第26話 やっと行ける酒場

 日が昇る前に起きてきた樹が、リカルドの代わりにシルキーのお使いに行くと自主的に市場に出かけたのでリカルドはのんびりとソファに横になっていた。


 昨夜、というか明け方近くまで本当にじっくりみっちり青年と何をどうするかを細かく話しまくっていたリカルドは心地よい疲労(精神的)に包まれていた。

 見かけによらず青年は反発する事無くリカルドの話をよく聞いた。理解出来ない事でも何度もリカルドがかみ砕いて話せばどうにか理解しようと頭を悩ませ、納得しようと努力していた。


(性格は悪くない、むしろかなりいいのに見向きもされないってのは、やっぱ見た目が大きいんだよなぁ……)


 見た目をグリンモアで好まれるものに変えて何とかやってきたリカルドである。その世知辛さは良く知っていた。

 ごろごろとしていたリカルドは、ふと窓から顔を覗かせているウリドール(霊体)と目が合い、驚いてがばりと起き上がった。


「お前、何で出てきてるんだよ」

〝ごはん……〟


(ごはんて……)


「欠食児童か。昨日結構やっただろ?」

〝足りないんですぅ………〟


 うるうると目を潤ませ、じーっと見てくるウリドールに早々に庭の空間拡張しないとえらい事になるなと思うリカルド。


「わかったよ……」


 よいしょと立ち上がり、キッチンを通って勝手口から外へと出てウリドールの本体である木の前に立った。


(かなりでかくなってる……)


 既に大人の胴ぐらいの幹の太さである。上の方は塀を超えて外に出そうで、空間拡張待ったなしの状況にリカルドは頭を掻いた。


「ウリドール。少し移動させるぞ」

〝え? なんでです?〟

「このままだと目くらましからはみ出るし、移動させないと空間拡張しようとしても目くらましの魔法陣とぶつかってうまく出来ないんだ」

〝………えーと、他所に移されるという事でなければ、はい〟

「なるほど。今からでも耳長族のところに置いてきてもいいな」

〝いーやーでーすー〟


 即座にリカルドの腰に抱き着き離れないと意思表示するウリドール。


「冗談だよ。下手したらお前植物操って恨み言言いに来るだろ」

〝あはは。さすが神様ですね、何でわかるんですか?〟

「やるのかよ……」


 半分冗談で言ったのに、実行する気のウリドールに気分が盛り下がるリカルド。


「まぁいいや。ほら動かすぞ」

〝はーい〟


 土魔法を使い根を痛めないよう注意して移動させるリカルド。


〝神様っていろいろ言いますけど、丁寧だし優しいですよねー〟

「根っこ千切れていいなら適当にぱっぱとするぞ」

〝やめてくださいよ! せっかく丁寧にやってるんですから最後までそうやってください!〟

「だったらちょっと静かにしててくれよ集中してるんだから」

〝またまたーそんな事言って片手間に出来ちゃう癖に~〟


 腰元に引っ付いたままふざけた事を言うので本気で根っこちぎってやろうかと思うリカルドだが、小心者なので普通に移動を完了させた。

 そのまま網目状の魔力の糸を伸ばし空間魔法を使って木の周辺を囲いその内側に拡張を施していく。


〝わー……すごい。本当に中が広がってる〟


 普通は箱物の内側に拡張を施すものだが、仕切りの無い空間そのものを区切って拡張を施すなんて無駄に魔力を消費する馬鹿みたいな事をするのはリカルドぐらいである。


〝外から見ると普通なのに、中は広がってるって不思議ですね〟

「境界に幻覚魔法も入れてるからな。よし、と」

〝あ、また私から力抜いてますね?〟

「固定するのに丁度いいんだよ」

〝じゃあ家の周りの目眩しの方解いてください〟

「あれはあれで利用価値あるからそのままで」

〝ええー〟


 不満げなウリドールに魔力を込めた水を撒けば、ほわーと恍惚とした顔になり文句は止んだ。


「実際、お前どこまでやれば腹減ったとか言わなくなるんだ?」

〝ふぇ? ……どうでしょう? 一旦お腹いっぱいになってもしばらくするとすぐに減っちゃうんです〟

「急成長してるからなぁ。それが落ち着くのは?」

〝さあ? 何しろ私もこんな事になるのは初めてなもので〟


 そりゃそうだと納得して虚空検索で調べるリカルド。

 そうしてわかったのは、初期の成長は自分で調整が効かず、得られる栄養の分だけ成長するという事だった。それを脱するのはおおよそ普通の木の換算で樹齢千年程度の大きさになるまでだった。


(……千年って。巨木じゃねーか)


「ウリドール、腹三分目ぐらいでいこうか」


 悪あがきをするリカルドに、ウリドールはえええ!?と盛大に不満の声を上げた。


〝何でいきなりそうなるんです!?〟

「お前の成長、しばらく止まらないみたいだから」

〝だからってひどいです! 最初に満足いくまで注いだのは神様ですよ!? 一回味わっちゃったらもう戻れないですよ!〟


 霊体のくせして器用にリカルドの服を引っ掴んで揺さぶるウリドール。


「あー……んー……まぁ言い分もわかるんだけどな……」


 がっくんがっくんされながら、でもなーと考えるリカルド。木の周りに侵入阻害するものはつけてないので、近づけば本当の姿は見えてしまう。庭で訓練しているので何かの拍子に近づく事もあるだろうし、そうなれば「何ですこれ?」と樹に突っ込まれそうな気がしていた。


(いや何も知らない樹くんなら誤魔化されてくれるか? 内緒にしてって言ったらちゃんと守ってくれるだろうし。そもそも世界樹とか知らないしな)


「んー……まぁいいか」

〝きゃー! さすが神様! 大好きです!〟

「お前に好かれてもねぇ……」


 ついでに畑の水やりと終えてリカルドが家の中に戻ると、ほどなく樹が戻ってきて無事にお使いが出来たとほっとした顔でシルキーに買ってきたものを渡していた。

 そんな風景に平和っていいわ〜とソファに寝転がったままぼんやりしているリカルド。怠惰そのものの姿でぐでーんとしていたが、唐突に昨夜の娘さんにお守り作らないとと思い出し身体を起こした。

 

「樹くん、シルキー、俺ちょっと部屋で作業してるね」


 そうキッチンに声をかけて自室に籠り、護符をサクサクと作成。明日の夜にでも渡しに行こうと空間の狭間にしまった。


 朝ごはんを食べた後は、軽い運動をしてから樹の魔法練習を見ていた。ラドバウトがSランクだと聞いて、ステータスから見て取り急ぎ鍛えるべきはそちらだと判断した結果だ。

 普通の魔導士であれば、水が出せるようになったら今度は風、火と扱える属性を増やして攻撃魔法を習得する方向にベクトルが向くのだが、リカルドはひたすら水を操り操作する訓練を続けさせていた。

 ものすごく地味で飽きてしまいそうになる訓練だが、ここでしっかりと魔力操作を鍛えるとこの後がスムーズなのだ。その辺の事情も樹には説明済みで、飽きる事なく真面目に取り組んでいる。

 

「リカルドさんって冒険者なんですよね?」

「んー? まぁ一応そうだね」


 ずっと集中しているのも疲れるので途中休憩を挟んでいた樹が、横で本(魔道具士の一件で写本すればいい事に気づいた)をめくっているリカルドに聞いた。


「………」

「どうした?」


 無言になった樹に気づいてリカルドが本から顔を上げれば、何やらじっくりと観察されていた。


「お使いの時にちょっと冒険者ギルドってところに寄ってみたんです」

「そうなんだ? 早朝だとあんまり人居ないでしょ」

「少なかったですけど、でも何人かいて……」

「いて?」


 絡まれたのかな?と思ったリカルドだが違った。


「言い方が悪いと思うんですけど、なんだか乱暴……違うな、雑っていうか、仕草が荒っぽいっていうか……」


 言葉を濁しながら説明する樹に、あぁとすぐに言いたい事を理解するリカルド。


「まあ冒険者になるのは一攫千金を夢見る奴とか次男三男で食いっぱぐれた奴とか訳ありの奴とかが多いからね。言動が荒くなる傾向ではあるよ」

「だからリカルドさんとは違うなって思って……もしかして、リカルドさんってすごく偉い人だったりします?」


(は?)


「いや、全然」

「……えっと…じゃあ家がすごいところなんですか?」

「家はここだけど」


 噛み合ってないと思いつつも答えるリカルドに、樹は頭を掻いてすみません何でもないですと引き下がってしまった。


「まてまて樹くん、何か誤解してない?」

「誤解……」

「何を言っても怒らないし気にしないから言ってごらん?」


 開いたままだった本をパタンと閉じて膝の上に起き、さあどうぞと手を広げるリカルド。


「えっと……」


 樹は少し逡巡したが、どうぞーと待ち構えているリカルドにやがて根負けして口を開いた。


「その、街を歩いてみて気づいたんです。リカルドさんみたいに丁寧な人ってあんまりいないなって。特に冒険者の人は対照的っていうか……だから、この世界で丁寧な人っていうと身分のある人なのかなって……俺、働けるようになったらお返ししたいと思ってたんですけど、でもリカルドさんにしてみれば、そんなのたかが知れてるのかもしれないなと思ったら……」


 何が返せるんだろうかってちょっと考えてしまってと呟く樹。


「………あーもう! 樹くんはいい子だね!」

「うわっ ちょ、リカルドさん!」


 がしっと俯いた樹の首をホールドして頭を撫でくりまわすリカルド。

 でも抵抗されたのですぐに離した。


「俺はただの平民だよ。この言動が丁寧って言うならそれは……生育環境かな。親もこういう感じだったから定着したんだよ」


 嘘ではない。生育環境が日本のごく一般的な家庭だという事で。


「そうなんですか?」

「そうだよ。それに大きな商家だったりすると平民でもそれなりに言動は丁寧だったりするからね。貴族ではないけど、貴族に近しい平民っていうのもそうなるんだよ」

「リカルドさんの親もそうだったんですか?」

「んー親がそうだったわけじゃないけど、まあ遠からず?」


 軽くリカルドが頷けば、樹はほっとしたように肩の力を抜いた。

 以前リカルドが樹に対して「まだ戻れる」と発言した事から、樹はリカルドが貴族関係の家柄で何かしら事情があって家にはもう戻れない人なのだと想像していたのだ。


「何度も言うけどさ、樹くんはお金の事とか気にしなくていいよ。

 もし気になるっていうのなら、きちんとこの世界に慣れて安全に仕事が出来るようになってからね。じゃないと俺が心配で受け取れないから」

「……はい」


 リカルドの柔らかな口調に、この世界で寄る辺の無い樹はじわりと視界がにじみ目元を隠して頷いた。

 リカルドは反射的に頭をまた撫でそうになっていかんいかんと手を押しとどめた。ついつい撫でたくなってしまうが、同じ男としてこの年頃でそれはあんまり嬉しくないかと見ない振りをした。


「そうだ。今日は夕方からまた出掛ける予定なんだけど、樹くんの教師になりそうな人を聞いてこようと思ってるんだ」

「教師?」


 目元を擦りなんでもない顔をして聞き返す樹に、リカルドはそうそうと頷く。


「俺は武器とか体術とか戦闘面の事はからっきしだから、代わりに教えてくれる人をと思って。あと、採取とかサバイバル系の知識や技術を教えてくれる人も」

「リカルドさんって、からっきしなんですか?」


 本当に?と言う顔で尋ねる樹に、リカルドは笑った。


「身体能力と技術は別物だからね。俺はこれでも魔導士よりなんだよ」


 これでもというか、ステータス配分的にはバリバリの魔導士である。ただ基礎値というかステータスが高くない項目でも人間でいけば破格の値なのでそうは見えないだけだ。


「意外です……」


 あんなに動けるのに、と呟く樹に満更でもなく照れるリカルド。ちょろいリッチは変わらずである。


 そうしていつものように樹の訓練に付き合った後、夕方頃には約束していたラドバウトが訪ねてきて(家に子供がいる事に気づいたラドバウトが、子連れだったのかと驚いたりという一幕があった)今度は無事に酒場へと連れて行ってもらう事が出来た。


 場所はギルドからほど近い宿屋兼食堂兼酒場で、冒険者が贔屓にしている店だった。まだ夕暮れ時だったからか込み具合はさほどではなく、すぐにテーブルに通された。そして気風のいい闊達な女将さんとラドバウトは顔馴染みらしくテーブルにつくなり、いつものだねと言いながら小麦色の飲み物(エール)と焼いた空豆、カリカリに焼いたチーズの煎餅みたいなもの、腸詰めと芋の炒め物らしきものをどんどんどんと置いて行かれた。


「これ、お通し?」


 お通しと言うにはボリュームのあるそれに、こちらの店のシステムを知らないリカルドが指差しラドバウトに聞けば、逆に「おとおし?」と聞き返された。


「あー、最初の注文の前に繋ぎで出される一品、みたいな?」


 お通しについて深く考えた事がないリカルドがうろ覚えの知識で言えば、まぁそんなもんかなとラドバウトは頷いた。


「しょっちゅう来て同じもん頼んでるから頼む前に出されるんだ。それより」


 木のカップを突き出され、ああとリカルドもカップを手に持つとガツンと合わされラドバウトと一緒に喉に流し込んだ。


(あ、意外といける)


 ぬるかったりしたらどうしようとか思っていたが、キンキンではないもののそこそこ冷えていてまずいと言う事は無かった。


「何を頼む?」

「えーっと、よくわからないのでお任せしても?」

「じゃあ適当に頼むか」


 ラドバウトが女将さんに手を振ると、片手で木のカップを五つ持ちながらもう片方で三つの皿を運んでいた女将さんが手早くそれらを客の前に出してやってきた。


「今日はなんにする?」

「適当で」

「はいよ適当だね」


 それだけで意思疎通して行ってしまう女将さんに、適当ってまじで適当って事かと思うリカルド。

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