第38話 秋物の素材収集と訓練開始

 深夜になり、リカルドはベッドからそっと身体を起こした。

 しがみついていたナクルは寝ている間に力が抜けて、あどけない寝顔を晒している。

 出会った時は清潔ではあるものの、細い身体で怯えを堪えた顔が痛々しかったが、今は子供らしく口を半開きにしてすーすー寝ていた。


 リカルドはそーっとベッドから降りて、そのまま防音をナクルの周りに施して一息。額の汗(出てない)を拭い、椅子に腰掛け凝った肩(気のせい)を回した。


 あれから夕飯だからとナクルを起こして、シルキーと樹を紹介してみんなで夕飯を食べたのだが、ナクルはずっとリカルドにへばりついていた。そしてそのままお風呂も、寝る段階になってもリカルドから離れなかった。

 ジョルジュはリカルドとナクルが一緒に寝る事に難色を示したが、ナクルがクシュナもジョルジュも怖がってリカルドから離れないため、致し方なく今に至る。


(……なんでこんなに懐かれたんだ?)


 ナクルがクシュナとジョルジュを怖がっていたのは、自分を咎める世話係と同じ教会の人間だと思ったからだろうが、だからといってそれが自分に懐く理由になるとはリカルドには思えなかった。

 リカルドがやった事と言えば、初めて会った時に怖がらせないように自分から距離は詰めず、しゃがんで自己紹介をしたぐらい。そんなどこの子供に対してもやるような事しかしていないので、謎だと思いつつもリカルドは魔道具の作成を始めた。


 作るのは樹に渡している腕輪と同じものと、姿を変える(というより、認識を変える)首飾りだ。今回は腕輪に関しては反射機能はつけず、無効化に重点を置く。ちなみに樹のつけている腕輪も調整済みだったりする。反射は周りがヤバいとリカルドは骨身に染みた。

 一度作ったものなので然程時間は掛からず二つの腕輪が完成し、もう一種類の姿を変える魔道具も程なく完成した。


 ナクルはぐっすり眠っているようで、起きる気配はない。念のためリカルドは虚空検索アカシックレコードでも調べたが、朝まで熟睡コースだ。


(………うーん……)


 起きる事はないとわかっているが、それでもこの場を離れるのは気が引けるリカルド。

 長時間部屋を離れる事になる占いの館を開けるよりは、短時間で一時帰宅できる素材集めの方がマシかと思案した。


(……えっと、季節ものは)


 素材のリストを書き出した紙を空間の狭間から取り出して指折り数え、手っ取り早いところから転移して取って戻るを繰り返す。

 そうして十回以上それを繰り返し、残ったのは古龍の逆鱗剥ぎ取りツアーだ。

 ちなみにこの逆鱗、繁殖期のと注釈がついている通り、古龍が盛っている時でないと剥ぎ取っても使えない。従って、運良く番と巡り会えた古龍から剥ぎ取る必要がある。だが古龍の個体数はそれほど多くはなく、都合よく番と出会っている個体もまぁ当然いなかった。


(こっちが雄で、こっちが雌で、相性はこれとこれがよくて……いや、こっちの方がいいな。こいつは……ちょっと短気でこの辺は合わないから……)


 結婚相談所の相談員のようにこと細かくマッチングを開始したリカルドだが、別に最良の相手を見つけてやる必要はない事に気づいたのは、ベストマッチの組み合わせを揃え切った後だった。

 何分技術畑なもので、ついついベストを探してしまう己に、何やってんだろ……と、一人虚しさに襲われた夜だった。


 翌朝、日が昇るまでにリカルドはどうにか剥ぎ取り作業を終える事は出来たが、激怒した古龍に叩き落とされる事三回、噛みつかれる事二回。いずれも無傷ではあったのだが、恐竜も真っ青なお口で頭から噛まれたのには気を失いそうになった。

 ちなみに、この年の古龍の繁殖率は過去一番となるが、リカルドがそれを知るのは先の事となる。


 肉体的には全く問題ないが、いつかの如く精神的にはズタボロの状態でキッチンによれよれと顔を出したリカルド。


〝おはようございます〟

「おはよう……看病の方、大丈夫?」

〝昨夜少しだけ目を覚ましましたが、常世だと誤解しているようでした〟

「とこよ……あぁ、天国とかあの世って事か」


 無理もないかと境遇を思って息を吐くリカルド。


「しばらくは誤解させたままの方がいいかなぁ」

〝そう思います。まだ周りに意識を向ける気力が無いのだと〟

「うん……じゃあまぁ聞いてくるまではそのままで」

〝はい〟


 頷きながら、シルキーは用意したお茶とブランデーの香りづけがされたブラウニーをリカルドの前に出した。

 リカルドは真顔(気持ちが急いて表情がおいついてない)で、いそいそと食卓に座り、手を合わせてさっそくいただいた。

 チョコレートのほろ苦さとブランデーの香りが絶妙で、アクセントに入っているナッツがまたいい仕事をしていると、目を閉じてじっくりじんわり味わうリカルド。


「はぁ……おぃしい」


 疲労から真顔のまま恍惚としているリカルドにシルキーは微笑み、縫い物籠に入れていた縫い掛けの淡い若草色の厚手の生地を取り出した。

 ブラウニーの虜になっていたリカルドだが、八割程食べたところでシルキーの手にある小さな布地に気がついた。


「それってナクルくんの?」

〝はい。持ち物を見た限り、手持ちの衣類に防寒調整出来そうなものが無かったので〟

「あぁ、これから寒くなってくるもんね」


 パチンとシルキーが糸切り鋏で糸を切ると、縁にぐるりとローズマリーの刺繍が施された可愛いチョッキが仕上がっていた。

 チョッキなら脱ぎ着も簡単で、着ていても動きを邪魔しない。子供にちょうどいい羽織ものだ。

 満足そうにチョッキの仕上がりを確認するシルキーを見ながら、リカルドは口を開いた。

 

「……シルキー、何か欲しいものとかない?」

〝欲しいものですか?〟


 きょとんとリカルドを見返すシルキーにリカルドは頷く。


「いつも頼ってばかりだからさ、何かお礼がしたいんだけど」

〝お礼なんて……〟

「考えたんだけど、何がいいのかわからなくてさ……本人に聞くとか情けないとは思うんだけど、何がいいか教えてくれない?」

〝そう言われましても……〟


 うーん、とシルキーは頬に手を当てて悩んだ。ちらりとリカルドを見れば、リカルドはじっとシルキーが答えるのを待っている。


〝……でしたら、いろいろな布と糸をいただけますか?〟


 シルキーの答えに、それって結局シルキーの仕事を増やす事になるのでは?とリカルドは思ったが、それが望みならと了承した。

 外がゆるゆると白じみ出した頃、早寝早起きの習慣がついた樹が起きてきた。


「あ、おはようございます」

「おはよう」

〝おはようございます〟


 樹は居間とキッチンを探すようにきょろきょろとした。


「あの子は……?」

「まだ寝てるよ」

「リカルドさんがついてなくて大丈夫ですか?」


 昨夜のべったり具合を思い浮かべて尋ねる樹に、まぁ寝てるから今はねとリカルドは返した。


「樹くんも急に居候を増やしてごめんね。びっくりしただろう?」

「それはまぁ……でも、仕事ですし……それに、まともに食べてないって聞いたらほっとけないですよ」


 それより今日は朝市まだですよね?と買い物籠を手に取る樹。


「リカルドさんはあの子が目が覚めた時に居た方がいいですから、俺が行ってきます。シルキーさん、いつものでいいですか?」

〝肉類はあるので大丈夫です。野菜は根菜を多めにお願いできますか?〟

「わかりました」


 樹はさっさと話を進めて出掛け、残ったリカルドは、樹くんも元々しっかりしてたけど精神的に余裕が出て来たなぁと感じた。


(こっちの暮らしに慣れてきたって事なんだろうけど……)


 いい事ではあるが、早く帰してあげないとなとも思うリカルド。こればかりはリカルドが焦っても早める事は出来ないので、やれる事をやるしかない。


 クシュナ達が起きて来た後は揃って朝食をいただき、その後に居間で夜に作った魔道具をそれぞれに渡した。


「樹くんに渡しているものと同等の効果があります。腕に嵌れば勝手に大きさは調整されますから。外したければ本人の意思で簡単に外せるようになっています」


 樹に渡したものよりかは、幾分繊細なデザインのそれを、クシュナはまじまじと観察した。樹が騎士に襲われている時、怪我一つ負わなかった理由が魔道具にあると聞いてはいたが、こんな小さなものがそうだとは思っていなかったので、驚いていた。

 対照的にナクルはジョルジュが止める間も無くすぐに腕に嵌めて、ピタリと細い腕に合わせていた。


「……僕の?」

「そうだよ」

「……取られない?」

「ナクルくんが取りたくないって思うなら、誰にもそれは取れないよ」


 リカルドの真横に座ったナクルが見上げて尋ねるので頷けば、ナクルは嬉しそうに腕輪を撫で撫でしていた。

 今朝起きた時に、シルキーにチョッキを貰った時も嬉しそうに眺めていたから、人に贈られるものが嬉しいのだろうと思うリカルド。

 今までは孤児院で自分のものという物は少なく、教会に引き取られてからは全てを管理されてしまったので、数少ない大事な物すら手放さざるえなかった反動がそこにあった。


「ナクル様、申し訳ありませんが確認のために一度外していただけますか?」


 クシュナとナクルを守る事が役目のジョルジュがそう言えば、ナクルは顔をこわばらせてリカルドの服を握った。


「あぁ、申し訳ありません。確かに確認してもらってからにすべきでしたね。ナクルくん、ちゃんと返すから一回だけこのお兄さんにそれを貸してあげられる?」

「………返してくれる?」

「問題がなければすぐにお返しします」


 馬鹿真面目に言うジョルジュに、返してくれないの?と、警戒するナクル。リカルドは苦笑して、絶対に大丈夫だからと安心させるように微笑んだ。


「………ちょっと、だけ」


 ナクルがゆっくりと腕輪を外して、ジョルジュに渡すと、ジョルジュは腕輪の外側と内側を確認した。だが、どこにも魔道具にある筈の回路が刻まれていない。


「リカルド殿、これは本当に?」

「試してみますか? ナクルくん、ちょっと私にもこれを貸してくれる?」


 リカルドが尋ねると、こくんと頷くナクル。

 リカルドはジョルジュから腕輪を受け取って腕に嵌めると、そのままその腕をジョルジュの前に差し出した。


「どうぞ、その剣で切ってみてください」


 リカルドの申し出に、ジョルジュは一瞬眉間に皺を作ったが、その場に立ち上がると差し出された腕を引いてナクルとクシュナから離すと、やおら剣を引き抜き腕ではなく肩に振り下ろした。


ィ゛ン


 リカルドの身体に触れる前に、不思議な音色を残してジョルジュの剣は止まった。

 それを確認してすぐ、ジョルジュは聖魔法でバインドを仕掛けたが、それもまたリカルドに触れる事は叶わなかった。


「……効果は間違いないようですね」

「ではナクルくんに返してもいいですか?」


 いいでしょうとジョルジュが頷いたので、リカルドは腕輪を外してナクルに渡そうとして——目を見開いて固まっているナクルに気がついた。


「あ」


 子供の前でやる事じゃなかったと瞬時に失敗を悟ったリカルド。


「ほら、すごいでしょ? これがナクルくんを守ってくれるからね!」


 笑顔で誤魔化せとばかりにリカルドは明るく言って、ナクルの手に腕輪を返した。

 ナクルはちらちらとジョルジュを気にしていたが、戻ってきた腕輪をすぐに腕に嵌めて、それからリカルドの服を掴み直した。少しでもジョルジュから隠れるように。


「ジョルジュさん……リカルドさんも、目の前でやらないでください」


 よりナクルがジョルジュを恐れてしまった事に肩を落とすクシュナ。

 クシュナの言葉で遅まきながら状況を理解したジョルジュは「あ、いやこれはナクル様の安全確認のためで」と弁明したが、そんな固い言葉で言ってもナクルには響かないし、何より一番懐いているリカルドを攻撃した時点でアウトだった。


 ナクルの様子に前途多難さを覚えたクシュナだが、今は話を進める方が先かと自分の腕に腕輪を通すと、するりと腕に合わせて収縮しピタリと止まった。

 綺麗にフィットするその感触に目を丸くしたクシュナ。今度は外そうと手をかけるとシュルリと大きくなり難なく外れる。

 二度三度と繰り返すクシュナに、おもちゃをもらった子供みたいだなと、リカルドは密かに笑った。


「それから、こっちが姿を変える魔道具です。

 正確には人の認識を歪める魔道具なんですけどね」


 言いながらリカルドが自分にかけると、黒髪が茹でた枝豆のような鮮やかな緑に、顔立ちもグリンモアの国民に近づいた。


「見る側の認識に幻覚をかけるものですか」

「はい。見え方自体を変えると違和感だとか、誰かに似ているなという気持ちを抑える事はできないので、認識自体を歪めています。これだと誰かに似ているという気も起こさせません」


 外せば元通りとなり、ジョルジュに渡せば問題ないだろうと返された。 


「腕輪もですが、こんなものをよく持っていましたね」


 一介の、それもFランクの冒険者が持てるものではないと思うジョルジュ。

 リカルドは曖昧に笑ってそれには答えず、ナクルに首にかけてもいいか尋ねてこくんと頷くのを見てから首にかけてあげた。

 若草色だったナクルの髪は茹でた枝豆のような青々とした緑に変化し、顔の印象も大人しそうな気弱なものから男の子らしいやんちゃな雰囲気に変わった。顔の形が大きく変わったわけではないが、不思議とナクルには見えない。


 見ていたクシュナも首にかけて鏡を探してキョロキョロしているので、リカルドは棚から鏡を出して見せた。

 クシュナはちょっと恥ずかしく思いつつ、お礼を言って鏡を覗き込んだが、自分のままだった。


「あれ?」

「本人には効かないようにしています。ナクルくんが混乱するといけないので」


 まだ子供のナクルの自己認識を歪めるのは、ストレスが大きいだろうと配慮した結果だが、クシュナは少しだけがっかりした。

 それからリカルドはウリドールに関する誓約を、間違いがないようにウリドール本人を呼んで視認させてから実行し、ひとまずこれで準備が整ったと肩の力を抜いた。


「それで、あなたはどういった訓練を考えているのです?」

「特別な事はしませんよ。魔力操作の訓練を重ねるだけですから。せっかくですから庭に出ましょうか。その方が遊びながら練習できるでしょう」

「遊び……?」


 顔を見合わせるクシュナとジョルジュ。リカルドはナクルに行こうかと手を出して、小さな手を握って庭へと出た。


「ナクルくん、これちょっと見ててね?」


 木の葉を一枚取って、それを右手の上に置き、反対の手も同じように手のひらを上にしてナクルに見せるリカルド。クシュナとジョルジュも何をするのだろうかと覗き込んだ。


 リカルドは右手に乗った葉の形状をそっくりそのままコピーして左手に魔力だけで編んだ葉を出した。

 葉脈の一本一本、産毛の一つに至るまで細かく再現されたそれに、クシュナとジョルジュが目を見張った。


「で、これをね」


 リカルドが左手の魔力で作られた葉の根本、葉柄ようへいの部分にフッと息を吹きかけると、ぷくーと内側からそれは膨らみ、まるで風船のように浮かび上がった。


「はい、葉っぱ型の魔力風船。ここ掴める?」


 垂らした糸状の魔力を差し出すリカルドに、ナクルは興奮した顔で掴もうとしたが空振りした。


「あぁ大丈夫、手のひらに熱を集めて……ほら握れた」


 ほんの少しリカルドがナクルの魔力を導けば、手のひらに集めた魔力を纏わせてナクルは難なくリカルドの魔力で出来た糸を握った。


「はい、クシュナさんもこれどうぞ。手に魔力を纏わせて、魔力の波長を合わせると握れますよ」

「え? あ、わ」


 目の前にポンと作られた葉っぱの魔力風船を渡されて、慌てて掴もうとするが、全く掴めず慌てるクシュナ。わたわたと何度も握ろうと手を動かしても素通りしてしまい、余計に魔力を纏わせる事が出来ていない。


「大丈夫、焦らなくても飛んでいきませんから」


 リカルドがクシュナの手を軽く握り、補助するように魔力を導けば、はっとしたようにクシュナはリカルドを見て、その微笑みに赤面しつつ手に魔力を集めてどうにか掴む事ができた。


「っと……これ難しいですね」


 むむむと集中のため眉間に皺を寄せているクシュナだが、リカルドはそれでもクシュナが合わせやすいように調整している。逆にきょとんとした顔で握っているナクルの方は、一切調整せず破邪結界を発動しやすい魔力の状態にしている。おそらく、魔力量が足りれば、それから破邪結界を発動させる魔力の動きを教えれば、可能なレベルだなと観察するリカルド。


「難しい……の?」

「人によってはね。ナクルくんは魔力の使い方がうまいんだよ」


 すごい事だよとリカルドが誉めると、ナクルは微かに恥ずかしそうな表情を浮かべて顔を伏せた。


「今度は花にしようか」


 ポンと、その辺に咲いている小さな花を模した魔力風船(葉とは違う魔力)を作って、はいどうぞとナクルとクシュナに渡すリカルド。

 ナクルは片手でそれを受け取り、クシュナは受け取ろうとして、左右の手で違う魔力に合わせる事が出来ず両方とも手から離れてしまった。


「あぁ……」


 情けない声が出るクシュナに、ナクルは口元をもにょもにょとさせたが、笑うと怒られると思って我慢した。


「はぁ……私よりナクルくんの方が優秀なんですね」


 クシュナがしゃがんでナクルに目を合わせ、羨ましいなと言えば、どうしていいかわからない顔でリカルドを見上げるナクル。

 その様子に、言葉を交わしてもらうのはまだ難しいかとこっそり落胆するクシュナ。昨日一晩考えて、これからは自分がナクルの事を気にかけて守ろうと決めたのだ。小さい子を守るのは年上の役目だというのが下町の常識だし、そうやってクシュナは育って来た。


「ナクルくんの場合、魔力量が少ないので扱いやすいというのもあると思います」


 気負わず一つずつやっていきましょうと軽く言うリカルドに、教会の指導とは違って楽だなぁと思うクシュナ。

 教会の訓練は少しでも成果を求められるので、常にプレッシャーとの闘いでもあった。


「じゃあやっていきましょうか」


 そう言ってリカルドは、クシュナに二つの魔力風船を持てるように魔力を導いて体感で覚えさせた後に独力で持てるよう自主練習を指示し、ナクルとは葉っぱや虫の形を魔力で再現する遊びを始めた。

 魔力を可視化させるところから始め、塊として形を似せて、それを今度は折り紙のように薄い膜で再現させて、最後にはリカルドがやったように糸状のもので編み込むように立体を形作るところまでいった。


(やっぱこの子、天賦の才があるわ)


 ほんの少しやり方を誘導すれば、すんなりと真似るナクルに舌を巻くリカルド。鑑定で確認しても、魔力操作のレベルがとんとん拍子に上がっている。

 この分だと、ネックとなっている魔力量をじわじわ増やしながら、増やした魔力に慣れさせるのがナクルの訓練の主軸になるなと考えた。


「あ、お前こんなとこにいたのか」


 顔を上げると、樹と走り込みをしているアイルがこちらに来るところだった。


「おはよう」

「こいつらがお前の生徒?」


 アイルの視線を受けて会釈をするクシュナ。

 ふぅんと、足を止めてこちらに近づくアイルに、訓練を見守っていたジョルジュが前に出ようとしたが、リカルドはそれを止めた。


「そうだよ。ナクルくん、この人は樹くんの兄弟子でアイルと言うんだ。挨拶できる?」


 リカルドが自分の手を握るナクルに尋ねると、ナクルは出来ると頷いた。


「お、おはよう、ございます」

「なんだよ、別にとって食ったりしないっての」


 アイルは遠慮もなくナクルの頭をわしゃわしゃとかき混ぜると、しゃがんでニッと笑った。


「この陰険野郎にいじめられたら俺に言え、やり返してやるから」

「アイルさん……リカルドさんはそんな事しませんって」


 後ろから何言ってるんですと呆れ気味の声を出す樹に、アイルはくわっと目を見開いて振り返った。


「お前は知らないからそんな事言うけどな! こいつ酒飲んでるときめちゃくちゃ煽ってきたんだぞ!? あの時のこいつはもうほんと、無茶苦茶腹立つ奴で! 今も腹立つけどな! 他の奴には無害ですみたいな顔しやがって! とにかくすげー陰険な奴なんだよ!」


 捲し立てるアイルに、そういえばもう飲めないの?終わり?残念だなぁと煽ったなと思い出すリカルド。酒の席で気分的に酔ってたのでノリノリでやってしまったが、その時の事を根に持たれてたのかとアイルの態度に一人納得した。


「ごめんごめん。あの時は久しぶりに飲んで楽しくなっちゃって。今度は普通に飲もう?」

「やだよ! また負けるだろ?! お前底なしじゃねぇか!」

「いや勝負はしないって。普通に飲むだけ。あ、そういえばラドは遠征から帰った?」

「何で遠征の事知ってんだよ!」

「ハインツに聞いたからだけど」

「〜〜〜ハインツさん!」

「で、帰ってるなら今度は二人で飲みたいんだけどって伝えてくれない?」

「やだよ! 自分で言えよ! 俺を使うな!」

「じゃハインツに頼むか」

「言ってやるよ! ハインツさんを伝言なんかに使うなよ!」

「じゃあよろしく。ありがと」

「〜〜〜〜〜あ゛あ゛もう!」


 頭掻きむしって走っていくアイルと、なんとも言えない顔で頭を下げて追いかけていく樹。


「びっくりした?」


 リカルドが固まっているナクルの肩に手を置くと、ナクルは顔を上げてふるふると首を横に振った。


「院の……兄ちゃん、みたいだから」


 あぁ、孤児院なら確かにああいうのがいるかもなと思うリカルド。

 ナクルはどちらかと言うと、気が弱いタイプで年上の子に守られているところがあったので、兄貴風を吹かせるアイルとの相性は良かったのかもしれない。そう考えながら、警戒しているジョルジュに問題ないでしょと肩を竦めて見せた。


「……あまり、不用意な接触はしないで欲しいですが」

「危険はないと思いますよ。腕輪もしていますし、彼らはそういう人達ではありませんから」


 それより、同世代の子と引き離されたナクルのケアをもう少し真面目に考えた方がいい。クシュナが潰れそうになっている時もリカルドは思ったが、教会はちょっと歪だ。

 もう少しナクルくんの体調が落ち着いたら街歩きをしたり遊んだり、いろいろやらせないとなぁと頭を掻くリカルド。

 健全な精神を育まないと、せっかく教えた魔法もどんな風に利用されるか判ったものではない。

 自分の身を守る事も教えないとだなと、やる事がどんどん増えていく状況に手を出したからには最後まで見届けないとなと勝手に意気込むリカルドだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る