第61話 俺を倒してから行け(行かせる気がない)
二階へと戻ったリカルドはシルキーと交代してまた椅子に座り、長く息を吐いた。
「…………」
ちらっと窓に目を向けて、思わず自分の腕を摩る。
ブルーベリー色ののっぺら精霊のインパクトが強すぎてそこの窓からまたぬっと出てきそうな気がしてしょうがなかった。
(……………)
視線をそこから引き剥がして何か別のことを考えようとするものの、どうにもその辺の暗闇から何か出てきそうな気もしてきて集中出来ない。
もちろん不死者が出てきたところで全く問題なく対処出来るのだが、リカルドにとってはそれはそれこれはこれだった。
(……集中しよう。考えてれば大丈夫だ。集中)
ぺしぺしと自分の顔を叩いて時を止め、
天使族に特攻するかもしれないという不安があったので、その点だけでもと見れば案の定だった。力を得たらすぐにでも父親に殴り込みをかける気満々なのだ。そして説得によってその意志を変える事がなかなか難しい事もわかってしまった。
ならもうこの手しかないかなぁと調べれば、一応それで止められる事は確認できた。
(あれだな、ストッパーになれればとりあえずはってやつだな)
時を戻して、再び静かな寝息の満ちる空間でぼんやりとして……数分と立たず立ち上がった。考える事が無くなるとダメだった。
一度そのイメージがつくとどうにも落ち着かず、またどこかからあののっぺら系精霊がやってくるんじゃないかと思い、そこで気がついた。
あの精霊は聖樹に宿る精霊からここを知ったらしい事はウリドールとのやりとりで朧げにわかっている。という事は、今後もそういう経路でやってくるかもしれない。
気がついてしまうとじっとしている事なんて出来ず、代わって早々悪いと思いつつシルキーに後を頼んで聖樹の森へと転移した。
「ちょっとすみません」
転移して早々周りの幻想的な光景には脇目も振らず聖樹へと話しかけるリカルド。
〝なになに~?〟
「うちに月夜に満ちる静寂の精霊が来たんですけど」
〝あーほんとに行ったんだ〟
いつも通りの調子で呑気に答える聖樹の精霊に、行ったんだじゃないよ!と思うリカルド。
「あのですね、急に来られるとものすごくびっくりするので私の事を他の精霊に伝えるのは止めてもらえませんか?」
〝びっくりしたの?〟
「とても。いきなり家に来られても困ります」
〝そっかー。じゃあ君がやってるお店ならいーい?〟
「店?」
〝お話聞いてお礼を貰ってるんでしょう?〟
「……あ、占いの館の事ですか」
〝お客としてなら急じゃないからびっくりしないでしょう?〟
客であろうがなんであろうがびっくりするのだが、リカルドはおたくらの姿が気持ち悪いから来て欲しくないんです。とは面と向かって言えず、沈黙してしまった。
「……あれは対価として料金設定がありましてですね」
暫し考えて精霊に対して人間が使うお金の話を持ち出すこすいリカルド。
〝あれ? お礼しなかった? あの子は人に友好的な子だからしっかりしてると思ったんだけどな~〟
「……一応、このくらいの石のようなものは頂きましたが」
でもそれ人間のお金ではないのでと続けようとしたリカルドよりも先に、精霊が声を届けた。
〝精霊の欠片だね。少しだけど精霊の力を使えるようになるから人の世だと欲しがる者が多いんじゃなかったかな? それだと足りない?〟
価値的に十分過ぎそうな匂いがぷんぷんした。
「………ええと」
〝ボクもあの子の話を聞いてもらった対価を渡さなきゃかな~〟
「あ、いえそれは」
結構ですと言おうとしたリカルドの目の前で、大樹のごつごつとした木肌から不透明なスライムのようなものが滲み出し始めた。
(!?)
咄嗟に後ずさろうとした本能と、あからさま過ぎて失礼だと思う理性がせめぎ合い、足が固まるリカルド。
そうこうするうちにぬるんと出てきて地面に落ちると、ぽよんと楕円状の球体となった。
(………あれ?)
それはブルーベリー精霊と違って人型ではなく、わらび餅に近い形をしていた。しかも水色で中のシュワシュワした泡のようなものが光を撹拌していて、ちょっと綺麗ですらあった。
のそのそと動いたそれは、戸惑うリカルドの足元までくると、うにょーんとわらび餅のような体を一部伸ばしてリカルドの目の前に翳した。
そこにはあの時のような怖さはなく、小さな生き物が必死で手を伸ばしているような可愛さがあるだけだった。
〝どーぞー〟
「あ……」
反射的に手のひらを出したリカルド。そこにポトリと丸い青い石のようなものが落とされた。
〝またよろしくね〟
「…………え?」
また?と顔を上げるリカルド。
青いわらび餅はのそのそと大樹へと戻ると、するっとその中へと溶け込んだ。
〝そんなにいっぱいは行かないと思うから~〟
「いやあの、来られても」
〝次は十年後ぐらいじゃないかなー?〟
「十年……」
じゃあ……まぁいいか……?と思ってしまったリカルド。十年後も占いの館を開いているのかはわからないし、十年に一度ぐらいなら全然我慢できそうなので、今まで頼みを聞いてくれていた相手だし……と頷いていた。
〝ちゃんとお客として行くように話しておくからねー〟
そんな聖樹の精霊の言葉を信じて家へと戻ったリカルドだが、聖樹の精霊がお客=人型という発想だということに気づいたのは随分後の事だった。
「あー……太陽が眩しいなぁ」
翌朝、いつもの朝市からの帰り道、目を眇めてそんなことを呟くリカルド。
いつもより太陽が輝いているなんて事があるわけではない。ただ昨日の精神的消耗が尾を引きずっているだけだ(シルキーが忙しいのでお茶やお菓子の要望を自重している)。
家に戻りシルキーに買ってきたものを渡すと、リカルドは入れ替わるように二階にあがり転移栄養のセッティングをして、ゆっくりと始めた。
昨日の夜はいつもより早めだったので少し時間が開いているが、胃腸の方は問題なさそうだった。
何気なく眠る顔を眺めていると、随分とふっくらしてきた頬には血色がしっかりと戻り肌艶も格段に良くなっているのがわかる。そうなると整った顔立ちというのが際立って来て、ハインツと並べばなるほど兄妹というのも頷けるような雰囲気も出て来た。二人とも綺麗系の顔立ちをしているので、きっと幼い頃から持て囃されていたのではないだろうか。山賊に襲われるという事がなければ普通に誰かに見そめられて結婚して子供を儲けて穏やかな家庭を築いていたのかもしれない。たらればは意味のない事だが、そんな考えも浮かんできて雑念だなとリカルドは振り払った。
転移栄養を終えてシルキーと交代し、朝ご飯の仕上げに取りかかる。ほぼ出来ているので食器を出したり料理をセッティングしたりするだけだ。
寝坊した樹を起こして、ハインツもどうせだからと下で一緒に食べて、それからクシュナ達がいつ頃戻ってくるのかを調べるとその日の午後にずれ込みそうな事がわかったので、先にルゼの方へと顔を出す事にした。
樹には午後には戻る予定と伝えて家を出て、時を止めてグリンモア版リカルドになってから
今日はこちらの顔を知らないメンバーが在宅しているようだったので、フードを深く被り狐の面を被って時を戻した。
家のドアについているノッカーを叩けば出て来たのはレオンという男で、リカルドは誰こいつ?という警戒する視線をヒシヒシと感じながら頭を下げた。
「こんにちは。怪しい姿で失礼しています。占いの館を営んでいるものです」
「あぁ! ラドの話してた奴か」
「ルゼさんと少し話をさせていただきたく参りました」
「あー……話に応じるとは思えないけどなぁ」
まぁいいよと男は軽く言ってリカルドを中へと通した。
「そういやあんたには礼を言わないとな。俺の足を治してくれたんだって?」
「……礼を言われるような事では」
先導しながら何気なく言ったレオンにリカルドは首を振った。
「話は聞いたさ。けどまぁどんな理由であれ治してもらった事は確かなんだし、調子の悪かった部分もまるっと新調してもらったような感じだからな。俺としちゃラッキーだったわ」
本当に何のわだかまりもなくからりと笑うレオンに、リカルドはどんな反応を返していいのか分からず、微笑みを固定したままそうですかと無難に返した。
レオンは反応の悪いリカルドにも気にせず奥の廊下に進むと、地下への階段を降りた。
階段を降りた先は普通に倉庫になっているようで、独特の湿気と外気とは違う冷えた空気が満ちていた。そんな中、ルゼとザックは倉庫の真ん中で仲良く真っ白なミノムシの姿になって転がっていた。
ラドバウトはぐるぐるにしたと言っていたが、呪布という魔力を拡散させる対魔導士の捕縛アイテム(とても希少)で文字通りぐるぐるにされている光景に、本当にぐるぐるだ……と思うリカルド。ちなみにそこからは見えないが、ぐるぐるの下にはさらに他の魔封じアイテムをじゃらじゃらと付けられている。
二人の前には椅子の背を抱えるように座って欠伸をしているラドバウトの姿があり、そうやって監視していたのだろうと思われた。
ラドバウトはレオンとリカルドに気づくと一瞬リカルドの狐面に訝し気な顔をしたが、リカルドが頭を下げるとその仕草に気づいて片手を上げた。
「悪いな来てもらって」
「いいえ」
リカルドは首を振って気にしないで欲しいと伝え、ルゼに近づいてその前にしゃがんだ。ご丁寧に二人ともしっかり念入りに口を塞がれているのでまともにしゃべれる状態ではなかった。
「あの、口を塞いでいては」
反省していたとしても伝えられないのでは?と振り返るリカルドに、ラドバウトは嘆息した。
「すぐに口論になって話にならないんだよ……」
その答えに、未だに口論してるのか……と、ちょっと二人の体力に驚きを覚えるリカルド。
とりあえず口論しようが何だろうが、このままでは会話が出来ない。
「これを解いても宜しいでしょうか」
「構わないが全然反省してないから保障は出来ないぞ?」
「構いません」
はっきりと答えるリカルドに、ラドバウトはならいいぞとあっさり許可を出した。
それを聞いたレオンは、え?と思い、さっさとリカルドが呪布を外してさらにその下につけていた魔封じ用の鎖やら首輪やらも全部外す姿に焦った。
「お、おい、不味くないか?」
「問題ない」
椅子から立ち上がる事もせず眺めているラドバウトに、本当かよ……と不安そうな顔を浮かべるレオン。
全ての魔封じが外され、最後に両腕の戒めを解かれた瞬間、ルゼは自分で口の中に詰められていた布の塊を取って投げ捨てリカルドの胸倉を掴もうと手を伸ばし、そのまま身動きが取れなくなった。
何の事はない。バインドで固定しているだけだ。ただ一点普通のバインドとは違うところがあるとすれば、そのバインドに魔力封じの力を乗せている事だ。ちなみに新魔法である。
「な……んでっ」
リカルドは魔法が使えない事に歯噛みするルゼをそのままバインドで無理矢理座らせて、自分も両ひざを揃えて冷たい石床の上に正座し、狐の面をずらした。
「私に強くしてくれと頼んだのはルゼさんですよ。私に力づくで挑んでどうするんですか」
「っ………」
ど正論を言われたルゼは顔を赤くして黙り込んだ。今の今まで無理矢理拘束されていたので鬱憤が溜まり過ぎていて思わず感情のままに手が出たのだ。そういうところは若いというか、子供だ。
「いいですか? ルゼさんが挑みたい相手は普通じゃありません。手加減なんて知りませんし、可哀想だからとかまだ幼いからとか、そういった情緒も持っていません。ただの戦闘狂です。私にすら理性的に対応出来ない状態でどうして勝てますか」
「………っさいなあ!」
「煩くも言います。それでは命を粗末にしているようなものですから」
「お前なんかに関係ないだろ!?」
「確かに私は関係ありません。ですがラドバウトさんは? アイルさんは? ハインツさんは? あなたのパーティーメンバーはどうなのですか? ルゼさんが命を落とす事に何も感じない方々ですか」
「俺の命なんだから俺の勝手だ! どうでもいいだろうが!」
ルゼの啖呵にリカルドが目を細めた瞬間、ずん、と数倍の重力がかかり、ルゼの身体は床に押さえつけられた。
「ぐっ…ぁ…」
「今はもう魔力を封じてないですから、勝手だと言うなら抗ってみてはどうですか?」
バインドを消した状態で淡々と語りかけるリカルドに、ルゼは魔力を練って身体強化をかけた。が、掛けた分だけ正確に重力が増され全く身動きが取れなかった。
「この程度の魔術を跳ね除けられないのなら死にますよ。わかりますか? やってみなくてはわからない、ではないのです。確実に死ぬと言っているんです」
万に一つも勝ち目はない、お前は弱いのだと重ねて言うリカルドに腹が立つルゼ。だが他の魔法を使う余裕はなく、頭を上げる事すら出来ず、視線を動かし睨むことしか出来なかった。そしてこちらはそうするだけで精一杯だというのに、涼しい顔でそこに座ったままの姿には腹立たしさを超えてどうしようもない悔しさが溢れてきて、だんだんと視界がぼやけた。
どんなに頑張っても肉体的な性能が格段に上の奴らに勝てる見込みがないのはルゼにだってわかっていた。それでも、一矢報いるぐらいなら今の自分にだって出来ると思っていたのだ。だがその希望すらそんなのは幻想だと現実を叩きつけられて、息が乱れた。どれだけ頑張っても無駄なのか、どんなに努力をしても届かないのか。ならもう、最初から自爆に巻き込む形を狙うしかないのか。そんな思考に囚われそうになっていた。
「いいですよ」
「………?」
聞こえた言葉を、一瞬ルゼは理解出来なかった。
加重によって血流が乱れ焦点が怪しくなっていたルゼに、リカルドは加重を緩めてもう一度言った。
「ルゼさんに指導しても、いいですよ」
はっとしたように目を開くルゼに、続けてリカルドは語り掛けた。
「ただし条件があります。指導内容、指導方法がどれ程きつくても意に沿わなくても文句は言わない事、そしてかの一族に仕掛けるのはまず私に勝ってからという誓約を受け入れてください」
「……ぁ?」
「私だとてあれらと戦うのは躊躇います。その私にすら手も足も出ないルゼさんに勝機などないでしょう?」
つまり、古式ゆかしい俺を倒してから行けという論法だ。
これならリカルドが負けない限りルゼは殴り込みに行けないので、返り討ちにされる事もない。ついでに言えば、もし仮にリカルドに勝てる程強くなってしまってもそれなら返り討ちに合わなくなるだろうから、それはもうそれでいいかなと安易に考えていた。エヒャルト神官の事を脳筋っぽいと思っているが、リカルド自身もそこそこ脳筋である。
「かてる……のか?」
「可能性の無い話はしません」
物凄く低くても可能性としてはある。嘘は言っていない。
「それとも、私に勝つ自信がありませんか?」
リカルドの煽り文句にルゼはぎりっと奥歯を噛み締めた。
例え今、万に一つの勝ち目が無かろうと、目の前の男から強さを吸収すればいい、今が無理でも必ずその強さを身に着けてやる。萎みかけていた闘争心に火がついて、ルゼは歯を剥き出して獰猛に笑った。本人に自覚はないのだが、このあたりは天使族の血が強く表れている。
「ふざけんな……お前なんかあっという間に追い抜いてやる」
「では誓約を受け入れるということですね?」
「ああ受けてやるよ!」
売り言葉に買い言葉。緩んだ加重の中、身体強化で無理矢理頭突きをするように頭を差し出すルゼ。
リカルドは内心その若さ溢れる無鉄砲な行動に苦笑しつつ、重力魔法を解いて誓約を行った。そうして確かに誓約を掛け終えて、リカルドはこれで良しと肩の力を抜いて微笑みを浮かべた。
「では指導ですが、日にちはラドバウトさんに伝えます。そちらの仕事の都合もあるでしょうし、私にも仕事がありますから毎日とはいきません」
「あっ?! 何だよそれ聞いてないぞ!」
てっきり毎日修行すると思っていたルゼ、話が違うと叫べばリカルドは微笑みを浮かべたまま返した。
「言ってませんから」
「な!? だけどさっき――」
どれ程きつくてもって言ったじゃないかと言いかけて、その後に続いたどれ程意に沿わなくても、という言葉を思い出し、ルゼは意味に気づいた。
「お前騙したな!?」
立ち上がって叫ぶルゼにリカルドはしれっとして答えた。
「騙していません。でも話は詳しく聞いた方がいいですよ。人生の先輩としての忠告です」
「き、きたねぇぞ!」
「大人は汚いものです。わめいてどうにかなるのは幼子の時代だけですよ」
それでもまだわめきますか?とリカルドが尋ねると、射殺さんばかりの目で睨み返してルゼは押し黙った。
前回言い負けたリカルドだったが、今回は大人の面目躍如である。
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