第89話 鑑定の妨害って定番じゃないの?

(はー……どうにも緊張するんだよなあの人)


 でもこれで樹くんへのちょっかいはひとまず無くなるからいいとして。とリカルドは一旦時を止めて今度は樹の鑑定対策を考えた。

 毎度頼りになる虚空検索アカシックレコードで妨害用の魔道具の作り方を〜と調べて、そこで「え?」と声を漏らした。


(なんだこれ…………)


 ゲームや物語では普通にある隠蔽や改竄といった事が、とんでもなく難しかった。


(隠蔽とか改竄って鑑定とセットであるもんじゃないか? 普通)


 何でこんなに難易度が違うんだよと毒づきながらよくよく調べると、この世界の鑑定は対象者をスキャンしてその能力を数値化しているわけではなく、この世界に定義されている対象者の情報を読み取っていた。

 それを妨害する場合、鑑定が行われた瞬間横から世界との接続を切断するか、世界から返される情報を書き換えるか、もしくは世界に定義されている情報自体を書き換えるかになってくる。

 最後の世界に定義されている情報を書き換えるというのは本体まで影響されるので危険。というか、リカルドでもそんな事は出来なかった。可能なのは酒飲み女神だとかその位相の存在で、さらに言えば女神でも制限が掛かっており簡単に出来る事ではなかった。

 残るは横から切断するか返される情報を書き換えるかなのだが、それは例えると他人がネットで検索しているのをセキュリティに穴も開けていない状態で他のPCから回線を切ったり結果を書き換える行為に等しく、非常に困難な事であった。

 しかもそれ自体が難しいのに、検索を実行して結果が返るまでの僅かな間に割り込む必要がありとんでもない速度勝負をする必要があった。

 これがリカルド自身に行われた事ならばどうにかする事は可能だ。だが樹に使われる鑑定をどうにかしようとすると常にリカルドが張り付いている必要があった。

 さすがに常に張り付くのは難しいので、魔道具によってリカルドの代用を作ろうとするとそれこそラドバウトの鎧並みの媒体が必要となり、樹はそれだけのものを持ったまま(現実的なのは全身鎧)行動しなければならなくなる。


(……小型化出来ないのか)


 効率化と周りの魔素吸収を重ねて術式の積層構造と、今までやってきた事全てを合わせ、他にも出来る事がないのかを調べたがそれでも小型化は不可能だった。

 簡単に妨害されないからこそ、この世界で鑑定は重要視されていると言い換える事も出来るが、そんな事にまでリカルドは頭が回らず樹くんが全身鎧を着たら……と想像していた。


(いや、やっぱ無いよなぁ……いきなりそんな恰好したら何事だと思われるだろうし、何より小柄な樹くんがそんなもの着たら目立つし……)


 想定外だと呟き、リカルドは唸った。

 こうなってくると一番簡単なのがステータスを上げてそもそも見破られないようにするという方法なのだが、そっちで調べればあっさり答えは返ってきた。

 予想はしていたのだが、やっぱりそうなるよねぇと気が進まないリカルド。

 とりあえず樹くんに相談しようと時を戻してリカルドはキッチンに向かい、そこで放心している樹をシルキーが見守っているのを見つけた。


〝おかえりなさい〟

「ただいまシルキー」


 シルキーに返せば樹は弾かれたように椅子から立ち上がり、リカルドを見てみるみる顔色を悪くした。

 リカルドはここはもう大丈夫とシルキーに頷いて見せ、樹に近づいた。


「リカルドさん、あの」

「大丈夫大丈夫。副ギルド長と話は付けたから」


 とりあえずステータスの話は後だとリカルドは樹を落ち着かせるため、気楽な調子でぽんぽんと樹の肩を叩いた。


「はなし……?」

「うん。樹くんの事は黙ってて貰えるし、南に行く必要もない。俺が行くから」

「え……?」

「実は俺、別件で元から南に行く予定だったんだよ。だからそのついでに副ギルド長の話を受けたの」


 という事にする。

 行く予定というか、既に行っていろいろコソコソやっているのだが。


「ちょ……待って……待ってください、それ……リカルドさんが俺の身代わりになったって事ですか?」


 そんな……という顔をする樹に、リカルドは違う違うと手を振った。


「身代わりっていうか、その方が副ギルド長を脅しやすかったからそうなったっていうか」

「お……おど??」


 突然出て来た物騒な言葉に聞き返す樹。驚くその顔にリカルドは苦笑し、樹を椅子に座らせると自分もその横に座った。そして頭を下げた。


「ごめん。鑑定の事失念してた」

「……え」

「樹くんのステータスってかなり高いから見られる事はないって高を括ってたんだ。これは俺のミス」


 申し訳ないと謝るリカルドに樹は戸惑った。


「あ……いえ、そんな……俺が問題を起こしたのに」

「不可抗力でしょ。俺は考えれば予見出来てたんだ」


 静かに首を振るリカルドに、樹はまただと思った。また守られていると。

 リカルドはずっと自分の事を守ろうとしてくれて、何か問題を起こしても責める事は一度もなくて、それどころか悪かったと謝られて、まるで自分が守られて当然な人間であるかのような錯覚すら覚えてしまいそうになる。そんな事はない筈なのに。赤の他人の自分がそうされる理由なんて無い筈なのに。

 前に一度、どうしてここまでしてくれるのかと尋ねた時、まだ樹くんなら戻れるからと言われた事があった。

 最初はその言葉からリカルドの事を事情があって家に帰れない貴族なのだと思っていたが、それはリカルド自身に否定された。平民で、そんな大層な身分じゃないと。

 結局どういう生い立ちなのかは教えて貰えなかったが、ギルドに登録してこの世界の人と話す機会が増えて、そして違和感を覚えるようになった。その違和感からひょっとしてとある想像が浮かんで、もしその想像が合っているとするとここまで自分に親身になってくれる理由にもなっているような気がして、でもならどうしてまだここに?という疑問も同時に生まれて――


「それで今後どうするかなんだけど」


 ここからが本題。と、真剣な面持ちで話を続けるリカルドに、樹ははっと我に返って慌てて「はい」と返事をして聞いた。

 まだ自分が抱く違和感を直接リカルドに尋ねる事は出来なかった。違うのなら違うでいいが、もしそれが合っていた場合、話して貰っても無い事を言い当てたらどうなるのか、それが怖かった。


「鑑定って妨害するのがちょっと難しくて、魔道具でやると全身鎧並みのものになってしまうんだ。樹くんがいきなりそんなものを身に着けるとさすがに目立つからちょっと微妙で」

「全身鎧……それは確かに」

「で、それ以外で確実に見破られないようにする方法ってステータスを高くするぐらいしかないんだよ」

「そういえば……上位の存在に調べられない限り大丈夫って前に言ってましたね」

「そう。その上位かどうかを決めてるのがステータスなんだ」


 樹はなるほどと呟き、じゃあステータスを上げないといけないのかと考えて、


「それでなんだけど。俺、強制的に一部のステータスを引き上げるアイテム持ってるんだ」

「え?」


 そんな都合いいものが?と思う樹の前にリカルドが取り出したのは、お馴染み過禍果実かかかじつ


「これウリドールが間違えて作っちゃった果実で、これを食べると魔力量が上がるんだけど」


 と言いながら、最初に置いた過禍果実かかかじつの横にもう一つ過禍果実かかかじつを置く。騒乱の元となる実が二つ並ぶ光景はラドバウトやハインツが見れば卒倒ものなのだが、幸か不幸か樹はそれがそんなものだとは知らない。黄金の果実を前に、異世界って本当に現実離れしたものがあるんだなとそんな長閑な感想を抱いていた。


「二つ食べたら誰かに見破られる事はまず無いと思う。ただ増えた分魔力の扱いが難しくなって、少しの間今まで通り魔法が使えなくなる」

「それは小さく出そうとしても大きくなってしまうとか、そういう事ですか?」

「うん。それと、感情の動きで暴発する可能性もある」

「……暴発」

「出力調整は樹くんの成長速度なら一、二週間ぐらいあれば慣れると思う。暴発っていうのもよっぽど恐怖とか怒りとかに呑まれないとしないし、その辺はあんまり心配要らないんだけど……一番問題なのがね、これだけの量を一気に食べると……かなり痛いんだよ」


 沈痛な面持ちで話すリカルドに、痛いんですか……と呟く樹。

 リカルドがナクルに対して少しずつ摂取させていたのは魔力のコントロールが追いつかないからというのが一番の理由であったが、それ以外にも一度に魔力を大幅に増やすと身体が追いつかなくて痛みが出るという問題もあった。ハインツやラドバウト、ナクルが食べた量なら何の問題もないのだが、丸まる一つ食べる時点で間違いなく痛みが出る。ちなみに二つ食べた場合の魔力の増加がどれほどかというと、樹の場合桁が二つ上昇する(現時点で樹のMPは1024で一般的な魔導士程度)。リカルドは自身が無限魔力なんてものを持っているのであまり意識していないが、ようこそ人外へという魔力量である。まぁ種族勇者なのでその時点で既に人外ではあるのだが。


「成長痛みたいなもので身体に害は無いんだけど、二日ぐらいのたうち回ると思う」

「のた……」

「ちょっとずつ食べればそんな事はないんだけど、それだと二か月くらいはかかると思うんだ」


 その間、警戒して過ごす事になるけど。とリカルドは難しい顔をして、どうする?と樹に尋ねた。もちろん全身鎧でもいいよとそちらも提案するリカルドに、樹は視線を黄金の果実へと向けた。

 痛いのは嫌だが、それでも二か月は長い。鎧を纏うというのも大変だし、その鎧をリカルドに用意してもらうのも気が引けた。


「食べます」

 

 悩む時間は僅かだった。

 樹の思い切りの良さに、大丈夫かな……とリカルドは思ったが、他に提示できるものも無い。


「……わかった。じゃあ一気に摂取できるように砕いてジュースにするよ?」


 リカルドは立ち上がって戸棚から大きめのコップを取り出し、過禍果実かかかじつを手の上に浮かせて粉々に砕いて少し水を混ぜ、飲みやすいように調整してコップに注ぎ樹の前に出した。


「なるべく早く飲み込むようにして欲しい。躊躇って途中で止めたらたぶん飲み切れなくなるから」

「わかりました」


 樹は頷いて、苦い青汁を前にした時のように、ふーと息を吐いてコップを掴むと、意を決したように口を付けて、風呂上がりの牛乳のように一気に飲み干した。


「——意外とおいしですね。飲んだ先からすっと消えるような不思議なか…んじ……」


 飲み切った瞬間は味の感想を言う余裕のあった樹だが、すぐに身体が熱くなって——熱くなり過ぎて、血液が沸騰するような感覚を覚え、さらに全身の筋という筋を引っ張られるような痛みを覚えて身体を折った。


「っ! っう——ぐっぅ……」


 声を殺して痛みに耐える樹に、ああやっぱこうなるよね!という言葉は飲み込むリカルド。痛いのは樹であって自分が騒いでいる場合ではないという頭ぐらいはあった。


「ごめん、それ痛み止めとか効かないし、今魔法使うと反発しておかしくなるから眠らせられなくって」

「ほ、んとに……痛いっ」


 言い訳じみたリカルドの言葉も聞く余裕がない樹。涙目で手を握りしめどうにか身体を起こそうとするが、全身を無理矢理伸ばされるような痛みが酷くてそれ以上動けなかった。

 テーブルに倒れたまま縮こまる樹の姿に、ベッドに寝かせた方がいいと遅まきながら気づいたリカルド。


「とりあえずベッドに行こう、歩け――ないよな」


 身動き出来ない樹に抱えるよと断って抱き上げ、部屋に連れて行きベッドに降ろしたが、樹は痛みに耐えるように身体を丸めてきつく目を瞑ったまま震えるように息を吐き出していた。

 リカルドは思わずそこにしゃがんで、だがどうする事も出来なかった。無駄な事を言わないように口を引き結び、邪魔にならないように手を握りしめて、見ている事しか出来なかった。

 そんな気配に樹は薄目を開けて、表情を作れず真顔を晒しているリカルドに浅い息を縫って声を出した。


「だいじょ……」

「いや、うん。痛い以外は問題ないと思うんだけど、痛いよね……」


 代わってあげられるなら代わってあげたいんだけど、と再び目を閉じた樹に項垂れるリカルド。

 もっと早く気づいていれば、魔力のコントロールを身に着けたあたりで少しずつ摂取させる事も出来たのに……と後悔が浮かんで仕方が無かった。


(……あっちの作業もやらないと)


 だが樹に付きっきりになっている訳にもいかない。そろそろもう一度南に行く時刻に差し掛かっており、リカルドは後ろ髪を引かれる思いで立ち上がった。


「樹くん、少し出掛けるけどすぐに戻ってくるから」


 樹は目を閉じていたが、声が聞こえたのか口の端を持ち上げて首を小さく横に振った。

 大丈夫だと伝える樹に、リカルドは表情が作れないままその頭を撫でて、もう一度「すぐに戻ってくるから」と言って部屋を後にした。

 

 南へと転移したリカルドはいっそ全部吹き飛ばしてやろうかと本末転倒な事をちらっと頭の隅で考えながら作業をこなし、戻ってきて耐えている樹の様子を見ては心配になってうろうろそわそわしてを繰り返した。

 ハインツがクランメンバーと打ち合わせと準備を終わらせて夜に帰ってきた時にはリカルドは能面のような顔をしており、今後の予定を伝える前に思わずどうしたお前と聞いていた。


「己の無能さに激しく自己嫌悪中」


 玄関で死んだような目(実際死んでいる)で答えるリカルドに、は?無能?こいつ喧嘩売ってんのか?と思うハインツだが、リカルドは至って真面目である。だがすぐに愚痴になっている事に気づいて頭を振った。


「いや、なんでもない。そっちの状況は? どうだった?」


 いつもの微笑みを浮かべて聞けば、ハインツは訝しみながらも答えた。


「あぁ……まぁ予想通り強制依頼が出されてレオンのパーティーと俺が向かう事になった。やっぱりラド達がこっちの押さえだな。あっちはあっちで無視出来そうにない依頼みたいだ」

「そっか……出発はいつ?」

「早朝。日の出と共にだな」

「夜は戻れそう?」

「レオンに頼んだから大丈夫だ。毎日ってわけにはいかないけどな」

「うん、数日おきでも戻れるならそれに越したことは無いよ。今日はどうする?」

「クランハウスに戻るわ、その方が動きやすいからな」

「わかった。気を付けて」

「あぁ。何をやってるのか知らないがお前も無茶な事はするなよ」


 何も知らない筈なのにしっかり釘をさしてくるハインツに、リカルドは微笑みのまま、ハハと笑って首をふった。一応副ギルド長を脅したのは無茶の範疇にあると自覚はあったので、そんな事しないよとはちょっと言えなかった。

 ハインツが行ってしまってからまた樹の部屋へと戻って、油汗を滲ませている樹に時々水分を取らせて傍で作業を進めて、南へと転移して――翌々日の夕方までそんな事を続けた。

 



「………?」


 樹は気が付いたら眠っていたようだった。ぼんやりと目を覚ませば、あれほど苛んでいた身体の痛みがすっかり無くなっていた。

 見慣れた天井は少しオレンジがかった光で染まっていて、朝方なのか夕方なのかどちらかわからず、あれからどのくらい時間が経ったんだろうかと働かない頭で考えていると声を掛けられた。


「樹くん?」


 視線を動かせば、ベッドの脇で椅子に座っているリカルドが居た。居たのだが、何故かリカルドの周りにぴったりと張り付くようなシャボン玉の膜のようなものが見えた。


「痛みは?」


 心配そうな声で問われ、樹は我に返って改めて身体の感覚に意識を向けてみたが、痛みは無かった。


「ない……と、思います」


 樹がそう答えたところでリカルドは深い深い息を吐き出して、脱力するようにベッドに突っ伏した。


「よかった……」


 気が気じゃなかったとその全身で言っている姿に樹は目を瞬かせ、ちょっと笑った。


「痛い以外は問題ないって言ってたじゃないですか」

「……聞こえてたの?」


 のそりと顔だけ向けるリカルドに樹は頷いた。


「ところどころですけど。もしかしてずっと居てくれたんですか?」

「ううん。用事があって何度も離れたよ。

 お腹空いてるでしょ。用意してもらってるから今持ってくるね」

「あ、はい」


 よいしょと立ち上がって部屋を出るリカルドの後ろ姿を樹は見つめた。

 リカルドはすぐに戻ってきてお盆をベッド横の棚に置いて、小さなテーブルをベッドの傍に移動させてから改めてその上に置いた。


「とりあえずパン粥。胃腸は大丈夫だと思うんだけど、シルキーが最初はこれって」


 樹はベッドに腰かけるように座り直し、スプーンを取ってもう一度リカルドを見た。するとやっぱりリカルドにシャボン玉のような膜が張り付いているように見え、ものすごい違和感があった。

 実はそれは聖結界なのだが、魔力量を増やした結果、樹は勇者として一段階進化して魔力を可視化出来るようになっていたのだ。

 そのシャボン玉の膜のようなものが聖結界だと気づかれたところでリカルドの身バレに繋がるわけではないが、この力がどこでどう作用するのかはわかったものではない。自分で気づかないうちにじわじわと己の首を絞めているリカルドである。


「ん?」

「あ……いえ」


 どうかした?と首を傾げるリカルドに樹が首を振ると、シャボン玉の膜のようなものは消えてしまった。まだ安定していないので見えたり見えなかったりという状態だ。

 なんだったんだろうかと思いつつパン粥を口に入れる樹。ほのかな甘さのそれを食べるとまだお腹が空いている感じがして、というか余計にお腹が空いた気がしてどんどん食べて空っぽになった器に視線を落とした。


「まだ食べれそうなら普通のスープもあるよ」

「あ、食べたいです」

「じゃ横になってて、温めるから」


 空になった器をお盆と一緒に持ち上げるリカルドにお礼を言って樹は横になったが、だるさも何もないどころか、身体がふわふわしているような軽さがあった。

 手のひらを上に突き出して軽く握って開いてみるが、力がみなぎっているような感覚まである。


「……これ、確かに慣れないと事故を起こしそう」


 年の割に冷静な樹。試しに魔法をとやらないあたりが真面目である。

 リカルドが戻ってきて、スープを三回お代わりしたところでようやく樹のお腹は落ち着いた。


「ごちそうさまでした」

「調子はどう?」

「全然平気です。力が有り余ってる感じで、むしろ調子がいいぐらいです」

「それなら良かった。そしたら……ちょっと遅い時間だけど魔法がどうなってるか確認する?」


 気になってるだろうしとリカルドが提案すると樹はすぐに頷いた。一人でやるのは不味い気がしていたが、リカルドと一緒にするのなら安心だった。

 二人して薄暗い庭に出て、一番被害が少ないと思われる水の魔法から試せば、水滴を出そうとしてさっそく蛇口が壊れたような水を噴き出し固まる樹。さすがにここまでコントロールが効かないとは思っていなかった。


「……思った以上に調整出来ないです」

「そんなものだと思うよ。魔力量が倍以上になってるから」


 本当は倍どころか桁が二つ上がっているのだが、そこは言わないリカルド。こういうのは思い込みも大事である。

 リカルドの言葉に、素直にそんなに上がってるのかと思う樹。


「ひとまず水の魔法以外は調整出来るようになるまで使わないようにね。水の魔法も人がいそうなところでは使わないように」

「……わかりました」


 水以外怖くて使えないと頷く樹に、うんうん慎重な性格で良かったとリカルドはほっとした。もともと英雄願望も無さそうなのでそんなに心配していなかったが、好奇心が勝つ場合もあるので多少の心配はあった。


「じゃあしばらくは魔法の練習をしてて。俺は南に行く準備するから」

「あ……」


 南と聞いてハッとした顔をする樹にリカルドは苦笑を浮かべて首を振った。


「身代わりじゃないから、本当に。これ、ここだけの話にしてくれる?」

「?」

「実はクシュナさんの護衛で行くんだよ」

「クシュナの?」

「そう。彼女は破邪結界が使えるからね。南の教会から派遣要請が来たんだ。それで慣れない土地だろうからって気心が知れてる俺に護衛の話が来たの。だから南には行くけど、最前線に出る事はほぼ無いんだよ。副ギルド長には南に行って欲しいとしか言われてないから、それでも別に約束を破ってるわけじゃないでしょ?」

「それは……でも後で詐欺って言われるんじゃ……」


 大丈夫なんですか……と不安になる樹に、平気平気と手を振るリカルド。


「結果が出れば副ギルド長は何も言わないよ。そういう約束をしたからね」

「結果?」

「まぁまぁ、そこは気にしないで」

「ぇえ……」


 そんな事を言われたら余計に気になるんですけど……という視線の樹だったが、リカルドは大丈夫大丈夫と躱し、じゃあそろそろ準備してくるよと言って後回しにしていた作業を終わらせるために家を離れた。

 そうして残る二日で準備を整えたリカルドはクシュナ達と合流するためにヒルデリア王国の一つ手前、レドクリア王国へと向かった。


 ちなみにこの間、リカルドはウリドールへの水やりを最短で済ませるために上から水の塊をぶっかけるという荒技を繰り出してウリドールにいじけられ、謝罪として一回だけ満足いくまで水やりをした結果、めでたく黄金の実を三つ入手する事となっていた。

 減らないどころか増える果実はまるで呪いの果実のようである。

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