第32話 予定外の顔合わせ
昼を過ぎた頃、約束通りハインツはリカルドの家へとやってきた。だがそこには予定していない人物も居た。
リカルドも
「この少年は?」
とリカルドが指させば、ルゼはさっとハインツの後ろに隠れてちらりと片目だけ覗かせじーっとリカルドを見上げる。
ちなみにハインツに対するリカルドの態度は、ザックとのやりとりで丁寧さが全部剥がれ落ちている。厄介そうなのに差し出された恨みでは無いが、ラドバウトと同様気安いハインツの空気がそれを許していたのと、あんなドタバタしたやり取りをした後で今更丁寧にというのも面倒になった結果だ。
「あー……こいつはルゼ。ザックを師匠って呼んでるうちのチームの魔導士なんだが——」
「お前みたいな子供に師匠が頭を下げたとかって嘘だろ」
ハインツに隠れたまま美少女顔に似合わぬ少年の声で言い放つルゼ。
一瞬、場に沈黙が流れた。
子供ってそっちの事じゃないかと思ったリカルドだが、視線をハインツに戻し「それで?」と説明を求めた。
「ザックさんがあんたを認めたってのが信じられなくてどうしても見たいってついて来たんだよ」
ハインツが答える前に説明したのはアイルで、こちらは完全に酒飲み対決でリカルドに完敗した自覚があったため不服そうな顔はしていたが不満の言葉は出なかった。
「だからって来るか?」
押しかけだろこれはとリカルドが言えば、ハインツはいや~と頭を掻いていた。
こいつ下の子に弱いの?と思うリカルドだが、ここまで来て面通しもせずに追い返すのは二度手間になるので仕方なく招き入れる事にした。
「昨日も言ったけど、そっちの子も邪魔するようなら強制退去させるからな」
「いいの?」
「いいのって、聞くぐらいなら連れてくるなよな」
「いやー面目ない。ラドが急遽他のチームの応援に行く事になってさ」
「師匠が不満なら自分の目で見てこいって言ったんだ」
ハインツの後ろから出ないまま言うルゼに、あいつかとリカルドはため息をついて夜の話し相手時間を短くしようかと地味な嫌がらせを考えた。
居間に通して三人並んで大人しくソファに座ったところでリカルドが樹を連れてくると、思ったよりも幼く見えたのかハインツは少し眉を上げた。
「この赤い髪がハインツで先生予定。横のはハインツのパーティーメンバーだけどくっついてきただけだから気にしないで」
リカルドの紹介に、困惑しながら樹は頭を下げた。
「え…と、樹です」
「おう、俺はハインツ。十五だっけ?」
リカルドに確認するハインツに、リカルドは頷いて樹を座らせ自分も横の椅子に座った。
ハインツの横でアイルは黙っているが、その顔だけは不満そうで樹を凝視している。背丈だけはあるのだから威圧するなとリカルドが目を鋭くすれば、アイルは眉間に皺を寄せて視線を逸らした。
(まったく。だからこっちに寄こすなって言ったのに)
「……なぁリカルド、ちょっと試したいんだけどいいか?」
ステータスの事や勇者である事を知っていてもその見た目から俄かに理解出来ず、そう提案したハインツにリカルドは首を横に振った。
「模擬戦は無理だぞ。やった事がないから」
「あー……素人だって言ってたもんな」
模擬戦は拒否したものの、リカルドもある程度樹の身体能力を確認してもらう方がいいかと考えて、一つ提案した。
「俺と追いかけっこしてるとこ見ればわかると思うんだけど、どう?」
「追いかけっこ?」
「そう。それで身体能力を上げてたんだよ。他に思いつかなくて」
追いかけっこかと呟くハインツとは違い、アイルは馬鹿にしたような表情を浮かべ、横のルゼは変わらずじーっとリカルドを観察していた。
「んー……うん。それでいいや、見せてくれるか?」
「樹くん、いい?」
「はい」
緊張した様子で返事をする樹にリカルドは笑い、いつも通りで大丈夫と肩を叩いて庭へと移動した。
「ちょっと待ってて、全体に保護を掛けるから」
樹やリカルドが屋根やひさしで踏み込むと軽く壊れてしまうので、家や植物、全体に保護のための魔法をかけるリカルド。
手を翳すでもなく、視線でひと撫でするだけでそれらを成したリカルドにハインツの後ろにくっついていたルゼが大きな目をさらに大きくして固まった。
「じゃ時間は十分ぐらいでいいか?」
「ああそれで構わない」
頷くハインツに、リカルドは樹に視線を移した。
「加重を掛けないから、そこだけ注意して」
「わかりました」
「じゃ俺が鬼で逃げるね」
そうリカルドが言った瞬間、リカルドはひょいと屋根の上に飛び上がりそのまま屋根の上を軽やかに駆けた。樹も間髪入れずそれを追っている。
「おー早い」
「ふん、これぐらい出来ないならハインツさんに教えてもらう意味がないよ」
「まぁまぁ」
リカルドは屋根から庭木に飛び移り、一旦下に降りてから接近する樹の死角をついて脇を抜け、庇を足がかりに屋根に飛び乗って逃げる。樹も脇を抜けられた瞬間切り返して追いかけるが、追いついてもひょいと躱されて手が届かない。
それでも緊張が解けてくると速度が増し、リカルドは時々捕まりそうになって時を止め、どう逃げたらいいのか
樹からすれば捉えたと思った瞬間ぬるりと視界外に逃げられるので何とも悔しく、その負けん気が勇者の能力を後押しするのか、せこい手を使って逃げるリカルドをさらに追い詰める。
(樹くんの成長スピードがマジで怖い……)
逃げ道が少なくなるとリカルドも虚空に見えざる足場を作って逃れるが、見えない筈のその足場を即座に樹が利用して追いすがる。
ステータス的にはまだまだリカルドが勝っているが、それを補う程のセンスの塊がリカルドの本気をじわじわと引き出していた。
「こりゃー……すげぇな……」
リカルドが作る足場を用いての空中戦に移行した追いかけっこに、ハインツは見上げたまま声を漏らした。その横ではアイルは険しい顔をしている。ただの子供ではないと理解出来たからこそ、ハインツを取られるかもしれないという危機感が生まれていた。そしてその後ろにいるルゼはルゼで魔導士らしくないリカルドの動きをじっと見ていた。
十分の追い掛けっこが終わり、なんとか人間から逸脱しない範囲で捕まらずに終える事が出来たリカルドは胸をなでおろして下に降りた。
樹もリカルドの横に着地して「また捕まえられなかったです」と肩を落としていた。
二人とも息一つ乱さず並んでいる姿を見て、ハインツはやばい奴の教師を請け負ったとようやく正しく理解した。
「あー……えー……なんだっけ。依頼って、確かサバイバルの知識だとか、大型の魔物を討伐出来る程度だっけ? 古龍の討伐だとか、高位魔族の討伐だとかじゃなくて」
「そうだよ。なんで古龍だとか高位魔族だとか危険な相手にぶつからないといけないんだよ」
リカルドの想定はヒグマとか、ジャガーとか、象とか、地球に存在する大型獣なのだ。龍だとか魔族だとかそんな危険な魔物を相手どれなんて言ってないので、何でそんなのが出るんだと腰に手を当てれば、いやいやいやとハインツは額を押さえた。
「あのさ、何考えてこんな訓練してるの? これ、どう考えても飛行型の魔物を相手にするときの訓練でしょ? しかも超大型。もしくは魔族」
「別に飛行型を想定してるわけじゃなくて樹くんが早いから逃げる場所が限られて仕方なく足場作ってるだけだぞ」
その言葉に、樹はリカルドを追い詰めていたと知って真面目な顔の下で小躍りしそうになっていた。
だがそんな呑気な思考をしているのは樹ぐらいなもので、ハインツはどうしよこいつとリカルドの非常識さに頭痛を覚えていた。
「この子はともかく、お前……なんでそれで魔導士なんだよ」
魔導士の中にも動ける者はいなくはないが、前衛の戦士程の動き(Sランク)が出来る魔導士なんて冗談のような存在だ。
あるとすればハインツのような魔法をサブにしている魔法剣士や、防御の補助としている重戦士あたりぐらいなもので、本職の魔導士はどう頑張っても体力が足りないのが世間一般の共通認識だ。
「踊れる巨漢だっているんだから身体動かせる魔導士だっているんだよ」
「踊れる巨漢?」
リカルドは日本で見ていたお笑い芸人を思い出して言うが、ハインツには当然伝わらなかった。
「何でもいいから、それでどうなんだ?」
先を急かすリカルドにハインツはため息をついた。
「お前の危惧は当たりだわ。下手な相手だと確かに怪我する。
確認するが、本当に戦闘経験はないんだな?」
ハインツが樹に顔を向けて確認すれば、樹は「はい」と短く答えた。その素直な様子にハインツは腕を組む。
「わかった。とりあえずは体術と基本的な刃物の扱いから教えていく」
樹はパッと顔を明るくして勢いよく頭を下げた。
「宜しくお願いします」
良かったと胸をなでおろし表情を緩める樹に、年相応のあどけなさを感じたハインツは、なんとなくリカルドが樹を大事にしているのがわかるような気がした。
「おい……」
面通しはこれで終わりだなと思っていたリカルドの前で、今まで大人しくしていたアイルが樹の前に出た。手を出す気ならすぐに飛ばすつもりで警戒するリカルド。
「言っとくけど、ハインツさんに教えてもらってるのは俺が先なんだからな、お前は俺の後だから」
「はい……?」
いまいちアイルの言いたい事が分からず、樹は返答したものの困惑していた。
「だから! 俺が先なの! お前は後!」
「ええと……兄弟子という事ですか?」
「……兄弟子?」
「ハインツさんが先生で、先という事なら兄弟子なのかと……」
そういう話ではないんですか?と困惑したまま首を傾げる樹に、アイルの方は「兄弟子………」と呟いて、ごほんと咳払いをした。
だがハインツとリカルドはその口元がにへっと緩んでいたのを見逃さなかった。
「い、いや……そうだな。お前からしたら俺は兄弟子だ。一番は俺だ。敬うように」
「はい」
返事はしつつ、敬うって具体的にどうしたらいいんだろう?と疑問しかない樹と、満更でもない顔で、でも威厳を出そうと真面目な顔をしているアイル。
ハインツは横を向いて笑いを嚙み殺し、リカルドは頭痛(妄想)を覚えて額に手を当てていた。
「うちの子もなかなか可愛いだろ?」
「可愛いっていうか……ちょろいっていうか……」
否定はしないけど、とぼそぼそ二人で囁き合うリカルドとハインツ。
その様子を口を引き結びじっと見ていたルゼが、何かに気づいたように視線を彷徨わせた。
「泣いてる……」
ぽつりと呟くと、ずっと握っていたハインツの服を離してふらりと歩き出した。
「どうしたん――」
ですか。と、そう言おうとしてリカルドはルゼの視線の先に気づいて咄嗟に転移で先回りしその肩を押さえた。
「こちらには行かないでもらえますか」
止めたリカルドを、ルゼはキッと睨み上げた。
いつかの時と同じ眼差しに、敵判定を受けた気持ちになるリカルド。しかし何故世界樹に気づかれたのかがわからず、一旦時を止めて
「ええと、あれは別に虐めているわけではなく」
時を戻して誤解を解こうするリカルドだが、ルゼの鋭い視線は全く緩まず逆にきつくなる。
「じゃなんで泣いてるわけ? 精霊が泣くなんてあり得ない事なんだけど? どんだけ酷使してるの? そんな事するなら解放してやれよ」
詰るルゼに、リカルドは「あー……」とハインツに助けを求める視線を送った。だが、ハインツの方は本体に戻っているウリドールの声なんて聞こえないので事情が分からない。
「どうしたんだルゼ」
「こいつ精霊を捕まえて酷使してるんだよ。さっきから泣いてる声が聞こえる」
ハインツはルゼが精霊の声が聞こえるのは知っていたので、そうなのか?と、リカルドに目を向けた。
すぐに違う違うと手を振るリカルド。
「使役なんてしてないし、なんならあいつが居座ってる状態っていうか」
あいつがという言葉で樹も誰の事が話題になっているのかピンときた。
この家に居るのはリカルドと樹とシルキーとウリドール。その中であいつと言われそうなのはウリドールだけだった。
「ウリドールさんは使役されてるんじゃなくて、進んでリカルドさんのところにいるんだと思いますよ」
樹はウリドールがリカルドの事を神様呼びして褒めてもらえるかなーとウネウネしている姿を見ていたので、擁護するつもりで口を挟んだがその言葉にルゼは目を剥いた。
「名前奪ったのか!?」
「奪ってない奪ってない」
精霊界隈では名前は存在を縛るものとして人間に奪われるとその人間が死ぬまで離れられない大変重要なものだった。
そんな事は知らず名前をつけてくれと言われたリカルドなのだが、ルゼにはそんな事情わかりようもない。ついでに精神体である精霊じゃ無くて物体である世界樹なので名前を知られたところでそれだけで縛られる事もないという事も、ルゼにはわかりようが無かった。
「おい、離せよっ! 精霊は世界の秩序を守る重要な存在なんだぞ! 一個人が縛っていい存在じゃない!」
「縛ってない、縛ってないから」
「落ち着けルゼ、こいつはそういう事をするようなタイプじゃない」
「ハインツは聞こえないからそんな事言えるんだよ! 俺にはさっきから泣いてる声が聞こえてるんだ!」
ハインツに言い返すルゼを見てあぁもう面倒くさい。と、リカルドは本日二度目のウリドール関連の問題に匙を投げた。どうせ
「ウリドール、来てくれ」
〝なんですかー……〟
飯抜き一日の刑を言い渡されてローテンションのウリドールが現れ、その萎びた様子にますますルゼの目がつりあがった。
だがリカルドの次のセリフで状況が変わった。
「なあ、頼むからもうどっか人のいないとこに行ってくれない?」
疲れた声でお願いするリカルドに、飛び上がるようにして驚くウリドール。
〝!? そんな、嫌です! 神様から離れるなんて! その話はもう終わったじゃないですか! 私を捨てるんですか!? 神様から離れたら私はどうやってご飯確保したらいいんです!?〟
「こだわらなければ誰でもいいだろ? こっちはお前を俺が縛ってるとか言われて非難されてるんだよ。周りにバレないようにお前がなるべく平穏に暮らせるように頑張ってんのに次から次へと」
〝なんですその魅力的な提案! 神様に縛られるなら是非とも! もちろんご飯は満腹までですよね!?〟
「だから縛りたくもないって言ってるの。
あ、ちなみにこの子が俺にお前が縛られてるって可哀想だって言ってる子。この子について行けばいいんじゃない? そこそこ魔力もあるだろうしご飯も美味しいよきっと」
〝こんなちょっと絞ったら干からびそうな子とか無理です! 私を何だと思ってるんです!? 大食らいなんですよ!?〟
「その自覚はあったのか。だけどそもそもお前が
〝実益重視です!〟
即答するウリドールにはぁとため息をついて、リカルドは目をまん丸にしているルゼに視線を向けた。
「引き取ってくれるなら是非にお願いしたい」
〝やめてー! 私を無視して話を進めないでー!〟
「毎朝魔力を練り込んだ水をやれば勝手に育つから。ただ場所の問題もあると思うけど……まぁそっちの拠点なら問題ないかな? 有名らしいし実力者揃いらしいし、そこなら安全そうだ」
変態魔導士はいるけど、と言いながら、こっちだよと歩き出すリカルド。もう全部ラドバウトに押し付ける気満々である。世界樹なんて押し付けられたらラドバウトの胃に穴が開くどころじゃないのだが、見て見ぬふりをしていた。
それに対しウリドールはしがみついて何とか行かせないように踏ん張るが、そもそも分体で精神体。努力虚しく引き摺られていく形となる。
〝ごめんなさい! もう出てこないから! 大人しくしてるから捨てないでー!〟
精神体のくせに涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら取り縋る姿に、さすがにルゼは何かおかしいな?と思った。
「ま、待って……ねえ」
声を出したルゼに足を止めるリカルド。
振り向けば、ルゼはウリドールに近づいていた。
「君は縛られていないのか?」
〝縛られてたいですぅー……〟
まだ言ってるとげんなりするリカルドと、困惑が深まるルゼ。
「……ええと……何か弱みを握られてたりするのか?」
〝よわみ? ……よわみ……〟
弱みって何だ? と考えてる顔は、これは無いのだなと誰の目にも明らかだった。
「無いならいいんだ。君の意志なら」
〝あ、そうだ。実は神様がリ――〟
「ウリドール」
止まった時の中、ひくーい声のリカルドに、ウリドールは言葉を途切らせた。
「永久追放で」
何
〝三日で手を打ってください〟
許しの請い方がゆるゆるだった。
それにまた気が抜けて、リカルドもため息をついて誰にも言わないでくれよと言って許すのだから、こっちもゆるゆるだった。なんだかんだ、ウリドールが世界樹になったのは自分に原因があるので相当ウリドールに甘いリカルドだ。
時を戻した空間にはウリドールの姿は無く、微かな違和感にあれ?と目を瞬かせるルゼ。
「彼をどこにやったんだ」
「俺は何もしてないよ。勝手に出てきたり消えたりするから何をしているのか知らないしな」
「………」
「連れて行きたかったら連れて行っていいけど、是非ともそうして欲しいけど、一応良識ある大人として忠告だけはするよ。あいつを匿うのは、かなり面倒だから」
こっちに、と言ってまた歩き出したリカルドに、ルゼは後ろのハインツを振り返った。
つい精霊が捕まっていると思って口を出してしまったが、様子がおかしく、今更ながらに勘違いだったかもと不安になったのだ。
「とりあえず行こうか。何を見せられるのか知らないけど、謝るのはそれからでもいいだろ?」
「う……わかった」
肩を落としながらも頷くルゼの頭を撫でて、その背を押してリカルドについていくハインツ。
「何を見せる気なんだ?」
ウリドールの姿が見えず、状況がわかっていないアイルは樹に聞いた。
「木です。前にリカルドさんが拾ってきた木なんですけど……」
前を歩くハインツとルゼが不自然に足を止め上を見上げたところで、アイルと樹も世界樹の拡張結界の内側に入った。
今回、本来の姿を見せなければ意味がないのでリカルドは常に掛けてある幻覚魔法を一時的に解除していた。従ってそこには、悠々と生い茂る枝葉を広げた立派な黄金の巨木があった。
「………うそ、だろ」
掠れた声はハインツで、ルゼは絶句。
アイルもその存在は御伽噺で聞いた事があり、まさか本物があるなんて思わずぽかんと口をあけて見上げた。
一人、その黄金の木の価値を知らない樹だけはピカピカな外見に目を丸くし、それからいつの間にこんなに大きくなったんだろうと首を傾げていた。
「ご覧のとおりだけど」
これでも引き取ってくれる? と、リカルドはルゼとハインツに目を向けると、我に返ったハインツは激しく首を横に振った。
「無理だろ! お前なんてもんを育ててるんだよ!」
「俺だって育てたくて育ててるんじゃないよ。成り行き上仕方なくで」
「どんな成り行きだ!」
「まぁいろいろと巡り巡ってというか……」
あり得ねぇ、世界樹ってお前……と、言葉が続かないハインツ。
これが元千年呪木だと知れば白目まで剥いただろうが、さすがにリカルドもそこまで説明する気は無かった。
「ねえ、君、世界樹だったの?」
黄金の大木に近づいてルゼが問えば、ひょこりとそこから顔だけ出したウリドール。
〝そうですよ……神様を怒らせないでくださいね。私の命綱なので〟
「なんで神様なんだ? 命綱って?」
〝うう……内緒です〟
リカルドをちらりと伺い、口をつぐむウリドールにルゼはまた疑念が湧いたが、先ほどからリカルドがウリドールを手放したがっているのは見てわかるので、強制されているのでは無いのだろうとは思った。
「………酷いことはされてないんだよな? 枝を切り落とされたり葉をむしられたり」
〝無いです。いくらでも毟ってくださいって言ったのに全然響きませんでした。私のアピールポイントそのぐらいなのに。あ、樹液も絞りますって言ったけど、それも無視されました〟
「そ……そうか……」
何度目かの疲れたため息をついているリカルドに、漸くルゼは二人の関係性が思ったようなものでは無いのだと飲み込めてきた。
〝頑張れば実もつけられるんですよ。要らないって言われましたけど〟
「実って……それ」
国を滅ぼしたその存在をあっさり仄めかされ、冷や汗が出てきたルゼ。リカルドが面倒だと言った意味がじわじわと頭に浸透し始めていた。
こんなのを手にしたらとんでもない騒動に巻き込まれる事請け合いだった。
ルゼはしょんぼりした顔を生やす世界樹から離れると、リカルドの前に立ち、頭を下げた。
「勘違いしてすみませんでした」
「……謝罪を受け入れます」
素直に頭を下げるルゼに、リカルドは少し意外に思いながら受け入れた。
キャンキャン噛み付く子犬のイメージだったが、これはアイルよりも中身は大人かもな、と。
「とりあえず他言出来ないよう誓約をかけていいか?」
「あぁ、こんなの何かの拍子に漏らす方が怖い」
リカルドの提案というかお願いにハインツは迷わず頷いて、アイルとルゼにも受けろと命じた。
リカルドは頭を出してくれるハインツに礼を言って額に触れると、精神魔法でウリドールに関する情報を表出できないように縛った。覚醒時でかつ受け入れる態勢のためすんなり誓約は馴染み定着した。
ハインツに命じられた二人も、さすがの不味さに大人しくそれを受け入れた。
「あの、俺は?」
「樹くんは要らないと思うけど」
精神的な耐性があるため、無理に聞き出そうとしても耐える可能性が高いという事と、何より物騒な腕輪をしているので、少なくともそれがある限りする必要は無いんじゃないかとリカルドは考えていた。
世界樹というものを知らない樹はいいのかな?と思いつつ、リカルドさんがそういうのなら大丈夫かと納得した。
「はー…。どっと疲れた。お茶にでもしようか」
昼過ぎにやってきたからもういい時間だった。
「シルキー、お茶を準備してくれる?」
ウリドールが見られたのならシルキーも一緒だろうと声をかければ、勝手口の方からシルキーが顔を覗かせた。
〝準備していますよ〟
「さすがシルキー。ありがとう」
「家つき妖精? そんなのもいるのか」
珍しいと観察するハインツにリカルドはすすすと動いてとその視線を遮った。
「シルキーはダメ。絶対ダメ。俺の精神安定剤だから」
「何言ってるんだ? 家つきなんだから取れるわけないだろ」
「………」
わかってはいるが、ついつい牽制してしまうほど依存しているリカルドだった。
それを見たウリドールが密かにメソメソしているのを一人聞いたルゼは、何者なんだと別の意味でリカルドに興味を抱いていた。
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