちょっとした問題ぐらいで収める方法ってないの?と調べてみると、意外なものを虚空検索アカシックレコードに返されて、へ?となるリカルド。なんでソレを?とわけがわからなくて詳しく調べてみて、ソレの意味をようやく理解したリカルドは、なんつーもんを渡してるんだあの人はと驚いた。

 とりあえず、それでどうにかなりそうなので空間の狭間から取り出して時を戻した。


「それはこれを私にくださった神柱ラプタスの意向も無視するという事でよろしいでしょうか?」


 リカルドが手のひらに出して見せたのは、免罪符。

 教会がその身分を公に認めるもので、それを持っている者はいかなる状況下においても教会は敵にはならないという念書のようなものだ。

 それは例え同じ教会の者同士であろうと効力は同じで、それを持っているリカルドに対してその意志を無視する事は神柱ラプタスを無視する事と同義であった。

 正直リカルドは怪しい占い師にこんな危険なものを渡すなよと思うのだが、今回は有り難く使わせてもらう事にした。冒険者のリカルドと占い師の館の主が繋がっているのは既にダグラス経由で神柱ラプタスには知れているので問題もないし、念のためこちらの姿で使っても神柱ラプタスが問題視しない事は確認済みだ。


 ラクサは、そしてヘッケン、カリーシャ、ブライは、唖然としてリカルドの手にあるその硬質そうな薄い板に視線を落としたまま、固まった。


「本物かどうか確認したいとおっしゃるのならどうぞお持ちになってご確認ください。その結果、どのような事になるのかまでは私は保証しかねますが」


 物凄い強気で言っているが、完全に虎の威を借る狐である。

 いくらこの地で神柱ラプタスが軽視されがちとはいえ、真っ向からぶつかるような事はさすがに騎士団長にも難しかった。


「……神柱ラプタスが付けた護衛、という事か」

「どのように受け取られるのかはお任せいたします」

「…………であるならば、こちらから何かを言う事は出来まい」

 

 しっかりと守れ。そう言い残してラクサは背を向け、ヘッケンとカリーシャは慌ててその後を追った。

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