第62話 おまけはさくっと済ませて

(さて、後はザックさんだけど……)


 ちなみにザックは今の今まで横でずっとむーむー言って打ち上げられた魚のように跳ねていたのだが、話の邪魔になるとリカルドは綺麗にスルーしていた。


 ようやくリカルドの視線が自分に向けられたザックは、目を輝かせてピタリと動きを止めた。


「…………」


 リカルドはその目の意味に気が付いてはいたが、とりあえず狐の面をそっと顔に戻してラドバウトを振り返った。

 ラドバウトは察してそっちもいいぞと頷く。それを確認してから、リカルドは呪布を解いて魔封じのアイテムを外していった。


「賢者殿!」

「一応言っておきますが、ザックさんに指導するつもりはありません」


 こちらも拘束を解かれた瞬間、口に突っ込まれていた布を取って開口一番迫ろうとしたが、先んじて宣言するリカルド。


「なぜ!?」


 驚愕!という顔をするザックに、リカルドはいや何故って……と苦笑して首を振った。


「貴方は既に魔導士として確立された方です。私が指導するなど烏滸がましい。これまで通りお話をさせていただく対等な関係でいたいと思っております」


 静かに頭を下げるリカルドにうっとなるザック。リカルドに認められて嬉しい反面、しかし直接の指導が羨ましくて仕方がなかった。

 たった今ルゼに掛けていた魔力を封じるバインドなどは聞いた事も見た事もないし、出来れば自分にも掛けて欲しいぐらいだった。直接の指導となればそれ以上のものを見させてもらえる可能性があり、どうしても好奇心が抑えられない。

 ちらちらとルゼの方を見て、何故お前だけ!という空気を滲ませるザック。大の男が見た目美少女を睨む絵面は視覚的に大変大人げなかった。

 リカルドもそうなる事はわかっていたので対策済みだ。指導するしないで話を続けても固執するだけなのでさっさと話を変える。


「それよりも朗報があります」

「朗報?」


 ザックはリカルドに視線を戻して訝しげに聞き返した。


「教会の中にも例外の方がおられるようですよ」


 例外……と呟いたザックは、リカルドが言いたい事(闇魔法使いに対して悪印象を持たない教会関係者の存在)にすぐに気がつき、意外そうな顔をした。


「そんな相手が?」

「はい。ぜひザックさんに会っていただきたいと思っているのですが、闇魔法を使った治療法は可能そうですか?」

「いや、まだ人に対して使えるような段階ではないが……」


 言い淀むザックに、だよなと神柱ラプタスの件で調べて知っていたリカルドは内心頷いた。


「貴方ならば必ず出来ると信じております」


 胸に手を当て、見かけだけはザックの技術習得を心から願っているように見えるリカルド。実際、その技術が広まればいいなとは思っているので、演技の根底には本心もあった。


「賢者殿……」


 それほど認めてくれていたのかと感動するザックに、リカルドは続けていつもの癖で仮面の下で微笑んだ。


「目処が立ちましたらどうぞ館にお越しください。紹介させていただきたい方がいます」

「……一層の努力を約束しよう!」


 ザックは重く重く頷いた。

 リカルドもザックに合わせて重く頷いて、お待ちしておりますと改めて頭を下げた。

 ちなみにだが、紹介予定の相手は神柱ラプタスだ。

 ザックもまさか神柱ラプタスを紹介されそうになっているとは気づかず、いい雰囲気のまま何事も無かったように地下室を後にした。

 今までルゼとやり合っていた事などまるで夢だったかのような対応だが、これが研究気質の魔導士の典型的な姿だ。興味のあるものに意識が移ると周りが見えなくなる。


 リカルドはこれで片付いたかなと立ち上がり、ラドバウトに向き直った。


「それでは私もこれで失礼します」

「無理を言って悪かったな」

「いえ私も気になって——」


 いたので。と言おうとしてマントを引かれ、言葉が途切れた。見ればルゼが膝をついたまま、悔しそうな顔でリカルドのマントを掴んでいた。

 文句を言いたいけど誓約で言えない。そんな若干涙目にすらなっているルゼに、リカルドは苦笑を浮かべて狐の面を少しずらした。


「きちんと指導しますから、少し待っていてください」

「……本当だろうな?」

「約束は破りません」


 ルゼはじっとリカルドの目を見つめ、やがて視線を落として大人しく手を離した。

 リカルドはそれではとラドバウトとレオンに頭を下げて地下室から姿を消した。


「………ラド。あれ、何者?」


 事の成り行きを見ていたレオンは、呆然と傍らのラドバウトに尋ねた。


「凄腕の占い師だって言っただろ」


 ラドバウトは雑に返しながらその場に座り込んだルゼを残して階段を登った。今声をかけても噛みつかれるだけなのは経験上わかっているので、しばらく放っておくしかない。

 こういう時こそハインツにいて欲しいと思うラドバウトだが、これもハインツに頼っていたツケかとボヤキが出る。


「いや占い師が凄腕過ぎんだろ。どんな占い師だよ」


 ついて来たレオンの言葉に、全くだとラドバウトもそこはそう思う。


「あいつ俺の足を治したんだよな? って事は回復魔法のスペシャリストだろ? それでルゼを完封するとか……あり得るの? なんでそんな奴がノーマークでいきなり出てくるんだよ」

「そんな事は知らん」

「怪しくないか?」

「悪い奴じゃない」


 怪しいか怪しくないかで言えばそれは怪しいが、悪い奴ではないという事だけは確かだとラドバウトは思っている。でなければ今までも今回もここまで他人の事情に付き合ってなどくれない。タイプは違うが、リカルドと同様お人好しだと。


「ラドが断言するのなら……そうなのかもしれないが……マスターに報告したのか?」


 クランを率いるマスターへの報告は?と尋ねるレオンにラドバウトは首を横に振った。


「必要なら報告するが、今のところはその必要性を感じない」

「でも今回のザックとルゼの暴走は報告しないとだろ?」

「まぁな……それは報告するが、天使族の件も含めて詳しくしなくてもいいと思っている」

「……それ出来る? 俺とザックが足と腕を持ってかれて、あわやパーティー解散だったのを完璧に治してもらったんだぞ? それも報告しないのか?」

「遅れを取ったことを吹聴したいか?」


 軽く笑って逆に尋ねるラドバウトにレオンはうっとなり、頭を掻いた。


「そりゃー……したくはないけど」

「なら黙ってればいい。運良く誰もが怪我をしなかった。家にも損害の跡なんてものもない。あるのは平原を沼にして森を焼いた跡だけだ。それならザックとルゼが口論して熱が入り過ぎたって事にしておく」


 ええ……?それで通る??と首を傾げるレオンに、クランに損害を与えなければある程度裁量はこっちにあるとラドバウトは流した。


「まぁ……ここのまとめ役はラドだし、俺はそれに従うけどさ、マスターああいうの気に入りそうじゃないか?」


 話しておいた方がいいんじゃないかな?と話すレオンに、ラドバウトは無駄だと首を振った。


「誘ったところで頷くような相手なら既にどこかに所属していた筈だ」

「……そうかもしれないけど」


 マスター欲しがりそうだけどな……と白髪で小柄な背の男を思い出しながら、頭の後ろに手を回すレオン。

 ダメもとで試す価値はあると思うんだけどなぁと諦め悪く呟いていた。




 ジュレのクランハウスから転移したリカルドは、一旦物陰で日本版リカルドの姿になってから家に戻った。

 予定より早く戻れたのだが、樹は街に出ているようで居らず、まだクシュナ達も戻っていなかったので空いた時間で護符を作ろうと思い立ち——ウリドールにごはん……と催促されて謝りながら水やりに出た。


〝最近忘れやすくないですか……〟

「ごめんって、悪かったよ」

〝この間もそう言ってました……〟

「あー……ほんとに悪かった。ちゃんと忘れないようにするから」

〝私には神様しかいないんですからね……忘れないでくださいよ……〟


 お腹が空くのは辛いんですとしくしく泣き真似を始めたウリドールに、それまで真剣に謝っていたリカルドは目を細めた。


「それ誰に習ったの」

〝聖樹のとこの精霊です〟


 顔を覆っていた手をぱっと離してケロリとした顔で返すウリドールに、はぁぁとため息を吐くリカルド。


「どんどん覚えなくていい事を覚えて……」


 子育てをする新米パパさんのような悩みを呟くリカルドに、ウリドールはなんですか?と首を傾げた。


「なんでもないよ。はい終わり。じゃあ戻るな」

〝はーい。明日は忘れないでくださいねー〟

「はいよ」


 家の中に入ったリカルドはそのまま自室にこもって護符の作成に入った。

 クシュナとナクル、そして樹に渡した腕輪は魔法攻撃、物理攻撃には正しく鉄壁の守りとなるのだが、呪術や死霊術といったものから霊体への接触を防ぐものではない。今回クシュナとナクルは人工精霊にそこを突かれてちょっかいをかけられてしまったので、今後そのような事がないようにそちらに対しての防衛を組み込んだ護符を作成するのだ。とある伯爵家の令嬢がその魂を削られた事件があったが、あの令嬢にと渡したものに近い。それに追加して、精霊など悪意を持たない存在からのちょっかいも阻むようにしている。


「…よ…っし。これでいいかな」


 出来上がったのは細くて小さな鎖の輪が連なるブレスレットだ。等間隔に鎖と同色の玉が嵌められていて、一見するとただの装身具にしか見えないのだが(こんな細いものに術式が刻まれているとは普通思わない)、鑑定すると何かの冗談かというような性能を秘めている事がわかる。

 ちなみに何故こんな細い鎖の形にしたのかというと、既に腕輪をつけているのであんまり目につく物をジャラジャラつけているのも嫌だろうなという理由からだ。逆にいうとその程度の理由で作るのが難しいけったいな代物を作っているリカルド。技術の無駄遣いである。


 はー……疲れた。と、細かい作業をやりっぱなしだったリカルドは気が抜けてベッドに倒れ込んだ。と、そこで窓の外で鳥の鳴く声が聞こえ、倒れ込んだばかりだがよいしょとすぐに身体を起こした。

 自室を出て玄関の方へと向かい、ノッカーの音がすると同時にドアを開く。


「わっ…びっくりした」


 叩いた瞬間に開いたものだから、驚いて手を引っ込めるクシュナにリカルドはごめんごめんと笑って言った。


「おかえりなさい。大変だったね」

「……っ……ただいま戻りましたっ」


 リカルドの労わるような柔らかな言葉に、クシュナは昨日の騒動を思い出し、うるっとして引き寄せられるように足が前に出て——その横をすり抜けるようにしてナクルがリカルドに抱きついた。


「ただいま!」

「おかえりナクルくん、ジョルジュさんもお疲れ様です」

「いえ」


 ジョルジュはいつもと変わらず冷静に返して、足を止めたクシュナの背を押し玄関に入る。リカルドもナクルを抱き上げて居間へと移動して、ソファに座らせた。

 流れるように移動してクシュナもナクルの横に座らされ、あれ?私結構大胆な事しようとしてた?と、そこでやっと我に返った。


「思いの外早かったですね」


 リカルドは奥からシルキーがお茶を運んで来てくれたのを受け取ってジョルジュに話しかければ、ジョルジュはええまぁとお茶を並べるのを自然と手伝った。


「また城に上がることになりましたが、日を改めてという事になりましたので」

「なるほど、じゃあまた呼び出しがあるんですね」

「はい。ただしこちらにお邪魔している期間中に呼び出される事はないかと。現在魔道具師達がアレに不備がないかを確認していますから」

「あぁ、アレの確認を」

「少なくとも十日はかかると言われているので」

「了解しました。ではここでの生活もあと僅かですね。

 魔道具の方に問題はまず無いとは思いますが、穏便に終わりそうですか?」


 茶菓子をクシュナとナクルの前に置いていたジョルジュは一瞬動きが止まり、微妙な顔をした。


「ええ……おそらく」


 なにその反応気になる。とリカルドは思ったが、大丈夫ですと重ねて言うジョルジュからそれ以上は聞いてくれるなというニュアンスを受け取り突っ込まなかった。

 ジョルジュは事情を知る人間としてエヒャルトと共に城に上がり王との謁見に立ち会ったのだが、実はその時エヒャルトがかなり怒気を撒き散らしてヒヤヒヤさせられたのだ。思い出しても胃が痛くなるのでなるべく思い出したく無かった。


 そんなジョルジュとリカルドの会話を聞いていたクシュナは、ここでの生活もあと僅かと聞いてその事を自覚した。

 教会へと戻る事は最初からわかっていた事で、一時的にここに居るのだという事も理解していた事だが、改めてその事を考えると思ってはいけない事だが、戻りたくないという気持ちが顔を覗かせていた。

 それはリカルドに惹かれているからだけではなく、純粋にここが聖女見習いという視線から解放された空間だったという事が大きい。一度教会に戻った事でそれを強く意識してしまい、聖女として頑張ろうと思う反面その視線が重いと感じてしまっていた。

 

「クシュナさん、ナクルくん、二人に渡したいものがあるんですが」


 リカルドの声に、いつの間にか床へと落ちていた視線をクシュナは上げた。

 リカルドはいつもの微笑みを浮かべていて、あと僅かでこの生活が終わる事に対する寂しさや惜しむ気持ちをそこから見つける事は出来なかった。クシュナはやっぱり仕事上の間柄でしかないもんね……と、泣きたくなるような、笑いたくなるような、やるせないような、そんな気持ちを胸の奥底に押し込んだ。


「今後、二人が精霊にちょっかいを掛けられないようにとお守りを用意しました。

 あ、ジョルジュさん確認します?」


 クシュナの複雑な気持には気づかず、リカルドは初日の事を踏まえてジョルジュに取り出した細い鎖のブレスレットを差し出した。が、ジョルジュは首を振ってそれを手のひらで押し戻す。


「いえ。構いません」


 リカルドが変なものを渡すとは思っていない。むしろよくそんなものを見つけてきたなとジョルジュは過保護なリカルドに呆れていた。

 じゃあ大丈夫ですねとお許しをもらったリカルドは二人にそれぞれブレスレットを渡した。


「こっちの腕につけてもらえればそう目立つ事もないですよ」


 そう言って腕輪を嵌めている方の腕を示すリカルドに、二人はそちらの手首にブレスレットを通した。すると腕輪と同様大きさが自動的に調整されて誂えたようにピタリと嵌った。物が細いだけに腕輪と同化して見えて、リカルドが狙った通りそこに二つ付けているようには見えなかった。


「これがあればもう大丈夫なの?」

「うん。霊体を保護するものだから、呪術や死霊術の干渉なんかも跳ね除けるよ」


 ナクルに説明しているリカルドに、どんな万能護符だそれはと内心突っ込むジョルジュ。確かに腕輪の性能は優れたものだったが、扱いの難しい呪術や死霊術からの干渉を跳ね除けるなんてものが都合よくそんな簡単にその辺に転がっているはずが無い。おそらく二人を安心させるためのお守りみたいなものかとジョルジュは考えてむしろ納得した。そうそう国宝級をホイホイ持って来られても反応に困るというものだと一人心の中で呟く。


「今日はどうしようか。ゆっくりしてもいいし、気晴らしに出掛けてもいいし」

「お姉ちゃんどうする?」

「………」

「お姉ちゃん?」

「……え?」

「大丈夫?」


 いつの間にかぼうっとブレスレットを見ていたクシュナはハッとして笑顔を浮かべた。


「うん、大丈夫! ほっとして気が抜けちゃっただけだから」

「教会は落ち着かないもんね」

「あはは……慣れないとダメだけどね。それでなんだっけ?」

「今日はどうするかって。お休みする?」


 ナクルに気を遣われてちゃ駄目だなと内心気合を入れ直し、ぐっと手を握ってクシュナは首を振りリカルドに言った。


「リカルドさん、残り少ないですから私は練習しています」


 リカルドは少しいつもと様子が違うクシュナに気がついてはいたが、昨日の今日だしなと深くは考えなかった。ただ、そういう状態なら集中力が必要な魔力操作よりは別の事をした方がいいかと、かねてより用意していたものを出すことにした。


「わかりました。では今日は違う事をしましょうか」

「違う事ですか?」

「はい。結界の方はもう自分で鍛えることが出来ると思いますから、せっかくですし回復魔法の補強をしましょう」


 クシュナはそう言われて、初めてリカルドと出会った時のことを思い出した。リカルドは転んだクシュナに対して、回復魔法では重要とされる詠唱もなしに一瞬で治癒を施したのだ。あれには心の底から驚いて、だからリカルドがすごい回復魔法の使い手だと思ったのだ。


「お姉ちゃんがやるなら僕も一緒にやる」

「ナクルくんは……いえ、そうですね。知っておいて損は無いと思うので一緒に勉強しましょうか」


 また地道な練習をするのだろうかと思っていたクシュナは、リカルドの言葉に、ん?となった。

 聞き間違いでなければ、勉強と言われたような気がした。


「ちょっと衝撃的なものもあるので、軽いものからいきましょうか……ちょっとまってくださいね」


 リカルドは自室に取りに行くふりをして、空いた時間にちまちまと作っていた人体の構造についての資料を空間の狭間から取り出し、それを二人の前、テーブルの上に茶器とお菓子を端によけて置いた。


 クシュナとナクル、ついでにジョルジュも覗き込むと、そこには肘から手までが描かれていた。色はついていないが、かなりリアルな絵だ。


「回復魔法に限らず、基本的に魔法はイメージからの乖離が激しいと魔力を多く消費します。漠然としたイメージだと魔力の消費が激しいだけでなく、魔法として発動しない事もあります。おそらくクシュナさんとナクルくんはイメージを補助する詠唱を覚えていると思うのですが……」


 リカルドはちらっとジョルジュを見た。


「なんです?」

「怒らないでくださいね? あくまでも事実として言いますから」

「………とりあえず、黙って聞きましょう」


 怒らない確約は得られなかったが、まぁこれでもいいかとリカルドはクシュナとナクルに視線を戻し、言った。


「その詠唱、ものすごく非効率です」


 ナクルとクシュナは、言われた意味がよくわからず顔を見合わせた。

 二人とも教会に入ってから回復魔法を教えられたのだが、詠唱を覚えて言われた通りにやれば確かに魔法が発動したのだ。詠唱をしなければ魔法は発動しないので、非効率も何もない。


「詠唱の中身なんですけど、簡単に言うと聖なる力を用いて神の奇跡を引き寄せ損傷を修復するというものですよね?」

「えーと……はい……そんな感じですね」


 それが何か問題なのだろうかと首を傾げるクシュナ。


「それだと大雑把なんです。

 回復魔法の低位、中位、高位、それぞれの詠唱で異なるのはその影響範囲と深さで、実際に修復する人体の構造イメージを補強するものなく、ただ神の奇跡という一点のみに置いて強固なイメージを形成し魔力量でもって発動させるかなりゴリ押しなやり方なんです」


 クシュナとナクルはまた顔を見合わせて、ハテナを顔に浮かべた。

 伝わっていないなとリカルドはもっとわかりやすい例え話はと頭を捻った。


「えー……別の事に例えると、料理を作ろうとして、どんな料理が出来上がるかわからないけど、とりあえず神の力によって美味しいものが出来るんだ! と、その一点だけイメージして無理矢理美味しいものを作り上げているような感じです」


 わかります?と様子を窺うリカルドに、なんとなくそれは確かに無理矢理な?と思うクシュナ。ナクルも孤児院でご飯を作る手伝いはしていたので、感覚的にリカルドの言いたい事がなんとなくわかった。


「回復魔法というのは修復の魔法なので、修復する対象を細部までイメージできれば案外簡単なんですよ」


 ですから、とリカルドはテーブルに置いた資料をの一番上、肘から手先まで描いた紙を捲った。


「人体がどうなっているのか理解する事が重要なんです」


 そこには先程と同じ構図で、皮膚がない腕、筋肉が描かれた絵があった。

 クシュナとナクル、そしてジョルジュも初めて見る絵に釘付けだ。

 リカルドはその様子に忌避感がなさそうでほっとした。用意した中にはもっと生々しいものもあるので(リカルド自身気分が悪くなりながら頑張って用意した)、これでダメだと先には進めないと思っていたのだ。

 

「腕ってこうなっているの?」


 嫌悪感なく普通に尋ねてくるナクルに、リカルドは頷く。


「もう少し詳しく描くと、この皮膚の下には皮下組織という薄い層があるんだけど、これはわかりやすくその下の筋肉の部分を描いてるんだ」

「あ、それ僕わかるよ、院で小さな獲物は捌いてたから」


 ナクルの返答に、なるほどとリカルド。

 解体をやった事があるならこういうのは自分以上に平気なのかもしれないと思った。


「私も人のはわからないですけど、鳥とか牛とか肉屋で見ていたのでなんとなくわかります」


 クシュナの方も問題なく見れているので、これなら案外楽に進められるなと思うリカルド。どちらかと言うと説明する側の自分がどこまで耐えられるかが問題だと気づいて、内心たらりと汗が垂れた。

 ちなみにだが、ここまでイメージが重要だと説明しておきながら、リカルドは回復魔法を使う場合そのほとんどで事細かに細部までイメージしていない。ぼやんとしたイメージで魔力操作と底なしの魔力量を使いごり押ししている。

 何故かと言えば、細部までイメージしたら気持ち悪くなるからだ。情けなくて絶対にクシュナとナクルには話せない裏話である。

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