第84話 お久しぶりの人と微笑ましい人

 いつものように占い師の姿になり、椅子に座って一呼吸置くリカルド。

 昨日の仕事(?)からえげつない場面に直面して精神が下降し、毛玉で上昇しかかった後叩き落とされ、シルキーによって回復されと上げ下げ(主に下げが多い)が酷くて気持ちが浮ついている自覚があった。

 占いの館はお客さんの悩みを聞く場所なのでちょっと落ち着いてからと深呼吸をして意識的に平坦に戻すと、さあ今日もやりますかと気持ちを新たにして繋げた。


「主、久しぶり」


 繋いだ瞬間王太子が現れ、勝手知ったる様子で目の前に座られた。


「お久しぶりです」


 リカルドも慣れたもので微笑みで迎えた。

 最初の頃は今日は来るんだろうか?とビクビクしていたが、今はもう今日が来る日だったかと余裕すらある。そんな己に対して、ここでの経験積んで俺も成長したなぁと感慨深く思うリカルド。


「またしばらく閉めてたみたいだね?」

「ええ、所用で」

「そうなんだ。まぁ私もちょっと忙しかったんだけどね。ひょっとして当たってたらやだなぁって思いながらここに来たんだ」

「当たっていたら?」

「主の兄弟子、勇者じゃ無いよね?」


 ニコニコと机に肘をついて手に顎を乗せながら前置きなくぶっ込んできた王太子。すかさず時を止めるリカルド。容易く吹っ飛ばされる余裕である。全然成長していなかった。


(え……え? え?? いやだって、日本版だってバレる要素無かったよな? あの時は完全に樹くんの顔だったし、それにディアード以外には不用意に顔を見せないようにしてたし……え? あの黒髪が何か言った? いやいやでも樹くんと接点なんてないだろうし、まして日本版となんてあるわけがないよな?)


 まさかの質問に混乱しながら虚空検索アカシックレコードで状況を確認するリカルド。

 調べてみると王太子のそれは一応証拠がない疑念であった。が、疑念ではあるが、ほとんど確信でもあった。

 思考の推移は次の通りだ。

 王太子は黒髪の少年を攫った組織を捉えるべく本気で包囲網を敷いた。にも関わらず、それを突破され国外へと逃げられた。

 状況的にそれが可能なのは空間魔法の使い手しかおらず、しかしこの付近の空間魔法の使い手の所在は割れておりアリバイもあるため除外された。残る使い手はあるとすれば占い師か、占い師の兄弟子か。その二人のいずれかであれば仮に空間魔法が無くとも自分を出し抜く事は十分可能だろうと思われた。

 だが、何故ディアードに手を貸すのか。個人的に占い師はそのような事に手を貸すような人物に思えず、また兄弟子の方も行動を見る限り占い師同様手を貸すような人物には思えない。という事は二人ではないのか。そう思いながら――願いながら確認すれば占い師は占いの館を開けておらず、また兄弟子の方も姿が確認出来なかった。これほどタイミングよく二人の姿が確認出来ないとなると、二人ともが関わっている可能性が非常に高いと言わざる得なかった。

 場合によっては国際法を無視したディアードと事を構える必要が出てくるが、何か事情にあるにしても両者が敵に回った場合は相当な覚悟が必要になると準備を始めた矢先、ディアードに潜り込ませていた影がディアードの崩壊を報告してきた。捉えられていた少年が突如黒く染まり呪いを撒き散らして死に、その呪いによってディアードの王を始めとする主だった者達がのたうち苦しみまともに国が機能しなくなったという内容に、王太子は理解した。ディアードに手を貸したのではなく、ディアードを滅ぼすために少年を送り込んだ。いや、その少年こそが占い師か兄弟子だったのではないか。考えてみれば兄弟子は黒髪。いやそもそも容姿を変える事など兄弟子であろうと占い師であろうと容易いだろうから、どちらであるかは判然としないがこれまで話をしてきた人物像として占い師がそこまでの呪いを掛けるようには思えなかった。とすると消去法で兄弟子の方だと思われた。その考えを裏付けるようにディアードからの知らせが入った直後、こちらで所在が不明だった兄弟子の姿が確認された。

 両者が敵に回らなかった事は良かったとして、そうなってくると疑問が残った。勇者の存在だ。

 ディアードが勇者召喚を行ったというのは本人達の証言(呪いで苦しみながら自分は関係ないと神に懺悔と救いを求めていた内容)から確実だった。だとすると、兄弟子は勇者だったのか。それとも他に勇者がいるのか。他に勇者がいるのなら余計な混乱を引き起こさないために早急に探し出す必要があるが、もし兄弟子が勇者だとするのならそれを抱えているグリンモアの対応はかなり難しいものになる。何らかの形で各国が手を出さないように協定を結び本人にも特定の国に所属しないように話さなければならないが、それを主導で行わなければならない上に余所から勇者を囲っていたのではないかと余計な詮索を受ける事になる。このまま勇者死亡という事で知らない振りも出来るが、何かあった時に状況を制御出来ない可能性もあり、ならば知った上で完全に隠し通せるのかどうか判断した方がましだろう。

 と、そういう事でここに来ていた。


 自分が勇者ではと思われた経緯は理解出来たが、コレどうするのがいいんだろうかと悩むリカルド。

 王太子的にも樹くん的にも苦労が無いのはと考えると、勇者はあの時点で死んでしまった事にするのが一番だと思うのだが、王太子はディアードで死亡した勇者というのは偽物だと考えているのだ。占い師自分が関わっている時点で勇者を死なせる筈がないという変な信頼を置かれており、またリカルドとしても占いの館で勇者は死にましたよと真っ赤な嘘を吐くというのが、どうにも気持ち的にもにょもにょするのだった。

 リカルドはうーんと考え、いろいろ確認してみてまぁ王太子ならいいかと時を戻した。


「兄弟子は勇者ではありません」


 首を横に振って答えたリカルドに、王太子は表情を変えずに「そう」とだけ言って視線を上へと向けた。


「じゃあ本格的に勇者を探さないとだね。異世界人という事ならこの世界に不慣れだろうし……変な輩に囚われてないといいけど。あ、主、居場所わかる?」

「わかりますが、勇者についてはお調べになる必要はないかと思います」

「ん? それはどういう意味?」


 顎を手に乗せたまま小首を傾げる王太子だが、その目は笑っていない。勇者という戦略兵器を野放しにするのかと為政者の顔をしている王太子に、内心では気圧されそうになりながら微笑み固定でリカルドは答えた。


「そう遠くないうちに勇者は元の世界に帰還します。ですから所在を確認してその存在を明るみにする必要はないと思うのです」

「帰還する? 元の世界に?」


 過去、召喚された異世界人が元の世界に帰ったという話など御伽噺にすら残っていない。どういう事だと問う目に、リカルドは笑みを濃くした。


「方法が無いわけではないのです。少々難しいのですが、条件が揃えば十分に帰れるというだけで」

「……それは、主の手の内に勇者があると思っていいのかな?」

「御想像にお任せいたしますが、勇者を保護している者は元の世界に帰還させるために動いているという事だけはお伝えしておきます」

「………ふぅん」


 椅子の背に凭れ、足を組んで腕を組み、拳を顎に当てる王太子。


「じゃあその誰かさんは勇者を隠し通せるって事でいいのかな?」

「ええ。そのつもりでしょう」


 王太子はしばらく無言でリカルドの目を見ていたが、ふっと笑って肩を竦めた。


「とても痛ましい事に勇者はディアードを呪って死んだ。そう言う事だね」


 受け入れて頂いて助かりますと頭を下げるリカルド。


「あーあ、いろいろ心配していたのに無駄だったね。私なんか主がディアードに付いたのかと思って敵対する覚悟までしたのに」

「そんなことを?」


 素知らぬ顔で首を傾げるリカルドに、全くもう……と困った笑みを浮かべて王太子は頬杖をついた。


「結構周りからは何事かって問い詰められちゃったんだよ? 急に軍備を増強したから。まぁもしもの時に勇者を抱えたディアードに対抗するためだって言い逃れたけどね。準備しても準備しても主とやり合って勝てる未来が見えなかったなぁ……」

「買い被りです。所詮私は一人ですから数で来られたら負けますよ」


 そもそも血が駄目で、必然的に怪我とかも駄目で、えぐい映像も駄目なリカルドだ。反撃してそんなものが量産された日には精神的に死ぬ。王太子がリカルドの弱点を知ったならば無力化するのは容易いだろう。


「あー安心したらいろいろ話したくなってきたなー」


 頬杖をついていた王太子は、上目遣いに意味ありげな視線をリカルドに送った。


「それにとっても心配したからほっとするようなものもあれば嬉しいんだけどねー」


 あー……と察したリカルド。ストックあったっけ?と思いながら時を止めて手持ちを確認すれば、一応王太子用にと作って貰っていたものがそのまま残っていた。柔らかなホットケーキ生地でチーズクリームを挟んだオムレットのようなお菓子だ。

 時を戻してそれを出し、ついでにセットで仕舞っていたお茶も出してカップに注ぐ。前回は一個しかなかったので半分こしたが、今回はちゃんとそれぞれ一人前の量がある。

 王太子はわっと掌を合わせて目を輝かせ、リカルドが手を付ける前に早々にフォークを握って食べ始めた。


「ああいいね、すごくさっぱりしてるけどコクがあって美味しい。甘味だけがお菓子じゃないんだね」


 と舌鼓を打ち、そしてそのまま軽く二時間ほど惚気やら愚痴やらに付き合わされた。何度もそれさっき聞いたと突っ込みそうになったが、反応すれば逆に面倒なのが分かっていたので菩薩のような笑みを浮かべて受け流したリカルド。

 たっぷり語った王太子は時間が過ぎるのは早いねと懐中時計を確認して名残惜しそうに館を後にしていったがリカルドの方はシルキーのお菓子をもってしてもげっそりだった。


(こっちは小動物にすらそっぽ向かれるどころか怯えられて近寄る事すら出来ないのに……あれだけ頭が良くて権力もあって、婚約者は中身ちょっとアレだけど見た目はバッチリで自分の事をこの上なく慕ってくれてて……向かうところ敵なしじゃね?)


 何この不公平。世の中不条理だよな。と一人になって思うリカルド。

 それを言えば能力と実力だけは文句なしのリカルドなので、他人をとやかく言える立場でもないのだが、基本的に人は隣の畑が青く見えるものなので仕方がない。


 溜息をついていると、路地裏から繋がる気配がして背筋を伸ばして切り替えるリカルド。

 垂れた幕に手を掛けてそっと窺うように入ってきたのは18か19か、そのぐらいの青年だった。髪色は暗い青味を帯びた緑色で、目は明るい黄緑色だ。顔立ちはちょっと輪郭が四角くてごつい感じがするが、視線がおどおどと彷徨い不安そうな表情をしているので気の弱そうなという形容詞が真っ先に出てくる青年だ。


「ようこそ占いの館へ。今宵はどのようなご相談でしょう」


 リカルドと視線が合うと青年はびくっとして、だが穏やかに声を掛けられてほっとしたようにほんの少し息を吐いた。


「あの、ここって何でも相談に乗ってもらえるって聞いたんですけど」

「ええ、特にご相談の内容に制限は設けておりませんよ。一律300クルで受けております」


 どうぞと椅子を勧めると、あ、どうもと軽く頭を下げて居心地悪そうにそわそわしながら青年はそこに座った。

 

「あ……の、ええと………」


 視線を彷徨わせながら話そうとする青年だが、ちょっと頬を赤らめている事から恥ずかしい事なのかな?と思うリカルド。とりあえず微笑みを浮かべたまま黙って待っていると、青年は意を決したように話し始めた。


「は、初めてのデートってどこに行ったらいいでスか!?」


 語尾が裏返る程テンパっている青年だが、あぁ初めてのデートだから緊張してるのねと理解するリカルド。初めてのデートも何も(三次元の)彼女が出来た事もないリカルドなのだが、緊張する気持ちだけはよくわかる(彼女が出来たらという妄想の産物)。


「どこに行きたいとか行こうとか、そのような話はされているのですか?」

「あぅ、ぇ、と、彼女は、俺が行きたいところって」


 あぁそれは試しているのか、相手の事を知りたがっているか、思いやっているのか、どれだろうかと顎に手を当て恋愛シュミレーションゲームの選択肢を思い浮かべる。

 まぁ恰好つけて考えたところで(考えている内容もゲーム頼りと情けないが)結局わからないので時を止めて虚空検索アカシックレコードで相手の事を事細かに確認するリカルド。

 さっきまで王太子の惚気に菩薩の笑みを浮かべていた人物とは思えない対応だが、王太子あっちは容姿端麗完璧超人、こっちはあんまりモテそうにない凡庸青年(失礼)。どちらに肩入れしたくなるかと言えば当然後者であった。


「お客様、お相手の方はどのようなものがお好きでしょうか? 花、可愛らしい小物、動物、貴金属などのアクセサリー、それとも甘いお菓子など、何かありますか?」

「え……あ……ちょっと、わからない、です…………けど、こないだチョコカルスを食べたところは可愛かった」


 かな?と照れて頭を掻きながら話す青年に、うんうんと頷くリカルド。

 相手の子は16歳で、大通りの菓子店で働いている少女だ。製造ではなく併設している喫茶と売店の対応をしているのだが、甘いものが大好きで賄いに少しだがお菓子が付くと聞いて飛びついた子だ。

 ちゃんと見れてるよと微笑ましく思いながら話を進めるリカルド。


「では王都で人気のお店をいくつかご紹介いたします。その中でお客様がお相手の方が好みそうなところを選んでお連れしてみては如何でしょう?」


 王都で人気と言ったが、全部彼女が行きたがっているお店だ。どれを選んでも失敗は無いのだが、彼女のために考えて選んだという事が大事なので紙にさらさらと店の名前を書いて渡しながらそう誘導する。


「あ、はい。わかりました。……あの、お店に行った後は……」


 渡された紙を握りしめて次は?と尋ねる青年にリカルドは目を閉じた。

 わかる。わかるよ、時間が余った場合その場のノリで決めるとか恋愛初心者には無理だよなと内心頷く恋愛初心者リカルド

 実はこのカップル、王都が七首鎌竜ニーヂェズに襲われて混乱している時に青年が少女を助けた事が切っ掛けで生まれている。少女は自分を助けてくれた青年の優しさと人となりに惹かれているので、多少トロ臭くてもエスコートが下手くそでも笑って許してくれる。だから大丈夫だよと思いながらリカルドは答えた。


「お相手の方が行きたい場所を聞いてみては如何でしょうか? もし思いつかないと言われたら一緒に行きたいところを歩きながら探してみるのもよいと思いますよ」

「え……だ、大丈夫ですか? そんなので」

「お客様がお相手といる時間を大事にしていると伝えれば何も問題はないかと」


 お客様はお相手の方がお客様との時間を大事にしていると言われて嬉しくはありませんか?と尋ねると、ぶんぶんと勢いよく首を横に振って、でも……と不安そうな顔をした。


「俺は嬉しいけど……アメリ……彼女がどう思うかは……彼女はすごくモテるから、きっともっと恰好いい奴と沢山デートとかもしてるだろうし」

「比べられるかもしれない。比べられて面白くないと思われたらどうしよう。そういう事でしょうか?」


 青年は悲壮感溢れる顔で頷いた。


「お客様、何がいい何が悪いというのは結局は主観です。わからないなら聞いてみてください。どんな事を好むのか、何を見るのが楽しいのか、どんな事をしてみたいのか。恋愛は一人でするものではありません。相手があって初めて成立するものです。怖がる気持ちもよくわかりますが、お相手の方はきちんとお客様の良いところを見て惹かれてお付き合いを承諾されました。ですからその気持ちを信じて一歩踏み出してみてください」

「……占い師さん」


 恋愛の事なら何でもわかっていますという顔をして話す恋愛初心者リカルド(但し虚空検索アカシックレコードによるバフ付き)に、ウルウルした目を向ける恋愛初心者青年


「………わかりました、やってみます!」

「よい結果となる事を祈っております」


 青年はありがとうございますとお礼を言って代金を出して椅子から立ち上がった。


「あぁそうでした。お相手の方、めいいっぱいお客様のためにおしゃれをして来られますから、見惚れても恥ずかしくなっても必ず思ったままを言ってあげてくださいね」

「っぅえ!?」


 青年が館から出る瞬間に忘れてたと声を掛ければ、変な声だけが響いて青年の姿は消えた。つんのめってコケて外に出てしまったらしい。


(……ま。なんとかなるだろ。そういうとこ含めて好かれてるから)


 リカルドは笑ってお金を仕舞い、さて次のお客さんはと机に肘をついて待った。

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