第24話 貴族繋がりの客

「うーん……」


 占いの館で椅子に腰掛けながら唸っているリカルド。

 本日も一番にやってきた王太子は「書類は兄弟子とやらにきちんと渡したよ」と言って適当な占いを所望し帰っていった。雑談もそこそこに帰ったところからして忙しいのに書類を届けた事を知らせに来たのだろう。律儀な事でとリカルドはちょっと呆れた。

 が、今はそれよりも目下の悩みをどうするかだった。


「……自分の都合で人のプライベートどころか思考を覗くのはなぁ……いや、今更だし別にいっかとも思うんだけど……」


 腕を組んでうーんと天井を見上げるリカルド。そこに答えは無いがなんとなくだ。


 何を悩んでいるのかと言うと、クシュナがリカルドに本当に会いたいと思っているのか、もしそうならなんの理由でという事を虚空検索アカシックレコードで調べるか否かという問題だ。

 客として来た他人だとガンガン見れるのだが、自分に関わる相手となるとなんだか見ちゃいけないような気もするリカルド。見たところでそれを言うわけでもないので結局リカルドの心次第なのだがうじうじ悩んでいた。

 ところでここまで来ればわかるだろうが、クシュナがここに来てハンカチを返してお礼をしたいと言った事をリカルドはすっかりさっぱり忘れている。リカルドの中ではあの時のことは処理済み案件(恥)として鍵付きの記憶に無意識に封印されてしまっているのだ。ひょっとすると虚空検索アカシックレコードで調べようとしないのはこの無意識が処理済み案件(恥)を思い出す事を拒否しているのかもしれない。

 

「って言っても、教会には目をつけられたくないしなー………せめて教会側の動向だけでも確認するか。そこが問題なわけだし」


 うんうんと頷き糸口を見つけたリカルドは早速調べた。


(……特に何も問題視してないな。多少外に出たがるとは思ってるが、まだ教会に入ったばかりだからそれも普通だと思われてるし……あー樹くんの事は報告されてるのか。接触者は一応確認してるって事かな。だとすると……やっぱりこの家も特定されてたか。平民だと思われたのは僥倖だったけど………樹くんが護衛に気づいたのはヒロインに向けられた注意だったからか? 自分に対して隠されたそれを感知するまでじゃないって事かな…… 樹くんのステータスって高いけど技術はまだまだだからなぁ。そっち方面は俺教えられないし)


「……戦闘面での教師がやっぱ要るよなぁ。明日ラドに聞いてみようか」


 もともとラドバウトが問題なさそうな人物なら持ちかけようかと思っていたし、ラドバウトが無理でもランクSがいいという相手がいればそちらにお願いするのもありだと考えるリカルド。最悪虚空検索アカシックレコードで調べまくるという手もある。


 気づけば思考がクシュナから完全に樹へとシフトしていたリカルド。すっかり保護者も板についてきたというか、本人がちょっぴり望んでいるお花畑方面は当面訪れそうにない(訪れたとしても不毛だと言うのは置いといて)思考回路に成長している。


(あ、札で誰か来た)


 一人だったので時を止めずに虚空検索アカシックレコードを使っていたリカルドは、空間が接続される気配に姿勢を正した。


「ようこそ占いの館へ、今宵はどのようなご相談でしょう?」


 人の気配を感じてリカルドが声を掛けると、垂れた仕切りの布を避けて顔を見せたのは背が高く横幅(がたいがいい)もある男で、立襟の貴族らしい身なりをしていた。初見の相手だ。つまり、誰かしらから札を貰ったから借りたか奪ったか。


 王太子の婚約者侯爵令嬢の時と違って警戒気味なのは、相手が四十代ぐらいの男で見るからに厳ついから。見た目にものすごく影響される小心者だった。


 男はどうぞとリカルドが勧める客用の椅子の後ろに立つと、黙って冷たい印象の白緑アイスグリーンの目でリカルドを見下ろした。


(……なんだ? 別に敵視してる感じではないけど……値踏みが近いか?)


「初回のお客様ですね。どなたから札を受け取られたのでしょう?」

「稀代の占い師だと聞いたがわからないのか?」


 男の声は目と同様冷え冷えとしており、露天で開いていた頃ぶりのこちらを試すようなタイプの登場にため息をつきたくなるリカルド。こういう相手も面倒で人を絞る今の形態にしたのだが、うまくいかないものである。


「いいえ。見ようと思えば見えますが、ご本人に確認した方が早いでしょう?」


 それとも見たほうが早いですか?と尋ねるリカルドに、男は表情を変えぬまま見れるものならと答えた。

 しょうがないなぁとリカルドは時を止め、虚空検索アカシックレコードで確認すれば孫娘の喘息で相談を受けた老紳士からだった。


「アードラー前男爵からでしたか」

「……話は本当のようだな」


 滲み出ていた冷気のようなものが消え、男は前置きなく静かに深く頭を下げた。


「試すような真似をして申し訳ない。どうか私の娘も救っていただけないだろうか」


(も、って事はその子も病気なのかな? 随分切羽詰まってるような気がするけど)


「……まずはお座りください。お話はそれからです」


 ここって占いの館なんだけどなーと思いつつ、大人しく椅子に座った男に話すよう促し耳を傾けるリカルド。


「私の娘は今年で17歳になる。身体は丈夫な方で大病にかかった事はない。

 それが一ヶ月前から徐々に体調を崩すようになり、今はベッドから起き上がる事すら出来なくなっているのだ」


(ひと月で?)


 何かの病気だとしても随分な速度だと思うリカルド。それはむしろ病というより、毒なのではと頭にチラついた。


「毒の可能性も疑い神官を呼んだのだが、そこで言われたのだ。病でも毒でもなく、呪いだと」


(呪術かー……でもそれなら聖魔法に長けてる神官なら解呪できるんでは?)


 リカルドの疑問は次の言葉で解けた。


「解呪を頼んだが、その神官では対処出来ないと言われた。ならば誰なら解呪できるのかと問えば、神聖国の大神官ならと言われた」


 神聖国と言えば女神を奉る教会の総本山。リカルドとしては種族として滅されそうなので近づきたくないところだ。このグリンモアからはそこそこ離れているので全く気にした事は無かったが、こういう類の事があるとやっぱり人はそちらを頼る事になるのだなぁと感想を抱く。


「彼の国へ娘を連れて行く事は体力的にみて難しい。逆に大神官をこの国へと呼び寄せる事も王族ならまだしも私の身分では事実上不可能。手が、無いのだ」


 表情は淡々としたまま、ギリッと奥歯を噛み締める音がした。


(心配なのと、その呪術をかけた相手に怒り心頭ってところなんだろうな)


 なるほどと頷いてリカルドは時を止めた。ここから先は相談を受けたこちらの仕事だろうと考えて。


(まずはその娘さんの今の状態からだな)


 ひとまず先に確認した娘さんの状態は芳しくなかった。というか、あまり猶予が無かった。

 かけられた呪術は吸魂術というもので、少しずつ魂を削り取り最後には抜け殻だけが残り、それもすぐに命尽きるというタチの悪い術だった。娘さんは既に九割ほど削り取られてしまっており、身体的にも霊体的にもかなり悪くなっている。

 この呪術を扱える魔導士はかなりの使い手となるのだが、内容からお察しでまともな人間性の持ち主では無い。調べてみれば案の定と言うか死霊魔導士リッチを目指して日々奮闘していらっしゃる魔導士(お歳は47)だった。

 何故男の娘を狙ったのかといえば、それはお金だった。とある人物が毒を望んでいてそれなら呪いの方が足が付かないぞと持ち掛け、若い女の魂を手に入れようと吸魂の術を選択していた。


死霊魔導士リッチになるための儀式に使う魂にするってか……吸魂の術は普通にやったら金がかかるし一石二鳥だと考えたんだろうな。こっち方面に進みたがる魔導士ってだいたいこんな感じなんだろうなぁ)


 とても利己的で効率的。そして何をしようとも罪の意識が全く無い欲望に忠実な人間性。それが死霊魔導士リッチへと至る魔導士達のタイプだ。


(俺の種族ってこんなのばっかなんだろうなぁ……)


 まぁそれはいいかと頭を降り、依頼をした人物を調べればなんと伯爵家の御令嬢だった。

 この辺からなぁんか嫌な予感がすると思っていたリカルド。そもそも人を呪う時点でいい理由であろう筈もないのだが。


 男の娘さんが呪われたのは、彼女がとある侯爵家の次期当主と婚約しているからだった。そう、こっちの娘さんも伯爵家の御令嬢だったのだ。

 同じ家格、同じ歳、なのにどうして自分が選ばれないのか。容姿だって負けていないのに。いや、優れているのは自分の方なのに。そんな言い分が呪った方の令嬢の中に渦巻いていた。


「あぁあぁ……人を呪わば穴二つだっていうのに……」


 つい最近その言葉を痛感したリカルドは自虐のように呟いた。


「そもそも入る余地が無かったんだよねぇ。こっちの二人って幼馴染で相思相愛なんだもん。家柄が釣り合ってて、派閥的に問題がなくて、本人達もその気で、親も乗り気で」


 椅子にもたれてさあどうするかと考えるリカルド。


「呪いを解くのは出来るけど……これ聖魔法で単純に解いたら取られた魂は戻んないし、解呪の反動を使って呪いを依頼した方の子の魂を刈り取るようになってるんだよな……さすが死霊魔導士リッチ志望の魔導士。効率重視な事で。

 やられた方は取り返すとしても……願った方には目には目を歯には歯を、命には命をって言っても寝覚めが悪そうだし……かと言ってどっちも助けたとしても事態が収まるとは思えないし。諦めないだろうしなぁ……まぁでも相談内容はそこまで求めているわけじゃないから知らんぷりすればいいかもしれないけど……」


 だがそれも占いの館の仕事として中途半端というか、なんだか消化不良な気がするリカルド。変なプロ意識がむくむくと起き上がっていた。


(この伯爵さんに事情を全部話せば裏から手を回してあの子を修道院送りにするけど、それはそれで怨みを募らせて先々に不安を残すんだよな。そのぐらいなら話さず、あの子が恨みやら嫉妬やら考えられないようにしてしまった方が不安は残らないか)


 必要な情報を追加で集めるリカルド。

 ぶつぶつ言いながらああでもないこうでもないと幾つかの設定を考えて確認を進め、可能な限り穏便に終わりそうな道を探った。


「……いや、これ、俺出来るか??」


 なんとか見つけた道なのだが、口を押えて考え込むリカルド。


「………やろう。他にましなのが無いし、頑張れば……行ける、か?」


 自問自答しているあたり相当怪しいが、他に無いのだからと覚悟を決めるリカルド。

 必要なものを作って転送で所定の位置に送って準備を整えると、一度大きく深呼吸をしてから時を戻した。


「お話はわかりました。

 その呪い、私が解呪いたします」

「っ!?」


 顔を上げてリカルドを凝視する男——クレイモンド伯爵。


「相手は吸魂の術を使っていますので、今の状態で普通に聖魔法で解呪するだけでは魂の損耗が激し過ぎます。ですからこちらも同じ術を使って取り返します」

「まさか……占い師殿も呪術を?」

「こういうものは使う者次第ですが……私が恐ろしくなりましたか?」


 リカルドがそう尋ねれば、伯爵は薄く笑った。


「いや、詳しいのなら心強い」


 どこか一線を越えてしまったような顔をする伯爵に、子供のためならなんだってするんだろうなと、それこそ眉唾だと思いつつもここに足を運んだのであろうとリカルドは微笑んだ。


「それからもう一つ、私が解呪したという事は伏せていただきたい。私の本業は占いですから」

「わかった。絶対に洩らさない」

「では早くした方がいいので今すぐに行きましょう」


 リカルドは時を止めていた時に作った狐のお面を被り、降ろしていたフードを頭に被せた。

 ちなみに何故狐のお面なのかというと、縁日の時に見たお面がひょっとこ、おかめ、狐、キャラクターものだったので、消去法でそうなった。ひょっとこやおかめは嫌だし、仮面ライ◯ーなどは奇抜過ぎる。


「宜しいですか?」

「あ、ああ!」


 束の間狐のお面に面食らっていたが、我に返って立ち上がる伯爵にリカルドは頷いて立ち上がり転移した。


「――!」


 前置きのない転移に一瞬たたらを踏む伯爵。だが、そこが札を使った自分の書斎だと気づいてすぐにリカルドを連れて娘のところへと向かった。


「旦那さま? そちらの方は」


 廊下で執事に声を掛けられたが、リカルドに急いだほうがいいと言われて気が急いていた。


「私の知り合いだ」


 その一言で、フードを被った狐面の怪しさ満載のリカルドは執事の前を通り過ぎる事が出来た。さすが当主の言葉だなと思うリカルド。

 案内された部屋には小さな灯がつけられ母親の夫人がベッドの横に膝をつき眠っている令嬢の手を握りしめていた。


「カエラ」

「……あなた?」


 やつれた顔を上げた夫人の肩に手を置き、労わる様に身を寄せる伯爵。


「解呪出来る者を連れてきた」

「……え?」


 そこでようやく夫人はリカルドの存在に気づいた。

 視線が合ったリカルドは頭を下げようとしたが、さっと視線を逸らされ蒼褪めた顔で自分の夫を見る夫人に、あ、これ警戒しまくってると思った。


「カエラ、私を信じてくれ」

「………」


 夫人は何度か言い返そうとしていたが、黙って見詰める伯爵に最後は目を閉じて頷いた。


「そこのあなた、娘に何かしたらただじゃ置きませんから」


 立ち上がった夫人にキッと睨まれ、リカルドは頭を下げた。

 警戒もきつい言葉も全て娘を思うが故にだ。だから夫人の態度に不快感などは無かった。

 伯爵がリカルドを見て、頼むと頷いたのでリカルドは前に出て二人を振り返った。


「部屋の隅に。何があっても前に出ないでください」

「わかった」


 リカルドが夫人を抑えているようにという意味でも言えば、伯爵は理解したようで夫人の肩を抱きよせた。

 それを見て、リカルドは念のため二人に破邪結界を張って、ベッドの上で枯れ枝のようになってしまっている令嬢に向き直った。


(さーて……やりますか)


 リカルドは微かな息をしているだけの令嬢の額に指を置いた。

 置いたその指先から黒い染みが広がり一瞬にして令嬢を覆い、後ろで夫人の悲鳴が上がった。だが、約束通り伯爵が夫人を抑えてその場から動く事はなかった。

 

(後ろは気にしなくて良さそうだな)


 広がった黒い染みはよくよく見れば全て文字、魔導言語で出来ている。

 呪術というのは本来いろいろと供物を揃え、時間をかけて形成し発動するタイプの術なのだが、今はそんな事をしている暇が無いのでリカルドはインスタントで実行するために魔導言語で代用したのだ。当然インスタントなので正規手順と比べると威力が弱いのだが、そこは毎度お馴染みのゴリ押しだ。

 リカルドは令嬢の魂に食い込んだ呪術にじわりと侵入し、内側へとその触手を伸ばした。


(入った)


 相手の呪術に干渉出来たところでその力の流れを逆流、同じ術で相手側から力技で削られた魂を奪い返すリカルド。

 だが相手も異常に気づいて呪術の中に組み込んでいたらしい反射、反撃、反発の術式を発動させてきた。反射は呪い返し、反撃は物理攻撃、反発は魔力をかき乱して自滅させるものだ。ここまで重ね掛けされたものが同時に返ってきたら普通は対処できず令嬢から弾かれてかなりの負傷を受ける。相手にとって誤算だったのは、リカルドが普通の相手ではないという事だ。

 集中しているリカルドはそれら全てを無表情で淡々と叩き潰し、それ以上余計な事をやってこないように呪縛した。


 傍から見ればただ令嬢の額に指を置いて微動だにしない地味な姿なのだが、やっている事は高度な呪術戦だったりする。


 相手を呪縛したリカルドはそのまま奪われていた魂を全て取り戻し令嬢の中へと返すと相手側からの呪術を断ち切り、念のため干渉されないよう周りに破邪結界を張ってから死霊術の還魂の法を流用して傷ついた魂を修復していく。相手の魔導士とやりあっているよりも実はこっちの方が難しいのだが、やっぱり傍から見れば額に指を置いて動かないだけなので、何をやっているのかは伝わらない。

 

 全て終わって令嬢の身体から魔導言語を消したリカルドは、一歩下がり伯爵の方を振り返った。


「終わったのか?」

「はい。御令嬢が目を覚ましたら滋養のあるものを食べさせてください。私は用事がありますのでお代の方はまた後日お願いします」


 伯爵がわかったと言う前にリカルドはその場から消えた。

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