第81話 この世界の神族

 さて、次のお客さんは来るかなぁと机に肘をついてぼんやりするリカルド。

 あともう少ししたら樹くんの帰還に必要な素材を採りにいかないとなーと考えて、つくづくディアードの件がそれと重ならなくて良かったと思った。まさかあんなに時間が掛かるとは思わなかったので、もう少し長引いていたら重なってまずかった。


「開花まであと六日か……」


 冬の時期に集める素材はいくつかあるのだが、そのうちの一つが一年の内この時期に一夜しか咲かない特殊な花なので、逃すと代替えである花が咲く夏の時期まで待たないといけない。そうなると帰還も遅くなるので取り逃しの無いようにしたかった。

 他の素材もその日に集めるかと算段をつけていると、路地裏から繋がる感覚がして意識を戻すリカルド。


「ようこそ占いの館へ。今宵はどのようなご相談でしょう」


 垂れた幕を捲って一瞬外界と繋がった瞬間、花の香りと共に入ってきたのは小柄な人物だった。暗色の外套のフードを目深に被っておりその顔までは見えなかったが、身体の華奢さから子供か女性かと思われた。


「……貴方が、万能の占い師ですか?」


 落ち着いた声は女性のものだった。

 万能の占い師って……噂が独り歩きしてるなと苦笑しそうになるリカルドだったが、微笑みを浮かべたまま冷静に返す。


「万能かどうかはわかりかねますが、ここで占いの館を開かせてもらっています」

「……どのような相談でも引き受けると聞きました」

「お話は一通り聞かせていただいております。お望みの結果が得られない事もあるかもしれませんが、私としては最善を尽くさせていただいております」


 それ以上の事はお約束出来ませんと言えば、女性は外套を押さえている胸元を握りしめて微かに見える口元をくっと引き締めた。


「……わかりました。無理は承知の上です。構いません、お願いします」


 無理は承知の上って……厄介な相談か?と思いつつリカルドは椅子を勧めた。

 女性は勧められるままに椅子に座ると、ピンと背を伸ばした綺麗な姿でフードを後ろに落とした。

 そこに現れたのは真っ直ぐな赤い髪に榛色の目をした、少し幼さを感じる顔立ちの女性だった。ただ、目尻の皺や首元、手の様子を見ると少女というわけではなく、声からしてみても大人の女性だというのがわかった。大体30代ぐらいか?と推測するリカルド。


「魔眼というものを占い師殿はご存知でしょうか?」

「魔眼ですか?」


 なにその厨二心擽られるもの。と思いすぐに時を止めて虚空検索アカシックレコードで確認をするリカルド。

 魔眼と呼ばれるものは所謂魅了の目の事を示し、主に悪魔族が持っているという結果が返ってきた。魅了以外にも一瞬先の未来を視る未来視だったり、過去視だったりいろいろな能力があるのだが、人の世界で一般的に言われている魔眼というのは最初に挙げた魅了であった。


「人を魅了する目の事ですか?」


 時を戻して答えたリカルドに、女性は硬い表情で頷いた。


「はい。その目の力を抑える術はあるでしょうか」


 表情は変わらないが、強く握りしめられた手がそうで合って欲しいと訴えていた。

 リカルドは悪魔が出たのだろうかと思ってもう一度時を止めて確認したのだが、全く違う答えが返ってきた。

 この女性が話す魔眼の持ち主は悪魔ではなく、自分の息子の事だった。

 生まれたその時からその力が発揮され、乳母や世話をする周りの者達を虜にしていた。そして育つにつれて魔性の美しさだと言われるようになり、次第に箍を外す者達が現れ、国を傾ける可能性があると判断した当時の王がその子を隔離、様々な手段を講じて魅了の力を封じようとしたが上手くいかず、最終的に病死扱いとして表に出す事を諦めた。

 そこまで調べて目の前の女性がファガット王国の先代王妃だと気づいたリカルド。お偉いさんだったのかとちょっと身構えてしまったが、そこに座るのはただ息子を案じる必死な母親の姿だ。身分がどうこうとか関係ないなと気持ちを切り替えて確認を続けた。

 

(……あぁなるほど。魔眼って言えば魔眼かもしれないけど、これ正確に言えば魔眼じゃなくて、言うなれば精霊眼だ)


 人を魅了するのは悪魔の専売特許なのだが、件の王子(今では王弟)についてはそれに当てはまらず、彼は神族の先祖返りだった。

 神族と言うと酒飲み女神が連想されるが、それとは全く関係がない。この世界の神族というのは精霊が人に同化した者達の事で、大昔に彼らがとんでもない力を揮ったのを見て周りが神だと崇めたのがその呼称の始まりだ。但し、今は神族という存在は人の記憶から忘れ去られている。というのも、かつての神族は海を割り、天より千の雷を落とし、死人を蘇らせた、などなど逸話に事欠かず、その力を人々が崇めつつも利用しようとして争いが起き、それが面倒くさくなって彼らの大半が人の地を去っているからだ。さらに言うと、これは酒飲み女神が女神となる前の時代の話で、後の時代の教会がこれらの逸話を女神にすり替えていったため、余計に人の記憶にも記録にも残らなかったという経緯がある。

 現在にまで残っている彼らが人の世界に存在したという形跡は、妙に植物の育成に長けた一族(グリンモアの国民が緑の手と呼ばれる力を持つのはこれが起源)がいたりだとか、妙に魔物の存在に敏感な者がいたりだとか、妙に魔法との親和性が高い者がいたりだとか、そういう微かな血と力を受け継いだ者達がいるという事ぐらいだ。

 だがごく稀に先祖返りのように当時の神族と同等の力を持って生まれてくる者もいた。それがこの王弟だ。


 ちなみに現在神族はどうしているかと言うと、魔族領の奥の一角に住んでおり、悪魔族とはお隣さん(暇潰し相手)というような関係だったりする。

 調べていたリカルドはいろんな意味で神族というよりは精霊人という方が正しいんじゃ?と思ったりもしたが、その辺の呼称がどうであろうと現状に影響が出るものではないので早々にそういうものと思う事にして、件の王弟の問題に思考をシフトした。


 精霊は生まれた場所によって様々な力を持つが、大前提としてその存在を見る者にとって好ましいものに見せる。つまりこの王弟の目もそういう力を持っているのだが、当時の神族と同程度の力を持っているせいで生半可な魔道具が効かず、そのため24年もの間ずっと閉じ込められてきた。


(でもこれ魅了とは違って、あくまでも好ましく見せるっていうだけのものなんだけど……身分が身分だから利用されちゃったんだな)


 当時の王弟は人の目を惹きつける末の王子という立ち位置だった。それを見て、幼い王子であれば王に擁立出来た時に権力を自分たちが握る事が出来る、意のままに操る事が出来れば王子の魅了で他の者を従える事も出来る。と、そう考えて動いた者達が王弟の立場を悪くした。

 何の事はない。箍を外させたのは王弟の力ではなく、人の欲望なのだ。


 リカルドは腕を組んでしばし考えた。

 もちろんその精霊の力を抑える魔道具を作る事は可能なのだが、問題はそれだけではなかった。

 神族の血を引いているのは当時の王ではなく王妃である目の前の女性の方なのだが、彼女は実年齢が60になるというのに30代にしか見えない。つまり、老化が遅いのだ。

 王弟の場合現在31歳なのだが、その見た目は10代後半、頑張っても20前後にしか見えない。確認してみればその見た目のまま人よりも遥かに長い時を生きる事になっていた。となると、仮に力を抑えて表に出られるようにしたとしてもそこが障害になる可能性が高かった。

 それにそれ以外にも問題はあって、その辺をどうしたいのか本人に確認して同意を得ない事には手を出せないなとリカルドは時を戻した。


「お客様。まず問いに対する答えですが、あります」

「っ本当ですか!?」

「ですが、その前に話を聞いていただけますか?」

「………なんですか」


 一瞬綻んだ女性の顔は、微笑みを消して真面目な顔で話すリカルドを見て再び強張った。


「魔眼と言われていますが、お客様がどうにかしたいと思われている相手が持っている目は、悪魔族のものとは異なります。人の間ではその存在を忘れられてしまいましたが、神族という精霊と同化した人々の特性なのです」

「しん族……?」


 聞き馴染みのない単語に疑問を顔に浮かべる女性。

 リカルドは最初から順を追って説明し、悪魔の持つ魅了の目とは違う事、仮に魔道具でその力を封じたとしてもこれからも若い見た目のまま長い時を生きなければならない事を話した。


「……そんな………」


 その説明は人から外れた存在だと言っているようなもので、女性は否定するように首を振ってそのまま言葉を亡くしてしまった。


「ご本人に確認しましょう」

「本人って……」

「お客様の御子息ですよ」

「っ!?」


 話していないのに言い当てるリカルドに、咄嗟に警戒が全面に出る女性だったがリカルドは構わなかった。


「どなたの事を言われているのか確認する必要があったので見させていただきました。勝手に見た事は謝罪いたしますが、この問題はご本人の意思が一番重要だと思われます。多くの人は御子息と同じ時を生きて行くことが出来ませんから」


 はっきりと口にするリカルドに女性の顔が歪んだ。

 幼い時分から今までずっと一人きりで、視力を失った限られた人にしか世話をされずに生きてきた息子。隠されてから日の目を見る事はなく、魔眼の持ち主として王室に影を落とした人物だと貶され、ふと思い出したように話題に出してはあの王子よりはマシだからと比較に使われて、その度に腹立たしく悔しく、何よりもそんな身体に生んでしまった事が申し訳なくて、どうにかして表の世界へと戻してあげたかった。だけど魅了の力を封じたとしても表の世界には戻れないと、その存在自体が表に出る事の出来ない存在なのだと突き付けられて心が軋んだ。


「参りますよ」


 心がついていかない女性に宣言してリカルドはファガット王国で幽閉されているその王弟の元へと転移した。


 王弟は月明りの中で紙束を手に、鉄格子の嵌る窓の隙間から届く夜風の生ぬるさを感じながら外を眺めていた。

 場所は王宮から離れた北西の王家直轄領の一角、身分のある罪人を閉じ込めるための城の一室だ。

 そこへ突如としてリカルドは王弟の母親を連れて転移したので、王弟はその気配に驚いて振り向き、見知らぬリカルドの姿に咄嗟に顔を腕で隠した。


「……母上?」


 そして一瞬見えた横の女性の姿が、年に数回顔を合わせる自分の母親だと気づいて疑問の声を上げた。


「初めまして。私はグリンモアで占いの館を開いている占い師です。今日はこちらのお客様に貴方の事を相談され、勝手ながらご本人に確認すべきと思い参りました」

「はぁ……あの、ところで貴方は目は」

「見えておりますが、その目の力は私には効きませんのでご安心ください」


 本家本元の精霊ですら人型のナニカだったりわらび餅にしか見えないリカルドだ。人と混ざった相手に惑わされる事など無い。


「効かない……」


 王弟はゆっくりとその細く白い腕を降ろし、瞑っていた目をそっと開けてリカルドを見た。

 母親と同じ真っ直ぐな赤い髪を後ろで一つに束ね、オパールのような不思議な色合いの目をした王弟は、だがその顔立ちは素朴でとても魔性のという形容詞がつくような人物ではなかった。


「どうでしょう。貴方に魅了されているように見えますか?」

「………母上以外にいたんですね。効かない相手」


 どこかしみじみといった表情を浮かべる王弟。

 のんびりとしているというか、いきなり室内に現れた知らない相手に対して危機感が無いというか。

 ずっと幽閉されているのでこうなるのも仕方がないのかな?と思いつつ、リカルドはとりあえず女性をそこにあった椅子に誘導した。状況に付いていけずふらついていたので、備え付けの水差しを失敬してコップに水を注ぎ、こっそり安らぎの雫を垂らして渡す。

 女性は受け取ったものの、何も言えないまま自分を落ち着けるように水を口にした。


「宜しければこちらに来て話を聞いて頂けないでしょうか?」


 リカルドが女性の座る小さなテーブルの向かいの椅子を示すと、王弟はすぐに手にしていた紙を机に置いてリカルドの元へとやってきた。

 リカルドは彼らの斜め向かいに椅子を作り出して座り、改めて頭を下げた。


「突然このような形で押しかけた事、申し訳ありません。外の見張りには眠って頂いているのでご安心ください」

「あぁ、いえ。そうでしたか」


 そういえばそうだったと思い出す王弟の様子に、果たして話して自分の状況を理解して貰えるのだろうか?と少し不安になるリカルド。だがまぁとりあえず話さなければ話は進まない。

 女性に語った内容をもう一度王弟にも話し、そして最後に女性には音が伝わらないようにしてそっと言葉を足した。


「このままいくと、貴方は危険です」


 今代の王が王となったのは一年前だ。先代が突然崩御して、側妃腹の弟と王位を巡って戦い勝利し、この一年で地盤を固めた王はひとまず後回しにしていた国内の問題の諸々を片付けようと目を向け始めている。その問題の一つがこの王弟の処遇だ。表に出れると思われた瞬間に危険因子として殺されるし、そうでなくとも姿が変わらない弟を魔族の類だと断じて殺す未来が待っている。


「あぁ、僕は殺されるのでしょう?」


 兄の手で。と無邪気な笑みを浮かべる王弟に、リカルドは咄嗟に口元を読ませないように女性を眠らせた。


「お客様、こちらの方はまだその事に気づいておられません。どうかご配慮を」


 さっきの今でその事実を知ったらマジで倒れかねないと思ったリカルド。眠らせた女性を抱えてソファに移し、そのまま寝ててくれと眠りの魔法を重ねて掛けておく。


「あぁそっか。母上は血の繋がった兄がそんな事をする筈がないと思っておられるから……」


 しょうがないね母上は優しいから。と苦笑する王弟はこれから殺される事がわかっている人物の落ち着きようではない。


「どうせなら母上にはわからないようにやってもらいたいですけど……聞く限り無理そうなんですよね」


 どうしたものかなと呟く王弟は他人事のように笑っている。

 あれ?俺もしかして今サイコパス的なお方と話してる?と思うリカルド。いやでも母親を心配しているあたりはサイコパスっぽくは無いよな?と頭にハテナを浮かべながら一般的な人なら考えそうな事を確認してみた。


「逃げようと思わないのですか?」

「僕は世間知らずですし、この目がありますから」


 逃げたところですぐに捕まるでしょう?と、さも可笑そうにくすくすと笑う。


「……その目の力を抑える事が出来るなら、どうされますか?」

「どうでしょう? 貴方の話を聞いていると、生きていてもいい事はないような気がしますからねぇ。外に出ても結局僕は誰かと共に在る事は出来ない。ならもう、いいかなって。逃げて兄を煩わせるのも悪いですし」


 諦めている、というのとは違う。

 どうにも掴みづらいのだが、それが悪い事だと思っていないし、悲しいとも思っていない。ただ、そういう事として受け止めているようにリカルドには見えた。


(サイコとはやっぱりちょっと違うな……)


 ひょっとして外面を完璧に演じるタイプの人間かと思ったリカルドは、時を止めて虚空検索アカシックレコードで本心がどうであるのか調べた。その結果、紛れもない本心であるという結果が返ってきたのだが、ふと違和感に気がついた。


 目が、合っていた。王弟と。


(え?)


 気のせいかと思った瞬間、その瞳孔が動いたような気がして咄嗟に時を戻すリカルド。


「占い師さん、すごいですね」

「すごい?」

「今のは何ですか? 周りが固まったように感じたのですが」

「……固まった?」


 一瞬間が空いたが、辛うじて声を出すリカルド。

 そこで思い出した。高位神族は時を止めてもそれを察知する可能性があると以前調べた時に出ていたという事を。

 というか、精霊の力を持っているという時点で時を止めても認識されるかもしれないと連想出来そうな事であった。


「僕は自分が人とはちょっと違うなって思っていましたけど……今の力、占い師さんもそうなんですね」

「………」


 無邪気な顔で確信した言葉を投げてくる王弟。

 内心汗をダラダラ流すリカルド。

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