第22話 子供の成長は早い?

「あれ? あそこにあんな木ありましたっけ?」


 翌朝、樹は朝食を食べている時に窓から見える風景の違和感に気づいた。

 敷地を囲う塀と生垣の近くに見た事も無い若木(色味を幻覚魔法で変えたウリドール)が生えていた。


 気づいちゃったかーと、リカルドは疲れたため息を吐いた。

 ちなみにもう一人の同居人のシルキーは時を戻した瞬間に気づいてやってきて、事情をリカルドから聞いて知っている。その時ウリドールがシルキーの事を下僕ですか?と聞いてリカルドの理性を引きちぎりそうになったが、シルキーのお陰でなんとかなったとだけ記しておく。


 リカルドはうっそりと普通の木に見えるウリドールを眺めた。

 あれは性格がいまいち読めないからどこかでぽろっとボロを出す可能性がある。だがだからといって毎日虚空検索アカシックレコードでボロを出さないか確認するのも面倒。もうそれなら最初から適当に誤魔化していた方がいいかなぁとぼんやり考えていた。


「……ちょっと拾ってきたんだ」

「拾って……結構大きいですよ?」


 そもそも木を拾うって?と首を傾げる樹に、そーだねぇとリカルドは遠い目をした。

 リカルドだって拾いたくはなかった。あんな面倒事を呼びそうな代物。だが加害者という負い目も加わって受諾してしまったのだ。


「一応持ってきた時はもう少し小さかったんだけどねー……あれ、精霊みたいなものが宿ってるから普通じゃなくてさ」


 庭に根付いて木そのものの姿に変わってから、ウリドールはリカルドに魔力をお願いした。

 新しい環境に適応するために必要なんですと涙目でしがみつかれ(根っこまで絡めたので側から見ると木に喰われそうになっている絵面だった)、あーもうわかったよとリカルドが言われるまま魔力を含んだ水を撒いたらにょきにょき伸びだして、今ではそこそこ大きな木になっている。具体的に言うと、大人二人分の身長ぐらいに。


(この調子で成長するならせめて敷地の外からは見えないようにしないとなぁ……)


 昨日の夜に植えた?ので、まだ今日は新しく植えたんですと言えば言い逃れが出来るが、今後は明らかに不自然となる。


「精霊……さすが異世界」


 ちょっと興味ありそうな顔で呟く樹に、リカルドはハハと乾いた笑いを浮かべた。


「あれが変な事を言っても気にしないでくれるかな……少し、かなり?性格がおかしいから」

「話せるんですか?」

「うん。話せるけど………まぁ、独特な感性の持ち主というか……黙っているようには言ってるんだけど」

「……変わってるんですね?」


 精霊だからなのかな?と想像している樹に、そうじゃなくて個体の問題だと思うよと内心呟くリカルド。

 調べた限り世界樹の意識というのは元の植物に影響されていた。そして元ドライアドという世界樹はこの世界が誕生してからは初めての事で、参考になりそうな前例というものが無かった。ちなみに最も多いのは聖樹と同じ種類の樹木で、性格は温厚でのんびりとあった。


(ウリドールの場合、温厚は温厚だけど天然って感じなんだよなぁ……)

 

「あ。樹くん、急なんだけど今日はちょっと作業してていいかな?」

「あ、はい。俺自主練してますね」


 ものすごく優等生な回答にリカルドは苦笑した。


「それと、食事の後に渡したいものがあるから」

「? はい」


 それから二人でシルキーの手料理(ポテト入りのパンケーキにサワークリームのようなソースがかかり、付け合わせにスライスされたトマトとこんがり焼いたソーセージが添えてあった)を完食した後に居間へと移動した。


「ちょっと待っててねー」


 リカルドは一旦樹を居間に残して自室から昨夜現実逃避で作ったものを取ってきた。


「これなんだけどね」


 そう言って見せたのは黒いウエストポーチと艶のない銅色の腕輪だった。

 どちらもリカルドお手製で、ウエストポーチの方は琥珀大蜘蛛アンバルシュという特殊な魔物が吐いた糸で作られている。リカルドは血や怨霊系は苦手だが虫は平気なので巣まで行ってちょろっと巣に使われている素材を失敬した。耐熱耐刃耐腐に優れ、その白く煌めく美しさから貴婦人のドレスに使われたりランクの高い魔導士達の魔導士服に使われたりしている。リカルドはその糸を洗浄し染色、一本でも十分強度があるところを数本撚り合わせ、魔法でパパっと布にした後ちまちまと手作業でウエストポーチの形に縫って空間拡張を施していた。そしてもう一つの腕輪の方だが、そちらは可能な限りの防護を施しさらにキーワードを合図に占いの館へと転送する機能をつけている。素材は一見するとそうは見えないが、内側がミスリルで外側がヒヒイロガネだ。一応腕という人目に触れやすいところなのでものがバレないようにという配慮はリカルドもしていた。


「これから一人で外に出る事もあるだろうし、手ぶらだと何かと不便かと思って作ってみたんだ。見かけより入るようになってるからね。腰につけて、こういう風に開け閉めするんだけど……あとはスリに気をつけて、ってまぁ樹くんならスリは平気かな?」


 しゃがんで実際に樹の腰にポーチを装着して具合を確認するリカルド。


「スリ……」

「うん。治安はいい方だけど全く居ないわけじゃないからね。

 もし出会っても下手にやり返さずに避けるだけがいいかな。撃退するのは簡単だと思うけど警邏とかに事情聴取されるのも面倒だしね」

「あ、はい……」


 反応の鈍い樹の様子に、リカルドが下からその顔を覗けば視線が揺れていた。


「一人で出るのは怖い?」

「え……と、すみません」


 リカルドは立ち上がってぽんぽんと項垂れたその頭を撫でた。


「怖いと思う事は大事だよ。危機感を持つことはこの世界では重要な事だからね。

 俺も樹くんが危険な目に遭うのは望むところじゃないから、これをしててくれる?」


 腕輪を目の前に出され、樹は首を傾げた。


「これは転送装置なんだ。もし身の危険を感じて、どうにもならないってなったら【起動ルデマーデ】って言って。そうしたら樹くんを助けた占いの館に飛べるから」


 えっと驚いて樹はリカルドを見た。


「あそこなら安全だよ」

「あ……え、っと、でも、いいんですか? 勝手に」

「了承は取ってるから大丈夫。例え客が居たとしても樹くんは気にする必要はないよ。店主が対処するから」


 力強く言うリカルドに、樹はそっと腕輪を受け取り右腕に嵌めた。その瞬間、ぶかぶかだった腕輪がしゅるりと締まりぴたりと嵌った。


「あの、どうしてここまでしてくれるんですか?」


 家に住ませてもらって、魔法を教えてもらって、身体を鍛える訓練をしてもらって、その上気遣ってもらって、袖振り合うも多生の縁と言うには過ぎたもののように感じる樹。


「そうだねぇ……」


 真っ直ぐな、そしてどこか不安そうなその視線に、これは下手に誤魔化せないかなとリカルドは視線を浮かせた。そうしてしばらく考えたところで口にした。


「……君は、まだ戻れるところがある……だからちゃんと返してあげないといけないと思った……かな」

「戻れる?」


 樹は呟いた。その言い方はまるで自分には戻れるところが無いと言っているように聞こえ、なんだかザワザワとしたもの感じた。今までずっと穏やかに微笑んでいたリカルドが遠い存在に感じたというか、表情が抜け落ちたその顔が寂しそうに感じたというか。樹自身よくわからなかったが。


「さてと、最後はこれだ」


 パンと手を叩いていつもの穏やかな顔に戻ったリカルドは、棚から小さな革袋を取って中を開いて見せた。


「硬貨の単位は覚えてる?」

「お、覚えてますけど、でもこれ」


 お金を見せられて慌てる樹に、いいからいいからとリカルドはポーチに入れた。


「ギルドに登録すればわかると思うけど本当に大した額じゃないんだよ。この間買い食いしたみたいにいろいろ買ってみて使い方に慣れてみて」

「いや、でもここまでしてもらうのも」

「お金には困ってないからもっとあげてもいいんだけど」

「え!?」

「でも遠慮するでしょ」

「そ、それはもちろん!」

「だからお小遣い程度から、ね」


 はいもう上げたから返却不可だよと言うリカルドに樹は困った顔で、でもせっかくの好意を付き返すのも悪いのかなと迷って頷いた。


「よし。じゃあ俺は外で作業してるから」

「あ、俺も外で――」


 自主練をと言いかけて、言葉を切る樹。

 いつまでもリカルドにおんぶに抱っこのままではいけないとは思っていた。こちらの不安を慮ってもらって腕輪まで貰っておいて、動かないというのはどうなんだと自分に問いかけて、表へと出ようとするリカルドの背に口を開く。


「俺、外に、外に出かけてきます」

「え?」


 振り返ったリカルドはさっきのように表情が無かったが、だけど今度はその態度から純粋に驚いているのがわかって樹は笑った。ここまでお膳立てしたのに驚くのかと。


「大丈夫です。腕輪これもありますし、それに最近はおいかけっこも結構リカルドさんに追いつけるようになってきてるじゃないですか」

「……だったね」


 ふっと笑って同意するリカルド。

 最初は完全にリカルドの圧勝だったのだが、日に日にその能力を上げる樹に勇者の能力すげぇなと思っていた。

 まだまだ余裕はあるがそのうち本当に並ばれるかもしれない。

 ちなみに今の樹のステータスは次の通り。


------

ひいらぎいつき

種族 勇者

HP 712/712

MP 154/154

STR 121

VIT 144

DEX 129

AGI 188

INT 79

LUK 22

スキル 怪力 Lv1

    俊足 Lv2

魔法  水魔法 Lv1

------


 満遍なく上がっているがAGIの上がりが他よりも酷い。僅かな間でこの上昇率なので、本気で鍛えたらとんでもない事になりそうだった。


 じゃあいってきますと手を振って行った樹を見送ったリカルドは、まさか今日外に行くとは思わなかったなぁと伸びをした。

 なんだか子供が気づかないうちに成長したような親の気分になるリカルド。たかだか数日なのだが、浸りやすい性格だった。

 樹はリカルドに寂寥感のようなものを感じていたが、気のせいである。リカルドは今更寂しいという感情に囚われる程柔な精神をしていない。表情が無かったのは真剣に考えて顔を作るのを忘れていただけだ。燦然と輝く精神耐性は伊達ではない。残念ながら生来の苦手なものには働きづらいが。


 しばらくそうしてふむふむ頷いて浸った後、我に返るとひとまず外側からウリドールを見えないようにするのを先にするかと庭に出た。


(絶えず幻覚を見せるとなると敷地に仕込んだ方が早いよな。どうせなら木に見えるようにしてるのも一緒に組み込んで……)


 小さな畑に水を撒きながら、頭の中でどうやるかと組み立てるリカルド。

 その畑の斜め奥に鎮座しているウルドールは葉をわさわささせていた。無視しているとそれはさらに激しくなりバサバサと枝を折りそうな勢いで激しく踊り出した。


「……お前な、昨日やっただろ」


 呪いの木のように踊り出したウリドールに溜息をついて言うリカルド。もはやお前呼びだった。昨日のいろいろで口調は完全に崩れていた。


〝そんな! お水は全ての植物にとって毎日必要なんですよ!〟


 ポンと半透明のウルドール(素っ裸の人型で下半身はギリギリ植物的)が現れた。


「……そんな形も取れるのか」

〝これは分体です。聖樹に宿っている精霊の本体がこんな感じだったので真似しました〟


 精霊がそんな形を取れるという事実に驚くよりも、こいつの本体はあくまでも木なんだなと思うリカルド。どちらにしてもたいして関心が無かった。


「はいはい水な。わかったからほいほい出てくるな、見られたらどうする」


 と言ってただの水を木の周りにじゃーと撒いていく。


〝神様違いますよ! 魔力を含んでないですよ! 今シルキー様しかいないじゃないですか! 私だって気配ぐらい読めるんですからね!〟

「それやったらお前にょきにょきでかくなるだろうが。あと神じゃないし、シルキーしかいないからって気を抜くなよ」

〝成長期ですからね! 偶には気を抜かせてください!〟

「まだ困るんだよ。目くらましつけてないんだから」

〝ええ?! 大きくなるのが悪いんですか!? 私は木ですよ!?〟

「じゃなくて、それが目立つのが困るって言ってるんだよ」

〝あ! じゃあ大きくならないですから!〟


 リカルドはピタリと動きを止めた。


「出来るのか?」


 ウルドールはえっへんと胸を張った。


〝蓄える方向に頑張れば出来ます!〟

「頑張れば……」


 何か嫌な予感がして時を止めて虚空検索アカシックレコードで確認するリカルド。そうしたら、頑張った結果黄金の果物が出来上がっていた。正式名称は世界樹の実りで別名は過禍果実かかかじつ。人が食べれば魔力を大幅に上げるもので、それを奪い合って戦争が起きた事もあり別名はその辺りからつけられた。

 リカルドは時を戻し一言、


「無しで」

〝ええええええ!〟


 リカルドの腰に腕を回してすがりつくウルドール。


〝お願いしますー! 神様の魔力って透明で吸収しやすいんですー! お腹空きましたー!〟

「駄目なものは駄目! とりあえず目くらましを組んだ後ならやるから、それまで――」


 その時、敷地内への侵入を関知して魔道具の鳥が鳴いた。

 咄嗟にリカルドは手に魔力を纏ってウリドールを引っ掴んで木に押し付けた。


「早く戻れ!」

〝え? え? なんで?〟

「気配読めるならちゃんと読め!」

〝気配? あ。誰か来てますね〟


 ぐりぐり幹に押し付けられていたウリドールはすっと幹の中に消えた。


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