第20話 いつものお客と路地裏のお客
翌日、リカルドはいつも通りに樹の訓練に付き合い夜には久しぶりに占いの館を開けた。
雨を降らせる依頼に関しては前日に終えていたので一日開いた事になるが、シルキーに癒されたとはいえ些かぐだぐだの精神状態で開ける気にはなれなかった。
「やあ主、昨日は雨が降らなかったみたいだけど何かあったのかい?」
開けるなり一番に来て断りなく目の前に座る王太子に、リカルドは微笑み固定で野暮用ですと答えた。もう定型文を口にする事は諦めた。
「ふぅん? 主にも野暮用があるんだね?」
「私にもプライベートはありますからね」
(全く楽しくないプライベートだったけどなー……)
「主のプライベートか。とても興味深いね」
キラキラした顔でテーブルに肘をつき身を乗り出す王太子。それに対して反射的に身を引きそうになってしまうリカルド。いきなり噛み付いてきたクロのせいでパーソナルスペースが広がっていた。
「主、何かあったかい?」
僅かな違和感に気づく王太子に、これだからこいつ怖いわと思うリカルド。
「あったと言えばありましたが、大した事ではありません」
「そう? 私で助けになるなら話を聞くよ?」
「いえいえ。本当に大したことではありませんから。それよりもご相談内容を承りますよ」
「そう? じゃあ話を進めるけど、まずは土地の所有について手続きは終わったよ。書類を主の兄弟子とやらに渡したいと思うんだけど、いつ行ったらいいかな?」
あ、そっちの事ねと思いつつ、そうですねと考えるふりをするリカルド。
「数日以内でしたら日中は在宅していると思います」
「そうか。なら早めに人をやって渡しておこう」
「ありがとうございます」
「しっかり雨を降らせて貰ったからね。お安い御用さ」
「足らないところはありませんか?」
「いいや、ちゃんと事前の話通りになっているよ。さすが主だね」
「でしたら安心いたしました」
王太子は満足そうに頷いて、すっと目つきを変えた。
「主の耳にはヴァンパイアの事、もう届いてるかな?」
(昨日の今日でどんだけ早いんだよ。死霊屋敷の時もだけど、どんな情報網してんだか)
さすがは腹黒王太子。と変わらぬ微笑の下で思うリカルド。
「ヴァンパイアですか?」
「そう。我が国内にロードが二体も出たという話だ」
リカルドは素知らぬふりで首を傾げた。
「そのヴァンパイアについて知りたいという事でしょうか」
「まぁそうなんだけど、主はロードと聞いても驚かないんだね」
(って言われても実際は真祖だからなぁ……)
「人生経験をそれなりに積んでおりますから」
適当な事を言って時を止めるリカルド。とりあえず王太子の所に流れた情報というのを確認すると、天使族についても報告が上がっているようだが状況がよくわからず扱いに困っていた。
(ヴァンパイアロードと交戦中に天使族が乱入。被害者と思われた少女にその天使族が血を与えたところヴァンパイアとなり、ヴァンパイア同士で戦闘が開始された。これって蜜柑色と菫色の奴が話した内容なんだろうな……)
続けてどこまで話すべきかと考える。確認したところ、この王太子であれば話したところで下手は打たないとわかった。が、胃が痛そうにはしていた。
どちらでも問題ないので本人に決めてもらうかとリカルドは時を戻した。
「お客様、そちらの内容をお聞きになられましたらおそらく胃痛を抱える事になりますがどうされますか?」
「……胃痛」
胃痛程度なら聞かない選択肢は無いのは王太子にとって当然だったが、思い起こされたのは胃薬として渡された
あり得ない贈り物を思い出して思わず笑ってしまって、心持ちキョトンとしているように見える目の前の人物に何でもないと首を振る。
「その程度であれば聞かないわけにはいかないね」
(だろうねぇ)
リカルドの方もそう言うだろうなとは思っていた。
と言う事で、ラドバウトに話した内容を王太子にも聞かせた。もちろん自分が天使族に化けた何者かである事は言わなかったが。
話を聞いた王太子はテーブルに両肘をついて手を組み、そこに額を乗せて下を向いたまま束の間固まっていた。予想以上の内容に撃沈しかかっているらしい。
「………主は、そのヴァンパイアの支配が切れた原因はわかる?」
さすが王太子。対策不可能とわかっていながら最後まで確認するんだなと感心するリカルド。
「他言無用に願います」
王太子は顔を上げて、無論だと請け負った。
「以前、魔王級がこちら側に入って来たことがありましたが……その時彼らが追っていた魔族が原因です」
一瞬息を呑み、すぐにそれを吐き出す王太子。
「……つくづく厄介な存在だね」
そう言われるとぐうの音も出ないリカルド。無言で頷くように見せかけて、すんませんと頭を下げていた。
「……わかった。今回の事は知らぬふりが一番いいのだろう」
「個人的な意見として、私も同意いたします」
「そう? 主と同意見なら心強いよ。ちょっと忙しないけどこれで失礼するね。動かしていた者たちを引かせないといけなくなったから」
席を立ち、テーブルにお代を置く王太子に頭を下げ立ち去るのを見送るリカルド。
リカルドは気配が消えてから頭を上げ、お金を仕舞って頬杖をついた。大して雑談をする事なくいつもより早く立ち去った王太子は、本当に慌てているのだろうなと察していた。
「悪いことしたなぁ……」
何かお詫びになりそうなもんがあればいいけどと考えるリカルドだが、自分が伝説級の魔道具やら霊薬やらタダで渡し、釣り合わない対価で国内に雨を降らせるという人外じみた(人外だが)事をやっている自覚が無い。まぁそれが今回の騒動と同等であるかというと首を傾げるところではあるが。
(ん? 路地からか)
人が入る気配にリカルドは姿勢を正し、垂れ下がる仕切りの影から現れた小柄な人物に声をかけた。
「ようこそ占いの館へ。今宵はどのようなご相談でしょう?」
「あ、え?」
現れたのは年若い少年で、見たところこの国の人間ではなさそうだった。くすんだ黄土色の髪に焦げ茶色の目はいかにも地味で、そばかすの浮かんだ顔もパッとしない平凡そのもの。何気に親しみを覚える(失礼)リカルドだった。
「どうぞおかけください」
「え、え?」
「何か困っている事があるのではないですか?」
そうリカルドが問いかけると、少年は驚いたように小さな目を大きく開けた。
「何で……」
「ここは占いの館ですから。占いは一律で300クルとなっております。もし宜しければ試されてはどうでしょう?」
占い……と呟いて、少年は誘われるようにふらふらと椅子に座っていた。
「あの……占いって、どんな事でもいいですか?」
「はい。何でも受け付けておりますよ」
少年は膝の上に置いた手を無意識に白くなるほど固く握りしめた。
「……あの、俺…カイナスディアの学生なんですけど、今度のコンテストで上位に入らないといけなくて………」
(かい?)
なんのこっちゃと思いつつ、一旦は話を聞くために黙って続きを待つリカルド。
「でも……全然うまくいかなくて……理論上は問題ないはずなのにどうしても思った通りに動かなくて……このままだと退学になってしまうんです。もうどうしたらいいか……」
(……うん。さっぱりわからん)
うぐぐと堪えているが少年の目には薄っすらと涙の膜が張っている。ここから聞き出すのは骨が折れるなと早々に時を止めてどういう事か確認したところ、カイナスディアというのはグリンモアの東側、フルエストという国を挟んださらに向こう、マナルクスという国にある魔法関係の学校名だった。
少年は茶系統の髪色や目の色であるがれっきとしたグリンモアの国民で、北の魔法大国を除いてはこの辺りで最も優れていると言われているカイナスディア学園に援助制度を利用して通う商家出身の学生さんだった。
その学生の中でも彼は魔道具士科の学生で、援助制度を利用するために優れた成績を残さねばならなかった。座学に関しては問題がないのだが、実技――実際に魔道具を作る事がなかなか上手くいかず次のコンテスト(学園で開かれる文化祭のようなもの)で一定の評価を得なければ援助の打ち切りという話が出ていた。現在は長期休暇中で母国へと戻っている所で、あと数日で再び学園へと戻る予定のようだった。
(なるほど……援助は国がやってるのか。成果が出せそうにない者には金は出せないと。厳しいけどそこはしょうがないかな……)
ちなみに少年が何を作ろうとしているのかと調べてみると、通信機器みたいなものだった。現在この世界の人間領内では、固定電話のようなトランシーバー的なもの(遮蔽物のない環境下のみ使用可、距離制限あり、持ち運び不可)はあるのだが、気軽に持ち運べるようなものは無かった。
少年がこの開発を成功させたのなら間違いなく良い評価はもらえるだろうものだ。
(躓いてるのは……減弱するシグナルの改良と軽量化か)
解決策は幾つかあるが、しかしそれをそのまま言うのも芸がない。何より少年自身の手で作り上げたことにはならない。技術畑のリカルドとしては何とか自力で完成させて欲しい思いがあった。
(うーん……アイディアの中に答え近いものは既にあるからあと一押しでいけるんだろうけど、煮詰まっちゃってるんだよな。碌に寝れてないみたいだし)
それに覗いてみたアイディアは今回の魔道具だけでなく、いろいろと面白そうなものがあったのでこの才能を潰すのは惜しいと純粋にリカルドは感じた。
(こういうのって精神的なものが思考を曇らせちゃうんだよな……
むしろ何のしがらみも無い趣味の間の方がいろんな事考えられて楽しかったりするんだけど……趣味を仕事にするってのは結構大変なんだよねぇ……)
悲壮な顔で涙を堪える少年を見つめ、リカルドはふぅと目を伏せた。
(一時的なものになってしまうかもしれないが……やってみるか)
とりあえず必要になりそうな書籍を調べて写本を作り、それから
「お客様、最近眠りが浅いようですね」
リカルドがそう訊くと、少年は俯いて頷いた。
「頭の中がぐるぐるしてしまって……どうしようって考えたら朝になってて……」
「少しだけ私の言う通りにしてみてくださいませんか?」
「え?」
顔を上げて戸惑いを見せる少年に、リカルドは穏やかな微笑みを返した。
「大丈夫ですよ。難しい事ではありません。目を閉じていただけますか?」
「目? は、はい」
何をするのだろうかと少し警戒した様子を見せながらも少年は目を閉じた。
「そのまま身体の力を抜いて、背もたれに身体を預けてください」
誘導するが、力が抜けないままぎこちなく背もたれにもたれかかる少年。
リカルドは気にせず少年の横に行って額に手を当て精神魔法を使った。
「あ……」
途端、身体から力が抜ける少年を聖魔法のバインド(お布団仕様)で優しく包み椅子に固定するリカルド。
数秒と立たず寝息を立てた少年に、さてこれからだと精神魔法と並行して幻覚魔法を行使した。
普通は眠っている相手に対して幻覚魔法は効果が無いのだが、そこはそれ、もうバグみたいになっているリカルドである。精神魔法に干渉させて眠っている少年に幻を見せていた。
リカルドが見せたのは少年がまだ学園に通う前、魔道具を初めて見た頃の光景だ。純粋に魔道具が不思議で魅惑的に見えていた頃の、本人が意識して思い出す事が出来なくなった記憶を鮮明に流していく。
最初は力が抜けた顔だった少年だが、次第にその口元には笑みが浮かぶようになりほんの少しだが寝言で笑っていた。
そうやって夢を見せる事四十分ほど。リカルドは幻覚魔法の出力を下げてから精神魔法で眠りから揺り起こした。
ぼんやりしている少年の身体を手で支えてバインドを外し、そっと声を掛ける。
「お客様」
少年は声を掛けられるとぼーっとしていたがゆっくりとリカルドを見上げて、ハッとしたように我に返った。
「あ、すみません」
「いいえ大丈夫ですよ。夢は見られましたか?」
「夢……え? あれって店主さんが?」
「私はお手伝いしただけですけどね。元々お客様の中にある記憶を呼び起こしただけです」
「俺の記憶………」
純粋に魔道具に憧れていた頃の記憶に、そういえばそうだったと少年は自分の手を見下ろした。憧れて、楽しくて、自分でも作ってみたいと思っていた。それがここ最近はそう思っていた事すらすっかり忘れていた。
「お客様であればきっと答えに辿り着きますよ」
自分の椅子に戻ったリカルドは、後ろから出したように見せかけて本を出してテーブルの上に置いた。
「こちらをどうぞ」
少年は目の前に出された本に手を伸ばして、無地の表紙に何の本だろうと思って開いて見て息が止まった。
「こ、これ!」
絶版されて今では資産家の元に数点しか残されていない筈の本だった。
一部国宝に指定されている魔道具の解説までなされている本で、それなりの資格が無ければ手にする事も出来ない代物だ。学生である少年など到底手にできるようなものではない。
「写本ですからどうぞ受け取ってください。その方が私が持っているよりも余程価値があります。ただし、誰にも知られないようにしてくださいね」
「ほ、本当に俺が貰っていいんですか?」
価値がわかっている少年は手を震わせて、けれど手放す事も出来ず胸に抱えたまま尋ねていた。
その様子にリカルドは苦笑して頷いた。
「お客様ならきっと多くの人の助けになるような魔道具を作られるでしょう」
言いながら、リカルドは先ほど作った
チェーンの先に括りつけられたのは小さなミスリルの塊で正八面体の内側、見る事が叶わない部分に精神安定と癒しの力が彫り込まれている。それからおそらく使われる事はないだろうが危険に対する防衛機構も練り込まれており、そちらには無駄に魔力が注がれていた。
「効果は大したものではありませんが、気持ちを和らげるお守りです」
普通の人間にミスリルは馴染みがないのだが、さすが魔道具士の卵。少年は護符を手に取ってそれがミスリルであると気づいて驚いて顔を上げた。
「あ、あの、これ、でもミスリルじゃ?」
「大した量ではありませんよ。いずれ出来上がる魔道具を楽しみにしている客からの先行投資みたいなものです」
だからどうぞ受け取ってくださいと言うリカルドに少年は感極まったような顔でぎゅっと握りしめた。
占いのお代を置いて何度もお礼を言って帰っていく少年に(頑張れよ~)と技術畑の先輩のつもりで手を振って見送るリカルド。
「これからも行き詰る事なんて沢山あるだろうけど、なんとか踏ん張ってくれたらいいなぁ……」
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