第49話 動き出す戦闘狂の気配
「おはようございます」
リカルド達の邪魔にならないようにと自室で文字の練習をしていた樹がキッチンの音を聞いて、話は終わったのかな?と戻ってきた。
「樹くんおはよー、買い出しありがとね」
樹を見て、そろそろクシュナさんとナクルくんも起こそうかなと考えるリカルド。
友達いない説は全く払拭出来ていないが、何を言っても生暖かい視線しか返ってこなさそうで諦めた。人間(
「いえ、大した事じゃないですけど」
「いやいや忘れてたから助かったよ。後少しだからクシュナさんとナクルくんを起こしてきてくれる?」
「わかりました」
リカルドと樹のやりとりを見ていたラドバウトは、ん?と首を傾げた。
「他に誰かいるのか?」
「うん。預かってるお子さん」
「預かる? また何か首をつっこんでるのか?」
「またって……俺そんなにほいほい首を突っ込んだりしないから。あの子達はただ話の流れで預かる事になったんだよ」
「話の流れねぇ……」
前にもそんな事を言っていたような気がするけどなと思うラドバウト。
何かしらの事情がある子供なのだろうと考えているラドバウトの横で、ハインツはそれ以上詳しく聞くなとラドバウトに念を送っていた。つつけばそれが聖女だとわかってしまう。今のところ正式に聖女ですと紹介されたわけではないので、知らんぷりがまだ可能な段階なのだ。世界中の国で幅を利かせる教会と何か揉めでもしたら面倒極まりないと内心首を振っていた。
「なんだ?」
「……いや」
残念ながらハインツはテレパシストではないので伝わらないのだが。
そうこうしている内にクシュナとナクルを伴って樹が戻ってくると、ラドバウトは入ってきたクシュナに子供って女の子じゃないかと些か驚いていた。シルキーがいるとはいえ、リカルドは独り身の男だ。普通は少女を預けるような相手ではない。だとすると親族なのかもしれないなと考えを巡らした。欠片も似ていないが、従兄の子だとかそこら辺ならそれこそ顔が似る事もないだろうなと。
「あれ?」
クシュナはハインツとラドバウトを見て、何でここに?という顔をした。
ナクルの方はまだ寝ぼけていたが二人に気づくと、特にラドバウトに驚いてリカルドの後ろに隠れた。
「よ。邪魔してる。朝から悪いな」
ハインツはこの子が昨日破邪結界を……という内心の動揺は押し殺していつも通りの仕草で片手を上げた。
「あ、いえ。大丈夫です、けど」
自分の家ではないので何と言うべきかわからず、ごにょごにょと誤魔化したクシュナは、ナクルにラドバウトは顔はあれだけど怖い人じゃないよと笑っているリカルドにそそっと近づいた。ちなみにナクルは怖がっているわけではなく、昨日ギルドで見たSランクの冒険者だと言われていたラドバウトが居た事にただびっくりして、何となく隠れただけだ。有名人を間近にすると緊張したり恥ずかしくなったりするあれだ。
「もしかして、今日ギルドに行かれるんですか?」
呼ばれたのかな?と思って尋ねるクシュナに、リカルドは首を振って否定した。
「ギルドに行く予定はないですよ。午前中に少し出掛けてきますけど、それもすぐに終わると思うので」
そうなんですか。とクシュナは聞いて、ちらりとラドバウトとリカルドを見て、じゃあ何故ここにいるのだろう?と疑問に思う。だけど尋ねるのも失礼な気がして、リカルドがクシュナとナクルをラドバウトに紹介するのに合わせて軽く頭を下げると、いつものようにシルキーの手伝いに回った。
仲良く準備を進める様子にラドバウトは、やっぱり不思議な奴だなとリカルドの事を眺めていた。
底の知れない実力を持っているくせに、酷く家庭的な部分というか、普通の男という印象が強いのだ。冒険者ならば大なり小なりある虚栄心のようなものが見られず、魔導士であれば往々にして見受けられる変人の気も大して見られない。その辺の街を普通に歩いている一般人。それが一番リカルドが纏っている空気に近いと感じていた。
ラドバウトの知り合いの中ではかなり珍しい部類の人間なのだが、でも意外とそののんびりした呑気な空気感が心地良くて、揶揄うと素直に反応するのも楽しくて、見ているだけで自然と口元に笑みが浮かんでいた。
「はい、じゃあご飯食べよう」
用意が出来たところでリカルドがパンと手を叩いた。
テーブルの上にはカブと人参と玉ねぎの挽肉団子入りスープの鍋と、さくさくのワッフルが甘いのと甘くないので二種類、炒めたベーコンとマッシュルームに茹でた根菜とゆで卵をヨーグルト風のドレッシングでざっくりと混ぜたサラダ、果物の盛り合わせが彩り豊かに並べられている。人が多いので個別にセッティングせず、好きな物をすきなだけというスタイルだ。
「朝からすごいな」
ラドバウトの感想に笑うリカルド。
「うちはご飯はしっかりとが基本だから」
グリンモアでは朝食は軽く摂るのが普通なのでラドバウトが驚くのも無理はないが、リカルドの楽しみはほぼ食事と言っても過言ではないので、自然と朝昼晩ともしっかりとしたご飯になる。クシュナとナクルもここに来た当初驚いていたが、今はすっかり慣れたもので並んで座り取り皿に取って食べ始めている。
「昼飯もボリュームあってうまいぞ」
すっかり常連となっているハインツの発言に、お前ここで飯食ってたのかとラドバウトは呆れた。ついでに言えばルゼとアイルも常連だ。知れば、あいつら……と保護者枠のラドバウトは頭が痛くなっただろう。
「お前なぁ……もうちょい遠慮しろ」
「だってうまいよ? ほんとシルキーがいて羨ましい」
「駄目だからな。俺の生命線だから絶対ダメ」
ハインツの発言に即座に反応するリカルド。真顔でガチである。もしシルキーを欲する輩が現れたら己の力の全でもって対峙する気満々だ。おそらくシルキーを奪おうと思えば王級の魔族を用意する必要があるだろうが、そこまでして欲しがる輩はまぁ居ないだろう。
「だから家憑きを取れるわけがないだろって」
軽く流すハインツに冗談でも言ってくれるなと目を細め威嚇するリカルド。それを見てラドバウトはお前もどんだけ胃袋掴まれてるんだよと笑った。
「そういえばハインツさん、あれからどうなったんですか?」
「ん?
「はい。何でそんな危険な魔物が現れたのかとか、他に危険はないのかとか。市場の人達もそれを不安がっていて」
樹の質問に、ハインツは甘い方のワッフルにさらに蜂蜜を垂らしながらラドバウトに視線を向けた。どこまで話す?というその視線に、ラドバウトはナクルとクシュナを見て代わりに口を開いた。
「原因はまだわかっていない。周辺の探索は既に開始しているが、今のところ他に危険な魔物がいるという報告は上がっていないし、その兆候も見られないと聞いてる。他の地のギルドにも連絡を取って確認しているが、そちらでも異変が見られない事からおそらく二度目は来ないだろうと予測を立てているところだ」
ラドバウトの言葉にほっとするクシュナとナクル。樹も良かったと胸をなでおろした。
本当は教会へ聖結界をどうやってすり抜けたのか、または聖結界が機能していなかったのか問い合わせをしているのだが、それに対する音沙汰が全く無い状態でもあった。だがそんな事を女子供に聞かせるものでもないとラドバウトは伏せたのだ。
「あ、イツキ、この騒ぎだから実戦の件はちょっと先送りになるわ」
そうだとハインツが思い出して言えば、もちろんですと樹は頷いた。
「それは全然構いません。そちらを優先してもらって大丈夫です」
「悪いね。ちょっと見通しが立たないんだけど……まぁ一週間かそこらで目途は立つだろうと思うからさ。それまではあんまりギルドから離れられないけど、先に装備の方を見に行こうや」
「はい!」
ちょっとテンションが上がって頷く樹に、肉団子の肉汁を口の中で味わっていたリカルドは内心苦笑した。男の子なら大抵その手のものに興味があって然りだなと。
ちなみにリカルドは樹の装備用に必要なものは集めると言ったのだが、全てハインツに却下されている。初心者が玄人物を使えば慢心する原因になるから、経験に合ったものを使うべきだと言われたのだ。一応納得できる理由なのでリカルドは引き下がったが、腕輪の事を話していない時点で魂胆はお察しだ。過保護親馬鹿丸出しである。
食事が進めば緊張気味だったナクルも慣れて、ラドバウトにどうして冒険者になったのかとか、どうやってSランクになったのかとか聞いていた。ラドバウトの方も年下慣れしているからかその質問に嫌な顔をする事もなく、兄弟が多すぎて食べるものが少なかったからさっさと稼ぐためになったとか、
たっぷりの朝ごはんを食べ終えるとラドバウトとハインツの二人はギルドへと戻り、リカルドも朝ごはんの片づけを手伝ったところでナクルとクシュナに午後から結界の最大規模と強度を確認するから午前中は休んでてと言って出掛けた。
言われた方の二人は初めて実戦的な訓練をするのだとそわそわしたのは言うまでもない。実際は二人のフラストレーション解消が目的なのだが言わぬが花だ。
置き手紙にあった通り本屋に出向いたリカルドが、お邪魔しますと店に入ると奥で本の装丁を修繕していた老人、ヘモッグは驚いた顔をした。
「忙しいんじゃないのか?」
「はい? いえ、特にそんな事はないですけど」
なぜ?と首を傾げ近づくリカルドに、ヘモッグは戸惑いながら立ち上がるとカウンターに寄った。
「お前さんも冒険者だろ? 昨日の騒ぎを知らんのか? 冒険者は昨日から周辺の探索に駆り出されとると聞いたぞ」
ヘモッグの言葉を聞いて、そういえばラドがそんなような事を言っていたなと思い出すリカルド。だが、自分には何も割り振られてないからなと完全に他人事だ。
「私はランクが低いのでお呼びはかからないんですよ」
にっこり微笑むリカルドに、ヘモッグは胡乱気な目を向けた。
「お前さんがランクが低い?」
「登録したてなんです」
「……は。酷い詐欺があったもんだな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
微笑みで躱すリカルドにヘモッグは呆れて笑い、大丈夫なら早速仕事をやってしまおうかと奥から箱を運んできた。
「今回もまた随分と年代物みたいですね」
丁寧な作りの木箱から取り出されたのは、ベロア生地らしきものに包まれた、装丁がボロボロの分厚い本だった。
「八百年前の歴史書だな。グローザルの著書で写本じゃなく原本だ」
グローザルが何者かはわからなかったが、とりあえずすごく貴重そうという小学生のような感想を抱くリカルド。
「今は年に一度の大市みたいなものだからな。昨日の件で国もどのギルドもごたついてるようだが、客の方は機会を逃したら手に入らないと言って関係なしに掘り出し物がないか漁ってるのさ。実際こうやって珍しい本が見つかるんだからしょうがない気もするよ」
口の端を上げるヘモッグは、しょうがないと言いながらも嬉しそうだった。
自分も貴重な本に出会えて嬉しいのかもなと思いつつ、リカルドはヘモッグの指示に従って魔法を施していく。
「あ、それは比較的新しいものですね」
「あぁこれは……比較的、というか最近のものなんだが」
最後に取り出した本の一つに、ヘモッグは微妙な表情を浮かべた。
本の題名は『秘められし薔薇の想い』とある。なんとなく恋愛小説のようなものだろうかと思うリカルド。
「どうしても新しいまま保存しておきたいと熱望されてな……経典だからと」
「経典?」
宗教系の本だったのかと恋愛カテゴリーから見方を変えるリカルドにヘモッグは首を振った。
「あまり理解出来ん類だがな……一部でそう言われている」
「……大丈夫ですかそれ。もしかして邪教的な代物じゃ」
真祖が入り込んできた一件を思い出し心配するリカルドに、ヘモッグはもう一度首を横に振った。
「そういうものじゃない……とは思うが」
歯切れ悪く、とりあえずやってくれと言われ、仕事なのでリカルドも言われる通りにやった。報酬を用意するからとすぐに本を仕舞って奥に引っ込んだヘモッグに、リカルドは気になって
『秘められし薔薇の想い』
それはまごう事無きボーイズラブの書籍であった。
しかも主人公とその相手役がどう見ても王太子と自分(グリンモア版)であったのだ。
リカルドは調べるまでもなくその著書の作者が誰であるか悟った。お局さんよ、あんた何やってんだと。
昨夜は王太子が惚気まくっていたので仲は良好で精神的にも安定しているのだろうと同じ故郷の人間(心は)としてほっとしていたというのに、この仕打ち。あんまりだと言いたくなるリカルド。
おそるおそる、どこまでこの本が広がっているのだろうか、王太子は把握しているのだろうかと確認してみれば、高位貴族の令嬢を中心にじわじわと広がっており、腐女子の間でバイブルと崇められていた。そして、王太子は黙認していた。
「何で!?」
止めた時の中で思わず叫ぶリカルドだった。
「何考えてんのあの王太子……題材にされてもいいって事??」
リカルド的にはあんまり、というかかなり嬉しくない事態なのだが、王太子の方は侯爵令嬢が楽しそうにしていればオールオッケーだったようで、新しいジャンルの本に興味すら示していた。
「……王太子の愛、深過ぎだろ」
うっかり絡みシーンまで確認してしまったリカルドは、俺には無理だ……と呟いてカウンターに突っ伏した。ちなみに攻めはリカルドだった。つまりあの腹黒王太子が受け。リカルドは侯爵令嬢の逞しい妄想に恐れを抱いた。
「……どうしよ」
出回った書籍を全て回収したところで意味はないし、あらたなバイブルは生まれるだろう。そして静かにそっと広まっていく。
腐の海は深くて広いと日本のジャンルの多様さを知っているリカルドは
本来であればリカルドだって別にそのジャンルに対して思うところは無い。好きな者が楽しむ分には全く問題ないと思っている。
だが今回に限っては大いに被害を被っていた。別にリカルドがそのキャラだと明らかになる事は無いだろうが、知ってしまったという事が問題だった。これから王太子に会う度にそれが頭をちらつく自信が多いにあるのだ。
「…………記憶を消したい」
顔を覆って呻くリカルド。
残念ながらリカルドは自分の記憶を消す事は出来ない。そしてリカルドの記憶を消せるような力を持つ者もいない。詰んでいた。
時を戻したリカルドの元に戻ってきたヘモッグは、何やら無の表情で佇んでいるリカルドに、先ほどの本の事を気にしているのだろうと思った。邪教の心配をしているのだろうと思ったヘモッグは心配するなとリカルドにそういう類のものじゃないと説明したが、リカルドは無の顔のままただ頷くばかりであった。
報酬を貰い力なく本屋を後にしたリカルドはとぼとぼと歩いていて、ふと自分の影に違和感を覚えて路地裏に入った。途端、影からにゅるりと蝙蝠が一匹溶け出た。
「クロか」
〝お久しぶりです〟
「それは分体か?」
〝本体ですと結界に感知されてしまいますので〟
「あ。そういやそうか」
小さな蝙蝠は笑うように小さく震えると、軒の裏に止まって小さな目でリカルドを見下ろした。
〝何やらお疲れのご様子ですね〟
「……何でもない」
『
その辺の機微に魂で繋がっているクロは察知して左様ですかと流した。揶揄って楽しそうではあったが、それよりも報告すべき事があったのだ。
〝主、天使族との全面戦争が間近となりました〟
天使族、とリカルドは呟き。真面目な話にすっと意識を切り替えた。
「やっぱりそうなるか」
〝ええ。やり合う相手を探しているような種族ですから、
「族長戦……」
〝全天使族の中から最も力ある者を選出する戦いです〟
クロの話す情報に、そういやあそこって年がら年中そんな事してるもんなと思い出すリカルド。
「どっちが優勢?」
〝今のところ天使族でしょう。戦力の増加を私が防いでいますから〟
小さな蝙蝠が胸を張るように羽をぱたつかせた。
こいつ蝙蝠の方が可愛げあるなと思うリカルド。
「
〝敢えてこちら側にという意図はないでしょうが、浮島は上を移動していますからタイミングによっては差し掛かるところが出るかもしれませんね〟
(避けたいとこだけど……あれって動かせるかな)
軽く
知らない同族を見れば腕試しとして問答無用で飛び掛かるので、ある意味魔族よりも性質が悪いかもしれない。魔族の場合は一応格下の場合は相手にする方が恥という文化がある。
「とりあえずクロはそのまま監視を続けてくれ。魔力は足りるか?」
〝いただけるのであればいただきたいですね〟
「…………」
それって必要ではないけど欲しいからちょうだいって事だよな。と半眼を向けるリカルド。
「必要なら後でそっちに行く。戻っててくれ」
ため息をついて蝙蝠を影に戻し、髪をくしゃりとかき混ぜてリカルドは占いの館に転移した。
リカルドにとってそこがどこよりも静かで邪魔が入らない場所だ。すぐに時を止めて
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます