第25話 後始末と言う名の苦行と対照的な青年
リカルドが転移した先は石造りの館の一室だった。館と言ってもあまり手入れをされておらず、隅には埃が溜まり窓も輝きを失って曇っている。
そんな中、色落ちした絨毯の上に芋虫のように両手を身体の横に貼り付けて、奇妙にのたうっている痩せぎすの白髪交じりの男が一人。
リカルドはそれを見下ろし、神経質っぽい感じの人だなと思った。
男はリカルドの気配に気づき、動きを止めるとそこだけ異様に光る目をリカルドに向けた。
黒いマントに狐の面という面妖な姿の
「貴様か! 私の魂を奪った盗人は!」
第一声で盗人呼ばわりされ、なんとも言えない気分になるリカルド。
(盗人猛々しいってこういう事を言うのかなー……)
未だ呪縛(一時的な魔力封じと金縛りに近い)から抜け出せずうねうねと身体を動かす男から視線を外して周りを見渡す。
「ふざけた仮面なぞ被りおって!」
リカルドはひとまずやる事をやってしまおうと、男の言葉をまるっと無視してひょいひょいと周りから必要な物を取っていく。
その間にも男はせっかくの呪術が無駄になってしまったとか損害がどれだけあると思っているんだとか、せっかくの生贄に良さそうな魂がとか、この状況下で己の置かれた危機にも頓着せず文句を言い続けていた。
必要なものを集めたリカルドは、最後に未だ呪縛を解けずうねっている男の前にしゃがんだ。
「人にはやっていい事と悪い事っていうのがあると思うんですけど、それを区別出来ない場合人の社会の中で生きていくことは難しいと思うんですよ」
「は? この私に説教しているのか?」
異物でも見るような目で見られ、いいえとリカルドは首を振った。
「町に出て購買のルールは守るのに、人を殺さないっていう当たり前の社会のルールは守らない。それが矛盾なく同居して人の社会で暮らしているのが不思議だなぁと思いまして」
「面倒をあえて作る必要などどこにある。馬鹿にしているのか?」
「馬鹿にというか、そう聞くと本当に効率厨だなぁと……」
「貴様馬鹿にしているだろ! 私に呪術で勝ったからと言っていい気になりおって…! 対抗としてどれだけ供物を捧げた? その年でこの私の呪術に抗えるはずがないからな! さぞや多くのものを無駄にしたであろう!」
何故か勝ち誇ったように嗤う男に、あぁこれはサイコパスじゃなくて探求優先のタガが外れた方の人種だなと思うリカルド。
ちょっとした興味本位で声を掛けてみたものの、気分のいい相手ではないなぁと当たり前の事を再認識していた。
「自尊心が高いのは結構ですけど、私は供物を用意していませんし、時間が無かったので簡易の方式です」
「馬鹿を言うな! あの術式を完成させるのに最低でも三ヶ月は掛かる!」
「と言われましても」
もう会話もいいやとリカルドが立ち上がった瞬間、うねうねしていた男がいきなり身を起こし懐から取り出したものをリカルドに振りかけた。
「は、ははは! 油断したな! 貴様の呪縛などとうに解けていたわ! 蠱毒によってもがき苦しめ!」
リカルドは身体の前面にびっちゃりと掛かった血のような赤黒いそれに仮面の下で表情を消し、己に掛けていた聖結界を解いて抑え込んでいた魔力と瘴気を解放した。
「なっ!?」
直撃を受けた男は驚くと同時にガハッと黒い血を吐き、泡を吹いて痙攣し始めた。
「血みたいなもん使うとかマジでやめろよな……」
言いながら己と男を綺麗にしてため息を一つ。男が途中で呪縛を解いていたのには気づいていたし何かしようとしているのにも気づいていたが、別に問題はないと思っていた。男の実力で自分に危害は加えられないからと。それがまさか血糊みたいなものをかけられるとは思わず、無意識にやり返してしまった。
再び聖結界を纏い魔力が漏れないようぴったりと内側に収めたリカルドは男の魔力を封印した。
それから気絶している男をその地の領兵のところへと証拠品とやらかした事の一覧を書いて一緒に転送した。
グリンモアの中で社会を乱すような輩は個人的に迷惑なので、犯罪者として処罰いただくというのがリカルドの出した結論だ。
娘さんの婚約者である侯爵家の方がそのうち辿り着いただろうが、そうすると結構な人間が返り討ちに遭うので、こうするのが一番被害が出ない。
「……料金割増……は、別にここまで求められてないから請求出来ないか……」
主人を失った誰もいない寂れた館の中で呟いて、リカルドは肩を落として最後に呪殺を願った令嬢のところへと飛んだ。
そこが一番気が重いところだったので後回しにしていたのだ。
転送して早々に屋敷全体に眠りの魔法を掛け、二人の人間を除いて眠りに落とした。
さすが伯爵家とでも言えばいいのかメイドや侍従に警備の私兵と数多くの人間がいたが、例外なくお眠りいただいたところでリカルドは屋敷の二階、テラスのついている部屋の窓から中へと入った。鍵はあってないようなものである。
リカルドは中に入ると窓の下に落ちていた白い紙を拾った。それはリカルドが令嬢の身代わりに置いた
(不思議だよなぁ世界が違っても概念と効力は通用するってのは)
そんな事を考えながら、リカルドは最後の下準備のため部屋を冷やしていった。
大きなベッドで横になっていた令嬢は、妙に肌寒く感じて目を覚ました。
まだ暗い部屋の様子に夜中だと感じて毛布を被ろうと身体を起こし手を伸ばしたところでギクリとした。
部屋の中に、誰かいる。
ゆるゆると視線だけ移せば窓辺から入る僅かな月明りに――黒い影が浮かび上がっていた。
「ひっ!」
どこか寝ぼけていた頭が瞬時に覚醒し、喉の奥で悲鳴が上がった。
そんな令嬢の様子をぼけーと見ていたリカルドは、まだ幼さの残るどちらかというと儚げな姿の令嬢に、これが人を呪い殺そうとするって世も末だと老人のような事を考えていた。
そして何にしてもやる事は変わらない、と硬直している令嬢に対して予定通り幻覚魔法を使って仮面を外した。
「っ―――!!!」
薄い月明りを背後に、白く浮かび上がる骨の輪郭。そしてその深い眼窩の奥にあるどろりとした不気味な赤黒い光に声にならない悲鳴があがった。
「人を呪うという事は、いずれは己もこうなるという事なのだが……理解しているかな?」
しゃがれた声(声をいじった)を発し一歩リカルドが近づくと、令嬢から今度こそ悲鳴が上がった。
「いやーー!! 来ないで!! 誰か! ミーナ! シルヴィ! 誰か来なさい! 誰か、誰か来てよ! あぁっ!」
ガタガタと震えて後ろへ這いずり、ベッドの下へと転がり落ちる令嬢。
効果覿面だなぁと複雑な思いを抱くリカルド。何しろ自分自身も苦手なので、本来の姿ではなく敢えて幻覚魔法にする事で自分の視界に入らないように小細工をしている。
リカルドがゆっくりと近づけばひいいいと壁際まで這いずっていく姿に、一ミリ程度の憐れみはあったがそれ以上の事をこの令嬢はしでかしている。
リカルドは令嬢の目の前に立つと、骨に見えるであろう手を近づけた。
「や、やめて……おねがい……やめて……殺さないで……」
「呪われた方はそう願う事も出来なかったと思うが?」
真っ青になって震える令嬢の艶やかな
「なめらかな肌に若葉のような瞳、小振りな唇は赤く色づきこの豊かで艶やかな髪は絹のような指通り。こんな美しい姿でありながら残虐なその心根は実に私の花嫁に相応しいと思わないか?」
「……っ……っ……」
声も無く涙を零して必死に嫌だと首を振る令嬢。
「己がために他人を呪い殺そうとする実に利己的で素晴らしい人間なのに、私には相応しくないと?」
令嬢の細い顎に手を掛けて上向かせるリカルド(精神統一中)。
「あ……ぁ……ぅ……」
至近距離で赤黒く怪しく光る眼に射貫かれ、歯の根が合わずガチガチと鳴らす令嬢。と、そこへ部屋のドアが激しく叩かれた。
「お嬢様! ご無事ですか!」
「っヒルクス! 助けて!」
リカルドの手を振り払い、必死で腰が抜けたまま壁伝いに這いずり逃げる令嬢。
特に捕まえていたわけではないので、そのまま見守るリカルド(精神統一、一旦休憩)。
「お嬢様!?」
ドアの向こうからは焦った声が聞こえ、どごっ!とドアを蹴り倒して剣を腰に履いた警備の私兵と思われる男が入ってきた。歳は二十そこそこ、険しい顔は状況が状況だからだが、通常であれば垂れ目気味で優しげな印象を与える男だ。
男はリカルドと令嬢を見るなりすぐさま令嬢を庇うように前に出て抜剣した。
「
リカルド(精神統一再開)はくつくつと嗤った。
「そんなもので私をどうしようと?」
「お嬢様、逃げてください」
「残念ながらお嬢様は腰が抜けて逃げられないようだが?」
「黙れ!」
男が踏み込み剣を振った瞬間、リカルド(精神統一中)は令嬢の真後ろに転移した。
「なっ!?」
「そんな事では大事なお嬢様が
後ろから令嬢の腰に手を回して抱え起こし、見せつけるようにその細い顎に手をかけ顔を寄せるリカルド(精神統一最高潮)。
令嬢の方は冷たく固いざらつく骨の感触(幻覚魔法)に失神寸前だった。
「お嬢様から離れろ!」
頭に血が上ったのか人質状態の令嬢がいるのに突っ込んでくる男。リカルド(精神統一終了)がタイミングを見て令嬢を離しトンと背中を押せば、振り抜きかけたその剣を強引に引いて抱き止めた。
「興が削がれた」
予備動作無しにすうっと近づくリカルド。
人とは異なるその動きに咄嗟に反応が遅れる男に囁く。
「そんなに大事ならくだらない事をさせないように良く見張っているんだな」
「なに!?」
「お前も、唯一お前を心配する者を失いたくなければ何をすべきかよく考える事だ」
青褪めたまま目を見開く令嬢の頬をダメ押しで撫でれば、男が剣を横なぎに振ったのでリカルドは転移して消えた。
占いの館へと戻ってきたリカルドはフードを降ろし、椅子に座ると自分の両腕を摩った。
「うひー! 性に合わない事をするもんじゃないな!」
己のやった事にぞわぞわとしていたリカルド。
彼女いない歴=年齢のリカルドには相当きつかったが、必要な事だと判断したので何とかやりきった。まさか令嬢もやってる側がダメージを受けているとは思いもしないだろう。
「まぁこれで状況を集めればあの令嬢の親も気づくだろうし……事を荒立てられる前に修道院行きか一生ド田舎に封じられるか、どっかの後妻に入れられるか。その辺は運しだいだろうなぁ」
どの道に行こうとも、今日の出来事がそれこそ呪いのように身を縛る。
己の現実を厭い誰かを怨み何かしようとするたびにリカルド(不死者版)が頭にちらついてやりたくても出来なくなるし、それ以前に自分を心配する相手(家臣の息子で小さい頃はお兄ちゃんと慕っていたあの男)について考えるようになるので余計な事に思考を割かない筈だ。この辺はなるべくそうなるように言葉を選んだが確率的には高いというだけで確かではない。それでもこれが今後罪を重ねる可能性が低い方法だったので、これ以上はお手上げだとリカルドは考えている。
「あっちの娘さんには念のためお守りでも渡しておけばいいか」
あー疲れたと後ろに大きく反って伸びをし、次の客を入れるかと遮断していた空間を戻した。
「そういえば札を渡しちゃってるからあのお爺ちゃん来れないのか。まぁ最近はご無沙汰だったし……伯爵に聞いて欲しいなら渡す方向でいっか」
それからやってきたのは冒険者風の青年で、いつかの旦那のごとくぐでぐでに酔っ払って路地裏から転がり込んできた。
まーた酔っ払いかーと思いながら解毒して素面に戻し、占いの館だと言えば噂の占い師かと手を掴まれ、意中の相手が同じパーティメンバーと出来てたんだ!と泣き出してしまった。
「俺のどこがダメだったんだ! 稼ぎだって変わらないのにっ!」
ちなみに青年の容姿はというと、スキンヘッドに目つきの悪い三白眼、背は170ちょいぐらいで標準、体格は筋肉だるまでは無いがまぁまぁ筋肉質、姿勢は若干悪く相手を見る時に斜めに見る癖がある。
一応調べてみれば顔面で女性に怖がられていたのだが、本人は気づいてないらしい。
どうしてなんだ!と真剣に嘆く青年に、端的に
「あれか! 俺が前衛職だからか!? いつ死ぬかわからないから嫌だってことか!?」
そういうことでは無いのだが、必死に己がモテない理由(推測)を挙げて行く青年。その中に容姿にまつわるものが何一つ無いあたり、無意識にはわかっているのかと気づくリカルド。
「髪を剃っているのは戦闘に差し支えあるからですか?」
せめてスキンヘッドでなければまだマシなのにと思い尋ねれば、テーブルに突っ伏していた男は、顔を伏せたままで違うと頭を横に振った。
「ダチがその方がいけてるっつったから……」
あんた騙されてるよ。もしくはそのダチの趣味が望みと逆方向だよと思うリカルド。
(うーん……正直面倒臭いけど、でもさっきの子に比べれば理由を自分の中に探そうとする辺りは誠実だよな)
振り向かれないからと言ってその相手を呪い殺そうとする人物と比較してしまい、なんとかしてやりたいという気持ちになってくるリカルド。モテない気持ちというのも良くわかるので余計に同情の気持ちが募った。
ファッションだとか何をすればモテるのかとか、その手の事に詳しくない自信だけはあったので、リカルドはここぞとばかりに
「お客様、本当に女性に振り向いて欲しいと思われていますか?」
時を戻したリカルドは、突っ伏したままの青年に重々しく聞いた。
「何かあるのか!?」
がばっと身を起こした男に、リカルドは頷いた。
「頼む! 教えてくれ!」
「とても厳しく難しい事ですが宜しいですか?」
表情を消したリカルドが脅せば、気圧された青年は一瞬言葉を失った。だがすぐ魔王にでも立ち向かう勇者のような顔つき(リカルド視点)で頷き返した。
「わかりました。それではこれから私が話す事をよく聞いてください。耳に痛い事、腹の立つこと、理解出来ない事を言うと思いますが、まずはそれを聞く事からがスタートです」
「……わかった。ちゃんと聞く」
よろしい。とリカルドは青年大改造計画を開始した。
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