第64話 忘れてた。結果、ばれた。
「酷い! 鬼! 悪魔! やった事ないって言ったじゃん!」
「やー思ったよりいけるなーって思ってさー」
ラドバウトと樹は王都の外で常時依頼の討伐をこなし、いつもよりも早く戻ってきていた。
常ならばラドバウトもアイルと一緒に王都に入ったところで別れるのだが、ラドバウトは
で、玄関を開けようとしたところで聞こえてきたのが先の会話になる。
顔を見合わせた樹とラドバウトは玄関から庭の方へと回った。
「どこが!? ずっと逃げてただけだろ?!」
「それがもうすごいんだよねー、魔導士にあの動きは出来ないって。普通当たるのに」
「まじで急所狙ってたくせに当たったらやばいだろうが!」
「寸止めしてたって」
「んな勢いじゃなかった! 絶対違った!」
「いやいやほんと、これでも俺器用なのよ?」
「嘘だ! 絶対嘘! めっちゃ楽しそうに笑ってた! やる気の目だった!」
「いやいやそんな事ないって。まぁちょっと楽しかったけど」
「ほらぁ! やっぱそうじゃん!」
「でもお前も楽しんでただろ?」
「節穴!? お前の目は節穴なの!? どこが楽しんでたように見えた!? どの部分!? ぜひ詳しく教えてくださいませんかね!!」
建物の角を曲がったところで見えたのは、リカルドが妙な微笑み(興奮し過ぎてコントロールミス)でハインツの胸ぐら掴んでがっくんがっくん揺さぶっているところだった。
何事?となるラドバウトと樹。
「何やってんだ?」
わいわいやっていたリカルドとハインツは二人に気づいて、同時に「「あ」」と声を漏らした。
「あ…アイルは?」
「家に戻った」
慌てたように聞くハインツにラドバウトが短く答え、リカルドもハインツもほっと肩の力を抜いた。アイルに見られていたらややこしい事になっていた。
「で、お前ら何やってんだ?」
ハインツの胸ぐらを掴んだままのリカルドを見て問うラドバウトに、リカルドは樹の前だったのでパッと手を離し、ごほんと誤魔化すように咳払いをしていつもの微笑みを浮かべた。若干どころではなく遅い感じがしたが、気にしない。特定の事柄以外には優秀な精神耐性である。
「おかえり樹くん」
「ただいま……ですけど、何があったんですか?」
誤魔化せるはずもなく聞かれたリカルドは微笑みを浮かべたまま何が?と小首を傾げた。出来ればハインツと手合わせして逃げ惑っていた事は言いたくない。樹には格好いい大人の姿しか見せたくないリカルドである。既に大分ボロを見せているような気もしているが、そこも気にしない。
「手合わせしてたんだよ」
「ちょハインツ」
「手合わせ?」
樹のオウム返しに、ハインツはリカルドが口を塞ごうとしてくるのを避けて、そうそうと頷いた。
「こいつ魔法なしで相当動けるからラドもやってみたらいいよ」
「やらないからな。絶対やらないから」
とんでもない事を言い出すハインツにすかさず拒否するリカルド。樹の前であろうと、いやだからこそ、醜態を見せるような提案を放置しておく事など出来なかった。
ラドバウトは微笑みのまま気迫を滲ませてくるリカルドに頭を掻いた。
「心配しなくても嫌がる奴とやろうと思わん」
「さすがラド! 信じてたよ!」
喝采を送るテンションの高いリカルドに、ラドバウトはお前こいつに何したんだよとハインツに視線を送った。ハインツは、あははーと笑いながらラドバウトから視線を逸らした。
小一時間ほどぶっ通しで攻め続けたハインツ。素人の動きながら躱し続けるその動体視力と身体能力に興味が湧いて、どこまでいけるのかどんどん攻勢を強めていくうちに楽しくなってしまったのは否めないと自覚はしていた。
「大した事はしてないって」
「目を逸らして言われてもな」
呆れるラドバウトに、てへっと可愛く笑って見せるハインツ。八重歯が見えて、お姉さん方には普段の近寄りがたい鋭い目つきとのギャップがいいと言われそうだが、生憎相手はパーティーメンバー。溜息を貰うだけだった。
「……ハインツさんとリカルドさんの手合わせ…見たかったな」
ぽつりと呟いた樹の声が会話の隙間に落ちて、それぞれの耳にしっかりと入った。
意味を理解したところでリカルドは真顔でぎょっとし、ハインツは、お?と面白そうな顔をした。
「見たい?」
尋ねるハインツに頷く樹。
「俺とやってる時、いっつもリカルドさん余裕があって本気になったところ見た事が無いんです」
「いやいやいや待って樹くん、俺かなり本気だったからね?」
保護者としての自負のために時を止め、
「だって焦ったところなんて見た事ないから」
拗ねたような顔をして言った樹にリカルドは顔を覆って天を見上げた。
(じーざす!)
大人の余裕を醸しだそうとしていたのが仇になっていた。
「どーするリカルドー?」
にやにやしながら聞いてくるハインツと、見たいなぁという表情を浮かべている樹。嫌ならやめとけと首を振っているラドバウトも視界に入るが、ここで引いたら樹を落胆させるのは確定だ。
リカルドはぐぅと唸ってハインツの腕を引っ張って二人から離れた。
「……二つ、二つだけ魔法っていうか能力を使わせてくれ」
「は? んなもん駄目だって。空間魔法とか使われたら俺勝てないし」
こそこそ話すリカルドに、こっちもノリよく合わせてこそこそ話すハインツ。
「空間魔法は使わない」
「身体強化もお前どこまで倍率いけるんだよ」
「身体強化も使わない」
「………何を使う気?」
その二つじゃないなら何なの?と訝しがるハインツ。
「内緒。でも魔法で攻撃するわけじゃないから。補助っていう方が近い魔法だから」
「なんだそりゃ」
「とにかく、二つだけ。俺から手は出さないから、それだけ許してくれ」
「手は出さないって……」
んん?となるハインツ。まるでその言い方は手を出したら余裕で勝ってしまうと言っているようにも聞こえて興味が湧いた。
「魔法による攻撃ではないんだな?」
「うん」
「身体強化でもないと」
「そう。俺のステータスは変わらない」
「フェイントに使うとか」
「直接的には使わない。あくまで俺の身体能力でやる」
「ふーん? ……いいぜ、やってみよう」
リカルドの身体能力という時点で本当はかなりアレなのだが、了解を貰ったリカルドはよしと頷き振り返った。
「ラド、開始と終了を頼む。五分くらいで」
「やるのか……」
あんなに嫌がってたのにと言うラドバウトに、大人の沽券が関わっているからなと返すリカルド。
距離を開けて二人で向き合ったハインツとリカルドに、やれやれとラドバウトが手を上げて「始め」と振り下ろした。
直後、接近したハインツの姿を視認してリカルドは時を止めた。そしてすぐさま
牽制に放たれた右の拳に、これかとリカルドは左手を添えるようにして横に流しつつハインツの背面に背を合わせて回り込んで、追ってきた蹴りを上体を倒して躱し、そのまま手をついて前転して距離を取ってから横に転がるように跳ね起きて体勢を整える。
追撃をさらりと躱されたハインツは、明らかに先ほどまでと違う動きに目を見張った。
視界の外に消えるような動きは洗練された動きとまでは言えなかったが、やり難さが段違いだった。しかも魔法を使っている様子が無い。使っているのかもしれないが、何を使っているのか全く予想がつかなかった。
訳が分からないままハインツは踏み込み、懐に入ろうとした動きも読まれ絶妙に間合いを外されて掴もうとした手が空ぶる。さっきまでなら掠りはした指先がその袖に辿り着く事も出来ず、ぐっと拳を握って雑念を払った。
真剣にやらないと本当に話にならないかもしれない。
その思いがハインツの顔から表情を消させ、纏う空気を鋭くさせた。
あ、本気になった。と見ていたラドバウトはわかったが、樹はまだ自分では出来そうにない動きに魅入っていた。
「すごい……」
予定調和の演舞を踊っているかのような息の合った接近戦にそんな言葉を漏らす樹。ラドバウトは確かになぁと頷く。リカルドが逃げに徹しているため優劣はつけられないが、動きだけ見れば魔導士だとは誰も思わないだろうなと考えていた。
もっとも、ラドバウトはリカルドの弟弟子が天使族からルゼを奪還したことから、リカルドもそれぐらいの実力はあるのだろうなと予想はしていたので、ある意味予想通りの動きに感心はすれども驚きはしなかった。
そんな中じっと見ていた樹は、ふと何か違和感を感じた。それはハインツが攻撃をする瞬間、何かがずれるようなおかしな感覚で、目の奥が揺れるような一瞬のブレを感じた。
なんだろうと思っている間にもリカルドはハインツの攻撃を受け流し続け、ラドバウトが終了の声を上げれば二人はピタリと動きを止めた。
「は…ぁ…」
終った。と緊張していた息を吐いて、その場に安堵で座り込みそうになるリカルド。
途中からハインツの目つきがヤバイ感じの目つき(タマとられる的な)になってきて、怖くて仕方が無かったのだ。さっきまでの手合わせはあくまでも遊んでいたというのが今回の手合わせでよくわかったと精神的に疲れた。
「まじかよ……掠りもしないとか……」
こっちはこっちで驚愕で動けないハインツ。ここまで綺麗にいなされ躱されたのは十代の頃以来かもしれなかった。
「どちらもすごかったです!」
ぱちぱちと素直に手を叩く樹に、リカルドはやっと微笑み、ハインツもこんな筈じゃなかったんだけどなとバツが悪そうに苦笑いを浮かべた。
リカルドは気が緩んだところでパンパンと手を叩き、お終いお終いとこれ以上話が広がるのを防いでラドバウトに目を向けた。
「ところでラドはどうしたの?」
「あぁ、リッテンマイグスの事なんだが」
「あ、例の職人さん」
「ずっと工房に籠ってたんだがやっと出てきたらしくてな、明日あたり行けば会えそうなんだがどうする?」
「もちろん行く行く」
「了解、なら昼過ぎにまた来るわ」
じゃあなと手をあげるラドバウトに、うん宜しくとリカルドも手を上げて見送り、入ろっかとハインツと樹を促した。
ハインツはまじかー鈍り過ぎたか?と言いながら、樹はすごいものが見れたと言いながら足を動かしキッチンの方に回った。
とりあえず無事にこなせてよかったよかったとリカルドもホッとしてそちらに歩いていると、思い出したように樹がリカルドに尋ねた。
「あ。リカルドさん、さっきのあれって何をしていたんです?」
「ん? あれって?」
「ハインツさんが近づいた瞬間、何かやっていませんでした?」
さらりと樹が言った言葉に、え。と固まるリカルド。
「イツキはリカルドが何かしているのがわかったのか?」
何をしているのかさっぱりわからなかったハインツは、技術は未熟でも勇者であるイツキの能力の高さに内心舌を巻きながら聞いた。
「何となくって程度ですけど」
「何となくでもすごいわ。俺はさっぱりだったからな」
で、何をしてたんだ?というハインツに、リカルドは返す言葉が出てこなかった。
内緒、とその一言だけで良かったのだが、勇者の能力が覚醒してきている事に気づいて、バレた?!と頭の中が真っ白になってしまったのだ。
「リカルドさん?」
「あ……あぁ………あー……えー……ちょっと、ちょっといいかな? ハインツは戻っててくれる?」
動揺したままリカルドは樹の肩に手を置いてハインツに言った。
「なになに、何その反応。何してたの?」
が、返って興味を引いてしまいぐいぐい聞いてくるハインツ。
今こそ時を止めて
未だかつてない程言葉が出てこず真顔のまま固まっているリカルドを見たハインツは、こりゃほんとに言えないヤツかと表情を和らげて苦笑した。
「なんてな。それがお前の切り札だって言うならいいわ」
「……え?」
「俺も手札を全部見せてるわけじゃないから、お前のだけ聞くってのは不公平だろ?」
「………え……と」
正直、リカルドは樹がどこまで見たのか、感じたのかが気がかりでハインツの言葉が全然頭に入ってこなかった。
反応の鈍いリカルドに、ハインツは無理に聞いて悪かったなと肩を叩き家の中へと入っていった。が、それでもリカルドは頭が回っていなかった。
「リカルドさん……あの、すみません。俺が聞いたから」
あまりに深刻な様子のリカルドに、樹まで動揺して謝れば、リカルドはほとんど反射的に首を横に振った。
「あ、いや……樹くんにはいつかわかるかもしれないとは……思ってたから」
悪いのはすっかりその事を忘れていたリカルドである。
「そうなんですか?」
「うん………樹くん、何か…見えた?」
「いいえ、違和感がありましたけど、何か見えたというわけじゃないです」
樹の返答を聞いて、ようやくリカルドはほっと息を吐く事が出来た。
時魔法自体はそこまで重要視していないが、問題はそれによって隠している
一応今回頭はパーンしなかったから万一見られていても大丈夫だったのだが、どうだったかすらもわからなくなっていたリカルドは内心冷や汗まみれだった。
深く息を吐いたところでようやく頭が回り始めて、どうしようかと少し考えて、大人しくリカルドの言葉を神妙な顔で待っている樹を見て、まぁ樹くんならいいかと肩の力を抜いた。
「樹くんが感じた違和感っていうのは、俺が時を止めたからだと思う」
「……時?」
「そう。時を止めたの。樹くんは干渉するほどの力は無いけど、感知できるだけの力が身に付いたみたいだね」
樹はぽかんとしてリカルドを見上げた。
「リカルドさんって、時を止めれるんですか?」
「うん」
「………反則じゃないですか?」
ごもっともな言葉にぐふっとなるリカルド。
「あれ? でもリカルドさんが瞬間移動したようには見えなかったですけど」
「動いては無かったからね。単純にハインツがどう来るか落ち着いて考えていただけだから(
「そうだったんですか……あの、俺が聞いて良かったんですか?」
「まぁ感知できるなら先に言っておいた方がいいかなって。
俺、諸事情でいきなり時を止める事があるんだけど、もしわかったとしても気にしないでもらいたくて」
と言いつつ、もう樹の前では
「……わかりました。あの、俺、誰にも言いません」
「うん、お願い。さすがに簡単に知られていい力では無いと思うから」
「それは、はい」
「………幻滅した?」
「はい?」
「いや、だってほら、反則技みたいだなって俺も思うし……」
ごにょごにょ小さな声で言うリカルドに、樹は考えた。
確かに能力自体は反則級だと思うが、リカルドさんは動いていなかったし考えていたというだけなら、それはギリギリセーフじゃないかな?と思った。
「多少のハンデにはなったと思いますけど、でも考えても動けるかどうかは別だと思いますから、やっぱりリカルドさんもすごいですよ」
リカルドは心で涙した。樹くんがいい子で本当に良かったと。
「ありがとう。そう言ってもらえるとちょっと気が楽になったよ」
リカルドが礼を言えば樹は苦笑して首を振った。そんな事ぐらいでリカルドの事を幻滅する筈がないのにと。
「あ、もしかしてリカルドさん、俺と追いかけっこしている時もやったりしてました?」
家に入ろうとして、ひょっとしてと思いついた樹が尋ねるとリカルドは見事に沈黙した。突発的な事に本当に弱い
大丈夫です、気にしてないですからと言う樹にリカルドは「ごめんよ」と平謝りだが、樹の方はむしろそこまでリカルドに迫れていた事が嬉しいだけだ。
「はぁ……もう今度からは樹くんには負けちゃうだろうなぁ……」
「そんな事ないですよ。魔法ありなら絶対無理だと思います」
「そりゃね。俺魔導士だから」
はぁと溜息を重ねるリカルドに、案外リカルドさんって自己評価低いよなと思う樹。以前ハインツがリカルドの常識は信じるなと言ったが、そういうところを言っているのかもしれないなと思った。
まぁ樹にとってはリカルドが強かろうが弱かろうがどちらでも構いはしなかった。寄る辺なきこの異世界の地で笑って暮らせているのは、ずっとリカルドが精神的にも守ってくれているからだと理解しているつもりだから。だからリカルドが困るような事は避けるし、助けになれるならなりたいと思っている。
「なかなかそうはさせて貰えないけど……」
「え?」
「いえ、なんでもないです。それより俺、今日ランクがDになったんです」
「え? D?」
いつの間に?早くない??となるリカルドに、樹はちょっと誇らしげに、それでもって照れくさそうに頷いた。実はそれを早く報告したくて今日は早く帰ってきていたのだ。Dランクが冒険者の間では一人前と言われるランクだと聞いたから。
「今度ギルドの講習を受けたらいろいろ受けれる依頼も増えるみたいです」
「そ、そうなんだ……」
どんどん先を行かれているリカルド。別にランクが低くてもいいやと思っていたのだが、いざ樹からランクが上がったと聞くとなんだか複雑な気持ちになり、やっぱりランクは上げといた方がいいかと改めて思うのだった。
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