第58話 罪の意識の置き所

「いくつか確認がしたい」


 目元から手を離したエヒャルトに、リカルドはどうぞと促した。


「先程貴殿はこの精霊に向かって生まれた意味を忘れたのかと言っていた。あれはどういう意味だろうか」


 質問の内容に、この人神柱ラプタス命の脳筋そうに見えてちゃんと話を聞いて覚えてるんだな、となかなか失礼な感想を抱くリカルド。


「そのままの意味です。魔道具は人を助けるために作られるものですから、それが人を困らせてどうするのかと」

「ならばこれを作った者が消し飛ばすと言ったのは?」

「魔道具の作成者に心当たりがあったので。

 今回の騒動を知ったら許さないだろうなという推測からの脅しですね。なるべくなら自分で非を認めて協力的になって欲しかったんですけど、失敗しました」


 成功するとも思っていなかったが、最優先は人工精霊に自分でナクルにかけたペンダントを外させる事(=神罰の回避)だったので別に構わないとリカルドは思っている。


「作成者……これを作ったのは今から数百年以上前の聖女と聞いているが」

「そのようですね」

「……生きているのか?」


 面白い方向に解釈したエヒャルトに、いやいやそんなと苦笑が出そうになるが堪え、リカルドは首を横に振った。


「さすがに生きてはないと思います」


 魔道具の部分を作った人物は当然生きていないし、人工精霊を創った方も生きていると表現するのはおかしいので、どちらの意味でも生きていない。嘘は言っていない。小狡かしい死霊魔導士リッチである。


「だが消し飛ばすと」

「脅しですから」


 しれっと答えるリカルドにエヒャルトは自然と眉が寄っていった。


「……生きてはいないが、それを精霊が知らないから脅しに使ったと?」

「解釈はお任せします」


 微笑むリカルドに、エヒャルトは面倒な言い回しをする人物だなと表情を変えないまま腹の中で見定めようとしていた。

 七首鎌竜ニーヂェズの件や怪しい狐面の男との接点など怪しい点はあるが、ダグラスやジョルジュから上がっている報告や話の内容から、その人間性は子供に甘くお人好しという判定をエヒャルトは最終的に下していた。

 だが実際に会ってみると、言語化する事は難しかったが、普通の人間ではないという雰囲気のような匂いのような、漠然とした違和感があった。かといって悪い印象かと問われるとそうではなく、エヒャルト自身言葉を交わしていてもよくわからなかった。


「……今後、同じような問題が起きる可能性はあるのだろうか?」


 エヒャルトは一旦リカルドの事を変な冒険者と仮置きして、今回の件を収めるために必要な情報を集めようと切り替えた。

 常に帯剣したがったり言動が神官長っぽくないエヒャルトだが、己の職務はさすがに忘れていなかった。


「完全に無いとは言い切れないと思いますが、余程の事が起きなければそれは無いかと思います」

「余程とは?」

「……無理矢理他の石座に移せる存在と言ったらその精霊よりも高位の精霊か悪魔か」


 あとは一定の条件下の酒飲み女神か、死霊術を極めた死霊魔導士か。と内心付け加えるリカルド。


「そのあたりがちょっかい掛けてくる場合です」


 今回聖女の祈りに宿っていた人工精霊を別の石座に移した犯人は、魂や霊的存在の扱いに長けた悪魔族だ。

 当時、グリンモア付近で人の魂を使って遊んでいたとある悪魔が、ちょくちょく聖女の祈りで遊びを妨害され邪魔に思って盗み、嫌がらせで中の人工精霊を引っ張り出して別の石座に移したのだ。


「精霊か悪魔……」

「まず人の手には負えません。そうなったら潔く諦めるか私のように精霊に伝手がある人物に依頼するしかないでしょう」


 精霊はともかく悪魔は愉快犯的な奴が多いので下手に関わらない方が被害が少ないケースが多い。

 考えるだけ無駄ですよと無情に言い放つリカルドに、眉間に皺を寄せたまのエヒャルトは耳を傾けていた。


「その話が本当であれば、確かに人の手には余るだろうが………」


 エヒャルトは怒るでもなく真面目にリカルドの話を聞いた。精霊や悪魔といった存在に対して人間が抵抗も出来ない事をあっさり認めるその姿に、リカルドはあれ?と思った。

 教会の人間であれば悪魔に対してはライバルと言うとおかしいが、負けてなるものか!みたいな敵愾心のようなものがあるのかと思っていた。

 実際のところ、大半の神官長は女神の加護がある限り人は守られ屈することはないと考えているので、あんな言い方をすれば普通は怒るかむっとするか、逆にリカルドの不信仰を諭すかだ。エヒャルトは神柱ラプタス命ではあるが、それ以外はわりと現実主義者の例外神官長であった。


「出来る事と言ったらどなたか精霊と誼を結ぶ事ぐらいでしょうね」


 悪魔と取引するのはリスクが高すぎるのでそちらの方法をリカルドが提示すれば、エヒャルトとはふっと笑った。


「……精霊との契約か。御伽噺だな」

「まぁそうですね」

「なるほど、確かに考えるだけ無駄だと言うのがよくわかった。

 今回の件、協力感謝する。礼は追って知らせるがおそらく遅くなる事は了承してほしい」

「いえ、礼は不要です。先程の事を黙ってさえ居てくだされば」

「そういうわけにはいかない。貴殿の秘密を守る事は当然の事として、恩に報いなければ教会としての面目が立たない」


 秘密にするのだから面目もくそもないだろうにとリカルドは思うが、真面目な顔でどっしりと構えているエヒャルトを見ていると、相手を見て引いた方がいいなとか考えない人なんだろうなぁとも思った。


「ではお願いを一ついいですか?」

「内容によるが、まずは聞こう」

「クシュナさんとナクルくんが教会に戻ったら、二人をなるべく引き離さないようにしてくれませんか? あと、出来ればジョルジュさんをナクルくんの護衛にして欲しいです」


 エヒャルトは控えているジョルジュに視線を向けた。二人が結託しているのか?と勘繰ったのだが、ジョルジュも軽く驚いた顔をしていたので違うのはすぐにわかった。


「ジョルジュは頼まれずとも本人の希望もあってナクルの護衛につく予定だ。クシュナと引き離さないというのは……確約出来ない。魔族領と接している南方国家が派遣を要請すれば、二人居る以上こちらはどちらかは送らざる得ない」

「そこは仕方がありません。私の希望は二人が連絡を取り合えて、互いの安否を確認できる環境にある事です。もちろん一緒に食事ができる程度に近くに居られればそれが一番ですけど」

「そのくらいであれば問題はない。が、何故貴殿はそこまであの二人の事を気にするのだ」

「何故? ……何故ですか」


 リカルドは問われてちょっと戸惑った。関わった子が元気に楽しく過ごしてくれたらいいなというごく普通の感覚で話しているつもりだったので、お節介と思われる事はあったとしても何故と問われる想定は無かった。


「親戚の子が苦労してたら気になる感覚ってわかります?」


 近い例はなんだろう?と考えて上げたリカルドだったが、生憎エヒャルトの周りには子供がいた試しがないのでわかりかねた。


「そんな感じの感覚です」


 わからないまま、そんな感じだと言われやっぱりわからないエヒャルト。ただ言いたい事は分かった。特別何かがあってそうしているわけではなく、そう思ったからそうしているだけだという事が。そして例え相手が聖女見習いであろうとも、特別視しない人物であるという事も。


「貴殿はよくわからない人間だな」


 エヒャルトの感想に、リカルドはそうですかね?と首を傾げた。



 その後エヒャルトはすぐに城へと向かう事になり、リカルドはクシュナとナクルの顔を見てから(二人とも疲れて眠ってしまっていた)家に戻り、居間のソファに横になってぼんやりとした。

 クシュナとナクルは今日は教会に泊まる事になった。エヒャルトとグリンモア王家との話し合い(今後に向けての打ち合わせ)が終わればリカルドの家に戻ってこれる手筈となっている。

 尚、不在の期間の指導は延長扱いとなった。


 日が暮れて差し込んできた茜色に。もうこんな時間かぁとぼんやりしていると首からかけていた通話の魔道具が震えて、びくっとするリカルド。

 すぐさま飛び起き、通話のボタンを押した。


「ラド?」

『あ、今いいか? ちょっと提案があるんだが』

「大丈夫だけど、提案?」


 この間の件は?と言いたくなるのを抑えて聞き返すと、ラドバウトはいつもの調子で話し始めた。


『ハインツがお前のとこの子の武器防具を見繕う話をしてただろ?』

「あぁ、うん」


 ハインツが動けなくなって保留になっているが、そういう話はしたなと頷くリカルド。


『あれ、あの子が良ければ俺とアイルが見繕おうかと思ってな。ハインツがいつ動けるようになるかわからないだろ?』

「それは……」


 唐突な提案の内容に、リカルドはすぐに答えられなかった。


『ハインツの事を気にしてるなら、そんな必要はないからな』

「あ、いや……」


 気にはしているが、それは遠慮したわけではなく、どちらかというと樹への指導もハインツの精神安定に使えると考えていたのでそれが無くなるのは……と、そちらの意味で答えられなかったのだ。

 だが、そこまで頭に浮かんだリカルドは、無意識のうちにハインツの方が主体になっている事に気づいて続く言葉が消えていた。


『まぁパーティー内の代役は珍しい事じゃない。その辺の事を含めてハインツを交えて酒でも飲みながら話さないか?』

「……そうだな」


(樹くんに俺の希望を押し付けたら駄目だわ)


 樹の為にとハインツを見つけてきたのに、これではハインツの為に樹を利用しているようなものだ。そこに気づいたリカルドは反省した。


『今日あたりどうだ?』

「いいよ。じゃあうちに来てくれる? ちょうど樹くん以外居ないから」

『お? そうなのか。ならなんか持ってくわ。じゃあ』

「あ、ラド」


 また後で、と終わりそうな雰囲気に咄嗟にリカルドは呼び止めていた。


『ん?』

「……ルゼの件、話は聞いた?」

『あー……それか。まぁ聞いたが……そうだな、その事も今日相談していいか?』

「それは、うん」


 具体的に何がどうなったのかものすごく気になるが、ぐいぐい聞くのも変なのでそう答えるしかない。今度こそじゃあまた後でと通話の切れた魔道具に、はぁとため息をかけてリカルドは項垂れた。怒ってる雰囲気は無かったが、それは相手が日本版だからだろうなと思ってもう一度ため息をつくリカルド。

 と、そこに樹が顔を見せた。


「あ、お帰りなさい」


 上着を羽織った姿で現れた樹に、あれ?と思うリカルド。


「ただいま。樹くんも外に出てたの?」


 てっきり庭で何かしているのかと思っていたリカルド。ジョルジュに呼ばれて家を出た時もそうだったのでそのままそこに居ると思っていたのだ。


「はい、ギルドに」


 ギルド……と呟いて、何か忘れているような気がしたリカルド。なんだ?と考えてハッとした。


(そうだ、あの日樹くんには依頼を受けて貰ってたんだ)


 その直後七首鎌竜ニーヂェズやハインツの問題があってすっかり放置してしまっていた。

 やらかした!と立ち上がったリカルドに、樹は急な動きにびくっとした。


「樹くん、依頼受けてたよね」

「え? あ、はい。キャンセルしときましたけど」

「……え?」

「え? あれ? 駄目でした? 暫くは難しそうだなって思って」

「あ……いや、キャンセル料とか掛からなかった? 大丈夫?」

「常時依頼のキャンセルに罰金は無いので大丈夫ですよ」


 しっかり答える樹に、気が抜けてソファに逆戻りするリカルド。


「樹くんがしっかり者でよかった……ごめん、俺すっかり忘れてた」

「薄々そうじゃないかなぁって思ってました」


 笑いながら言う樹に、気分的にはめりこみそうな程頭を下げたくなるリカルド。


「ほんとごめん」

「あ、いえ大丈夫です。忙しいってわかってましたから」


 樹は気にしていないが、リカルドはこれは駄目だと猛省した。


「樹くん。話は変わるんだけど、ちょっと聞いてもらえるかな」


 夜にはラドバウトが来るので早々に話して話し合いに参加してもらおう。樹なら十分自分で判断出来るだろうし、意見もちゃんと言えるだろう。そう考えて樹に座ってもらった。


「前に二階にお客さんが来てるって話したと思うんだけど」


 リカルドが話し始めると、樹は覚えていますと頷いた。


「その人、実はハインツの妹さんなんだ。ちょっと事情があって身体を壊してて、精神的にも不安定になっちゃってたからうちで預かってシルキーに見てもらってたんだよ」


 樹は一瞬目を丸くして驚いていたが、それ以上は特に動揺した風もなく逆に納得していた。


「だからハインツさんが動けなくなったんですね。って事はもしかしてハインツさんもいるんですか?」


 食器の数や料理の量から、誰か増えたような気がしていた樹。観察力はリカルドよりも優れているのかもしれない。


「うん。実はそう。二階に泊まって貰ってる。結構大変だからみんなと顔を合わせるのはしんどいだろうと思って俺がそうしたんだ」

「……大丈夫なんですか?」


 顔を合わせるのも難しいというのは……と心配する樹に、リカルドはどう答えたらいいか迷った。だが下手に誤魔化してもしょうがないかとそのまま話した。


「今は大丈夫だと思う。でも妹さんの状態によっては平静でいられなくなるかもしれないかな」

「……あの。俺、ハインツさんの負担になってません?」


 もしかして、と言った樹にリカルドは逆だよと手を振った。


「逆に樹くんと居る方が情緒的には安定する場合が多いと思う。でもそうするとハインツの状態によって樹くんの訓練が滞っちゃうから、同じパーティーのラドが心配してるんだ」

「そうなんですか……」

「まぁそれで今日ラドが来るから、そのときにハインツも交えて話をしようって事になったんだけど、樹くんもよかったら同席してくれる?」

「いいんですか?」

「うん。樹くんの事だからもちろん」


 樹は少し迷う表情を見せたが最終的にはわかりましたと頷いた。

 リカルドも頷いて、その事をハインツにも伝えに行ってそちらでも樹に話した事、ラドバウトが来る事を話して話し合いを行う了承を貰った。

 ちなみにその時、ハインツは樹の指導がそのままになっている事を謝ったのだが、そこは自分も同罪だから樹くんに一緒に謝ろうと言うリカルドに、なんで?となっていたのは余談である。


 そんなこんなでラドバウトがやってきたのは夕方、通話の魔道具で話してからわりとすぐだった。


「いやぁ参った参った」

「参った?」


 居間を通り過ぎながら大仰に頭を振るラドバウトに疑問の視線をリカルドが向けると、ラドバウトはいやなと答えた。


「ザックとルゼが丸一日の大暴れ。平原の一部が沼化するわ近くの森が燃えかけるわ」


 後始末に奔走したわ……と、遠い目をするラドバウト。


「ザックさんとルゼが?」


 どういう事?となるリカルドに、これ酒な、と紐で編まれた籠に突っ込んである大瓶を渡すラドバウト。


「お前の弟弟子が来てルゼに事情を説明してくれたんだが、そしたらルゼが弟子になるって言い出してな。そしたらザックが、自分でさえ弟子にしてもらってないのにルゼが弟子になるなんて片腹痛いって派手にやり合ったんだよ」

「……え。え?」


 ラドバウトの話す内容が完全に予想外で思わず聞き返すリカルド。


「ザックは前から弟弟子の方に話聞いて貰ってただろ? それであの方は賢者だって崇拝しててな」

「すうはい」

「綺麗に腕一本再生して貰った時には自分の腕を撫で繰り回して……いや、それは今は関係ないな」

「なでくり」

「とにかく、一切違和感のない完璧な回復魔法だって興奮しまくって、ルゼが弟子になるならまず自分を超えてからだって、あわよくば自分の方が弟子になるって師匠特権持ち出して引き下がるよう命じた結果、だったら超えてやるって息巻いたルゼと魔術合戦が開始されたってわけだ」

「まじゅつがっせん」

「……お前、ちゃんと聞いてるか?」

「あ、うん。聞いてる。と、思うけど」


 なんか予想してた方向とだいぶ違う方向に話が進んでるぞと思うリカルド。


「ごめん、ちゃんと聞いてる。ええと、ザックさんとルゼがあいつの弟子の座をかけて争ってるって構図でいいのか?」

「まぁそうなるな。最初はザックも冷静に対応してたような気がするんだが予想以上にルゼの奴が実力を上げてて、途中から思い切り魔法使うのが楽しくなったんだろうな。全くセーブしなくなってきて、被害が周りに出始めてこれはまずいって他のメンバーと止めたんだが止まらなくて、なんとか二人を気絶させたのが今日の朝。で、話をしようにも二人ともすぐに興奮して話にならないから、とりあえず頭が冷えるまでありったけの魔封じのアイテムでぐるぐるにして暴れないように転がしてきたとこだ」

「………お、お疲れ」


 正直、うわぁ…。と思ったリカルドだが、そんな事を言える立場じゃないと思って呑み込んだ。


「よくそんな状況でうちの心配出来たな……」


 まさしくドタバタしている状況でそんな気を回すとか聖人かよと思うリカルドだが、ラドバウトは気まずげに笑った。


「あー……その、なんだ。それも嘘じゃないんだが、この話したらまたあの弟弟子に連絡取ってくれるかなと、ちょっと打算があって連絡した」

「あぁそういう」


 逆にちょっとほっとするリカルド。そういう事ならまだ良心が痛まない。


「それは全然構わないんだけど」


 リカルドはキッチンに入ってラドバウトをダイニングテーブルに座るよう勧め、貰った酒の瓶をシルキーに渡した。


「今回の件はあいつが招いた問題だから呼び出すのは全然構わないし、あいつもそれぐらいの事はすると思うけど……」


 話を聞く限り、ザックはまだしもルゼがすみませんでしたと大人しくなるとは思えないリカルド。むしろ弟子にしろと迫られる光景しか思い浮かばなかった。それが己の償いならばまぁ頑張ってやるが……とそこまで考えたところで、結局のところラド達はどうしたいんだろうかと思った。そもそもそれが確認したくてあの場で返答を拒んだのだ。


「ラド達としては、どういう形に持っていきたいんだ?」

「そうだなぁ……別に俺達はルゼが誰の弟子になっても構いはしないが、その結果力をつけて無謀な事をしでかさないか、そこは心配してる。リカルドはあいつの生まれを知ってるか?」

「まぁ。何があったのか聞いたからその辺は」


 そうか。とラドバウトは頷いて腕を組み、あいつも難儀な生まれでなとおっさんくさく苦い顔をした。


「ルゼは父親を憎んでるようで、力をつけたらそっちに戦いを挑むんじゃないかってのがハインツと俺の見解なんだ」


 やっぱりなぁ、と思うリカルド。あの好戦的な様子からそんな気がしてならなかった。

 ぎしりと椅子の背に体重を預け、ため息をつくラドバウト。


「やめとけって言っても聞く様な性格じゃないからな」


 聞く耳持たない感じなんだろうなとリカルドも容易に想像がついた。

 二人でなんとも言えない沈黙を作り出していると、そこに勝手口から樹が庭の小さな畑からハーブを取って戻り、ラドバウトに気づいて頭を下げた。


「こんばんは」

「おう、邪魔してる」

「あぁそうだ、話は樹くんも入ってもらっていい? ハインツには言ってあるから」

「ん? あぁ指導の方な。もちろん本人なんだからいいぞ」

「ありがと」


 リカルドは樹とシルキーが肉にハーブと塩を揉み込んで焼いて行くのを横目に、食器を棚から取って置いていった。


「ラド、さっきの話だけどとりあえず明日そっちに行かせるよ。どうなるかはわからないけど、そのままってわけにもいかないだろうから」

「そうしてもらえると助かるわ。悪いな」

「全然、それより他のメンバーはどうしてる?」

「他?」

「もう一人怪我した人いたって聞いたけど」

「あぁレオンな。なんか関節の動きが前より良くなったって喜んでるぞ」

「……まじで?」


 足一本やられたのに喜べるの??と訳がわからないリカルド。

 ラドバウトは困惑しているリカルドに気づいて笑った。


「冒険者なんてやってたらいつどうなるかわかったもんじゃないからな。怨みを知らないところで買ってやられるなんて事もある。今回は偶々俺がお前に連絡出来て、お前が弟弟子を寄越してくれて運よく助かった。それだけだ。もし弟弟子が責任を感じてるようだったらお門違いだと伝えておいてくれ」

「お門違い」

「だってそうだろ? ヴァンパイアどもの意識を人から逸らすためにやった事が今回の事に繋がった。だからその責任は自分にあるって、どこまで先の事を読んでるんだって話だ。そんなところまで責任をとらなきゃならないならこの世の事柄なんてほとんど繋がってるようなもんだろ。やってられるかよ」

「………」


 でもその発端であるヴァンパイアが人に興味を向けるきっかけを作ったのはリカルドだ。その部分はラドバウトにも話していないから、それ以上リカルドは何も言えなかった。


 部屋の中に肉の焼けるいい匂いが広がりぐぅと鳴ったのはラドバウトの腹か樹の腹か。

 程なく鳥のハーブ焼きと、チーズ焼き、焼きそら豆、芋と卵のサラダに、この辺りでは珍しい干し魚をほぐして入れたスープが出来上がった。

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