第53話 回復の兆しと謝罪訪問

 ぴくりとも動かないまま倒れていたリカルド。このままいても復活しないのはなんとなく自覚出来たので、日本版リカルドに戻りよろよろと立ち上がって館のバックヤードになる部分から出て、一階への階段に足をかけた。

 と、そこで通信の魔道具が震えた。

 リカルドは自室に向かおうとしたが、僅か十数段の登り階段が果てしなく長く感じられ、結局その場で音が漏れないよう防音をして通話のボタンを押した。


「……はい」


 応答すると、一瞬魔道具は沈黙した。


『大丈夫か?』


 魔道具の向こうから聞こえた戸惑った声に、リカルドは階段に腰を下ろして頭を振って切り替えようと努めた。迷惑をかけた相手に心配されていては話にならない。


「ごめん、何でもない。そっちはどう? 行ってくれたと思うけど」

『あぁ、ルゼを連れ戻してくれた。それに仲間の怪我も治してくれて他にもいろいろ。あっという間に消えたから何も礼が出来てないんだが』

「いいよ礼なんて。とばっちりだからあいつの」


 吐き捨てるように言ってしまったのは罪悪感からだ。


『とばっちり?』


 怪訝そうなラドバウトの声に、リカルドは片手で顔を覆って深呼吸した。感情的になっている自覚があり、それではいかんと思えば精神耐性が鈍いながらも働き出した。


「前にあいつが天使族をヴァンパイアにぶつけようとした事、覚えてる?」

『……あれか、真祖が入り込んでた」

「そう、それ。それで……芋づる式にというかドミノ式にというか、巡り巡って引き起こされたんだよ」


 天使族というワードに情景が蘇り、動悸のする(妄想)胸を押さえながら話すリカルド。


『何がどう巡ってなのか全然話が見えないんだが』

「……まぁ…そうだよな……ごめん」


 ラドバウトにさらっと言われて意気消沈。見事な豆腐メンタル状態である。


『もしかして、あの占い師と喧嘩でもしたのか?』

「……え?」

『俺達のために怒ってややこしい事になったとかじゃないのか?』


 言われてリカルドは数秒沈黙した。

 なんでそんな話になったの?と思って会話の流れを振り返り、確かに自分の言葉はグリンモア版リカルドに対して怒っているように取れるのかと理解した。


「いや、喧嘩はしてないよ」


(喧嘩が出来る相手、他人なら良かったけど全部自分だからな……)


「俺の事はどうでもいいとして、とりあえずもう天使族が来る事はないと思うから安心して。

 ルゼにはどういう経緯でああなったのか知る権利があると思うから、後であいつに説明に行かせる。悪いけど、ラド達はルゼからその内容を聞いてくれないかな?」


 ルゼが自分が天使族と耳長族のハーフだという事をどこまでの仲間にどう話しているのか確認していないので、勝手な事をするよりかは彼の口から必要な事を伝える方がいいだろうとそうお願いするリカルド。聞く権利があるのは重症を負ったザックとレオンもだろうが、ルゼのプライベートに関わる事なので申し訳ないが後回しだ。


『……わかったが、俺も話がしたいと伝えてくれないか。個人的な事なんだが』

「………わかった。伝えておく」


 家は壊されるわ仲間をやられるわで、そりゃ文句の一つや二つ言いたくなるよなとリカルドはため息を殺して了承した。

 通話が切れたところでリカルドは壁に手をつきながら立ち上がり、キッチンにのそのそと移動した。見た目はまるきり徘徊するゾンビである。

 キッチンにたどり着いて、誰もいないそこでお茶を淹れようとしていたら、後ろから白い腕がすっと伸びて茶葉の缶を取った。


〝お淹れします〟

「シルキー……」

〝お二人は眠られていますので今は大丈夫です〟


 座ってお待ちくださいと微笑むシルキーに、意味もなく泣きそうになるリカルド。顔は無だが。


 コポコポと湯を沸かす音と、手早くフライパンで小麦粉の生地を焼く音、かちゃかちゃとお皿とカップが用意されている音。それらの生活音と、生地が焼ける甘さと香ばしさが混ざった香り、お茶の葉を蒸らしている時に漏れる果物を思わせる香りに、次第にリカルドの精神は落ち着きを取り戻していった。


 十分ほどで用意を終えたシルキーがリカルドの前にお茶とクレープのお菓子を出した時にはかなり復調していて、笑みを作る余裕も出ていた。


「ありがとう、いただきます」


 焼きたてのクレープは温かくてもちもちしていて小麦の甘味すら感じられた。トッピングのフレッシュチーズや杏のような酸味のあるジャムに林檎のあっさりとした甘味のジャムと次々変わる味わいに、じんわり染み入るリカルド。

 食事は身体を作ると言うが、リカルドの場合健全な精神を作っているのかもしれない。

 

 食べ終わる頃には完全に元に戻ったリカルド。やっておかないといけない事を思い出し、食器を洗って片付けてから再び地下へと戻ってクロを呼んだ。

 影から現れた蝙蝠はパタパタと舞うと、まるで笑うように小さな体躯を震わせてから、ふわりとテーブルの上に降りた。


〝あの程度のことで動揺されるとはなかなか主も可愛らしいところがおありで〟

「そういうのはいいから」


 煽りにはいはいと返すリカルド。

 現場にもいて、魂で繋がっているクロにはリカルドが何にどう影響を受けたのか筒抜けだった。本当なら魂の繋がりにも支配者であるリカルドから被支配者であるクロへの情報制限が出来るのだが、あの瞬間は全くそんな余裕が無くてダダ漏れだったのだ。

 なのでまるっとバレているクロに、今更取り繕う気もなく流すリカルド。


「それよりわかってるよな?」

〝えぇえぇ承知しておりますよ。例え始祖が抜かれても私が彼らを阻めば良いのでしょう?〟

「マジで頼むぞ」


 ガチトーンで頼むリカルドに、クロは蝙蝠のつぶらな瞳を器用に細めた。


〝………本気で頼まないでいただきたいものですがね。貴方の強さはそのようなものではないでしょうに〟

「無理なものは無理」


 二度と会いたくないと断固拒否の姿勢を見せるリカルド。その拒絶の意志を魂のラインからも流されたクロは呆れた。そこを使ってまで主張してこないでも、と。


〝まぁ……だからこそ貴方は奇妙で面白いのですがね……。承知いたしました。暫くは祭りを見物しております〟

「あ、こっちへのちょっかいはこれまで通り防いでくれ」


 影に帰る間際、慌てて言うリカルドに小さな蝙蝠は牙を見せるような笑いを返して消えた。


「とりあえずあっちはこれでいいとして」


 今現在、血肉湧き踊り大興奮状態の天使族が吸血鬼ヴァンパイア達を根絶やしにせんと大攻勢を掛けている最中だが、そっちの処置は終わりとばかりに頭から切り離すリカルド。


「ルゼのとこは……明日行こう」


 引き伸ばしても仕方がないしな。と、そのついでにラドバウトにも顔を合わせて苦情を聞いてと考えながら二階にあがりシルキーと交代する。


 そのまま廊下に置いた長椅子に寝転んでぼんやりと過ごし、明け方になってシルキーが白湯とスープを人肌に冷ましたものを持って上がってきたところで意識を戻した。


 リカルドはハインツの妹の部屋に入ると、いつものようにクッションを使って眠るハインツの妹を少し起こした姿勢に変えた。

 何をするのかと言えば、経管栄養ならぬ転移栄養である。

 彼女が目覚めるまでは霊薬エリクサーで維持をしていたのだが、目覚めてからは経口摂取が可能となり徐々に固形物を食べられるようになっていたので、胃腸の働きを低下させないようにというのと、食物を身体に取り込む働きを通して少しでも生きる活力に繋がるよう直接胃に食事を送り込んでいるのだ。

 ちなみにこの作業、転移魔法の使い手が全員できるかと言われるとそんな事はなく、他人の体に干渉する事はかなり難しい事とされている。転移魔法の使い手が人体に物を送り込めるならその辺のゴミを主要な臓器に送り込むだけで簡単に人を殺すことが出来るのだが、そうはならないという事だ。

 リカルドの場合はその気になれば血管に直接栄養を入れることも可能だったりするのだが、それだと胃腸を働かせる目的にそぐわないので選択していない。尚、血管に直接栄養を送る場合は専用の高カロリー輸液を作らねばならず、これがまた普通の輸液を作るのとは訳が違って面倒だったりする。他にも送り込む血管は血流の多い太いところを選ぶ必要があったり、血糖値の上昇度合いを確認したり、一日かけてゆっくりと一定の速度で送らねばならなかったりと、とにかく管理が大変なので、実際にリカルドがその手法をとる事は今後もほぼほぼ無いだろう。そんな事をするぐらいなら霊薬を使ったほうがよっぽど手っ取り早いからだ。


 最初に白湯を送ってから、胃腸の動きを見ながら素材を全て潰したとろりとしたスープを送っていき、時間をかけて全て送ったところでリカルドは一息ついた。

 胃に物を入れて胃腸が動き出すと生理的な現象が起こるのでそこからはシルキーと一旦交代してリカルドは朝市に出かける。


 人が吐く息が白くなるこの季節、リカルドは己の息が白くない事に気づいて口元にマフラーを巻きだした。水分と熱とで白い息を吐く事も可能なのだが、単純にそちらに思考を割くのが面倒で手っ取り早く隠す事にしたのだ。市の顔なじみからは随分早いうちからぐるぐる巻きにして冬本番耐えられるのかい?と笑われたが、それも全部微笑みで躱している。

 その市からの帰り道、早朝だがどこかから戻ってきたと思われる冒険者たちの姿を見かけて、そういえばハインツって樹くんの装備見る約束してたなと思い出すリカルド。


(どうしようなぁ……)


 樹は何も言わないが楽しみにしていたのは見ていればわかった。気分転換にハインツにお願いしてみるか?と考えて、やっぱきついかと考え直し、ううむと悩むリカルド。

 虚空検索アカシックレコードで調べても、仕事は仕事としてきちんとハインツはやるがそれが負荷になる場合も逆にストレス解消になる場合も両方あった。一長一短。どちらがいいとも言い切れず結論は出ないまま朝ごはんを食べて、自主練に繰り出すナクルとクシュナとそれを見守るジョルジュを庭に送り出し、樹もハインツに教えてもらった事が鈍らないようにと庭で自主練を開始。そしてリカルドは本日二度目の食事をハインツを起こして一緒に食べた。

 言葉数も少なくなったハインツは始終何か考えているようで、まぁ考える事と言ったら一つだろうが、リカルドとしては悪い事ばかりを考えて欲しくないなとそう思っていた。


 変化があったのはその後だった。

 朝ごはんを終えて少しして、眠りの魔法を解除をしたところまではいつも通りだった。

 その後目を覚ました彼女はほとんど繋がりのない言葉の羅列(嘘よ、夢だ、こんなの現実じゃない、生きてる筈がない、死なないと、その他意味のない喚き声等)を繰り返していたのだが、今日は違った。


「どうせあなたは私の事なんて忘れていたんでしょ……」


 シルキーと交代しようとしていたリカルドは動きを止めて部屋のドアを見た。

 今までで一番意味のある長文だった。しかもハッキリとした恨みの感情を込めた言葉だった。


「……そんな事はない」


 ハインツの声は動揺していた。


「うそ……うそ、うそうそ嘘! 知ってるんだから! ジュレの魔法剣士があなただって事! あっちこっちで女をとっかえひっかえ、私みたいな奴隷になった女をもてあそんでたって! 娼館に入り浸ってたって! 聞こえてきたんだから! それが何!? そんな顔して今更! 今更!! こんなっ今になっ……っ」

「リズ!」


 堰を切ったような叫びが途中で喘ぐような息に変わり、ひゅーひゅーと変な音が聞こえたところでリカルドはドアを開けてハインツの妹を眠らせた。


「……ハインツ」


 リカルドは動揺した様子で妹を抱えているハインツに声を掛けた。


「良かったな」

「……あ?」


 リカルドの言葉の意味がわからず、ハインツは険のある声を出した。だがリカルドは気づかず笑みを浮かべてハインツの肩を良かった良かったとぱしぱし叩いた。


「現実を拒絶してる状態から怒りをぶつけたんだぞ? しかもあんなハッキリ。ものすごい勢いで。進展がないから心配してたけど本当に良かった」


 はしゃぐリカルドに、ハインツはやっとリカルドが本気で喜んでいる事に気づいた。


「………いい事なのか?」

「もちろん!」


 思い切り頷くリカルドに、ちょっと面食らうハインツ。だがリカルドは嬉しくてお構いなしに話し始めた。


「人ってさ、耐えられない程の精神的ショックを受けた時にそれをどうにかして乗り越えるための防衛機能みたいな精神の動きがあるんだよ。大まかに言うと否認、怒り、取引、抑うつ、最後に受け入れる受容ってね。この通りに感情が移行しない場合もあるし順番が入れ替わる事もあるんだけど、それでも拒絶してた状態から怒りをあんなにはっきりハインツに向けたっていうのは、間違いなく一歩前進してるんだ。だから良かったって……あ、いやまぁハインツからしたらますますしんどくなるんだけど……ごめん。前進したと思って浮かれた」


 途中で気づいて頭を掻いて謝るリカルドに、話の勢いに呑まれていたハインツはポカンとしていたが、やがて笑った。


「いや、前進してるなら良かった。これから俺はこいつに怒られてればいいのか?」


 怒られるなんて可愛い感じにはならない事はわかっているだろうに、敢えてそんな言い方をするハインツ。そこに本来のハインツらしさが戻ってきているような気がして、強いなぁとリカルドは素直に尊敬した。己が肉親にこんな風に罵倒されたら笑える自信なんて微塵もない。


「うん。違うことがあれば違うって言っていいから。さっきのなんて娼館に顔を出してたのは妹さん探すためだったんだろ? 噂が一人歩きしてああなったんだってちゃんと言ったらいい」

「あー……いや、まぁ、大丈夫だ。別に俺が行ってたのは間違いない話だし、何もしてなかったかっていうとそういうわけでもなかったし」


 たははと情けなさそうに笑うハインツ。だが相手を妹と重ねてその気になれなくて金だけ払って出て行く事が多い事を調べたリカルドは知っている。見た目が派手で遊んでいそうな言動と相まって誤解されただけの話だ。

 とはいえ、そんな事を彼女に説明したところでまだまだ受け入れられる状態などではないから、ぶつかる事は必至だ。その辺の匙加減を無意識に測っているんだろうなと思うリカルド。

 妹を大事そうにベッドに寝かせるハインツに、それじゃ俺は下に降りてるから何かあればシルキーに言ってと言いリカルドは部屋を後にした。

 最後に見えたのは、妹を寝かせたベッドに額をくっつけて深く安堵の息を吐く姿だった。



 一階に降りて、さてとリカルドは覚悟を決めた。

 本日のメインイベントだと思っているルゼへの事情説明兼謝罪である。

 一瞬、黙ってたらわからないだろうけど……という考えも浮かびはしたが、あれだけの被害を出しておきながら沈黙を貫ける心臓をリカルドは持ち合わせていなかった。そもそも無いという事実は置いといて。


 庭にいるジョルジュ達に少し出掛けてくる旨を伝え、少し離れたところでウリドールに見物されながら型を確認している樹にも同じ事を伝えて家を出ると、人気のない路地裏で時を止めてルゼが起きている事を確認すると、グリンモア版リカルドとなって転移した。

 玄関を入ってすぐ、エントランスになっているところに出てから時を戻し、ごめんくださいと声を掛ければすぐにザックが飛んで来た。さすがザック、グリンモア版リカルドの声をしっかりと覚えていた。


「賢者殿」

「突然このような形で申し訳ありません。ルゼさんにお話があって参りました」


 ザックはいろいろと聞きたい事があったが、事前にラドバウトから話を聞いていたのでぐっと口を引き結び、一つ頷くとリカルドを二階へと招いた。


「あ」

「お邪魔しております」


 途中ラドバウトとすれ違ったが、まずは先にルゼと話をしなければならないのでリカルドは頭を下げてそのままザックが開けたドアの部屋へと入った。

 リカルドが入ると外からザックがドアを閉め、どうぞ話をと催促されている状況に一つ息を吐く。部屋の中ではルゼが寝巻き姿でベッドのクッションに埋もれ、不機嫌そうに寝転んでいた。


「あんたがラドの言ってた占い師?」

「はい。初めまして……ではなく、お久しぶりになります」


 リカルドは一度天使族の姿を取ってからすぐにグリンモア版リカルドの姿に戻した。天使族の姿を見た瞬間、猫が毛を逆立てるように飛び起きたルゼが敵対行動を取ろうとしたからだ。


「待ってください、私は天使族ではありません。訳あって擬態していただけです。事情をお話ししますからどうか聞いていただけませんか?」


 お願いしますと頭を下げるリカルドに、魔力を練っていたルゼは上げた腕をそのまま、天使族ではありえないその行動に少し警戒を緩めた。


「言いたいなら言えば。でもそこから近づくな」


 美少女顔を鋭くしたまま言い放つルゼに、リカルドはそれで結構ですと頷き事の次第をルゼに話した。

 もちろん発端となるクロの生体操作の話はさすがにしていない。話したのは、ラドバウトに話したヴァンパイアが始祖の支配から抜け出た同胞を探していたというところからだ。そこからヴァンパイアの意識を人間から天使族に逸らすためにその姿に擬態していた事、そこから現在ヴァンパイアと天使族が抗争状態にある事、天使族側が始祖の支配から抜け出たヴァンパイアが居る事を知って興味を抱いた事。自分達の身体を使っても支配から外れるヴァンパイアが出ない事から、思いつきで耳長族とのハーフであるルゼが狙われた事までを話した。


「天使族は今、私を族長と勘違いしていますから、ヴァンパイアの始祖を滅ぼすまでこちらに向かってくる事はありません。ヴァンパイア達も弱い種族ではありませんから、事実上ほぼこちらに意識が向く事はないと思います。皆様にはご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」


 最後に深く頭を下げて謝罪するリカルド。

 ルゼはずっと眉間に皺を寄せて話を聞いていたが、話を聞き終えたところで警戒感を強めていた。


「……なんで俺が耳長族とのハーフだって知ってるんだよ」

「鑑定を持っていますから。あなたの師であるザックさんに聞いたわけではありません」


 リカルドの言葉に顔を顰めるルゼ。ザックを疑っていたのを見破られたのが不快で、フンと鼻を鳴らした。それからじっと何かを考えるように目を細めて手元のクッションを見つめていた。


「………申し訳ないって言うなら」


 やがてぼそっとルゼは口にした。


「俺をあいつらよりも強くしてよ」

「……強く、ですか」

「あいつらに族長だと思わせたって事は、戦って勝ったんだろ? だったら相当あんた強い筈だ。俺を強くしてよ」


 恨みのようなものが浮かぶ暗い瞳に、リカルドは言葉に詰まった。

 それ自体は可能な範囲で受ける事は出来るが、どう考えてもその結果に不安があった。


「強くなって、どうされるのですか?」

「別に……あんたにそんな事関係ないだろ」

「……自衛のために強さを求めるなら協力しますが、そうでないならば申し訳ありませんが協力しかねます」


 今の時点で有名なクランに所属できる程の力を持っているルゼだ。力を得たところで無闇に乱用する事はしないとは思うが、天使族に対する反応を考えると、そちらの線だけは懸念がありリカルドは首を横に振った。

 せっかく意識が逸れているのに、わざわざ自分から戦いを仕掛けに行くなんて事があったら、ハインツやラドバウト、アイルに申し訳なかった。


「俺がその辺のガキみたいに力に溺れるとでも思ってるの?」


 思春期真っ盛りにあたる年齢のルゼに凄まれても、可能性あるよね……と、鈍い反応のリカルド。それに可能性があろうが無かろうが、もし協力する事になったらパーティー活動にも影響が出るだろうし……と考えて困った。


「だいたいあいつらが他に意識やってるって言っても、そのままずっとこっちに意識を向けないなんて断言出来ないでしょ」


 ルゼの指摘に押し黙るリカルド。

 現時点でその可能性は限りなく低いが、先々までそれが続くと確約は出来ない。

 もちろんリカルドだってクロを配置してそうならないように気をつけているが世の中に絶対という事はない。


「そしたらそれこそあんたの言う自衛のためって事になるんじゃないの?」


 確かに。と思ってしまうリカルド。

 年下の思春期の少年に言い負ける死霊魔導士リッチはさすがリカルドクオリティである。


「すみません、少し考えさせてください」


 逃げを打つリカルドに、ルゼはスタスタとリカルドに近づくと胸倉を掴んでぐいっと引っ張りリカルドに顔を近づけた。


「迷惑を掛けておいてそれはないんじゃない?」


 美少女顔が下から上目遣いに見上げる構図(本人はガン飛ばしてるつもり)に、絶対この子自分の顔の使い方知ってる(知らない)と慄くリカルド。弱ったように微笑みを浮かべ両手を上げて及び腰でじりじりと後ろに下がるが、その分詰め寄るルゼ。

 やだこの子積極的ねと冗談を思い浮かべるリカルドは案外余裕があるものの、えーっとどうしようとタジタジだ。


「安易に判断していい事ではないと思いましたので。申し訳ありませんが考えさせてください。数日中には返答いたしますので」

「断る気?」

「まだわかりかねます」

「別に誰に迷惑をかける事じゃないと思うけど?」

「だとしてもです」


 押しても迫っても撤回しないリカルドに段々とルゼの目が据わって来たが、リカルドは言葉を変えなかった。

 暖簾に腕押し状態に最終的にルゼは苛立たしそうに手を放して部屋を出て行ってしまい、残されたリカルドははぁと息を吐いた。


「ちょっといいか?」


 振り向けば開いたドアからラドバウトが顔を覗かせていた。

 ちなみに張り付いていたザックは、ラドバウトによってルゼを追うように言われ追い払われている。


「はい」


 大丈夫ですとラドバウトの誘いに乗って日本版リカルドの時に通された応接室のようなところへと移動すると、内側から鍵を掛けてラドバウトは椅子を勧めた。


「何か飲むか?」

「いえ、すぐに戻らねばなりませんから」


 そうかとラドバウトも向かいに座ると、何やら深刻そうな顔をしたのでリカルドはこれは怒られるなと身構えた。

 

「昨日の事、リカルドはあんたが関係しているって言ってたが」

「……はい。そうなります。詳しい事は」

「いやそれはルゼに聞けって言われてるからいいんだが、そうじゃなくてだな……」


 あれ?違うの?と内心首を傾げるリカルドに、ラドバウトはどう言ったものかと言葉を探している様子だった。


「……昨日リカルドの様子がおかしくてだな、あんたとやり合ったんじゃないかと心配になったんだが」


 え。となるリカルド。

 ラドバウトの話とは、まさかの自分の心配だった。


「……いえ、そのような事はありませんが」

「そうなのか……それならいいんだが。あいつの様子がおかしいなんて初めてでな。ちょっと意外というか、何があっても動じない奴だと思ってたから何があったんだろうかと……本人に聞いても言わないだろうと思ってな」

「……冒険者は詮索しないものなのでは?」


 リカルドの方も意外過ぎて思わず尋ねれば、ラドバウトはそうなんだけどなと頭を掻いた。


「あいつにはえらく世話になってるから、何か助けになれたらと思ったんだが……まぁ余計なお世話か。すまん、あんたには変な事を聞いたな。忘れてくれ」

「いえ……」


 手を振って話を終わらせるラドバウトに、リカルドは内心泣いていた。


(ラドいい奴過ぎるだろぉ……)


「兄弟子は……夜中にお化けでも見ておかしくなっていたのではないでしょうか」


 騙しているのが申し訳なくて、気にする必要はないのだと適当な事を言えばラドバウトは目を丸くした。


「オバケ?」

「苦手ですから。お化け」


 ラドバウトの優しさを騙している自分になんて使って欲しく無くて、お化けが苦手という事で誤魔化せるならもうそれでいいと頷くリカルド。

 言われた方のラドバウトは、そういえば幽霊屋敷の時もえらく怒ってたし、その手の依頼の話を出した時も異様に強く拒否してたなと思い出していた。


「あいつ、あれ系が苦手なのか」

「ええ。とても。おそらく囲まれたら発狂するレベルで苦手です」


 真面目な顔で断言するリカルドに、ラドバウトは吹いた。


「そこまでか」

「……まぁ、あまりその事を指摘されると不機嫌になると思うので表立っては言わないようにしていただけると助かりますが」


 と自分で自分を保護しようとするリカルド。微妙にせこかった。

 ラドバウトはその言葉にも笑って頷くと立ち上がった。


「わかった。よくわからんが、そういう事って事で。引き留めて悪かったな」

「いえ」


 どこまでをどう受け取られたのかわからないが、心配が薄れたようでリカルドもほっとした。

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