第19話 絶対服従ってなんだっけ

「大麦通りの西隣りの通りにある、南から三軒目の生垣に覆われた家です」

「ん?」

「兄弟子の住まいです。宜しければお尋ねになってみてはどうでしょう。留守にしているかもしれませんが、置手紙でもしておけば気づくでしょう」

「……いいのか?」

「何がですか?」

「いや、勝手に教えてしまっても」

「怒っていたら私から謝りますよ。ですがそうはならないでしょう。あなたの事を割合と気に入っているようでしたから」


 ラドバウトを見ずに早口で言うリカルド。恋する乙女かというような反応だがラドバウトにわかる筈も無く、ただ気に入られていたのかと照れ臭そうに笑うだけだった。


「それならいいが。すまんが、もう一回言ってくれるか?」

「商業地区にある大麦通りの西隣りの通りにある、南から三軒目の生垣に覆われた家です。近所で評判の幽霊屋敷でしたから近くで尋ねればすぐにわかるかと」

「わかった。礼もしないとだしな……あんたにも何か礼をしないとな……まさかヴァンパイア化した仲間を助けられるとは思わなかった」


 ラドバウトは「殺すしかないと思ってたからな」と肺の息を吐き出すように呟いた。蜜柑頭アイルに殺せと言いはしたが、本心ではそんな事させたくもなかった。


「完全にヴァンパイアになっていなかったから可能だっただけですよ。なってしまったらほぼ無理です」


(肉体的には戻せただろうけど人格はヴァンパイアで固定されるからなぁ……精神魔法で疑似的に見せる事も出来るだろうが、それじゃあ本人とは言えないだろうし……【時流逆転】も元が人間の場合耐えられないし……還魂の法を流用すればかろうじて出来るかもしれないが、魂が耐えられるか五分五分だもんな)


 何にしても戻せる範囲で良かったと思うリカルド。


「あれは聖魔法だったのか?」

「いいえ。闇魔法と回復魔法です」

「闇? 後学のために何をしたのか聞いてもいいか?」

「構いませんよ。それで救える方がいるのなら喜ばしい事ですから」


 まさか回復系統の専門家である教会に出向いて、こうしたらいいんですよと教えるのもおかしい話なのでいい機会だとリカルドは快く応じた。


「ありがたい」

「ヴァンパイア化した部分を特定して闇魔法で消滅させ、回復魔法で治しました」

「……………」


 無言になるラドバウト。

 ラドバウトは魔法がそこまで使えない戦士であったが、これまで戦いを共にして来た魔導士達から魔法について聞いて何が出来るかは知っていた。

 だからこそリカルドが言った内容が酷い事がわかった。


「あー……因みに、どうやってヴァンパイア化した部分を特定するんだ?」

「自分の魔力を相手に流して不自然な箇所を探るんです。魔力の扱いに長けている方であればすぐに見分けがつくと思います」


 簡単に言うリカルドに流されそうになるが、他人に魔力を流す行為はかなり難しい事をラドバウトは知っている。さらに言えば闇魔法はそもそも扱いが難しく、奥義とも言える滅びの魔法はさらにコントロールが困難だと聞いていた。それを特定の部位だけに施すというのはもはや実現不可能神業だった。

 目の前の占いの館の主がとんでもない魔導士であるという事だけは再確認出来たので、とりあえず知り合いに出来るか聞いてみようとだけ思うラドバウト。そんな事出来るわけがないだろうと馬鹿にされそうな未来を予想していたが。


「なるほど……情報提供感謝する。

 礼は何がいい? 正直あんたほどの魔導士に何を返せばいいのかわからんが」

「いえ、不要ですよ大した内容でもありませんし」


 お気になさらずと首を振るリカルドにラドバウトは眉を下げた。


「そうは言うがな、こっちは仲間の命も救われてるんだ」


 腕を組み真剣に考え出すラドバウトに、でしたらとリカルドは口を開いた。


「兄弟子に美味しい店でも教えてやってください」

「そんな事でいいのか?」

「十分です」

「………まぁ、それでいいってならいいけどな」


 釈然としない顔で首を傾げながらもラドバウトは承知した。

 

「――あぁ、終わったようです」


 結界内の反応が薄くなってきたところでリカルドは結界を消した。

 その瞬間、幾多の蝙蝠が空に舞う姿がありラドバウトは逃がしたのかと悟る。


「あれで始祖に天使族が関わっていると伝わるでしょう」

「だといいが……」

「そこは確認済みですので大丈夫です」

「確認済み?」

「いえ、こちらの事です」


 しゃべり過ぎだなと自戒したリカルドの元に、一匹の蝙蝠が飛んできてパッと人の形を取った。


「我が主、何故そのような無粋なお姿をされているのです」


 人型になって早々に文句を垂れるクロに半眼になるリカルド。


(こいつ、俺がリッチだって事はわかってる癖に……)


 魂を眷属化した事で、リカルドが人間ではないという事はクロに伝わっている筈であった。それにも関わらず外見に言及してくるとはどういうつもりだと思うリカルドだったが、何の事はない。クロは天使族がそもそも嫌いで、初っ端リカルドがその姿で嫌がるような素振りをしたため嗜虐心を擽られてとても気に入っただけだった。魂を眷属化したと言っても、思考全てを塗りつぶすわけではなくただ絶対服従するよう躾けただけに過ぎない状態なので、性癖とか嗜好とかはそのままなのだった。


「無粋だろうと何だろうといいでしょう。それよりもあの真祖が始祖のところまで戻る事を確認してください。それと人に危害を加えるようであれば妨害するように」

「御意に。お望みとあらば始祖を葬りますが」


 好戦的なクロの発言に額を抑えるリカルド。そういやこいつ出会って早々話も聞かず攻撃してきたなと思い出した。


「私は争いを好みません」

「左様ですか。ところで、先ほどの戦闘で幾分消費してしまったのですが」


 そう言ってずいっと近づいてくるクロに、思わず一歩下がるリカルド。


魔力が欲しいのならあげますから下がってください」

「先ほどのお姿でいただきたいのですが」


 絶対服従のくせにぐいぐい要求してくるクロに頭痛(気のせい)を覚えるリカルド。

 血という形でなくとも魔力を譲渡する事は出来るのだが、ただの人間を装うならその方が都合がいいとわかっていたし、クロが人の振りをするリカルドに合わせている事もわかってはいた。ただ、いちいち姿を変えずともいいじゃないかと。

 かといってクロと問答する気力もなく、姿を変えて腕を差し出すリカルド。だがクロはその腕を掴むと攻撃される事はないと油断していたリカルドをぐいっと引っ張って首に牙を立てた。


「っ!」


 生暖かい感触と作り上げた皮膚を突き破る感触。全身に悪寒が走り(妄想)、魔力を全開にしかけるリカルド。だがそうなるのも二度目。理性が働き抑え込んで、血(苺味の魔力供給液体)を生成した。

 同時に臨戦態勢に入りかけたラドバウトを手で制し、魔力を十分供給したところでクロの頭を引っ掴んで細腕に似合わぬ剛腕で引き離した。


「ごちそうさまです。主の血はこれまでで一番甘くて美味しいですね」


 無理やり引き剥がされながら最後にぺろりと舐めて感想を述べるクロ。


(そりゃ一粒千円超える高級苺の味だからな! 俺の初ボーナスのご褒美苺様をなめんなよ! 今度やったらくそ酸っぱい苺にしてやるからな!)


 一歩、二歩と下がりラドバウトにバレないよう傷口を治す振りをするリカルド。即座にグリンモア版に姿を戻したものの、気色悪すぎて首をごしごし高速で擦っていた。


「補給出来たのなら早く行きなさい。そのまま魔族領の監視をするように」

「仰せのままに」


 クロは実に楽しげな顔を見せながら胸に手を当て頭を下げると、一匹の蝙蝠となって飛んでいった。

 それを見届けて、ふぅっと力が抜けて座り込みそうになるリカルド。男に首舐められるとかマジでもう嫌、とちょっと泣きそうだった。


「あんた噛まれても大丈夫なのか?」


 咄嗟に支えるラドバウトに、平気ですと頷いてリカルドは姿勢を戻した。


「ヴァンパイア化は噛みながら血を与えないと出来ませんから。あれは主人である私にそのような事はしませんよ」


(やったところで無意味だしな。俺、リッチだし)


「主人……気にはなっていたんだが、どうやって手懐けたんだ?」

「見ていた通りです。血を与えてそれを媒介に縛ったんです。始祖との支配が外れていたからこその方法ですが」

「……聞いた事が無いやり方だが」

死霊術特殊な魔法ですからね」


 死霊術が一般的に出回るわけがない。死霊術に手を出すのは大抵がサイコな魔導士か研究に行き詰って理性が外れた魔導士だ。

 首を傾げるラドバウトから視線を外し、さてどうするかと暗い山中に視線を向けるリカルド。

 

「……近くの町まで送りましょうか」


 一人で戻ってしまってもいいのだが、装備がボロボロで得物も手放してしまっているラドバウトを残すのはいささか気が引けた。


「転移する気か?」

「その方が早いので」


 ひょっとすると先に逃したあの子達を追い越す事になるかもしれないなと、ぼんやり考えるリカルド。


「そうしてくれるなら助かるが、あんたは平気なのか? 今手持ちで回復薬系は持ってないんだよ」


 体力回復薬も魔力回復薬も戦闘で全部使っちまったからと話すラドバウトに、問題ないと手を振りリカルドは転移した。

 一瞬で町の姿が見えるところへ転移すると、リカルドはそれではとラドバウトに頭を下げた。


「私はこれで失礼します」

「え? あ、おい待て」

 

 ラドバウトの制止を無視してリカルドは自宅の自室へと転移し、日本版の姿に変わるとそのままベッドにごろんと転がり、は~~~~と息を吐いて力を抜いた。


(ものすごく、疲れた……)


 その一言につきた。

 精神的ダメージが可視化されるなら全身血みどろレベルだ。

 出来ることなら眠りたいが生憎とリッチな身体は眠りを必要としない。精神耐性も苦手なものをおかわりしまくったせいで一時的に麻痺を起こしたのか復活できないでいた。


 頭の中を空っぽにしてしばらくそうしていると小さくノックする音がした。


〝リカルド様〟


 シルキーの声に視線を動かすリカルド。


「いるよ。どうぞ」


 横になったまま答えると、そっとドアが開き片手でお盆を持ってシルキーが入ってきた。

 今日は知り合いと飲みに行ってくるとリカルドはシルキーに話していたのだが、自室に直接転移して戻ってきたリカルドに何かあったのだろうと察していた。


 身体を起こしたリカルドはベッドサイドに置かれた盆を見て、内心笑みをこぼした。

 以前アイスボックスクッキーを作ってくれたシルキーに、こういうのもあるよと花や星の金型を作っていたのだが、それを使ったクッキーが皿に乗せてあったのだ。


「ありがとう、シルキー」


 可愛らしい形のそれを見ただけで、ぐったりしていた心が軽くなっていた。

 シルキーは首を振って起き上がったリカルドに紅茶を手渡した。

 暖かな温もりにほっと息をつくリカルド。


「ちょっと予想外の事があってね……だいぶ消耗したというか……」


 血だらけの奴を三人も治して、自傷行為して腕に噛み付かれるわ首に噛み付かれるわ、舐められるわ散々だったと遠くを眺めるリカルド。


〝ご無事で何よりです〟


「あー……うん、そこはまあ大丈夫なんだけどね、こういう世界だし俺も慣れないといけないとは思うんだけど、なかなかね………あ、樹くんは?」


 柔らかなシルキーの気配に触れてあっさり持ち直したリカルド。精神耐性がようやく機能したようだった。


〝お休みになられましたよ〟


「そっか」


 冒険者になると言っても、今回のような事があるから気を付けないとだなと真面目に思考を巡らせる。一応こちらの世界での保護者のつもりなので、子供の安全には気を配らねばと意識を改めていた。


(最悪あれだな。いつでも館に飛べる札を持たせるのがいいな。あの子なら悪用しないだろうし)


 クッキーを一つ摘まんで齧れば、ほろりととけて口の中に仄かな甘さが広がった。


「うん。おいしい。いつもありがとね、元気出たよ」


〝良かったです〟


 微笑むシルキーに、リカルドも微笑みを返し暫く雑談をしてもう一度ベッドに横になった。眠る事は出来ないが、ぼんやりと何もせずにいる事も休息にはなった。

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