第66話 思ってたんと違う

 翌朝、ルーチンワークをこなしたリカルドは(ウリドールの水やりもちゃんとやった)、ハインツと樹と一緒に朝ごはんを食べていた。

 本日の朝食はベーグルサンドだ。野菜とベーコンの組み合わせや、オムレツと野菜、フレッシュチーズにナッツとドライフルーツをまぜたものがあり、フレッシュチーズにはお好みで蜂蜜も添えられている。

 焼きたてのあったかいベーグルはむちっとしていて独特の噛み応えがあり、挟んだ具材と相まって食べてるという満足感が強い。

 あー幸せとリカルドがベーコンサンドを微笑み固定で食べていると、オムレツサンドを食べていた樹がそうだと思い出したように声をあげた。


「リカルドさん、俺、明後日から野宿の手解き受けるので三日戻ってこないです」


 昨日言おうと思ってて忘れてましたと謝る樹に、リカルドは首を振って大丈夫と返した。


「いよいよ本格的なサバイバルの訓練になるんだね。気をつけてね」

「はい。もう解体とかは教えてもらってるのであとはどういう地形が安全なのかとか、寝床の作り方とかそういうのを教わる予定です」


 あぁ、偶にお肉持って帰ってきてたもんねと遠い目になるリカルド。幸い血抜きされて綺麗に捌かれていたので精肉という印象が強くてまだ大丈夫ではあったが、最初に目撃してしまった時はきょどってしまった。樹が着実に成長していて頼もしい反面、己の成長のしなさっぷりが強調されるようでちょっとだけ何とも言えない気持ちなるリカルドだった。


「討伐の方は数をこなしてるのか?」

「はい。昨日Dランクに昇級しました」


 リカルドが黄昏ている間にハインツが質問すれば、樹は昨日リカルドにも伝えた事を話した。


「もう一人前になったのか。そりゃかなりのペースでやったな」


 驚くハインツに樹は照れたようにへへっと笑って頑張りましたと答えたのだが、話を聞いていたリカルドは、ん?となった。


「ハインツ、一人前って?」


 何か試験でもあるの?と尋ねるリカルドに、あぁこいつギルドの風習知らないのねと察するハインツ。


「Dランクは冒険者として一人前と見做されるんだよ。ギルドから一定の信頼が得られたって事で講習を受ければ護衛だとかの長期になる依頼も受けられるようになる。幅が広がるって奴だな」


 普通はギルドで何度か依頼を受けていたら、あるいはランクを一つでも上げていれば自然と身につく知識なのだが、畑仕事と死霊屋敷、指名依頼しか受けていないリカルドは初耳だった。


「長期……」


 俺、Fでめっちゃ長い依頼受けてたんだけど……と考えかけて、いやその前にとリカルドは確認した。


「って事は、節目のランクって事?」

「まぁそうなるな。祝いに仲間内で酒で潰したりってのが慣習だったりするんだけど」

「それは却下で」


 リカルドの反応の速さにハインツは笑った。


「だと思った。一応どれだけ酒が飲めるのか限界を確認するって意味合いがあるんだけどな」

「言わんとしてる事はわかるけど、それただの口実でしょ?」

「まぁねぇ。Dランクになる時点で酒を飲んだ事が無いやつなんてまずいないからな」


 身体が出来上がってないうちから飲むのは良くない話だが、この世界での飲酒のルールは緩い。進んで子供に飲ませるようなものではないが、それもどちらかと言うと大人の嗜好品を子供になんてやってたまるかという意識が半分程度占めているような状態だ。だから十代でも金を稼いで自立している人間は好きに飲んでいる。

 郷に入っては郷に従えという言葉があるが、それでも飲ませて潰すというのは断固阻止するつもりのリカルド。勇者である樹の身体は酒精程度平気なのだが、あちらに戻ってからの生活を考えれば、その飲み方が癖になったら倫理的によろしくないだろうという判断からだ。昨今の日本では勢いで酒を飲ませたり俺の酒が飲めないのかと強要する事に対して厳しい意見が多く、実際危険でもあるので、リカルドの職場でも飲みニケーションはすっかり規模を縮小していた(単純に忙しいという理由を除外しても)。

 樹くんなら無いと思うけど、無茶な飲み方を覚えて友人や同僚に迫るような事があったら目も当てられないと保護者を自負するリカルドは首を振った。


「樹くん、誰かに勧められても飲まなくていいから……それとも飲みたい?」


 飲んで欲しくはないが、ふと本人の意見は?となったリカルド。

 飲みたいって言われたらどうしようと恐る恐る聞くリカルドに、樹は苦笑して首を横に振った。


「俺お屠蘇、ちょっとのお酒でも赤くなっちゃうくらい弱いんで飲めないです」

「あーそういう体質かー。じゃ飲めないな」


 冒険者だと苦労するかもなと同情するハインツ。

 リカルドの方はアイルがベロベロになった時も樹が飲まず、ラドバウトが来てハインツとリカルドの3人で飲んでいる時も興味を示さなかった理由がわかってなるほどと納得していた。そして実際はもう全然平気なのだが、あえて教えない方がいいかと黙っている事にした。


「じゃお酒の話はなしで。それ以外でお祝いしよう! 門出みたいものだからね」

「あ、いえそういうのは」


 手を振る樹だが、実は昨日、リカルドの反応が薄くてそんなものなのかな?と、落胆とまではいかないが空振り感を感じていたりした。だが知らなかったとわかった今、お祝いだとにこにこして張り切るリカルドにいざそういう反応をされると気恥ずかしくて仕方が無かった。

 特別何かしなくてもいいですと言う樹に、自称保護者のリカルドもいやいやと手を振った。


「おめでたい事だから祝わせて。何か欲しいものある?」

「いえ、もういろいろ貰っているので」

「それは必要なものでしょ? じゃなくて樹くんの欲しいものだよ」

「ええと……特には……」

「なんでもいいよ、武器でもぬいぐるみでも」


 ぬいぐるみ?と冒険者にはミスマッチな単語に、フレッシュチーズのベーグルサンドに蜂蜜をたっぷり追加していたハインツの手が止まった。

 リカルドは親戚の子に特大サイズのぬいぐるみを所望される事が多かった(男女共に)ので、ただその感覚で言っているだけだ。それ以上に特に深い意味は無いのだが、ハインツはリカルドの事だから魔導人形ハントハーベンでも作る気なのか?と思考が飛んでいた。

 ちなみに魔導人形ハントハーベンというのは貴族御用達の愛玩系魔道具で、日本で言う所の動物型AIロボットのような立ち位置だ。戦闘などには一切使えないただただ愛でるためだけの代物なのだが、ハインツの頭の中では魔改造された魔導人形ハントハーベンが想像されていた。ハインツの中でのリカルドのイメージがわかろうというものだ。


「ぬいぐるみはちょっと……」


 こちらは普通にぬいぐるみだと受け取った樹。さすがにそれはと困り顔で断れば、この世界で貰っても困るかとリカルドも当たり前の事に気づいて頭を掻いた。


「だね。じゃあ武器? でもラドとアイルに見てもらったのがあるし、それとは違うタイプがいいかな」

「いえ、えっと……」


 困ってハインツをちらちら見て助けを求める樹に、だがハインツは頭の中でガルガルして火を吹いている三頭犬型魔導人形(想像膨らみ中)に、やべぇなと半笑いで気づかない。


「短剣とかも揃えたんだよね? となると……嵩張るのは面倒だろうから除くとして、手軽に使えそうなのは……飛び道具系? あ、でも魔法あるし使わないか」


 こうなると一人で断り続けるのも大変で、いろいろ案を出しているリカルドに、じゃあもう何か貰った方が早いかなと考え始める樹。現代っ子は切り替えも早かった。


「あの、リカルドさん、俺それがいいです」

「うん? 寝袋?」


 武器から離れてアウトドア用品に思考が流れていたリカルドに、樹は首を振る。


「飛び道具がよくて……前に教えてもらった魔法でちょっと試したい事があって」

「飛び道具ね。もちろんいいよ」


 試したい事ってなんだろ?と思いつつ、形状はどんなのがいいのか確認して了解と請け負うリカルド。初めての樹のおねだりに、後で虚空検索アカシックレコードを駆使して最高のものを作ろうと内心大張り切りだ。

 ハインツの想像した魔道人形ハンドハーベントではないが、ただの飛び道具にはならない事が確定したようなものである。

 尚、話を聞いてなかったハインツが、魔道人形ハンドハーベントは目立つからやめた方がいいと真面目にリカルドに言って、何の事?と返されたのは余談である。見た目に反して意外とボケてるとこもあるハインツだった。


 朝ごはんを食べ終えると樹は野宿の準備を一人で整えるように言われていたので街に出て、ハインツは少し身体を動かしたいと言って庭に出たのでリカルドは二階に上がってシルキーと交代した。

 ハインツの妹は最近ようやく自分でご飯を食べてくれるようになって(死なせてくれないと諦めた感が強いが)、シルキーに取り留めもない事を話すようになった。まだリカルドは起きている時に顔を合わせていないが、もう少ししたら顔合わせをして行動範囲を広げられないかなと考えているところだ。まずは部屋から出るところからだがそれも結構大変だよなと思いつつ、ドアの向こうを透視の魔法(新魔法)で眺めるリカルド。

 ベッドの上で身体を起こして窓から見える庭の様子をじっと見ているようだったが、たぶんハインツを見ているんだろうなぁと立てた膝に顎を乗せた。

 虚空検索アカシックレコードで彼女が何を思っているのか何を考えているのか確認してみても刻一刻とその内容が変わるのでハッキリこうだとは言えない。ただ、今の現実に対するどうしようもない苦しさをハインツに向けつつ、ハインツに全てをぶつけてしまう自分を嫌悪している瞬間もある。だけど自分でも制御出来ない心の動きに葛藤していて、その思いをそのままハインツに伝える事も出来ず、そしてその気持ちもすぐに怒りや悲しさや無力感に塗りつぶされてしまっていた。


(人の心ってほんとままならないな……)


 そんな当たり前の事を思いながら、リカルドはハインツが戻ってくるまでじっと見守っていた。


 午後になると昨日約束していたラドバウトが来たので、リカルドは一緒に街中を歩いて王都の外れにまでやってきた。そこは所謂工業区画で、いろいろな種類の工房が軒を連ね、空に伸びるいくつもの煙突からはモクモクと煙が吐き出されていた。

 金物製品の他にはガラス製品に陶磁器製品などもあり、こういうところもあったのかと初めてくる場所にリカルドはキョロキョロしていた。その様子にラドバウトはお上りかと笑いを噛み殺し、目的の工房についたところで意識が隣の工房にいってしまっているリカルドの袖を引いた。


「こっちだ」

「え? あ、うん。ここ?」


 他の大きな工房と比べるとこじんまりとした佇まいの建物だった。他の工房だと作品が外からも見えるようにドアが開かれ、軒下にもいくつか飾られていたりしていたのだが、そこにはそういったものも一切無かった。外見からは工房かすらもわからない有様だ。


「あぁ。向こうが名乗るまでは名乗らなくていいが、向こうが名乗る前にリッテンマイグスって呼ばないようにしてくれ」

「呼ばなければいいんだな? 了解」


 名前に拘りがある種族なのかと、ちょっとわくわくするリカルド。

 ラドバウトはそわそわするリカルドに、なんでそんなに穴人ドワーフに会いたいんだかと苦笑しながら黒いドアを叩いた。


「リッテンマイグス、いるか? 珍しい酒を持ってきたぞ」


 ドアノッカーのようなものは無く、わりと激しくドンドンと拳で叩くラドバウトに、いいの?怒られない?と思うリカルド。アパートでこれやったら一発で怒られるなと内心どきどきしていると、ガチャリと音がしてドアが開いた。


「酒……?」


 煩い!と怒る事もなくちらっと顔を覗かせたのは、リカルドとそう変わらない背の青白い顔をした男だった。年の頃は二十代前半で、頭は寝ぐせなのか何なのか濃紺の髪がワカメのようにうにゃうにゃしている。肌も顔色同様白っぽい。顔にヘビのような藍色の入れ墨を入れているところはちょっとヤのつく人のようでもあったが、それが無ければ本当に貧弱そうな男だ。

 住み込みの人なのかな?と思うリカルドの横でラドバウトが軽く手を上げた。


「ようリッテンマイグス。久しぶりだな」

「……ラドバウト」


 ラドバウトの言葉に、え?となるリカルド。

 想像していた穴人ドワーフの姿、髭もじゃ低身長樽体形に欠片も掠っていなかった。ついでに言うと、どこか眠たそうなその男はどこをどう見ても普通の不健康そうな男で、鍛冶師にも見えなかった。


「依頼をしたいんだがいいか?」

「……」


 男は視線をラドバウトからリカルドへと移すと、まずいものを食べたような顔をした。嫌らしい。露骨だ。


「リカルド。あれいいか?」

「あ、うん」

 

 はい。と出しておいた酒瓶をラドバウトに渡せば、男の視線はすぐさまそちらに移った。


「………」


 男はラドバウトに酒瓶を渡されると、無言で瓶の封を切って匂いを嗅いで、そのまま奥へと戻ってしまった。


「お許しが出たな」

「え? お許し?」


 どの辺がお許しが出ているのかさっぱりわからなかったが、入るぞとラドバウトが行くので、慌ててリカルドもついていく。

 酒が気に入ったという事なのかな?と首を傾げつつ入れば、中は薄暗くいくつもの武器や鎧がその辺の床に雑然と置かれていた。整理整頓のせの字も無いし、物を大事にしているようにも見えない。

 腕のいい職人、なんだよな?と些かどころではなく不安になりつつ奥の部屋まで行くと、男は既に手酌で酒に口をつけていた。それはいいのだが、椅子の上に三角座りでコンパクトになって両手でコップを持ってちびちび飲んでいる姿は、どうにも腕のいい職人とはかけ離れた人物像であるようで、リカルドには違和感しかなかった。


「俺もハインツも文句ない酒だがどうだ?」


 ラドバウトは男の行動を気にした素振りもなく向かいの椅子に座り、リカルドにも横に座る様に手招きした。


「………どこで手に入れた?」


 薄暗い中でぬらっと妙に潤いのある光るような珈琲色の目がラドバウトに向けられ、ラドバウトがこっちだとリカルドに視線を向ければ、そのままその目が座りかけていたリカルドへと動いた。なんとなくだが、お化け屋敷でバイトが出来そうな雰囲気の人だなと思うリカルド。つまり、ちょっと怖かった。

 それでも社会人として質問を無視するわけにもいかないと、椅子に座りながら内心のびくびくは出さないようにいつもの微笑みを固定し返した。


「知人の手土産みたいなもので、どこで入手しているのかは生憎と」

「……そいつは神の眷属か」

「はい?」

「これは地母神に捧げる神酒だ」


 ぼそぼそとした声でほぼ正解を言い当てる男にリカルドは固まりそうになった。が、耐えて「そうなんですか?」とさらりと返した。つい昨日流せるようにしとけと言われたばかりだから耐えられた。セーフだった。

 ちなみにリカルドは地母神と酒飲み女神を同一だと勘違いしたが、地母神というのは穴人ドワーフが信仰している大地の女神の事だ。その実態は大地に関係する精霊なのだが、その辺りは割愛する。


「神の眷属と繋がりがあるのか……」


 めんどくさいな……と呟いてさらに背中を丸め、ちびちびと飲む男はどこか不貞腐れたような雰囲気でラドバウトを上目遣い――というか恨めしや~的な目で下から覗くように見詰めた。


「その男の武器を作れと?」

「いや俺の鎧を新調するからそれを頼みたい」

「ラドバウトの?」


 じゃあなんでこいつを連れて来たんだという視線になる男に、ラドバウトは苦笑した。


「素材をこいつが持ってるんだよ」


 リカルドはラドバウトからアイコンタクトを受けて、いつものように懐から出すと見せかけて空間の狭間からヒヒイロカネのインゴットを取り出しテーブルの上にごとりと置いた。

 男は一瞬訝しそうに眉をひそめたが、片手を伸ばして触れた瞬間、それまで眠たげにしていた目をカッと開いてダン!とコップをテーブルに叩きつけた。そして両手でインゴットを掴むと、信じられないという顔でぐるぐる回転させながら舐めるように確認を始めた。


「不純物がない? ……ほぼ純正のヒヒイロカネ?……祭主まつりのつかさでも純度は98が限界なのに……なんだこれは」


 男がぶつぶつ呟いている言葉を拾ったリカルドは、あ。もしかして純度100%とか無い感じ?とミスった事を悟った。


「……どこで手に入れた」


 独特のぬらっとした目でひたりと見つめられ、しかもその目の瞳孔が段々と縦に裂け始めているのを目にしたリカルド。え?穴人ドワーフじゃないの?実は竜系なの?と、この世界の穴人ドワーフ像が全く分からなくて、あと余計に怖くて反応が遅れた。


「リッテンマイグス。依頼はあくまでも俺だからな?」


 待て待てと本性を現し始めた男に、ラドバウトが間に手を差し込んで視線をカットした。だが男はラドバウトのその手を掴んで降ろさせた。


「どの氏族のものか確認する必要がある」

「氏族って」

レウルウールカスル。もしレウルじゃないなら由々しき問題だ」


 リカルドはここに来た時のうきうき気分はどこへやら、お化け屋敷のキャストみたいな相手に迫られて怖くなり、早々に時を止めて虚空検索アカシックレコードでどういう状況なのか確認した。

 その結果、穴人ドワーフには三つの氏族があり、それぞれがそれぞれを強烈にライバル視している関係にある事がわかった。このヒヒイロカネという扱いの難しい金属をいかにうまく扱えるのかというのが力関係のバロメーターとなっており、中でも純度の高いインゴットを作成する技術は各氏族で門外不出となっていた。現状、三つの氏族で最もその抽出精度が高いのがこの男の氏族であるレウルで、それが98%であった。

 そこに100%のインゴットを持ち込んでしまったので、なんだこれは!?となるのも仕方がない反応だったのだ。

 リカルドはあーやっぱり100%が良くなかったのかと肩を落とし、どうしたらいいのかも調べて、それはそれで面倒そうな事になるなぁと溜息をついた。しかしそれ以外にお許しいただける道はなく、やらなければレウルが拠点としている地底へとあの手この手で連れて行こうとするので、じゃあしょうがないかと諦めた。

 ちなみにリカルドが竜系なの?と思った瞳孔の形だが、正しくは蛇だ。穴人ドワーフは熱センサーの発達した蛇人を祖先に持つ、妖精との配合種で見た目の細さに対して筋力は相当ある。目以外の特徴としては舌が二つに裂けているが、まぁリカルドがじっくり見せてもらう機会はないだろう。あと色白なのは単純に日に当たらない生活をしているからで、不健康というわけではない。


「あの、それは私が作りました」


 時を戻してそっと手を上げ申告したリカルドに、男の目が鋭くなった。

 ふざけるなと怒られるのはわかっていたので椅子から立ち上がり、その場にヒヒイロカネを含む鉱石を空中に出してそのまま浮かべるリカルド。

 言ったところで信用されないので、実演して見せるのだ。

 物理結界の中に閉じ込めたその中からヒヒイロカネの組成を限定して抽出し、不純物を空間の狭間に戻す。残った純度100%の粉のようなヒヒイロカネを魔法障壁と物理結界をさらに重ね掛けして圧と熱を加えてインゴットの形へと整形、熱を奪ったところで結界を解いて取り出し、男の前に置いた。

 先ほどのインゴッドよりも相当小さいが、純度自体は同じだ。


 突然の事に男もラドバウトも唖然として見ていたのだが、復帰が早かったのはラドバウトだった。さすがリカルドの奇行に慣れている。


「リッテンマイグス」


 ラドバウトの呼びかけに男は我に返って、信じられないという顔でその小さなインゴッドに手を伸ばして確認して、首を振った。


「………同じ」


 そう呟いて、はっとしたようにリカルドを見て――


「いえ、私は穴人ドワーフではないです。混血でもないですから」


 違います。と手を上げて先手を打つリカルドに、男は眉を下げた。


「違うのか……? 確かにあんなやり方は見た事がない……が」

「魔法で無理矢理取り出しているだけです。技術で取り出されているそちらからすれば邪道な方法でしょう」

「魔法? ヒヒイロカネに魔法で干渉出来る筈が………」


 ますます理解出来ないという顔になる男だったが、不意に天啓を得たようにテーブルの上の酒を見た。


「そうか……」

「あ、神の眷属とかでもないですから」

「………」


 恨めしそうな顔をされた。

 瞳孔が縦に裂けたままその顔をされるとさらに怖いので止めて欲しいリカルド。

 だが死霊魔導士リッチが神の眷属だとか言われるのも申し訳ないので微笑みのまま違いますと、重ねて否定した。


「とりあえずこれで納得してもらえますか? それは私が作ったものだと」

「………」


 納得は出来ないが、他の氏族のものではないというのならそこまで躍起になる必要はないかと唸る男。しかし他種族が自分達の技術の上をいくというのもそれはそれでプライドが刺激され、かといって事実目の前に純度100%のものがあるのだから、それを否定する事も出来ない。

 男はやがて息を吐き出して、棚から小さなコップを取り出してくると神酒を注いでリカルドの前に差し出した。


「目の前で見せられては……認めないわけにもいかない。レウルの一層、リッテンマイグスだ。リカルドをリッテンマイグスは土に愛されしものとして認める」


 その口上は穴人ドワーフが異種族に対して対等と認めた時に行うもので、これが無いとまともに口を利いてもらえない。冒険者たちは穴人ドワーフ製の武具を手に入れようと思うとまずここが第一の関門となり、これがまた難しくて彼らの作る武具の貴重性がさらにあがっていたりする。

 虚空検索アカシックレコードでその辺の作法も確認していたリカルドは差し出されたコップを受け取って呑み干した。


「リカルドです。冒険者をしています」


 男、リッテンマイグスは頷いてリカルドを椅子に座らせると再び向かいの椅子に三角座りになりテーブルの上に置かれた二つのインゴットに視線を落とした。

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