第88話 女装?と交渉(脅迫)

「当たり前でしょう? みたいな顔して言ってますけど、やばい事言ってますよジョルジュさん、男ですよ私、男」


 しっかりしてくださいと正気に戻そうとするリカルドに、ジョルジュはけれど真面目に返した。


「わかっています。ですが貴方ならば姿を偽る事ぐらい容易なのでは?」

「それは……まぁ、やろうと思えば出来ますけど」


 頷きかけて――いやそうじゃない、論点はそこじゃ無いと頭を振るリカルド。


「あのですね、出来る出来ないは置いといて、うら若き女性の傍に男を近づかせていいんですかって事を言いたいんですよ」


 あなた護衛でしたよね?と確認するリカルドだが、ジョルジュは冷静に返した。

 

「あれだけ一緒に暮らしていて何も無かったんですから今更です。そういう意味で対象外なのでしょう?」

「え……」


 問われて一瞬リカルドは詰まった。年齢的に犯罪臭がするなと思うものの、別に対象外というわけではない俗物である。ただ単純にそういう目で見られていないと思っているからリカルドもそう対応しているに過ぎないし、それに何をどうしたところで結局死霊魔導士リッチなのでどうしようもないし……と考えたところで、あれ?じゃあ平気か。とトチ狂った結論に行き着いた。


「まぁ……そうですね」


 客観的に見れば平気どころか四六時中聖女の周りに男が——というより死霊魔導士リッチがうろつく異常事態だ。それにリカルド側が全く意識しなくともクシュナ側からすれば割と大問題なのだが、ジョルジュもリカルドも気づいていないのでストッパーがいなかった。意外とジョルジュも鈍い奴である。


「あちらには女性騎士も多いですから、その者に交代されるより貴方に付いていてもらった方が安心です」

「あ、そうなんですか? じゃあ確かに女装してた方がいいですね。女性の嫌がらせって精神的にクるのが多いって聞きますし」

「ええ、陰湿だと私も耳にします。バルバラという世話役の者には事情を話しておきますから、何か困った事があれば彼女に相談してください」

「バルバラさんですね。わかりました」


 ふんふんと頷くリカルド。


「制服は男女とも同じですから着方がわからないと言う事は無いと思います。サイズを確認したいので」


 着てみてくださいと促され、リカルドは促されるまま着替えた。

 襟が顎の下にくる程高く首元がしっかりした服で、学ランよりきついなと思いながらボタンを止め、それ以外は案外ゆったりした着心地のそれを腰のベルトで締める。上は膝下まである長衣だったが腰の横から下にスリットが入っているので動きを阻害される事もない。

 あ。ちょっとカッコいいかも。なんて思ってテンションの上がるリカルド。完全に状況を忘れてコスプレ気分である。


「首元も隠れますから、顔を変えて声を出さなければ問題ないと思います」

「声を出さなければって、それはさすがに無茶ですよ」


 喋れない設定だと何かと不便になるだろうと、リカルドは声帯をいじって声を変えた。


「これでどうですか?」


 いきなり高い声になったリカルドに、ジョルジュは驚くよりも微妙な顔をした。


「その顔でその声を出されると気持ち悪いですね……」

「………」


 確かにな。と思うリカルド。

 片手で顔を覆い、今度は幻覚魔法に見せかけて顔の造作を直に変えた。ずっと幻覚魔法で見せているより直接変えた方が維持が楽だからだ。

 明確なイメージが無いと難しいので姉の顔を拝借して四割ぐらい良くしたもの(リカルドの趣味が多分に入った)だが、おそらくリカルドの姉が見れば肖像権侵害に加えて整形すんなと名誉棄損で訴えていただろう。


「これでどうでしょう?」


 ジョルジュは上から下までリカルドを観察して、首を傾げた。


「……顔と身体があってない違和感が」


 そりゃ男の身体に女の顔を乗っけてるからなとリカルド。

 細かいなぁ……と思いながらも再び幻覚魔法に見せかけて骨格を女性に近づけた。


「これでどうですか?」


 三度のチャレンジにジョルジュも真面目に確認して、頷いた。


「背は女性にしては高いですが、騎士ならこのぐらいはいますし……はい、大丈夫だと思います」

「じゃこれでいきましょう」


 よしよしとリカルドも頷き、感覚を忘れないように手足を動かして確認した。

 なんとはなしにその様子を見ていたジョルジュだが、もう一度リカルドの顔を見て少し不安になってきた。

 リカルドがモデルにした姉の顔というのは、童顔気味で全く騎士らしさというか強そうな雰囲気が感じられない類の顔だったのだ。

 

「……舐められそうですね」


 漏れた呟きにリカルドはジョルジュを見て、何を考えているのか理解すると、思わずヤーさんじゃないんだからと苦笑した。


「喧嘩をしに行くんじゃないんですから、舐められるぐらいでちょうどいいと思いますよ。戦闘力の高そうな顔をして衝突するよりはまだ舐められてた方が穏便に過ごせるんじゃないですかね」


 クシュナの環境の悪さに腹は立つが別に事を荒立てるつもりはリカルドには無い。

 それに矛先がつつきやすそうな私に向けば僥倖じゃないですかとそう言えば、ジョルジュは一瞬目を瞬かせて、それから表情を緩めて困ったような申し訳ないような顔をした。


「ご配慮、ありがとうございます」

「いえいえ。それでヒルデリアに入るのは予定ではいつですか?」

「明日の朝出発ですが、かなり飛ばして四日後の昼頃に入る予定です」

「ではそれまでに合流します」

「まで?」

「私にも準備が必要なので」


 出来れば出発の時点で合流して欲しいジョルジュだったが、急な話という事は重々承知していたので頷いた。


「わかりました。追いかける形で向かわせると話を通しておきます。名前はどうしますか?」

「名前?」

「その姿の名前です。さすがにリカルドでは不味いでしょう」

「あぁ……」


 言われてリカルドは名前な、と少し考えて答えた。


「じゃあリサで」


 リカルドの姉の名前は理沙。考えるのが面倒になったのが丸わかりである。


「リサですね。そのように伝えておきます。報酬については――」


 ジョルジュが詰めの話をしようとした時、リカルドは首に掛けていた魔道具が振動しているのに気づいた。

 すみませんと頭を下げて首元を緩めそれを取り出し、相手がシルキーだと気づいて即座に時を止めた。

 今までシルキーからこれで連絡をしてきた事は無い。余程の何かが起きたのだと察したリカルドはそのままシルキー側の状況を確認してマジか、と固まった。


(……バレたのか。勇者だってギルドに)


 樹が昼過ぎにギルドに出向いた時、対応したのが副ギルド長のサイモンだったのだが、そのサイモンは鑑定持ち。

 以前一度樹はサイモンの鑑定を受けた事があったのだが、その時は緊急事態で詳しく見ている暇はなく気づかれなかった。だが今回は南に送って問題のないステータスなのかちゃんと確認する必要があったので、そこで種族に気づかれたのだ。

 サイモンは驚いたが、ひとまず樹を防音の効いた部屋に連れていき事実確認をした。ディアードが勇者を召喚し、そして死なせたという話は既にサイモンの耳にも入っており、それと関係があるのかも含めて問い正したのだ。

 樹はそれに対して白を切った。何の話をされているのかわからない。よくわからない事を言われても答えようがないと。

 動揺はしていたのだが、ポーカーフェイスを貫き通したのはリカルドより優秀である。

 だが鑑定で勇者と出ているという事は覆しようがなく、加えて七首鎌竜ニーヂェズの時にリカルドと一緒に居た事を指摘されて、リカルドとの関係も問い正されどうしていいのかわからなくなり、何も答えられなくなってしまった。それを見てサイモンは交渉を持ちかけたのだ、黙っている代わりにヒルデリアの魔族領との前線へ向かって欲しいと。

 弱みを握った上での交渉は本来サイモンのやり方では無かったが、やり方を選んでいる状況ではないためそのような手段に出ていた。しかしその辺の事情に疎い樹にはただの脅しでしかなく、リカルドに迷惑を掛けるわけにはいかないと観念して了承した。

 そうして樹はリカルドの家へと戻ろうとして、戻っていいのだろうかと迷って街をふらふらと歩いて、だけど行くところなんてなくて結局戻ったところをシルキーがおかしいと気づいて話を聞きだし、そうしてリカルドに知らせるべく今に至るという状況であった。


(そうだった。あの人鑑定持ちだったわ……)


 自分が鑑定で見破られなかったので完全に失念していたリカルド。

 なるほどそりゃ勇者なんて見たら前線に放り込みたくなるだろうし、どうりで樹くんが行くって決める確率が高かった訳だと納得した。過程を端折って意思決定の確認だけしていたので、てっきり正義感からそうなっているのかと思っていたのだが、酷い誤解だった。

 リカルドは額を抑え、ひとまず後で樹くんに対策不足を謝ろうと決めて、この状況をどうしたものかと考えた。

 以前調べた事も含めて考えれば、樹が南に行きさえすればサイモンは約束を守って黙っている可能性は高いのだが、そんな理由で樹を前線に行かせるのは保護者として見過ごせなかった。


(となると樹くんへの要請を撤回させて、他の方法で口止めをする必要があるんだけど……)


 相手は魔導士のサイモンなので、一番手っ取り早い記憶操作は難しい(ダグラスやクシュナと同様やったら人格に影響が出る)。そうなると誓約で口を封じるか、普通に交渉するか眷属にするか……いや、眷属は無いなとナチュラルに入り込んでくる死霊魔導士リッチ的思考を外して悩む。

 それぞれ調べれば、誓約を行う場合は何がしかのメリットを提示する必要があり、そのどれもがあんまり気が進まないものばかり(有事の際の戦力。つまり大物の討伐や、極悪犯の捕獲または殺害依頼など)。交渉はというと、副ギルド長だけあって手強く下手な事をすれば今より状況が悪くなるケースがあり(樹が勇者だと他の人間にも明かされる)、また誓約の場合とそう変わらない事を要求されるケースもあった。

 なるべく干渉されたくないし、要求もされたくないと考えたリカルド。そういう道はないだろうかと調べれば、やり方はちょっとアレだが出来そうな道があった。


(……ま、別にギルドに所属出来なくなってもいいか。ランク上げるの面倒だし、これなら樹くんから俺の方に意識をずらせるしな)


 うん、これで行こうと決めたリカルドは時を戻した。


「シルキー、聞こえる? 状況はわかってるから樹くんを家から出さないようにしてて」

〝わかりました〟


 声を戻して魔道具のボタンを押して言えば間髪入れずシルキーから返答が返ってきた。リカルドはそれだけ聞くと魔道具を切って顔と身体を元に戻して服を脱いだ。


「すみませんジョルジュさん、急用が出来たのでこれで失礼します。報酬は出来高でいいのでそちらで適当に決めてください」


 唐突なリカルドの行動にジョルジュは戸惑ったが、その急ぐ様子に疑問は抑えた。


「わかりました。もし合流出来ないような事があれば早めに教えていただけますか」

「そちらは問題ありません。必ず合流するので」


 では、と頭を下げて部屋を出たリカルドは、ジョルジュや他の人の視界から外れた瞬間転移した。

 転移先はギルドにある副ギルド長の部屋だ。

 突然部屋の中に現れたリカルドにサイモンは動きを止めた。


「そのうち来るだろうとは思っていたが……早かったな」


 空間魔法を使えるという事を見せつけるように現れたリカルドに、警戒しながら口を開く。

 リカルドと関係のありそうなイツキを脅して南行きを承諾させたので、来る可能性は高いと思っていたサイモンだが、まさかここまで早く、しかも手の内を見せるようなやり方で来るとは思っていなかった。

 手の内を見せるという事は何かしら交渉に来たか、単純に怒鳴り込みに来たか、どちらにせよSランク相当の実力者なので注意が必要だと目を細める。


「ええどうも。うちの子がお世話になったようで」


 対するリカルドは、鋭い眼差しのサイモンに常ならちょっとビビるところだが、今回は強気で行く必要があるので微笑みを固定させ、執務用と思われる机に座るサイモンの前にゆったりと歩み寄った。


「随分な交渉をしてくれたようですね」

「こちらも余裕が無い。君が行ってくれるというのならあの少年への要請は無かった事にしてもいいが?」


 リカルドを見上げてそう提案するサイモンに、リカルドは笑みを消した。

 その瞬間、真正面から濃密な殺気(と見せかけて、そんなものを意図して器用に出せないので幻覚魔法と精神操作を使った威圧)を喰らって息が止まるサイモン。


「別に私は今ここであなたの記憶を全部消し飛ばしてもいいんですが……そんな事をしたらあの子が気にしてしまうでしょうし……」


 止めておきましょうか。と、再び微笑むリカルド。


「っ……」


 殺気(と見せかけて――以下略)が霧散して息を取り戻したサイモンは、組んでいた手を握りしめた。元Aランクの自分が数秒と耐える事が出来なかった事実に、見えないステータスの値が予想よりも遥かに高い事を悟って見誤ったと内心臍を噛む。


「そうそう。ディアードの事を気にしていたようなので答えますけど、囚われていたのはあの子ではなく私です。結局ディアードは術に失敗して自滅しましたけどね」


 微笑みを浮かべたまま人を勝手に呼んでおいてざまぁないですねと話すリカルドに、サイモンは表面上反応を返さなかったが内心では酷く動揺していた。

 ディアードの中枢にいた人間を蝕む呪いは教会でも解く事が出来ない程強力だ。それはもう人の手には余る程の呪いで、関係者の中では神の怒りに触れたのではと囁く者達が居る程だった。

 それが術の失敗?

 そんな事は有り得ないとサイモンは断言出来た。だとするとそれはつまり、目の前で笑っている男がやったという可能性が高い事を示しており、そんな力を持つ者はそれこそ伝承にある存在ぐらいなもので――


「——まさか、お前も……勇者なのか?」


 答え(不正解)に辿り着いたサイモン。


「こんな事をされて素直に答えると本気で思っています?」


 小首を傾げその誤認を増長させる死霊魔導士偽勇者は、内心誘導がうまくいったとガッツポーズ。

 何も知らないサイモンはぐっと奥歯を噛んだ。


「それに私の事を危険視しているようですけど……私の知る世界には正当防衛という言葉があるんです。不当な行為を受けた時、自分を守るためにやむを得ず相手に害を加える行為は責任を問われないという意味合いなんですが、こちらの世界にもそういう概念はありますか?

 まぁ無かったとしてもやられたらついついその考えでやってしまうと思うんですけどね」


 人の意識って住む場所が変わったとしてもそうそう変わるものじゃ無いでしょう?と軽い調子で問いかけるリカルド。

 言わんとするところを読み取ったサイモンは、一旦リストからリカルドの名を削除するしかないと悟った。下手につつけば酷い報復を受ける未来が容易に想像出来てしまったからだ。

 本来ならばこんな脅しに対してギルドは断固たる対応を取らなければならないが……と考えて、いや違うなと内心首を振るサイモン。

 最初にこちらが脅したからこの男は同じように脅してきたのだ。たった今言った通り、やられたらやり返すその精神で。


「あぁでも今回はあなたの話に乗りましょう。私が行きますよ。南に。

 但し、そちらの指図は受けません。あなた方この世界の住人がちゃんと自分達で自分達の領域を守ろうと動くなら、必ず魔族の侵攻を止めるという事だけ約束します。

 それで十分でしょう?」


 優しい笑みで問いかけるリカルドに、サイモンは何も答えられなかった。それで良いと同意すればギルドが一個人に屈した事になるし、しかし反論すればこのギルドが吹き飛ぶ可能性があって、どちらを選ぶ事も出来なかった。

 そのまま答えが出る事は無かったが、リカルドは「約束は守ってくださいね」と言って姿を消した。


 リカルドの姿が目の前から消えた瞬間、サイモンは崩れるように椅子の背に倒れた。副ギルド長という矜持でどうにか耐えていたが、ずっと手が震えていた。


「……選択を間違えたか」


 焦りから常にない事をした報いか……と目を閉じて深く溜息を吐くサイモン。


 その頃リカルドも自宅の玄関で緊張したーと脱力している事など、当然知る由もなかった。

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