第54話 酒飲み仲間ゲット
(……どうなるかなぁ)
これからルゼがどんな説明をするのか、それによってどんな印象を待たれるのか。気にはなるがリカルドは調べるつもりはなかった。調べていれば対処は出来るかもしれないが、ラドバウト達を相手にそれをするのもなぁ……と、微妙な気持ちになるからだ。
慰謝料を請求されるのか、それとも仕方がなかった、運がなかったと赦されるのか。どうなるかわからないが、いずれにしても誠実に対応しようと考えていた。
日本版リカルドの姿になって家に戻ったリカルドは、そのままクシュナ達の様子を見ようと庭の方に回り、目があったジョルジュにちょっとと手招きされた。
「何かありましたか?」
クシュナとナクルから少し離れたところに立っていたジョルジュは、近寄って行ったリカルドに自身も歩み寄り小声で話した。
「先程連絡がきました。二日後にクシュナ様とナクル様は城に赴く事になったそうです」
「あぁ、
確認にしてはちょっと対応が遅い気がするけど、と思いつつ頷くリカルドに、ジョルジュはいえ、と小さく否定した。
「王は信用しているらしいのですが、貴族の中に疑念を抱く者がいるそうです。納得させるための実証の場という意味合いが強いですね」
「実証って、どうやって確かめるんです?」
目に見えるわけではない破邪結界を、魔導士でもない人間が感知する手段は無い。疑いを持っている人間に、他の魔導士なり聖女なりがちゃんと張ってますよと言ったところで、果たしてそれを信じるのだろうか?
そんな疑問がわくリカルドに、ジョルジュはわかっていると頷く。
「聖女の祈りを使用するそうです」
「聖女の祈り?」
なんかどっかで聞いたような?と首を傾げるリカルド。
「グリンモアの王家がいざという時に使用する破邪結界を内に溜め込む魔道具です。大した範囲を覆えるわけではありませんが、王族の緊急避難のために使われていたそうです」
「使われていた……って事は今は使われていないんですか?」
なんだか引っかかる物言いにリカルドが尋ねれば、ジョルジュは仕方がありませんと返した。
「破邪結界を使える方は今も昔も僅かですから、いくらグリンモアの王家といえど、おいそれと教会に補充してくれとは言い難いでしょう」
なるほど。と手を打つリカルド。
「今は空っぽ。だからそこに補充出来れば一石二鳥と」
「ええ。補充出来れば聖なる青い光を放つと言われていますから傍目にも一目瞭然。教会にとっても王家にとっても都合がいい事ばかりです」
「納得です」
「一応ローリア様に事前に確認いただくので明日は朝から教会に戻る予定です。お二人には訓練状況の確認のため教会に出向くと伝えてありますので」
リカルドは了解ですと頷いてから、ところでと返した。
「ローリア様とは?」
「……グリンモアで最も結界を張る事に長けた聖女様です」
あ、聖女か。と興味を失うリカルドに、なんで知らないんだという顔になるジョルジュ。だがどこかずれているリカルドに対してもう諦めて突っ込む事はしなかった。
「……あと八日程ですね」
そう言って並んで練習している二人に視線をやるリカルド。ジョルジュはその穏やかな眼差しにそっと笑みをこぼした。
今はもうジョルジュはリカルドを信用しているが、初めて外部の人間に指導を任せると聞いた時には何を考えているのかと正気を疑った。だからこそ自らの目でどのような人物なのか確かめるべく使者に立候補してここに訪れたりもした。己の見た目が幼く見える事を利用して、そのように振る舞って、その時点で子供だからと尊大な態度を取るようなら依頼を撤回するよう働きかけるつもりで。
その時リカルドは子供だからと侮る事はなく丁寧に対応してはいたが、正直覇気のない男という印象で凄腕の冒険者には到底見えなかった。どちらかというと、のんびりしていて荒事には疎そうなごく普通の男。そういう印象だった。
だがそれも教会に来た日に変わった。ナクルの置かれている環境に気がつき、保護し労わる姿は人格者のように見えた。だが反対に、家に出入りする人間が居た事を黙っていたりと騙し討ちのような事をする食えない部分もあり、気を抜けない相手という認識に改まった。
暫くは警戒して観察していたが指導風景や、食事や風呂や何気ない日常の風景ではごく普通の男で、特にナクルには心を砕いているようなところが見受けられた。最初強引に自宅へクシュナとナクルを連れて行ったのは、本人が言うように心身を教会から切り離し落ち着かせたかったというのが本当だったのだろうと次第に思えてきたのだ。
聖女見習いに気安す過ぎると思う事もあったが、喜ぶナクルの姿を見ればどちらが良かったのかはジョルジュにもわかる。こちらは怯えられるばかりなのにと理不尽さも感じたが、今から思えば聖女見習いである前に子供だという事を失念していた己が悪い。
「当初はどうなる事かと思いましたが……結果的に多くの人が救われました。……感謝いたします」
言われたリカルドは、素直に感謝を口にするジョルジュにわざとらしく身を引いて見せた。
「なにか変なものでも食べました?」
口に手を当て言うリカルドに、ジョルジュは冷ややかな目を返した。
「ここでの食事以外に口にしたものはありませんが?」
「前言撤回します。ジョルジュさんは感謝を口にできる素晴らしい人です。はい」
シルキーの食事に不備が?と言うジョルジュに直ぐに白旗を上げるリカルド。ジョルジュもウザ絡みするリカルドをあしらうのは慣れたものだ。
リカルドは冗談はさておきと話を戻す。
「ジョルジュさんは教会に戻られたらダグラス神官の護衛に?」
確か、もともとダグラス神官の護衛だったような?と思い返すリカルド。正しくは、聖王国から派遣された教会本部の教会騎士だ。まぁ人手不足が激しいので残留は既に決定事項だったが。
問われたジョルジュは、自分がダグラスの護衛の任についていた事をリカルドに話した事は無かったので、相変わらずどこでどうやって知ったのか謎な人だと内心思いつつ首を横に振った。
「いえ、このままナクル様の護衛に付きたいと思っています。まだまだあの方は子供ですから、遊び相手が必要でしょう」
自分がその相手になると言っているに等しいジョルジュに、リカルドは立派な保父さんになりそうだなぁとニヤニヤだ。ニヤニヤしていたらまた返り討ちに合いそうなので真面目な顔にしているが。
「それにしても……あなた大して指導してないのにあの報酬の額はどうなんでしょうね」
「……はい?」
唐突な指摘に驚くリカルドに、ジョルジュはどこかじとーっとした目を向けた。
「つきっきりで指導したのは数える程度じゃないですか?」
「そ……れはまぁ、コツを覚えて貰えばあとは自分の技能を高める作業なのでそうなりますよ」
「でもアドバイスぐらいは出来るんじゃないですか?」
「あー……まぁそうかもですけど、今後の事も考えれば自力で模索出来た方がいいかなと」
というのは、後付けである。予想以上に二人が自分で試行錯誤して上達していたのであんまりアドバイスする必要が無かったというのが実際だ。もちろん要所要所で目指すべき方向を示したりもしたが、それがつきっきりだったかと言われると違いますねという話なわけで。
ひょっとして依頼額が減額されるの?と、何気ない風を装って言い訳をしているリカルドである。
「なるほど。個人で成長出来るに越したことはない……それはそうですね。
ちなみに、あなたのやり方は誰に対しても有効なのでしょうか?」
「他の聖女見習いにもという事ですか? そりゃまぁ有効でしょうけど……導入の部分が出来る魔導士が他にいるかなぁ……」
魔力風船を用いたやり方はそれなりに魔力操作を必要とするし、相手の魔力を誘導する方法はそれこそリカルド以外に出来る者がいない。
「やはり難しいですか……実は
「それって教会の所属になるって事ですよね? だとしたら無理です。私は冒険者の方が性に合っていますので」
畑仕事をメインにしようとしている冒険者が何を言っているのか。であるが、まぁ教会所属の
ジョルジュの方もリカルドが他にどんな依頼を受けているのか幽霊屋敷の一件しか知らないので、そうでしょうねと頷いた。
「念のために聞いただけで、ダグラス神官の方でそれは難しいだろうと返答済みです」
気遣いのできる男、ダグラスである。
リカルドはダグラスの名前を聞いて、そういえばあれからまだ代金貰いに行ってないわと思い出していた。今となっては300クルは他の仕事に比べると微々たる金額であるが、きっちり回収する気だけはある。金額の多少に関わらず、それが仕事上の契約というものだからとリカルドは認識している。
「ところでリカルド殿」
「はい、なんでしょう?」
唐突に改まったジョルジュに首を傾げるリカルド。
聞く姿勢を取ったリカルドだが、ジョルジュはしばし迷うように眉間に皺を寄せ目を細めていた。そしてそれが段々と険しくなっていくので、リカルドもなになに?と戸惑う。
「あのー?」
再度尋ねるリカルドに、ジョルジュは観念したように口を開いた。
「図々しいお願いがあるのですが……」
「ジョルジュさんがお願いというのはなんだか珍しいですね」
「いえ、私だけの願いというわけではないのですが……………あの腕輪を、譲っていただけないかと」
「腕輪……って、身の守りに渡したものですか?」
確認するリカルドにジョルジュは頷き、焦ったように交渉を始めた。
「もちろん対価は支払います。ただ言い値というのも今は難しく、機能に見合うだけの対価は提示出来ないのですが。ですがこれからナクル様もクシュナ様も破邪結界を使える聖女として狙われる危険があるので」
「いいですよ」
「何のため我々が付いているのだという指摘を頂くとはわかっていますが、それでもお二方の安全には代えられず。対価を支払えないとわかっていながら持ち掛ける話ではないともわかっていますが、それでも」
「あのジョルジュさん、だからいいですよ。そのまま差し上げます」
二度目の言葉にようやくジョルジュは止まった。たっぷりリカルドの顔を凝視して、
「………………いいんですか?」
「はい」
「………頭おかしいんですか?」
「酷くないですか?!」
いきなりの暴言にさすがにリカルドも声を上げれば、何事かとクシュナとナクルが二人の方を見た。
それに気づいた二人はハッとして、なんでもありませんよ~と手を振って背を向けこそこそと話し始めた。
「あなた常々変な人だと思ってましたけど、あれだけのものを差し出すとかおかしいでしょ」
「そっちが欲しいって言ったんじゃないですか。それとも要らないんですか?」
「要りますよ。要りますけど常識で考えたらおかしいって言ってるんです。どこの国に出しても国宝として王族が欲しがるようなものですよ? それをあなた差し上げますって、正気ですか?」
「正気ですけど悪いですか。だってあれナクルくんにはナクルくんのものだって言ったんですよ。あの時点でもうナクルくんにあげてます。それともジョルジュさんは訓練の期間が終わったからアレを外して私に返すように言えるんですか?」
「う゛……」
初日にナクルの腕から腕輪を外させた時の事を思い出し呻くジョルジュ。
「クシュナさんはともかくナクルくんは無理でしょ。
じゃあ今度はナクルくんにはあげてクシュナさんにあげないとか不公平になっちゃいますから、じゃあもう二人ともどうぞって話ですよ」
「どうぞって話じゃないですよ……」
両手で頭を抱えて理解不能だと零すジョルジュに、リカルドは慈愛の笑みを浮かべた。
「ジョルジュさん。細かい事を気にしたら負けです」
「どこが細かいんですか!」
「しー。ほら、何事かと思われますよ」
「……あなたね」
頭が痛いとこめかみを押さえるジョルジュに、リカルドは苦笑した。
「まぁ実際値段を付けるととんでもないものだとはわかっていますけど、でも別に今のところいただく予定の報酬で満足してますし、そんなにお金を持っていても経済を回す程の事をする予定はないですから持ち腐れになっちゃいます。
なので、一つ私からもお願いをしてもいいですか? それで対価としましょう」
リカルドの提案に、ジョルジュは唾を飲み込んだ。国宝級アイテムの対価。何をお願いされるのかわからないが、生半可な事ではないだろうと緊張する。
「……わかりました。教会も出来る範囲がありますが」
「あぁいえ、ジョルジュさんへのお願いです」
「私?」
「はい」
てっきり教会に対してのものだと思っていたのに、自分個人への頼みと聞いてハテナマークを頭に浮かべるジョルジュ。自慢ではないが、対価になるようなものを持っていない自信だけはあった。
「私に差し出せるものがあればいいですが……」
「言いましたね?」
にやりと笑うリカルドに、ジョルジュはちょっと身を引いた。
「も、もちろん可能な限り対応はしますが、私にも出来る事と出来ない事がありますので」
焦りだしたジョルジュにリカルドは苦笑して手を振った。
「大丈夫です。難しい事じゃないので。ただ一緒にお酒でも飲みませんかとお誘いしたかっただけです」
「おさけ……って」
「一人で飲むのも味気ないですしね。知り合いには飲み相手が居ないんだろとか言われるし……」
何気にラドバウトとハインツに友達いないんだろと言われた事を根に持っているリカルドである。
どうですか?と尋ねるリカルドに、そんな事でいいんだろうか?と思いつつ、そういえば以前一度誘われて断った事を思い出すジョルジュ。
「私で良ければ……」
そんなに飲みたかったのか?と腑に落ちない顔で了承するジョルジュに、これで飲み仲間ゲットだぜと内心拳を握るリカルド。
そんなゲットの仕方でいいのかと突っ込む者は残念ながらこの場には居なかった。
ジョルジュとの話を切り上げたリカルドはクシュナとナクルの様子を確認し、ちょっとしたアドバイスと雑学的な補足をした後に勝手口から家の中に戻り、そこで唐突に思い出した。
(聖女の祈りって、アードラー前男爵が探してたやつだ)
ジョルジュが教えてくれた破邪結界の証左に使われる魔道具の名前の事だ。
それが以前喘息の孫娘の相談にきた老紳士、アードラー前男爵が探し求めていたものと同じだったのだ。
その時は調べた結果、イヤリングを見つけたんだっけ?と、そこまで思い出してなんとなく嫌な予感に見舞われるリカルド。
なんで王家の緊急避難に使われていたものが男爵の手にあったのか。しかもどうも形状を変えられた形跡がある状態で。果たしてそれは正常に動くのだろうか?という疑問が頭をもたげたのだ。
不具合があったとして、破邪結界の証左にならなかったらややこしい事になるなと考えたリカルド。念のために時を止めて聖女の祈りを確認した。
その結果わかったのは、聖女の祈りというのはグリンモアの聖女の数が少なかった昔、グリンモア出身の聖女がどうにか自国の安全を守りたいと願って作られた半魔道具という事だった。
(はー……なるほど。こういうタイプの魔道具もあるのか。っていうか、だからあの時イヤリングに宿ってるって結果だったんだな)
半魔道具というのは、魔道具の部分と機械的な機能を有しているタイプと、何らかの霊的存在を宿してその機能を補っている二種類があり、この聖女の祈りというのは後者だった。宿っていたのは人工精霊とも言うべき存在で、数少ない聖女たちの魔力と聖女たちを神聖視する信仰心と土地に宿る力が祈りによって融合し精霊化したものだ。
魔道具つながりで、王都の催しで見かけた魔道具のチェックに行けてない事を思い出して悲しい気持ちになりつつ、リカルドはこれあの酒飲みが関与してるんだろうなぁと思っていた。いくら聖女だと言っても、精霊を創るなんて事は人間には無理だからだ。
間違いなくそうだろうなと思ったが、論点は今使えるかどうかかと調べる先を絞るリカルド。結果、ペンダントとイヤリングが近くに存在していれば問題なく効果を発する事がわかり、ほっとして時を戻した。
――と、その時。庭にいたクシュナとナクルは同時にカクンと何かがズレるような違和感を覚えて勝手口の方を見た。言葉にするのは難しいが、そちらから
同じ反応をした事で二人は顔を見合わせた。
「お姉ちゃんも?」
「ナクル君も?」
互いに違和感を覚えた事を理解して、どちらからともなく勝手口に近づいた。中を覗くと誰もいない。そして何もおかしなところは無かった。
「どうされました?」
「あ、いえ。何でもないです」
後ろから声を掛けたジョルジュにそう言って、なんだったんだろう?と二人して首を傾げて終わったが、リカルドの方は聖女としての力をつけつつある二人には気づかず二階に上がっていた。というか、聖女や勇者に時を止めている事に気づかれる可能性がある事実をすっかり忘れている。呑気である。
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