第70話 居候先斡旋と、管理者の嫌がらせ?

 魔道具を作れる程の魔導人形ハントハーベン作りはさすがにそう簡単には終わらず、お昼ご飯に差し掛かっていたので一旦リカルドは作業を止めた。


「ノルマさんはどうします? 影に入ってますか? ここならシルキーも緊急時以外は入って来ないですけど」

〝あ、じゃあ私はここにいます〟

「わかりました」


 すぐに戻りますからとリカルドは上に上がり、キッチンの方へと行けば丁度出来たところだとシルキーがハインツを呼びに消えたのでいつものように皿とカトラリーを並べた。多い時は六人ぐらい一緒にご飯を食べているテーブルなので、ハインツと二人だけだと空いた空間がなんだか大きく感じるリカルド。

 元は自分一人だけだったのに俺って意外と寂しがり屋だったのかなと笑いながら準備をしていると、ハインツが降りて来て「お?」と意外そうな反応をした。


「戻ってたのか」

「うん。ただいま」


 おかえり。と言いながらハインツは準備の終わったテーブルについて、リカルドも椅子に座って食事を始める。今日はレモンソースの掛かった牛のカツレツと、茹でたジャガイモと人参、マッシュルームをざっくり混ぜた上に崩した茹で卵とチーズをミモレのように乗せたサラダだ。


「夕方まで戻らないのかと思ってたわ」

「シルキーのご飯食べたいじゃん」

「ブレないなお前」


 即答したら呆れるハインツに、そう?と首を傾げるリカルド。

 食べたいものを食べるって結構重要だと思うけどなと基本それが楽しみのリカルドは真面目に答えているが、傍から見るとただの食いしん坊にしか見えない。


「それで討伐は?」

「一応やったよ」


 不死者の討伐というか状況的にはテイムと言う方が正しいが、依頼者の解決にはなっているのでやったという体で話すリカルド。


「何をやったんだ?」

低級霊ゴーストの退治の依頼」

「ま、そうだよな」


 血が苦手なんだもんなと納得のハインツであるが、これに関してはどっちもどっちである。


「昼からまた出るのか?」

「ううん。ちょっと用事が出来て昼からは作業してる予定」

「そうなのか」

「うん。ところでさ、ハインツって今仕事の話は全部ラドに任せてるんだよね?」


 ハインツの妹の状態によっては、数日空けていてもそろそろ大丈夫かなと考えていたリカルド。ラドバウトからもハインツが復帰できそうな時期を教えて欲しいと言われていたので、その辺についてハインツとすり合わせをしないとなと話題に出せば、あーとハインツはばつが悪そうな声を出した。


「丸投げだな。あいつには頭が上がらんわ」

「妹さん、大分落ち着いて来たから軽い仕事ならうちから行けると思うよ?」

「まぁなぁ……そろそろそっちも考えないとなとは思ってるんだが……タイミングがな」


 タイミング?と首を傾げるリカルドに、ハインツはフォークにカツを刺したままリカルドに説明した。


「ほら、俺Sランクになっただろ? だとするとお披露目的な意味で遠方の依頼を振られる事が多いんだよ」

「へー。そんなのあるんだ。ちなみに遠方ってどのくらい?」

「んー……ここからだと北はディアード、南はヒルデリアあたりになるか」

「それはまた、結構遠いね」


 あぁとハインツは面倒そうに頷き、しかもと付け加えた。


「途中のギルドにも寄らされるから普通に行くより日数が掛かってねぇ……」

「あー……なるほど。お披露目のために。うーん……確かにそれは、ちょっと難しいね」

「だろ? まぁお披露目目的だから緊急依頼と違って対応しないとペナルティがあるわけでもないし大丈夫っちゃ大丈夫なんだが、断る理由がなぁ……」

「ラドはハインツの事をギルドになんて言ってるの?」

「Sランクになった祝いで長い休暇を与えてるって嘘ついてくれてる。俺らってその気がなくても恨み買う事があるから身内の事は大っぴらにしないんだよ」

「あーなるほど」


 有名税ってやつかと納得するリカルド。

 けどそれじゃあ復帰したらその理由は使えないわけだと考えて、ついでにラドバウトが復帰の時期を確認してきたのもそろそろその理由が使えなさそうになってきているからかと予想出来た。

 んーと考えたリカルドは、だったらもうそれを受けちゃったほうがいいかと思った。


「そしたらさ、夜間だけこっちに戻れるようにラドと相談してもらえる? 転移すれば距離はどうとでもなるから」


 夜に転移で行き来すればいいでしょと軽く問題解決を提示するリカルドに、ははっとハインツは苦笑した。さらっとリカルドは提案してくるが、転移なんておいそれと使える魔法ではない。魔力も使うしそれ自体がとても難しい魔術なのだ。病人のためだからと、それを連日何度も使用するというアホみたいな事を言う魔導士はまず居ない。


「相変わらずお前の常識はぶっ壊れてるねぇ」

「まぁまぁ常識はこの際置いといてさ。使えるものは何でも使わないと」


 お前が言うと何でも出来そうで怖いなと肩を竦めるハインツにリカルドは何でもは無理だけどねと律儀に返して、確かに血が無理ってのがあるもんなとハインツの苦笑をまた誘っていた。


「まぁいいや、そうしてくれるって言うなら俺としては願ったり叶ったりだ。ラドとも話すが、その方法が取れるなら問題はないと思う」

「了解。じゃ転移用の道具準備しとくね」

「助かる」

「なんのなんの」


 そんなやり取りをしながらお昼ご飯で気力を回復したリカルドは、ハインツと別れてすぐに下へと戻り作業を再開した。

 そうして夕方にはひとまず完成した魔導人形ハントハーベンにノルマに入ってもらって問題なく動かせるか動作確認を行い、ついでに付与した聖結界を発動させる術式の稼働も確認した。

 一度聖結界を張れば遠隔で維持する事も出来たが、どうせ入れ物があるのだからそれに掛けてしまった方が手っ取り早いと聖結界を組み込んだのだが、動力は中に入るノルマから奪い取るので不死者にとっては完全に呪いの人形である。ちなみにこの聖魔法の術式は新技術のため、教会が知れば喉から手が出る程欲しがるだろうし、王太子が知ればどうにか教えて貰えないかとリカルドに駆け引きを持ちかけただろう。

 その辺の世の常識はともかく、夜中になってからリカルドはグリンモア版リカルドになり、ノルマが入った魔導人形ハントハーベンを抱えて以前お客だった魔道具師の青年のところへと転移した。

 場所はマナルクス王国のとある商家が持っている貸し部屋の前。まだ灯りのついている部屋をノックすれば、少し遅れて誰何の声が返ってきた。


「……どなたです?」

「お久しぶりです。占いの館をしている者です」


 リカルドがそう言った瞬間ドアが開いて、くすんだ黄土色の髪に焦げ茶色の目の、目の下にくっきり隈を作っている青年が現れた。


「店主さん!」

「お元気……ではなさそうですが、少しお時間いただけないでしょうか?」


 青年は以前占いの館に来て魔道具がうまく作れないと相談したカイナスディア学園

の学生だ。今はもう学園は飛び級して卒業しており、この部屋を貸している商家の保護と支援を受けて研究と開発を行っている新進気鋭の魔道具士として有名人となっている。

 最初にリカルドと顔を合わせた時はまだまだ少年という風貌だったのだが、僅かな間ににょきにょきと背は伸びてもう少年と言うには無理のある姿だ。前回通信の魔道具を買った時よりもさらに伸びてないかな?と内心思うリカルド。成長期がわりとすぐ止まったリカルドからすると、なかなか羨ましい伸びっぷりだった。


「もちろんどうぞ!」


 快く中へと招かれると、以前来た時と同じように部屋の壁に設置された天井まである棚にはびっしりと機材が並べられ、試作品と思われるものがその下の箱に詰め込まれていた。作業場は奥の部屋なのだが、開いているドアの隙間から荒れている感じが見えて、相変わらず大変そうだなとリカルドは感想を抱く。


「今日はどうされたんです? あ、もしかして前回言われてた改良の件ですか? あれならもう少しで出来そうなんですが」


 椅子を勧められてリカルドはそこに座り、向かいに座った青年にいえいえと手を振った。そんな急かすような真似、技術畑のリカルドとしては絶対にしない。言われなくてもやってんだよこっちは!と何度営業にブチギレそうになった事か。と苦い思い出が蘇るので、そちらはそっと蓋をして本題に入る。


「その件ではなく、今日は実はお願いに参ったのです」

「お願い?」


 リカルドはずっと腕に抱えていた魔導人形ハントハーベンから布を取り、床に立たせた。


「少年……の、魔導人形ハントハーベンですか?」

「初めまして、ノルマと申します」


 グリンモアらしい濃い緑の短い髪に薄い黄緑の目をした12歳ぐらいの少年の姿の魔導人形ハントハーベンが、可愛らしい声でお辞儀した。

 最初は大人のサイズで作ろうと考えたのだが、そうすると魔導人形愛玩っぽくなくなったので(青年が持つ魔導人形ハントハーベンとしては、成人男性型はちょっとアレな趣味に思われるかもしれないというリカルドの余計なお世話)、作業が可能なサイズギリギリで設計したらこうなったのだ。ちなみに声はリカルドの考える男の子というイメージで適当に作ったのだが、ナクルの声に似ているのはご愛嬌だ。


 青年は滑らかに挨拶するノルマに驚いたように口を開け、それから魔道具師らしく興味深そうな目でノルマを観察し出した。


「すごく精巧に作られたものですね。外側もですけれど、話し方が一瞬本当の人間かと思いました」

「実はこれ、動かしているのは中の機構ではなく、(ある意味)身体が不自由な方の意識なんです」

「え?」


 青年がノルマに視線を戻すと、ノルマは会釈をした。その動きに青年は本当の事だと悟った。魔導人形ハントハーベンは基本的に声や物理的刺激に反応するので、こんな風に視線を受けて反応を返すという事がないからだ。


「あっ……すみません、まさか本当の人だと思わず」

「いえ、気にしないでください。そう思われるのが自然ですから」


 手を振って返すノルマに、青年は繁々とその滑らかな動きを見つめた。

 人の意識が動かしていると聞くと、外側が精巧な事もあって人そのものかもしれないなと思っていた。


「お願いというのは、彼をここに置いてやってもらえないかという事なんです」

「……え?」


 視線をリカルドに戻した青年に説明する。


「彼は動かせる身体を得ても見た目は魔導人形ハントハーベンです。自由に外を歩けるというわけではありません。盗まれますからね。

 かといって家の中で何をするでもなく過ごすのも苦痛でしょう。ですから魔道具師としての技術を活かせる場所に置いてもらえたらと伺ったのです」

「魔道具師の方なんですか?」

「本職は魔導士でしたが、趣味で魔道具も作っていました。これが彼の考えた魔道具の設計です」


 リカルドがノルマの本を渡せば、青年は最初の数ページを捲って、すぐに真剣な表情になった。リカルドがそう判断したように、ノルマが腕のいい魔道具士だというのをそこ書かれている設計から読み取ったのだ。


「お手伝いとして雑用でもなんでもいいので彼を使ってやってくれませんか? 給料などは必要ありませんし、食事なども不要です。彼が何か問題を起こせば私が責任を持って対応しますので」

「あ、いえ、これだけの技術をお持ちの方でしたら有り難いのですが……もしかして、貴族の方だとか……」

「いいえ。平民の方ですよ」


 レイスを平民と称するのはとても少数だろうが、生まれは平民なので問題なかろうとリカルドは堂々と答える。

 その答えを聞いてちょっとホッとする青年にリカルドも微笑んだ。事前情報として青年が何を懸念しているのかはわかっているのだ。


「ご心配している魔道具士界隈の派閥問題にも関与する方ではありません。本当にただ魔道具を作っていただけの方なので心配ありませんよ」

「あ……すみません」


 疑ったというのがバレて申し訳なさそうにする青年に、リカルドは心配はもっともですと首を振った。その様子にほっとする青年。


「最近いろいろなところからの勧誘が多くて……とても腕のいい方だとお見受けしたのでもしかしてどこかから……と、ちょっと疑ってしまいました」

「ご心配なら誓約もしますよ」

「あ、いえ、さすがにそこまでは……」


 とは言いつつ、やってもらった方がいいだろうかと言葉を途切れさせる青年に、リカルドはノルマに目配せをした。ノルマもすぐに気づいてリカルドの前に立って頭を差し出した。


「ここに居る、リーズヘルクさんの意志に反してリーズヘルクさんの携わる全ての魔道具に関する情報をいかなる方法に置いても第三者へ伝える事を禁止します」

「受け入れます」


 目の前であっさりと誓約を行う二人に、あっと声を上げる青年だったが終わってしまったそれは、もう止めようが無かった。


「どうでしょうか? 彼なら来客者の対応も出来ると思うので便利だと思いますよ」

「そんなの……そこまでしていただいたら断れないじゃないですか。

 でも……本当に良いんですか? ご自分の家の中だけでも魔道具は作れるのではないですか? あれだけのものが作れるのでしたらすぐに名前が売れると思うのですが」

「私は訳あってシルキー(元)家族に魔道具の事を秘密にしていたんです。だから家では作れません。名前も逆に売れない方がいいのです」


 青年は沈んだ声のノルマに複雑な家庭環境なのだと解釈して、同じ魔道具師として同情的な気持ちになっていた。

 複雑な家庭環境もなにも今更ノルマの名前が売れても実体が無いので困るだけなのだが、さすが老衰で死んだと思われた人物。年の功というか、嘘は言っていないが誤解を招く言い方がうまい。


「わかりました。そういう事でしたら宜しくお願いします」

「ありがとうございます。こちらこそ宜しくお願い致します」


 リカルドはくれぐれも迷惑掛けないでくださいよと横に視線を送り、ノルマもわかってますよと視線を返した。

 それからリカルドはお礼にと、少しばかりのミスリルとノルマの魔導人形ハントハーベンとを作成する上で採ってきた材料のいくつかを青年に贈呈し(価値は確認済み。リカルドも成長している)、最後に占いの館の札を渡して部屋を後にした。


 占いの館に戻ってきたリカルドは椅子に座ると、一つ息を吐いた。

 そして札を起動する事もなく無言でイミテーションの水晶を見つめた。そこに何が見えるわけでもないが、ちょっと覚悟を決めようとしていたのだ。


「………人らしい感情を失ってる感じは無いんだけどな」


 ずっとノルマが言っていた事が気になっていたのだ。レイスになってから、人らしい感情を失っている感じがすると言ったノルマの言葉が。

 もしかすると、自分も同じじゃないかという不安があったのだが、一人になれるまでリカルドは虚空検索アカシックレコードでその答えを知るのを後回しにしていた。

 さすがにあと何年で死霊魔導士リッチらしくイカレタ野郎になりますと返ってきたら――ちょっとどうしていいのかわからなかったのだ。それを止める術があるならいいが、無かったら詰んでいる。

 ふー……と息を吐き、そうだったとしてもその時はシルキーから離れてどっか迷惑にならないところでどうにか始末を付けようと嫌な覚悟を決めるリカルド。

 そして虚空検索アカシックレコードに接続して、パーンした。


「………え?」


 そんな回答が無限になるような問いだったか?と、もう一度接続して確認するリカルド。だが、またパーンした。


「?」


 もう一度入念に条件を確認して、イエスかノーで答えられる単純な問いだよな?と確認をして接続し――パーンした。


「………どういう事だ?」


 俺イカレタ奴になるの?ならないの?という疑問の前に、この反射速度を試すかのごとく高速でパーンする現象に心当たりがあって、口元に手を当てるリカルド。


「これ……まさかあの管理者が関係してる?」


 もしや、自分が人ならざる者の意識に染まるか染まらないか、不安がっていけという嫌がらせか?と考えるリカルド。

 考えたところで虚空検索アカシックレコードに接続して確認してもパーンしか返ってこない事は想像に容易い。


「…………まじか……」


 どんだけ嫌な奴なんだよと頭を抱えるリカルド。

 予兆があるのかもわからないし、実際自分でそれに気づけるのかもわからない。それに関する事全ての答えを得られない事に、ぬー!と呻き机に顔を伏せる。


「………いや、そうだ。たぶん死霊魔導士リッチ的になる、って事はだ。たぶんシルキーに影響が出るんじゃないか? それにウリドールも何か勘づくだろ。その二人に保険かけとけば予兆ぐらいはわかる……わかるかなぁ……」


 シルキーはともかく、ウリドールは当てにならないか?と首を捻るリカルド。

 しかし他に適任者が居ない。

 少なくともノルマを見る限り数年から数十は大丈夫だろうから樹くんの送還はいいとして、その後注意だなと思考を切り替えるリカルド。

 もうわからないものはわからないと割り切って、出来る限りの対応を取っておくしかないと気持ちを変えた。

 自分が自分でなくなるかもしれないという事実に、動揺してもすぐに復活するのはさすがの精神耐性だった。

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