第55話 夜の活動と新しい魔法という発想

 その日の夜。もろもろの処置と作業を終わらせたリカルドは、占いの館を開く前に先方の様子を確認して転移した。むろんグリンモア版でだ。

 転移した先はダグラスの仕事部屋なのだが、ダグラスは深夜にもかかわらず書類の山が築かれた机でペンを走らせていた。

 突然現れたリカルドに気付く様子は全くない。

 下を向いたまま伸ばした手が次から次へと書類を引き寄せ記載し横の箱に仕分けていく様は手慣れていて、あーこの人有能だけど仕事を抱えるタイプの人かなーとリカルドに思わせた。

 他に人が居ない事は確認していたリカルドだが、これはちょっと声をかけづらいなぁと思い眺める。出直して都合の良さそうな時を調べようかなとも思ったが、なんだかそんな日はなさそうな気がして、アポ取って出直す方がいいのか?と迷っていた。

 ペンの音と紙の音だけが静かに響く部屋で無言で突っ立っている事五分ほど。

 ダグラスが伸ばした手の先の山が崩れ、しまったと顔を上げた瞬間そこに佇むリカルドに気づいて固まった。


「勝手に失礼しております」


 内心気まずく、だが表面上は穏やかな微笑みを浮かべ頭を下げたリカルドに、ダグラスはハッとして硬直から解き放たれ立ち上がった。


「占い師殿!」

「お久しぶりです。今日は先日の依頼の報酬をいただきに来たのですが……」


 リカルドは机に視線を流して苦笑いした。


「お忙しいところをお邪魔して申し訳ありませんでした。都合の良い日にちを教えて頂けますか? 出直そうと思いますので」

「そんな! 気になさらないでください!」


 どうぞどうぞと椅子を勧められて、いえいえと断るリカルド。だがダグラスの勢いに負けて結局椅子に座った。


「実はお礼の件なのですが、どうしようかと決めかねているうちに日が経ってしまい……足を運ばせてしまって申し訳ありませんでした」


 ダグラスの言葉に構いませんと首を横に降りながら、あれ?となるリカルド。日本版の時に報酬は300クルだと話したよな?と内心首をかしげた。


「事前に説明せず失礼しました。一律300クルを頂戴しております」


 とりあえず、こちらの姿では話して無かったので改めてそう言えば、ダグラスは静かに、だが重々しく首を振った。


「あれほどの恩を受けてそういうわけにはまいりません」


 見据えるような強い眼差しにリカルドは、あぁこれ押し問答になるかもと思った。が、


「と、言いたいところなのですが、実は神柱ラプタスからあなたの意向に沿うようにと言われたところでして」


 押し問答になるかと身構えたリカルドの前で、ダグラスは力なく笑ってテーブルの上に紫色の布袋と一枚の硬質そうな薄い板を置いた。


「お知り合いの方から料金については聞いておりました。300クルとこちらは免罪符です。金銭は受け取っていただけないかもしれないと、代わりに用意させていただきました」


(免罪符?)


 リカルドの知識にある免罪符とは贖宥状しょくゆうじょうの事で、地球では中世の時代にとある巨大宗教組織がお金を集めるために作った紙切れのことだ。それを買えば本来行わなければならない罪の償いをせずとも現世の罪が許されて天国に行けるとか、従軍できない代わりの寄進にしたりとか、他にもいろいろ名目はあったが、とにもかくにも宗教内での権力闘争のための資金集めやらなんやらに利用されたものだ。


 正直なところ、いやそれ貰っても……と思うリカルド。

 別に酒飲み女神を信仰してないし、既に死んだような身体をしている今、もし天国なるものが本当にあったとしても死霊魔導士なんかは到底行けないだろう。それにたぶん消滅したらそのまま本当に消滅するしかないだろうなぁとも思っていた。

 教会の人間からすればありがたがるものかもしれないが、部外者かつ不死者の自分が持っててもなぁと微妙な気持ちになる。かといって結構ですと突っぱねるのも相手に失礼な気がして、特に宗教関係の人に対してその宗教を軽視するような事は危険な気がして、ここはありがとうございます一択なのかなとリカルドは考えた。


「わざわざありがとうございます」


 頭を下げて受け取るリカルドに、ダグラスはほっとして肩の力を抜いた。

 実はこの免罪符、何をお礼にしたらいいのだろうかと迷うダグラスに神柱ラプタスが提案したものだったのだ。

 リカルドは勘違いしているが、この免罪符の意味合いは地球と全く異なる。

 この世界においての免罪符とは、それを持っている者はいかなる状況下においても教会は敵にはならないという念書のようなものなのだ。たとえある国で犯罪を犯しても、人を殺しても、何をしても、教会は敵にはならない。それほどまでにその人物の事を信用しているという証であり、各国に対して教会が身分を保証するものとしてこの上ないものだったりする。当然それが発行される事は極めて珍しく、当代の神柱ラプタスでは初めての事だった。

 教会の最高礼に等しいそれを拒否されたら用意した神柱ラプタスの顔を潰すことになるし、かと言って神柱ラプタスからは無理強いはしないようにと言われているので強く勧めるわけにもいかずダグラスは悩んでいた。だから料金を払いに占いの館へ行くのが遅くなってしまっていたのだ。


「何かお困りごとがあればそれを教会で見せてください。必ずお力になる事をお約束致します」

「お気遣いありがとうございます。

 それでは私はこれで失礼します。お仕事も大事でしょうが、また根を詰めすぎて倒れないようにしてください。この教会にはあなたが必要ですから」


 わりと本心で気をつけてねと言うリカルド。この教会の数少ないまとも枠の人なので、ぜひとも身体を崩さず無難に教会の運営を頑張っていただきたかった。

 ダグラスはそんなリカルドの裏の気持ちには気づかない様子で、少し面映そうに表情を崩して笑った。


「ありがとうございます。占い師殿もどうぞお身体に気を付けて」


 二人は社会人らしく互いに挨拶をして頭を下げ、穏やかにその場は終わった。


 占いの館に戻ったリカルドはあと少しで教会の仕事も終わりだなと免罪符を空間の狭間に放り込みながら、ふと首から下げている通信の魔道具に服の上から触れた。

 あれからまだ連絡はない。

 グリンモア版リカルドの事で日本版リカルドに必ずしも連絡が来るとは限らないが、それでも窓口はここしかないので来るだろうとリカルドは思っている。さすがにこんな夜中には緊急事態以外来ないだろうから、日が昇ってからかなと少しだけ気が重くなるのを振り払い、いつものように占いの館を開けた。

 そうして幾ばくもしないうちに札からの転送があり、姿勢を正して受け入れるリカルド。


「ようこそ占い——」

「やあ主! 久しぶりだね!」


 超ハイテンションな王太子がお馴染みの勢いで垂れ幕を捲り流れるような身のこなしで椅子に座った。


「本当はもっと早く来たかったんだけどなかなか都合がつかなくてね! 交渉ごとを丸投げしてくる陛下が悪いんだけど! ハハ!」


 針が振り切ってるんじゃないかというテンションに、なに?どうしたのこの人、薬でも盛られた?と引き気味に見るリカルド。もちろん顔は微笑み固定だが。


「ああそうだ! 七首鎌竜ニーヂェズの件はいい具合に話がまとまったよ! まさか主の兄弟子殿が聖女見習いを鍛えるとは思わなかったけれど、そのおかげで王都は守られたし定期的に破邪結界を魔道具に補填して貰える事になったから感謝してるよ!」


 ウィンク付きで言われた言葉に、微笑みの下でリカルドは顔を引き攣らせた。

 別にウィンクが気持ち悪かった訳では無い。むしろ顔面偏差値の高さを発揮して嫌味なぐらい決まっていたがそういう事ではなく、論点は教会が外部に聖女見習いの指導をさせた事を隠しているという点だ。隠している筈なのに全部バレてて、その上に誰が指導しているのかまで特定されているのが問題なのだ。

 一応リカルドだって変装をさせていたし、家の中は外から見られないようにしていたので、どこでバレたんだと本気で謎だった。もしや家の周りに掛けている幻覚魔法に綻びでもあったのかと確認すれば答えは簡単、クシュナとナクルを連れて家に戻ったあの日にバレていた。

 どういう事かというと、元々聖女見習いも城で預かっていたが諸々の事情で教会に戻したため、警護が薄くならないようにと王太子が密かに影を付けていたのだ。

 教会を出たところから後をつけられていたのだが、当のリカルドは予定外の客を招く事になってその準備に思考を割いていたので気づかず、護衛のジョルジュもリカルドを警戒していたので気づかなかったのだ。影はリカルドの家の敷地内の様子までは観察出来なかったが、報告を受けた王太子が情報を統合してその結論に辿り着いたというわけだ。

 なるほどな。と、王太子の差配と推察に納得するリカルド。


「さあ、私は何も聞いておりませんので」


 とりあえずそういう事にするリカルド。いくらバレていようと認めてしまっては教会への義理が立たないので、ここは惚けるしかない。


「まぁ極秘の依頼だろうからね!」


 何が面白いのか全開の笑顔のまま頷く王太子。さすがにハイテンション過ぎてちょっと恐怖を覚え始めていたリカルドだが、王太子の顔色があまり良く無い事に気づいた。

 よくよく見れば目の下にもうっすらと隈があり、もしやこれは疲労からくるランナーズハイもしくは深夜テンション的なものなのか?とようやく悟ったところで、王太子が懐から小さな箱を取り出し机に置いた。


「で、今日はこれを主に見てもらいたいんだ。一応お抱えの魔道具師達は使用に問題はないと言っていたんだけど、伝えられている姿とは違うから確証が持てなくてね」


 いきなりストンといつものテンションに戻る王太子に面食らうリカルド。

 面食らいはしたが、仕事は仕事なので気にしない事にして(突っ込むのが面倒とも言う)小さな箱の蓋をそっと開けた。

 中に入っていたのは金色の華奢な鎖が灰色の石を絡めとるような蔦の意匠のペンダントと、涙型の青い石のイヤリングだ。どちらもリカルドは見覚えがあった。


「こちらは……聖女の祈りですか?」


 初見のふりをして尋ねると、王太子は楽しそうに首肯して見せた。


「主ならわかると思ってたよ。にしても本当に動じないねぇ」

「はい?」

「頭のおかしいふりをすれば大抵の人間は少なからず戸惑いを見せるものなんだけど」

「……戸惑っておりましたよ」


 そりゃもう。と、心の中で付け加えるリカルド。


「そうなの? 見えなかったなー。私もまだまだか」


 悔しいねと子供のように笑って、それでこれは使えるの?と尋ねる王太子。

 リカルドは王太子が何をやりたいのかよくわからなかったが、まぁいいかと意識を聖女の祈りに戻した。

 ちなみに王太子はわざとテンションを高くしていたわけではない。本当に忙しすぎてリカルドを見た瞬間気が緩んで溜まった鬱憤が漏れ出たに過ぎなかった。ただ、それを素直に話す性分でもなかったため適当な事を言ってしまい、リカルドによくわからない人認定されたのだ。腹黒は腹黒で苦労しているのである。


「こちらはこの二つが揃っている状態でしたら問題なく効果を発揮するようですよ」


 手を翳して調べたふりをして話すリカルド。


「うん、魔道具師達と同じ見解だね。主もそう言うなら安心かな」


 そこは本当にホッとしたのか、王太子は表情を緩めてペンダントに手を伸ばした。


「元々はこのペンダントのみを聖女の祈りと呼んでいたんだけどね、数代前に賊に入られて紛失してる間にこんな姿になってしまったんだ。だから作動するのか不安だったけど……主が言うなら安心だね」


 あぁそういう経緯なのねとリカルド。

 盗むにしては足が着きそうなものを選んだなと思いながら、大変でしたねと相槌を返した。


「全くだよ、少し前にとある娘の首に下がっているのを見た時には驚いたねぇ……まぁ盗みを働くような家門の者ではないから事情を聞いて調査させたんたけど」


 とある娘ってアードラー前男爵の孫娘じゃ……と想像したリカルドは、アードラー前男爵が固い表情でここに訪れた時の事を思い出し、それは大変だったろうなぁと老紳士の苦労を偲んだ。


「さて、不安要素が無くなったところで、主に聞いて欲しい事があるんだけどね」


 朗らかな笑顔を浮かべた王太子に、あ……となるリカルド。

 リカルドが止める前にぐいっと身を乗り出した王太子は、勢いそのままに先日婚約者殿がこんな事を言ったのだとか、仕草が可憐だったとか、揶揄うとすぐ照れるところが堪らなかったとか前にも聞いた事があるような惚気話に突入した。

 始まったよ……とどんよりしたリカルドだったのだが、笑顔全開で話し始めた王太子を見ていてふと、すっかり忘れていた記憶薔薇が頭に浮かんで顔から表情が消えかけた。

 咄嗟に意識して微笑みを固定したが、内心侯爵令嬢めぇ……と恨み言を呟くリカルド。

 そこから「もう時間か」と言って王太子が帰ったのはたっぷり半刻後であった。後半はだいぶ慣れて(麻痺して)忘我の境地で相槌を打っていたリカルド。


(人間、何事も慣れるんだな……人間じゃないけど……)


 などとどうでもいい事を考えるぐらいには疲労感に襲われて、背もたれに仰け反ってだらしない姿でぬあーと伸びた。

 だが珍しく路地裏からお客が入る気配がしてすぐさま姿勢を正した。


ドサッ

「ぐえっ」


 入って来た――というか倒れて入り込んできたというのが正しいお客に、また酔っ払いかと立ち上がる。

 時間帯が時間帯なので、前もって探そうとする者でなければ大抵この手の客しか路地裏からは来ない。そこは承知しているのでしょうがないなと介抱しに近づくと、起きあがろうとして平衡感覚がヘロヘロで立ち上がれないでいる三十代ぐらいの抹茶色の頭の男がいた。

 視界がぐるぐるしているのか片目を瞑って目を細めている姿に、リカルドは手早く解毒の魔法を掛けた。


「大丈夫ですか?」

「……あ? あ、ああ」


 男は急に酔いが覚めて戸惑ったように差し出されたリカルドの手を取って立ち上がり、頭を掻きながら周りを見た。


「……あれ……ここは」

「占いの館です」

「占い……あっ、もしかして噂の?」

「噂はわかりかねますが、ここでお客様のご相談をお聞きしております。お客様も何か悩み事があるのではないですか?」


 でなければここには入れない。

 リカルドが尋ねれば、男はそっと右目を隠すように片手を顔に翳し首を振った。


「いや、あるにはあるが占いでどうこうできるような事じゃないんだ……」


 右足を後ろにずらして顔を背ける男のその仕草に、リカルドは既視感を覚えた。


「失礼ですが、どこかご病気ですか?」

「いや……悪いとこは無い」


 リカルドの方を見ずに言って出て行こうとする男の袖を咄嗟に掴むリカルド。


「もしや、顔が痙攣——勝手に瞼が動いたりするのでは?」


 そう尋ねた瞬間男は驚いたようにリカルドを見て、そして怯えたように手を払った。


「お、俺は悪魔憑きなんかじゃない!」


 叫んで出て行こうとする男の腕を再度掴むリカルド。余裕で掴めるあたりさすがである。

 確認のため時を止めて調べたリカルドは、思った通りの結果が返ってきたのですぐに時を戻した。


「は、離せ!」

「落ち着いてください」

「何でもないって言ってるだろ!」

「それは治せますから、落ち着いてください」


 リカルドの言葉に動きを止めた男は、片目を丸くしてリカルドを見た。

 リカルドは驚いた男の顔——右目が固く閉じられ、頬がぴくぴくと痙攣し口角も力が入って吊り上がっている——を見て確信した。


(やっぱり。片側顔面痙攣だ)


 片側顔面痙攣。顔面神経根部が脳底血管と接触することにより、神経の異常興奮が生じて不随意運動が起こる疾患だ。リカルドは上司がこの病気に悩まされていたので見覚えがあったのだ。

 その当時リカルドは入社一年目で、自分の事でいっぱいいっぱいで上司が目元を隠すようにしていた事にも気づかなかったが、痙攣の度合いが強くなって目が開けられなくなったり、片方の口元だけぎゅっと引き結ばれたりするようになってからはさすがに気づいた。

 実は顔が痙攣しているんだ、見苦しくてすまない。と疲れた様子で謝られた時には、いいえとしか返せなかったが、それから手術するまで上司が酷く人の目を気にしているのは見ていて気の毒でしかなかった。

 その記憶が男の顔を見て蘇ったのだ。


「治せる……? そんな……教会でも治せないって……」


 呆然と呟く男に、回復魔法を使われたのかな?と思うリカルド。


「回復魔法で治すのはほとんど無理だと思います。薬もあまり効果はありませんから、教会で難しいと言われても仕方がないかもしれません」

「悪いものが憑いてるからじゃ……」

「それが理由ならそれこそ教会の出番でしょう」


 違いますよと柔らかく微笑んでリカルドは男を椅子に座らせた。

 根本的にこの疾患を治すには物理的に神経から血管を引き離す必要があり、損傷の修復が主軸となる回復魔法では治療できない。ある程度高血圧等別の要因で引き起こされている場合は緩和出来るかもしれないが、それでもやはり根治は難しい。


「本来ここは占いの館でご相談を承るところなのですが、ここに辿り着かれたのも何かの縁ですし、これも相談といえば相談。料金は300クルを頂戴しておりますが、いかがいたしますか?」

「いかが……って、治せる……のか? あんたが?」

「はい」

「……やって、俺はおかしくなったりしないのか?」

「なりません」

「本当に300ぽっちで治せるのか?」

「はい」

「なら……頼む、頼む」


 深く頭を下げ、男は縋るようにリカルドの手を掴んだ。

 リカルドは承知致しましたと頷いて、男に眠りの魔法をかけバインドでその身体を固定。早速治療を開始した。

 使うのは生体操作だ。と言ってもクロのように作り変えるのではなく、血管の位置をほんの少しずらして固定するだけ。念のためにずらした事による神経の損傷が起きていたとしても問題ないよう回復魔法を施して、それで終わりだ。

 一分も掛からない作業だが、物理的にこれを行うと頭蓋骨に穴を開けて行わなければならないので、いろいろなリスクが付きまとう。魔法様々だなとそこは思うリカルド。


「終わりましたよ」


 バインドを外して男の身体を支えた状態で眠りの魔法を解くと、男は確認するようにぎゅっと目を瞑って、それから開いて、右目が開く事で治った?と呟いた。だが、痙攣するときとしない時があるので確証が持てず不安そうな顔をリカルドに向けた。


「まだ少し痙攣が出るかもしれませんが、次第に落ち着きます。大丈夫ですよ」


 そう言われ男は再び瞬きを繰り返し、ぎゅっと顔に力を入れて緩めてを繰り返し、確かに今までならこれだけすれば一回ぐらいは目が開かなくなったり、口が引き攣れたままだったりする筈と、ゆっくりと理解し始めた。


「治らないと思ってた……もうだめだと……」


 じわりと目に膜が張り、顔を伏せる男。

 リカルドは手術をして戻ってきた上司も晴れやかな顔をしていたなと思い出しながら男の背を慰めるように撫でた。

 顔が引き攣ったように見えるこの症状は周りが思うよりもかなり精神的にクる。人の目が常に気になるようになるし、質が悪い事に人と話したり緊張したりすると症状が強く出る傾向にあるのだ。リカルドの上司も相当辛そうで、うつ病になるんじゃないかと思っていた時期もあった程だ。


 300クルを置いて何度も頭を下げて館を後にする男を見送り、ああいうのも教会で治せたらいいんだけどなぁと考えるリカルド。だが生体操作は邪法とされているのでまず無理だ。そもそも、どの血管をどの程度動かせばいいのかなど虚空検索アカシックレコードを持っているからこそリカルドもわかるのだ。やり方があったとしてもMRIのように確認する手段もなく勘だけでやるにはリスクがあり過ぎた。


「魔法が願望機なら、もうちょっと回復魔法が融通利いても良さそうなものなのにな……あと探索サーチみたいな魔法があれば便利だろうに……」


 何気なく呟いて、もしかしてそういうのって作れたりする?と調べたら、当たりだった。


「そっか……盲点だったわ」


 虚空検索アカシックレコードを使う時、無意識のうちにパーンしないようにと今の技術でという条件を設定していた事にリカルドは気づいた。


「無いなら作ればいいんだ。新しい魔法を」


 まぁ気づいたところで普通はそんな簡単に作れるようなものではないのだが、魔力操作LvMaxと無限魔力、虚空検索アカシックレコードが揃っているリカルドにとっては鬼に金棒な状態だった。

 ただ作ってみたのはいいものの、新しい魔法なんて当たり前だが誰も使った事がないのでその効果を理解する事が難しく、習得が恐ろしく難しい代物になってしまった。物事そううまくいかないものである。


「いい案だと思ったんだけど……」


 一人だけしか使えない魔法じゃ意味がないんだよなぁと残念そうに零すリカルドだった。

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