第27話 酒の席への乱入はあるあるなのか

 ラドバウトがそら豆の薄皮を剥いているのを見て、自分もとリカルドが手を伸ばして剥いて口に入れればほっくりとした食感と豆の甘味があって素朴な味わいだった。


(枝豆みたいな扱いかな?)


 リカルドは枝豆もいいけどこれもいいなと思いながら、チーズ煎餅らしきものも手にとり齧る。こちらは塩気がしっかりしていて酒が欲しくなる味だった。


「ここのは外れがないからな。適当に運んで来てくれるってのもあって重宝してるんだよ」

「なるほど」


 確かに外れが無いなら適当に持ってきてもらうのはありかもと思うリカルド。値段が書かれた天井付近の板を見る限り、どれを頼んでも酷く高いというようなものはない。おそらく良心的な店なのだろうとリカルドは推測した。


大牛ラプトルのスネ肉だよ」


 前置きなく、目の前に子供の握り拳ぐらいの肉の塊が盛ってある皿が置かれた。


「お、大牛ラプトル入ってたのか。運がいいな」


 嬉しげに大きな肉の塊にフォークを刺してかぶりつくラドバウト。ほげーと豪快な食べっぷりを見ていたリカルドは、あれ?スネ肉って硬くない?と首を傾げた。ラドバウトの顎の力がものすごいのか、あっさりと噛み切ってエールを流し込んでいる。


「ほら食ってみろ」

「あぁ、はい」


 言われるがままリカルドもフォークを肉の塊に突き刺したらすっと抵抗なく刺さった。


「柔らかい……」


(これ、圧力鍋でやった感じだ)


 齧ると、ホロリと噛み切れて濃いめの味付けに負けない肉の強い味が広がった。


「これ、ここの裏メニュー。数は出せないって常連だけの秘密な」


 もぐもぐしながらラドバウトの言葉にこくこくと頷くリカルド。酒に合わせたがっつりした味付けが久々で幸せで喋りたくなかった。

 齧ってもぐもぐしてエールを流してまた齧ってを繰り返すリカルドに、ラドバウトは笑った。


「どうだ?」

「予想以上にうまい」


 思わず素で返したリカルドに、ラドバウトはニカッと笑った。


「だろ?」

「これがあるって事はモツ煮もある?」

「もつ?」

「内臓系」

「……攻めるタイプだったか」

「いや攻めるって」


 目の前に腸詰めがあるんだから他のとこも食べてると思うじゃないかと内心思うリカルド。そして崩れた口調でも気にしないらしいラドバウトに、早々に取り繕うのをやめた。


「この辺は食べる習慣がない?」

「無いな。あるとすればもっと北だ」

「おいしいんだけどな、モツ」

「臭いがキツイだろ」

「それは下処理の問題だと思うけど?」

「下処理?」

「塩揉みするとか、牛乳につけるとか、酒につけるとか、小麦粉で揉んで流すとか、下茹でするとか」

「……料理人?」

「じゃないって」

「じゃないのか」


 言い合って笑う二人。


「暇があったら自炊してたから多少の知識があるんだよ」

「研究に籠りきりってわけじゃなかったのか」

「研究?」

「魔法の研究してたんじゃないのか?」


 だから物事に疎いんだろ?と言うラドバウトに、あー……とリカルドは言葉を探した。


「なんと言ったらいいか……開発……んー……魔道具士が近いかな……?」

「魔導具士?」

「そのものじゃないけど、新しい道具を作るために朝から晩まで仕事漬けだったんだよ」

「へー? その割に鍛えてそうだけど」

「鍛えてる?」

「俺の手を振りほどいたろ? 素人じゃ出来ないからな」

「あー……意識はしてなかったんだが……鍛えようとしてそうなったわけじゃなくてあれは不可抗力っていうか」

「なんだそりゃ。師匠に無理矢理やらされたとかか?」

「師匠にではないけど無理矢理って意味ではそうだな」


 選択したのはリカルドだが、あれがこうなるとどうやったら予想できただろう。額を押さえてため息をつくリカルドに、なんだこいつも苦労してるんだなとラドバウトは親近感を覚えていた。


「あ、そうだ。先にちょっと真面目な話をしてもいいか?」

「おう、なんだ?」

「さっきうちにいた子の事なんだけど」

「あのいいとこの出っぽいの?」

「そう。彼の教師役を探してて」

「教師?」


 そら豆が無くなったところで、薄くスライスされた硬いパンにいいろいろトッピングしてあるブルスケッタのようなものがテーブルに置かれた。

 ラドバウトはそれに手を伸ばしながら、何で自分に教師の話なんかを?と疑問符を浮かべる。


「家庭教師なら貴族と繋がってそうな弟弟子に頼めばいいんじゃないか?」

「家庭教師……いや、学問的な話じゃなくて、戦闘訓練とかの方で」

「戦闘訓練?」

「あとサバイバル的なものも」

「サバイバル??」


 樹の事を貴族の子息だと勘違いしているラドバウトは情報が結び付かずますます疑問符を浮かべた。


「冒険者にでも憧れてるのか?」

「多少それはあるかもしれないけど、そういうんじゃなくて今後絶対に必要になる技術なんだ。最低でも大型の獣を一人で対応できるようになって、食料を現地調達できるようにならないといけなくて」

「……訳ありか?」

「大有り」

「大有りって……」


 うーんとラドバウトは唸った。


「その話を俺にするって事は、頼まれてるって事でいいのか?」

「あぁ、他に信用出来そうな人を知らないから。ラドになら彼の事情を明かしても大丈夫だろうと思って」

「そりゃまた高く評価してくれたもんだが……」

「無理なら他に信用できる人を教えてもらえないか? 出来ればラドと同程度で腕が立つ人。もちろん礼はする」

「礼ってもなぁ……」


 ランクがSの人間を教師役にするとなると、かなりお高くつく。そして素人相手にそのレベルの人間をつけるのは無駄遣いも甚だしいというのが一般的な考えで、ラドバウトも乗り切れない部分だった。


「ちなみに彼のステータスはラドのすぐ下。もう少しすれば追い抜くと思う」

「は?」

「だがら下手な相手には任せられないんだ。手加減できない素人ほど怖いものはないだろ?」

「いや、待て。ちょっと待て」


 話を進めようとするリカルドに手を突き出し止めるラドバウト。


「リカルド、まさかとは思うが鑑定持ちか?」

「ん? うん。ラドのステータスは初めて会ったときに勝手に見たんだけど、状況的に敵対するかもしれないと思ったからついね。ごめん」


 と、大して悪びれず謝るリカルドにラドバウトは絶句していた。

 鑑定はとんでもなく希少なスキルで、あらゆる方面で重宝がられ危険な冒険者になどという仕事についている者はまずいない。

 と、そこまで一般常識が浮かんだところで、こいつに当てはまりそうにないかと自問自答するラドバウト。


「いや、まぁ言いふらさなけりゃ俺は構わんが……気をつけろよ、それ持ってるとバレたらあちこちから声が掛かる」

「あーうん、一応気をつけてる。それでどう?」


 教師役。と話を進めるリカルドにラドバウトはチーズ煎餅もどきの皿と入れ替わるようにして出された野菜のグリル焼きからアスパラを摘んで食べた。

 ごつい見た目の男がうさぎのように野菜を齧る姿はちょっと面白いなと感想を抱くリカルド。


「……能力値は俺に近いんだな?」

「そう。スピードに関しては並んでる。力はまだ劣ってるけど」

「身体強化は?」

「まだ教えてないよ。魔法の方は教え始めたばかりだから」


 今度はカボチャを齧りながら考えるラドバウト。


「……たぶん俺よりハインツの方が向いてるだろう」

「ハインツ?」

「パーティメンバーで魔法剣士。力量は純粋に比べられないがランクはAだが気分屋なだけで実力はS。口は堅い」


 パーティメンバーと聞いて、そういえばヴァンパイアにされかかっていたのがそんな名前だったっけ?と思い出すリカルド。

 リカルドも野菜のグリルからブロッコリーをフォークで刺して食べるとチーズの塩気があって、ただの焼いた野菜じゃなかったのかと無くなりそうなエールのおかわりを身振りで女将さんに伝える。


「紹介してもらう事は?」

「もちろん構わんが――あ。そうだ、リカルドは他人に魔力を流せるか?」

「魔力を? 出来るけど」


 脈絡のない話にとりあえず出来るとリカルドが答えればラドバウトはやっぱりかと頷いた。


「もう一つ聞くが、ヴァンパイア化しかかってる人間に魔力を流して、人間の部分とそうじゃないところで違和感?みたいなものを感じると思うか?」


(あぁ、ヴァンパイア化した時のやり方を聞いてるのか)


「わかると思うよ」


 そうリカルドが答えれば何故かラドバウトはぐっと拳を握った。


「ハインツを紹介する代わりに、俺のクランメンバーに合ってくれないか?」

「クランメンバー?」

ジュレってクランなんだが……俺の事知らなかったしそっちも知らないんだろ」

「えー……と。うん、まぁそうだな」


 頬を掻いて肯定するリカルドに、ラドバウトはぬるく笑った。


「ランクSを一番多く抱えてるクランなんだけどな。普通は子供でも知ってる」

「なるほど」


 覚えとく。と、やはり動揺する事なく受け止めるリカルド。ランクSの凄さもそれを多く抱えてるクランの名声もまだまだこの世界の世情に慣れていないリカルドには伝わりにくい。実力で言えばいくらSと言ってもリカルドとは圧倒的な差があるので、本能的な部分がふーんそうなんだレベルに落ち着いてしまうのも原因だった。


「会うのは構わないけど、話からして相手は魔導士だよな?」

「ああ。リカルドの弟弟子がハインツを助けてくれたんだけどな。その話は聞いたか?」

「聞いてるよ。何をやったのかも想像ついてる」

「なら説明が早いな。ハインツのヴァンパイア化を止めた方法を話したら有り得ないって一蹴されてな……」


 魔法の魔の字も知らないやつがランクS名乗ってるとは腹が捩れると馬鹿にされたと嘆息するラドバウト。


「ふーん?」


 最後のスネ肉にフォークを刺したラドバウトが、声のトーンを下げたリカルドに視線を上げれば変わらぬ微笑みがあった。が、目が笑ってない気がして手が止まった。


「リカルド?」

「ん?」


 呼び掛ければ飄々とした空気に戻り、あれ?気のせいか?となるラドバウト。


「いや、会ってくれるんなら助かる」

「ちなみにその魔導士さんのランクは?」

「S。基本属性と闇魔法を使う天才だ」

「なるほどなるほど」


 ふむふむと頷くリカルドに、何か選択を間違えたような気になるラドバウト。さすがランクSの勘は鋭かった。

 リカルドは己が馬鹿にされたようでちょっとイラッとして、ほほーう?となったのだ。


(探究心は死霊魔導士志望の方が高いってのは皮肉か? いや、現場主義っていうか戦闘専門の魔導士なら探求してる暇はない――なわけないよな? 上になればなるほど相手どるのは手強いだろうし、そうなれば工夫だって必要になる筈)


「言っとくがザック――会わせたい魔導士の反応は普通だからな? 俺もそういう反応だろうなってのはある程度わかって聞いたしな」

「……普通、っていうと?」

「そもそも魔力を他人に流すって事自体が難しいんだよ」

「はい?」


 表情は変わらないが、驚いてる雰囲気を察してラドバウトはそれもわかってなかったかと苦笑いを浮かべた。


「人それぞれ魔力の質が違うだろ? だから反発したり入らなかったり動かしづらかったり、やられてる方が痛かったりして出来ないんだよ」


 そりゃそうだとリカルドは頷く。なにしろリカルドが素の魔力を流したら人間はひとたまりもない。


「出力を絞らないのか?」

「絞る?」

「糸のように魔力を絞ってごく少量を流さないのかってこと」


 人差し指同士をくっつけて、目にみえるよう細い魔力糸を出して見せるリカルド。


「なんだそれ……」

「魔力に物質的な属性を持たせた物だけど?」

「属性? っていうと火とか風とか?」

「そう。あえて言うならこれは無属性?かな。まぁそれはいいとして、こんぐらいの細さでやれば影響はかなり抑えられると思うけど」


 リカルドがフッと糸を魔力に戻して霧散させるとラドバウトは我に返った。


「……すまん。そこまで俺も詳しくないからそれはザックに言ってくれるか?」

「あーうん。わかった」


 ラドバウトの反応に、どうもこういう方法は一般的じゃないんだなと思うリカルド。

 虚空検索アカシックレコードは調べれば答えは出るが、調べようとしなければ当然情報は得られない。なので誰もが知っているような事と誰も知らないような事がごっちゃになっているのが今のリカルドだった。


「お? 珍しい。ラドがメンバー以外と飲んでる」


 ふむふむとリカルドが学んでいると、通りに面した入り口から二人連れの客が入ってきた。

 その客を見て、あ。と思うリカルド。


「あれ? お前ら今日はシェスのとこと依頼受けてたんじゃないのか? 肩慣らしにって」

「それがさー依頼主の方がなんかごねてて結局受けない事になったんだよ」

「そうそう、ハインツさんをって指名されたんだけど、なんか手違いがどうのとかって言われて」


 言いながら勝手に同じテーブルに座ったのは、ヴァンパイア騒ぎでリカルドが治療した赤髪と蜜柑頭の二人。赤髪がリカルドの横に、蜜柑頭がラドバウトの横に陣取った。


「お前らなぁ……断りもなく座るなよ」

「あー悪い悪い。俺ら座ってもいい?」


 片手を上げて軽く謝り、切長の目でリカルドの様子を窺うのは赤髪。蜜柑頭の方はいーじゃんとか言いながら既にエールを頼んでいた。


「ったく。リカルド、そいつがさっき話したハインツだ」

「なになに? 俺の話してたの?」

 

 肩口までありそうな髪を後ろで縛っている赤髪は、やけに白く綺麗な肌をしており目つきは鋭いが整った顔立ちだ。ラドバウトと比べれば細身で見た目ちょい悪そうではあるがモテそうな奴だなと思うリカルド。ヴァンパイア騒ぎの時はそれどころじゃなかったので気づかなかったが、気づいて若干敵認定するあたりリカルドも了見が狭い。

 ちなみに蜜柑頭の方は赤髪よりも少しがっしりしているがまだ若い印象で元気のいい子という印象の方が強くリカルドの敵認定には引っかからなかった。


「いいのか? まだそっちの言う相手に会ってないけど」

「いいも何も勝手に座ったんだから仕方ないだろ?」

「ねえラド何の話? あとそれ誰」


 蜜柑頭も気になったのかラドの横で首を傾げた。


「お前らな……」


 赤髪と蜜柑頭はヴァンパイア騒動の時、誰に助けられたか知らないので無理はないのだが恩人に対する態度じゃないと一人頭を抱えるラドバウトだった。

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