第79話 鎧の慣らしと誉というクランとは

 その後リカルドはラドバウトに言われて鎧一式が備えている機能を全て書き出す事になったのだが、腕を組むラドバウトの監視のもとに一生懸命書き出す姿は完全に生徒指導室で反省文を書かされている生徒の図であった。


「そうだリカルド、アレをいいか?」

「あぁはい、もちろん」


 ラドバウトの無言の威圧を露ほども感じてないリッテンマイグスが請求書の確認を終えてリカルドに声を掛ければ、リカルドも反省の薄い生徒のようにすぐに反応して紙を取り出し、そこに先ほどラドバウトが鎧を着こんだ姿の立ち絵を投影して定着させた。

 はいどうぞと出来たカラー写真魔法絵(新魔法)を渡すリカルドに、リッテンマイグスは驚く事もなく受け取って、満足そうに眺めている。


「………おい、なんだそれは」


 またしても置いてけぼりのラドバウト。


「何って姿絵のようなものだけど」


 これもどうぞと、聖騎士に変身する瞬間のポーズを取っているところとか、変身した直後の花びらのエフェクトが舞っているところとか、個人的セレクションを次々投影してリッテンマイグスに渡すリカルド。

 設計時にこういう事も出来ますよとリカルドがやって見せて、一も二もなく欲しいとリッテンマイグスが頷いていたので、その約束を果たしている。のだが、目の前で己の(恥ずかしい)姿が次々と映し出されてリッテンマイグスの手に渡っていく様子に、ラドバウトは頭を抱えた。


「あ、大丈夫だって」


 頭を抱えたラドバウトに気づいたリカルドは、ポンポンとその肩を叩いた。


「リッテンマイグスさんにしか渡さないから。リッテンマイグスさんも自分の作品を偶に見たいって事だから誰かに見せる予定もないし。ですよね?」

「あぁ。わざわざ見せて面倒事を引き寄せる気はない」


 リッテンマイグスの言葉に、どうにかラドバウトは気力をかき集めた。


「リカルド、お前は?」

「俺? そりゃもちろん個人的に見てニヤニヤすると思うけど誰かに見せたりはしないよ」


 個人的に見てニヤニヤするのも止めて欲しかったが、この二人以上に見られないのなら、ギリギリ耐えられるかと考えるラドバウト。


「絶対誰にも見せるなよ」

「もちろん」


 わかってるよと軽く頷くリカルドに、どこまで信じていいのか甚だ疑問のラドバウト。リカルドの場合悪気無くすっとぼけてやらかしそうな所があるのでどうにも不安だった。

 カリカリと機能の書き出し作業に戻ったリカルドにラドバウトは溜息を吐いた。


「じゃあ私は戻る」


 カラー写真魔法絵を見ていたリッテンマイグスは、その出来栄えにも満足して風呂敷なようなものに包んで立ち上がった。


「あ。ありがとうございましたリッテンマイグスさん」

「あぁ、とても有意義な時間だった。リカルドの依頼ならばまた喜んで協力しよう」

「あはは、さすがにここまでのものはそうそう作らないと思いますけど、でもその時はよろしくお願いしますね」


 リッテンマイグスが差し出した手を握り返し、頬を掻きながら頷いて笑みを浮かべるリカルド。


「ラドバウトもそれで何か気になる事が出たら顔を見せろ」

「あぁ」


 返事をしながら、この二人がまた何か作ったらこれの上をいくんだろうかとそんな恐ろしい事が思い浮かんで思わず頭を振るラドバウト。


 リッテンマイグスが帰り、リカルドも数枚に渡って機能の説明を書きだし終えると、どうする?とラドバウトに聞いた。


「どうするって?」

「説明は書いたけど実際使ってみないとわからない部分があると思うんだ。俺がちょっとサポートした方が感触を掴みやすいのもあるから、手伝おうかと思って」

「あー………」


 製作者がそう言うのならそうだろうが、と考えるラドバウト。


「なら頼むか」

「了解。いつやる? 俺はいつでもいいけど」

「だったら今日いいか? 明日にはデルクに向けて出発する予定なんだ」

「デルク?」

「東の国だ。ちょっと変な事が起きてるようで念のために呼ばれてな」


 デルク王国はグリンモアの東隣にあるフルエスト王国の南東に位置する。グリンモアとも交流はあるが、それはフルエストを通してなので直接的にグリンモアの国民がデルクを意識する事は無い。従ってリカルドもその名に馴染みは無かった。


「そうなんだ。じゃあ……うちに来てもらっていい? その方が俺がやりやすいんだけど」


 ここでも敷地は広いので問題はないのだが、出来れば自分の家の庭に暗黒騎士を出現させたい(そしてその写真を撮りたい)リカルド。私欲まみれである。


「あぁ構わない」


 リカルドの思惑に気づく事なく、ラドバウトはじゃあ行くかと紙を折って懐に仕舞って立ち上がった。

 そうして二人してクランの家を出て街中を歩いたのだが、そういえばとラドバウトは思い出した。


「お前、ランクを上げるのはどうなったんだ?」

「あーそれね。ちょっとずつやってるよ」


 リカルドの答えに、まぁずっとディアードの奴らに捕まってたら無理か。と呟くラドバウト。それを聞いて、普通に考えたらそりゃこっちにもバレてるよねぇとため息をつくリカルド。


「あんまりイツキを不安にさせるなよ」

「もうハインツに言われた。樹くんには謝ったよ」

「それで収まったか?」


 かなり動揺して飛び出して行きそうだった樹の様子を思い出し尋ねるラドバウト。


「うん。多大な犠牲を払ったけど収まった」

「多大な犠牲?」

「うん。詳細の説明は拒否する」


 すん。と遠い目になるリカルド。


「……収まったなら構わんが」


 と、そんな他愛もない話をしながらリカルドの家へと戻ると、庭では件の樹がナイフを操作する練習をしていた。


「あ、おかえりなさい」

「ただいま。練習してたんだ」

「はい。ラドバウトさんもこんにちは」

「おう、なんか面白そうな事してるな」


 樹の周りに浮いているナイフに視線を向けて言うラドバウトに、樹は苦笑いを浮かべた。

 

「隠し玉として使ったんですけど、ハインツさんには全然ダメでした」

「ん? あぁ手合わせしたのか」


 リカルドが戻ったからかと理解したラドバウトに、はいと頷く樹。


「まぁそう簡単に負けてもらっちゃこっちも困るからな」


 笑って言うラドバウトの横で、いやぁハインツ次はやばいって言ってるけどなぁ……と内心呟くリカルド。


「今日はどうされたんですか? ハインツさんに?」

「いや、ちょっと俺の鎧の事でな。リカルドに慣らしを手伝って貰うんだ」


 鎧に慣らしときて、樹は鎧を着た状態でリカルドとラドバウトが手合わせをするのだろうかと想像した。


「俺見ててもいいですか?」

「あー……」


 ラドバウトは視線をリカルドに移し、変な事はしないよな?と視線で確認した。

 何か圧を掛けられている事を察したリカルドは、たぶんポーズ取っての変身とかさせるなよと言っているんだろうと理解して頷いた。


「構わないが」


 鎧自体は特に見られても問題がないと考えてラドバウトは了承し、了承が得られた樹はナイフを布に収納して場をラドバウトとリカルドに譲るように軒下の方へと下がった。


「じゃあさっそくする?」

「あぁ」


 とりあえずすぐにやるのかな?と確認したリカルドにラドバウトが頷いたので、了解と意識を切り替えるリカルド。


「そうしたらまず装着から。一度着てるから言葉無しでもイメージでいけると思うけど、最初に見えた幻影は不要だと思えば消せるから無しでやってみようか」

「…………」


 やっぱりそれもか。という視線をもらったリカルドだが、その反応も想定済みなのでスルーして出来そう?と首を傾げた。

 もう何度目からわからない溜息を零してラドバウトは集中した。その瞬間、再びあの漆黒の鎧を纏っていた。

 見ていた樹は、一瞬にして鎧を纏ったラドバウトに目を丸くした。

 まるでゲームかアニメか何かのように変身したラドバウトに、この世界なんでもありなんだなと思ったが、残念ながらそれを成したのは同じ世界出身の奴リカルドである。


「うんうん、いけるね。そしたら難しそうなのからやろうか。鎧を脱ぐイメージを兜だけに限定してみてくれる?」


 言われる通りラドバウトが兜を外すイメージをすれば、ふっと兜だけが消えた。


「いいね。兜が邪魔だなとか鬱陶しいなとか思っただけでは収納されないようにはしてるけど、何か不具合があったら言ってね」

「わかった」

「じゃあ望遠機能の使い方だけど、まずは望遠という事自体に慣れてもらう必要があるんだ。ラドは望遠鏡とか使った事はある?」

「一応あるが」

「覗いて見る筒みたいな奴?」


 それ以外にあるのか?という顔になるラドバウトに了解了解とリカルドは頷いた。


「じゃあやっぱり最初は俺が見せた方がイメージが繋がり易いね」


 言いながら幻覚魔法を使用してラドバウトの目の前にゲームでステータスや会話などを表示する半透明のパネルのようなものを作り出した。


「実際の兜の機能と同じ事をして見せるから。

 まずはこうやって枠を作った方がやりやすいから、それでやるよ」


 そう言って、リカルドは実際そこにある景色をパネルの部分だけ切り取ってゆっくりと拡大させていった。


「こんな風に遠くのものを拡大する時は奥に入り込むように見ようと思えば見えて、手前に引くように見れば元に戻るように出来てる。微調整もその感覚で出来るし、一旦拡大したそれを横にずらして別枠で配置する事も出来るから」


 こんな風に、と拡大されている映像を別のパネルを生み出してそちらに移し、元のパネルの拡大率を戻して見せる。

 異世界日本出身者であれば、複数の画面が映されたモニターを見る事などそう難しい事でもないのだが、そういう物自体に馴染みが無いラドバウトは眉間に皺を寄せてその拡大と縮小の動きと、映像を分けるという事自体を理解しようと必死だった。

 そしてその風景を見ていた樹は、この世界にもこんなロボットアニメのような技術があるのかと思っていたが――以下略。


「どう? なんとなくイメージは掴めた?」

「………なんとなく、だが」

「じゃあ兜を被るイメージをしてやってみて」


 言われて一度深呼吸をして意識を集中し、まず兜をイメージして装着するラドバウト。それから今見たように宙に半透明の枠組みを作るようにイメージすれば、視界にその通りに薄く発光する線が生まれて景色を切り取った。

 さらにそこに集中して覗き込むように意識すれば拡大された。が、調整がうまくいかず急激に拡大された事で頭が処理出来ずぐらついた。


「ラド目を閉じて、そのまま三秒すれば元に戻るから」


 すぐに気づいたリカルドが、足元がふらついたラドバウトの背を支え言えば、ラドバウトは兜の下で息を吐いた。


「これ……かなり難しいぞ」

「慣れれば大丈夫。ゆっくり拡大と縮小を繰り返せば慣れると思うから。最初はちょっと気持ち悪くなるかもしれないけど……どうしよ。止めとく? 別にこの機能を使いこなせないといけないって事はないからさ」


 自分の趣味でしんどそうになっているラドバウトを見て、さすがに悪いと思ってそう言うリカルドにラドバウトは頭を振った。操作は難しいが使えればかなり便利である事は間違いない機能なので、諦めるには勿体なかった。

 が、そうして何度か繰り返した結果、段々船酔いというか車酔いというか三半規管がおかしな具合になってきたラドバウトはその場に座り込んでしまった。


「あの、ちょっと思ったんですけど」


 傍らで見ていた樹がある事に気づいて遠慮がちに手を上げた。


「もしかしてラドバウトさん、視界一杯を拡大していませんか?」

「……? そうだが」


 頷くのもしんどくて言葉だけで返すラドバウトに、横でリカルドがポンと手を打った。


「なるほど。そういう事か。ナイス樹くん」

「いえ、ちょっと思っただけなので」

「??」


 何がそういう事なのか理解出来ないラドバウトに、リカルドはその場に枠を二つ書いた。


「ラド、最初幻覚魔法で見せたのは分りやすいように大きめの枠で見せたんだけど、やるときはこのぐらいの大きさでやってみてくれる?」


 外側の枠がラドの視界範囲一杯だとして、このぐらいのサイズね。と大きな枠の中の小さな枠を示す。

 大画面による没入感によって頭が混乱しているのではないかと樹は思ったのだが、果たしてそれは正解で、ラドバウトは小さな一部分の拡大と縮小を成功させる事が出来た。


「……たぶん出来たと思うんだが」


 戸惑い気味にそう言うラドバウトに、おおやったと拍手するリカルド。樹もリカルドにつられて拍手すれば、なんだか気恥しくなるラドバウト。


「その感覚を元にして、徐々に映し出す大きさを変えれば使いこなせるようになると思うよ」

「わかった」

「じゃあ望遠機能はそれで頑張ってもらうとして、あとやっといた方がいいのは――」


 重さを変える奴と、外部魔力タンクを使用した機能の範囲拡大の調整かな?と考えて、樹がいるので丁度いいと範囲拡大の調整を先にするリカルド。

 樹は思っていたような慣らしでは無かったのだが、ラドバウトの手の甲から出てきた特大の剣にちょっと恰好いいと見惚れていた。さすが異世界日本男児。刺さるところは似たようなところである。


 お昼時までそうやってラドバウトが鎧に慣れる練習に付き合って、どうせだからお昼も食べていきなよという事で昼食はハインツとラドバウト、樹とリカルドの四人でテーブルを囲む事になった。


「そういえばさ、東の……なんて国だっけ?」

「デルクな」

「そこに行く話はハインツも?」


 本日の昼食は細いパスタを使ったスープスパと、蒸し鶏のサラダだ。

 量的にスープスパというか、もうラーメン的な感じになっているがその辺の見た目を気にする者はそこには居ない。音こそずぞぞと食べる者はいないが、みんな大口でばくばくと食べている。


「いや、俺は留守番」

「代わりに他のクランメンバー一人を連れていく予定だ」

「そっか。ハインツに聞いたかな? 移動用の魔道具はもう渡してるから」


 ラドバウトは一応ハインツからリカルドに転移用の魔道具を作ってもらうとは聞いていたので、そうなのか?とハインツを見れば首肯が返ってきた。


「あぁ。昨日貰った」

「なら今度からは行けるな」


 おう、と頷くハインツにラドバウトもほっとしたように笑みを浮かべた。

 ギルドとの交渉を請け負っているのはラドバウトなので、パーティー単位で来る依頼に対してハインツ分の穴を埋めるために他のクランメンバーと交渉して臨時で入ってもらったり、それをギルド側に認めさせたりといろいろ苦労していたのだ。


「ラドバウトさん、他国に行くんですか?」

「ん? あぁ、ちょっと変な事が起きてるとかで調査依頼が入ったんだ」

「へぇ……Sランクの人でも調査依頼が来るんですね」


 なんだかそういうのってもう少し下のランクの人が調べて、手に負えないってなったら呼ばれるのかと思ってました。と話す樹に、確かになとリカルドも思った。


「まぁうちはちょっと特殊だからな。他のクランからすれば依頼料も低めに設定されているし」

「そうなんですか?」


 蒸し鶏に一人だけ蜂蜜と胡椒を掛けて食べているハインツは、そうなんだよと頷いた。


うちのクランマスターがな、力がある奴はその分やるべき事があるって言って他のクランがやりたがらない依頼とかを引き受ける奴なんだよ」

「正義感が強い人なんですね」

「いやぁ正義感ってわけでもないっていうか……」

「美学なんだとさ」

「美学?」


 ラドバウトの投げやりな言葉に聞き返す樹。ラドバウトは蒸し鶏にがっつり玉ねぎのソースを掛けながら、肩を竦めて返した。


「そう言ったら恰好いいだろ? だとさ」


 樹とリカルドはなるほど、と納得した。そういうタイプの人なのかと。


「まぁでも他のクランに比べて揉め事も少ないし、やってて嫌な気分になるような依頼ってのも少ないしで居心地はいいんだよ」


 それでも一応という感じで擁護するラドバウトの言葉にハインツも相槌を打つ。


「なー。ほんとそれ。他のところは誰が上だとか取り分がどうとか、誰が誰の女取っただとか取られただとかいろいろ問題起きてるけど、うちはそんなんないもんな」

「問題があるとすれば人手が不足気味ってとこぐらいか」

「人手不足?」


 聞き返したのはリカルドで、このグリンモアだけでもジュレの二つのパーティーが常駐しているのに?と疑問が浮かんでいた。


「普通は俺らクラスのメンバーをこんな平和な地域に置いとかないからな。各地に均等に配分してるせいでカバー範囲が広いんだよ」

「カバー……って事は、じゃあ今回のデルクだっけ? そこもラド達の守備範囲で起きた問題だから呼ばれたって事?」

「あぁ、ここを拠点にしてる奴は特に範囲が広くてフロリア王国からマナルクス王国あたりまでを担当している」

「はー……それは結構な範囲だね」

「まぁな。ただそれでもここは飯が上手いし仕事も少ないから休養地代わりにする奴がほとんどで争奪戦になるんだよ。前はそれで喧嘩になったから今はもうローテーションで回してるんだわ」


 へーと言いながら、そう言えば出会った頃にいずれ南の方に行く予定みたいな事言ってたっけ?と思い出すリカルド。


「クランの人数ってどれくらいなんですか?」

「今は8パーティーで合計35人だな」

「思ったより少ないんですね」


 ジュレの事はギルドで何度か聞いていた樹は、予想よりもかなり少ない人数に目を丸くした。聞いた話では一番有名なクランで、そこに張れるのは白狼ヌールという大規模クランぐらいだと聞いていたのだ。


「そ。少数精鋭——ってのは聞こえはいいけど、最低ラインがAランク相当からって決まってるのと、何よりマスターの趣味によるところが多いから、メンバーが新しいメンバーの推薦をしてもなかなか認められないんだよ」


 ハインツは肘をついて、だからいつも人手不足なんだよねと付け足した。

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