第80話 思い出したくない出会いと茶番の犠牲者

 なるほどそういうクランなんだねぇと話を聞いているリカルドの横で、樹はリカルドとハインツ、そしてラドバウトを見比べた。


「リカルドさんはジュレのメンバーじゃないんですよね?」

「うん? 違うよ」


 唐突な質問に目を瞬かせて答えるリカルド。

 何で?と首を傾げると、樹は疑問の理由を話した。


「ギルドで話を聞いてるとジュレのメンバーとはなかなかお近づきにはなれないって言われてたんです。どうやってリカルドさんは知り合ったんだろうって思って。俺の先生にって探してくれてたのは聞きましたけど、そういう理由じゃ会ってもらうのって難しかったんじゃ? あ、それとも育成もジュレの方針だったりするんですか?」

「いんや、俺らは別にそういう事はしてないね。引き受けたのは単純に面白そうだったから」


 否定したハインツは、でも確かにお前らってどこで知り合ったの?ギルドでだっけ?とラドバウトとリカルドに水を向けた。向けられたリカルドとラドバウトは初めて会った時の事を思い出して、片方はあーと声を漏らし、もう片方は懐かしそうに笑った。前者はリカルドで、後者はラドバウトだ。


「ちょっとギルドで揉めたっていうか、そう言う感じの時にラドと会ったんだよ」

「こいつ受付で殺気を振りまいていたからな。止めたんだ」

「あ、あーラド、そこまでの話はいいんじゃないかなー?」


 ごにょごにょと曖昧に言って流そうとするリカルドの後から、ざっくり状況を話すラドバウト。思わず止めるリカルドだが、聞いていた二人は目を丸くした。


「殺気?」

「こいつが殺気ってどういう事?」


 完全に興味を惹かれている。両者ともわかりやすいその反応にラドバウトは苦笑し、リカルドは慌てた。


「いやいやそんな聞いて面白い話じゃないって」

「ちょっとギルドの対応もまずかったんだ。それでこいつが怒っててな」

「え、リカルドさんが怒ったんですか?」


 止まらないラドバウトに興味津々の樹。怒るとこなんて見たことないですけどと驚く様子に、リカルドはいやいやと手を振った。


「俺も普通に怒るからね? 聖人君子じゃあるまいし。てかどっちかって言うとしょっちゅう怒ってる気がするけど」

「何があったんです?」


 純粋な疑問で尋ねてくる樹に、うっとなるリカルド。


「あー……えー……いや、その、依頼がね? 害虫駆除って書いてあって……だけど、蓋を開けたら死霊がうようよしてて、話が違うぞー……って」

「害虫駆除で死霊?」

「……あ! わかった、お前それ、あの死霊屋敷の依頼だろ」


 ピンときたハインツが問題の依頼に気づき、有名な依頼なんですか?と樹に聞かれて頷いた。


「教会も匙を投げた死霊屋敷って言って、この辺じゃもう誰も受けない依頼だったんだよ。確かあれってどっかの貴族が出してたんだよな? だからギルドも依頼を下げられないって聞いたんだが」

「あぁ、ここの大貴族が関わってる。望みが薄いってギルドも相手に話したが、どうでも解決したくて依頼を出し続けるように金を積んでたって話だ。うちにも話は来たが生憎聖魔法の使い手は居ないからな。もし無理矢理やろうとすれば街中に被害が出ると言ったらさすがに向こうは引き下がってくれたよ」


 そんな依頼を……という視線を樹からもらい、リカルドは微妙な微笑みを浮かべながらはははと笑った。


「そのー……まだこっちに来て間もなかったから知らなかったんだよ。害虫駆除の割には報酬がいいな~とは気づいていたんだけどね。行ってみたらいきなり屋敷の中に引き摺り込まれて……」


 当時の事を思い出してリカルドは鳥肌(妄想)が立って言葉に詰まり、ちょっと俯いた。


「……あれは(精神的に)死ぬかと思った」

「まぁそういうわけで話が違うと受付で職員とこいつが揉めてるところに出くわしたというわけだ」


 絞り出すように呟いたリカルドに、死霊そっち系が苦手だと知っているラドバウトはやり過ぎたかと話を切り上げた。

 実は素知らぬふりして地味に鎧の件の意趣返しをしていたラドバウト。やられっぱなしでないところは冒険者らしいが、弱る姿を見てすぐに悪かったと思うあたりは甘い性格だ。


「まぁそりゃギルドが悪いっつーか、知らないお前もお前だよというか……」

「怪しげな依頼は確認する事にしてます。はい。もう懲りました」

「っていうかお前がギルドに目をつけられたのってそれが原因じゃないの?」


 撃沈しているリカルドに知らず追い打ちをかけるハインツ。

 うそ。それなの?と視線をラドバウトに向けるリカルドに、ラドバウトは苦笑して首を振った。


「受付で揉め事を起こす奴は一定数居る。お前だけじゃないさ。多少の切っ掛けぐらいにはなっただろうが、実力に反して依頼を受けてランクを上げる様子が無いってのが一番でかいと思うぞ」

「……はい。ちゃんと依頼受けます」


 結局そこに帰結するのね、とリカルドは溜息をついた。


 再度依頼を受ける事を意識付けられたリカルドだったが、お昼ご飯の後もラドバウトの鎧の慣らしに付き合った。明日デルクへと出発するので、その前に出来るところまではやっておいた方がいいだろうと思ってだ。

 夕方頃までマンツーマンで練習をすればどうにか一通りの機能にラドバウトは慣れる事が出来た。使いこなすというには程遠いが、それでも感覚は掴めたので後は回数を重ねるだけだ。

 礼を言って帰っていくラドバウトを見送り、リカルドは家に戻って居間のソファにごろんとなってクッションを抱えた。依頼をまた受けてこないとなぁと思いつつ、今日は久しぶりに占いの館を開けないとなと考えていた。

 またしても随分とやっていないのでそろそろやらないと廃業したと思われるかもと、夕食の後いつもよりも早めに地下に入って準備を進めた。

 リカルドはグリンモア版の姿となり椅子に座ると、一番に王太子が来るかもなぁと思いながら道を繋げた。

 幸い(?)その瞬間に王太子が来ると言う事はなく、なんとなくほっとするリカルド。

 そうして待っていたのだが、札からも路地裏からも誰かがやってくる様子はなく暇な時間が流れた。


「やっぱコンスタントに開いとかないとだなぁ……」


 占いの館の収益が無くとも生活に支障はないのだが、お客さんが来ないのは寂しいリカルド。

 誰かこないかなぁと、明日の予定(討伐依頼以外の依頼有れと希望)を考えながら待っているとようやく繋がる感覚がして背筋を正した。


「良かった! やっぱり占いの館だ!」


 飛び込むようにして入ってきたお客は二人で、リカルドの前に二人のうち一人がもう一人の男を引っ張ってきた。


「店主さん、助けてください!」


 毬栗頭の男の懇願に、リカルドはこの顔見覚えがあるような?と内心首を傾げつつ横の男に視線を向けて固まりそうになった。

 引き摺られてきた男は目元に傷があり、どう見てもあの侍に魅せられた男だったのだが——何故か丸刈りになっていた。


「どうぞお座りください」


 何で丸刈り??何があったの?となるリカルドだが、内心の動揺は隠して穏やかな微笑みを浮かべ、椅子をもう一脚用意して二人に勧めた。

 尚、この間も丸刈りの男は項垂れて何も言わず、無気力な様子で隣の毬栗頭の男に動かされるまま椅子に座っていた。


(っていうか、こっちの毬栗頭もあの時の青年か)


 丸刈りの男の前に占いの館に来てモテたいと嘆いた青年がいたが、毬栗頭がその青年だった。こちらは教会で髪を生やしてもらっておらず、地道に髪を伸ばし中のようであった。

 が、それはいいとして問題は丸刈りだ。

 明らかに様子がおかしいし、一度伸ばした髪がきれいさっぱり無くなって丸刈り状態になってしまっているのは異様だった。

 内心戸惑うリカルドに、毬栗頭の方が無言の男に変わって事情を説明してくれたのだが、結論から言うとディアードの一件が原因だった。


 自分達の身代わりのように捕まった少年を助ける事も出来ず、死なせてしまった。


 要約するとそういう事なのだが、腕の中で塵となって消えてしまった事が相当衝撃だったようで、俺はもう侍になんて成れない、そんな器じゃなかったんだ、奢っていた、浮かれていた、とどんどん思考がマイナスになっていってしまっていたのだ。

 どうにかブロマンテ王国まで戻ってきていたのだが、気力の全てを失ってしまったかのような男に毬栗頭がほとほと困っていたところ、行商人がこれがあればどんな願いも叶える占い師に会えると札を見せて来て、もしやと思って言い値で買ってここにやってきた。というのが二人の経緯だ。


「お話はわかりました」


 というか、裏側まで全部まるっと熟知している当事者のリカルドである。

 行商人が何でうちの札持ってるんだと調べたい事はあったが、そんな事は置いといて話を進める。


「ではご相談はこちらの方で、という事でよろしいですね?」

「はい、こいつがこんなんだと困るんです。どうにかしてください」


 そりゃまぁディアードなんかにまで付き合わされた挙句に、行くと言った奴がこんなになってしまったら困るどころじゃないだろうなと思うリカルド。むしろよく見捨てずに引っ張って来たものだと感心する。

 さっそく時を止めて虚空検索アカシックレコードで調べ、どうにか何とかなりそうな道を見つけたリカルド。


「では付き添いの方は先にお戻りください」


 他に人がいると話さないというのがわかっていたので、毬栗頭をこちらに来る前にいた場所、宿屋の部屋へと勝手に戻す。

 え?という顔を一瞬したのを最後にその姿は消えたのだが、その事にも丸刈りの男は反応しなかった。

 その無反応っぷりに、うわぁまじでやべぇと思うリカルド。そんなつもりは全く無かったのだが、良心が痛んで仕方がない。


「お客様はその少年の事を救えなかったとお思いなのですね?」

「…………」

「その少年はあなたを見てとても驚いたと思いますよ」

「…………」

「そうまでして助けようとする者がいるとは思わなかったでしょうから」


 ほんの少し顔を上げて視線を向けてきた男に、まじでな、と思いながら話すリカルド。


「あなたを恨むような事はないでしょうし、あなたに今のように無気力になってご友人に迷惑を掛けて欲しいとも思っていないでしょう」

「………そんな事……誰にもわからないじゃないか」


 それに俺は俺自身が情けなくて……とまた視線を落とす男。


「何が情けないんですか?」


 リカルドが尋ねると、暫くの間男は無言でいたがやがて口を開いて胸の内を吐き出した。


「…………馬鹿みたいに……俺が助けるって息巻いて……仲間にも無理を通して………やれば出来るなんて思いこんで…………」

「それが情けないと?」

「……形ばかりで……口先だけで………結局、何も出来なかった」


 いやいやそんな事ないから。と言いそうになるのを抑えるリカルド。

 何しろこの男によってリカルドは常に気を張って逃げ続けなければならなかったのだ。居なければもっと楽が出来ていただろうが、少なくともディアードに入ってからは本当にこの男に苦労させられた。

 そんな苦労を思い出しながら、リカルドは問いかけを続ける。


「では、結局何も出来なかったという結果を得て、あなたは今のようにご友人に心配をかける自分をどう思われますか?」

「………もうこんな奴は見限ってくれていい」

「では全てに背を向けて少年の後を追うのですか?」


 はいと答えが返ってこないのは確認していたが、もし肯定が返ってきたらどうしようとちょっと緊張して尋ねるリカルドに、男は首を振ってそんな資格もないと項垂れた。


「………なるほど」


 と頷きながら心底安堵するリカルド。安心して次の話に行けた。


「お客様。一つお伝えしますが、ディアードによって召喚されてしまった少年は必ず元の世界に帰れます」


 帰れますというか、還すが正解だが、そこは誤魔化すリカルド。


「え………え? ……! もしかして」


 黒い塵と化した少年は生きている?という想像をした男にリカルドは首を横に振った。リカルド(樹)の復活予定は無いので、そこは否定する。


リカルド(樹)その少年は残念ながら亡くなりました」

「………じゃあどういう……」


 混乱する男に、リカルドは水晶玉に以前見せた映像作品のとあるシーンを映し出した。主人公が幼馴染を亡くすシーンだ。


 死してなお魂は不滅、再びえにしを辿り巡り合う。ならば生まれ変わってもまたお前の友になりたいものだ。そう言って息を引き取った友の言葉を思い出す男。


「魂は不滅。魂だけ、帰ったのか?」

「全ての魂は女神の腕の中。今すぐというわけにはいかないかもしれませんが、いずれは平和と安寧の女神が……」


 そんな事になったとしても、あの酒飲みは何もしないだろうけど。と思いつつ意味深に言って微笑みを浮かべるリカルド。


「いつかあなたの魂がその少年の魂と出会う事があったら、あなたは今のままのあなたで胸を張れますか?」

「っ………」


 尋ねるリカルドに、男は顔を歪めた。

 ぶっちゃけリカルド個人としては、輪廻があったとしても生まれ変わればそれは別人なので胸を張るもくそも無いと思っている。だがここはそれで押し通すしかなかった。

 リカルドは手のひらに幻覚で黒い塵が集まるように見せて、空間の狭間から時を止めている間に作った黒い勾玉状のものを取り出した。


「自分を助けようとしてくれたお客様に対する謝罪想いが込められています。一度だけ、あなたの身に危険が迫った時に守ってくれるでしょう」


 ゲームとかでよくあるアイテム、身代わり系の護符(ラドバウトにやり過ぎだと言われたばかりなので一度きりの効果のこれに自重した)なのだが、男はそれをリカルドから押し頂くように両手で受け取ると、そのまま握りしめてくしゃくしゃの顔で涙した。

 ものすごく心を抉られる光景に微笑みで耐えるリカルド。精神耐性が無ければ全てを暴露して申し訳ありませんでした!と謝罪していただろう。


「お客様にはこちらの方がお似合いです。どうぞ諦めず思うままに突き進んでください」


 罪滅ぼしのようにリカルドは手を伸ばして回復魔法を使い男の髪を生やし、バインドで元のように高く結った。


「店主………かたじけないっ」


 言葉を詰まらせ深く頭を下げる男に、余計にざっくざっく心をやられるリカルド。もう無理、と思ってそのまま男を元の宿屋の部屋に戻して机に突っ伏した。


(まじですまんかった……)


 そう思うが、だがしかし本当の事を話す勇気もない。チキンな死霊魔導士リッチである。


「………で、何で札が売られてんのかって話だよ」


 このままではメルトダウンすると、意識を切り替えるため口に出して時を止めるリカルド。

 調べてみれば、以前渡した客が悩み事のある友人にこれを使えば悩みが解決するよと渡して、でもその友人がそれを冗談だと受け取って使わずにいたのだが、そのうち金に困って悪いとは思いつつも行商人に売ったのが経緯であった。

 とりあえず譲渡禁止とも売買禁止とも言ってなかったので責める事は出来ないが、少なくとも毬栗頭にはいろいろ申し訳ないので代金分をそっと財布の中に補充しておくリカルド。


「今後そういう客が出てきたらどうしような……売られた分は回収するか? いやでも今回みたいなケースがあるし……んー……」


 しばし考え、まぁそういう客が来た時に考えればいいかと雑に考えた。安定のテキトーさである。

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