第41話 街歩き四者四様

「ま、待ってくださいナクルさ——ナクルくん!」

「これは? どうしてこんな形してるの?」

「え? あ、う、ん? ……何故でしょう……意味は無いような?」

「あっ、あっちにもある」

「待ってください! 一人で走らないで!」


 必死に人混みを縫って小さな背中を追いかけるジョルジュの姿を後ろから眺めているのは、リカルドとクシュナ。


 本日は街で行われている大きな催しに息抜きがてら見物に来ていた。

 最初はリカルドと手を繋いでいたナクルだが、リカルドが好きなように動いていいと唆して、その結果ジョルジュが必死で追いかけている状況となっている。

 お祭り状態の賑わいの中で、普段目にしないものが多く、あれはこれはと目移りしている間に、ナクルは焦りながら追いかけるジョルジュに警戒心を忘れていろいろと聞いていた。


「急がないとはぐれちゃいますよ」


 後ろからついていく事になったクシュナとリカルドだか、のんびりしているリカルドにクシュナの方がハラハラしている。


「大丈夫ですよ、ちゃんと見ていますから。

 それよりクシュナさんも好きなところに行っていいんですよ?」

「でも……」

「はいどうぞ」


 迷うクシュナに動物の形を模した一口サイズの焼き菓子を差し出すリカルド。

 いつの間に……と思いながらもそれを受け取り、軽く手が触れて密かに緊張するクシュナ。リカルドさんって指長い……と、考えて内心何を考えているのだろうかと打ち消して急いで焼き菓子を口に入れる。


「ん? んん?」


 甘いと思って食べたそれが、意外と刺激的な味をしていて口を抑えるクシュナ。


「スパイスが入ってるそうですよ。ちょっと大人向けの味ですね」


 大人……と意味もなく心の中で呟き、横で同じように焼き菓子を食べているリカルドの口元を見て、じわっと顔を赤くするクシュナ。もはや菓子の味などわからなかった。


「樹くんも来れたら良かったんですけど……まぁアイル達と楽しめてるならいいかな」


 居なくて全然良かった! とこっそり樹にグッジョブを贈るクシュナ。


「あ……ナクルくん」


 そうこうしている間に前方に居たはずのナクルの姿がなく、周りを見れども人が溢れていてとても探すどころでは無かった。

 不安に思うクシュナとは対照的に、リカルドはもぐもぐしながらのんびりとその位置を探した。


「今は噴水広場の方に向かっているところで、ちゃんとジョルジュさんが追いかけていますよ」

「そうなんですか?」

「はい。お守りも渡していますから、何かあればすぐに行けます。それにジョルジュさんがついていますから大丈夫ですよ」


 そのジョルジュがナクルに距離を取られているから心配なんだけど、と思うクシュナだが、だけどと思い直す。ナクルは気分が高揚しているからか、いつものようにおどおどしていなかったし、ジョルジュに質問もしていた。それなら大丈夫かもと。


「あの、リカルドさんは二人を仲良くさせたくてここに連れて来たんですか?」

「まぁそれもありますけど、一番は息抜きかな? 子供なんだから楽しい事の一つや二つは無いとつまらないでしょう?」


 だからクシュナさんも好きなところに行ってくださいと微笑むリカルドに、自分も子供の括りか……と凹むクシュナ。


 リカルドとしては、ナクルとクシュナの気分転換と、ナクルとジョルジュの関係改善、それからついでに自分もこの祭りを見たかったという理由がある。

 何しろこの祭り、というか催し物は、グリンモアの商業ギルドが各部門ごとにそれぞれの優秀な作品を決めるもので、その中には魔道具とか武器防具とか、少年心をくすぐるものもあったのだ。三日にわたって開催される大会なのだが、ナクルとクシュナがよければ全日歩いて回りたいとさえ思っている一番子供なリカルドだ。


 リカルドの中身を知らないクシュナは、リカルドの対象外ならもう子供らしく楽しんじゃおうかなぁと思い初めた。

 教会に入ってからこんな風に羽目を外して楽しむなんて事は早々ないのだ。楽しんだもの勝ちじゃないかと、改めて考えてみても今は凹んでないで楽しもうとクシュナは気持ちを切り替えた。


「はい、ジュース。そっちはもらいます」


 クシュナは食べ終えた焼き菓子の包みを取られ、代わりに紫色のジュースを渡され、またしてもいつの間に?となる。

 横で同じジュースを飲むリカルドをちらちら見てから、なんだか甘い匂いのするジュースに口をつけようと視線を落とすと、いきなり大きな手がカップを塞いだ。


「すみません。アルコール入りでした」

「……え」


 危うく口をつけそうになっていたクシュナは、リカルドの手に口をつけそうになっている事に気づいてばっと身を離した。

 その隙にリカルドは真顔(集中して表情が追いつかない)で目を細め、どうにかジュースのアルコール成分だけを抜けないか試していた。


「これでいいかな? あ、いいみたい。

 アルコールを飛ばしたのでもう大丈夫ですよ」


 クシュナの反応を、お酒だったの!? という反応だと思っているリカルドは朗らかに言って、人の流れが増して来た道からさりげなくクシュナの背を押して遠ざけた。


「あ、ありがとうございます……」


 あぁぁ……ダメだ無理だ格好いぃ……と内心頭を抱えるクシュナ。

 お酒を飲まさないようにしてくれる心遣いだとか、不意に見せる真剣な表情だとか、いつも変わらない優しい笑みだとか、さりげなく人とぶつからないように誘導してくれるところだとか、自分の意見を尊重してくれるところだとか、少しでも出来たところは褒めてくれるところだとか……あげればキリがない。


 碌な人間が周りに居なかったせいで恋愛脳まっしぐらなクシュナと、人混みの中でも面白そうな物を見つけては目星をつけて後で見ようと頭の中で目まぐるしくメモっているリカルドの温度差は酷かった。

 片や浮かれ気味の聖女見習いと、片や面白そうなもの漁りに意識の八割を持っていかれている浮かれた死霊魔導士という変な組み合わせであちらこちらへと歩いて周り、お昼にはナクル達とも合流してこの催し物の目玉の一つとなっている新作名物決定戦に出品されているものを食べ比べてこっちがうまいとかあっちがいいとか批評して楽しみ、気づけば夕暮れだった。

 

 お昼ご飯の後もナクルを追いかける事に終始したジョルジュはそれだけでぐったりしていて、日が傾いてからリカルドが二人を回収した時にはナクルの方がまだ元気だった。


「それでね、それでね、その人剣を丸呑みしたんだよ!? 他にも炎を食べちゃって! 口の中痛くないのかなって!」


 リカルドに肩車されながら興奮して話すナクル。

 その横で、これって親子みたいじゃない?と相変わらず恋愛脳のままのクシュナ。

 その後ろで子供って意外と体力があるんだなと己の修練不足を真剣に考えるジョルジュ。

 夜中にこっそり目星をつけた商品を観察しに行こうと、ナクルに相槌打ちながらうきうきしているリカルド。

 四者四様で家に戻ればシルキーが穏やかな微笑みで出迎えて、リカルドはもとよりナクルもクシュナも家に帰ってきたとほっと力が抜けた。すっかりリカルドの家が自宅と化している二人だ。

 疲れている様子の二人を見てシルキーは早めに夕食を用意し、それを食べた二人は早々に寝てしまい、残ったリカルドは帰って来ない樹を待ちがてらジョルジュと寝酒でもしないかと持ちかけたが振られたので庭で夜空を見ながらちびちび一人でやっていた。


〝神様~なに飲んでるんです?〟


 夜の澄んだ空気の中から滲むように姿を現したウリドール。


「ん~ ウラマイカって酒。果実酒らしいけど、結構すっきりしていてうまいぞ。飲むか?」

〝わ、飲みます飲みます〟


 ウリドールはいそいそとリカルドの隣に座って、リカルドが作り出した杯でやや黄色がかった透明なトロリとした酒に口をつけた。

 それを見ながら、こいつ精神体で飲めるのか?と勧めておきながらそんな事を考えるリカルド。

 ウリドールはどうやっているのか器用にお酒を飲むと、杯を掲げて首を傾げた。


〝ん~……なるほど……人間はこういうのを飲んでるんですね〟

「うまいの?」

〝栄養にはあんまりならないですけど、面白いです〟

「あぁ、魔力が飯だもんな。それならこっちの方がいいか?」


 ひょいと空間の狭間から取り出したのは、つい先日どっかの女神様が置いていった神酒だ。

 白い陶器の瓶から注がれる液体は黄金色に輝いており、辺りに漂う芳醇な香りは甘すぎずそれでいて華やかでそれだけで期待が膨らむような香りだった。


〝わぁ……これ、なんです? ものすごく美味しそうなんですけど〟

「これ? 女神が置いてった神酒。味は抜群にうまいんだけど、俺って死霊魔導士アレだろ? だから付き合いで飲むのはまだしも一人で神力で作られたコレを飲むのがな」


 飲むと普通にダメージを喰らうリカルドなのだ。もちろんダメージは全部魔力で受け流しているので平気と言えば平気なのだが、気持ち的にという奴だ。


〝へー………うわ、すごい……けど〟


 一口飲んだウリドールは思わずといった様子で感嘆の声を上げて、それからやばっという顔をした。


「けど?」


 果実酒を傾けていたリカルドは手を止めて、焦った顔をするウリドールに首を傾げた。


〝……果実できちゃった〟

「……え?」


 ウリドールはちらっと己の本体の方を見て、てへっと笑った。


「は? え? 一口で出来たのか?」


 実はナクルの為に一度禍過果実をウリドールに協力してもらって作っていたリカルド。その時はそこそこの魔力を渡してようやく出来たのに、たった一口の神酒で意図せず出来てしまった事に驚いていた。


〝すごいですねこれ、ちょっとクセはありますけど、こんなに凝縮されたものがあるんですね〟

「まぁ……本物の神の力で作られたものだからな……」

〝果実どうしましょ?〟

「あー……必要分はもうあるしなぁ……」


 シルキーに頼んでナクル用のお菓子の中にほんの少しずつ入れて貰っており、すでに採取した一個で目標値には達しそうなのだ。加えてもう一個となると過分になる。


(俺が食べる分には別に問題ないし……シルキーにお願いして何か作ってもらおうかな……)


 試しに虚空検索アカシックレコードで調べると加熱すると甘味が増して美味とあった。

 それならアップルパイみたいにすれば風味が一番わかるかな?と想像して、よっこらしょと立ち上がるリカルド。ウリドールの本体、世界樹のところまで行って黄色味掛かった桃のようなそれをもいで空間の狭間に仕舞った。

 それからウリドールの杯は回収して神酒は没収し、普通の酒ならいいぞと二人で酒を飲んでいたが、どちらも酔っ払いにはならないのでお茶をしているのと変わらなかった。


「にしても樹くん遅いな……」

〝羽目を外してるんじゃないんですか~?〟

「それならそれでいいんだけどな、変な事に巻き込まれてなければいいんだが」


 言いながらリカルドは虚空検索アカシックレコードで様子を少しだけ確認した。


「………何やってるんだ」


 結果、アイルが飲んだくれて樹に介抱されているというどうしようもないものが見えた。

 周りにルゼやハインツの姿はなく、路地裏で座り込み完全に樹に絡んでいる姿にリカルドは溜息が出た。

 だけどまぁ、それも社会勉強と言えば社会勉強かなぁと見守る事にした。

 今の樹がその辺の破落戸にどうこうされる事はないだろうし、何なら教会の騎士であろうとアイルを担ぎながらでも余裕で撒けるだろう。ただし担いだ時点でアイルが吐きそうではあるが。


(この分なら朝帰りになるかもなぁ……)


 それなら館開けるのもいいかな?と思うリカルド。

 今日目星をつけたものは最終日に纏めてじっくりしっかり見て回ろうと思っているので、今日はもうやる事が無かった。


「ウリドール、俺はもう行くけどコレ飲むか?」

〝神様は飲まないんですか?〟

「ちょっと仕事するからな」


 ええ~つまらない。という顔をするウリドールに、また別の酒を持ってくるよと言ってリカルドは家の中へと戻った。

 そうして地下の占いの館へと入ってグリンモア版リカルドとなり、身形を整えてから椅子に座って裏道からの道と札からの転送を受け入れた。


 催し物の期間中だからか、一番目のお客は裏道から戸惑った様子で入ってきた素面の人間だった。

 戸惑っていたがリカルドが占いの館である事を告げると、よっぽど悩んでいたのか素直に椅子に座って半信半疑ながらもリカルドに競合相手が不正をしているかもしれないと悩みを打ち明けた。

 結果から言うとその通りだったのだが、なかなか商業ギルドの闇も深くて不正を摘発するのはすぐには難しかった。代わりに、一旦この催しの間は気づかない振りをして、向こうの不正方法である情報の抜き取りを防ぐやり方をリカルドは教えた。そうすればとりあえずは互いに実力で勝負できるため、不正摘発はその後に証拠と仲間を集めてじっくりと取り組む事をお勧めしたのだ。

 四十代後半の、少し後頭部の髪がさみしくなり始めた男は肩を落としていたが、従業員を守るためにも今回は動かない事を決めて帰っていった。


 他企業の技術を盗むっていうのはどこでもあるんだなと、気の毒に思いながら次の客がすぐに来たのでリカルドは頭を切り替えた。


 二番目の客は同じくこの催しで王都に出て来た料理人で、今日リカルドが食べた名物決定戦に参加している一人だった。

 一人目の客と同じでこちらも王都には不思議な店があるのだなと戸惑っていたが、料金がそこまで高く無かった事もあって実はと悩みを打ち明けた。

 二十代前半のまだ若い料理人は故郷の街で家業の宿屋を継ぐために修行をしている最中だったのだが、結婚の約束をしている相手が病に倒れてしまい、その治療費を稼ぐために王都に出てきたのだった。新しい名物として選ばれたら賞金が出るため、万に一つの希望をかけて臨んだのだが現実はそう容易いものではなく、現状後ろから数えて早い順位だった。

 一通りの話を聞いて確認して、ん?と思うリカルド。

 この青年料理人の恋人が掛かっている病というのが、ごく最近店にやってきたお客が求めた植物が特効薬となる病だったのだ。

 この国ではあまり見られない病だったので意外に思いながらも、どうするかなぁとリカルドは迷った。特効薬となる植物は現在季節外れで花が咲いておらず、その代わりとなる植物はあるのだが、抽出方法が素人には無理で、その上まだこの世界で商品化されていない物なのだ。しばし考えた後、以前の客と同じように薬の精製方法を紙に記して、抽出技術のある薬師の名と共に青年に渡した。

 もう無理かもしれないとどこかで考えていた青年は期待半分、これが嘘だったらという恐れ半分の顔をしていたが、ここで迷っていてもお金は手に入らない、彼女は助からないと覚悟を決めて店を出て行った。

 リカルドはその日、面白そうな魔道具に注目して見て回っていたのだが、ああいう人を救うための薬開発に必要な道具も開発されたらいいかもなと、青年を見送りながらそう思った。


 そんなこんなで催し物で王都にやってきた人物や、それに関わる人間が路地裏からひっきりなし入ってきた。ここまで客が入るのは、普通にテントを立ててやっていた頃以来で、終いの方にはちょっと頭が疲れてきたリカルド。

 次の客でお終いにしようと思ったところで現われたのは、路地裏ではなく札からの転送だった。


「ようこそ占いの館へ。今宵はどんなご相談でしょう」


 定型句を言って垂れ幕から現れた客を迎えたリカルドは、ちょっと目を丸くした。


「……どうされました?」


 相手は王太子だったのだ。

 いつもなら定型句すら言わせてもらえず勝手に椅子に座る王太子が、ふらっとした様子で椅子の背に手を置いて、立ったまま額に手を当てていた。


「主……主は信じろと言ったよね?」


 何の事だっけ?と一瞬ハテナが浮かぶリカルドだったが、すぐに婚約者の侯爵令嬢を信じろと言った事を思い出した。


「お相手の事ですか?」

「………主も、この世界が誰かの想像で作られたものだと考えているの?」


(あ、なるほど)


 王太子の言わんとする事を瞬時に理解して、リカルドは微笑みを浮かべた。

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