第43話 ギルドにお出かけ
「買い出しに行ってくるよ」
〝よろしいのですか?〟
「顔を合わせたら保護者としては説教しなきゃダメでしょ? 今は疲れてるだろうから、それより休んでもらいたいんだよ。お腹空いてるようなら何か出してあげてくれない?」
シルキーはリカルドの言葉に納得してもちろんですというように頷いた。
樹と鉢合わせしないように外に出たリカルドは、いつもより活気のある朝市へと繰り出した。
例の催し物があるから人が多く、並べられたものも種類が豊富だ。王都民以外の人間が多くなっているからか、諍いも多くなっているようで警邏も忙しそうに走り回っていた。
リカルドは大変だなぁと完全に人ごと気分で眺めつつ、いつもの食材と珍しい果物をいくつか購入して戻れば、樹は居間で眠っていた。
〝リカルド様、実は先程まで待たれていて〟
「あらら……先に説教した方が良かったか。毛布ありがとね」
リカルドはキッチンから顔を出したシルキーに礼を言って、そうっと上に掛けられた毛布ごと樹を抱き上げ部屋のベッドに寝かせた。
すやすやと眠る樹の服にはしっかり酒やら肉やらいろんな匂いが移っており、根が真面目な樹くんは大変だったろうと起こさないよう苦笑を堪えた。
朝ごはんの時間になるとクシュナ達は起きてきたが樹は寝たままで、不思議そうな顔をするナクルに昨日遅くまで起きてて眠いんだってと誤魔化すリカルド。それを聞いてクシュナも寝坊なんて珍しいねとナクルと一緒に首を傾げていた。
ジョルジュの方は全く興味がなさそうに黙々と食していたが、実はシルキーの料理やお菓子に胃袋を掴まれているだけだったりする。そもそもリカルドの家に滞在する事に難色を示した立場のジョルジュとしては、そんな事を口にするのも恥ずかしいので只ひたすら真顔で口に入れているが、本当はもっとゆっくり味わいたいのが本音だった。
その少し後、ハインツがいつもの時間にやってきたが、来たのはハインツだけでルゼもアイルもおらず、おまけに今日の訓練は休みでと言ってきたのには流石にリカルドは笑いを堪えられなかった。
「随分とアイルは酒が弱いな?」
「あ、イツキに聞いた?」
聞いては無かったが、玄関口にもたれながら曖昧に笑うリカルドに、ハインツは苦笑いを浮かべた。
「あいつもそこまで弱くない筈なんだけどねぇ。たぶん弟分が出来て調子に乗ったんだろう。俺も覚えがあるわ。悪かったな、連れ回したようで」
「いや、それはそれで樹くんも楽しかっただろうし、大変だったろうけど息抜きにはなったと思うよ」
「だといいんだけどねぇ……」
やれやれと頭を振っているハインツだが、その口元は仕方のない奴だと笑っていた。相変わらず下の子には甘々だなぁと思うリカルド。だけどそういうのは嫌いじゃなかった。
「あ、そうだ、そろそろ実地訓練に入ろうと思うんだけどいいか?」
「その辺の判断は任せるよ」
「まぁそう言うだろうと思ってたけどな、ギルドの登録をしたらどうかと思ったんだ。討伐もするからついでに換金方法とかわかるだろ?」
「あぁ、なるほど」
「俺が付き添いで行くと目立つからリカルドが連れて行った方がいいかなって」
「あー……」
それはどうだろうかと思うリカルド。ラドバウトの話では目をつけられているかもしれないのだ。上の方にSランク相当と思われているらしいので、窓口程度なら問題ないのかもしれないが樹くんに迷惑は掛けられないなと頭を振った。
「一人で登録してもらおう」
「いいのか?」
「特に試験があるわけでもないだろ?」
「まぁそうだが、お前なら着いて行くのかと思ってたわ」
リカルドとしてはもちろん保護者として見守りたい気持ちはあるが、それよりも優先されるのは樹の安全だ。自分のせいで変に目をつけられる事になどさせたくはない。
「あんまり過保護にしてもね」
絶対防御と言ってもいいような代物を腕につけさせ毎日寝てる間に魔力充填しておいてどの口が言うかというような事を嘯くリカルド。ハインツはその事実を知らないので素直に受け取ったが、事実を知れば呆れる事請け合いだろう。
「それもそうだな。じゃあギルドに行って登録するように言っといてくれるか?」
「了解。何か討伐系の依頼を受けるように言っとく?」
「そうだな……解体を教えるとすると
「ん、わかった」
じゃあなと手を上げるハインツにリカルドも軽く返してドアを閉め、居間に戻ると食休みをしているクシュナとナクル、それから起きてきたのか樹がいた。
樹は来たばかりなのか、寝起きの様子でクシュナに説教のような心配のような事を言われて頭を掻いていた。
「もー何やってるの? 夜中まで出歩くなんて危ないよ?」
「一人じゃないって。兄弟子といたの。だから危なくないし、平気だし」
「前は来たことがないからっておっかなびっくり歩いてた癖に生意気な」
「それは……別にいいだろ、っていうかもう慣れたよ。大体どこに何があるかわかってるから」
「えー? そんな大口叩くの? じゃあさ、じゃあさ、王都で一番人気のジェリーパイのお店は?」
「大通りのクレナスチン。前に自分で言ってただろ」
「あれ? 言ったっけ?」
「覚えてないのそっちだろ」
はぁとため息をつく樹に、あははと笑って誤魔化すクシュナ。
街で知り合った二人だが、互いに軽口を叩けるいい友人関係を築いている。教会で騒動に巻き込まれて一時微妙な空気が漂ったりもしたが、両者共に根が善良なので元の通りの関係に戻るのも早かった。
丁々発止というか、互いに遠慮のない掛け合いに、この二人が付き合うルートもあったりして?と妄想するリカルド。己のルートが復活している事に未だ気づいていないのは鈍感というよりも、一度潰したルートだからという思考が邪魔をしていたからだ。
「あ、リカルドさん! 今日はどうするんです?」
クシュナがリカルドに気づいて、座っていたソファから立ち上がると、樹もはっとしたように振り向いて、あわあわと視線を彷徨わせた。
樹の慌てた様子に内心笑いつつ、リカルドは駆け寄ってきたナクルを抱き上げた。
「まだまだ見て回れていないところが多いから、今日もお出かけしようか」
「え!?」
てっきり訓練するものだと思っていたクシュナは驚いて戸惑いの声が出た。
何せリカルドの訓練は目に見えた成果が無く、ただひたすら魔力の質を合わせるとか形を操作するだとか、長時間それを維持するだとか、そう言う地味なことばかり。ここに来てから一度も聖結界すら使っていないのだ。だからこそ一日ぐらいの息抜きは受け入れられても、続けてとなるとちょっと心配なクシュナ。
「やったー、今日も出かけるんだ」
クシュナとは反対に、純粋に嬉しがるナクル。そんな事を言われるとちょっと待ってと言うのは心苦しく、クシュナは「あの……」と控えめにリカルドに手を上げた。
「その、大丈夫でしょうか? 訓練の進み具合とか……」
不安気な気持ちで訪ねたクシュナに、リカルドは微笑みのまま頷いて、ナクルにどこに行きたい?と聞いていた。
待って、本当に大丈夫なの?とクシュナは思うが、その言葉は喉から出てこなかった。
そんな不安を抱いていたクシュナだが、もう一人不安を抱えている人間がいる。
「あ、あの」
樹が意を決したように声を出すと、リカルドは変わらぬ笑みのまま、内心どう言ってくるのか興味深々で、樹に視線を向けた。
「すみません! 俺、昨日遅くなって」
アイルの事を何も言わず、しかもナクルとクシュナがいる前で勢いよく頭を下げる樹。
思春期なら素直に謝る事も難しいだろうに、周りに目がある中でこうも潔く謝る樹に、こりゃ根が素直なのもあるけどそれ以上に真面目だわと逆に心配になるリカルド。
リカルドはナクルを下ろしてポンポンと樹の肩を叩いた。
「心配するからほどほどにね」
説教する必要なんてどこにも無いわと早々に方針転換したリカルドに、樹はほっとして顔を上げた。そこで耳元に囁くリカルド。説教はしないが、注意だけはしておかないと不味い事があったので。
「人が多いこの街には花街もあるんだよ。ここの人間は成人が早いから連れていかれる事もある。その時は興味本位で行かない事。店によっては衛生状態が良くないから危険だし、いいところだとしても後が大変になるからね」
今回はそちらの方にはアイルは行かなかったが、冒険者でアイルぐらいの歳になればそちらに足を運ぶ者の方が多い。そして得てして冒険者のちょっと先輩風を吹かしたいお年頃の男達はそういうところに連れ込んで自慢話をしたがるのだ。
リカルドの場合は生憎とそのようなお年頃の男との知故を得ておらず、また残念ながら
じゃあ何でリカルドが花街の事を知ってるのかというと、占いの館にそれ関係の相談を持ち込む男達が居たからである。
樹はリカルドの言葉に花街?となったが、束の間考えてそれが何かを察して赤面した。
「い、いや、俺はそんな別に、興味なんて」
「うんうん、わかってるよ」
思春期の少年として興味が無いわけがないが、そんな事口が裂けても言えないだろうことを察してさくっと話を切り替えるリカルド。
「樹くんは冒険者ギルドに登録してきてくれる? ハインツがそろそろ討伐もするって。それで
「え? あ、はい。わかりました」
唐突な話に一瞬目を瞬かせたものの、その話自体はハインツからそろそろと聞いていたのですぐに理解して頷く樹。ギルドの場所も街歩きをしている中で把握していたので問題は無かった。
「イツキ兄ちゃん冒険者になるの?」
話を聞いていたナクルが樹を見上げた。
丸い目がキラキラしていて、尊敬しているような雰囲気になんとなく照れる樹。
「う、うん? たぶん?」
「すごい! 僕もね、いつか冒険者になっていろんなところに行ってみたかったの」
「そうなのか?」
「うん。あ、リカルドさん、今日ギルドに行ったらダメ?」
急にナクルの話の矛先が変わって、ん?となるリカルド。
「ギルドに? まぁ……ダメではないけど……」
キラキラした目にあてられて、思わず言ってしまうリカルド。
「やったー、僕もうギルドには行けないって思ってたから!」
だから嬉しいと喜ぶナクルに、本当にもう教会に戻れば行く機会がない事が想像出来てしまい、諸事情で行きにくいとは言えなくなるリカルド。そしてクシュナもまた、行ってる場合だろうかと口を挟むことが出来なくなった。
「そ、それじゃあナクルくんはお出かけの準備してきて。ついでにジョルジュさんを見かけたら外に出る事を伝えてくれると嬉しいな」
「はーい」
元気よく飛び出すナクルを見送り、素早く振り向くリカルド。
「ごめん、樹くん。実は俺、ギルドに顔を出しづらいんだよ。だからちょっと顔変えて行くけど気にしないで」
「え?」
「え?」
早口で話すリカルドに、戸惑う樹とクシュナ。
「何をしたんですリカルドさん」
「いやいや、悪いことはしてないよ本当に。ただ依頼を受けて達成しただけで」
「それでどうして顔が出しづらくなるんです?」
「やー……」
樹に尋ねられ、クシュナに尋ねられ、言葉を探すリカルド。
そのあからさまに怪しい様子に樹とクシュナは顔を見合わせた。
「とにかく、外出の準備をしよう。
あ、樹くんは身体大丈夫? まだ寝てた方がいい? 出るの午後にする?」
「いえ大丈夫です。少し寝れたので」
少しで大丈夫。若いってすごいな……などと感心するリカルド。生前?のリカルドは八時間寝ても疲れが取れなかったので、ものすごく羨ましかった。現在は睡眠すら不要なので無用な羨望なのだが、そこはそれ染みついた感性はそうそう簡単には抜けない。
「じゃ準備が出来たらここに集合で。クシュナさんもよろしく」
誤魔化すようにその場を逃げるリカルド。
残されたクシュナと樹は再び顔を合わせて首を傾げた。
リカルドにとって幸いだったのは樹もクシュナもどちらもリカルドを善人だと信じていた事だ。相当怪しい言動を取ったにも関わらず二人とも何か訳があるのだろうと追求する事はなかった。
その点はいいのだが、ただクシュナの方は最初から抱いていた心配が残っており、家を出ても道すがら前を歩くナクルとジョルジュ、リカルドからなんとなく距離を取るように歩いていた。
「何か落とした?」
「え?」
「落ち着かない顔してるから」
一人歩みの遅いクシュナに合わせて歩調を緩めた樹に、指摘されたクシュナははっとして顔を押さえた。
「やだ、顔に出てる?」
ギルドに行けると楽しみにしているナクルを気にして、小声で返すクシュナ。
「出てるっていうか、どこ見てるかわかんない感じだし、さっきから手元がソワソワしてるから」
「……出てるのね」
はぁと小さく、前を歩くリカルド達に聞こえないようため息をつくクシュナ。
「どうしたんだ?」
「あ、えっと……」
「悩み?」
「んー……。あ、イツキもリカルドさんに魔法教えてもらってるんだよね?」
そういえばと、街歩きをしたときに聞いたことを思い出すクシュナ。
問われた樹は別に隠す事でもないのと、既に話した事なので頷いた。
「魔法、上達した?」
「たぶん? 全く魔力とかわからなくてそれを動かす事も出来なかったけど、今は重力魔法と水と風の魔法は使えるようになったから」
「え? でもイツキって魔法習ったのって最近だよね?」
あれ?そんなにあっさり魔法って使えるものだっけ?と首を傾げるクシュナ。
「うん、ひと月ぐらいじゃないかな」
「ひと月……。ねぇ、どんな事が出来る様になったの?」
さすがに出来たとしても微風をおこすとか、飲み水を出すとか、所謂生活魔法の延長だろうなと思うクシュナ。一般的に魔導士と呼ばれる人は学校に入ったり師についてから数年かけて生活魔法以上のものを身につけると聞いたことがあった。自分のように、突発的に聖魔法の力が開花してと言うような事は稀だというのはクシュナもわかっていた。
ちなみにクシュナは把握していないが聖魔法の場合はちょっと特殊で、一般的な魔導士とは違い、教会が独占している状況なので学校や個人で子弟関係を結んでという事はほとんどない。教会騎士になる者たちや神官候補に対して一定期間聖魔法の訓練が施され、わずかに素養があった者たちには集中的に訓練が施されて小規模な聖結界、バインドなどの術を身につけたりしているのだ。中にはそこから聖女に転向する者もいるが、そこはやはり素養の低さから絶対数は少なく、クシュナやナクルのように事件や事故で突然開花した者を教会に聖女見習いとして取り込むケースが多くなっている。
「今は空飛べるようになったな。あと水は出すぐらいだけど、風の方はこのぐらいの太さの木なら切れるよ」
このぐらい、と両手で幹の太さを表して見せる樹にクシュナは反応が遅れた。
「……空……って、風の魔導士の代名詞じゃ」
「空飛ぶのは風じゃなくて重力魔法な。まぁ移動に風を使ってるから二つ使ってるとも言うけど」
予想以上の回答に、喉の奥で言葉がこんがらがって出なくなるクシュナ。たったひと月の訓練で出せる成果ではない事ぐらいはクシュナにもわかった。
「まぁリカルドさんみたいに一瞬でやったりとかは出来ないけど、結構慣れてきたしそろそろ火の方も練習しようかってところ」
「……そ、それって、どんな練習してるの?」
服を引っ掴んで詳しく!と鼻息が荒くなりそうになるのをどうにか抑えるクシュナ。もしかして自分達とは全然違うハードな訓練をしているのではないか。そんな予想が頭を過った。
「別に大したことはしてないぞ。毎日水を操る練習をしてるだけ」
「そ、それだけ……?」
疑問符を顔いっぱいに出しているクシュナに、樹は笑った。
「地味だろ? わかるわかる。俺もこれで出来るようになるのかなって疑問に思った事あるからな」
「だ、だよね? 今使える一番上位の魔法を使い続けるのが普通の訓練だもん」
少なくともクシュナは教会でそう指導された。
「普通とかは知らないけど、実際俺はそれで出来たからな。リカルドさんは意味のない事はやらせないぞ」
全幅の信頼に基づいた発言をする樹に、クシュナはまぁ確かにあの時、たった一晩で聖結界が使えるようにしてくれたもんね……と、改めてその凄さを考える。
「なんだよ、教えてもらいたくないならその時間俺にくれよ」
「え?!」
別に不満があるわけではないクシュナは慌てて首を横に振った。
「いいいや、やだよ! っていうか、受けるために来てるんだもん! 受けないとかないし!」
「へー。疑ってたくせに?」
「う、疑ってなんか」
否定するクシュナとそれを揶揄うようにつつく樹の会話に、ナクルを肩車しながら顔をあちこち触られていたリカルドはそっと反省していた。
何分耳の性能がいいので、後ろの会話はまるっと全部聞こえていた。
(やっぱ成果が見える方がいいか……)
樹に教えた時と同じ要領でやっていたのだが、まだあまり聖魔法自体安定して使えなかったナクルはともかく、ある程度使えるクシュナの方は上達しているのか不安にもなるかと頭を掻いた。
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