第21話 すっかり忘れていたあいつ

 次のお客を待っている間、そういえばとリカルドは疑問が浮かんだ。


千年呪木ウリアネス、魔族領に戻したけどどうなってるんだろ?)


 元のドライアドに戻してしまったので、おそらく最弱に近い。それでも樹木の魔物なので他の魔物の縄張りに触れなければ問題なく過ごしているだろうが、適当に飛ばしてしまったのでひょっとしたら縄張りに入り込んでしまっているかもと今更ながらに思い至るリカルド。


「…………」


 無意識にテーブルを指で叩くリカルド。


 千年呪木ウリアネスに関しては、完全にリカルドの魔力暴走のとばっちりなので、一度意識に上ると段々その後の様子が気になってきた。


(ちょっと見てみるか)


 そう思って時を止めてそろっと様子を窺ってみて、テーブルに頭をぶつけた。


「思いっきり他のドライアドの縄張りに転送しちゃってる……しかも枯れかけてる」


 転送直後に喧嘩を嗾けられて状況が分からないまま敗退。逃れた先でも喧嘩を吹っ掛けられて生誕間も無い脆弱な身体では太刀打ちできずそのまま敗退。逃れ逃れて、魔族領の端っこ、人間領との境にある森の中で枯れかけていた。元は男性的なごつごつした身体を持っていたのに、すっかりおじいちゃんのように萎びて森の中に辛うじて立っていた。風前の灯火ここに極まれりを具現化したような姿だった。これが元魔王級魔族の末路なのだから弱肉強食の魔族領の恐ろしいところである。


「いたたまれない姿に………」


 どうにか出来ないかと思うが、仮に元に近い姿に戻してしまうと今度はやり返されてしまいそうなのでそれも困ると唸るリカルド。


(……どーしよっかな)


 でもとりあえず枯れかけてるのは何とかするかとリカルドは魔族領と人間領の境にある森へと飛んだ。


 灰色がかった独特な色合いの森に、そういえば魔族領では真っ黒な森だったなと人間領の緑豊かな森に見慣れたリカルドは薄気味悪さに腕を擦った。存在的には己が一番薄気味悪いのだがもちろん頭から抜けている。

 内心ビクビクしながら少し歩けば、目的の死にかけ千年呪木ウリアネスを発見した。


 足元を完全に樹木と化し、枯れ木とかわらぬ姿でなんとか栄養を吸収しようと最大限努力している姿に涙が出そう(気分)になるリカルド。


「……もしもし、聞こえますか?」


 省エネモードの休眠に入ってたら聞こえないだろうなと思いつつ、一応声を掛けるリカルド。

 案の定応えは無く沈黙――ではなく、ギャギャーと怪鳥の鳴き声のようなものが灰色の暗い木々の間から聞こえて来て早くしようと思うリカルド。歴戦のリッチお前に勝てる奴が魔族領の浅い層その森に居る筈がないだろうという突っ込み担当は安定の不在である。


「ええと、聖樹のところで貰った材料が使えるから」


 肥料を作るべく空間からぽいぽいっと材料を取り出して、三分クッキングよろしくその場で材料を乾燥、粉末化、合成、熟成させて最高級品を作り上げるリカルド。

 念入りに効き目を上げるべくこれでもかと魔力もつぎ込んで、これさえあればどんな枯れ木も即座に生き返ります。枯れ木に花を咲かせましょう!とキャッチコピーが打てそうな代物を作り上げたリカルド。千年呪木ウリアネスの足元に出来上がった茶色い粉を振りまいて、土魔法で伸びた根を傷つけないように周りの土と攪拌させた。


〝……ぬ〟


「ぬ?」


 一瞬聞こえた何かに顔をあげるリカルド。


〝ぬあああああああ!!〟


(!!?)


 突然閉ざしていた目をかっぴらいて雄たけびを上げる千年呪木ウリアネス。驚いて咄嗟に後方に飛び下がるリカルド。心臓がばっくんばっくんしていた(妄想)。


〝なんだこれは!!? 足が、足が!〟


(足?)


 肥料が効いてないのか、それとも何か問題が出たのかと思って慌ててリカルドは鑑定を使って確認した。


「あ。やば」


 リカルドが撒いたのは聖樹から作られた肥料なのだが、瘴気を浄化する作用があり魔族にはいささか刺激の強い代物だった。単純に質のいい肥料をと調べていたので、魔族相手に安全かどうかまでは考えていなかった。

 慌てて大地に混ぜた肥料を分離させようとするが、しっかり攪拌したのでなかなか出来ない。むしろ周りの土全部他のところと入れ替えた方がいいと気づいた時には〝ぎゃー〟と雄たけびを上げている千年呪木ウリアネスがどんどんと足元から黄金化していき、終いには頭の天辺までキンキラキンになってしまっていた。


「………あ、あのー……大丈夫ですか?」


 どう見ても大丈夫そうではない。

 この千年呪木ウリアネス、鑑定するとついさっきまで種族ドライアドだったのだが何故か世界樹の苗になっていた。いや、何故というかばっちりしっかりリカルドの与えた肥料が原因なのだが。


〝……うぅ〟


 その場に泣き崩れる世界樹の苗。

 とりあえずキンキラキン過ぎて目立つので目くらましの結界を張って安全を確保するリカルド。


「す、すみません……あの、元気になればと思ったんですけど。けして浄化してやろうとかそういうつもりではなく、あの、確認しなくて本当に申し訳なく」


 殴られるかもしれないと思って、及び腰で近づいて頭を下げるリカルドに世界樹の苗は顔を上げた。

 元のお爺ちゃん状態のしわしわかぴかぴから、ふっくらとした顔立ちになっていささか顔面レベルがアップした青年姿(しかもかなり人間より)にうっとなるリカルド。


〝いいえ……いいえ! ありがとうございます!〟

「……はい?」


 世界樹の苗はやおら立ち上がるとリカルドの両手をガシッと握った。


〝元々私は力の弱い魔族だったんです! 出来れば人間達が住んでいる土地でひっそりと穏やかに暮らしたいと思っていたんです!〟

「は、はあ」

〝これなら人間の住む地に行っても襲われなくて済みます! ありがとうございます!〟


 ぶんぶんと手を振ってお礼を言う世界樹の苗に、目を瞬かせるリカルド。


「えっと、どういたしまして?」

〝こうしてはいられない。早速人間領へ〟


 パッとリカルドの手を離して足を地面から引っこ抜き走って行こうとするキンキラキン姿の世界樹の苗に、ハッとしてリカルドは慌ててその手を掴んだ。


「ストップストップ! その姿目立つから! 刈られるから!」


 リカルドの言葉にギョッとして振り向く世界樹の苗。


〝え!? 何故です!? もうドライアドではありませんよ!?〟

「いや君、今世界樹の苗なんてものになってるの! 人間にバレたら物珍しいって絶対刈られるよ! そうじゃなくてもそんなにキンキラしてたら黄金と間違えられてやっぱり刈られる!」

〝ええ!? そうなんですか!? 人間って魔族以外でもそんなに怖いんですか!?〟

「そうそう! だからちょっと落ち着いて!」


 と言いながら、ちょっと子供っぽい言動の世界樹の苗に戸惑いを隠せないリカルド。記憶にあるおどろおどろしい千年呪木の姿が音を立てて崩れていた。


 とりあえず二人?でその場に正座して、お話をする事になった。

 なったのだが、何故か世界樹の苗の生い立ち話が始まってしまい、加害者側であるリカルドは否応なくそれを聞くはめになってしまっていた。


〝私はどこにでも生えてるような本当に力の無いドライアドだったんです……〟

「はぁ……」

〝他のドライアド達が居る場所にはもちろん近づけなくて、魔族領の中でも本当に環境の悪いところでしか居られなくて、毒や呪いが充満している池のほとりになんとか根を張って生きてきました〟

「そうなんですね……」

〝魔族は好戦的な者が多いんですけど、私はあまり闘争本能が機能していないのか正直苦手で……だから誰も来ないその場所でずっと眠っていたんです〟

「なるほど……」

〝ある時、誰かに叩かれて眠りから目覚めると邪竜が居たんです。とても驚きました。すぐに逃げようとしたんですけど、そう簡単に逃げられず仕方なく戦う事に〟

「邪竜……」


(ドライアドが敵う相手じゃないと思うけど……)


〝すぐにやられると思ったんですけど、どうやら呪いや毒といった特性が私の身体に染み付いてしまっていたようで、邪竜を根っこで絡めとったら動かなくなってしまって〟

「それはすごいですね……」


(邪竜って名前がつくぐらいだから一応呪いとか毒の耐性あっただろうに……それを超える特性だったって事か。どんだけ眠って蓄えていたんだか……)


 千年呪木。案外その名前の通りなのかもなとちらっと思うリカルド。


〝それで、豊富な栄養に思わずそのまま吸収してしまって……〟

「おもわず……」


(思わずで邪竜吸収するんだ……)


 ドライアド怖い。と思うリカルド。


〝でもちょっと栄養がくどくて意識が半分邪竜に乗っ取られてしまって……〟

「くどくて……」


 くどくて意識が乗っ取られる経緯がいまいちわからないが、突っ込まない事にしたリカルド。


〝そこからは勝手に暴れられて気が付いたら土地を支配するようになってしまって……毎日毎日戦いだらけで……ほとほと困り果てていたんです〟

「そうだったんですか……」


 ほろりと涙を零す世界樹の苗に、ちょっと同情的な気持ちになるリカルド。リカルドも戦いとかは性に合わないので苦手な者同士として多少のシンパシーはあった。

 しんみり相槌を打つリカルドに、世界樹の苗も肩を落として頷く。


〝はい。でもある日突然私の土地が吹っ飛びまして、邪竜の意識が宣戦布告されたと怒り狂って相手を追って人間領に突進したんです。終わったと思いました〟

「終わった?」

〝人間は個々は弱いですけど、集まるととても強いでしょう? 大地に毒を撒き散らす私はすぐに殺されるのだと覚悟しました〟

「うーん……そう簡単には出来なかったと思いますけど」


(あの時は被害を抑えるだけで精一杯っぽかったからな……でもまぁあのまま放置というわけにはいかないだろうし、北の魔法大国や各地から戦力をかき集めて討伐したんだろうが。あ、となると樹くんもそこに投入されてた可能性があったのか)


 いくら種族勇者と言えど、いきなりあの状態の千年呪木に当たっていたら死んでいただろうなとぞっとした。


〝そうですか? でも私は幾らかも行かないうちに気が付いたら元のドライアドの姿になって魔族領に居たんです。きっと人間の味方をする神が力を貸したのでしょう〟

「………」


 神どころか死霊魔導士リッチがやったのだが、リカルドは賢く沈黙を選んだ。


〝これも神の思し召し。私は今度こそひっそりと生きていこうと誓ったのですが、他の魔族に見つかって追い払われここまで来て……そうしてあなたに出会ったのです。私を魔族から解き放ってくださったあなたはきっと神の御使いなのでしょうね〟

「………」


 内心頬を引きつらせる死霊魔導士神の御使い(笑)


〝しかしこの姿でも人間領で暮らせないとなると……御使い様、私はどこへ行けばよいのでしょう〟


 両手を胸の前で組んで縋るようにリカルドを見つめる世界樹の苗に、気が遠くなるリカルド。


「……え……えー……あ、そうだ。耳長族エルフの国でなら? ちょっと待ってください」


 時を止めて虚空検索アカシックレコードで確認するリカルド。

 予想した通り世界樹は聖樹と並んで大切にされるもので、元々彼らの国の中に生えていたのだがそれは人間が素材として欲しがり切り倒されていた。それが原因で今の人間と耳長族エルフの関係、つまりめちゃくちゃ交流が制限される状態になってしまっていた。


「これなら大丈夫だな」

〝何がですか?〟

「あぁ、耳長族エルフは世界樹を大切にしてくれますからきっと静かに暮らせると……」


 言いかけて、時を戻していない事に気づくリカルド。

 もしかしてこいつ、聖樹に宿っている精霊に近い存在なのかと思うリカルド。


〝と?〟

「いえ、静かに暮らせますよ」


 碌に世界樹について確認していなかったが、慌ててリカルドは虚空検索アカシックレコードで世界樹について確認した。

 確認したところ、世界樹というのは予想通り精霊に近い存在でこの地上に生える全ての植物(一部魔族を除く)と繋がる事が出来る特殊な樹だった。リカルドがちらっと思い浮かべた天界と地上を結ぶ巨木だとか、北欧神話にあるユグドラシルなどの世界そのものを支えているようなものではなかったが、全ての植物と繋がり繁栄させる事が出来る豊かさの象徴のようなものではあった。あと素材がとても優秀。

 ちなみに全ての樹木がこの世界樹に至る事が出来るが、それには清らかな魔力が相当必要で、耳長族エルフの国でもなかなか発生しないものだった。


(清らかな魔力って……)


 最近人間相手に流す事が多かったので、外に放出する魔力は自然と害のないものに変換していたリカルド。無意識の産物だった。


〝あの〟

「はい」

〝御使い様のお住まいに行っては駄目ですか?〟

「……はい?」

〝えと、考えてみれば私はまだ養分が足りない状態で、できれば御使様の魔力をいただけたらなぁ〜なんて〟


 上目遣いに見られ、無言になるリカルド。

 さすがにこのキンキラキンを自宅の庭に鎮座させるのは抵抗があった。

 

〝駄目でしょうか〟

「駄目というか……はぁ」


 リカルドはため息をついて、ふっと姿を元の死霊魔導士に戻した。

 驚きに目を見張る世界樹の苗に、リカルドはこういう事ですと口(上顎の骨と下顎の骨)を開いた。


「実はあなたの領地を吹っ飛ばしてしまったのは私です。意図したわけではありませんでしたが、慣れない魔力を暴走させてしまいあのような事に。申し訳ありませんでした。

 それからあなたをドライアドの姿に戻したのも私です。今人の領内で暮らしているので被害を出されたくなくて自分本位で意図的にやりました。神がやったわけではありませんし、慈善のつもりでやったわけでもありません。私は神の御使様などと言う者ではないのです。

 それに私は人の街で暮らしていますから、そんなところに来てはあなたが危険に晒されます。耳長族のところでなら穏やかに暮らせる筈ですから、そこまで送ります」


 骨をカタカタ言わせながら話すリカルドに、世界樹の苗はしばらく目を見開いたまま固まっていたが唐突に、ああ!と顔を覆い泣き出した。


〝あなたが神でしたか!〟

「いや違うから」


 否定するリカルドの手(骨)を再びがっちり掴む世界樹の苗。


〝どうかお願いします神様!〟

「だから違うから!」

〝なんでもいたします! 朝露も水を撒いていただければ振り撒きます! 樹液も絞り出しますし、葉っぱもむしっていいです! 枝は時々にして欲しいですけど頑張ります!〟

「やめて!? すっごい人聞き悪いからやめて!?」


 世界樹の苗に掴まれた手がうっかり視界に入り鳥肌(妄想)が立つリカルド。慌てて肉体を纏って息を吐くが、がっちりと手を掴んだまま離さない世界樹の苗に困り果てた。


〝この大地に根付く全ての植物を捧げますからどうかおそばに!〟

「いや要らないから! 落ち着いて、ちょっと落ち着こうよ! ね!?」


 どうにかキンキラキンを自宅の庭に鎮座させる事を回避しようとしたが、無駄だった。リカルドの手を握ったまま離さない世界樹の苗はしぶとく、何を言ってもおそばにいさせてくださいの一点張り。まるで某アニメの◯屋で出てくる少女のようだった。脳裏にその映像が浮かんだリカルドは、あの婆ちゃん面倒くさかっただろうなぁと婆ちゃん側の気持ちになっていた。


「……わかりました」

〝神様!〟

「ただし! 無闇に喋らずきちんと木として擬態してください。私の家には同居人がいるんです」

〝わかりました! 神様の下僕に見つからないようにですね!〟

です! 何でいきなり下僕発言になるんですか!?」

〝え? だって神様なら一人や二人下僕がいるでしょ?〟


 一瞬無言になるリカルド。この世界の神について調べてみた事はなかったが、あんまり詳しく調べたくない神のような気がしてきた。


「……この世界の神、女神でしたか? その方はそういう方なんですか?」

〝さあ?〟

「さあって……じゃあ何でそう思うんです」

〝だって神様の種族的にそうなのでは?〟

「……種族」


 そこを理解してるのならどうして神様などど呼ぶのか理解に苦しむリカルド。


 この後、世界樹の苗を自宅に連れて行ったリカルドだが日当たりの良さそうなところに勝手に腰を落ち着けようとしたので、せめて隅にしてくれと押し問答が発生。なんとか互いの妥協点を見つけたところで、今度は新しい名前が欲しいとリカルドに強請り、リカルドが自分のネーミングセンスは悪いから勝手に自分でつけてくれと言えば、神様に見捨てられたとおいおい泣かれた。聞く耳持たずおいおい泣く世界樹の苗に弱り果て、リカルドはしょうがなく元の名前からウリを拝借して何かの言語(何かは忘れた。そして虚空検索で調べる気も起きなかった)で黄金を意味するドールをくっつけ、ウリドールはどうかと提案。途端ご機嫌になってよろしくお願いしますとのたま世界樹の苗ウリドールに頭痛(妄想)を覚えるのだった。

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