第40話 飲みという名の雑談会

 飲み屋のテーブルに突っ伏しているリカルドの前に、ダン!とエールの入ったジョッキが勢いよく置かれた。


「はいお待ち!」


 置かれた勢いでジョッキの中身が飛んでリカルドにかかるが、気にならないくらいにリカルドは疲れていた。


「大丈夫か?」

「ちょっと二日酔いというか……」


 ラドバウトに心配されて手だけ振るリカルド。ただの精神的疲労なのだが、女神の酒癖が予想以上にアレで気力が枯渇していた。

 リカルドもそれなりに社会の荒波に揉まれて面倒くさい上司とか酒の席を乗り越えてはきた。だが、女神のそれは絡み酒とか泣き上戸とかとレベルが違ったのだ。

 よっぽどくだんの管理者に対する鬱憤が溜まっていたのか、女神は初っ端からリカルドの作った空間を吹っ飛ばしそうな神撃をぶっ放して怒濤の如く愚痴をぶちまけた。普通の人間ならテーブルを叩いたり、大きな身振り手振りで感情を表現するところを全部何がしかの破壊衝動に変換して放つので、リカルドは全力でガードする羽目になったのだ。もちろんダメージを魔力で受ける事は可能なのだが、そうすると空間が壊れて家への被害が計り知れないのでガード一択だった。まぁそんな事がなくても普通に怖くてリカルドはガードしていただろうが。

 いい加減耐え切れずキレたリカルドが「あんた平和と安寧の女神じゃないのかよ!」と突っ込んだが、「好きでやっとるんじゃないわ!」と逆効果だった。おかげでリカルドは死霊魔導士リッチになってから初めて走馬灯(妄想)を見た。


「お前が二日酔いってどんだけ飲んだんだよ」

「小さな池ぐらい? いや量は関係ないんだけどな……相手が」


 池?となるラドバウトに頭を振ってリカルドは上体を起こした。


「悪い。来てもらってるのにしっかりしないとな……」


 家では樹もナクルもいるのであんまりだらしないところは見せたくなくて、シャキッとしているリカルド。でもラドならいいやという気持ちから気が抜けてしまった。

 ちなみにクシュナとジョルジュももちろんいるのだが、いいところを見せたいという相手でもないので意識から抜けている。


「ほんとに大丈夫か? 二日酔いなら無理して飲まなくてもいいぞ。飯だけで」

「あぁうん、平気平気。酒全然問題ない。で、誘ったのはちょっと話があって」

「おう」


 定番の焼いたそら豆を口に放り込み、エールで流し込むラドバウト。それで?と目で話を促す。


「一つはハインツの報酬の件なんだけど。ラドの装備がダメになったから、その代わりにヒヒイロカネで新調したいって事だったんだが」


 ハインツから聞いてるか?と尋ねるリカルドに、ラドはため息をついて頭をかいた。


「やっぱあいつそういうつもりだったか……」

「初耳?」

「あぁ。予想はしていたがな。だけどそれじゃハインツの報酬にならんだろ」

「パーティーメンバーとしてはなるんじゃない? 仲間の戦力が向上するなら大歓迎だと俺は思うけど」

「だけどなお前、ヒヒイロカネだぞ?」


 ちょっと声をひそめるラドバウトに、もう妨害かけてるから普通に話していいよと手を振るリカルド。ラドバウトも気づいてはいたが、ものがものだけについつい声をひそめてしまった。


「そんな伝説の金属で作った装備なんか畏れ多くて使いづらいだろ」

「そうか? あるなら使った方がいいと思うけど。うちも冷凍庫に使ってるし」

「………」


 さらりと付け加えられた言葉に理解が追いつかず一瞬沈黙するラドバウト。


「語感からしてそれ……武器とか防具の類じゃない……よな?」

「冷凍庫のこと? 中に食材入れて凍らせて長持ちさせる魔道具だけど」


 恐る恐る尋ねたラドバウトにリカルドはあっけらかんと答えた。


「食材……なんて冒涜を……」


 カルチャーショックを受けたように目頭を掴んで頭を振るラドバウト。


「死蔵するよりかはいいと思うけど」

「だからってそれはないだろうよ……」


 じっとりとした視線を気にせず、リカルドも焼きそら豆をつまんで口に入れる。前回食べた店より塩気が強くてすぐにエールで流した。そら豆だけだが、前回の店の方がいいかも?と思う。


「まぁまぁ。で、ハインツからラドに合うように装備を見て欲しいとも言われて、どんなのがいいか意見を聞きたいんだよ。それによって量も変わるし、タイプによってはヒヒイロカネ以外でも使えるものがあるかもしれないしな」

「……まだなんか隠し持ってんのか」

「別に隠し持ってるわけじゃないって。で? 前に見たあのトゲトゲ装備みたいなのがいいの?」


 野菜炒めらしき物がデーンと皿に盛られて出てきたのを横目に話を進めるリカルド。何を言っても無駄そうだとラドバウトは諦めた。


鉱鎧蟲デュムトゥスの鎧な。かなり丈夫で俺らのランクでは手頃な装備で有名だが、をわざとつけてたわけじゃないぞ」

「え? 装飾じゃないんだ、あれ」

「もともと固い部位で加工が難しいからそう使われてるだけだ」

「そうなんだ……」


 どことなくがっかりしているリカルドに、趣味でそうしていると思われていたのかと頭が痛くなるラドバウト。


「俺は動きに邪魔なものは極力つけたくないからな。そういうのが好きだって奴もいるが俺は違う」

「ふーん……じゃあ、イメージとしてはあっさりしたプレートアーマー?」

「あっさりがどういうのかわからんが、全身鎧だな。俺は基本的に攻撃をいなすより防いで足止めする事が役割だ」

「じゃあある程度重量もあった方がいい?」

「まぁな。重すぎるのはかなわんが、ある程度の重さは欲しい」

「ヒヒイロカネって薄くても強度がすごいから重量を出すとなると厚くするかちょっと工夫がいるかもな」

「そうなのか?」

「うん。冷凍庫作ってる時に色々試したらそうだった」

「…………」


 冷凍庫……な。と、微妙な顔になるラドバウト。


「ちなみにヒヒイロカネを扱う職人さんはいる?」


 ラドバウトは全冒険者憧れの金属をなんでそんなものにという気持ちをエールと共に押し込んで、知人の顔を思い浮かべた。


「やれそうな心当たりはいるが……」

「じゃその人とも相談した方がいいかな。技量によって出来る事も変わるだろうし……関節部分の強度を考えると下に着る服も工夫が欲しいとこだよなぁ」

「下にも強度って何作る気だよ……」

「変なものは作らないって。それよりその職人さんの名前は? ちょっと相談しに行くから」

「リッテンマイグスっていう穴人ドワーフだが、お前相談って」

穴人ドワーフ! いいね、穴人ドワーフ。俺まだ会った事無いんだよ」


 急にテンションの上がったリカルドに、前衛職でも無いくせに、なんで穴人ドワーフで盛り上がるのか謎なラドバウト。普通は剣や鎧を扱う者が穴人ドワーフ製作の武具に魅せられるものだ。そして何でリカルドが相談しに行くのかも謎だった。ヒヒイロカネという物を出せばそれでリカルドが用意する報酬は完了する。リカルド自身が鎧を用意する必要はどこにも無い。

 無いのだが、声を弾ませわくわくしている様子のリカルドを前にするとまぁいいかとラドバウトは思った。


「かなりの気分屋だから行っても会ってもらえるかはわからんぞ」

「じゃラドが紹介してよ。その場で話が詰められるなら詰めてさっさと作っちゃった方がいいだろ?」

「そりゃまぁそうだが……」


 ラドバウトはおっさん話聞いてくれるかなぁ?と頭を掻いた。珍しい酒か強い酒が残ってただろうかとクランの酒蔵を思い浮かべるが、勝手に飲まれるので何が残っているのか思い出したところであるかどうかはわからなかった。


「もう一個の話なんだけど、ラドは戻ってきてからハインツと会ったか?」

「顔は合わせてるが……なんだ?」


 きょとん。とした顔のラドバウトに、これは何も気づいていないなと悟るリカルド。


「これはあくまで俺の推測なんだけどな」

「おう」

「ハインツ、もしかしたらラド達のクランを抜けるかもしれないと思って」

「……どういう事だ」


 ゴトリとジョッキをテーブルに置いて真顔になるラドバウトに、リカルドは手を上げて落ち着いてと制した。


「ハインツ自身に何かあったわけじゃないからそこは安心して。ただ詳しい事は俺から言うのは違うと思うから、ハインツが言い出すか、様子が明らかにおかしいと思ったらラドが問い詰めて」

「問い詰めろって」

「そうでもしないと言わないと思うから。それで、もしクランを抜けるとか言ったら止めて欲しいんだ」

「……本人が抜けるって言ったら、うちのクランは止めないのが方針だ」


 ラドバウトは太い眉を寄せて難しい顔で首を横に振った。

 なるほど、揉め事にしないためかなとリカルドは考えてわかったと頷いた。


「じゃ言い出したら俺を呼んでくれない?」

「お前を?」

「そう。ラドがダメなら俺が説得する」

「……あのな、あんまり他人の事に口を出すのは褒められた事じゃないぞ」


 冒険者なら尚更だと苦言を呈すラドバウトに、リカルドは苦笑した。


「それもそうだとは思うんだけど、もうがっつり首突っ込んじゃったんだよ。他人だって言われたらそれまでなんだけど、最後まで付き合うって決めたから、まぁ……そこは見逃して?」


 だめ?と首を傾げて見せるリカルドに、唸るラドバウト。生死が身近にある冒険者では他人が進退に口出しするのは余計なお世話以外の何物でもない。それにハインツは軟派に見えてなかなか意志は固く、仮に止めるとなってもラドバウトが説得したところで変わらないだろうと思っている。

 だが、この一風変わった魔導士なら?

 個人的にはまだまだハインツには抜けてほしく無いとラドバウトだって思っている。だったら、リカルドに知らせるぐらいの時間稼ぎはするかと気持ちは傾いた。


「わかったよ……お前、意外とお節介なんだな」

「そうか?」

「少なくとも同じチームでもないのに引き止めようとする奴なんて見た事ないな」

「あー……まぁそうかもな」

「しっかし……聞いちまったら気になってくるなぁ」

「そこは知らないフリしといて」


 軽く言うリカルドに、ラドバウトは苦笑いを浮かべて置かれたトルティーヤもどき肉包みに手を伸ばした。


「俺は腹芸苦手だってのに」

「いやいやリーダーやってるならお手のものでしょ」

「そう見えるか?」

「脳筋寄りに見える」


 手のひら返しが酷いリカルドに、ラドバウトはがくりと肩を落とした。


「お前なぁ……」

「あ、そうだ。これ」


 リカルドもトルティーヤもどき肉包みにかぶりつきながら、周囲に配慮して懐からと見せかけて虚空の狭間から取り出したのは懐中時計のような形をした魔道具だ。


「こないだ開発された相互通話型の携帯魔道具」

「そうご……なんていった?」

「相互通話型。離れていてもこれを使えば会話出来る魔道具だよ」


 ラドバウトはへーと手を布巾で拭いてから、感心したようにそれを手に取りひっくり返したりして観察した。


「伝達の魔道具は見たことあるが、こんな小型のやつは見た事がないな」

「そっちは固定式で遮蔽物があると使えないけど、これは持ち運び出来るし遮蔽物関係なく使えるから。使う時はここを開けて、押すだけ」


 懐中時計のように蓋をぱかりと開けると、中に数字が刻印された盤面と小さなボタンがついていた。


「押したらセットになってるこっちのここが光るから、こっちもここを押せば、『話せる』」


 リカルドがもう一つを取り出してそこに言えば、ラドバウトが持っている魔道具からリカルドの声が流れ、二重になって聞こえた。


「ほー、面白いな。こっちからも話せるのか?」

「相互だからな。それが売りだ」

「ギルドが欲しがりそうだなこれ」

「既に予約がすごいらしいよ? 三年待ちだって。今も予約の数は増えてるかも」

「よく買えたな」


 感心するラドバウトに、ふっふっふーと笑うリカルド。

 先日、占いの館にやってきた魔道具作りの少年の様子を見たら、なんと魔道具を完成させて賞を取り製品化までさせていた。しかもリカルドのために取り置いてくれていたのだ。再会出来るかもわからない相手のために、わざわざ。だから早速お邪魔してお金は要らないという少年に定価を支払い、ついでに次のモデルの要望もちゃっかりお願いしてきたリカルド。自分で作ろうと思えば作れるが、こういうのは多くの人が切磋琢磨して作り上げたものを使う方が楽しいと考えていた。自分にない発想や、デザインが生まれるのでそれをワクワクして待つの楽しいのだ。いわゆる最新のケータイを追っかけるアレと同じ心理である。


「そっちはラドが持ってて」

「俺が?」

「ほらハインツの事もあるし、連絡とりやすい方が楽だから」


 ちなみにシルキーには複製して、かつシルキー専用に調整したものを渡している。これでいつでもどこでもシルキーとは会話可能だとリカルドは小躍りしていた。


「お前……こんな貴重なもんをポンと渡すなよ」

「持っておいてもらわないと使えないだろ?」

「そうかもしれんが……これ壊れそうで怖いな」

「あ、平気。保護かけといたからちょっとやそっとの衝撃じゃ壊れないよ。少なくともラドが全力で握り潰そうとしても無理だと思う」

「そうなのか?」


 ならまぁまだ気は楽だなとパチンと蓋を閉めて、ふと気がついたようにラドバウトはもう一度それに視線を落とした。


「なあこれ、光るかどうか見てなきゃならないのか?」

「あ、気づいた?」


 リカルドは指についたタレを舐め、もう片方の手で自分が持っているそれをひっくり返した。


「これは内緒な? ここを押したら、振動するように改良してある。首に下げとけばわかるだろ?」

「なんだ、そっちの方がいいじゃないか」


 なんで最初からその機能つけてないんだと呟くラドバウトに、そりゃ仕方ないよとリカルド。


「もともとこれって常に人が待機して使う固定型の魔道具を進化させたものだからな。こうやって持ち運びに出来るようにした時点ですごいんだぞ?」

「そうなのか?」

「そうだよ。ここからまた進化するだろうけど、持ち運び型はこれが基本になる筈だ」

「ふぅん」


 大して魔道具に詳しくないラドバウトは適当に頷いて首にかけた。

 あんまりわかってないなと思うリカルドだが、使う方はそんなものかと嘆息した。技術者の苦労は使用者には伝わらないものであるし、むしろ感じさせないものの方がいい出来だという見方も出来る。


「そっちの訓練はどうだ? アイルとルゼは邪魔してないか?」

「アイルは張り切って樹くんに教えてるよ。ルゼの方は……あの子自由だよな」


 ルゼはリカルドが家に放っている小鳥型の魔道具だとか、敷地に張り巡らしている陣だとか、ウリドールだとか観察対象が多くてふらふらとあちこち気の向くまま探索している。時々、クシュナとナクルの訓練も興味深そうに見て真似ようとしたりもしている。害はないので放っている状態だ。


「ルゼはマイペースだからな。ま、アイルが迷惑掛けてなきゃ良かった」

「そっちは討伐の依頼とか最近は無いの?」

「指名は無いな。クランの方も今は落ち着いてる。いつ召集掛かるかはわからないけどな」

「そっか」

「お前は? ずっと家に居るらしいが依頼は受けてるのか?」

「ちょうど今受けてるよ」

「お? 何やってるんだ?」

「そこは守秘義務があって言えないな。ま、討伐ではないと言っとくよ」


 守秘義務?と訝しむラドバウト。ギルドの依頼で守秘義務が生じるのは、ほとんどが指名依頼だ。

 リカルドのランクは一番下のF。そんなランクに指名依頼を出す奴なんてまず居ない。出すのはあってCからだ。実力的には違うとラドバウトはわかっているが、それを知っているのは限られた人間だけだ。


「……あぁ、あっちか」


 何かやばいものに関わってるんじゃないかと心配したラドバウトだったが、リカルドが家の土地を所有している事を思い出した。その際、このグリンモアの大物貴族が手を貸している事も。


「死霊屋敷の件で一部には実力が知れてたな」

「それなー、どこからどう伝わるかわかったもんじゃないわ。今回はいいけど、基本ギルドは畑仕事が一番だな」

「………畑?」


 ワンテンポ遅れて聞き返したラドバウトに、リカルドは軽んじられている気配を敏感に察して姿勢を正した。


「いいか、ラド。ギルドには確かに討伐だとか採取だとか護衛だとかの依頼は多い。だけどな? こうやって飯を食えてるのも作物育ててくれる人がいるからなんだぞ? 一番基礎となる部分で支えてくれてる産業を馬鹿にしたらバチがあたる。雨の日も風の日も、暑い日も寒い日も絶える事なく作物の世話してくれてるんだ、その弛まぬ労働に敬意を表する事はあってもその逆は無い」

「まてまて。別にバカにしたわけじゃなくてだな、お前みたいな魔導士が畑仕事なんて出来るのかと純粋に疑問だっただけだ」


 いきなり真顔で語り出したリカルドに、慌てて手を上げて弁明するラドバウト。

 ふーんー?と、片眉を上げて疑いの目を向けるリカルド。

 この世界へやってきてお金を手に入れられるようになったのは畑仕事があったおかげだし、水不足の時には神経使いまくって対処したので農家に対する親近感は強い。リカルドの中で守るべきものとして認定されている一つが農業だ。


「南の出なんだろ? すっかりグリンモアの人間みたいになって」

「うん?」

「畑が一番とか言い出すところがグリンモアの人間だって言ってるんだよ」


 ここの連中はそこに口出すと饒舌になって止まらないかキレて喧嘩になるかどっちかなんだよ……と、疲れを滲ませた遠い目で語るラドバウト。

 あぁ、過去に何度かやったんだなと思わせる風情に、いやでも俺そこまでじゃないしと思うリカルド。


「俺は別に畑命ってわけじゃなくて、大事だと思ってるだけだぞ」

「そこがもうな。この国以外の冒険者は言わないんだよ」

「食は基本なのに?」

「そうだけど、そうなんだよ。あと、お前畑仕事だけじゃなくて普通の討伐系も受けとけ」

「なんで?」

「その方がランクが上がりやすい」

「特に上げるつもりは無いんだけど」

「ギルドに警戒されるぞ?」

「ギルドに?」


 素でわかっていなさそうな反応に、ラドバウトはギルドに顔を出した時の事を思い出して苦笑いを浮かべた。


「ギルドにも数は少ないが鑑定を持つ人間がいるってのは知ってるか?」


 鑑定の単語にわかりやすく固まるリカルド。


「そいつは結構な実力者だけど、お前はそうだ。そいつが見れないのはSランクあたりの奴しかいない。だから今お前は推定Sランクだとギルドの上の連中には認識されてる」

「個人情報ダダ漏れかよ」

「お前が言うな」


 突っ込まれて、そういやラドには出会い頭に鑑定したなと思い出すリカルド。


「そんな実力の奴が畑仕事とか、あっちからしたら何の冗談だって話だろ?」

「……いいじゃん、畑仕事でも。仕事に貴賤はないだろ」

「いい事言ってる風な顔して煙に巻くな。

 ギルドにはいろんな人間が集まるから、お前がそういう実力に合わない事をしてると後ろ暗い過去でもあるのかと怪しむんだよ」


 それは困る。と唸るリカルド。

 別にやましい事は何もしていないのだが、いかんせん種族は死霊魔導士リッチ。何がきっかけでバレるかもわからないし、バレたら追い出される。


「じゃどうしたらいいんだよ……」

「だから討伐依頼を受けとけって言ってるんだよ。で、ランクをCぐらいにしておけばそこまで怪しまれない」

「討伐……」


 過去に討伐依頼を調べた時の事を思い出し、表情が抜けるリカルド。


「死霊屋敷を片付けたぐらいだ、そっち系の討伐ならお手の物だろ」

「………絶対やだ」

「ん?」


 ぼそっと言ったリカルドに、丁度エールのお代わりを身振りで示していたラドバウトは聞き逃した。視線を戻したら、表情の無いリカルドがひたりとその黒い目を据わらせていた。


「絶対嫌だ」

「お……おぅ。そうなのか」


 なんでだ?と思うものの、滲むような威圧を放つリカルドに身を引くラドバウト。


「じゃあこの辺の鋏猫鬼ニグルスでも狩ったらどうだ?」

「……それ、討伐部位を持って来なきゃならないよな」

「そりゃそれがなければ依頼達成した事にはならないからな」


 ぐっと奥歯を噛みしめ目を閉じるリカルド。

 下手に探られないためには討伐依頼は受けた方がいい。だがしかし、そのためには血を見なければならないらしい。どうしてもやらなければならないならやるが、やるしかないとわかっているが、それでもリカルドは気が重かった。


「まだ樹くんのためだとかってなら頑張れるんだけどな……」


 重い溜息をつくリカルド。


「何か問題なのか?」


 事情でもあるのかと思って尋ねるラドバウトに、リカルドは苦手なんだよと言いかけて、ハインツに笑われた事を思い出し飲み込んだ。


「いや、大丈夫。そのうちやっとく。そのうち」


 ジョッキに額を付けそうな勢いで沈むリカルドに、全然大丈夫じゃないだろと突っ込みかけるラドバウト。だがリカルドが突っ込んで欲しくなさそうだったので、何も言わず、空になった皿の追加で何かを頼もうとカウンター上に掲げてあるメニュー表を見上げた。

 夜はまだ長い。そしてまだまだリカルドとの話題も尽きることはなかった。

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