第65話 久しぶりの夜の営業
樹と一緒に家に入ったところでリカルドはハインツを探した。相当動揺してしまったので変に思われてるよなと思い、特に言い訳も思いつかないのだが、とにかくフォローしとかないとという気持ちだった。
「ハインツ」
二階に戻ろうとしている姿を見つけ声を掛ければ、ハインツは、ん?と振り向いた。
特に何かを気にしたような様子がないハインツに、えっとと言葉を探すリカルド。
その様子に逆にハインツは苦笑を浮かべた。
「さっきの事なら別に気にしなくていいぞ。っていうかそれよりお前、あんなにわかりやすく反応してたらやばいだろ」
「あー……うん」
フォローするどころか逆に心配されて頭を掻くリカルド。お粗末にも程がある対応だったので指摘されると今更ながら恥ずかしくなってしまった。無言で固まるとか一番の悪手だ。
「隠したいなら馬鹿正直に使うとか言わない方がいいし、悟られたとしても流せるようにしといた方がいいぞ?」
「……はい」
もっとも過ぎてはい以外の言葉が出てこない。
ハインツは悪戯が見つかった子供でももっと上手く言い訳するからなと揶揄うように笑って二階に行った。
その背を見送り、フォローいらんかったな……と思うリカルド。
(けど、相手がハインツだったからいいものの……そうじゃなかったら追求されたよな……)
かなり気が緩んでいたとしか言えない。ハインツの温情に感謝してちゃんと気をつけようと反省するリカルドだった。
夜中になると、リカルドは久々に占いの館の準備を始めていた。
「だいぶん空けちゃったからなぁ。固定客が離れてるかもな」
そう呟きながらグリンモア版に姿を変えて椅子に座り空間をつなげた瞬間、札からの転移を感じ背筋を伸ばした。
「よ——」
「やあやあ主、久しぶりだね!」
定型文の一文字目を発したところで遮られ、ずんずん歩いてきてすとんと目の前に座ったのは言わずもがなの王太子だ。
いつも通りの登場に、微笑みの下でそんな事も無かったかと苦笑を浮かべるリカルド。
「今日ここにこれて本当に良かったよ。というか初めて主の見立てが外れたんじゃないかな?」
「外れた?」
「聖女の祈り、あれ使えるって主は言ってたけど大惨事になりかけたんだよね」
にーっこり笑う王太子に、あー……と、リカルドは声が漏れそうになった。が、表情は固定したまま落ち着いた声を心掛けた。
「宿っていた精霊が悪さをしましたか」
「……主。もしかして、わかってた?」
腕を組み半眼になる王太子からひんやりした空気を感じて、リカルドは目を伏せいいえと首を横に振った。
「あの時点では正常に働くということまでしか確認しておりませんでした。精霊が何かするとは確認しておらず、申し訳ありませんでした」
確認したところでウリドールがお守りを渡すところまで辿り着けていたかはわからない。それでもうちの奴が結果的に迷惑をかけてすみませんという気持ちで頭を下げるリカルド。
「………確かにね。私も使用に問題がないか聞いただけだからね」
はっ……と短く息を吐いて王太子はぎしりと椅子に背を預けた。
「主が故意に隠していたとは思っていないけれど今回は焦ったよ。教会の神官長からは随分と嫌味を言われたしね。管理不足の不良品の責任を教会の非にしていただきたくは無い、って」
うわ……と、予想以上に強気の対応をしたエヒャルトに内心焦るリカルド。自分が教えた事でまさか王家と教会が仲違いするとか冗談でも勘弁して欲しかった。
「まぁそれはいいんだけど」
ぐっと姿勢を前に戻して王太子は身を乗り出した。その表情は既に為政者の顔で、緩い笑いも余計な威圧も無い。
「一応何が起きていたのかは聞いたんだけど、聖女の祈りについては記録がはっきりしないから教会の言い分が正しいのか全く判断がつかないんだ。そのあたりの事も主に確認して欲しいのと、本当にあれは元に戻ったのかどうか、今後の使用に問題がないかも合わせて聞きたい」
「承知いたしました」
王太子が理性的な人間で良かったと心底思いつつ、リカルドは頷いて人工精霊が出てきた理由から順番に説明していった。
話を聞いていた王太子は最初は表情は変えなかったが、根本原因となった悪魔族の話になると眉間に皺を寄せ頭が痛そうにこめかみに指を這わせた。
「なるほどね……教会もその事を知っているのかな?」
「明確にはそうと知らないでしょうが、精霊を移せる相手だというのは理解していると思います」
「だから言及を避けるような言い方をしたのか………悪魔が相手となれば打つ手がないからな………」
堪えきれなかった溜息をこぼし、王太子は机に肘をついて手を組むとそこに額を乗せて俯いた。
「……主はあれを破棄した方が良いと思う?」
「今現在、執着している悪魔族はおりません。仮に何者かの介入があった場合、それは前回の犯人とそれ以外で確率は変わらないかと思います」
つまり、何か問題が起きたとしても、それは過去目をつけられた魔道具だから、ではなく破邪結界の力を封じ込める事が出来る魔道具だからと言う事になる。過去目をつけられたから破棄するという意味ならあまり意味はないとリカルドは答えた。
王太子はその意味を咀嚼して、もう一つ聞いた。
「……目をつけられる可能性はあるんだね?」
「否定しませんが、頻繁に使用する事がなければその可能性も随分と低くなります。
目をつけられる原因となった頻回使用についても、当時の王族を守るためだったので無意味な使用ではありません。逆に幾度か悪魔族を退けたという実績があります」
個人的にはリカルドは聖女の祈りは魔道具としては使えるものだと思っている。それにこの王太子なら聖女の祈りを使用した僅かな猶予で事態を打開する方法を思いつく可能性もあり、破棄するよりかは有効活用した方がいいのでは無いかと考えていた。
ただそれも一個人の感想なので、黙り込んだ王太子の思考を邪魔しないように、リカルドも黙って待った。
「………まぁ、全てのリスクを排除なんて出来るはずもないものね」
やがて己に言い聞かせるような呟きをこぼした王太子に、うんうんと内心同意するリカルド。
王太子の方はそんな低レベルのリスク管理と共感されているとは知らず、聖女の祈りについての運用について方針を決めた。
「使用条件を後でまとめておこう。手を打つのはそのぐらいだね」
顔を上げて組んでいた手を解き、肩の力を抜く王太子。
「けど……教会の言い分が正しかったというのは参るね。きっとあちらは主の兄弟子が絡んでいるんだろうけれど………なかなかあの神官長も曲者だから厄介だ」
地味に日本版リカルドが関与していると見抜かれている事に反応しそうになるリカルド。元々聖女見習いの指導をしているとバレているので、そう考えてもおかしくは無いのだが、口に出して言われると反射的にドキッ(妄想)としてしまう。
「新しく聖女となった者を悪意から守るためでしょう。道理に反することはしない方ですから立場が弱くとも誠意を持って対応すれば引き下がると思いますよ」
私は何も知りませんという態度を崩さないように微笑みをがっちり固定させるリカルド。あくまでも部外者である日本版リカルドが教会に力を貸している事は知らぬ存ぜぬで通すつもりだ。
「まぁ……ね。その辺の貴族よりもまともな人間だと思っているよ。変に要求してこないだけまだいいんだろうけど……駄目だね、やっぱり主と話してると愚痴っぽくなってしまう」
「ここはそういうところですので構いませんよ」
占いの館なんて相談や心配事、愚痴を話すところですとリカルドが言えば、王太子はふーん?と机に肘をついてリカルドの顔を覗き込んだ。
「そんな事言われたら日が昇るまで愚痴ってしまいそうだよ?」
「………それは、困りましたね」
さすがにそれは嫌だなと思うリカルドに、王太子はくすりと笑って冗談だよと撤回した。
「せっかく主と話してるのに愚痴だけだなんてもったいないからね。
ところで主はここ数日何をしてたの?」
「何と言うほどの事はしておりませんが……少し見守りをしておりました」
「見守り?」
はい、と頷くリカルド。
ちょっと所用で出かけていました。でも良かったのだが、なんとなくそう言ってしまうと、常連客の王太子に対してつっけんどんな言い方のような気がして、ぽろりとそう返していた。
「知人の身内が少し具合が悪かったので」
多少言ったところでどこの誰かまで特定出来ないだろうとそう話せば、王太子は眉を顰めた。
「………主でも治せない程悪いの?」
「心の問題はさすがに私もお手上げです」
首を振るリカルドに王太子は不思議そうに首を傾げた。
「主なら記憶を操作出来るんじゃない?」
そうすればどんな心の病も無かった事に出来るでしょ?と、さらっと黒い事を言う王太子に、思わずリカルドは王太子らしいと笑ってしまった。
「確かに出来ますが、そうして作られた人格は果たして本人だと言えるでしょうか。
苦しみを早急に取り除いた方が本人には幸せなのかもしれませんが、出来れば自分の力で戻ってきて欲しいと思うのです。周りのためにも」
これは私のエゴなんですけれど、と付け加えるリカルドに今度は王太子の方が笑った。
「いいんじゃない? 主らしくて。私は主のそういう甘いところは嫌いじゃないよ」
「甘い……ですか?」
甘いというつもりは無かったリカルド。どちらかというと、自分の希望でハインツにしんどい道を用意した事に少し引け目を感じていたぐらいだ。
微笑んだまま目を瞬かせて変な顔になるリカルドを、王太子はおかしそうに笑った。
「そういうところだよ」
くすくす笑う王太子に、どういうところ?とよくわからないリカルド。
首を傾げるリカルドを王太子は細めた目で嬉し気に見遣った。冷静で淡々としているように見えてその実、他人の事を思って心を揺らし、その事にも気づいていない愚直な人間が甘い以外の何であろうか。だからこそ、この占い師が信じられるし、その姿勢と性格が好ましくてついつい足を運んでしまうのだ。叶う事ならば、いつまでもこの占い師とこういうやり取りを続けたいと思ってしまうほどに。
「さて、私もここでゆっくり他愛無い話をしていたいところだけれど、教会との調整で仕事が溜まっているからね」
机にお金を置いて椅子から立ち上がる王太子にリカルドは姿勢を正した。
「あ、今度来るときは時間を作ってくるからまた付き合ってね」
去り際にそう残して消えた王太子に、何に付き合うのか察したリカルドはがくっとなった。
「惚気は余所でやってくれよ……」
と言ったところで、そういやBL書かれてるんだったと思い出して余計に憂鬱になってため息がこぼれた。
その件についてはどうにかしてほしいが、どうにもならないので溜息量産マシーンになるしかないリカルド。
机に頬杖ついて腐敗された方の思考はわからんと頭を振って、次のお客さんくるかなぁと視線を垂れ幕の向こうへと向けぼんやりしていると、路地裏からの道が繋がるのを感じた。
すぐさまリカルドは姿勢を正した。
「もしかして、ここか……?」
垂れ幕の向こうから聞こえた小さな呟きは男のものだ。
「ようこそ占いの館へ。今宵はどのようなご相談でしょう?」
「っ! ぁ…う、え…」
声をかけられてびっくりしたようで、恐る恐る仕切りの幕をめくって顔を出したのは、つるっとしたスキンヘッドで目つきが悪く目元に大きな傷があっていかにも破落戸です。というような男だった。
男はリカルドに気が付いてじろじろと見ると、何やらほっとしたように息を吐いて、へっぴり腰だっだ姿勢をぐいっと伸ばして見下ろした。
「こんな生っちょろい奴が本当に凄腕の占い師なのか?」
鼻で笑うように言いながら近づいてきた男に、リカルドは生っちょろいって何だろうと内心首を傾げ、逆に筋骨隆々の占い師などいたら何でお前占い師になったんだと突っ込まれそうだなと想像して笑いそうになっていた。
「お前、本当になんでも客の望みを叶えられるのか?」
「いえ、私はただの占い師なのでご相談に乗るだけですよ」
相談内容によっては結果的に希望を叶える事になるケースもあるが、普通にアドバイスで終わるケースもある。
「え?! でもあいつ、いきなり変わってモテ始めたぞ?! お前が何か魔法を使ったんだろ!?」
上から目線だった男は驚いて、焦ったように机に手をつきリカルドに迫った。
「何の事かわかりかねますが、ひとまず椅子に座られては如何でしょう? ご相談であれば一回300クルで承ります」
男は落ち着いた態度のリカルドに一瞬怯み、強がるようにドカッと荒く椅子に座った。
「そ、そこまで言うなら相談してやろうじゃねえか!」
いや、そこまでも何も軽く勧めただけなんだけどと、なんだか見た目と中身がチグハグな客に微笑みの下で苦笑するリカルド。
「承知いたしました。それではどのようなご相談でしょう」
「……………………だ」
男は太い腕を組んだまま顔を赤くし、口元をモゴモゴとさせた。ちなみにリカルドの聴力を持ってしても聞こえなかった。
「申し訳ありません。聞き取れなかったのでもう一度お願いできますか?」
「……な……お………………だ」
もごもごさせながら、蚊の鳴くような声で話す男。
あ、これ面倒くさい客だと思ったリカルド。早々に時を止めた。
強気な態度と恥ずかしがって相談内容を言わない組み合わせは、まず間違いなくスムーズに話が進まない。そう思って
何で俺はモテないんだ。
なんだか覚えのあるその内容に調べてみれば、以前ここに来たスキンヘッドの青年のパーティーメンバーである事がわかった。
(お前か。スキンヘッド勧めてたの。っていうかそれがいいと思ってる口だったのか)
「女性に好印象で見られたいというご相談ですね」
とりあえず時を戻して相談内容を確認したリカルドに、男は「なっ」と一言発して顔を真っ赤にして固まってしまった。
初心か。と突っ込みたくなるリカルド。その見た目でその反応は意外過ぎるよと。でもある意味あの青年のダチなんだなととても納得した。
「一つ確認したいのですが、今の髪型や服装はそういうのがお客様の好みという事でしょうか?」
「あ……え……?」
「それともそういう姿を好む女性がタイプという事でしょうか? 具体的にどのような女性に好印象で見られたいのかお聞きして宜しいですか?」
「ど、どのよう、な?」
「一般的に女性は厳つい見た目の男性には恐れを抱きやすいので、その服装や髪型がポリシーだと言われるとお相手の幅がかなり狭まるかと思われます」
「え? え?」
まったくリカルドの話についてこれない男に、リカルドはもう一度ゆっくりと話した。すると男は真っ赤な顔で口元に拳を当て、やっぱりもごもごしながら視線をうろうろ彷徨わせて答えた。
「べ、別に……こだわってるわけじゃ……でも、この方が強そうだろ……別に、そんな怖くないと思うし……」
いや十分怖いよ。と思ったが繊細なハートの持ち主っぽいので言わないリカルド。
「こ、好み……とか、そんなん、別に考えた事ねぇし……」
絶対こいつ考えた事あるし、なんなら特定の誰かが頭に浮かんでるだろと思うリカルド。悲しいかなモテない男としてその思考回路がわかってしまう。
これ以上情報を引き出そうと追及すると可哀想な事になりそうなので、再びリカルドは時を止めて確認した。
男の好みは綺麗系のお姉さまで、どちらかというとリードしてくれる強気の女性がいいらしい。それに張り合えるようにと強い男を目指した結果がコレという事らしかった。
張り合えるってなんだ?強い男のイメージってこれ?となるリカルドだが、男も男なりに頑張っていた事だけはわかった。
リカルドは腕を組み目を細め考える。
女性に好感を与える方法を教えたところでこの男がどこまで出来るのかはわからない。それはあの時の青年と同じだ。あの時の青年と違うのは、この男の場合プライドが邪魔して素直に話を聞けないというところだ。言ったところで無駄になる可能性が非常に高い。だが、かといって教えないというのもモテない者としては非常に気がかりだった。ちょっと綺麗な顔した男が俺モテないんだと言ったら張っ倒す自信のあるリカルドだが、まじでモテなさそうな男が俺モテないんだと悩んでいたらどうにかしたいと仲間意識が働いてしまう。
どう言えば伝わるだろうかと
異世界日本で醸造されたカルチャーから厳選した強い男を主軸にした作品の中でも男が受け入れやすそうなものをチョイスして、女性視点のものと男性視点のものを選び、とにかくそれを見てもらった。
さすがに映像作品なので明け方までかかったのだが、その結果男は何か道が開けたような顔をして呟いた。
「心技体……それに義……」
小さな子供が宝物を見つけたようなキラキラとした顔をする男に、ひとまず見た目が厳つい=強いの方程式は崩せたか?と思うリカルド。
最後に見せたのは江戸時代を舞台とした友情と恋愛を絡めたものだったのだが、その主人公がまさに男が呟いた心技体を兼ね備えた義に厚い男も女も憧れるような超人で、うまく心を射とめたらしい。
それを踏まえて、今の姿が一般的にどう見られているのか、どう変えれば男が望むような反応を得られるようになるのかリカルドは説明した。のだが、
「いや、俺はわかった。そんな見せかけだけ変えてもきっと見抜かれる。だから中身から変わらなければいけないのだ」
入ってきた当初の赤面はどこへやら、キリっとした顔で机にお金を置いて男は力強く立ち上がった。
「店主、世話になったな。これは僅かだが礼だ」
そう言って踵を返し颯爽と館を後にした。
「……え?」
が、そのセリフは全て先ほど見た映像作品のものだ。完全にパクっている上に、礼も何もそれが代金なので支払うのが当たり前である。
「めちゃくちゃ影響されちゃった……」
束の間男が居なくなった入り口に目を向けていたリカルドだが、まぁいっかと館を閉じた。とりあえず変わろうと思えたならひとまず成功だろうと気楽に考えた。
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