第50話 キャパオーバーしそうでも投げ出すわけにはいかない事がある

 調べたところ、天使族の族長が決まったのは昨日の事だった。

 決まったら決まったでとひと段落する事もなく、ちょっかいをかけてきていたヴァンパイアに攻勢を仕掛けようとするのだからさすが戦闘狂。新しく族長となった天使族が一声、よしと号令を掛ければ、それこそ餌を前に待てをされていた犬のごとく飛び立ち、群れとなって手あたり次第ヴァンパイアに襲い掛かる。

 一方ヴァンパイア側は数が多くないため布陣を敷く戦闘を行う事は無く、かといって仲間同士で協力してという気風でもないので、各自が勝手にやるのが基本となる。例外は始祖が指示を出す時ぐらいだ。


(単純な数の差は約10倍。だけど天使族こっちは脳筋だからな……)


 数的有利はあれど天使族がヴァンパイアを殲滅する事はまず出来ないだろうという結果だった。ヴァンパイアは魔族の中でも潜伏の技能に長けているので正面からぶつかる天使族とは相性が悪い。かといって逆にヴァンパイアが天使族を殲滅する事もまた難しい。普通に天使族が強いというのと、彼らが台所に潜むG以上の生命力を持っているからだ。脚や腕の一本吹き飛ばされてもすぐに自分で回復して突っ込んでくる。


(いい具合にやりあう感じになりそうだけど……まじで怖いな天使族こいつら


 ぶつかり合うように仕組んだのはリカルドであるが、天使族の事を調べれば調べる程その狂いっぷりに怖いものを感じた。ヴァンパイア達と戦わせるというハッキリ言って非道な行為をリカルドは取っているのだが全くと言っていい程良心が咎めないというか、ドン引きしていた。ついでに言うとこれで戦闘欲をほどよく満足させるので他種族への好奇心が削がれて、ルゼのような別の被害の抑制にもなっている事に複雑な気持にもなる。今回の場合、一番の被害者は間違いなくヴァンパイア達である。まぁ人間を捕食対象としている彼らに対してリカルドは忖度する気は一切無いのだが。


(問題はどこで戦闘が始まるのかって事だけど……)


 今回は天使族が仕掛けるのに合わせてヴァンパイアも反撃するので、そこが主戦場となる。確認する限り可能性が高いのは三箇所。そのうちの一つが人間領の上だった。

 場所は何かと騒動に巻き込まれているヒルデリア王国。人間側の一番戦力が集まっているところでもあるのだが、上でどんぱち(雨が降るごとく聖魔法の上位攻撃魔法、天怒ヌグルスが降って来る。普通に一般人はひとたまりもない)されたらさすがにヒルデリア王国もたまったものではないだろう。


(もしそうなったらクロに頑張ってもらう……だけじゃ無理だよなぁ。ある程度こまめに確認しないとか)


 最悪を想定して対策を練るリカルド。

 人間領への被害を出さないように結界なり障壁なり張っておく事は可能だが、そうするとリカルドの存在が露見する可能性が高いので直接的な事はやりたくない。なので、地道に露見しないようこちら側への危険を排除する方針だ。

 

(暫くは監視作業を続けないとだなぁ……)


 そう思うも、自分の巻いた種なのだから仕方がない。

 ため息を一つこぼして元の路地に戻り、時を戻すとぼんやりしながら家路へとついた。


「あ」


 家の前まで来ると見知った顔とばったり出くわして、咄嗟に微笑みを顔に貼り付けるリカルド。


「ジョルジュさん、おはようございます」


 昨日の服のまま、こちらもあまり寝ていない様子のジョルジュは疲れた顔で話がありますとリカルドを裏通りの民家の中へと連れ込んだ。

 そして連れ込まれるなりリカルドは剣を腰に履いた町民風の男達に取り囲まれて、なになに何事??と物騒な気配に両手を上げた。


「単刀直入に聞きます。何故、七首鎌竜ニーヂェズの出どころを知っていたのか答えてください」


 狭い部屋の中、リカルドを中心として三人の男が臨戦態勢をとり、その中心人物となっているらしいジョルジュがリカルドを見据えて問いかけた。

 リカルドは取り囲んでいる男たちが剣の柄に手をかけているのを横目に、ジョルジュのその言葉で警戒されている理由を理解した。関係者以外あの封印廟の事は知らないはずなので、それを知っていた——しかもあのドタバタの中で七首鎌竜ニーヂェズの出どころを言い当てたリカルドが怪しかったのだろうなと。


「何故もなにも、正常に結界が貼られている中でくぐり抜けてくるなんてそれ以外にはなかなか考えづらいですから。神の庭の存在を知っていればおのずと答えに辿り着きますよ」


 落ち着き払って答えるリカルドを、じっと見つめるジョルジュ。

 リカルドは、たぶん七首鎌竜ニーヂェズを持ち出した者たちと繋がっていないか疑われているんだろうなぁと思いながら、どこか気まずそうな目をしているジョルジュを見返した。


「………あなたの身元は一度調べましたが、全く分かりませんでした」


 それはそうだ。リカルドはつい最近この世界に放り込まれたばかり。痕跡を見つけられないのは仕方がない。


「ですが、グリンモアの高位貴族と繋がっている事は確認が取れています。簡潔に答えてください。裏にいるのは誰です」

「裏にと言われても答えようがありませんよ……私は誰かに仕えているわけでも、誰かの指示を受けているわけでもありませんから」

「そうやってとぼけていると、場合によっては実力行使をする事になりますが?」


 周りの男達に視線をやるジョルジュに、ええ?となるリカルド。


「いきなり実力行使って……」


 あの神官長みたいだなぁと頭を掻いて困ったと腕を組むリカルド。

 リカルドが手を動かした瞬間、周りの男たちの手が柄を握ったが、リカルドは気にせずそのまま悩んだ。まさか馬鹿正直に自分実は死霊魔導士なんですと言うわけにもいかないし、虚空検索アカシックレコードという、とんでもギフト持ちなんですとも言えない。


「あ、ところでこれって教会の総意ですか? それともジョルジュさん達の独断ですか?」

「……話す必要はないでしょう」


 そう言うって事は独断かなぁと思うリカルド。

 だが残念。神官長の指示である。神柱ラプタスが復活した今、事態を公表するにあたって漏れがあってはならぬと疑わしきは全て調べつくせという神官長の号令のもと、今回の事件に関わった可能性のある人間を徹底的に調べているのだ。ダグラスが目を覚ましていたら、リカルドはグリンモア版リカルド占い師との繋がりでその対象から外されていたかもしれないのだが、残念ながらまだ目覚めておらずこのような事態となった。

 そして実はジョルジュはどちらかというとリカルドが事件に関わっているという事には否定的な意見なのだが、誰も知らない筈の事を知っているのは怪しいと周りが動き始めていたので、自分が主導で動く事で強硬手段に出る者が出ないように立ち回っていたのだ。答える必要が無いと言ったのは、教会に疑われていると思うより自分個人に疑われていると思う方が気が楽だろうと思っての演技だったりする。


 リカルドは時を止めると虚空検索アカシックレコードで確認を取って、ジョルジュの独断ではなく神官長の指示だった事を知ると、勘違いしていた己がちょっと恥ずかしく、ジョルジュの思いやりにはほっこりした。

 それからそれにしてもあの神官長、昨日の今日でバイタリティあるなぁと感心もした。

 なんにしてもここで解決できる事ではない事はわかったので、リカルドは時を戻した。


「わかりました。私が神の庭を知っていた理由をお話しします。ただ、それはエヒャルト神官長に直接話します」

「それは……神官長は忙しいのでそのような事は無理です。理由があるのなら今ここで話していただきたい」

「残念ながら神官長でなければ意味が伝わらないのです。会えないのであればこれで失礼させていただきます」


 軽く頭を下げて踵を返すリカルドの前に男達が立ち塞がるが、ひょいひょいとそれを避けていくリカルド。一応彼らは教会騎士の中でも腕の立つ者達だ。いとも簡単に包囲を抜けられたジョルジュは焦って声を上げた。


「リカルド殿!」

「はい?」


 呼びかけられて普通に足を止め、振り返るリカルド。

 そのあまりに自然体な様子にジョルジュは肩透かしをくらったように一瞬言葉に詰まり、周りの男達も全くやりあう気のない様子に毒気を抜かれたように包囲の動きを止めていた。


「……なんなのです、あなたは……」

「いや、なんなのですって言われても……ただの冒険者ですよ」

「そんな筈がないでしょう、冒険者が見習いとはいえ聖女に指導している時点でおかしいんですよ」

「そう言われても、依頼を出したのはそちらですし……」

「わかってますよそんな事は」


 私が頼んだわけでは……と言うリカルドに、頭が痛そうにこめかみを押さえてため息をつくジョルジュ。


「でも私を言い表す言葉はそれぐらいしかないですよ? 冒険者である事を取ったらただの無職の男です」

「無職……」

「でしょう? 他に何をしているわけでも無いですから」


 飄々としているリカルドは、別に馬鹿にしている風でもなく、ただ事実を述べているだけの様子にジョルジュには見えた。


「あぁもう、わかりました。神官長に繋ぎをとりますよ」

「おい、ジョルジュ」

「わかっています。でも我々の誰がこの人を捕らえられるんですか。手っ取り早く武力をちらつかせるというあなた方の案を取りましたけど意味がないのはわかったでしょ」


 先ほど簡単に包囲を抜けられた事を言ってため息をつくジョルジュに、周りの男達は無言になった。


「神官長に繋ぎは取りますが、すぐに会えるとは限りません。今はごたついていますから」

「私は問題ないですよ」


 じゃあもういいですかね?とリカルドが出て行くのを、周りの教会騎士達は止めるべきか迷って焦ったようにジョルジュに近寄った。


「ジョルジュ、だが聖女見習いはこのままにしておけないだろ」

「そうだぞ、保護すべきだ」

「いえ。今教会にいるよりもあちらの方が安全です。私が保障します」


 問題ないと仲間に断言するジョルジュの言葉を背に聞きながらリカルドは民家を出て、信用してくれてるんだなとくすぐったい気持ちになって内心テレテレしていた。相変わらず単純なリッチである。


 家に戻るとウリドールが朝ごはんまだですけどと恨めしそうな顔を窓から覗かせてきたので、リカルドはごめんごめんと謝りながら水やりに出て大樹となった世界樹を見上げた。

 

(………なんか、その内キャパオーバーしそうだなぁ)


 灰色に近い冬空の中、雄々しくきんきらの葉を茂らせる姿をぼんやりと見上げながら、そんな事を考える。

 教会の事はリカルドの中ですっかり手を離れたものと思っていたのだが、そうそう上手くいかないもんだなぁと己が今抱えている事を指折り数える。

 自動的にタスク管理してくれる何かが欲しいと思うものの、そんな便利なものは無い。あるとすれば秘書を雇うぐらいだが、リカルドのタスクを管理出来る人間など居よう筈もなかった。結論は地道に自分でメモって忘れないようにするしかないという事だ。


(あー、そろそろ冬の素材集めの事も確認しとかないとなぁ……)


 今度手帳作ってちゃんと管理しよ、と思いながら家の中に戻るリカルド。

 そこにパッと現れたシルキーが焦ったように駆け寄った。


〝リカルド様!〟

「シルキー? どうした」

〝お客様が〟


 シルキーが今お客様と呼ぶ相手は一人しかない。

 リカルドは即座に二階に転移した。そこだけ他の空間と生活空間を切り離すため防音を掛けていたのだが、二階の空間に入った瞬間金切声と壁を殴るような音が耳に入り、すぐにドアを開けて中で壁に頭を打ち付けている女性を拘束して眠りにつかせた。


〝申し訳ありません……〟


 リカルドの後ろに現れたシルキーが頭を下げるのを、いやとリカルドは首を振って止めた。


「現実だと気づいたのか?」

〝誰がこんなところに連れて来てくれたんだろうとおっしゃられて……〟

「ハインツだって答えたのか」

〝はい……すぐには理解出来ない様子でしたが、次第に気づかれたようで……〟


(たぶん、ハインツがどうのこうのよりも、現実が続いている事に動揺したんだな……)


「いずれはぶつかる問題だったから気にしないで」


 壁にぶつけて血まみれとなった女性の額を治し、綺麗にしてベッドに再び寝かせた。地味に至近距離で見て嗅いでしまい、気持ち悪くなっていた(精神的に)がそこは堪えた。


「シルキーは大丈夫?」

〝私はこの通り本体は霊体ですので〟

「そうじゃなくて、驚いただろ?」


 いくら霊体だと言っても、人に近いシルキーも怖かったんじゃないかと言うリカルドに、シルキーは少し目を瞬かせてからゆるく微笑んだ。


〝大丈夫です。私が恐れるのは主の居ないがらんどうの家ですから〟

「……そっか。……ならたぶんそれはこれから先ないから。ありがと」


 シルキーは首を振ってベッドで眠る女性に近づき、乱れた髪をそっと整えた。


〝これからいかがいたしましょうか。錯乱状態が続くと思われますが〟

「そうだね……」


 事が重なるときは重なるな……と、目を閉じるリカルド。

 虚空検索アカシックレコードで調べてみてもやはりこれといった解決策は無い。ただ、どう流れを持っていくかという事を――リカルドが望む結果に続く可能性の高い方向にはどうやったら持っていけるのかという事を、改めて確認するぐらいだ。


 大変だけどどうにかしないとなとリカルド短く息を吐いた。これも手を出すと決めた時に覚悟した事だ。


「ハインツに来てもらおう。場合によっては俺も余裕が無くなるからクシュナさんとナクルくんを教会に戻さないといけないかもしれないけど……とにかくやってみないと」


 通信魔道具を取り出し、ラドバウトを呼び出すリカルド。

 数度の振動の後、すぐに点灯して通話可能となった。


「ラド?」

『どうした? 何かあったか?』

「ちょっと頼みがあるんだけど」

『……頼み、なぁ』


 軽く七首鎌竜ニーヂェズを倒してと言ってきた前科があるリカルドに、含みを持たせた言い方をするラドバウト。

 声にまたそんな事じゃないだろうなという揶揄いが混じっていたが、リカルドは真面目な声で返した。


「ハインツを俺の家に寄越してほしいんだ。それで暫く他の仕事を入れないようにして欲しい」

『は? いきなりなんだ。無理だぞ。少なくとも数日はギルドに——』

「わかってる。だけどそこを押して頼む。何か出たら俺が責任を持ってどうにかするから」

『責任って……お前』


 魔道具の向こうで移動する音が聞こえてザワザワしている人の気配が遠ざかった。


『何があった』


 ラドバウトの声から揶揄いが消えていた。


「詳しくはまだ言えない。っていうのはさすがに無理だよな……」

『無理だ。仕事を途中で降りるなら相応の理由が必要になる』


 だよな……と呟くリカルド。そこは別に日本での仕事であろうと何だろうと同じだ。


「………ハインツの身の上話って聞いた事があるか?」


 どう話すのが一番いいのか、ハインツにとって負担が無いのか。そんな虚空検索アカシックレコードでも調べても人の受け取り方次第な答えしか出ない事を模索し、リカルドは言葉を選んだ。


『いや、あいつ自分の事はあんまり話さないからな』

「……あのな。今俺、あいつの妹さんを預かってるんだ」

『妹? 妹がいたのか?』

「昔生き別れた妹だ。山賊に村を襲われてそこで攫われた」

『…………』

「少し前見つけたんだけど、状態が良く無くて俺が預かってる」

『……危ないのか』

「身体的には俺がついてる限り大丈夫。だけど、精神的に壊れかけてる。さっきずっと夢現だった状態から現実に気づいて自傷行為を始めて……たぶん、止まらない。俺じゃ止められない。生きるか死ぬかって言われたら、必ず生かすって言うけど……出来ればなるべく早くハインツを寄越して欲しいんだ」

『………………』


 無言の魔道具を見つめ、リカルドはラドバウトの返答を待った。


『……わかった。夕刻にはそっちに向かわせる』

「助かる。ありがと」

『そんな話聞いて頷く以外に何が出来るんだよ。ったく』

「ごめん」

『お前が謝るのかよ。言わないあいつが悪いんだろうが』


 呆れた声にリカルドは少し笑った。


「いやでも、冒険者は互いの事情を詮索しないんだろ?」

『詮索しない事と仲間に打ち明けない事は別だ』


 あの馬鹿がと舌打ちを残して魔道具の通信は切れた。


〝来ていただけそうですね〟

「うん」


 かなりしんどい事になるだろうけど。という言葉は飲み込んで、まあそれでも諦めないけどねと眠る女性に目を向けるリカルド。

 日本にいた時であれば繊細な事柄だけに胃痛どころかストレスで吐き気に襲われていただろう。だがそこは死霊魔導士。精神耐性の高さは伊達では無い。血と霊的存在には偶にバグるが、基本的にはタフなのだ。

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