第63話 厳しい(約一名にとって)指導の終わりと、無茶な手合わせ

 その後、樹が戻ってきたのでいい機会だからと樹も一緒に勉強をしたのだが、殺伐とした世界だからなのかクシュナとナクルの耐性が高いだけなのか(樹は勇者なので精神耐性が高い)、あれこれと質問を受けながら二次元の紙では伝えづらいと幻覚を用いた立体映像での講義に移行。だんだん内心冷や汗垂らす内容になってきて、リカルドはシルキーのお昼ごはんだと知らせる声に天の救いを見た。


「リカルド殿」


 キッチンに移動しようとしていたところを引き止められ、最後に部屋に残っていたジョルジュを振り返れば、居間のテーブルの上に残されていた資料を手に取り目を落としている姿があった。


「これ、あなたの手書きですね?」


 食器のセットを手伝い始めた樹やクシュナ、ナクルに聞こえないような小さな声で確認をするジョルジュに、リカルドは足を戻して頷いた。


「そうですが」

「これ程詳細に描けるという事は……それにあの幻も……」


 言葉を濁したジョルジュに、あぁと誤解を受けている事を悟るリカルド。


「私は人を殺した事はありませんからね?」


 苦笑して否定すればジョルジュはいえと首を横に振った。


「そこは気にしていませんが……」


 え。気にしないの??と、逆にびっくりのリカルド。でも、だとするとこっち?と言葉にした。


「人を解体した事もないですからね?」


 というか動物すらないと内心付け加えるリカルド。

 すると違うのですか?という視線を向けてくるジョルジュ。こっちで当たりかとリカルドは苦笑いした。

 

 ジョルジュの反応は解剖に対する負の感情なのだろう。こちらの世界でもそうなのかとリカルドは思った。地球でも古き時代にそれに対して異端審問が開かれ暫くそちらの分野は発展しなかった歴史がある。

 これに関してはリカルドはわからなくもないと思う。やっぱり人の身体に刃を入れるなんて怖い事だと思うし、例え亡くなっていたとしても何だかやってはいけない事をしているようにも感じる。だからその否定的な感情を、人を治癒する者が人体を知ろうとしないのはナンセンスだと否定する気持ちにもなれない。そもそもこの世界では知らなくても癒せる実績があるのだから。


「これは知識として知っているに過ぎないですよ。私も教えてもらった側です」

「あなたに教える人物が?」

「ええ、到底私が追いつく事の出来ない存在です」


 何せ虚空検索アカシックレコードには全ての答えがある。追いつけるわけがない。

 ジョルジュは規格外のリカルドがそこまで言って教えを受ける相手が居ると知り驚いた。


「意外です……あなたが教わっているというのは」

「私だって教えてもらわないとわからない事は山とありますよ。言っておきますけど私はそんなに頭が良くない部類ですからね?」


 おどけるように肩を竦めるリカルドにジョルジュは真面目に頷いた。


「それはそうかもしれませんが」

「そこは否定してくださいよ」

「……ではこれは誰が」

「内緒です」


 無視しないでくださいよと思いつつ言った瞬間、ジョルジュの空気が微妙に変わった。どちらかと言うと剣呑な方に。

 あ。想像以上に真面目だったと思ったリカルドは、言い方を間違えたとすぐに訂正した。


「話してもしょうがない相手だというだけです。懸念されているような殺人鬼でも死体を弄ぶ趣味だとか教会と敵対しそうな類の相手でもない事だけは保証しますよ。教会ではこのような解剖の図は禁止されていますか?」


 ジョルジュは眉間に皺を寄せてリカルドを見据えていたが、やがて肩を落として息を吐いた。


「いえ。禁止はされていません。ですがこれを見た者が良い印象を抱く事はないだろうと思ったのです」


 マイルドな表現でジョルジュは言ったが、直接的に言えばこの資料を手元に置いておくだけで邪教徒と言われてもおかしくないと思っていた。

 実際、生贄を捧げるような邪教徒ではこのような人体を開いた絵を教典にしているようなところもあるのだ。


「言わんとする事はわかりました。

 後で二人には注意するように話しましょう。それから最後にその資料は二人に渡す予定でしたが、こちらも他の人の目に触れないように細工をします」

「………細工とは?」

「二人以外には……そうですね、宗教画にでも見えるようにしておきましょうか。それでもまずいならここで破棄します。知識は頭の中だけという事で」


 どうでしょうか?とリカルドが提案すると、ジョルジュは悩むような顔をして手にしていた資料をテーブルに戻した。


「………あなたはいつも私を困らせる」

「いつもって、そこまで困らせてはないと思うんですが」

「そこは主観なのでいつもと主張させていただきます」

「あ、はい」


 茶々を入れるなと言われて、すみませんと引き下がるリカルド。

 その気の抜ける様子に、ジョルジュは勘弁してくださいと頭を掻いた。


「はぁぁ………。、今までの指導を考えればこれも意味のない事だとは思いません。あなたの話を聞いていれば邪教徒の布教だとも思いません。実に詳細で学問の一つだと言われても納得できます。でも誰もかれもが私のようには考えないでしょう」

「ジョルジュさんって固いと見えて意外と柔軟性ありますもんね」


 ジョルジュは笑って相槌を打つ能天気なリカルドに突っ込む気も失せて、もう一度溜息を吐いた。


「これで成果が出ないようならそもそもこの指導は行われなかったという事にします。クシュナ様とナクル様にもそのように話してください」


 それはつまり回復魔法の向上に効果があれば白で、無ければ黒にされちゃうかもしれないから、その場合は見なかった事にする。という事か?と首を傾げるリカルド。


「見逃していただけるので?」

「どうとでも。話は終わりです。行きますよ」


 まったく、胃が痛くなって食べられなくなったらどうしてくれるんですか。とジョルジュはキッチンの方へと歩いて行った。ぷりぷりしているが、怒っているポイントがズレている。

 リカルドは意外とシルキーのご飯を気に入っていたんだなと内心苦笑し、その後ろを追っていい匂いのするキッチンへと入っていった。

 それでいいのか教会騎士よと思ったりもしたが、でもそういうジョルジュが嫌いじゃないリカルドだった。


 その日の昼食は中に具材を包んで揚げ焼きにしたピザだった。

 齧れば外はカリカリ、中からはじゅわっとソーセージから溢れる肉汁が出てきて火傷うしそうな程熱々で慌てたり、溶けたチーズが糸を引いてハムハムと何度も口を動かしてチーズを追いかけ口に入れたり、ハーブが引き立つ肉の煮込みがほろりと出て来て中身だけ先に食べてしまって失敗したと焦ったり、じゃがいもや茄子を炒めたあっさりしゃきしゃきなそれも意外と合うなと楽しんだり、いろいろなバリエーションのピザをこれも美味しいあれも美味しいとそれぞれわいわい言いながら食べた。


 リカルドは食事を終えた後は眠らせたハインツの妹に転移栄養を行い(ハインツには先にシルキーが食事を運んでいる。リカルドが二度食べている事がわかってハインツがそれを止めた)、それも終わるとリカルドはふらっと庭に出た。


 特に庭に用があったわけではない。

 ただ、食休みを挟んで午後もやる予定の講義の続きを考えて今更やべぇなと思い出し(ご飯がおいしくて忘れていた)、現実逃避に逃げてきただけだ。

 はらりと枝から落ちる残り少ない枯葉に風情を感じる余裕もなく、リカルドの頭の中はどうするよという思考で止まっている。

 ジョルジュに対して当然やり切るような空気を出してしまったし、樹達もまさかリカルドが途中リタイアしそうだなんて考えてもしないだろうなと、その場に腰を下ろしてぼんやり空を見上げた。


 しばしそうしていると、いつの間にか横にウリドールが同じように三角座りで座っていた。

 神様なにしているんだろう?と真似をしているだけのウリドールなのだが、リカルドはなぁと呟いた。


「苦手なものってある?」

〝苦手?〟

「いや、なんでもない」


 俺はこいつに何を聞いているんだろうかと膝の間に頭を埋めるリカルド。ウリドールに聞いてどうしようと言うのか。キてるわ。と自分でも思った。

 絵を描いている時は、まぁまぁしんどいけどいけるなと思っていたのだ。だけど質問を受けている中で、より分かりやすくと思って幻覚を使って立体映像を出したのはやり過ぎだった。

 実際にそこにナマモノがあるわけではないし、色味はかなり抑えているので耐えられないわけではないのだが、ずっとそれを出しっぱなしにしているのがなかなか精神を削った。特に血管の走行だとかを出すのがきつくて、皮膚の下を通る静脈なんか映そうとすると反射的に血の気が引きそうに(妄想)なる。

 伝わらない人にはなかなか伝わらない話なのだが、リカルドは採血で倒れた経験が幾度もある。なんで採血ごときで?とか痛みに弱すぎじゃね?と言われた事も多いのだが、リカルドとしてはごときではなかったし、痛みだけの問題ではなかった。皮膚の上から血管を探されている時の感触も苦手だし、首とか手の甲に浮き出た血管に触られるのもすごく苦手(血が止まりそうな錯覚を覚える)で、要するにその辺の事を考えるだけでクるのだ。


(はぁ。心臓から大動脈が出てる様子だとかはもう一周回ってそういう造形だと割り切れるんだけど、腕のとか視界に入るところだと自分の身体みたいに感じちゃうからなぁ……)


 自分の身体はもう骨しかないのだが、すっかり忘れているリカルドだ。


〝なんだかよくわからないですけど、身体を乗っ取られるのは苦手ですね〟


 気合いで乗り切るしかないよなと考えていると、聞こえた声にリカルドは隣を見た。


「乗っ取られるって……」


 何でそんな事をと言いかけ、ウリドールとの出会いを思い出すリカルド。


「邪竜か」


 リカルドの言葉にこくんとウリドールは頷いた。


〝やりたくない事をやらされて怖くて怖くて……あの時は本当に絶望しか無かったです〟


 戦う事から逃げていたらしいウリドールからすれば、確かにそれはしんどいなと思うリカルド。身の上話は世界樹にしてしまった時に聞いたが、自分だったらと重ねて考えるとこいつも本当に大変だったんだよなぁとそんな気持ちになった。


「………そうだな。それは嫌だな」

〝今はもうそんな事はないから平気ですけどね〟


 無邪気に笑って言うウリドールに、だったらよかったよとリカルドも笑って返した。


〝神様の苦手ってなんですか?〟

「あー……ウリドールと比べれば大した事じゃないよ」

〝そうなんです?〟

「あぁ」


 よいしょと立ち上がるリカルド。なんとなく気持ちに踏ん切りがついた。


〝あ、教えてくれないんですか?〟

「はは、言ったらお前呆れるから絶対言わない」

〝ええー? 呆れないですよー〟

「いや絶対呆れるって」


 リカルドはまさかウリドールと話して踏ん切りがつくとは思わなくて、笑いながらウリドールの質問を躱して家に戻った。


 その後、無事に精神削られて自室で密やかに沈んだが。

 そっとお茶とリカルドが気に入っている白餡のどら焼きもどきを差し入れてくれたシルキーに、リカルドが平身低頭で感謝したのは言うまでも無かった。


 シルキーにはハインツの妹の世話以外にもナクルの服を仕立ててもらってもいるので、なるべく手を煩わせないようにしているつもりのリカルド。だが、全然出来てないなぁと反省してその日の夜からは占いの館を休みにした。シルキーは間に合わせるとリカルドに請け負っているのだが、リカルドの方が無理をさせているようで居た堪れなくなりそうした。


 そうして夜はハインツの妹とハインツを見守りながら一人で出来る事をやり、日が昇ってからはクシュナとナクルの勉強と練習を見るという日が続いた。

 回復魔法の効果向上の確認はわざと怪我をする事も出来ないのではっきりと確認は出来なかったが、リカルドの見立ててでは魔力消費を六割程度に抑えてかつ修復速度も短縮、欠損を修復出来る高位回復に手をかけるところまできていた。教会に戻り人々を癒す活動を再開すれば、すぐにそれがわかるだろうとジョルジュには説明して、一応それで納得はしてもらえた。わからなかったら夜飲みに来ますからと言われたのには、珍しいジョルジュの冗談に面食らいつつもどうぞどうぞと歓迎したリカルド。黒出しされた上での訪問だと言っているのに歓迎だと受け入れるリカルドに、ジョルジュは本当なのだろうなと笑うしかなかった。


 一方樹の方はラドバウトとアイルが連れ出して装備を見繕ってくれたり、実地でサバイバル講習をやってくれて着実に生き抜く技術を習得していっていた。ちなみにアイルにはまだハインツの事情は話しておらず、遠方のチームの応援に長期で行っているとラドバウトは説明している。しかもハインツがアイルに樹の事を頼むと言っていたと伝えているので俄然張り切って樹を指導しており。おかげで樹はかなりの勢いで討伐を重ねギルドのランクを上げ、将来有望な新人が現れたと密かに噂されるようになっていた。

 

 そんな事になっているとはリカルドは知らないまま、とうとうクシュナとナクルを教会に送る日がやってきた。

 その日は朝からナクルがシルキーから服を貰って(防刃防火耐性有の一級品)、その服の一つ一つに刺繍が施されているのを見て嬉しさのあまり泣いてしまい、それにつられてクシュナがもらい泣きして、どさくさにまぎれて「ここでの生活がとても好きでした」とリカルドにハグしたりと半分告白まがいの事をしたものの、困った事があったらいつでもおいでと全く何にも気づいていないリカルドに頭を撫でられお子様対応されさらに号泣(脈なしブロークンハート)して忙しなかった。


 そうして教会に送り届けてしまうと、帰ってきた家が急に静かになったような気がしてリカルドは一人居間に座りぼけっとした。

 樹はクシュナとナクルを見送った後は今日もラドバウトとアイルに呼ばれて出掛けている。だから家にいるのはリカルドとシルキーと二階の二人だけだ。


「ハインツに降りても大丈夫だって言うか」


 ここのところ街にも出かけられていないし、狭い部屋を行き来するだけではしんどいだろうと立ち上がり、あっと思い出すリカルド。


「そういやクシュナさんとナクルくんに闇魔法の事話すの忘れてた……」


 ザックの技術が追いつけば是非とも協力して欲しいと考えていたのだが、講義に思考のほとんどを取られて闇魔法は忌避するようなものではないと話しておくのをすっかり忘れていた。


(まぁ……その辺はあの神柱ラプタスがどうにかするか)


 本人が闇魔法使えるんだもんなと、何とかなるなると廊下に出る。

 二階へと入れば怒声や嘆きの声は聞こえず、そっとノックをすればハインツがドアを開けて出てきた。


「寝てる?」


 小声で尋ねたリカルドに、首を横に振るハインツ。


「そっか。お客さんは帰ったから降りても大丈夫だって伝えにきただけ」

「了解。気を遣わせて悪いな」


 リカルドも首を横に張り、じゃあと踵を返した。


「あ、そうだ。少しいいか?」

「うん?」


 何だろ?と思いつつ、シルキーに代わってもらったハインツと一緒に一階へと降りると、ハインツはそのまま庭に出て柔軟を始めた。


「ちょっと相手してくんない?」

「………俺?」

「そ」

「……いやいや無理無理無理」


 両手で手を振り首を振るリカルドをハインツは笑った。


「無理なわけないって。イツキ相手にあの動きが出来るんだから」

「それは……」


 虚空検索アカシックレコード様々なんです。とは言えず言葉を濁すリカルド。


「暫く身体動かしてなかったから付き合ってくれよ」

「いやぁ……ラドに頼んだ方が」


 完全に及び腰のリカルドに、ハインツは少し表情に影を落とした。


「鈍ってるからいきなりラドに頼むのも悪くてさ……駄目?」

「う……ーん」


 どうしようと思うリカルド。ハインツの望むような手合わせは到底出来ない自信しかない。

 たがリカルドの返答を待っているハインツを見ると断るのも悪い気がして唸る。二階だけで生活していればそれだけでストレスも溜まるだろうし……と考えて、考えて考えて、折れた。


「………俺、手合わせとかした事ないからな? 逃げるぐらいしか出来ないからな? それでもいいの?」

「大丈夫大丈夫、それでいいから」


 ぱっと明るく笑うハインツに、はぁーとリカルドはため息をついた。


「わかったよ」

「よし、じゃあ始めていいか?」


 楽しそうにさっそく聞いてくるハインツに、リカルドは少し距離をとってからどうぞと頷いた。

 じゃあ行くぞーとハインツが軽く手を振った瞬間、その姿が消えていた。


「っと」


 が、リカルドは姿勢を低くして滑るように近づいたハインツの姿をしっかりと捉えていた。危なげなく蹴りをしゃがんで躱し——


「ぃっ!?」


 その蹴りに意識を取られているところに続けざまに速度の増した回し蹴りが飛んできて、びっくりして咄嗟に腕でガードするリカルド。


「あ、魔法は無しな。それ使われると話にならないだろうから」


 踏ん張った足で地面を削りながら蹴りを受け切ったリカルドは、顔の真横を蹴られた事に心臓(無い)がバックンバックン(妄想)だった。

 ちょっとハインツさん!?いきなりこれは凶悪なのでは!?と言いたいが、次の動作に入っているハインツに「ちょっ」と言いながら仰け反ってあくまでも頭を狙ってくる蹴りを躱し、そのまま手を地面についてバク転して距離を取ろうとして、笑顔で追い縋ってくる姿が中途半端な姿勢のまま見え――無理矢理身体を捻って着地をずらし足払いを避けてすぐに後ろに飛んだ。


「ちょ待った!」

「待ったは無しな。これが見えて避けれるならいけるいける」

「ちょっ?! まっ――」


 リカルドが樹とやっていたのはあくまでも追いかけっこだ。こんな身の危険を感じる(感じるだけであってダメージはない)行為などではない。

 内心あっぷあっぷで逃げに徹するリカルドは、魔法が駄目と言われて律儀にも時を止めず必死で目を凝らして逃げていた。見えれば身体能力の差で避けられるが、最初のようなフェイントが入った攻撃はどうしても反応が遅れて防ぐしか出来なかった。


「お前さ、やっぱ魔導士じゃないだろ」

「まっど、うしだってぇっ?!」


 と、顔にきた貫手を避けたところで首を狙われているのに気づき、上半身を落とし――目の前に膝蹴りが迫っていて咄嗟に両手で受けてそのまま後ろに吹っ飛ばされた。

 攻撃の繋ぎ目が無く、動きが滑らかすぎてどこから何が来るのか予測が出来ないリカルドはガクブルだ。それでも無我夢中で宙で体勢を立て直し足から着地した。そうしないと容赦なく次が来ると思って。


「手加減! てかげっ——」

「いらないいらない」


 いるぅっ!と真顔(余裕がない)で逃げ続けるリカルドに、イツキの時はあれで本気じゃなかったんだなぁとハインツは観察していた。

 ただ、動き自体はイツキと追いかけっこをしていた時よりも粗があり素人そのものだ。焦りから冷静さを欠いているのだろうとは思うが、それにしても身体能力と比べると随分とチグハグな動きに見えた。イツキもそうだったので、ひょっとしてこいつも召喚された勇者なんじゃないか?とそんな事を考えるハインツ。

 惜しいところまで思考が伸びているが、残念ながら勇者とは対極の死霊魔導士リッチである。

 それはともかく、少しずつ攻撃の手を強めていってもその全てをどうにか躱して受け切っている様子に、ハインツは心配する必要なかったなと思った。

 ハインツはリカルドが血が苦手だと言っていたので、戦闘自体が苦手なのかもしれないと考えて討伐に行かせる前に大丈夫か確認をしようと手合わせを提案したのだ。もちろん自分が鈍っているというのは本当だが、さすがに逃げ腰になっている人間を相手に勘を取り戻そうとは思っていなかった。だが蓋を開けてみれば動きは素人ながらその目と速度は常人ではなく(必死過ぎて人外に一歩足を踏み入れ始めているリカルド)この分なら自分の鍛錬にも使えるかもしれないと考えを改め始めていた。

 リカルドにとっては悲報である。

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