第23話 来客と土地の所有について
「声がしたと思ったが、こっちだったか」
後ろから掛かった声に振り向けば、そこには一昨日ぶりにラドバウトが居た。ボロボロの鎧は脱いで軽装だが、その大柄な体格と赤い髪は見間違えようも無い。
「ラドバウトさん?」
内心バクバク(気分だけ)しながら、大男の名を口にすれば相手はカラカラと笑って手を横に振った。
「さんって柄じゃないない。ラドでいい」
「そうですか?」
あぁと頷くラドバウトの傍までリカルドがひょいひょいと敷石の上を飛んでいけば、からりとした顔がちょっと申し訳なさそうな顔に変わった。
「約束をすっぽかして悪かった」
「いえ。事情があったのは聞きましたから」
「あぁ……その件だが、本当に助かった。助けを寄こしてくれなかったら今頃どうなっていたかわからない。礼を言う」
そう言って頭を下げるラドバウトにリカルドはいいえと首を横に振った。何度もお礼を受けるのは騙している手前後ろめたかった。
「私は頼んだだけなので。それよりどうしてここに?」
「あんたの弟弟子が教えてくれたんだ。勝手に聞いて気を悪くしたなら謝る」
「いえ、それも構いませんが………えーと、とりあえず中にどうぞ」
客を勝手口から入れるのもあれだなと思ったリカルドが、先導するように表に回ろうとするとまた鳥型魔道具が鳴いた。立て続けの訪問者にリカルドは背後を振り返った。
「誰かと来ました?」
「いや俺一人だが。どうかしたか?」
「いえ」
別口かと表に回れば玄関のところに背の高い人影があった。
「客か?」
「そのようですね。
あの、何か御用ですか?」
リカルドが近づいて声を掛けると、ドアを叩こうと手を上げていたモスグリーンの頭の男が振り返った。
(あ。王太子のとこの近衛騎士)
服装は良家の子息という感じで騎士の格好ではなかったが、その顔にばっちりリカルドは見覚えがあった。
それにしても平民街と言えるこのあたりでは仕立てのいいその服だとちょっと目立つ。隠密行動に向いて無い人っぽいなぁと思うリカルド。
「
「
呑気に観察しているリカルドを他所に、近衛騎士はリカルドではなくその後ろに居たラドバウトを見て目を丸くし、ラドバウトも予想外の人物に目を丸くした。それから二人は同時にリカルドに視線を移した。
ラドバウトはリカルドが王太子と繋がりのある人物だったのかと。
そして近衛騎士の方は今朝いきなり王太子から封筒をある人物に渡してくるように言われて戸惑っていたが、相手が
「……あの?」
見られている意味が分からずリカルドが首を傾げたら、はっとして近衛騎士はリカルドに持っていた封筒を差し出した。
「失礼。これを渡すよう言付かりました」
リカルドは、えーとどういう設定だっけ?と思い出しながら封筒を受け取り、開けて中の書類に目を通した。土地の所有がリカルドである事が証明されている書類一式に、書類作成をした代理と思われる貴族の名が署名されており、どっかで聞いた名前だなと思うリカルド。
「……これはどなたからですか?」
「申し訳ありませんが私は渡すように言われただけですので」
リカルドは口元に手を当て、考えるふりをして一つ頷いた。
「わかりました。わざわざありがとうございました」
「いえ。それでは私はこれで失礼します」
余計な事は言わずさっさと立ち去る近衛騎士の背を見送ったところで、ラドバウトは口を開いた。
「知り合い……ってわけじゃないんだよな?」
「先ほどの方ならそうですよ」
「何を渡されたんだ?」
「ここの土地の所有を認める書類です」
リカルドはドアを開け、どうぞとラドバウトを中に招き居間のソファを勧めた。
どうもシルキーが見えなさそうだったのでシルキーに奥でお茶を準備してもらって自分で運んだ。
「……奥に誰かいるのか?」
「いますけど、見えないかもしれません」
お茶とお茶請けを置いて向かいの椅子に座るリカルド。
「見えない? 精霊か妖精か」
「そんな感じです」
「珍しいな。人の傍にいるのは」
「私にではなく、この家に宿っていましたからね」
「あぁ家憑きなのか」
なるほどと納得するラドバウト。
「どうりで男一人が住んでいるにしては綺麗にしていると思った」
刺繍の施されたテーブルクロス一つとっても男の一人暮らしとは思えないからなとラドバウト。
「妻がいるとは思わなかったんですか?」
「いや無いだろ」
笑って言うラドバウトにムッとするリカルド。
「何でですか」
「ものぐさそうだから?」
「ぐ……」
「モテる男ってのはもっとマメだろ?」
詰まったリカルドは、ものぐさな旦那だって世の中には五万といるじゃ無いかと内心反論。口に出して言わないのは、少なくともそいつらだって最初はマメだっただろうと想像出来てしまうから。
「それにしても
「いえ? この国の出身ではないですよ?」
なんでいきなりそんな話に?と首を傾げるリカルドに、ラドバウトは「は?」と聞き返した。
「だけどさっきの、ここの土地の所有を認めるって」
「はい。そうですけど」
「あ、所有者はあんたじゃないのか」
「いえ、私ですけど?」
口元を抑えて眉を
その戸惑う様子にラドバウトは知らないのかと息を吐いた。
「グリンモアの土地っつーのは原則国民にしか所有を認められないんだよ。他国の人間が土地の所有を認められるなんて事は例外中の例外、叙勲されるとかそういう類の話になる」
「……はい?」
「知らなかったんだな」
「…………」
リカルドは視線を棚の上に雑に置いた封筒へと向けた。
日本では外国籍でも土地の所有は認められていたので、そういう制限があると思いもよらなかった。
(王太子は何でも無い風だったんだけどなぁ……)
結構な事を要求しちゃったのかと頭を掻くリカルドだったが、大規模に雨を降らせることの出来る魔導士であれば叙勲してもおかしくない。むしろ貴族として叙爵し自国に吸収しようとする方が自然な流れなのたが、いつものごとくそこまで考えは及ばなかった。というか、最初に身分証明が出来なくて魔導士の仕事にありつけなかった一件から、あり得ないルートだと無意識に除外していた。
「私が要求したわけではないんですけど、大丈夫でしょうか?」
「あいつが持ってきたものなら問題ないとは思うが……誰がやったのかわかってるのか?」
「まぁ。たぶん弟弟子です」
「あぁ……」
ラドバウトは、お礼をと言えば兄弟子に店でも紹介してくれと言って消えてしまった変な相手を思い出した。王太子と懇意にしていると聞いても違和感がないような気もするし、真祖の攻撃を防ぎ切る程の魔導士ならそれぐらいの権力を持っているかと納得感があった。
「ちなみに保証人には誰の名前が書いてあるんだ?」
「保証人……」
さっき見たなとリカルドは立ち上がって封筒から書類をもう一度取り出して目を通した。
「あぁあった、エドワール・ディルク・フォン・クレディンスという方です」
ラドバウトはお茶を噴いた。
「ちょっ、何してるんですか」
あぁもうとゴホゴホと咳き込んでいるラドバウトにキッチンの方からシルキーが差し出してくれたタオルを渡して、テーブルを布巾で拭いていくリカルド。
「す、すまん……だけどあんたそれ、グリンモアで一番力がある侯爵の名前だぞ」
「侯爵?」
呟いて、あぁ!と思い出すリカルド。
「死霊屋敷の持ち主ですか」
「そうそれ。ってそうか、その件があったな」
タオルで口元とお茶がかかった手やズボンを拭いていくラドバウト。
「相手があんただったから通ったんだろうな。侯爵が融通を効かせたんだろ」
「なるほど……」
変な借りを作ってしまったのかな?と一瞬思うリカルドだが、今のところ何かを要求されているわけでもなし、まあいいかと気楽に考えた。
「ところで
「ん?」
「さっきの方がそう言われていたようですけど」
「あぁ……血鬼っていうのは俺の二つ名だよ。これでもギルドのランクはSでな。自分で言うのも何だが結構有名なんだぞ」
「生憎ギルドに登録したのはつい最近でして」
そう言う事に疎いんですとリカルドが言えば、冒険者じゃなくてもランクがSの冒険者は有名なんだけどなーと棒読みで呟くラドバウト。ついでに言えば、ランクがSと聞いて何の反応も示さないリカルドに研究を主とする魔導士にありがちな反応だと思っていた。
対してリカルドは、ラドバウトがSならステータス的には早晩樹くんもSになっちゃうなーと内心乾いた笑みを浮かべていた。
「情報に疎いのは自覚してます。酒でも飲みながらその辺の事も聞けたらなーと私も思ってましたよ」
「ははっ、そうか。じゃあやっぱり酒の席は設けないとな」
口を笑みに変えてお茶請け(パウンドケーキ)に手をつけるラドバウト。
「お、うまいなこれ。甘すぎない」
「ふふふ。いいでしょー」
満面の笑みで自慢げに頷くリカルドに、ラドバウトは目を丸くしてから笑った。
そんな風に子供っぽく笑うと急に砕けた雰囲気が出て人間味が増したように感じていた。
「気に入ってるんだな」
「そりゃもう。彼女がいなかったら私は闇落ちしてますから」
「なんだよ闇落ちって」
「物の例えですよ。精神安定剤みたいなものです。美味しいものを食べると元気になるでしょう?」
「まぁそりゃな。じゃあ心して店を教えてやらんとな」
「はい?」
「弟弟子に美味しい店を教えてやってくれって頼まれたんだよ。普段からうまいもん食ってるんならハードルが上がるだろうが」
リカルドはなるほどと手を打った。
「平気ですよ。私は家では飲みませんから。普通の食事だけです。
ほら、酒のつまみはまた別でしょう?」
「なんだ、家では飲まないのか?」
「だってあれって騒いで楽しむものでしょう?」
少なくともリカルド、いや、拓海はそうだった。
一人で飲む事も出来るには出来るが、それよりも誰かと飲んでふわふわしてへらへら笑って愚痴って笑ってまた愚痴って、そういうしょうもない雰囲気が好きだった。こちらに来る前は仕事が忙しくて数年ご無沙汰にはなっていたが。
「意外だな。一人で静かに飲むタイプかと思ってたわ」
「先入観って奴ですね。言っておきますけど私はかなり強いですよ」
「ほほぅ? 俺もかなり強い自負があるんだが……勝負でもしてみるかい?」
「いいですねぇ」
ラドバウトの提案に、にやにや笑って見せるリカルド。勝ち確定の勝負にノリノリで乗っかるなどさすが
「いつならあいてる?」
「直近で急ぎの用事はありませんから合わせます」
「じゃあ今日行くか?」
「あ、すみません。前言撤回します。今日はなしで」
樹が初めて一人で出歩くので、もし何かトラブルがあったら対処する必要がある。そしてトラブルが無かったとしても帰ってきた樹の話をゆっくり聞きたいという気持ちがリカルドにはあった。
「じゃあ明日?」
「はい。それなら。待ち合わせはギルドでします?」
「いや夕方あたりに迎えに来るわ」
「そうです? じゃあ待ってます」
おう。と応じたラドバウトはそれじゃそろそろ行くわと立ち上がり、リカルドも立ち上がって見送った。
そうして見送った後、そそくさと中へと戻り書類を空間の狭間へとしまった。リカルドは重要書類はきちんと保管するタイプだった。
シルキーにお茶の後片付けをお願いして、改めて庭に出たリカルドはさてとと気合を入れた。
目くらましを塀に沿って掛ける予定なのだが、その方法はいくつかある。その中でリカルドはメンテナンスが不要で永続的に効果を発揮する方法を選んだ。
「気づかれないように微弱かつ溶け込ませる感じで……」
塀にそって後ろ向きに歩きながら指で陣を描いていくリカルド。
指先からは薄っすらと白い光が伸びて宙にミミズがのたくったような文字が刻まれていった。
ぐるりと家を一周した後、最後にウリドールへとその白い光を伸ばして結び付けると魔力を込めて発動させた。
「よし、出来た」
〝な、な、なにをしたんですか!?〟
慌てたように転がり出てくるウリドール。の、霊体。
「何って、目くらましを張ったんだよ」
〝そうじゃなくて! 力が吸われてるんですが!?〟
リカルドが施したのは魔法陣で、その固定と維持のための力の供給にウリドールを設定していた。空腹のところに少しとはいえ力を抜かれて慌てて何事かと飛び出てきたというのが経緯である。
「微々たるものだろ?」
〝そうですけど! 今はお腹空いてるんです!〟
「わかった、わかったから」
えぐえぐ泣くウリドールを宥めて魔力を込めた水を撒くリカルド。途端、ウリドールは恍惚とした表情になった。
〝……はぁっ…美味しい〟
艶かしい声をだすウリドールに一気に気力が削がれるリカルド。
「お前なぁ……」
〝はえ? なんですか?〟
惚けた様子で聞き返すウリドールに、わざとやってるわけじゃないとわかっているリカルドはなんでもないと首を振った。
他にも細々とした作業をこなしていると、樹は夕飯前に戻ってきた。
昼前には戻るかな?と予想していたリカルドだったが、帰ってきた樹が楽しげだったのでいい意味で裏切られたなと笑っておかえりと出迎えた。
そうして一緒に夕飯を食べたのだが、樹の口から飛び出た名前にリカルドは固まった。
「クシュナっていう子と街を歩いたんです。この辺りに詳しくて色々教えてもらいました」
何故にヒロインとデートをしているのか。
リカルドには予測不可能の上、理解不可能な事態だった。
もちろん虚空検索で調べれば予測は出来ただろうし状況もわかるだろうが、無闇に知り合いのプライベートを覗く趣味はリカルドには無い。なので、こうして固まるはめになっている。
「え……えーと、その子は誰かと一緒だった?」
ふかふかのパンをちぎって口に入れていた樹は首を横に振った。
「いいえ。一人でした。けど、なんていうか気のせいかもしれないですけど、ストーカーみたいな気配がしていて……クシュナに話しかけられた時は驚いたんですけど、一人にしておくと危ないかもと思ってそれで一緒にいたんです」
(ほぼほぼ護衛の教会騎士だよなぁ……昼間だからこっそり出てくるのは不可能だろうし)
それにしても危ないかもと思ったなら誰かに言いなさいなと頭痛(妄想)がするリカルド。
「その子には聞いた?」
「えっと、怖がるかと思って別れる時にそれとなく」
「なんて言ってた?」
「大丈夫だって。一応家の前まで送ったから無事だと思います……でも親には伝えた方が良かったかも」
うーんと考え込む樹に、家まで行ったの?と疑問になるリカルド。
(実家近くだと顔が割れてるからすぐに聖女だとバレるだろうに……樹くんにバレてないって事は適当な所で誤魔化したのかな?)
「まぁその子は大丈夫だと思うよ」
「あ、やっぱりリカルドさんの知り合いですか?」
「うん?」
「彼女、時々そわそわして何か聞きたそうにしていたんです。それで、俺に黒い髪の人の知り合いがいるか聞いてきたんです」
「……そうなんだ?」
「特徴を聞く限りリカルドさんっぽかったんですけど」
「うーん……」
まさか自分がらみで樹に接触されるとは思わなかったリカルド。
(多分この間、広場で見られたんだろうが……)
「あの、リカルドさんの事は話してません。聞かれはしましたけど、あちらの素性がはっきりしないですし、話すにしてもリカルドさんに確認してからだと思ったので」
想像以上にしっかりしていた樹に、リカルドは微笑んだ。
「ありがと。顔見知り程度なんだけどね。名前も知らなかったから」
「そうなんですか。えっと……なんていうか会いたがってる感じでしたけど」
「んー………」
会うだけならいいのだが、もれなく護衛の教会騎士も付いてくるだろう。それがついてこなければ問題ないと思うのだが、なかなかそうはならないだろうなぁと思考する。
「問題があるなら黙ってましょうか」
「ん? また会う約束したの?」
「はい。5日後に。悪い子じゃなさそうだったんで……」
だめでしたか?と訊く樹に、いやいや駄目ではないよと慌てて手を振るリカルド。
「んんー……まぁいいか。話しても構わないよ。でもここに連れてくるのはちょっと困るからそれは勘弁してもらっていい?」
「あ、はい。全然それは。あの、じゃあ今度一緒に行きますか?」
「あーいや、それはやめとこうかな。もし向こうが本当に俺に会いたいっていう事ならちょっと考えるよ。勘違いって事もあるしね」
「あ、そうですね」
確かにと樹は頷きながら、本日のメインである塩鱒のパイ包みを切り分けてぱくついた。塩気の効いた鱒と一緒に包まれた野菜が丁度いい具合で、外で食べた軽食も良かったけどやっぱりシルキーさんの料理が一番おいしかもと思う。
樹もしっかり胃袋を掴まれていた。
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