第45話 予想外の決着
よしよし、これでやいのやいの言いそうなのが消えたなと内心ほくそ笑むリカルド。内面は完全に悪人顔だ。
当初は傍観しながらちょっと不味そうなところをバレないようにサポートしようかなと考えていたリカルド。しかしクシュナのこの街を守りたいという気持ちは理解出来たので、だったらそれを利用しようと思ったのだ。
こっそりサポートをするにも限界があるし、特にこの王都に被害を出さないようにするには侵入を防ぐ何らかの結界(この場合、物理障壁か破邪結界)を使う必要がある。そうなれば当然誰がその結界を張ったのだという問題が出てくるわけで、目立ちたくないリカルドとしては聖魔法を使えるクシュナはいい身代わりになる。
という事で、なんやかんや止めてきそうなジョルジュには無視できない情報を渡して退場願ったというわけだ。
己が動いて後でいろいろ言われるかもしれないなら、隠れ蓑があればいい。実に
教会はこれから大変になるだろうなぁと呑気にジョルジュが去った後を見ているリカルドだが、今いるギルドは大変になるどころかもう既に混乱に片足を突っ込んでいる。
周囲では
それでもギルドは急ぎ情報を集めるため、その場に居合わせた足の速い冒険者に斥候を任せ、また王城と商業ギルド、教会、警邏隊へと職員を使いに走らせていた。
陣頭指揮を取ったのは騒ぎに気がついた副ギルド長のサイモンだ。
王都に滞在している高ランクの冒険者にも緊急招集をかけ、ふとリカルドの事も頭に浮かんだが不確定要素が強すぎで頭から除外したところだった。が、ギルド内の今すぐ使えそうな人間を確認するために鑑定を使いまくっていたサイモンは、鑑定できない人物を見つけ目を細めた。
容姿は違う。だがそうそう鑑定出来ない人間などいない。それにあの見覚えのある微笑み方は奴だと、長年人間観察をしてきたサイモンの勘が告げていた。
一方、やるにしてもクシュナの能力ならギルドと協力した方がいいなと様子をうかがっていたリカルドは、己を観察する教師のような厳格な眼差しに気づき、動きを止めた。
リカルドもサイモンの顔は覚えている。そしてサイモンが副ギルド長である事も覚えていた。
クシュナの力を使って援護するなら副ギルド長のサイモンに話を通すのが手っ取り早いのだが、ガン見されている現状に、どうも己の正体がバレてる気がしてならないリカルド。
ラドバウトに言われた事が頭をよぎって、樹の方に視線が向いてない事を確認し、この中で唯一素顔を晒している樹の顔にもこっそり認識阻害の幻覚を掛けた。
とりあえずこれで自分の正体がバレても樹くんには迷惑掛らないかな?と考えるリカルド。安全策を取ってから試しに軽く会釈をしたら、来いと手招きされてしまった。
あぁこれバレてるっぽいと思うリカルド。
「ちょっと副ギルド長と話してくる。
ナクルくんは樹くんと待っててくれる?」
「うん」
「クシュナさんも、何かするにしてもあちらと協議が必要なので少し待っていてください」
「わ、わかりました」
「二人をよろしくね樹くん」
「はい」
副ギルド長と知り合いなんだ……やっぱりリカルドさんってすごい人なんだな、と樹とクシュナに誤解されながら、リカルドがそろりと近づくとサイモンは眉間に皺を寄せた。
「何故そんな姿をしている?」
その言葉でやっぱバレてるのかと頬を掻くリカルド。何でバレたのか後で確認しとこうと思いつつ頭を下げる。
「どうも、お久しぶりです。よくわかりましたね」
声色までは変えていなかったので、その声でサイモンはリカルドだと確信した。最初の何故そんな姿を?は、ただのカマかけだ。
「世間話はいい。何故ここにいる? 誰の差金だ?」
「いえ、生徒にギルドが見たいと言われて見学に来ていただけです」
カマをかけられた事にも気づかず、ありのままを話し壁際で目立たないようにしている樹達に視線を向けるリカルド。
サイモンはリカルドの視線を追い、身を寄せ合っている子供を見て——何やら嫌な予感がして鑑定をした。そしてその内二人に聖魔法を認めて、リカルドが受けた依頼の内容からその正体が聖女見習いである事に気がついてしまった。
「……何故こんなところに連れてきた」
よりにもよってこんな時にと苦々しさが隠し切れず言葉に現れていたが、リカルドは気にせず肩を竦めた。
「さっきも言いましたけど、ギルドが見たいと言われたので。
それより彼女が助力を申し出ています。
相手の正体が不明、位置不明、脅威度不明の現在、最悪を想定して結界を外に広がるよう張ってもらえば少なくとも対象の位置の特定が今すぐ可能ですが、如何でしょうか?」
「それは……可能なのか?」
サイモンはリカルドの言わんとするところ——聖結界を王都から外に向けて広げるという提案だと理解して、後ろに立つクシュナに目を向けた。
そこまで聖魔法のレベルが高くなかったのだ。なんなら、聖魔法がない
「可能です。対象を捕捉した後は対魔に特化した結界に切り替えれば、ある程度足止めも可能でしょう」
「……位置が捕捉できるだけでも上々だが」
対魔、つまり魔族や魔物に特化した結界、破邪結界が使える聖女などグリンモアにはいない筈では?と疑問を抱くサイモンを余所に、リカルドはよしきたとクシュナの元に戻った。
「許可は得ました。まずは対象を捕捉するために聖結界を広げましょう」
「わ、わかりました」
クシュナは唾を飲み込み、緊張する心を宥めるように手を握りしめた。
てっきり怪我人の対応にあたると思っていたから、まだまだ聖女には及ばないそれを使うとは思っていなかった。しかも聖結界を使うのは半月ぶり。毎日練習していた頃と違って、久しぶりになる。
ちゃんと出来るだろうかと今更不安に思っていると、冷たくなったクシュナの手に触れるものがあった。
「大丈夫です。クシュナさんは既に現役の聖女に並ぶ力を持っています。自信を持ってください」
力付けるよう添えられた手に一瞬惚けていたクシュナは、無意識のうちにその手に自分の手を重ねていた。
リカルドさんがそう言うのなら、本当に出来る気がする……
常なら自信なんてちっとも湧かないのに、優しげな眼差しだけで不思議な程心が落ちついていた。
クシュナはわかりましたと頷き、目を閉じた。
リカルドはクシュナがスムーズに聖結界を展開するのを確認しながら、さあて今はどの辺まで来てるかなぁと自分でも聖結界を使って調べると、もう南の門のすぐそばまで来ていた。
あ、これ踏み込まれる。と思ったリカルドは、茶と緑のまだら模様の
大きな身体を支える足もズブズブと地面へと沈み込んで持ち上げる事も出来ず、目の前にある数多くの生命反応を食い散らかせない苛立ちに七つの首が代わる代わる唸りと怨嗟を上げた。
それに気づいたのは街道から少し外れて王都を目指していた旅人で、何事だろうかと音のした方に向かって目にした瞬間、どさりと荷物を取り落とした。
地面をえぐりながら紫色の眼球をむき出しに前進しようとする醜悪なその姿に、あ、あ……と、掠れた声が出て、腰を抜かしたままもんどり打って逃げ出した。
そしてクシュナの展開した聖結界が
「っ! 南門にっ」
見守っていたサイモンはクシュナの小さな悲鳴に目を見開いた。
サイモンにとっては予想外に早い接敵だった。すでにそこまで来ていては王都への被害は防ぎようがない。玉砕覚悟で冒険者をぶつけても、僅かな時間稼ぎにしかならないだろう。焦りが胸に広がるが、顔に出すわけにもいかない。
新たに北門方面への避難誘導を各所に通達するよう職員に指示を出し、あとは自分も時間稼ぎに回ろうと考えた時だった。
「上手ですよ。そのまま聖結界を維持して、破邪結界に変えますよ?」
穏やかな声が何でもない事のように指示を出し、祈るように目を閉じた
聖魔法 Lv 2
聖魔法 Lv 3
聖魔法 Lv 4
聖魔法 Lv 5
あり得ないレベルの上がり方に、目を奪われるサイモン。
リカルドはサイモンの動揺には気づかず、もう大丈夫かなと重力魔法を解いた。
その瞬間、南門付近にいた人たちが我先にと門に殺到して門が閉められない状況になっているその場で、突如解放された
「……っ!」
「大丈夫。いつもの訓練と同じです。風船を掴むように、それから、あなたが守りたい存在を心に強くイメージして」
リカルドに誘導されてクシュナは結界の質を変え破邪結界へと変化させていたが、対象が衝突し激しい反動で崩れそうになっていた。だが、リカルドが支えるようにクシュナの魔力を動かせば、二度目三度目の衝撃に反動を覚える事もなく耐えた。
(この相手なら物理障壁との併用が一番安定するんだろうけど……まぁ、この規模の相手だから破邪結界だけでも耐えられるだろう。結界の範囲狭いしクシュナさんの魔力量も潤沢だし)
サイモンを振り向き、止まりましたよと頷くリカルドに、本当に足止めを?という言葉を飲み込むサイモン。
祈るようにリカルドの手を握ったまま集中しているクシュナの聖魔法は、レベル8にまで上がっている。レベルが上がる瞬間というものを初めて見たサイモンは信じられない思いでいたが、嘘だという可能性は低いと判断した。だが、
「討伐メンバーを揃えるために職員を走らせているが拠点に居なければ時間はかかる」
普段から厳しい顔をさらに厳しくして返すサイモン。いざとなれば自分が出る覚悟はあったが、自分一人で事足りる相手ではないともわかっていた。最初にギルドに駆け込んできた男が
仮に
聖女見習いが破邪結界を使えたのはサイモンにとって予想外も予想外。とんでもない僥倖ではあったが、それでも現実は厳しかった。
と、そんな具合で顔色の悪いサイモンに対し、リカルドはそういえばこの世界って情報伝達が未発達だったなと思い出していた。
(連絡取れないならそりゃ焦るか)
リカルドは片手で懐から相互通話型携帯魔道具を取り出し、呼び出しボタンを押した。
何気なく取り出したリカルドだが、まだまだ世には出回っていない魔道具だ。無造作に取り出されたその見覚えのある魔道具に、サイモンはまたしても動きを止めた。
あれはごく最近他国で開発された魔道具のはず。かなりの距離が開いていても、相手が移動していても会話が可能になる優れた通信魔道具。注文が殺到して予約しても納品は三年後、商業ギルドのギルド長が伝手を使って手に入れたと自慢していたのをつい先日見たばかりだったのだが。と、何故そんなものまで持っていると驚くサイモンの前で、リカルドは通話の印が点灯すると気負いも無く話し始めた。
まぁリカルドからすれば携帯が当たり前だったので、いくら新型の魔道具でも気負う方が難しいのだが。
「ラド? 聞こえる?」
『なんだ、どうした?』
「今ギルドにいるんだけど、南門に
『……は?』
魔道具の向こうから間の抜けた声が返ってきた。
これから飲みに行かない?と言いそうな軽い口調でいきなり災厄級の魔物が出たと言われても、何の話?となるのはしょうがない。
「だから倒してくれない?」
『……いやいやいやちょっとまて』
「ラドなら出来るって」
『出来る出来ない以前に状況がわからん』
引き寄せられるようにリカルドに近づいていたサイモンは、その相手がSランクの
「ラドバウトだな?」
『その声……サイモンの爺さん?』
ふらりと近づいてきたサイモンに腕を取られたリカルドは少々驚いたが、自分が話すより早いかとなすがまま見守った。
「メンバーは揃っているか?」
『いるっちゃいるが一人二日酔いで死んでる』
「回復薬でもなんでも使って叩き起こせ。緊急依頼だ」
『……まじなのか。了解、すぐに行く』
魔道具越しの声が低くなり、ふつりと音声が途切れたのでリカルドはもういいです?とサイモンに掴まれた腕を少しあげた。
「珍しいものを持っているな」
掴んだままなことに気づいて手を離すサイモン。
リカルドは魔道具を懐に戻して首を横に振った。
「偶々手に入ったんです」
「偶々、な」
盗品か、奪ったか。何にしても正規品ではないだろうと、入手困難さからそんな事を思い浮かべるサイモン。だが、どちらであろうとこの際良かった。Sランクの冒険者に一人でも連絡がついた事の方が重要だった。
「結界はどれほど保つ?」
クシュナを見て尋ねるサイモンに、リカルドは声がクシュナ達に聞こえないようにして囁いた。
「今日初めてやりましたから、一刻保てばいい方だと思います」
能力的にはもっと出来るが、精神的な負担を見越して少なく見積もるリカルド。見栄を張りがちな冒険者とは反対に安全マージンを取るのは、そこそこ過酷な勤務をくぐり抜けてきた社会人の習性だ。
対してサイモンは、一刻なら保って半刻かと見栄を張る冒険者相手の計算をした。
いい感じに噛み合わない二人である。
「……それでも猶予としてはありがたいか。君は? 戦力としてカウントしていいのか?」
「申し訳ありませんが、私はこの子たちを守る責任があるのでそばを離れるつもりはありません」
三人とも腕輪所持者なので、傷付ける方が難しい事実はまるっと隠して神妙な顔で辞退するリカルド。
サイモンもリカルドが受けた依頼を知っているので、聖女見習いを放って来いとは言えなかった。下手をして教会を敵に回した場合のリスク(治療拒否など)が高いからだ。
「副ギルド長! 南門に
警邏隊へと走らせていた職員が駆け込んできてサイモンに報告をした。
その知らせに勘違いじゃないのか?と口にしていた者達がまさかと言葉を失う。
「現在聖女様が結界を張ってくださっているようで、なんとか南門で止まっています!」
続く言葉に、おぉ!と声が上がる。
誰に言われるわけでもなく結界を張ったのが聖女だと思うのは、常に聖結界に守られているグリンモア特有の感覚なのだが、この時は事実にほぼ近かった。違うのは聖女ではなく、聖女見習いという点だけだ。
「今、Sランク冒険者ラドバウトのパーティーを招集している。警邏には向かわせた冒険者と共に監視を要請しろ」
「サイモン様! 氷結の魔女とコンタクト取れました! もうすぐ来てくださいます!」
別の職員が飛び込んできて、そしてすぐにその後ろから金色の長い髪をたなびかせ背の高い女性が現れた。
「もう来てるよ。サイモン、
ピンと伸びた背筋に切長の青い双眸は鋭く、冴え冴えとした整った顔立ちは親しみやすさよりも緊張を人に与えそうな大層な美女だった。
光沢のある深い青のローブの裾を捌き、颯爽とサイモンの前に立つ姿は堂々としていて、そこにいるだけで知らない者でも他の冒険者とは違うと思わせる存在感がある。
「エルダ、残念ながら事実だ。先程南門で姿が確認された」
「やだねぇ……あたしが居る時に出なくたっていいじゃないか」
せっかく年に一度の祭りを見に来てたってのにとぼやく女性。
「愚痴は後で聞こう。今は聖女が結界で止めてくれている。直にラドバウトが来るから共に討伐を頼む」
「おや、血鬼の坊やが? それは頼もしいが……結界でっていうと、南の聖女でも来てたのかい?」
随分と幸運だったねと驚く女性にサイモンは口をつぐんだ。
すぐそこにいる、まだ年若い少女がまさか破邪結界を張っているとは誰も考えもしないだろうし、それを言って少女の邪魔をするわけにもいかなかった。
「どうやらそのようだ。不幸中の幸いだな」
頷くサイモンに、状況が出来過ぎている気もするねぇ……と女性は頬に手を当てて首を傾げ、意味ありげな視線をサイモンに返した。
「今は論議している場合ではない」
「……それもそうだね」
女性がすっと表情を真面目なものに戻したところで、慌ただしくラドバウト達が入ってきた。
「爺さん待たせた――って、氷結の魔女、あんたも居たのか」
「久しぶりだね血鬼の坊や」
「……坊やじゃないんだが」
うっと若干苦手そうな顔をしたラドバウトだったが、こちらもすぐに切り替えてサイモンに視線を戻した。
「爺さん、
「詳細はわからん。だが南門に奴がいるのは確かだ。警邏と付近の冒険者で一時的な防衛線を築いているがものの役に立つまい。足止めしている間に倒せるなら倒してほしい」
「足止めって、そんな相手を誰が足止め……いやいいわ」
十中八九リカルドだと気づいて取り消すラドバウト。
姿は見えないが、どうせ目立たないようにやっているんだろうと呑み込んだ。
誰よりも真相に近いラドバウト。さすがリカルドと付き合いが一番長い冒険者なだけあった。
そんな中、黙って静かに様子を見ていたリカルドは何をしていたかというと、存在感のある美女に見惚れつつ鑑定していた。一応、下心からではなく状況的に最大戦力そうだったから、どの程度のステータスか確認したかったというのが理由だ。
(へえ……耳長族と人間のハーフなんだ)
魔力量は今まで見て来た人の中では断トツに高く、その他のステータスも軒並み魔導士タイプとしてかなりの値をはじき出している。
これはもしやこの人が居ればあっさり解決するのかなと思ったリカルドだったが、残念ながら
(じゃあやっぱりこっそり補助かけておいた方がいいか)
さすがにラドバウト達に怪我は負って欲しくないリカルド。
誰に補助を掛けようかと視線を走らせた。
魔導士のルゼの場合は身体的な補助を掛けてもそこまで効果が出ないだろうし、魔法の効果が上がるようなものを掛けるとフレンドリーファイアが怖いと却下。若干まだ気持ち悪そうにしているアイルは補助を掛けても効果を発揮出来ない可能性があるから却下。というか最低限解毒して体調を治しておいた方がいいと判断。眠気は残るだろうがそこは頑張れと内心応援した。残る見知った相手はラドバウトとハインツだ。他にも見知らぬ男性二人が彼らと一緒にやってきていたが、そちらは
ちなみに新顔の二人はリカルドの推察通り
リカルドはハインツにちょいちょいと手招きして、ラドバウトがサイモンと後詰めの冒険者の確保が出来ているか打ち合わせをしているのを横目に、こそこそと小声で話した。
「やっほ。ハインツ」
「その声……リカルド?」
「うん」
「何やってんのお前、その顔は何」
「そのくだりは置いといて、あっちの人たちって
今は急いでるだろ?とハインツの疑問を脇にどけるリカルド。
「あぁ、レオンとルードはザックと緑影ってパーティー組んでるんだ。ザックが不在だから俺らと一緒に来たんだよ」
「へー」
「で、
「マジだけど、幼生体だからそこまで深刻じゃないよ。今は破邪結界で足止めしてるし」
「は? 破邪結界って、確か南の聖女ぐらいしか使えないんじゃ無かったか?」
お前そんなもんまで使えるの?という問いにリカルドは首を振った。
「俺がやってるんじゃなくて、この子がやってるの。今は内緒な? 騒がれると集中出来なくなるから」
「お、おぅ……悪い」
リカルドの後ろでずっと集中している様子の
だが謝ったところで、その横にいる
と、その時樹がハインツに頭を下げ、その仕草でアッと気づいた。
少年が樹だと気づいたところで、そうなると横の二人もリカルドの家で魔法訓練をしていた子らだと思い出し、え?となった。頭の中ではじき出された回答に、破邪結界なんてものが使える存在はそれしかないのだが、うそだろ?と。
お前聖女に魔法教えてたのか……と顔を引き攣らせるハインツ。
正しくは見習いだが、この際あまり違いはない。聖女見習いだろうが聖女だろうが部外者に習っているなんて事が前代未聞なのだ。
「でさ、ちょっと補助かけとこうと思うんだけど」
「え? あ、あぁ、そりゃ助かるけど」
「ラドとハインツだけでいい? 他は騒がれると面倒だから」
「あぁ、それは構わないが……」
聖女に教えるってどういう状況?いやでも回復魔法だとか空間魔法だとか、魔法全般が出鱈目だしな?と、そっちに頭がいっているハインツは半分上の空で返した。後にちゃんと補助の内容を確認しなかった事を後悔するハインツだが、この時は知る由もない。
リカルドとハインツがこそこそ話している間に、ラドバウトとサイモンの確認も進み、終わりを迎えていた。
「国も動いてるなら
「そこまではわからん。
「噂に聞く限りじゃここの王太子はそんな可愛らしい坊やじゃなさそうだけどね?」
「ま、いいさ。氷結の魔女がいるならなんとかなるだろ」
「こちらも、血鬼には期待してるよ」
打ち合わせを終えたラドバウトは、リカルドが協力してくれるなら最悪の事態にはならないだろうと幾分気楽な思いでメンバーに向き直った。盗賊だと聞いて出向いて見れば上位のヴァンパイアだったあの時の絶望感に比べれば何てことは無い。
「聞いてた通りだ。南門で足止めされてる内に仕留めるつもりで行くぞ」
常にない覇気を纏ったラドバウトの言葉に応とそれぞれ返し、見守っていたギルドの職員や冒険者達から喝采が上がった。
人垣が割れて彼らを通すと、また人々はそれぞれ動き出し、他組織への連絡や警邏が主導する避難誘導への協力に走った。
「リカルドさん……俺」
「樹くんは戦闘には不参加だよ。ハインツが誘わなかったでしょ?」
ハインツやアイルの背を見て、何もしなくていいのだろうか?という顔の樹にリカルドは安心させるように背を叩く。
「大丈夫だよ。何かあったらまずは俺が動くから。樹くんはそうなった時、クシュナさんとナクルくんをお願い」
「はい」
真剣な顔で頷く樹に、よしよしとリカルドも頷く。こういう時、自分の力を過信して何で行かせてくれないんだ!というタイプだと面倒なのだが、樹は自分が素人である事を自覚出来る冷静さがある。
程なくして、伝令役から南門で戦闘が開始された知らせが入り、ギルド内が緊張に包まれた。たがそれと間をおかず善戦している知らせが入り、続けて討伐の知らせが入った時には人々は一瞬理解が遅れた。
「……討伐した?」
サイモンですら事態が飲み込めず、オウム返しのように訊き返していた。
「はい! ラドバウト殿とハインツ殿が次々に首を切り落とし、氷結の魔女が止めを刺しました! 南門には奴の巨体が転がっております!」
興奮し喜色に溢れた顔と口調で報告する警邏の隊員に、じわじわと理解が追いつき、どっと人々は沸いた。
早過ぎるとか、やっぱり
「クシュナさん、お疲れ様です。よく最後まで頑張りました」
歓声の中でリカルドが肩を叩いて声をかけると、周囲の雑音を完全にシャットアウトしていたクシュナは終わった事に気がついて目を開けた。そして目の前で微笑み頷くリカルドの姿に気が抜けたのか膝から崩れ落ちた。
「っと、疲れましたよね。うちに戻って休みましょう」
「あ、でも怪我をした人が」
すかさず支えたリカルドは、怪我人の心配をするクシュナに問題ありませんと微笑み膝裏に手を回して抱き上げると、そのまま樹とナクルを連れてさっさとギルドを抜けた。
事態の収束に向けて周辺に同レベルの魔物が出現していないか捜索を出したり、討伐された
勝手に消えたリカルドに思うところはあったものの、聖女見習いが居てはその方が問題かと思い直して呼び出しは後日に回し、処理に奔走した。
今回一番の活躍となったラドバウト達だが、戦場が南門という人の目に触れる場所だった事もあり、その戦闘の様子が警邏を中心にしっかりと見られていた。
中でもラドバウトと、ハインツの活躍は凄まじく、それぞれ一太刀で首を切り落とした光景は人々を熱狂させた。当の本人達はまさか切り落とせるとは思ってなかったせいで反撃にあって危なかったのだが、そんな事周囲にはわかるわけがなかった。同じクランのメンバー達はさすがにおかしいと気づいたが、周りはただただその強さに惹かれて持て囃し、さすが
かなりの余裕を持って討伐は完了したものの、ラドバウトとハインツはなんとも言えない視線を交わしあった。これ俺の実力じゃないぞ、と。
その段階になってからハインツはリカルドに補助を掛けると言われた事を思い出してラドバウトに実はと言えば、そうだろうと思ったと疲れたため息が返され、これが俺たちの実力だと思われたら不味いぞとハインツと二人頭を抱える事になった。
余談だが、この件を持ってハインツはSランクに昇格したのだが、他のAランク冒険者が嫉妬するよりもまずハインツ自身が、
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