第34話 ちゃらい魔法剣士の探し人
「は? 指名依頼?」
朝ごはんを食べて、もう少しすればハインツ達がやってくる時間。居間でギルドの使いから渡された封書を開いていたリカルドはその内容に声を上げた。
「どうしたんです?」
居合わせた樹に尋ねられ、リカルドは困ったような曖昧な表情を浮かべた。
「俺に先生になってほしいとかって依頼が来てるみたい」
「先生?」
「そう、魔法の。でも俺、ギルドでそんなに仕事してないから魔法の先生に指名されるような事にはならないと思うんだよなぁ……」
畑仕事ぐらいで……と、思い浮かべたリカルドは気づいた。あるとしたら死霊屋敷絡みだと。
「いやそれにしたって、教師役に適格かどうか判断できるほど何かやったわけじゃ無いしな……」
詳細はギルドで説明するので来てほしい旨が書かれた召喚状を時空の狭間に入れて、ソファに座ったままちょっと時を止めて確認。
「……依頼は教会から?」
依頼主は教会だった。つい先日やり合った相手が何故?となるリカルド。
詳しく調べたところ、そういう事かと額を抑えた。
まず、依頼自体は教会からだったのだが、依頼するに至った発端は王族にあった。王族というか王太子に。
あの後、侯爵令嬢は無事に王太子に前世の事を打ち明けたらしく、話を聞いた王太子は驚きつつもリカルドが書いた
王太子は憂いの種になりそうなクシュナを含めた見習いを全員、日中は教会に戻して、そこで通常の修行と聖女たちの代役として信者たちへの癒しを続行するように交渉したのだ。もちろん警備のための手は国から出すという形で。そして夜は離宮に軟禁。徹底している。
今回教会は迷惑を掛けた形になるので、従う方が得策と取ったのと、実際日中に聖女の癒しを与える役目を残った神官達でやるにしても、普段居る筈の聖女が居ないとなると何があったのかと邪推されるため、その話にのった。聖女見習いを警護するためとは言え、教会の警備が厚くなるのも利点だった。
王太子と教会の思惑が重なった結果、聖女見習いは日中教会に戻る事となったのだが、そこからは教会側の思惑でリカルドへと依頼が来るに至った。
まず教会は吸血鬼の件で各国の食糧庫であるグリンモアの結界維持に支障をきたすという醜態を晒した。事実を知るのは限られた者達だが、グリンモアに食料を依存している国々はこの事実を把握しており、かなり重く見てそれぞれが教会に釘を刺していた。その結果、教会は聖女の育成に力を入れる事にしたのだ。
教会は各国に聖女を配置しておりその総数はそれなりにいるのだが、その聖女たちを問題があったからとグリンモアに移す事はいろいろな柵があって難しい。ならば今グリンモアに所属する聖女の育成を早め、グリンモアに所属する聖女たちだけで何かあっても交代出来る人員を捻出する。それが結論だった。
その結果、白羽の矢を立てられたのがリカルドだ。元々は王城内で修行予定だったので身元の確かな神官達だけでやる予定だったが、場所が入場規制が厳しい王城から教会に移った事で教師役の選抜の対象が広がったのだ。
そこで最初に目がつけられたのが、死霊屋敷を解決した冒険者、つまりリカルドだった。何しろ当の教会が匙を投げた案件を片付けた人物なのだ。凄腕なのは間違いなかった。またクシュナからの証言で指導力があると判断され、加えて直接リカルドと言葉を交わしたダグラスからの証言も加わり、人格的に問題が無さそうどころか努力によって聖魔法を極めたエキスパートと誤認され選ばれる事となった。
ちなみにダグラスはリカルドの目立ちたくないという気配を察して、指導者からは外した方がと進言はしていたが、教会も複数の国から釘を刺され気が急いでいたため推し進められた。ならばとダグラスはせめて外部から指導者を招く事は伏せる事と依頼料を増やす事で先日の非礼の詫びに出来ないかと画策。こちらに関しては教会としても威信があるため外部から人を招く事は伏せる事で全見一致し、依頼料に関してはダグラスの上司の神官長の決定でその通りとなった。
リカルドの率直な感想は面倒臭い、だ。
教会なんて自分の種族とは真逆の場所だし、そんなところで指導者になるとか何の冗談だろうかと苦笑いものだったが、途中でまてよ?と考え直した。
先日教会の庭に入った感じでは特に強力な結界が張られているような感じでもなかったし、弾かれるような感じもなかった。天罰なんかも今のところ無い。虚空検索で調べて種族的に立ち入ったらまずそうな場所というのも無さそうだった。であれば普通の人間として入る事は可能なわけで、そうなれば今いる聖女見習いの全体的な底上げが可能になるのではないか。それは即ちこのグリンモアの守りを固める事に繋がるのではないか。
(………ありだな)
教会と関わりを持つのは面倒だが、グリンモアの守りが固くなるのならそれを受けてもいいかもしれない。そんな風に思考が動いた。
「樹くん、今日午後にギルドに行ってこようと思うけど大丈夫?」
「大丈夫ですけど、呼ばれてるんですか?」
それなら今から行ってもらっても大丈夫ですけどと言う樹に、リカルドは笑って首を振った。
「午後で問題ないよ。急ぎなら急ぎって言うだろうからね」
〝リカルド様、お客様です〟
「あ、うん。わかった、ありがとう」
キッチンから顔を覗かせたシルキーに礼を言ってソファから立ち上がり玄関に行くと、そこにはここ数日でもう馴染み始めた顔ぶれが並んでいた。
「よっ」
軽く言って手を上げるハインツと、リカルドに対しては未だ微妙な表情を崩さないアイル、そしてじーっと観察する視線のままのルゼ。
「はいはい。おはよう。裏に回ってくれる?」
「あいよ」
ほら行くぞと引率の先生のごとく二人を連れて裏へと回るハインツ。
リカルドも居間に戻って樹と一緒に勝手口から裏庭へと出る。
「今日は何をするんだ? 昨日の続き?」
訓練は採取用という小型のナイフをハインツが持ってきて、その扱い方の説明と基本的な体術の訓練から初めていた。拳を交えるのではなく、受け身の取り方だとか、衝撃を殺す着地の仕方だとか、攻撃を避ける際の足の運び方だとかそういう感じの事だ。
「その予定。お前もやる?」
「いや、俺は見学してるよ」
「アイルの相手しててくれてもいいんだけど?」
「冗談。あれは樹くんにべったりだろ」
後半こっそり囁くハインツに、リカルドは半笑いを浮かべた。
ハインツにくっついてきた筈のアイルは、ハインツに教えてもらって拙い動きをする樹に細かいところをあれこれと指摘して、やって見せて、実に甲斐甲斐しく兄弟子ぶりを発揮していた。
正直、ハインツとマンツーマンなのでアイルがやる必要は全くないのだが、ハインツもハインツで微笑ましくその二人のやりとりを見ているため、暇になったリカルドもハインツと雑談をしていた。そしてその雑談(主に過去の失敗談)が意外と面白いので下手な事をしないならとリカルドも黙認していた。
「アイル、昨日の続きやるから軽く身体を温めてきてくれ」
「はい! いくぞイツキ」
「はい」
走り始めた二人を見送った後、リカルドは何やら意味ありげな視線をハインツからもらい、少し上にあるハインツの目を見返した。
「なんだ?」
「いや……」
短く否定の言葉を口にして視線を外したハインツ。
だがすぐにその視線がそろりとリカルドに戻る。が、何も言わない。
「……何かあるならはっきり言ってくれ」
「いいの?」
「視線が鬱陶しいわ」
背が高いくせに伺うように見られたら気にならないわけがない。
「いやー……ルゼ、ちょっと外してくんない?」
「ん」
いいよ。という意味なのか、ルゼはそのまま世界樹の方へと走って行き、だが物理障壁に阻まれてリカルドの方を振り返った。
「……まぁいいか」
リカルドが障壁を解いた途端、気づいたルゼはすぐに笑顔になって走っていった。ここ数日でこの環境にもリカルドにも慣れてきたのか、表情が時々出るようになっていた。わりと素直な子なんだろうなと眺めながら、リカルドはハインツを促した。
「それで?」
ハインツはふぅと息を吐くと、背を伸ばした。
「例の占い師を紹介してもらえないか?」
「占い師……ってお前」
色か?とラドバウトに問われて照れ笑いしていたハインツの姿を思い出し、ジト目を向けるリカルド。
「何占わせる気なんだよ」
「……人探し。噂では出来るって聞いたんだけど」
視線をリカルドには向けず、ルゼを追いかけたままのハインツに、あれ?と首を傾げるリカルド。ハインツから、いつものおちゃらけた空気が感じられなかった。
「出来るけど……ラドが言ってたやつじゃないのか?」
尋ねるリカルドに、ハインツは困ったような顔で笑った。
「まぁ。女である事には違いないんだけど」
「人探しって言うならハインツの伝手の方が確かじゃないか?」
普通に考えて有名なクランに居るのなら、占いに頼るよりもギルドでの伝手や個人的な伝手を駆使した方が確かだ。何故わざわざ占いなんて不確かなものに実力者のハインツが頼るのだろうと疑問に思うリカルド。
「いや、難しいんだよ。もう十年以上前の事だからな……頭では望みが薄いのはわかってるんだが、悪あがきみたいなもんで……」
だんだんと声から力が無くなっていくハインツ。顔は笑っているが、それが表面上だというのは付き合って日が浅いリカルドでもわかった。
「……俺が聞いてもいい内容なら俺が代わりに見てみるが?」
提案したリカルドに、ハインツは驚いたようにリカルドを見た。
「お前も占えるのか?」
「弟弟子と能力的な差は無いよ。あれに出来ない事は俺も出来ないし、俺が出来ない事はあれも出来ない。
ただ、占ってほしいって相手が押しかけてくるのは面倒だから黙っていて欲しいけどな」
「そうなのか……」
「どうする? あの札を渡そうか? 館が開くのは深夜になるが」
ハインツは首を振った。
「わかるなら、教えてほしい」
そこまで言って一度言葉を切ると、ハインツは絞り出すような声で呟いた。
「……妹が、生きているか」
リカルドは了解とすぐに確認した。
ハインツの妹はと調べると、十五年前に村を山賊たちに襲われてそこから奴隷商に売られていた。この世界ではありがちな話だったが、その事実をハインツに伝えるのは酷だなとリカルドは思いつつ、その先を調べた。
そうして調べれば調べるだけ気の毒な情報が出て、ため息が何度も出た。
情報を精査したリカルドは、止まった時の中で暗い表情のハインツを見た。
ハインツは当時、隣村の自警団が催している訓練に参加していて無事だった。そして家族の中で唯一遺体が見つからない妹の事を探して冒険者となり、似たような年頃の子供を見ると放っておけず助けてきた。アイルやルゼもそれに含まれるが、冒険者だから助けるにしても限界はあるし、助けたとしても感謝されるばかりでは無かった。それでも助けずにはおれなかった過去を見て、リカルドは思案した。
ハインツの妹は生きてはいるが、状況は良くない。見つけないままの方が人によっては良かったと言うかもしれない。それぐらいの状態だ。見つかって良かったねと単純には言えない状況に、ハインツは相当苦しめられる事になる。
けどなぁ……そこに生きてるんだよな……
暫く目を閉じて悩んだリカルドは、いくつかの事を確認すると、時を戻してハインツの腕を取った。
「ハインツ、飛ぶぞ」
「え?」
「ウリドール、誰にも姿を見られるなよ! それとシルキーに客室を使うからって伝えてくれ!」
〝はーい、いって――〟
らっしゃい。というウリドールの言葉を聞く前にリカルドは飛んだ。
飛んだ先は薄暗い部屋の中で、棒切れのような人間が目をぼうっとさせたまま、後ろからずんぐりとした男に首を絞められているところだった。
わけがわからないハインツだったが、首を絞められている人間の髪の色を見て、反射的に腰に履いた剣を鞘ごと抜いて、枯れ枝のような首を締め上げるその手を打ち払った。
そして崩れ落ちた人間を抱き止めたハインツ。その横をするりと通り過ぎて、リカルドはずんぐりとした男の頭を掴み記憶操作を行う。
(これでよし)
それからリカルドは、呆然と腕の中の人物を見ているハインツと家の二階の客室へと転移して戻った。
ハインツは転移にも気づいてない様子で固まっていたので、リカルドはシーツで肌面積の多いその人間を包みながら受け取り、それから回復魔法と清潔魔法を施してベッドへとそっと下ろした。
そこまできて、ようやくハインツが我に返った。
「な……なぁ……」
声を出したものの、その先が続かないハインツ。
リカルドはその様子に無理もないと思いながら、ハインツが頭の中で組み立てているであろう推論を肯定した。
「想像の通りだよ。状況的にあと数日で手遅れになるから行ったんだ。説明なしに連れて行ったのは悪かった」
「あ、あぁ……いや……」
首を絞められていたのは殺すためではなかったが、早晩力尽きていただろう事を告げられ、ハインツは言葉が出なかった。
そこにふっとシルキーが現れた。
〝リカルド様〟
「シルキー、悪いけどこの人の事を頼める? 人が近づくと恐慌状態に陥るから誰も近づかせないようにして欲しい。身体的には食事は取れるはずだけど、たぶん難しいから後で薬を渡すよ」
リカルドが現れたシルキーにお願いすると、シルキーは心得ているというように頷いて横たえた女性に近づいた。
手には布を抱えていたので着替えだろうと、リカルドは棒立ちのままのハインツの腕を引いて部屋を出た。
「ハインツ、説明するから居間にいてくれ。樹くんは今日はアイルに任せるって事にするから」
「……あぁ」
返事はすれど、動く気配の無いハインツ。
リカルドはそっとその背を押して一階に降りて居間のソファに座らせた。
それでもハインツの反応は無い。
痩せ細り骨と皮だけのような身体に、薄汚れ赤茶けた錆びた鉄のような髪の色。痩けた頬に落ち窪んだ眼窩、皺がかさみ老人のような相貌。
記憶に残る溌剌とした己の妹の姿とは似ても似つかない姿に、ハインツの頭は思考を拒否していた。
リカルドが樹とアイルに今日の予定を伝えて戻ってきてもハインツは同じ姿勢で固まっていた。リカルドが目の前に座った事にも気づかずテーブルの一点を見つめたまま微動だにしていない。
「ハインツ」
リカルドが声を掛けても反応がなく、やっぱこうなるよなとリカルドはハインツの目の前で手を叩いた。
「あ……」
呆けた顔でようやく反応したハインツに、リカルドは有無を言わさず自分で淹れてきたお茶を持たせて飲ませた。
シルキーが作ったものよりも確実に美味しく無いが、精神を落ち着ける薬(聖樹の葉が原料)を入れているので飲めるなら何だろうと構わなかった。
「悪い……ちょっと、いきなりで……驚いて……」
「先に決定事項から話すぞ」
「決定事項……?」
「ひとまず最低三ヶ月、彼女はうちで預かる。治療という意味でここ以上に療養できる場所は無いと思ってくれ」
「治療……」
「身体の傷みは治した。だが筋力や体力は全く回復していないのと、精神はボロボロだ。日常生活は送れない。人の介助も受け付けない状態だから、シルキーがいるうちが望ましい。俺も可能な限り補助するが、精神面は魔法で解決出来ない事が多い。一ヶ月経っても会えない可能性がある事は頭に入れていてくれ」
「……わかった」
あまりわかってないなと思うリカルド。ハインツの反応は鈍いままだ。
こうなるとは分かっていたが、リカルドは敢えてハインツをあの場所に連れて行った。どうしてもそれが必要だと判断したからだ。
ただ、必要だと判断したのはリカルドの思惑であって、ハインツからすれば余計なお世話だったかもしれないという思いはあった。
「ハインツ、このまま詳しい事を聞く余裕はあるか? さっきも言ったが、概ねお前の想像している通りの事だ」
ハインツは一度目を閉じてから頭を振って目を開けると、少しだけ鋭さを取り戻した顔で頷いた。
「……大丈夫だ。聞かせてくれ」
大丈夫なようにも余裕があるようにも見えなかったが、リカルドは頷いた。
「あそこはローワンの妓楼だ。見た通り場末のな。いくつかの奴隷商を渡ってそこに行き着いている」
ローワンは東にある国で、ここグリンモアからは遠く離れた国だ。ハインツの生まれ国である南方国家の一つファガットからも当然遠く、生活習慣や文化も違う全くの異国でハインツはその国に足を踏み入れた事さえ無かった。
ハインツは組んだ手に顔を伏せ、耐えるように唇の隙間から息を吐いた。予想していたとはいえ、妹の現実に何も言葉が出なかった。
「あの年まで生きてこれたのは一時、ある商家の下に居たからだ。そこで奴隷の身分だったがきちんと人として扱われ、将来を約束する相手もいた。だが、商家自体が潰れてその相手も奴隷落ちした。
一度救われかけただけに、今助けられてもまた突き落とされると思うだろうし、見ず知らずの俺が助けたとなると理解できず不安が増すだろう。だから彼女が誰が助けたのかと問えば、俺はお前の名前を出すつもりだ。そこはいいな?」
「俺の……だけど俺は何もしてない……」
「助けただろ。男の手を打ち払って」
「それはお前が……あの場に送ってくれたから」
だから自分は何も出来ていないと視線を落とし首を振るハインツ。
リカルドは背もたれに背を預けると足を組み、尊大な態度で項垂れるハインツをハッと鼻で笑った。
「俺はお前じゃ無かったら占う気もあの場に連れて行く気も無かったからな」
ハインツが顔を上げれば、偉そうな態度のリカルドが太々しい顔で項垂れたハインツを見下ろしていた。
「俺は自己中心的な人間だからな。自分の利になる事しかしない。お前の妹を助けたのは妹に同情したからじゃ無い。
Sランクの実力があって人として信用できると判断して、樹くんの先生に選んだお前だから手を貸したんだ」
「………お前、言ってる事がめちゃくちゃだぞ」
再び顔を伏せたハインツ。リカルドがさらに言葉を重ねようとすると、ハインツは伏せたまま苦笑いが滲んだ声で言った。
「イツキに同情しまくってる奴のセリフじゃないだろ」
「それは……あれだ、あれはほら、俺の責任もあるからだな」
足を組むなんて慣れない事をしていたリカルドは、ハインツに突っ込まれて咄嗟に足を組み変えてみたが、ぎこちなさが目立つだけだった。
「そんな奴が自己中心的とか笑わせるなよ」
伏せたまま、はーと息を吐くと、ハインツは振り切るように顔を上げた。
「悪い。ちょっと心構えが出来てなかった。
俺の名前を出す事で安心するならそうしてくれ。今頃になって……とかって罵られたら、悪いんだが……」
歯切れが悪くなるハインツに、リカルドは首を振った。
「そこは気にするな。乗りかかった船だ」
「……ありがとう。本当に」
「礼を言うのはまだ先だぞ。俺だって彼女がまともに会話できるようになるかは確証が持てないんだ」
「いや、生きていてくれただけで……」
それだけでと視線を落とし呟くハインツに、リカルドは目を細めた。
本当に大変なのはこれからだ。簡単に回復しない事がわかっているリカルドとしては、生きているだけでと言うハインツの気持ちもわかるが、これから苦しむ事もわかっているため下手に同意して今後受けるだろう傷を広げる事はしたくなかった。
それでも、希望する形に終着して欲しくて言葉を選ぶ。
「ハインツ。俺って結構欲深いんだ。だからお前が諦めようとしても諦めないからな」
「……は?」
「気にするな。お前の妹に最後まで付き合うっていう……宣言みたいなものだ」
胸の内を隠すようにいつもの微笑みを浮かべるリカルドに、ハインツは言葉の意味を考えて頭を掻いた。
「俺、お前にあんま気に入られるような事してないと思うんだけど。あいつらの手綱も握れてないし……」
だからだよ、とリカルドは内心答える。
子供に甘い姿を見てしまったから、そのせいで要らない苦労も負っている様子を見てしまったから、その不器用さに手を貸したいと思ったのだ。完璧な人間なら手を貸す必要なんてない。
「気にいる気にいらないって、何かをしてもらったからそうなるってもんでもないだろ」
「そういうもん?」
「だと俺は思ってるけど」
「………そっか」
ハインツは考えるように呟いたあと、たははと笑い、もう一度ありがとなと言った。
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