第83話 わかってた。あれはフィクションだって——あれ??
きちんと遺体が燃やされたところまで確認したリカルドは時を止め、グリンモアの路地裏に転移した。
最後まで確認していたのでもう日は高くお昼も過ぎてしまっているが、途中でシルキーに遅くなると連絡は入れてある。戻るのが夕方になるかもしれないとも言っておいたので、心配される事はないだろうと路地裏の壁にもたれてリカルドは息を吐いた。
このまま家に戻って平静を装うのもしんどくて、暫くそのままぼうっとしていたリカルド。だがいつまでもそうしていられないかと日本版の姿に戻り、グリンモアの寒い気候に合わせるよう適当に外套とマフラーを作って着込み時を戻した。
またシルキーに何か作って貰おうとそれで気力を集めて足を踏み出した時、足元に何かが転がってきた。西部劇に出てきそうな枯れ草の塊みたいな小さなそれは、リカルドの足に当たると意外としっかりした重みがあった。
(……なんだ?)
しゃがんで見れば、それは枯れ草ではなく何かの毛玉だった。
色合いは枯れ草そのものの色をしており、触り心地もふわふわそうなのだがどうも生きているようで、両手に乗りそうなサイズのそれはもぞもぞと微かに動いている。
(子犬?)
にしてはちょっと丸過ぎなので、違うだろうなとは思うリカルド。
鑑定をしてみれば
名前から魔物か?と思ったが半妖精の類らしく、
(人懐っこい……)
ところでリカルドは子供の頃、犬か猫を飼いたいと親にせがんだ事があった。残念ながら父親がアレルギー持ちでペットを飼う事は出来なかったが、小動物を愛でたいという欲求は今でもある。
じーっとリカルドがふわふわなその塊を見ていると、やおら塊の中から顔が現れた。丸まったアルマジロが顔を出すようにお腹に隠していたらしいその顔は小さく、そして狼というよりはどことなく狐の仲間のフェネックに似ている。但し似ているのは顔の部分だけで、体の方はポメラニアンみたいにふわふわな毛でまんまるなので、どうにも頭部と胴体がチグハグな生き物ではあった。
何かを探すように鼻をひくつかせてキョロキョロとしていた
ギ…ギギ……ギ…
地面に爪を立てて羽をピンと広げ、小さな牙を剥きだしにして全然可愛くない声で鳴き始めた
突然まんまる綿毛の姿からシュッとした狐っぽい身体(羽付き)にモデルチェンジした事に驚いていたリカルドは、だが段々と威嚇してくる
「怖くない、怖くないよー」
大丈夫だよと声をかけるが、さらに威嚇するように短い毛を逆立てられた。リカルドはそれでも気にせずそっと手を近づけ――ガブリと小さな歯で意外と深く噛みつかれた。
「大丈夫だよ、何もしないから」
全く痛くないので余裕で微笑みを浮かべて優しくゆっくり話しかけるリカルド。だが
「…………」
どこからどう見ても怯えている
(いや……うん。わかってた。野生動物ってそんな簡単に懐かないって)
だけど異世界なんだし、疲れてるとこにタイミングよくもふもふが現れるとかフラグっぽくてワンチャンあるかもとか思うじゃん……と噛みつかれたまま項垂れるリカルド。
悪あがきのように暫くそのまま待ってみたのだが、怯えて完全に動けなくなってしまっていたので、仕方なくもう片方の手で顎をこじ開け手から離した。
首根っこを掴まれてぷらんと持ち上げられた
「呪具?」
霞んだ鉛のような足輪を鑑定すれば、意志薄弱となるように作用する呪具だった。効果が薄くて大した影響は無いようだが、とりあえず指で摘んで内側から破壊し足から外すリカルド。
「誰かに捕まってたのか? お前」
「あー……詰んでるなぁ」
お前どうするよこれから。と時を戻して顔を覗き込むリカルドに、ますます怯える
こうも怖がられると早々にどこかへ逃してやりたいとは思うが、碌に獲物を狩る事もできない幼体では餓死するか魔物や野生動物に殺されるかだ。
うーん。とリカルドは唸って、とりあえず眠りの魔法を掛けて布を出してくるんだ。
そうして見えないように隠して家路へとついたリカルド。何事もなく家の前まで戻ってくる事が出来たのだが、敷地に入ったところで金色のきらめきを視認して咄嗟にそれを鷲掴みにして止めた。
「ウリドール、ごはんだって言うのはわかってるからちょっと待ってて。今はこの子をシルキーに預けたいから」
顔面を鷲掴みにされていたウリドールは、そのままの状態でこの子?と首を傾げ、リカルドが抱いているものに気づいた。
〝わ、なんですかそれ、生きてます?〟
「生きてるよ。ちょっと詰んでる子だから一時保護で連れて来たの」
ウリドールから手を離して玄関を開けるリカルド。
「ただいま、シルキーちょっと来れる?」
〝おかえりなさい〟
声を掛ければすぐにシルキーは表れ出迎えてくれた。手が空いてるようで良かったと思いながらリカルドは腕に抱えている塊を見せた。
「シルキー、ちょっとの間この子を保護しようと思うんだけどいいかな?」
暴れるようなら首輪つけて大人しくさせるからと言い、リカルドはまだ眠っている
シルキーは首をかしげて覗き込むと、驚いたように口元を手で覆った。ついでに後ろから覗き込んできたウリドールも、わぁちっちゃいと呟く。
〝もしかして妖精の子ですか?〟
「
〝森に住む子ですね。名前だけは聞いた事があります〟
〝へー半妖精……だからシルキー様にちょっと近い感じがするんですね〟
受け取ってもいいですか?とシルキーに問われて、ちょっと心配だったがまだ魔法が効いているみたいだからいいかと渡すリカルド。
〝眠っているのは魔法ですか?〟
「うん。威嚇されて普通に連れて来れなさそうだったから」
〝そうでしたか〟
〝神様怖がらせちゃったんですか?〟
駄目ですよこんなちっちゃい子にと言ってくるウリドールに、イラッとするリカルド。リカルドだって好きで怖がられているわけではない。
「何もしてないわ」
〝そうなんですか?〟
よしよしとウリドールが小さな頭を撫でると、
あ、と身構えるリカルドとは対照的に、
「…………まぁ、シルキーも妖精だから。きっと仲間的なものを感じたんだろう」
〝私はどうなんでしょう?〟
妖精じゃないですけど、と言いながらウリドールが指でうりうりと
〝あ、平気みたいですね〟
「………お前も妖精みたいな存在だろ。それでだよ」
という事にしたいリカルド。何故自分だけ?と思うが、はっと思い付いた。人間に捕まっていたのだから人間を恐れるのは当たり前だと。
が、数時間後にそれは否定された。
「うわー! ちっちゃいですね! 可愛いなぁ」
帰ってきた樹が
いやまだだ、まだハインツが居る。きっとあいつは怖がられる筈。だってあいつ戦闘モードになったら怖いし、きっとその辺を野生のアレで察する。きっとそうだ——と思った瞬間もあったが、夕食時に降りてきたハインツが珍しい奴がいるなと近づけば、あっさりその足に纏わりついて駆け回る可愛らしい姿を見せられた。
夕食中なんか樹とハインツとウリドールが代わる代わる野菜スティックと茹でた鶏肉をあげており、リカルドが参加しようとすると尻尾を股に挟んでウキュウキュ鳴き出すので近寄る事すら出来ない。
「リ、リカルドさんが怖いって言うより、魔導士が怖いとかじゃないですか?」
「あーそれな。この中じゃ一番魔力あるだろうし」
居間のソファの上で三角座りして小さくなっていじけているリカルドをフォローする樹と、大して気にせず向かいの椅子に座って
じとーとした目をハインツに向けるリカルド。
「だったらウリドールもそうじゃん」
「いやアイツは人間じゃないだろ」
リカルドも人間ではない。
口には出来ないが、そう思ったところでハッとしたリカルド。
そうか、俺
そして皮肉な事に、そのリカルドが居るからこそ他の住人に対してこの
生きるために何でも利用する実に逞しく賢い生き物であった。夢も浪漫も無いが。
(俺ももふもふ愛でたかった……)
そんな事とはつゆ知らず、
「こいつはどこで拾ったんだ? これだけ小さかったら親がいただろ?」
「ううん親は居なかったっていうか、この街の中で拾ったんだよ。良くない呪いが込められた足輪をつけられていたから、どこかの金持ちの道楽で捕まえられてたんだと思う」
リカルドが首を振って答えれば、ハインツは眉を顰めた。
「貴族の連中か」
「さあ、そこまではわからないけど、ほっといたらまた捕まりそうだなって思って。自分で狩が出来るようになるまではここに置いとこうかなぁと……」
あとついでに自分の癒しになればとか思っていたが、その目論見は崩れ去っている。
「なるほどなぁ」
「酷い話ですね……」
「国によってこの手の生き物の取り扱いは違うが……まぁ珍しい奴は金になるから違法だろうと手を出す奴は掃いて捨てるほどいるのが現実だ」
「
「あーどうだったかな……こいつがどうかまでは覚えてないけど、グリンモアは厳しい方だったからひょっとしたら保護対象になってるかもな」
お前は把握してる?とハインツに目で聞かれ、リカルドは首を横に振った。
「その辺は俺もわからないけど、まぁ保護対象とかで飼育が禁止されてたとしても、大きくなるまでこの敷地から外に出す気はないから見つかる事はないと思うよ。もし問題になりそうだとしても手を回しとく」
なら大丈夫だなと頷くハインツと、お前も大変なんだなとどこか自分と重なる部分を感じて同情する樹。
「あ、そうだ。リズにこいつを会わせてもいいか?」
「構わないけどいずれ野生に帰すからな?」
アニマルセラピーになるかもしれないけど、ずっと居るわけじゃないのでそこのところ注意してねと釘をさすリカルドに、わかってるとハインツも返した。
ちなみにこの後ハインツが二階に
その結果を聞いて、えぇえぇわかってましたよと内心拗ねるリカルドだったが、こっそりシルキーが夜食のようなお菓子(最近王都に多く入荷されるようになったチョコを使った
やっぱり俺にはシルキーが居て——以下略。
と、いつもの勝手な妄想を繰り広げ夜中になると占いの館を開くのだった。
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