第71話 嫌がらせ?の嫌がらせと、遡上
いちいちアレの思う通りに悩むのは癪だからな。といつも通りグリンモア版になって札と路地裏への道を繋げたリカルド。
さて今日のお客さんはと思った時だった。
「お主、妾の酒を横流ししたであろう」
いきなり目の前に人間離れした美貌の存在が現れ——リカルドはげんなりした。
「まぁあの程度構わんがな」
「だったら来なくていいじゃん……」
仕事する気だったのに。と、姿勢を崩してだれるリカルド(押し掛けられ飲みニケーション中に態度も口調もぐだぐだになった)に、女神はほう?と艶やかに笑った。
「良い話をしてやろうと思うておったのだが、聞く気がないのかのう?」
と高圧的に言いながらも、その白魚のような手はウキウキと机の上の水晶を勝手にどかして、どんどん酒瓶を置いて盃を自分の分とリカルドの分の二つ置いて、ほらほら早くつまみを出せと空いたスペースを指で叩いてシルキーの料理を強請っている。
首から上は余裕たっぷりの極上の美女そのものなのだが、首から下は居酒屋で早く酒が飲みたくて自分で前の客の皿を片付けてセッティングするせっかちな客にしか見えない。ギャップ萌えという言葉があるが、このギャップは微妙である。
「………」
どのみち話は聞かされるのはわかっているし、お帰りいただけないのもわかっているリカルド。溜息を飲み込んで以前シルキーに頼んで作ってもらっておいた料理を皿ごと出して机に並べながら棒読みで言った。
「うわー気になるなーすごく聞きたいなー」
「そうであろうそうであろう、よかろう話してやろうではないか」
女神は全く気にする事なく、どこからともなく扇を取り出してふふふと口元を隠して笑った。が、さっそく鶏肉のフリッターを摘んで口に放り込んだのをリカルドの目は捉えていた。下味で臭みをとった胡椒のピリッとした刺激が美味しい一品だ。人がまだ料理を並べてるのに……と呆れながら最後の皿を置いて、リカルドも食べたいのでフォークを出して食べたら
「主は自分が
「……見てたの?」
「主の周りは面白い故な。良い暇つぶしになるのだ」
堂々と覗き見の宣言をされるリカルド。俺のプライバシーは……と呟くが心配しなくてもこの酒飲み女神の前にそんなものはない。もしそれをどうにか出来るとしたら同じ位相に存在するものぐらいだ。
「どうやら主はアレに己の事はわからないように制限でも掛けられているのであろう? そうでなければ面妖なあの技で既に気づいている筈だろうからの」
「制限かどうかはわからないけど、アレが関わっている事については確かにわからないね」
「やはりな……」
にんまりと笑う女神に、なにその顔怖いんだけどと身を引くリカルド。でも手だけはピザ風の薄いパンに伸びて齧っている。リカルドも酒飲み女神に負けないぐらいには食い意地が張っている。
「その心配は無用だ。そなたの魂は変容しないよう固定されておるからの。この妾が言うのたから間違いはないぞ?」
足を組み、長い髪を手でさらりと後ろに流した女神は、艶やかな唇で弧を描きドヤ顔で言った。
が、リカルドは言葉としては耳に入ったが、頭に意味が浸透せずどゆこと?と首を傾げた。ついでに口元と手が油で汚れてるよと手拭きを渡す。
意味がわかっていないリカルドに気づいた女神は、ドヤりが決まらず苛立たしそうに手拭きを奪って油で艶々の口を拭いて、手もしっかり拭いて、さっき払った髪も汚れてないかちょっと気にしてから言葉を付け足した。
「だから主は今のままだと言うておる。
それでなくともそもそも言うたであろうが、主は魔族というより魔神に近いと。すでにその位相に到達しておってどうして下位の位相の種性に今更魂が影響されると思うのだ」
思うのだ。と、言われてもと戸惑うリカルド。そんな事すっかり忘れていたし、覚えていたとしても、興味がなくて調べもしなかっただろうからその結論には到達していなかっただろう。
「まぁ大方アレは主が不安に思うたり悩んで右往左往する姿でも見たかったのであろうが? この妾が知ったからにはそのような楽しみ潰してやるというものよ! 何せ妾は魂に関しては他の何よりも詳しいからの! 奇しくもアレのせいでな!」
はーはっはっは!と酒を煽って楽しそうに高らかに笑う女神。のっけからテンション高い女神に少々ついていけないリカルドだが、とりあえず問題ないよと言いたい事は理解できた。
「ほれほれ、主ももう悩まずともよかろう? 飲め飲め」
「あー……まぁ、うん」
どのみち対策をとって、あとはなるようになれと割り切っていたリカルド。女神が言うほど悩んでも右往左往もしていないが、シルキーやウリドールを変に心配させる前だったのは良かったかとそこだけは同意した。ちなみにウリドールには話したところで、私のごはんが無くなるんですか!?と自分の事しか考えてなかったのだが、まぁそこはリカルドの予想通りである。
「わざわざ教えてくれてありがと」
「別に主のためでは無い。アレに対する嫌がらせだ」
嫌がらせ……と呟いて、それって嫌がらせに対する嫌がらせ?と、女神らしからぬやり口にリカルドは笑った。
「なるほど。でもまぁ感謝はするよ」
「ならば次もたんまりとつまみを用意しておれ」
「あー。シルキーに頼んどく」
うむうむ、それでよいと女神はピリ辛に炒めたソーセージにご機嫌で齧り付いた。
「そういえばあのガラクタは何故壊さなんだ」
「ガラクタ?」
話がいきなり飛んで、何の事?となるリカルドに、あれだあれ、と言葉が出て来ない中年のようにフォークを振る女神。
「もどきの、青い、あれだ、人間はなんと言っていたか」
「もどき? ……あぁもしかして聖女の祈りの人工精霊の事?」
「それだそれ。薄れておった神の存在を信じさせるためにも創ったが……」
チッと柄の悪い舌打ちをして目を据わらせた女神は、また盃を煽って野菜の酢漬けをフォークでぶすぶす刺して口に放り込んでぼりぼり食べた。
「碌な効果も得られんかった上に途中から政治利用されるようになって話にならん」
悪態をつく女神にそりゃまぁあぁいう特別なものなら利用されるでしょうよとリカルドは思ったが、本人もわかっているだろうと口にはしなかった。
「元に戻さず捨ておけば良いものを」
「まぁまだ必要としている人がいるから。それにその方がナクルくんも余計な事を言われずに済むし」
「妾の愛し子に無礼を働いた者どもは次の生を羽虫にしてやりたいわ」
「出来るの?」
「出来たらいいのだがなぁ!」
忌々しい制約め!と酒を煽る女神に、だよなぁと思うリカルド。
「所詮妾は歯車よ……あやつの操り人形、祭り上げられた名ばかりの空虚な神! 何も出来ぬお飾りよっ!」
うあああと泣き始めた女神。あー泣き上戸ねとリカルドは手酌で注ごうとする女神の手から酒瓶を取り上げてゆっくり盃に注いだ。毎回毎回味わう様子もなく煽っているが、いいお酒なんだからもっと味わいなよという気持ちからだ。
「そうとも限らないんじゃない? 今だってアレの狙いを阻止出来たかもしれないんだから」
「そうかの? そうかの? そうじゃないかと思うて勇んで来てみたが、違うような気がせんでもなくての」
「まぁわからないけどね」
「やっぱりわからんのではないか!」
「しょうがないでしょ。アレの事はわかんないんだから」
と言いながら一瞬光って神撃を放つ女神から空間と自身と料理を守り、リカルドは燻したハムで巻いたチーズをはいと差し出した。ぽんぽん放たれるのでもう対処もだいぶ慣れたものだ。
「どうせ妾なんか妾なんか……」
ハムチーズをちびちび齧りながらメソメソする女神に、塩コショウと大蒜でカリッと炒めたジャガイモを入れたオムレツを皿によそってそれもはいと差し出すリカルド。メソメソしながらも受け取ってもぐもぐ食べる女神は女神の威厳ゼロだ。
その後もぐちぐち愚痴る女神にうんうんそうだねしんどいよねと相槌を打ち、結局その日は女神の相手で夜の時間は潰れた。
帰り際に何故時を止めておかんのだとリカルドは怒られたが、止めたらいつまでも管を巻いてきて終わらないので止められるわけがない。だがそのまま伝えたら面倒なので、止めたらご飯も酒も固まって飲めないし食べれないでしょと言えば、嘘つけその程度容易く動かせるであろう!と言われて結局また神撃放たれて、最後まで騒々しい女神であった。
「あー疲れた……」
日本版リカルドに戻って居間のソファに倒れていると、リカルドの気配を察したシルキーが暖かいお茶と胡桃のタルトを持ってきてくれてすぐに起き上がった。
胡桃のタルトはリカルドは一度食事用のチーズの塩気の効いたものを食べた事があったが、これは蜂蜜と砂糖が絡めてあるバター風味のおやつ用だ。さっきまで酒とつまみを飲み食いしてたくせに、別腹(事実異空間)とばかりにお礼を言って大事に食べ始めるリカルド。
〝リカルド様、お客様がリカルド様の事をお尋ねになっているのですがお答えしても宜しいでしょうか?〟
いつもは静かに微笑みながら見守っているシルキーの質問に、ん?とリカルドは顔を上げた。
「妹さんが?」
〝はい。私の主がハインツさんではないとお話したところ、では何者なのかと。どうしてここまでするのか、いくらハインツさんがお願いしたとしてもここまで手を貸すのは何故かとおっしゃられて〟
「なるほど……うん。了解。話していいよ。もちろん正体については秘密でお願い」
〝そこは心得ています〟
「俺が会って話したいとも伝えておいてくれる?」
〝わかりました〟
ふっと消えたシルキーのあとを見つめ、進展はしてるなと考えるリカルド。そろそろ顔合わせ出来るかな?と考えていたところだったので渡りに船だ。これで他人で男である自分に会えるならかなり会える人の幅が広がるのだが、その辺はやってみないとわからない。
「距離を間違えないようにしないとだな……」
そう呟いて意識を胡桃のタルトに戻したリカルドは、じっくり堪能してから朝市へと出かけた。
冬目前になっていろいろな保存食が売られるようになった市の様子に、うちも要るかなぁとドライフルーツやら乾燥させたナッツやら甘味に使えそうなもの重視で買っていくリカルド。帰ってシルキーに渡したら偏り過ぎですと怒られてもう一度買いに出たのはご愛敬。顔馴染みの店では、あれ?また来たの?と言われたが、鉄壁の微笑みで貫き通しシルキーに保存用ならこれですと言われたものを、方々で同じ事を言われながら買って帰った。無駄なところで精神耐性の高さを発揮している
家に戻ってウリドールに水やりをしたリカルドは、それから朝ごはんの準備を手伝ってハインツと食べた後、今日はどうしようかなと悩みながら外に出た。
ハインツの妹は、まだ会うのは……という反応だったとシルキーから聞いたので、そちらは焦らずその内だ。シルキーにも気に病む必要も焦る必要もないと伝えてもらっている。
それより今は何の依頼を受けるかが問題だった。
「……もう一件、不死者絡みの依頼はあったけど」
あっちは完全に悪霊なんだよな。と呟くリカルド。
しかも依頼を出している商家が怨みを買っているケースだ。その怨みの内容が結構胸糞案件だったので悪霊の味方をするわけではないが、個人的に受ける気になれなかった。
「……討伐かぁ」
討伐なぁ……討伐。と何度もぶつぶつ呟いているうちにギルドに辿り着き、やっぱり朝のラッシュにうっとなりながら中へと入り、悪あがきするように掲示板を見た。
常時依頼は昨日と変わらない。他の依頼も討伐には変わりなく、そうだよなぁ、そうなんだよなぁと内心どんよりした気持ちで視線を動かすリカルド。
(……あ)
ふと、その中で一つの依頼に目が留まるリカルド。
昨日は無かった依頼なのだが、思わず人込みを縫うように前に出てその依頼票を取った。
それは農園からの依頼で、以前リカルドが畑仕事をした依頼主と同じ人物が出しているものだった。冬場に冬眠しない害獣の対策を行いたいという事で依頼内容は主に肉体労働と大工仕事である。報酬は他の依頼に比べると雀の涙であったが、リカルドにとってそんな事は関係ない。どんな報酬金額であろうと依頼のカウントに影響はない。
すぐに受付へと持っていって受理してもらい、覚えている郊外の農園に出向くと前に顔を合わせた男性ではなく、その奥さんが対応してくれた。どうやら旦那さんは寄る年波に勝てずぎっくり腰になってしまい、今は全く動けないらしかった。
冬支度前のこの忙しい時期に男手がなくなり、困って親族に相談はしたのだが、この季節はそれぞれ自分のところの作業で手一杯なのでもう少ししないと手伝えないと言われ、そうなると雪が降り始めてしまうとギルドにダメ元で依頼を出したのだと教えてくれた。
最初は奥さんも旦那さんと同じく、ひょろいリカルドを見てこの人大丈夫かしら?という目で見ていたが、リカルドがさくさくと魔物除けの共同柵(複数の農家が共同で立てている農園全体を覆う柵)の内側に害獣避けの柵を組み立てていき、畑以外の果樹の方も剪定と防寒作業を指示に沿ってテキパキとこなす姿にほっとしていた。
「ごめんなさいね。大した報酬が出せないのに」
「いえいえ。全然」
途中から申し訳なさそうにしている奥さんに、こういう依頼はむしろ歓迎ですと心から微笑み首を振るリカルド。
昼食に一度戻ろうとしたのだが、せっかくだからどうぞとお呼ばれしたのでシルキーに連絡していただく事にした。
冬支度のために家畜の何頭かを絞めて保存食を作っている作業で出た骨などから出汁を取り、端肉を丸めた団子と野菜を一緒に煮込んだスープと、薄く切ったパンにチーズをのせて炙ったものを出され手を合わせていただくリカルド。
スープの方はちょっと豚骨ラーメンみたいな感じがして美味しかったし、パンも簡単だが少し焦げたチーズが美味しくて幸せだった。
身体を動かした後のご飯は美味しいなと清々しい気持ちで食後すぐに果樹への作業を再開し、それが終わると作物の収穫を終えた畑一面を耕して終了した。
「あなた見かけによらずすごいのね」
一人で数日かかる作業をこなしたリカルドを見て、冒険者って思ったよりも農作業が上手なのねと勘違いしている奥さん。リカルドは、全ての冒険者が出来るわけじゃないだろうけどと思いつつ、完了のサインをもらってルンルンでギルドに戻り受付にそれを提出して報酬をもらった。
リカルドは、今日はいい汗かいた(かいてない)とマフラーを口元にあげて、ついでに他にもよさそうな依頼ないかな?と掲示板に立ち寄った。が、当然ながらリカルドにとって都合のいい依頼はそうそう無い。
代わり映えのしない討伐の依頼に、現実ってそんなものだよね……と黄昏つつギルドを後にしようとした時、
「なぁ、聞いたか? 最近黒髪の奴が襲われてるらしいぞ」
すれ違った男がリカルドの頭を見てぼそっと横の仲間らしき男に囁いたのが耳に入り、思わず足が止まりそうになった。が、入り口だと邪魔になるのでそのまま歩いて外に出て、黒髪が?と道の端に寄って足を止めるリカルド。
気のせいならいいのだが、嫌な予感がしたリカルドはそのまま細い路地に入り込んで時を止めた。そして調べた結果、嫌な予感は当たるもので額に手を当てて呻いた。
「ディアードが南にいないと判断してしらみつぶしに遡ってきたのか……」
以前、樹を追ってきていたディアードの追手を南へと誘導したのだが、それがどうしても樹を見つけられず来た道を戻るように遡上してきていたのだ。鮭じゃないんだからそのまま魔族領まで突っ込めよと言いたいリカルドだが、まぁ普通に考えてあの時の樹が魔族領に突っ込んだら死ぬ可能性が高いので、仮に南に向かったとしてもどこかで引き返していると考えるのが妥当ではある。
(にしてもしつこい……)
ディアードがここまで樹を執拗に追いかけるのはディアードにもう召喚を行える魔導士がいないというのと、国際法で禁止された召喚を使った事が他国にバレないようにしたいという考えからだ。何としてでも他国に確保される前に見つけ出せという命令を追手達は課せられていた。
その結果、黒髪はとにかく確認しろとばかりに手あたり次第に襲ったり攫ったりしては違うと解放(放置)していたのだ。殺さないのは騒ぎを大きくしないためであったが、抵抗した者は従属の首輪を付けられて戦闘奴隷として北に送られていた。この辺は元々ディアードが雪深く過酷な国であるため、戦力(肉壁)となる人間は奴隷にして持って帰るという昔ながらの人的資源略奪政策が行われているのが関係しているのだが、まぁなんにしても間違われた人間からするととんでもない話だ。
たった今もまさにこのグリンモアの王都の近くの森で襲われている冒険者がおり、暫しリカルドはどう始末をつければいいのか確認をしていたが、やがて閉じていた目を開けてマフラーと外套を空間の狭間にしまい、その姿を樹に変えて転移した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます