第76話 緊張する手合わせ

 うっきうっきで家に帰ったリカルドは鎧の事は集中出来る夜にしようと考えて、ひとまずは昼ご飯を食べてからの樹とハインツの手合わせに思いを馳せた。

 二人のステータスは既に並んでいる——というかちょっと樹の方が上回り始めている。技術的なところはステータスに現れないのでわからないのだが、ハインツの実力はリカルドも身を持って体験している。なかなかそこは追いつけないのではないかと思うが、樹も樹で成長率が半端ないのを知っているので一概にハインツが勝つとも言い切れない。魔法を含めた攻防になれば樹もそれなりに有利になるんじゃないかと思っているリカルドだが、勝敗は読めなかった。


 その日樹がシルキーと作ったお昼ご飯はチキンカツで、まるで受験の前日みたいだなと思うリカルド。

 そう思っていたら樹が試験の前日とかは親が買ってきてくれて好きだった事を教えてくれ、なるほどと理解した。作ってくれたではなく買ってきてくれたという所がなかなか家庭事情を感じさせる話だったが、それはともかく勝つつもりだというのは伝わった。ラドバウトに手合わせを提案された時には随分と狼狽えていたのに、その姿勢の変化は大きい。成長を自分に見せたいという事だと思うと、なんだか子供が巣立つ前のようなそんな親の気分にすらなる呑気なリカルドだが、樹としてはリカルドに守ってもらわなくても大丈夫だという事を証明したいとディアードの件があってから強く思ったからだ。


 相手をするハインツはその話を聞いて樹の考えがわかるから苦笑し、わかっていないリカルドはハインツのその苦笑を余裕と捉え、相変わらず純粋に手合わせを楽しみにしているんだろうなと深く考えず思っていた。


「ハインツ、やるのはいいけど樹くんに怪我とかさせないでくれよ?」


 少々心配になってリカルドがそう言えば、ハインツは呆れた顔をリカルドに返した。


「お前な、イツキに無茶苦茶な腕輪付けといてそれはないだろ」

「………そういえばそうか」


 言われて思い出すリカルドに、こいつは……と額を抑えるハインツ。


「ラドがイツキから効果を聞いた時に眩暈がしたって言ってたぞ。俺もしたけど」


 ちなみにラドバウトは野営中に素人の樹が怪我一つ、傷一つ負っていないところを見て違和感を覚え確認した。腕輪を始めとする魔道具(護符)の効果を知ってすぐに訓練中は緊張感を維持するために外すよう話したが、どれだけ過保護なんだと遠い目になったのは言わずもがなである。


「いやだって渡した時はまだディアードの追手がこの辺に居た時だったし、魔法なんかも全然使えない時だったんだよ。実際付けてもらってて良かった事もあったし」

「は? 良かったって」

「ちょっと教会に誤解されて揉めた事があったんだ。その時結構無茶されて」

「教会に? お前教会にも目をつけられてるのか?」


 ギルドに目を付けられているリカルドなので、そっちもかと邪推するハインツに違う違うとリカルドは手を振った。


「つけられてないし、今は良好な関係だから。ただちょっとその時はタイミングがいろいろと悪かったっていうか、悪い事が重なってしまって誤解されただけなんだよ」

「あのハインツさん、それは本当です。俺が首を突っ込んだせいで勘違いされて捕まりそうになって、リカルドさんは関係なくて」


 変な誤解をされそうになっているのを見て樹もリカルドの援護をしたので、ふーんとハインツは引いたが、頭の中では聖女の面倒を見ていた事を考えると本当なんだろうなと冷静に考えていた。


「まぁどっちでもいいけどさ。そんな腕輪付けてるんだから、怪我する可能性があるのは俺の方だろって話だよ」

「とか言っちゃって。そんなつもりなんて無いんだろ?」


 リカルドが茶化して言えば、ハインツは苦笑いを浮かべた。


「当たり前だ——って言えたらいいんだけどねぇ……魔法が結構やばそうなんだよね」

「え?」


 意外にも弱気な発言をするハインツに、慌てたのは樹だ。


「わーーハインツさん、その話は――」

「見た事もない火魔法で魔物を内側から弾けさせたって聞いたらな。その時は危うく被りそうになって焦ったってラドも言ってて。初見の魔法は見切るのが難しいから俺の方がやばいと思うんだよねぇ」

「それはちょっと想定と違ったって言うか、まさか一瞬で体液が気化して爆発するとか思わなかったんです! さすがにそんなものハインツさんに向けて使いませんよ!」


 内側から弾けさせた。気化して爆発。と呟いて、何となく想像出来たリカルドは内心蒼褪めた。どんだけの熱量をぶち込んだんだ樹くん、と。

 しばらく見ていない間に樹の魔法が超進化してしまっていた事が判明。これまじで俺注意して見てないとダメなんじゃと冷や汗(妄想)を掻き始める。


「それに魔法だけで勝ってもリカルドさんには俺が強くなったって証明にならないと思うんで……」


 ぼそぼそと付け加えた言葉は、冷や汗(妄想)を掻いていたリカルドの耳には届かず、届いたハインツだけが苦笑した。


 妙な覚悟を強いられる事になったリカルド。ご飯を食べて少し休憩した後、万一に備えて真剣に立ち合いに臨む事となり実は一番緊張していた。

 庭に出て家や木々に念のため保護を掛け、それから向き合う二人に視線を送る。


「俺、作法に詳しくないんだけど、この場合剣を構えた状態で始めるの?」

「まぁ一般的にはそうだな」


 リカルドの問いに答えながら、腰の剣を抜くハインツ。ハインツの剣は予備の数打ちの一本だ。形状は特に反りなどもない一般的なロングソード。

 対する樹も剣を抜き両手で構える。こちらも数打ちの一本で、何の変哲もないロングソード。

 両者ともに数打ちではあるが、強度はその中でも上等な部類に入る。でないと二人の力に剣が負けて折れるからだが、その辺の目利き能力は無いリカルドにはただ刃を潰してない本物の剣だとしか映らない。

 自分に向けられているわけではないが、ディアードの工作員に向けられている時よりも緊張していた。

 と、樹の手元に違和感を覚えて気が付くリカルド。


「樹くん、腕輪は?」

 

 ずっと嵌めていた腕輪の姿がそこに無かった。

 樹は指摘される事がわかっていたのか、落ち着き払った様子で答えた。


「外しました。条件は揃えるべきです」

「え……いや、それは」

「ははっ、そういう心構えはいいと思うぜ」


 薄く笑うハインツは既に戦闘モードに入りつつあった。

 

「いやいやハインツ、さすがに――」

「手合わせにそんな腕輪してちゃ無粋だもんなぁ? それにリカルドがいるなら万一も有り得ない」

「え、そんな断言されても――」

「これのせいで勝てたとか言われても嫌ですから。絶対にリカルドさんに認めてもらいます」

「いやいや俺が認めるって何のこ――」

「まぁこの俺から一本取れたらこいつも認めざる得ないだろうね」

「ちょっと二人とも聞いてくれる!?」


 悉く遮られて声を上げるリカルドだったが、二人から鋭い視線を貰って反射的に口を噤んだ。


「「合図(を)」」


 しかもハモられて、その気迫に押されたリカルドは、あーもうしょうがないな!とラドバウトがやったように手を上げて勢いよく「始め!」と振り下ろした。

 

ガギッ


 一瞬にして接近した両者が鍔迫り合いをしたのは一秒にも満たず、続けざまに甲高い剣戟の音が響いた。

 ハインツの袈裟切りから始まった応酬は受けた樹が流して切り上げ、それをハインツが上から押さえたところを樹が瞬時に力を増して跳ね除け空いた胴に横凪ぎを入れようとするが、引いたハインツにタイミングをずらされ逆に手元を狙われギリギリで受けて弾き、押されないように一歩踏み出し勢いを乗せて払った。

 そんな常人には捉えきれない速度で切り結ばれる白銀と流れる様な動き全てを視認していたリカルドは、はらはらしながら両手を胸の前で握って両方ともやり過ぎないでくれよと祈っていた。見切れてしまう動体視力を除けば完全に母親ポジションだ。

 

「いいねいいね!」


 切り結んでいる癖に笑って息を使うハインツに、うわ。と思うリカルド。テンションが上がって来たハインツがどんどん攻勢を強めるのは身を持って知っている。

 だが対する樹も身体強化を強めてそれに喰らい付いていた。

 手数を増すハインツに、リカルドが教えた新魔法も使って崩れる体勢を立て直して耐える樹。


「面白いねぇ、何かやってるのだけはわかるけどさっ」


 だが剣撃に体術を入れながら樹の懐に入ってトンとその胸を手で押し、はいこれで一回死んだと遊ぶように笑うハインツ。


 やはりその経験値の差は大きいようで、完全に抑え込まれている樹。何度か切り結ぶも弄ぶように懐に入られては致命の一押しを手で撫でられ隙を指摘される。


 何度目か遊ばれた樹は、ぐっと奥歯を強く噛んで剣を横に振るって間合いを取り、片手を剣の柄から外すと腰から昨日リカルドに貰ったナイフを収納している布を取り出し、振り払うようにしてそれを開いた。

 ハインツは何か面白そうな事をしそうだなとわざと距離を詰めなかった。次の瞬間、開かれた布からするりと全てのナイフが滑り落ち――宙に浮いた。


「重力魔法?」


 呟いたハインツだが、リカルドは違うとすぐに気づいた。先程から樹が体勢を崩す度に使っていた念動力ネルスだ。リカルドが教えた新魔法の一つで、その効果はサイコキネシスと同じだ。

 リカルド的には手品の種だとか、手が届かないものを取るのに便利だなぐらいの感覚の魔法だったのだが、樹は完全にそれを攻撃用に昇華させ遠隔操作武器として使用していた。樹にナイフを貰うまでは周辺の石で練習していた技だが、ラッキーな事にナイフの芯にミスリルが使用されていた事で魔法の通りが良く操作性が上がっていた。


 予備動作なしに展開していたナイフの一本が飛んで、ハインツはそれを警戒しながら払い落した。が、


「っ!?」


 予想以上に重いその衝撃に、ただのナイフじゃないと咄嗟に踏ん張るハインツ。

 それもその筈、樹は念動力ネルスで動かしているだけじゃなく、飛ばした瞬間それに合わせて指向性を持たせた重力を乗せていたのだ。十を超えるナイフを従えた樹は、さながら十を超える剣を持っているのと同義である。

 続けて放たれるナイフに、しかしハインツは笑みを濃くした。そして全く臆する事なく樹に突っ込んだ。

 樹も剣を構え直して迎え撃つが、取り囲むように展開したナイフを使用してもなお、ハインツの動きは止められなかった。

 何をどうやって察しているのか背後から狙うナイフが視えているかのように払い避け樹に肉迫する。

 そして、これでお終い。と言うようにあっさりと樹の手首に柄を叩きつけて剣を落とさせ、それでもナイフを飛ばす樹に自分の身代わりになるようにその胸元を掴んで入れ替わり盾にした。


「っ!」


 自分を身代わりにされると思っていなかった樹は咄嗟にナイフを止めようとしたが、重さを乗せた分だけ加速が掛かり止まらない。

 身を固くした樹に触れる直前、ナイフは見えない壁によって弾かれた。


「そこまで!」


 物理結界を張って止めたリカルドは樹に駆け寄り、ハインツの手が離れてその場に座り込む樹の手を取って回復魔法を掛けた。剣の柄を叩きつけられて折れてはないが、しっかり紫色の痣になっている。樹が限界まで強化を掛けている上でこの痣という事は、普通ならポッキリ折れている——を超えて、ぐちゃっとなっている程の衝撃だ。

 ハインツやり過ぎじゃ…と一瞬思うリカルドだが、樹もここまでやらないと剣から手を離してなかったかと口にはしなかった。


「戦法としては面白いけど、まだまだ使いこなせてない感じだな」

「………負けた」

「まぁ新人にそう簡単には負けられないさ」

「……手数はこっちが多い筈なのに」

「ナイフの事か?」


 視線を上げず樹は、小さく頷いた。

 ハインツは剣を仕舞うとそうだなぁと顎に手を当てた。


「あれ、同時に攻撃に回せるのはせいぜい三本程度。残りはブラフ。だろ?」


 ハインツの問いかけというか確認に、樹は手を握りしめた。その通りだった。操作性が上がっても、樹自身がうまく扱えなくてハインツの言う通り同時に細かく動かせるのは三つまでだった。


「その三本も軌道は直線的で読みやすい上に距離を詰めればさらに範囲も狭められる。後はそっちに意識を取られてるお前の剣を落とすのなんて容易いってわけだ」


 ハインツに言われて眉間に皺を寄せ、唇を噛む樹。


「でもま、この短期間でここまで出来るようになったのは末恐ろしいよ」


 な?と、振られたリカルドはうんうんと何度も頷いた。


「ハインツに向かっていけるとか本当すごいと思うよ。俺無理だし」

「お前の場合その根性の無さをどうにかしろよ」


 呆れるハインツにそんな事言われてもとリカルドはブツブツ言いながら樹の手を放した。


「もう大丈夫だと思うけどどう? 変な感じはしない?」


 樹は手を握りしめて、開いて、もう一度握りしめると大きく息を吐いた。


「大丈夫です。……経験不足って事ですね」


 呟く樹に、ハインツは思わずと言った様子で噴出した。


「そりゃそうだ、お前の経験なんてひと月足らずだろ?」

「そうですけど……いいです。精進します」


 立ち上がる樹に合わせてリカルドも立ち上がれば、樹は負けん気の強い目をハインツに向けていた。


「また手合わせしてもらってもいいですか?」

「もちろんいいぜ?」


 余裕たっぷりに頷くハインツに、樹は服に着いた土を払って家へと戻っていった。

 見送った形になったハインツは、


「……って言うしかないんだけど、今の時点で既にやばいあいつをどうするか」


 腕を組み佇むハインツの零した言葉に、がくっとなるリカルド。


「余裕そうに見えて全然余裕じゃないのかよ」


 突っ込むリカルドにハインツは表情を崩して頭を掻いた。


「いやーお前に身体強化教えてもらって無かったら無理だったね。それにあのナイフ、数増えたら完全に手に負えないって。お前もよくあんな出鱈目な魔法知ってるな。どうやってんだよあんなの」


 今回は樹が正攻法、いい子ちゃんの戦い方だったからハインツも動きが読みやすく対処がしやすかった。それでもナイフが出た後はすぐにケリを付けないとキツくなると判断して接近して仕留めたのが実際のところだ。

 もし樹が序盤から念動力ネルスをハインツかハインツの剣に妨害として使っていれば、あるいは意地を張らず攻撃魔法を使っていれば遥かにハインツは苦戦する事になっていた。


「使ってる魔法自体は教えはしたけど、ああいう使い方を考えたのは樹くん自身だよ」

「はー……才能って奴かねぇ。………やっぱ次、俺やばくない?」

「さすがに樹くんもやり過ぎないよう気を付けると思うけど」


 と言いながら、さっきのやりとりを考えると意外と樹も血気盛んというか、熱くなってやっちゃうかもしれないと思ってしまうリカルド。あまり確信は持てなかった。


「………(本当にそう思う?)」

「………(いやわかんないけど)」


 無言になった後視線を交わして疎通する二人。


「……次も立ち合ってくれ」

「そもそも受けるなよ」


 リカルドの即答に、ハインツはだってさーと頭の後ろに手を回した。


「示しがつかないだろ?」

「見栄か」


 リカルドも大概見栄を張るが自分の事はさておき呆れて見せれば、ハインツは開き直ったようにからからと笑った。


「冒険者なんて見栄の塊だって〜」

「それがSランクの言葉?」

「真実だからしょうがない」

「ラドは違うと思うけどなぁ」


 断言するハインツに、苦労性なラドバウトを思い浮かべて疑いの眼差しを向けるリカルド。


「あいつもあいつで見栄は持ってるって」

「断るべき事は断ってると思うけど~?」


 この間も俺との手合わせ断ってくれたし。と、根に持つリカルドにハインツはそれかと苦笑いした。


「それより、リズがお前に会いたいって言ってるんだけど」


 話を変えたハインツに、昨日シルキーに言われた事を思い出すリカルド。


「そうだった。シルキーから聞いたんだけど、ハインツに確認してからと思ってたんだ」


 朝に話そうと思っていたのだが樹の黒歴史騒動で頭から吹っ飛んでいたのだ。


「俺は構わない……っていうか、頼みたい。あいつが自分から動こうとしてるのは初めてだから」


 さっきまで樹と切り結んで楽しげだった表情は鳴りを潜め、真面目な顔で頼むハインツにリカルドも表情を改めて頷いた。


「うん、了解。まだ男の人が怖いと思うからハインツも居てもらえる?」

「あぁ。今からいいか?」

「いいけど先に妹さんに確認してからね」


 わかってるとハインツは頷いて腰の剣を剣帯ごと外し、声をかけてくると家に戻った。

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