第60話 まさかの姿

 リカルドの討伐依頼受注が確定したところで、話は他へと移った。


「ずっと気になってたんだけどな」


 切り出したのはハインツで、その視線は樹を向いている。


「答えたくなきゃ聞き流してくれていいんだけど、異世界ってどんなとこ?」


 異世界という言葉に樹は一瞬身体を強ばらせたが、リカルドが二人には自分が召喚された事を話したと言っていたのを思い出して力を抜いた。

 ハインツの方は、樹のその強張りを感じ取って無駄に警戒させたかと頭を掻いて謝った。


「あー悪い、リカルドから聞いて俺とラドはイツキの出身知ってたんだ。今までアイルが居たから聞けなくてな」


 アイルさんは知らないのか、と考えて確かに喋っちゃいそうだもんなぁとお酒でへべれけになっていた時のことを思い出す樹。それからどんなところか?という質問に対しては何と答えるべきかと考えた。


「異世界は……俺の居たところは日本という国でしたが……どういうところかと言われると」


 大き過ぎる質問にどこから説明すれば良いのか言葉に迷う樹。


「イツキの見た目は俺らと変わんないから、そこまで違う世界じゃないの?」

「人の見た目は同じですけど、でも違うところもいっぱいあります。まず魔法が向こうにはありませんから」

「ない?」

「無いです。ひょっとしたらあるのかもしれないですけど、俺の周りには全く無かったです」


 ふーん?とハインツは想像してみて、うまく想像が出来なかった。本当に簡単な生活魔法なら二人に一人くらいは使えるものだ。それすら無いというのはなかなか考えつかなかった。


「田舎のイメージか?」


 話を聞いていたラドバウトが少し考えてから聞けば、樹はすぐに首を横に振った。


「いえ、俺は首都、えー…こっちで言うと王都に住んでたので」


 王都という言葉に首を傾げるハインツ。


「でも魔法が無いなら魔道具もないんだよね?」

「無いです」

「じゃあ田舎じゃないの?」

「田舎……ではないと思いますが……」


 ますます首を傾げるハインツに、こちらも首を傾げる樹。

 リカルドはオーブンが焼けた音を聞いてこれ幸いと立ち上がり、齟齬に笑いを堪えた。

 こちらでは魔法や魔道具がなければ、それは即ち人力であるという方程式が成り立つ。故にラドバウトとハインツはど田舎のイメージを持ったのだ。

 対する樹は普通に東京の姿を思い浮かべている。魔法や魔道具がない生活が向こうでは電気のない生活のようなものだと置き換えられていないのだろうなとリカルドは思う。まずはそこから説明すべきなのだろうが、急に聞かれて樹くんも出てこなかったのだろうと苦笑した。


「じゃあどういうとこ? 国の規模とかは? ちっちゃい国?」

「えー……島国で、人口が一億ちょっとで……民主主義国家で皇族はいるけど支配は国民、いや平民?がしてて、三権分立して権力が偏らないようになってて、一応世界的にみても治安がいいって言われてるとこです」


 島国と聞いてほぉとなっていたハインツとラドバウトだが、人口一億のところで目を見張り、民主主義のあたりから理解が及ばず怪しい顔つきになっていた。


「何言ってるかわかるか?」

「全然わからんな」

「すみません、俺説明下手で」


 リカルドは野菜のチーズ焼きを皿に盛って、冷暗庫からソーセージを取り出してフライパンの上に乗せて焼いていく。燻製されたソーセージが焼けるいい匂いが広がり、肉屋の大将のこれ上手いよなぁと思う。

 ちなみに口を挟む気は全くない。下手なことを言ってバレたくないので知らないふりだ。

 ハインツとラドバウトは結局もっと基本的なところ、空の色、植物の様子、食べ物の種類、生き物の姿、家の形に日用品など思いつくままに質問を重ねていった。

 その結果魔物がいない事、魔道具とは違うが魔道具に似たものがあること、レンガのように硬い地面の上に街はあり、そこを馬なしに動く馬車が行き交い、多くの人は馬車を連ねたような線の上を走る乗り物に乗って移動する事がわかってきた。

 わかってきたが、ソレを知っているリカルドだからアレの事かと想像出来るのであって、知らないハインツとラドバウトは謎の街の姿に首を捻るばかりだ。

 一生懸命樹は答えているのだが、絵心があるわけでもないので絵に描いて説明する事も出来ず、全然伝わらなくて項垂れている。

 さすがに可哀想になってきたリカルドは口を開いた。


「樹くんちょっと異世界をイメージしてみてくれる? 自分の家でもいいし、よく見ていたものでもいいし、しっかり思い浮かべられるものがいいんだけど」

「え? あ、はい」


 リカルドは樹の後ろに立って片手を樹の頭の上に置くと、精神操作に関する魔法の一種と、最近興味本位で作った接触感応サイコメトリーの魔法、それから投影に幻覚魔法を使ってテーブルの上に樹のイメージするものを再現してみせた。

 立体映像として浮かび上がったのは大きな駅の姿と、そこから吐き出され、そして吸い込まれていく夥しい数の人の姿。そしてロータリーの先で明滅する信号に従って道路を走るいくつもの車の姿や、多くの看板が目につく店舗の列だった。


「なんだこりゃ……」

「なんだこれ……」


 目の前にしたその光景に思わず目を見張ってラドバウトとハインツは呟いていた。


「…………俺の…世界です」


 答えるように囁いた樹の声は掠れていた。

 久しく見ていなかった日常の風景を目にして、懐かしいという気持ちが思いがけず込み上がってその目には微かに膜が張っていた。

 郷愁に駆られた樹の集中が乱れ、そこで映像がブレたのでリカルドは手を離した。


「どう? うまく再現出来てた?」


 尋ねたリカルドに、言葉なく何度も頷く樹。


「………なんか、マジ異世界だったわ」

「ほんとにあったんだな、異世界」


 ハインツとラドバウトは、今まで目にしたことがない光景にそんな今更なことを言って、リカルドは笑った。


「だから言ったでしょ? 召喚されたんだって」

「信じてなかったわけじゃないんだよ、そうじゃなくて目にする驚き? そんな感じなの」

「想像は想像でしか無いって事だなぁ……田舎じゃないなあれは。というか、あれなんだ?」


 こっそり樹は目を擦って鼻を啜り、驚く二人の姿に、Sランクを驚かせる自分の世界がなんだか誇らしくなって小さく笑った。

 それからさっきのあれは駅で、車で、コンクリートでと今まで伝わらなかった事をもう一度樹は話して、向こうでは学生だったとか、こんなものを食べてたとか話題は膨らみ、そうして夜は更けていった。

 

 深夜に差し掛かると樹は途中で喋り疲れて脱落。ラドバウトもほろ酔いだったので、泊まるか?とリカルドが聞けば、残してる奴らが心配だから戻ると言われ、あぁ…まだ二人を拘束中だったかと納得した。

 ラドバウトを見送るとハインツも二階へと戻り、リカルドもキッチンを片付けてハインツが寝入った頃に二階へと上がりシルキーと交代した。今日はもう占いの館は開けるつもりはなかった。中途半端な時間だし、少し考えたいと思っていたからだ。


 椅子に座りハインツの妹の様子を見ながら、さて明日は問題がなければクシュナさん達が教会から戻ってくるからお出迎えして、それからルゼの方をどうするか考えないとなと息を吐き出した。

 椅子の上で片膝を立て、膝の上に顎を乗せて考えるが考えたところで案なんて浮かびもしないのが現実なのだが。とにかく話を聞いて、どうにか無謀な事をしないように持っていくしかない。自分の心情を気にして虚空検索アカシックレコードを使わないようにしている場合ではないかもな、と思いながら視線を何気なく窓の外へと向け——そこにブルーベリー色ののっぺりとした人型が顔のない頭の部分を窓にくっつけているのが見えて、


(!?)


 認識した瞬間リカルドは時を止めた。が、ブルーベリー色のそれが動く様子を見せたのですぐさま解除し椅子を蹴立てて立ち上がり咄嗟に眠るハインツの妹を引っ掴んで肩に担いだ。


〝……驚いた?〟


 ブルーベリー色したナニカが頭部を少し動かした。


「……え?」


 頭に響く声は聖樹に宿る精霊と同じような感覚があったが、それが敵なのかなんなのかさっぱりわからず、けれどその見た目がお化けっぽくて鳥肌(妄想)を立てながら聞き返すリカルド。


〝……驚いたの?〟


 たぶんこいつが言ってるんだよな?と思いつつ、警戒したままリカルドは口を開いた。


「………お、おどろきました…けど……」


 お前は一体何?という疑問を口には出来ず凝視していると、ブルーベリー色したそれは人間臭く頭部を傾げる仕草をして、ぬぅっと窓をすり抜けて室内へと入ってきた。


(ひ……ひぃぃぃ!)


 ビジュアルが完全にお化けで内心悲鳴をあげて飛び退くリカルド。

 感覚的には不死者でないとわかっているのだが、本能がコレ無理と拒否っていた。完全に台所に現れるGを見た人の反応である。本能的に殺されることはないとわかっていても嫌悪感から身体が硬直するあれだ。

 と、そこへウリドールが窓の外から部屋を覗くように現れた。


〝変な気配がしたと思ったら、なんですこれ?〟


 こちらも窓をするりと通り抜けて入ってきて、リカルドは一瞬ほっとしたものの(ウリドールを壁にできそうで)、興味津々の様子で軟体動物っぽい質感のソレの頭をツンツンつつき出すウリドールに内心顔を引き攣らせた。


「う、ううウリドールさん? 出来ればやめて? 刺激しないで?」


 ビクビクしながらお願いするリカルドに、なんでです?と不思議そうに首を傾げるウリドール。そしてそのままウリドールは普通にブルーベリー色した謎の存在に声をかけた。


〝あのー、どちら様ですか? 何か御用ですか?〟

〝溢れる水のに聞いて来たの〟

〝あぁ聖樹にいる精霊から聞いたんですか〟


 ぽんと手を打ち、なるほどなるほどと納得するウリドールに、待って置いてかないで話が見えないと泣きそうなリカルド。

 時を止めて虚空検索アカシックレコードで確認できたらいいのだが、止めても相手が動いているのを見て意味がないと咄嗟に逃げて、そのまま心臓ばっくばく(妄想)で確認に気を回す余裕が無かった。ちなみに鑑定の存在も恐慌状態で頭から抜けている。


〝困ってるの〟

〝困ってるんですか?〝

〝そう〟

〝そうですか〟

〝………〟

〝………〟


 会話の続かない二人?に、いや何に困ってんの?っていうか何なの?と、漸く思考が動き始めるリカルド。

 そこに至ってやっと鑑定の存在を思い出してすぐにやってみれば、出てきたのは『月夜に満ちる静寂しじまの精霊』だった。

 ステータス表記などなく、ただその俗称のようなものしかわからなかったのだが、相手が精霊だと判明してリカルドは少しだけ力を抜いた。


「あの……何に困ってるんですか?」


 一応ここまでの流れからして、自分に用があってという事ならその困ってることをどうにかして欲しいのだろうと尋ねれば、ブルーベリー色したそれはまた小首を傾げるような動きを見せた。


〝ざわざわするの〟

「…………ざわざわ?」

〝お気に入りの場所が、ざわざわしているの〟


 リカルドは一旦時を止めた。精霊に対しては止める意味は無いのだが、こうしている間に隣で寝ているハインツが気づいて入ってきても困るとそう考え——ハタと気がついた。

 椅子を蹴立てて騒がしくしているのにあのハインツが気づく様子がないのはおかしい。ハインツの妹もこれだけの事をされて目を覚さないのは普通に考えておかしかった。


〝他の、煩いから静かにした〟


 リカルドの思考を読んだようなタイミングで精霊の声が頭に響いた。

 その声に一瞬、害されているのかとリカルドの中の何かのスイッチが入りかけたが、ウリドールがあぁ眠らせてるんですねと言ったことで、止まっていた息が漏れた。

 人外の相手なのだから冷静にならないと、と自分に言い聞かせ、リカルドは精霊に尋ねた。


「………何をして欲しいんですか?」

〝お気に入りの場所、戻して〟

「お気に入りの場所……?」

〝そう〟

「お気に入りの場所とは、どこですか?」

〝………どこ?〟


 こてんと首を真横に倒した精霊に、怖ッと思いつつ、これやりとり面倒なやつだと悟るリカルド。

 リカルドはウリドールにちょっとこっちにと呼んで精霊との壁にした。防御面では壁になってないが、リカルドの気持ちの問題なのでそこは関係ない。

 居るだけでぞくっとする見た目の精霊が隠れるとちょっとホッとして、すぐに虚空検索アカシックレコードで確認を始めるリカルド。勘だが、聖樹に宿っている精霊よりも年月を重ねていない、もしくは人に慣れていない精霊なのだろうと思われた。


 調べてみると、この精霊がねぐらとしていた森の中の泉に現在古龍の夫婦が住み着いており、そこで卵を産んだのだがその卵が問題で魔物があちこちから集まり毎日毎日大乱闘が繰り広げられていた。

 静寂から生まれたその精霊は耐えきれず他の場所へと移るも、やはり生まれた場所が忘れられず彷徨っているうちに聖樹からリカルドを面白半分で紹介されて、今ここに至るというわけだった。


 古龍といえば身に覚えがあるリカルド。

 結婚相談所の相談員のごとくマッチングして引き合わせた記憶はまだ新しい。そいつが原因か。と、遠い目になるリカルド。因果は巡る……と特に意味もない言葉を呟いて、続けて騒ぎの直接の原因になっている卵を調べ、これならすぐに対処出来そうだとほっとした。


「わかりました。

 完全に元通りとはいかないかもしれませんが、それでもいいですか?」

〝いい。ざわざわしなければ〟


 淡々とした精霊の声に頷いてリカルドは時を戻してシルキーを呼んだ。が、反応がなく、一度もそんな事が無かったので何事かと思ったら普通に精霊に眠らされていた。

 精神体が本体であるシルキーを眠らせるというのはかなりな事なのだが、その辺はやっぱり精霊なのかなと思いつつ、精霊に起こしてもらったシルキーにハインツの妹をお願いして、リカルドは精霊とウリドールと一緒に問題の場所へと転移した。

 ウリドールを連れていったのは精霊が視界に入ると怖いので壁役だ。お化け屋敷の同伴者のようなものだ。


 緑の濃い森の中へと転移すると、さっそくぎゃおすぎゃおすと吼えながら泉に集まってくる魔物を片っ端から蹂躙している二匹の古龍が目に入った。この間王都に現れた七首鎌竜ニージェズなんて目じゃないぐらいぶっとい胴体でその鱗の一つ一つが鋭利な刃物になっており、撫でるように身体をぶつけるだけでそれなりの大きさの魔物が千切れ飛んで行く。白銀の鱗は血に染まる事はなく、今度はヘビのようにとぐろを巻いて重量級の魔物をミンチにし、まさしく怪獣ものの映画のように派手で騒がしく、そしてグロかった。

 リカルドは思わずふらついて、すぐに時を止めた。これは確かに煩い、と思うよりも前に景観が酷かった。精霊からはそちらの指摘が無かったので意識していなかったのだが、なかなか凄惨な現場であった。最近リカルドの人生でこれ以上ないというグロ現場に出くわした経験が無ければその場で蹲っていただろう。

 とりあえずこのままでは己の活動に支障が出ると、ぐちゃぐちゃのそれらを勘だけで遠くへと転移して視界に入らないようにしていくリカルド。

 どうにかその場を綺麗にして(薙ぎ倒された木々や、抉られた地面はそのままだが)、件の卵へと近づく。

 泉のそばの少し低く掘られた地面にダチョウの卵ほどの大きさの真っ白な卵があった。


〝食べるんですか?〟

「何でそうなる」


 精霊との壁役にしていたウリドールが唐突にそんな事を聞いてくるからガクッとなるリカルド。


〝だってよく卵買ってくるじゃないですか〟

「鶏卵と古龍の卵を同一視するなよ」

〝……まぁ確かにこっちの方が随分大きいですもんねぇ〟

「そう言う問題じゃないから」


 いつもの卵の何個分かな?と首を傾げているウリドールをほっといて、リカルドは時を戻すと同時に古龍を眠らせて、しゃがんで白い卵に手を翳した。

 この卵、普通の古龍の卵ではなく、とても珍しい事に変異種の卵だった。通常よりも多くの魔素を必要としており、それを得るために魔物を引き寄せ親龍に倒させていたのだが、それが大乱闘の原因だ。

 どこか別の場所に移しても一度巣にしたここに親龍が戻ろうとするので意味は無い。


〝あ、魔力を注いでるんですか?〟

「うん」


 生まれる変異種は人に関わるようなものではないし、どちらかというと魔物に対して脅威となる存在なので、ここで卵を壊して殺すよりかはさっさと栄養を溜めきって大人しくしてもらった方がリカルドの心情的には楽だった。


(さすがに番を探しておいて邪魔になったからって卵壊すのはな……)


〝いいなぁ……〟

「やってるだろお前にも毎日」

〝デザートは別腹です〟

「……誰だお前にそんな言葉教えた奴」

〝イツキですよ〟

「……樹くん……」


 何を教えてるのよ……と肩を落としつつ、卵が欲しがっている魔素の代わりに魔力を与えていると、卵は供給者の存在に気づいたのか吸収速度を上げてきた。


「なんかもう意識があるみたいだな」

〝へぇ卵って意識があるんですか〟

「いや、これが特別なんだと思うぞ」


 言いながらかなりの勢いで吸収していくそれにすごいなぁと感心するリカルド。ウリドールに並ぶぐらいよく吸収している。

 体感で30分程そうやっていると、やっと満足したのか卵は吸収しなくなった。

 確認すれば栄養を蓄え切って、生まれてくる備えに入ったようだった。もう魔物を引き寄せるような事はないなと、リカルドは立ち上がった。


〝静かになる?〟

「っ!? あ、あぁ……もう魔物は来ないだろうから古龍も大人しくしてるだろうけど」


 ひょこりとウリドールの影から視界に入ってきたプルーベリー色の精霊にびくっとして、何とか答えるリカルド。

 精霊はぴょんとその場で一度ジャンプをすると、ぬるっとした動きで泉に入り、そのまま沈んで出てこなくなった。


「……周りのこの壊滅的な景観はどうでもいいのかな」


 元の美しい森の泉という風情はどこにも残っていない。見る影もない程荒らされた泉の周りと、泉を囲うように眠るでっかい古龍にそんな呟きをこぼすリカルド。


〝ご機嫌だったからそうなんじゃないですか?〟

「あれご機嫌だったの?」

〝飛び跳ねてたじゃないですか〟

「……喜びのジェスチャーなのか?」

〝私ならそうしますけど〟

「………そうか」


 まぁ何も言わないならもういいかとリカルドが帰ろうとした瞬間、泉からぬっと頭を出した精霊。まるで貞◯が出てきたみたいな造形にひっと声が漏れるリカルド。さらに精霊がその場から腕を文字通りうにょーんと伸ばしてリカルドの前に翳したので、思わずウリドールを引っ掴んで盾にした。


〝わわ、神様なんです?〟

「いいからそこに居て、頼む、お願い」

〝はぁ。あ、お礼みたいですよ? 受け取らないんですか?〟


 え?お礼?と、リカルドがウリドールの影から顔を覗かせて伸ばされた腕の先を見れば、ブルーベリー色の菱形の固そうな何かがくっついていた。

 一瞬ウリドールに受け取ってと言おうとしたリカルドだが、それは失礼かとウリドールの影から出て手を差し出すと、ポトリと手のひらにそれを落とされた。

 伸びた腕の先はふりふりと何度か先端が振られてすうっと戻っていき、ぬるんと精霊はまた泉に沈んだ。


「………」


 差し出した手の形のまま固まっているリカルド。精霊だとわかっていても、やっぱりビジュアル的にアレで、お礼のそれもアレなものに感じられて暫しどうしようか悩んで、ひとまず空間の狭間に放り込んだ。


 家にウリドールと戻ってくると、それにしてもなんであんな見た目なんだと思うリカルド。改めて精霊について虚空検索アカシックレコードで調べてみれば、精霊は見るものによって姿を変えることが判明した。大抵は羽の生えた小人や、美しい男女の姿に見えるのだが、それは精霊が相手の好む姿を投影しているからだった。

 なんで俺には綺麗なお姉さんに見えないんだよ!とリカルドは思ったが、歴戦格の死霊魔導士リッチは精霊の幻覚魔法に掛からないと答えが返ってきて、がっくり項垂れたのだった。

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