第18話 一部を除いて事情説明

「ラド! そいつらにそれは禁句だ!」


 リカルドが何か言う前に魔導士の少年が焦ったようにラドバウトとリカルドの間に割り込み、その手を引き離していつでも攻撃を受けられるよう魔法障壁を展開した。


(うわぁ……)


 猫が毛を逆立てるような姿にものすごく警戒されてるなとリカルドは思ったが、事前情報で天使族が人間に「大丈夫か?」などと言われたら、ふざけんな下等生物ごときが何を言いやがる!とキレる種族だと知っているので何とも言い難かった。


「……とりあえず、私に敵対する意志はありません」


 両手を上げて戦意無しを表明するリカルドにラドバウトがすぐに謝った。


「うちの者が悪い」

「ラド!」

「ルゼ」


 声を荒げる少年だったが、ラドバウトの叱るような声にぐっと声を詰まらせた。それからじっとラドバウトに見下ろされしぶしぶ魔法障壁を消した。


「失礼した。まずは礼を、仲間を助けていただき感謝している」


 改まってそう頭を下げるラドバウトから視線を外すリカルド。真摯にお礼を言われて照れていた。相変わらずちょろいリッチである。


「いえ……偶々です」

「偶々?」


 ラドバウトの後ろで、赤髪男の側にいる蜜柑頭が警戒するように呟く。

 赤髪男の方は転移直後に意識を取り戻していたが、未だ覚醒しきっておらず身体を起こしたもののぐったりしたまま頭を振っている。


「……まぁ、嘘ですけど」

「嘘なんだ」

「嘘なのか」

「はんっ! だろうな!」


 蜜柑頭、ラドバウト、少年の反応で、特に少年の反応にリカルドは苦笑した。


「それよりも、離れたとはいえまだ戦闘の余波が来る範囲です。行ってください」

「って言われてもな……一応事の成り行きというか見届けないと」


 頭を掻いて困ったように言うラドバウトに、リカルドは嘆息して見せた。


「酔狂ですね。いくら冒険者といえど命あっての物種ではないですか」

「それはそうだがこれでもいろいろ役目ってのがあるんだよ」


 離脱する気のない様子のラドバウトに、うーんと内心唸るリカルド。


「ではせめて民間人と怪我人を返してはどうですか? 何かあっても対応しづらいでしょう」


 朦朧としている赤髪男と意識のないもう一人の少女を示され、ラドバウトも唸った。しばらく考えるように腕を組んでいたがやおらその腕を解くと指示を出した。


「ルゼ、アイル。ハインツとその子供を連れて戻りギルドに報告してくれ」

「ラド!?」

「なぁ…信用できるのか?」


 蜜柑頭が近づいて囁いている内容もしっかりばっちり聞こえるリカルドだったが、心配するのももっともなので聞こえないふりをしていた。


「大丈夫だ。それに俺一人ならなんとか逃げられる」


 後半は潜めた声で言うラドバウトに、仲間の二人は眉間に皺を寄せた。


「ハインツを頼むぞ」


 早く行けと手を振るラドバウトに、渋々だったが二人は従った。赤髪男を蜜柑頭が背負い、少女の方を少年が背負う。小柄だが冒険者らしく一応力はあるらしいと感心するリカルド。

 二人が茂みの中へと消えていってから、さてととラドバウトはリカルドに向き直った。


「これで話して貰えるのか?」


(いや、そういうつもりじゃなかったんだが……)


 まぁラドバウトになら話してもいいかと思うリカルド。虚空検索で調べればその結果もわかるだろうが、短期的な未来ならともかく先々まで確認する気力は正直なかった。それにそうしなくとも目の前の男は問題ないようにも思え、疲れていたリカルドはため息をついた。


「いいですよ」

「目的はあの子供……いや、あのヴァンパイアだったのか?」


 クロの事を言っているのだろうとわかったが、リカルドは首を横に振った。

 クロの事は結果的に利用しているだけで目的はそれではなく、目の前のラドバウトにあるのだ。


「兄弟子に頼まれたからです」

「兄弟子?」


 女の声にいい加減耐えられなくなってきたリカルドは、額を抑えてグリンモア版リカルドへと姿を変えた。元々ヴァンパイア相手に誤認させられればそれで良かったので、ラドバウトにバレたところで口止めすれば問題はない。そう考えて精神ダメージを軽減する方を選んだ。


 一方ラドバウトの方は一瞬で天使族がグリンモア国民の特徴が色濃い男に変わり瞠目していた。それからその特徴を持ち、転移魔法の使い手と頭の中で最近聞きかじった情報を繋げてその正体に思い至った。


「あんた、もしかして最近噂になってる占いの館の主か?」

「……よくご存知で」


 まさかラドバウトがこちらの姿を知っているとは思わず、意外と俺って有名人なんだなと思うリカルド。


「驚いたな。若いと聞いていたがこんなに若い奴だとは思わなかった」

「誉め言葉として受け取っておきましょう」


 グリンモア版の癖でいつもの微笑を浮かべて応えるリカルド。その時、唐突に背後の山が爆ぜた。反射的に魔法障壁と物理結界を山ごとかけるリカルド。

 この辺りは山だが少し離れると農耕地帯がある。ここのところ毎晩作物のために神経使って雨を降らせ続けていたリカルドとしては、農作物に被害出すんじゃねぇぞとガン飛ばしたい気分だった。


「おいおい大丈夫か? さっきかなり血を吸われたんだろ」


 巨大な結界を見上げて呆れたように言うラドバウトに、問題ありませんと返すリカルド。


「問題ないって……とんでもねぇな……」

「この事は内密にしていただきたいのですが」

「この事っていうと?」

「私が天使族に化けていた事です。あの姿は訳あってとっていたので」

「訳?」

「……人間側の領内にヴァンパイア達が次から次へとやってくるところだったんですよ」

「次から次って……何の冗談だよ」


 笑えない話に乾いた声を出すラドバウト。

 リカルドもそれならどんなにいいかと内心暗く笑った。


「冗談で済めば良いのですが、あいにくと事実です。今回天使族の仕業に見せかけましたから来ないとは思いますが」

「仕業?」

「いろいろとあるのですよ」

「……誰かの依頼か?」

「黙秘します」

「それじゃ依頼だって言ってるようなもんだろ」


 呆れて言うラドバウトに、リカルドは微笑固定のまま肩をすくめた。格好つけているが、自分の蒔いた種を刈っているだけである。しかも他人になすりつけて鎮静化を図るという実に情けない方法で。


「ってそういや兄弟子に頼まれたって言ってたか」

「そちらの件はあなたに関する事だけです。ヴァンパイアに関しては別件でした」

「俺?」

「今日、どなたかと約束があったのではないですか?」


 リカルドの言葉に初めてラドバウトは驚きに目を見張った。


「まさか、リカルドか?」

「ギルドであなたが戻らないと耳にして私に連絡してきたのです」


 という事にするリカルド。元々天使族に化ける案が無ければそうするつもりだった。


「あんたあいつの弟弟子だったのか……なるほど、納得だ」

「納得?」

「リカルドも相当な腕の魔導士だろ?」

「……どうでしょう」


 なんだか褒められているようでむず痒くなりそっけない口調になるリカルド。いつまでたっても初々しいリッチである。


「ヴァンパイアの事は聞いてもいいのか?」

「何をお聞きになりたいのですか?」


 訊き返すリカルドに、おや?と思うラドバウト。てっきり依頼の内容に触るので話せないと言われると思っていた。


「そう言われると全部聞きたい所だが、あんたが話せるところまででいいから教えてもらえないか?」


 今回の騒動についての事情を知りたいという事だろうなと思いつつ、リカルドは結界を維持しながら思案した。


「……話す前に、そちらはどういう依頼でこちらに来たのか尋ねても?」

「俺たちは山賊が根城にしてる洞窟があるってんでそれを潰すために来たんだよ。蓋を開けて見れば山賊どころかヴァンパイアが住み着いててとんでもない事になったが……」

「ヴァンパイアの幻術、闇魔法の一種ですね。山賊を隠れ蓑にして活動していたのでしょう」

「あぁ俺の仲間のリゼ、あの小さい魔導士だけどな、同じことを言っていた」


 話している間にも結界内での戦闘が激しくなっており黒光りする魔力光が雷撃のように走って地面を震わせていた。

 それを感じたリカルドは軽く舌打ちをして土魔法で大地に干渉し、振動を抑えた。


(まったく! 動物が逃げ惑って農作物に被害が出たらどうしてくれるんだ!)


 完全に頭が百姓になっていた。


「結界が持たないのか」


 舌打ちを聞き取ったラドバウトが真面目な顔で問うのに対して、全く問題ないどころか細心の注意を払って農作物を守っていたリカルドは一瞬返答が遅れた。


「あれほどの相手同士がぶつかれば抑え込むのは難しいだろ。無理はしない方がいいんじゃないか」


 無理でも何でもないのだが、ここに来てシルキー以外で初めて本気で心配されて悪い気はしなかった。というか、ちょっと嬉しかったリカルド。そわそわしそうになる手を握りしめてキリッとした顔を作って首を振った。


「問題ありません。それより話でしたね。

 ギルドに話すのは構いませんが、私が話したという事は伏せていただけますか?」

「天使族の姿の事も?」

「化けていた事を話さなければそちらは構いません。そもそも先に返したお仲間が話されているでしょうし」

「あー…そうだな」

「あの女性型のヴァンパイアは真祖、始祖の右腕です」

「は?!」


 衝撃的な内容に素っ頓狂な声を出すラドバウト。

 さすがに冒険者で何年もやってきたラドバウトは魔族の事もいくらか詳しかった。ヴァンパイアの一族が始祖と呼ばれる始まりのヴァンパイアを崇拝しており、その始祖が王級の魔族である事も当然知っていた。

 そして王級とまでいかないまでも、その右腕、真祖ともなれば強さは推して知るべしで人間が相手をしようと思えば最前線で戦っている軍人か、冒険者で言えば最高ランクの人間をダース単位で揃える必要があるという事も。


「確かに……完全に遊ばれていたが……何だってそんな大物がこんな辺鄙なとこに」

「始祖の支配から抜け出てしまったヴァンパイアを探していたんですよ」

「は? そんな奴がいるのか?」

「非常に稀なケースですが、あの少女の姿をしていたヴァンパイアがそれです。

 元々は男性型のヴァンパイアロードでしたがわけあってあの姿になり、支配から解き放たれていました」

「………本当の話なのか」

「はい。始祖はそれを危険視したのでしょう。何故支配から解き放たれてしまったのか探し出して調べるつもりで、右腕であるあの真祖を差し向けたのです」

「何で支配から解き放たれたんだ?」

「さあ。何故でしょうね」


 声音が変わらないままのリカルドに、話せるのはそこまでかとラドバウトは口を噤んだ。だが、わざわざ天使族の姿を取った事から原因は天使族ではなく人間なのだろうと予想できた。おそらく、特殊な人間の血を啜ったために支配から抜けてしまったとか、その辺りなのだろうと。そんな事が公になったらどうなるか、ラドバウトは想像して血の気が引いた。始祖は絶対にそんな人間の存在を許さない。


「………下手に報告出来ないぞ」


 唸るラドバウトに、リカルドは少しだけ笑みを浮かべた。


「ご理解いただけて何よりです。出来れば、ヴァンパイア同士のじゃれ合いとでも言って誤魔化していただきたいところですね」

「そう言うしかないが……そこに天使族が絡んできたとなるとギルドは混乱するだろうな」

「いいのでは? 混乱したところで真実には辿り着かないでしょうし。肝心なところが騙せているのなら何ら問題ありません」

「あんたな………」


 じっとりとした視線を向けられるがリカルドは我関せずの姿勢を貫いた。じゃないとすぐに謝ってしまいそうだった。適応してきたとはいえ、所詮気弱な現代人である。


「ところで、兄弟子が次はいつなら都合がいいのか尋ねていましたが」


 自分の事なのに他人の振りして聞くのがどことなく恥ずかしく、結界を見据えたまま真面目な顔で尋ねるリカルド。一見すると有能そうな魔導士の横顔だが、中身は知り合いの話なんだけどと回りくどく聞こうとする男子中学生そのものである。


「あぁ……そうだな、約束破っちまったからな……ヴァンパイアが出たからにはしばらくごたつくだろうが……ギルドに言伝を残すと言ってくれ」

「それはお勧めしません。兄弟子はギルドに寄り付きませんから」

「なんで冒険者やってんだよあんたの兄弟子は」

「日銭稼ぎでは?」

「日銭……駆け出しってわけでもないだろうにどんな魔導士――そういやランクはFだったか。いやそれとこれとは話が違うだろ」


 困った顔でわけがわからんと頭を掻きまわすラドバウトに苦笑し、リカルドは口を開いた。

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