第87話 無茶振り
リカルドは一階に降りると今度はキッチンに行って、食材を仕舞い終えたシルキーに声を掛けた。
「シルキー、ちょっといい?」
〝はい、なんでしょう?〟
「ウリドールも、ちょっと来てくれるか?」
〝はいはーい〟
外へと向けて声を掛ければすぐにウリドールも現れてリカルドの前にシルキーと一緒に並んだ。
〝神様が私を呼ぶなんて珍しいですね? あ、もしかして私の有能さにようやく気が付いたからご飯の増量のお話ですか?〟
「お前はいつまで増量を狙ってるんだよ。そうじゃなくて、これからまたちょっと忙しくなるって事を伝えようと思ったんだ。場合によっては水やりも不定期になるかもしれない」
リカルドが話した瞬間、ウリドールはこの世の終わりのような顔をした。
〝な、なんでですか!?〟
「だから忙しくなるんだって。どうしても難しい場合が出るかもしれないから、俺が戻らない時があったとしても俺を探して来たりするのは止めてほしくて話したんだ」
〝ええ~そんな事言われてもお腹すいたら探しちゃうかも――〟
「聞いて貰えないなら聖樹のとこに植え替える事になるけど」
〝私はこの場を動きません! 命に代えても!〟
前言撤回、手のひら返しで重たい宣言をするウリドール。
「……いや、何もそこまで求めてはないけど……まぁいいや。
シルキー、ハインツもちょっと遠方に派遣される事になるから、リズさんの世話でまた負担を掛ける事になると思う」
悪いんだけど、と申し訳ない気持ちでリカルドが話せばシルキーは穏やかに微笑んで首を横に振った。
〝私は問題ありません。ですが、少しお客様の心が不安定になるかもしれませんね〟
「そうなんだよなぁ……大なり小なり影響はあると思う。安らぎの雫は足しておくから必要に応じて使ってもらえる? もしもの時の護符はこの後すぐに作るから。あとは……眠り薬も用意した方がいいか」
〝わかりました。護符の方は頂き次第服に仕込んでおきます〟
「うん、お願い」
じゃいろいろ準備があるからとリカルドは話を切り上げ――若干涙目になっているウリドールに、いや別に絶対戻れないってなったわけじゃ無いから……と肩を叩いて、自室に引っ込んだ。
ひとまず最初に作るのはリズ用の護符と薬で、その他にも必要になりそうなものを手早く作っていき作った傍から空間の狭間に放り込む。あれが必要でこれも必要でとぶつぶつ言いながら足りないものに気づいた度に片手で紙にメモをとり、今出来る限りの事をやり切るとキッチンに戻った。
「あ。リカルドさん、ハインツさんが急用とかでクランハウスに戻られました」
「おはよ。うん、ハインツは緊急依頼が来るかもしれないから確認に行ったんだと思うよ」
エプロンをつけた樹がフライパンからスプラングルエッグを皿に分け、緊急依頼?と首を傾げた。
「たぶん樹くんもギルドに行ったら声を掛けられると思うんだけど……あ、シルキーこれ出来たからお願い。あと今日は夕方まで戻らないから」
シルキーはリカルドが差し出した釦サイズの護符と小瓶を受け取り、こっくり頷いた。
「樹くん、俺もちょっと野暮用が出来てバタバタすると思うんだけど、ギルドで声を掛けられたらどうするのか後で教えてくれる?」
「どうするのか?」
「行けば詳しく教えてもらえる筈だから。あ、でも興味なければギルド自体行かなくてもいいけど。ちょっとごめんね今時間が無くて」
と言いながら朝ごはんの準備を手伝ってしっかり食べるリカルド。
だが食べ終えるとすぐに家を出て、人気の無いところで時を止め、念のためグリンモア版の姿になり転移した。
転移した先は土カビ臭い洞窟の中で、リカルドは目の前の黒い背の相手を連れて毒々しい薄紫色をした草原へとまた転移して時を戻した。
「どうされました?」
振り向いた黒い背の相手はクロだ。
天使族の作戦も何もない全力特攻に吸血鬼はプライドを捨てて相手が不得手とする地中へと戦闘の場を変えていたのだが、クロも双方にバレないように一緒に潜って監視していたのだ。
突然の転移に動じる事もなく尋ねるクロに、残量チェックしていたリカルドはあまり減ってないのを見て意外と省エネでやってるなと思った。
「ちょっと忙しくなるから魔力の補充」
「忙しく?」
「天使族が
クロはリカルドに問われて優雅に腕を組むと小首を傾げた。
「確かにこの時期は
なるほど、下等とはいえ
「主が掃討するのですか?」
「したら奥からやばいのが出てくるからしない」
「それは残念。
くすりと笑うクロにリカルドは嫌そうに顔を顰めた。
「種族的にどちらが上になるのか見ものではないですか」
「絶対嫌。てか無理」
笑うクロの頭を鷲掴みにしてリカルドは魔力を譲渡した。
「そんな事よりこっちの状況は?」
「おわかりになるのでは?」
「調べるのが疲れるから聞いてるの」
リカルドが睨めばクロは肩を竦めた。
「特に面白味もなく膠着状態ですね。宜しければ私がそちらに行って人間領に進む鬼どもを蹴散らしましょうか?」
「却下。お前が動いたら天使族も釣られて動く」
「その方が楽しそうですが?」
人間、魔族、天使族の混戦を想像したリカルドはげっそりした。主に天使族が入った時点で地獄絵図である。
「いいから大人しくここで見張っててくれ、頼むから」
リカルドはクロに命じてその場を離れ、今度は人の出入りのあるいくつかの砦を回って口元を押さえながらバレないように小細工を施していった。
今のところ死者こそ例年より多少多い程度に抑えているが負傷者は例年の数倍出ており、回復を担当している教会の人間はフル稼働状態で疲労の極地という状況だ。
リカルドは砦を回り終えると今度は不足している物資を集めてその場で作業を行い、再び砦を回ってからグリンモアへと戻ってきた。
占いの館へと戻ってきたところで日本版に姿を戻し、時刻を確認。いろいろやっていたのでもう正午に近く、慌てて教会近くの路地へと時を止めて転移した。
(とりあえず出来る事はしといたけど……これ以上やったらあっちもこっちも気づかれそうだしな……)
一番まずいのは奥にいる強い魔族の注意を引く事だ。そうなったらもう後ろからリカルドがこっそり
(悪魔がきたら時を止めるってのが使えないんだよな……それ以外ならどうにか出来るとは思うけど……あぁでも他のでも来ただけでやばいのがいるしな……
濃すぎる瘴気という時点で、毒を撒き散らす
時を戻して教会の正門から歩いて入り、そのまま続いている礼拝堂へと足を運べば既にそこにジョルジュは居た。
白い布地に青のラインの入った騎士姿で、帯剣している様は新米の少年騎士のようにも見え、近くを通る人からは微笑ましそうな目を向けられている。
見た目だけはほんと少年だからなぁと内心苦笑しながらリカルドが柱の傍に立つジョルジュに近づけば、あちらもすぐに気がついた。
「こちらです」
小さく囁かれ、柱の影に移動してこれをと白いローブを手渡される。
神官が着ているそれを上から羽織れば奥へと案内され、すれ違う者から誰?という視線を貰った。だがジョルジュがいるので呼び止められる事もなく、リカルドも気にせず堂々とした態度で微笑みを浮かべ会釈をしていった。
「相変わらずあなたの心臓は竜のようですね」
「いえいえそれほどでも」
「皮肉ですよ」
「えー」
「そんな事より、今日お呼びした目的ですが、実はナクル様の誕生日を祝いたいとクシュナ様が急遽考えられたのです」
「そうなんですか?」
しれっと神官のふりをするリカルドと戯言を交わしながら、今日の目的がナクルの誕生日を祝う事だと伝えるジョルジュ。
「ええ。本当ならもう少し先だったのですが、クシュナ様が暫くグリンモアを離れる事になったので、その前にと」
「そうでしたか」
と言いながら、ポケットからと見せかけて空間の狭間から紐と石を取り出し簡単に細工をしていくリカルド。
「それは?」
「有り合わせですけどプレゼントです。綺麗でしょ?」
紐の先に固定したのは丸い青い石、聖樹に宿る精霊から貰った精霊の欠片だ。リカルドが持っていても使い道が無いので、その綺麗な見た目から実用としてでは無く飾りとしてチョイスした。
もうちょっと前に聞いていれば準備してきたと言って凝った物を作れるのだが、この短時間で不自然なく用意するとなるとこの辺りがリカルドには限界だった。
「……ただの石ですか?」
「ちょっと水が出せますけど、その程度の石ですよ」
また何か仕掛けが施されているのかと考えるジョルジュに、違いますと笑うリカルド。
そのまま二人の近況を聞きながら、辿り着いたのは聖女が住まう一角だ。
「クシュナ様、お連れいたしました」
「本当!? 入って入って!」
中からはしゃいだようなクシュナの声が聞こえてジョルジュは苦笑した。聖女らしくと最近はおしとやかにしていたのに、リカルドが来たと聞いただけであっさり剥がれ落ちてしまっている。褒められた事ではないが、それも仕方がないかとジョルジュは何も言わずドアに手を掛けた。
「失礼致します」
ジョルジュに続いてリカルドも入れば、神官長の部屋と似た作りの部屋で、だがそれより少し広く、そして花と植物をモチーフにしたレースで飾られた可愛らしい感じの空間になっていた。
そしてテーブルの上には華やかというよりも下町でよく食べられている料理が並び、椅子にはナクルとクシュナと、以前二人を介抱していた優し気な雰囲気を纏う聖女ローリアが座っていた。
「リカルドさん!?」
クシュナと並んで椅子に座っていたナクルが驚いたように立ち上がり、リカルドが久しぶりだねと声を掛ければ弾かれたように駆け寄った。だが、ナクルはしゃがんだリカルドの前で急停止して、後ろ——ローリアを振り返り、彼女が構いませんよというように頷くとぱっと笑顔になってリカルドに抱きついた。
リカルドはナクルを抱き上げて腕に乗せ、ポケットから先程作ったばかりのペンダントを取り出した。
「お誕生日おめでとう。さっき聞いて急いで作ったものなんだけど、受け取ってくれる?」
見た目だけで言えば、丸い青い石をそのままペンダントトップとして丈夫な紐に取り付けただけの簡単なものだ。
ナクルは素朴なそれを両手で受け取ると、青くて丸い石を見つめ泣きそうな顔になった。
「ありがと……大事にするっ」
ぎゅっと握り込んで泣き笑いのような笑顔を見せる姿に、あー先に聞き出しとけばもっとちゃんとした奴あげれたのに……とリカルドは再度惜しく思った。
「ナクルくん、リカルドさん、こっちこっち! あ、もしかしてご飯食べてます?」
「いや、ちょっと野暮用で飛び回ってたからまだだよ」
昼ご飯を食べていたところで異空間の腹をしているので問題はない。リカルドは笑ってナクルを抱っこしたままクシュナがここ、ここと行儀悪く叩く椅子に座った。
「ジョルジュさんも立ってないで」
「いえ、私はここで」
「って言ってるよナクル君」
クシュナに聞かれたナクルは駄目ですか?とジョルジュを見上げて、ジョルジュは溜息をついて従った。
その間も居酒屋のように大皿に乗った料理を取り分ける下町の娘感溢れるクシュナに、あらあらとローリアが口元を押さえて笑い、リカルドに視線を向けた。
「初めまして、
ゆったりと頭を下げるローリアに、いえいえとリカルドも頭を下げた。
「初めまして、冒険者のリカルドと申します。ローリア様の御高名はかねがね」
なんて言いながら、筆頭の聖女であった事以外はあんまりよく知らないリカルド。社会人によくある
「困った事があったり何かに躓いたりするとよくあなたの家に行きたいと言うものですから、どんなところなのかと私も夢想してしまったりもしましたわ」
「あ、あー! ローリア様! 無し! それは無しで!」
慌てて止めるクシュナにローリアは笑ってわかりましたと両手を軽く上げた。
その打ち解けた様子に、どうやら教会に馴染めているようだとリカルドは安堵した。思えばクシュナと出会った頃はまだ聖魔法が安定しておらず、教会という環境にも馴染む事が出来ず追い詰められていた。それが今では筆頭聖女を超えてグリンモアで一番の聖女にまでなって、こうして同じ聖女とも気兼ねなく話せるような環境になって——楽しそうにやっているのが何よりも良かったとリカルドはほんわりした。
その後はクシュナとナクルから代わる代わる教会でどんな事をやったとか、王城に出向いてこんな事もしたとか、緊張して死にそうだったとか、実はこっそりジョルジュさんが街に連れ出してくれた事もあるんですと暴露してジョルジュを慌てさせたりと、いろいろな話をしていった。
そろそろという時間になるのはあっという間で、ナクルもクシュナも名残惜しそうな顔をしたがリカルドがまた来ますと言えば笑って送り出してくれた。
帰る時も来た時同様ジョルジュが案内をしてくれたのだが、ジョルジュは無言で前方を睨むように見ており来た時のように口を開く事は無かった。
なんだろう?と思ったものの、教会の事に首を突っ込む気はもうないリカルド。気にせず歩き、
「リカルドさんっ」
不意に後ろから呼び止められ、振り向けばさっき送り出してくれた筈のナクルが走って来ていた。
「お願い、お姉ちゃんを助けてっ」
走る勢いのまま腰に抱きつかれ懇願されたリカルド。お姉ちゃん?と疑問を浮かべたが、横のジョルジュの対応は早くリカルドの肩を掴んでナクルごと近くの小部屋へと押し込んだ。
そこは信者の悩みを聞いたり、個別に癒しを与える小部屋だったのだが、入るなりナクルは目に涙を溢れさせた。
「ナクル様……ご存知だったのですか」
「わかるよっ……だって……」
しゃくりあげるナクルの背に手を添えるジョルジュだが、抱き着かれている方のリカルドは状況がわからずハテナが頭に舞っていた。
「お姉ちゃんって、クシュナさんの事だよね?」
リカルドの問いに声を詰まらせて頷くナクル。
それを見てジョルジュはそっと息を吐いてリカルドを見た。
「クシュナ様がグリンモアを暫く離れると話しましたが、南の魔族領との最前線に向かわれるのです」
「は?」
「あちらの聖女が限界になる前に、交代出来る者を向かわせる事になったのです。候補は……」
ナクルに視線を向けたジョルジュに、やっと理解したリカルド。
候補は破邪結界が使えるナクルかクシュナ。グリンモアとの兼ね合いで一人は残す事になるが、もう一人は行かなければならなかった。そういう事だろうと。そしてたぶんクシュナは自分から志願した。ナクルを行かせないために。
(確かに交代の聖女が居たけど……あれって教会本部の聖女じゃなかったのか……)
そうだったのかと思いつつも、いやでもなとも思う。一応聖女は最後の砦のような扱いなので、前線と言えど戦場に赴く事はそうそう無い。後方から広範囲に破邪結界をここぞと言う時に張って守っているのが実際だ。
今回もその体制は変わらず、必ず後方に配置されて万一にも傷つかないように配慮されている。加えてクシュナはリカルドが渡した腕輪がある。
よっぽどの事が無ければそれを突破される事は無いんだけど、と思うリカルド。
なんでここまで悲壮感溢れているのかと調べれば、そこまでの性能である事をナクルは理解しておらず、またヒルデリア王国の教会から伝えられた内容が盛られていた(確実に破邪結界を使える聖女を派遣させたかった思惑から)ため、こちらでは大人達の間で誇張された戦場の話が流れ、それを知って恐怖を募らせていた事がわかった。
今日は自分のためにクシュナがやってくれていると思ったから何も知らないふりをして、泣かずに頑張って楽しんでいる姿を見せたが、本当はリカルドの顔を見た瞬間からずっと涙を堪えていたのだ。
「今、すごく危ないって、ぼく、の、かわり、戻って、これるか、わか、わからないっ……て!」
とりあえず泣いているナクルを落ち着かせようとリカルドは片膝をついて視線を合わせた。
「ナクルくん、腕輪はしてる?」
涙をぼろぼろと零しながら頷き、ナクルは袖を捲ってそこにある腕輪を見せた。
別れた時から込めた魔力がほぼ減っていない状態を見て、ジョルジュ達がちゃんと守っているんだなとリカルドは微笑む。
「クシュナさんもこれ、まだしてる?」
「して…る、ずっと」
「じゃあ大丈夫。絶対にこれが守ってくれるから」
「ほん、とにっ?」
「これを持ってた人は教会の騎士が束になっても傷一つつけられなかったんだよ。だから大丈夫。クシュナさんはちゃんと帰ってくるよ」
「絶対?」
「うん」
「ほんとの、ほんと?」
「うん」
ナクルは何度も確認して、リカルドがそれに一つ一つ頷いて、それでようやくほっとしたのかさらに涙を零し始めた。
泣き止ませる筈が安堵で余計に泣かせてしまい、あれ?となるリカルド。
やっぱ子供は予測出来ないなーと思いなが落ち着くまで背を撫でて、落ち着いたところでジョルジュが呼んできた他の教会騎士がナクルを部屋まで送るのを見送った。
さて、俺も帰って樹くんがどうしてるか確認しようと立ち上がるリカルド。
「リカルド殿、もう少し付き合って貰えますか?」
「……はい」
帰る気満々だったが、深刻な顔のジョルジュに言われたら頷く以外に無かった。場の空気に流されやすい
ジョルジュは部屋の周りに人がいない事を確認するとドアを閉めてリカルドに向き直った。
「一時的にクシュナ様の護衛騎士になっていただけないでしょうか」
「はい?」
ついさっき大丈夫だと言ったばかりなのになんで?と首を傾げるリカルド。
「あ、もしかして腕輪の効力を誇張してるとかって思ってます? あれ誇張じゃ無くて——」
「腕輪の力は疑っていません。そうではなく、クシュナ様の支えとして傍についていてもらいたいのです」
「支え?」
リカルドはさらに首を傾げた。
クシュナの聖魔法のレベルはもう誰かの支えを必要とするようなレベルではない。環境が変わろうと問題なく結界を張れる筈なのにとリカルドが疑問に思えば、ジョルジュは実はと話し出した。
「……ヒルデリアの教会は少し他の教会と違うのです。
人の世界を守っているという自負が強いと言いますか、己を犠牲にして人々を守っているという意識が強く、こちら側の教会の者を……何というか同列には扱わないというか……」
言葉を濁すジョルジュだが、あぁと察したリカルド。
「見下してるんですか」
「あ、いや……そこまででは……あ、る……かもしれませんが……」
生真面目な性格故か、認めるのはあちらに申し訳ないと言うように歯切れ悪く答えるジョルジュ。
「こちらからも応援の騎士は送るのですが、どうしても練度で劣るのは否めず……そうなると自然こちら側の人間全員が侮られるというか……」
見下されるんですね、と理解するリカルド。
「さすがに職務を放棄するような事は無いでしょうが……ただでさえ緊迫した状況で見知らぬ土地に赴くというのに、口さがない者に余計な事を言われてはいくらクシュナ様でも参ると思うのです。
私も行ければ良かったのですが、こちらに残るナクル様につくようにとクシュナ様に頼まれてしまい……」
視線を落とすジョルジュに、うーんとなるリカルド。
正直な感想としては、それはでも教会内でどうにか収める事じゃ無いか?だ。
社会に出れば多少の荒波があるものだしと思いつつ、一応どうなんだろうと時を止めて確認してみたリカルド。
その結果、ウリドールでは無いが前言撤回、これは無いと思った。
直接職務に支障を出すような事はしていないが、それ以外のところでマウントを取ってくるのはしょっちゅう。俺達(私達)の聖女様に守られた温室育ちの子供に聖女様の代わりが務まるとは思えないという気持ちは言葉や態度の端々に表れ、騎士達からは試すように何度も破邪結界の要請をされ(これはこれで前線維持に役立っているので善し悪しはあるが)、身の回りでは清貧を心がける聖女様と同じようにするべきだと気持ちが萎える食事を出され(本当の聖女の食事とは別メニュー)、劣悪な居住区を案内され、間接的には職務に支障をきたすような事をやっている。これは社会の荒波ではなく、もはや単なる嫌がらせだ。モラハラ以外のなにものでもない。調べても調べてもそんな可能性ばかりだった。
クシュナはそんな中でも素直に言葉を受け取って聖女様の代わりになれるようにと多少の不調は隠して頑張っていた。だからリカルドが今後の戦況がどうなるのか調べた時に結界に何の支障も無かったのだ。
そもそも交代要員として向こうから聖女を求めてきたくせにこれは無いだろ。と、さすがに部外者のリカルドでもイラついた。
向こうの聖女は自分を特別視してはおらず、聖女として精一杯働いているだけの人物なので、問題なのは周りの人間だ。
何やってるんだよ教会本部はと思ったが、本当にヒルデリアの教会は教会内で一種の独立組織のような振る舞いをしており、
「私で支えになれるのかはわかりませんが」
リカルドの言葉にジョルジュはハッとして顔を上げた。
「受けていただけるのですか?」
駄目だと思っていたという顔をするジョルジュにリカルドは笑い、そしてジョルジュの答えがどうであるかもわかっているが、形式上尋ねた。
「付いて行くのはいいんですけど、私は護衛騎士の立ち回りがどんなものかわかってないですよ? そもそも部外者の私を護衛騎士に出来るんですか?」
「問題ありません。護衛騎士の任命は各教会に任せられています。護衛騎士の仕事はただ黙って傍についていればいいので」
ただ黙って傍についていればいいという事は無いのだが、いろいろ端折って説明するジョルジュが必死なように見えて、それだけクシュナの事を心配しているのだろうとリカルドは内心苦笑した。
そうしてリカルドはそのまま神官長の元へと連れて行かれてクシュナの護衛騎士に任命され(ジョルジュの提案に二つ返事で通した神官長が何も考えてないようで、その職務能力に若干不安を覚えたリカルドではあったが)、教会騎士の制服を渡され、そこで思ってもみなかった事を言われた。
「………え?」
聞き間違いかと聞き返したリカルドに、ジョルジュはもう一度言った。
「女装してもらいます。護衛騎士と言えど、異性ではついていける範囲に限りがあります。その点同性ならばどこまでもついていけますから」
「いやいやちょっと落ち着いてジョルジュさん」
心配だからって暴走し過ぎですよと慌てて止めるリカルドだった。
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