第28話 教師役確保

「ラド、大丈夫だから」

「…すまんな」


 片手を上げて謝るラドバウトに平気平気と手を振って二人に向き直るリカルド。よく知らない隣の席の人間と飲むなんて事もよくやったので特に抵抗はない。が、それはそれとして教師候補がいるのだから社会人的対応はしないとなと真面目になる。その後の対応は相手の反応次第だ。


「リカルドと申します。ラドとは少しばかりギルドと揉めていたところを取りなしてもらった仲です。あなたがパーティメンバーのハインツさんで、あなたは?」

「俺? 俺はアイル。同じくラドのパーティメンバーだけど、あんた魔導士? だったらもううちには魔導士いるから他を当たってくれる?」


 人懐っこそうににこにこしながら、なかなかザクザク踏み込んで来るアイルにリカルドは苦笑して、このまま社会人的対応の方が良さそうだと判断した。ついでに周りからの視線が集まり出しているのも感じ、なるほどみなさん有名人なのは確かなんだなと一人納得するリカルド。


「大丈夫ですよ。私は誰とも組む気はありませんから」


 基本的にギルドの仕事=農作業で考えていたリカルドが誰かとパーティーを組もうなどと考えるわけもない。


「ふーん? ならいいけど。ラドのランクがSだからって寄ってくる奴が多いんだよ」


 弱いくせして何様のつもりかっての。と、口を尖らせるアイル。


「アイル、リカルドは俺のランクもジュレの事も知らなかったんだよ。だからそう警戒するな」

「はあ!? 知らない?! 知らないわけないじゃん! ラドを知らないのはまだしもジュレ知らない奴なんてもぐりでしょ! それにさっきハインツさんに用があるみたいな事話してたじゃん!」


 とりなそうとするラドバウトに噛み付く始末で、なんか前に会った時と違ってキャンキャン吠える犬みたいだなぁとピリ辛の腸詰めを齧り呑気に思うリカルド。


(あの時は菫色の方がキャンキャンしてたけど、同じ冒険者には警戒してるのかな?)


「それは戦闘訓練とサバイバルの訓練をしてくれって頼みであってそれ以上の意味は無い。だよな?」


 ラドバウトに振られ、あぁうんと咀嚼しながら頷くリカルド。


「ちょっとまってよ! それこそ何事なんだけど!? なんでハインツさんがお前みたいな素人相手にそんな事しなきゃならないんだよ!」

「いやまだ交渉すらしてないのでやるかどうかはこちらのハインツさん次第ですけど」


 ヒートアップするアイルに冷静に突っ込むリカルド。ラドバウトとハインツの反応からしてそう気にしなくても良さそうだと観察していた。


「っ! するわけないだろ!? ハインツさんはもうじきランクがSになる人なんだぞ?!」


 拳を握って力説するアイルから、リカルドはそのまま横のハインツへと視線を動かした。


「と、こちらの方はおっしゃられていますがどうでしょう? 一応お礼は可能な限り用意したいと思っていますが」

「ちょっと! 無視するなよ!」

「まーまーアイル落ち着けって」

「っ…ハインツさん……」


 ハインツの言葉で一瞬で大人しくなる姿に、飼い主と飼い犬を連想するリカルド。事実がどうあれ初見に近い相手に結構失礼なことを考えている。


「防音、君だよね?」


 静かになったところで周りを指差すハインツに、リカルドはええまぁと頷いた。どやどやと二人がやってきて声がデカくなり始めたところからリカルドは周囲に邪魔にならないよう術を施したのだ。完全に遮音すると不自然なので音量を抑えるのと、声は聞こえるが何を言っているかわからないように幻覚を混ぜる形で。


「え、防音?」

妨害ジャミングが近いですけどね」

「なるほど、通り一遍の魔導士では無いってわけだな」


 全く気付いていなかったアイルと、ふんふんと頷いて周囲に目をやっているハインツ。ちなみにラドバウトも音に違和感を感じてはいたが、何かしたのかぐらいで大して気に留めていなかった。


「腕はいいと思うんだけど、魔法剣士にでもなりたいの?」


 不思議そうに尋ねるハインツに、リカルドは首を傾げた。


「はい?」

「戦闘訓練でしょ? 君の」

「いえ、預かっている子のですけど」

「あ、なんだ君じゃ無いのか」

「ちょっとハインツさん?! やるの?!」

「まーまーアイル、落ち着こうや? な? 俺は結構この兄ちゃんに興味あるんだよ」


 興奮して立ち上がっていたアイルは、軽くショックを受けたようにぽすんと椅子に戻った。


「ちなみにこいつ、他人に魔力を流せるぞ」


 止めるのを諦めてエールとつまみに逃げていたラドバウトがぼそりと言った。

 その瞬間、驚いたようにハインツとアイルがリカルドを見た。


「嘘に決まってる」

「ちょっとやってみてくれる?」


 前者はアイル。後者はハインツ。


「ハインツさん危険だって!」

「平気っしょ。俺だってまずけりゃ弾くさ」


 ひらひら手を振るハインツに、やるとは言ってないんだけどなーと思うリカルド。 


「駄目?」


 横から手のひらを出して小首を傾げるハインツに、まぁいっかとリカルドは肩をすくめて出された手に自分の手を合わせた。

 

 微笑み固定で微動だにせず集中するリカルド。

 止めようとしていたアイルは、のほーんとしていたリカルドの空気が一転、硬質なものに変化したのを感じ言葉が出なくなってしまった。

 ラドバウトもハインツも唐突に雰囲気が変わったリカルドに無言で注視している。


「そちらも不安でしょうから肘までにします。わかりますか?」

「………わかるっちゃわかるけど……君、何者?」


 魔力を流されたハインツは空いているもう片方の手で口を押さえて、唖然とした様子でリカルドを見ていた。


「なに? ハインツさん、どう言う事? 大丈夫なの??」

「大丈夫っつーか、気持ち悪いぐらいに違和感がないんだよ」

「失礼な。負担がないように注意してるんですよ?」


 むっとしてリカルドが言えば、ハインツはまじかよと呟いて頭を振った。


「もうわかった。十分だ」


 リカルドが手を離せば、ハインツは自分の手をマジマジと見てからラドバウトへと目を向けた。


「ラド、こいつザックに会わせてみないか?」

「それはもう了承をもらってる」

「あ、そなの?」

「お前を紹介する代わりにな」

「俺? …あ。戦闘訓練の教師役のね。なるほど……んーむ」


 むむむと腕を組んで考え込むハインツをアイルが不満げな顔で見ている。


(よくわからんが、赤いのを取られたくない子供って感じだな。歳は…二十ぐらいか? 若そうだけど、有名らしいクランにいるのなら実力はあるんだろう……属性犬だけど)


「ちなみに報酬ってさ、現物とかもあり?」

「現物というと?」

「魔物の素材だとか希少金属だとか」


 ちらっとラドを見て言うハインツに、自分のためじゃなくてラドのためなのかな?と推測するリカルド。


「具体的にはどのようなものでしょう?」

「んー……強度重視でいけば黒兜虫カジャックの甲殻とか古虹亀ルーディランの甲羅とか……」

「どうせならヒヒイロカネでも用意してもらいなよハインツさん」


 可能な限り用意するって言ってるんだからさ、と不貞腐れたように言うアイル。

 さすがにそれは無いわとハインツもラドバウトも肩をすくめたが、あぁとリカルドだけが頷いた。


「魔物の素材は手持ちにないですが、ヒヒイロカネならば在庫がありますよ」

「あるの!? なんで!?」


 提案した張本人のアイルが驚いて身を乗り出した。


「なんでって……ちょっと必要になったので。あ、大丈夫です。よそ様の鉱山から拝借したわけではなく、誰の土地でも無いところから採掘しましたので後ろ暗いところはありません」

「ちょっと俺、この兄ちゃんが何言ってるかわからないんだけどラドわかる?」

「いやー俺にも何を言ってるのかさっぱり」


 ははは。と二人して笑うハインツとラドバウトに、バンと机を叩くアイル。どうでもいいが、叩いた瞬間料理が溢れそうになった皿をリカルド含め各々がすかさず持ち上げて避難させているのはさすがというかなんというか能力の無駄使いである。


「嘘に決まってるだろ?! ドワーフの国でドワーフの名工にしか採掘出来なくてほんの少ししか出回ってない超絶希少金属なんだぞ!」

「現物確認が必要でしたらこちらをどうぞ。ちなみに在庫はそこそこあります」


 と言ってハインツの前にヒヒイロカネのインゴットをごとりと置くリカルド。


「……え? は? 君、今どっから出した?」


 混乱しつつもインゴットを手に取り確認するハインツ。物欲に忠実である。


「……リカルド、空間魔法使えるな?」


 リカルドがインゴットを出すところを見ていたラドバウトが指摘すれば、特に隠す気も無かったリカルドは肯定した。


「ええまあ。便利ですよね」


 エール片手に新しく置かれた串焼きの歯ごたえのある何かの赤味の肉をもぐもぐしながら、のほほんと答えるリカルド。


「はー……弟弟子あっちが使えるなら兄弟子こっちも使えるのは道理か」


 そりゃそうかとボソボソ呟くラドバウト。


「ちょっと待てよ、空間魔法って今使えるの十人もいない筈だろ? リカルドなんて名前聞いた事もないのに……」


 衝撃を受けた顔で座り込むアイルを、打たれ弱い子だなぁと眺めるリカルド。

 世の中、公表している人間ばかりではないだろうに、思い至らないのは素直な性格だからだろうかと考える。


「………これ、いくらだせる?」

「いくら必要ですか?」


 原価はリカルドの労働力なので懐は痛まない。なのだが、それを知るのはリカルドだけだ。そうとは知らない三人はさらっととんでもない発言をするリカルドに、唖然とする。

 いち早く立ち直ったのはハインツで、真面目な顔でリカルドに向きなおった。


「戦闘訓練はどの程度を想定してる?」

「大型の獣に一人で対処出来るぐらいです」

「今はどの程度の実力?」

「正真正銘の素人です。生き物を殺した経験はありません。あ、いや、魚ぐらいはあるか。それ以上は無かったと思います。ただし、能力だけで考えればおそらくあなた方が言うSランクに届くものを持っています」

「……随分と大きく出るね?」

「そう言っておかないと、下手すれば教師役が怪我をするので」


 こちらも真面目に話すリカルドに、ハインツは口の端を上げてニヤッと笑った。


「ラド、受けていいか?」

「構わないが、クランの仕事が入った時はこっちを優先させていいか?」


 途中から確認するようにリカルドに尋ねるラドバウト。


「頻度が高くなければいいですよ」

「問題ない。年に一度あるかないかぐらいだ」

「そうそう。こないだも南に呼ばれかけたけど結局無しになったからな。実質ほぼ関係ない。そんでいつからやる?」

「じゃあ明日顔合わせして、そこでスケジュールを決めるのでどうです? 実際に実力を見てもらった方がいいと思いますし。ヒヒイロカネの必要量は決まったら教えてください」

「ん、いいよそれで。報酬の件も無茶を言う気はないから」

「あぁはい。さすがに山一つ分と言われたら困るのでお願いします」


 話がまとまったところでリカルドは黙り込んでいるアイルに視線を向けた。

 むっすーとしてリカルドを睨んでいるが、もう文句を言う気はないらしい。それはそれでなんだかなーと思うリカルド。他意はないのに敵視されるのは面倒だと、ついでにとある思惑もあって一つ提案してみることにした。


「アイルさん、ちょっと勝負してみませんか?」

「はあ? 勝負?」


 不機嫌そうな声を隠そうともせず返すアイルに、自分が原因だと自覚はあるのかハインツがすまんねと片手を上げた。謝る前に窘めないんだなぁと思うリカルド。もしかすると口を挟めば余計に面倒だから?と考えてみたりもしていた。


「本当はラドとやろうと思ってたんですけどね、飲み比べ」

「飲み比べ?」

「ええ。もしアイルさんが勝ったら先程の話は白紙にしましょう。そのかわり私が勝ったらきちんと認めていただけますか?」

「おいおいおいそれは」


 報酬が破格なので勝手に何始める気だと慌てるハインツに、リカルドはにっこりと微笑んだ。


「大丈夫ですよ。絶対に負けませんから」


 確定事項のように(事実、相当のトラブルがなければ確定)話すリカルドに、さすがにヒヒイロカネの入手機会を潰すのはと迷っていたアイルは切れた。


「よーし! やってやろうじゃねえか! 言っとくけどな、そんなひょろっひょろで俺に勝とうなんざ百年早いんだよ!」

「酒精に強いか弱いかは体格ではなく体質ですよ」


 啖呵をきるアイルに一切動じずにっこり微笑みのまま科学的常識を伝えるリカルド。ただ、その科学的常識の前にファンタジー種族なのでそもそもアルコールが効かないのだが。


「あ、ついでに負けた方がここの支払いをするというのは?」


 頬を引き攣らせていたアイルに、卑怯な死霊魔導士リッチはさらにふっかけた。


「っ――いいぜ! 負けても後悔すんなよ!」

「ではラドとハインツさんは審判役ということでよろしくお願いします」


 そうして始まった飲み比べだが、当然の事というかアイルが完敗した。


「これだけ飲んでも術が揺るぎもしないんだもんなぁ……そりゃ負けないって豪語するだけあるわ」


 感心よりも呆れ成分多めで呟くハインツに、リカルドはそれほどでもーと変わらぬ微笑みを浮かべていた。


「ラドでも負けるんじゃないか?」

「かもなぁ。ドワーフ並みだとは恐れ入ったわ」


 途中しっかりつまみも全制覇していたリカルドは、酒盛りの雰囲気を大いに満喫して大満足だった。


「ちょっと身体に悪いので解毒しときますね」


 テーブルに突っ伏して沈没しているアイルの頭に触れて解毒の魔法をかけ、ついでにそのまま眠っているように精神魔法をかけておくリカルド。


「二日酔いにならなかったからといって、また同じように飲まないように言ってあげてください。暴飲は歳を重ねるごとに身体へのダメージが酷くなりますから」

「随分面倒見がいいんだ? 喧嘩売られてた割には君機嫌良さそうだったし」

「素直な子だなぁと思ってただけですよ。行き過ぎているところは周りの大人が窘めれば良いかと」


 それよりもと、リカルドは残った二人に目を向けた。


「教師役を引き受けてくださったので、ちょっと事情を話しておきたいと思います」

「あぁ、訳ありって言ってたやつか」

「はい。アイルさんは何かの拍子にぽろっとしそうでしたので」


 あー。と重なる何とも言えない声。

 やっぱりかと思うリカルド。


「実はですね、教えてもらう子は勇者なんです」

「………うん?」

「……勇者?」


 鈍い反応の二人に、リカルドは言葉を重ねた。


「異世界人、国際法違反、ディアード。ここまで言えば分かりますか?」


 二人は同時に目を見開いた。


「それ、マジの話?」

「本当だったら相当やばいぞ」


 顔色を変えた二人に、リカルドはこくりと頷いた。


「マジですよ。追跡者は南に誘導したのでこの辺にはいませんけど」

「なんであんたそんな厄介ごとに」

「いろいろありまして」

「国に届け出ないの?」


 真っ当なハインツの意見にリカルドは苦笑して首を振った。


「まだ子供なんですよ。親元に返してあげないと」

「返す……え? なに? ……まさか君、異世界に送り返そうとしてる?」

「出来るのか?」


 ハインツの言葉にラドバウトが疑問を口にすれば、無理とハインツは即答した。


「そんな事出来たって話聞いたことないよ。どんな大魔導士でも不可能。返すことはできない。それが常識」

「そうですね。帰れた方はいません。ですが不可能ではありません」


 キッパリというリカルドに、ハインツは押し黙った。大言を吐く自信家と言うには、先程の魔力操作が異常過ぎて否定が出来なかったのだ。あと、大量のヒヒイロカネの入手についても謎過ぎた。


「いろいろと準備は必要ですし、簡単な事でないのは確かです……でも、必ず送り届けます」


 静かな声音だが固い意思の篭った言葉に、ラドバウトとハインツは顔を見合わせた。


「なんでそこまでするんだ?」


 恩でもあるのかと訊くハインツ。

 リカルドは手元のカップを口に運び酒を喉に流した。酔えるわけではなかったが、一連のやらかしを思い出してしまい雰囲気ぐらいは酔いたかった。


「……彼がこちらに召喚された原因に、間接的に私も関わっていたんです。なので言ってしまえば罪滅ぼしです。年若く不運にも巻き込まれてしまった彼には怖くて言えてないですけどね………すみません、こんな理由で」


 微笑を浮かべたままハハと笑うリカルドの顔は歪んでいるようで(実際珍しく操作に失敗した)、勇者に対して罪悪感を抱いているのはハインツにもラドバウトにもわかった。


「………わかった。勇者のことは黙っていよう。ハインツは?」

「ここまで聞いたら黙ってる以外ないっしょ。

 しっかし俺が勇者の教師役とはね〜人生何があるかわからんね」


 軽く言って笑うハインツに、変なことまで教えるなよと釘を刺すラドバウト。

 何をしたのかと深く聞かない二人にリカルドは黙って頭を下げた。

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